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<title>Je pense</title>
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<description>日々思うこと</description>
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<title>雑記</title>
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<![CDATA[ <p>さいきん手を動かし身体を動かしの現場仕事に埋没していて、すっかりブログをほっぽらかしていたらすっかり秋です。</p><br><p>現場仕事ばかりだと、今とちょっと先のことしか考えなくなってしまうので、たまに言葉にして日々の活動を吸い上げるのも必要なのかもな～と思います。</p><br><p>でも言葉ばっかりになってしまって、言葉と現状、現実の身体が乖離してしまってはだめですね。</p><p>ほどほどに、ほどほどに。</p><br><p>仕事先の上司で、頭はフル回転させつつ、仕事の進め方が的確で、現場に入ってもぴか一かつとても優雅、他のスタッフに対するホスピタリティもぴか一な女性がいて、憧れ～</p><p>忙しいときでも周りの人を気持ちよくおもてなす心の余裕が大事です。</p><br><p>ちなみに最近お仕事の中心地が茅ヶ崎にシフトしました。</p><p>いま仕事で関わっていたり、個人的に興味があったりするテーマは下記です。</p><br><p>・食、食育</p><p>・アート</p><p>・おもてなし、ホスピタリティ</p><p>・文化財の利活用・イベント企画・運営</p><p>・医療・福祉現場での食のプロデュース、ホスピタリティプロデュース</p><br><p>仕事でご年配の方と接する機会があるため、何かの時に役立つかなと思い、ヘルパーの資格を取得中です。</p><p>夏のおわりごろ、自分の中でなぜだか資格ブームが訪れ、ブームに乗って食育関連の資格をポンポンと2，3個申し込んでしまったので、今月は泣く泣く試験対策せねばなりません。</p><br><p>でもまあ自分で今の道を選んでいるので、生活が楽になるにも、いろんなことやって身体に知恵を付けていくしかないのですね。</p><br>
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<pubDate>Fri, 02 Oct 2009 02:06:24 +0900</pubDate>
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<title>食べる！</title>
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<![CDATA[ <p>最近、料理することと食べることしか考えてない。</p><p>朝ごはんつくって食べたら、昼ごはん何にしようか考えて、昼ごはんつくって食べたら夜ごはん何にしようか考えて、夜ごはんつくって食べたら、次の日何食べようか考えている。</p><br><p>「今日の料理」「キューピー3分クッキング」「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」などなど、思いつく限りの料理番組を自動録画予約し、最近電車の中で読む本といえば、料理本か栄養学の本か食文化の本か。</p><br><p>4月から5月にかけて、土日もなく働いており、自分の食べるものとか見た目とか家の中のこととかを顧みる余裕がまったくなく、5月の終わりごろ、ついに限界がきてしまった。</p><p>ふと気が緩むと、涙がバーっとあふれ、頭はいつももやがかかったようにボーっとなり、手はぶるぶるふるえて、身体はいつもぐったり疲れてしまっていた。</p><br><p>「これじゃやばい」と思い、そこから仕事をセーブして、家中の窓を全開にして掃除して、洗濯して、うちのなかの空気を循環させて、食事は栄養学の本を参考にしながら、朝・昼・晩バランスを考えた献立できっちり取るようにした。</p><p>するとあら不思議！2、3日で身体も気持ちもびっくりするくらい軽くなった。</p><p>「食べることは生きること」なんて、いままで他人事のように聞いていたけど、ほんとやねえーと実感した。</p><p>「食べること」を暮らしの中心にもってくると、なんだか何もかもが楽になる気が。</p><br><p>だしや調味料などもなるべく手作りにして、食材はなるべく新鮮なうちにいただく。</p><p>ていねいにだしをひくこと、コーヒーも一杯一杯、豆を挽いてドリップすること、ストック用のお茶もパックじゃなくて茶葉を熱湯の中で躍らせてつくること。</p><p>そういう、ちっちゃいけれど手間がかかる作業のひとつひとつに没頭していると、無心になり、不思議と充実感もわく。</p><br><p>自作の「栄養ノート」なるものも、今月頭からつけている。</p><p>朝・昼・晩食べたものと、使用した食材と、含まれている栄養素を記録するのだ。</p><p>半分は身体のため、半分はゲーム感覚で楽しみながら。</p><p>一週間の頭に冷蔵庫に残っている食材をすべてノートに書き出し、そこから料理本を眺めながら、「今週は何を作ろうかな～」と考えるのが一番楽しいひと時。</p><br><p>幸い仕事で、食のプロ、それも農や原材料の部分から食を極めている人たちと接する機会が多く、そういう方々の「食べること」や「暮らすこと」、「いのち」に対する姿勢に学ぶものは大きい。</p><p>そしてなんといっても、つくった料理の色や盛り付けの美しさといったら！これも食べ物への愛情の賜物だとおもう！</p><br><p>そんなわけで、しばらく小難しい本や小説などからはすっかり遠のいている。</p><p>今日ひさしぶりに、小川糸さんの「食堂かたつむり」という本を読んだ。</p><p>女性が田舎にもどり、食堂を営むおはなしなのだけど、食べ物を丁寧につくる姿勢とか、野菜や豚、鳥など、いずれ食べ物となる「いのち」へのあたたかなまなざしがじんわり胸に染み入る。</p><p>料理のシーンを読んでいるだけで、おいしそうなあまり、思わず唾液が止まらなくなってしまう。</p><p>小川さんのウェブサイトをチェックしたら、どうやらこの作品は今度映画化されるそうで、いま撮影中とのこと。</p><p>上映が楽しみ楽しみ。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/je-pense/entry-10285164594.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jun 2009 01:32:13 +0900</pubDate>
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<title>さくら</title>
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<![CDATA[ <p>桜を堪能した一日。</p><br><p>昼はお使いで中央線に乗車。</p><p>窓から見える川の土手沿いに、桜がふわふわと並んでいる。</p><p>菜の花と、名前を知らない紫の花も。</p><p>窓から見える光景と、少し汗ばむぐらいの陽気。</p><p>「春らしい」というと陳腐だけど、でもカラフルで、なにもしなくてもただ外にいるだけでうれしくなってしまうそうな、思わず「これ現実か？」と疑ってしまうほどの心地いい日。</p><br><p>夜は、個人で社労士をしている親戚宅に行き、税務関係の相談。</p><p>おばが作ってくれたあたたかいポトフを食べながら、仕事や将来の話など、いろいろ。</p><p>帰り支度をしていたら、「駅まで歩きながら夜桜見物しない？」といわれる。</p><p>おばが住む町には、道沿いのそこかしこに、一軒家の二階の窓を圧迫するくらいの立派な桜の木が植わっており、いまの時期は、それぞれがみっしりと花びらを携えている。</p><p>おばは個人事業主として独立してからずっとスタッフも雇わず一人でたくさんの案件をかかえており、土日も関係なく忙しく仕事していた。</p><p>でもようやく最近仕事を減らし、一区切り付け、夏からは仕事の場所を故郷の鹿児島に移す。</p><p>最近ではけっこうゆったりしたペースで働いているらしい。</p><p>おばとこうやってゆっくり歩きながら、おばが住む町について、家の窓から見える周りの景色について、桜の木について、道端に咲いている花について、話したことなんて、これまでなかったからうれしかった。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090409/01/je-pense/65/15/j/o0432065010163457537.jpg"><img height="331" alt="Je pense-桜" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090409/01/je-pense/65/15/j/t02200331_0432065010163457537.jpg" width="220" border="0"></a><br>駅までの道にあった立派な桜の木。</p>
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<link>https://ameblo.jp/je-pense/entry-10239196142.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Apr 2009 01:46:13 +0900</pubDate>
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<title>雑記</title>
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<![CDATA[ <p>仕事関連で、環境問題の改善に取り組んでいる、いわゆる社会運動家みたいな方と話したり、インターネット上や対面でコミュニケーションする機会がたまにある。</p><p>全員が全員じゃないのだけど、わたしはど～うしても、そういう運動家みたいな人に、なんとなく苦手意識を持ってしまう。</p><p>なんでかしらんけど、「わたしたちはこういうことを問題におもっていて、こういう取り組みをしてるんです！」と彼らが話すのを聞いていると、（マイナスの意味で）圧倒されるというか、引いてしまうというか。</p><p>いや、もちろん問題意識を持つこととか、それを実際なにかの活動を通して改善しようとする姿勢とかすばらしいし、口ばっか薀蓄ばっかの人よりはぜんぜんいいのだけど。</p><br><p>なんでだろう。</p><p>なんかその「まっすぐさ」が苦手。。。</p><p>あともうひとつ、なんとなくそういう活動をされている一部の方たちの物言いは、「私は正しいんです」と、自分を一段上に置いて、その他の人たちを上から目線で非難しているように感じてしまう。</p><p>いや、なんとなく。。。なんとな～く、なんだけど。。。</p><br><p>一人のひとが責任を持ってケアして、いい方向にかえていける範囲って、実は想像以上にすっごいちっちゃい気がする。</p><p>日々の暮らしと、家族と、自分の身体と。やっぱりそこはベースだし、おろそかにできない。ようにおもう。</p><p>（しかしながら私の場合うちの中は汚いし、仕事で夜ご飯を作れないこともよくありますが・・・）</p><br><p>貧しい国（といわれる国々）の子どもたちの暮らしぶりとか、どこかの国の森林破壊。</p><p>わたしはメディアの報道などではなんとなく知っていて、放映のしかたによっては、「切実だな～、大変な問題だなあ～」とおもうことはある。</p><p>だけど実際に目で見て、問題の渦中にいるといわれている人たちにあったわけではないので、報道内容が問題の本質をついているか信じられないし、どう改善していいかも、身をもって、実感をもって考えることはできない。</p><p>だから現在のところは、そういう運動や活動（のようなもの）にかかわろうともおもわない。</p><br><p>頭で「こうすべき」「こうあらねばならない」とおもうからやるんじゃなくて、やっぱり目で見て、手で触れて、あと日々の暮らしに切実に関わってくることじゃなければ、本質はわからないし、変えていけないんでないかなあ。。とおもってしまう。</p><br><p>＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋</p><br><p>わたしはいま、仕事でとある山奥のログハウスを使ったイベントを行うことがある。</p><p>イベントでためた資金をもとに、何人かでそのまわりの森の整備もはじめた。</p><p>これは別に正しいとおもってやっているんじゃなくて、ただ単に楽しいから。</p><p>小さい頃わたしの実家の裏も山で、毎日山の中で遊んでいたので、そのときみたいなわくわくする気持ちになれる。</p><p>土の匂いや水を含んだ緑の匂いをかいでいると、元気になる。</p><p>あと、そこの森に、わたしの好きな人たちが家族で住んでいるので、その人たちが毎日見る森をきれいにしたいという気持ちもある。</p><br><p>たぶん、本格的に林業をやったり、森の再生に取り組んでいる人たちからみたらぬるいのかもしれない。</p><p>でも「こうすべき」からスタートしたくはないので、今は自分が楽しいとおもう範囲で続けていければとおもっている。</p><br><p>わたしはそこの場所がすきだし、私の好きな人たちがそこでくつろげるような場所、楽しめるような場所にしていきたいとおもってやっている。</p><br>
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<pubDate>Mon, 23 Mar 2009 01:42:27 +0900</pubDate>
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<title>春です</title>
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<![CDATA[ <p>春です。きょうは分厚いコートを脱ぎ、薄手のジャケットで都心をてくてく歩きました。</p><p>お散歩日和です。</p><br><p>ひょんなことから友人の紹介で、週に何日か、とあるクリエイターさんのアシスタントをすることになりました。</p><p>今日事務所に行き、色々打ち合わせしてきました。</p><p>2月に引っ越してきたばかりという事務所は、白くてがらんとしてて、南向きの大きな窓から緑地が見え、心地いい風が入ってくるところ。</p><p>都心とは思えない、静かないいところでした。</p><p>来月からはいまの仕事とかけもちで、またいろいろと新しいことをはじめます。</p><p>いまの仕事だけだと生活が不安定なので、助かりました　笑</p><br><p>英語とか、中国語とか、営業の経験とか、書店周りとか、あとギャラリーや里山でのワークショップの仕事とか、これまで少しずつですがかじってきて得たものをフルで総動員させることになりそうです。</p><p>ただ、語学とかは、仕事として胸を張って使えます！といえるレベルではないので、また勉強しなおさなきゃな。</p><p>WEBやデザインソフトも、空いた時間を使って、ちょっと本気で習得せねば。</p><p>やること山積みだけど、楽しみです。</p><br><p>私でも知っているようなCMをたくさん作ってて、あとほかにもおもしろそうなことたくさんされている方なので、お仕事の進め方を近くで見て学ぶ、いい機会になりそうです。</p><p>でもそれ以上に、その方の、今の時代に対する感性、ちょっとしたものに対する感覚、言葉など、なんだか「あ、いいな」とおもう瞬間が多々あり、どんな新しいものが生まれるのか、興味しんしんです。</p><br><p>いい機会を呼んでくれた友人に感謝です。</p><p>ありがとう！</p>
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<link>https://ameblo.jp/je-pense/entry-10226134156.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Mar 2009 01:11:34 +0900</pubDate>
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<title>マネジメントよもやま話</title>
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<![CDATA[ <p>大学院時代にお世話になっていた、某大学院MBAコースの先生と、春からそこのMBAコースに進学する友人を交え、食事。<br>ものすごい経歴をお持ちなのに、ぜんぜん偉ぶることなく、いつも対等な目線で話してくださる先生は、私の尊敬する人の一人。</p><br><p>先生の研究テーマでもある経営学の話題を中心に、学問としてのマネジメントや、クリエイティビティやイノベーションの源泉など、刺激的で興味深い話ができた。</p><br><p>私は大学院のとき、企業の研究開発マネジメントを研究していた。<br>その研究テーマを選んだ発端は、純粋に好奇心。<br>調査対象となる企業の収益アップや社会的貢献などは、正直あまり考えていなかった。<br>でも企業の経営者やマネジメントクラスの方と会って話すと、<br>「で、それがうちの会社の利益にどう結びつくの」<br>「利益に結びつけるにはどうすればいいの」<br>という質問をよく受けた。</p><p><br>学問的興味、好奇心からマネジメントを研究することと、マネジメントの研究に企業や社会が期待することとのギャップ。</p><br><p>そこのMBAコースで経営学を学ぶ人にも、いろいろなタイプがいるらしい。<br>一つは、経営学を企業の収益アップなど実務に応用したいというタイプ。</p><p>そして学問的興味・知的好奇心から、企業の経営の動向を社会科学的に考察したいというタイプ。</p><br><p>そこのMBAコースの学生さんは9割以上が前者だそう。<br>卒業後は経営者、経営コンサルタント、起業支援などの道に進むそう。</p><p>そしてわずか数パーセントのマイノリティである後者のタイプが、研究やジャーナリズムの道に進むそう。</p><br><p>先生は後者のタイプらしい。一緒にいた友人も、後者の観点で研究をしたいということ。<br>そしてお話を伺っていると、私もまぎれもなく後者のタイプであることを痛感した　笑<br>異端児(!?)が三人も集まった不思議な会合。</p><br><p>そして話はクリエイティビティの源泉へ。<br>すばらしいアートはどうやって生み出されるのか。その源泉は。</p><br><p>アーティストさんと接していると、表面的には柔和でも、内に秘めた「狂」のようなものを感じる。<br>アートって、こぎれいなものではなく、もっとどろどろした、狂気によって生み出されるのではなかろうか、とおもう。<br>その狂気はどこから生まれてくるのか。</p><p><br>私は、一つは現実世界と自分とのギャップのようなものではないか、と話した。<br>自分が生きる世界では、自分の頭だけでは到底整理できないことがたくさん起こっている。<br>自分の内面世界を超えたものと接するとき、衝撃があり、葛藤が生まれ、そしてなんともいえないもごもごとした感じが生じる。<br>理性で対処できないので、普段使う言葉で表現することもできない。<br>そういう内に生じた衝動を表すのを助けるのが、踊り、音楽、絵画や写真その他、いわゆる芸術表現ではないかとおもう。</p><br><p>個人的に、そういう衝動は、都市にいるよりも、生の自然と接したほうが大きいのではないかとおもう。<br>都市は、人間の頭の中の世界を外に出した建築物やシステムで構成されている。<br>結局人間の頭の中を出ていない。<br>でも、生の自然は、人間の想像の範囲をはるかに超えたものがたくさんあるとおもうのだ。<br>（ただ、急激に開発が進んだ地方都市などは、なんとなくシステムばかりが先行し、クリーンでつまらないが、<br>下北沢など独特の匂いや雰囲気を持った場所は、システムや人間の頭の中を超え、なにが起こるかわからない感じがする。）</p><br><p>昨日はなしていて興味深かった内容が、アートが生み出される環境をどうマネージするかというトピック。<br>先生は、ある一定のルーチンな行為が創造性を助けるとおっしゃっていた。<br>すぐれた芸術家の行動を観察していると、毎日決まった時間に起き、決まった時間を創作活動に充て、決まった時間にご飯を食べて…という人が結構いるらしい。<br>そういえばイチローも、毎日同じ時間におき、昼は同じレシピのカレーを食べ、同じ時間に球場にいくというように、一日のスケジュールが決まっているといっていたな。</p><p><br>毎日の基本的な活動をルーチン化することで、そちらに割く労力や気力を創作行為にまわすということだろうか。<br>（いまの会社の社長が、「すぐれた芸術家には、すぐれた奥さんがついている」というようなことを言っていたが　笑）</p><br><p>うちに「狂」を秘めていること、そして日々の暮らしの中で自分を「狂」の状態に持っていき、「狂」と向き合う時間が作れる人が、すぐれた芸術家なのかな～、と帰りの電車でおもった。</p>
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<pubDate>Thu, 05 Mar 2009 11:05:46 +0900</pubDate>
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<title>雑記</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2">最近とみに、言葉のむずかしさを痛感する。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2"><br>自分の中で整理がつかなかったり、形なくぶよぶよふわふわしたものを言葉として表現しようとすると、どうも無意識に、整理がつかない部分も無理やり整えてこぎれいにしてしまったり、大雑把なくくりで乱暴にまとめてしまおうとするみたいだ。<br>だから言葉が実体をはなれて大げさになってしまったり、独りよがりになってしまったり。ようするに自分の頭の中の世界を抜け切れていないのだ。<br>自分ではなかなか気づかないが、やっぱりそうやって出てきた言葉は人の心には伝わらないのだ。</font></span></p><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2"><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><br>まず実体から目をそらさず、がっぷり四つを組んで向き合う。そして自分の頭の中のモノサシで乱暴に世界を区切らないこと。そうやって実体からはなれない言葉が生まれるのだろうな。</p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><br>…と、言葉ではするする出てくるのだが、ものすんごいむずかしいのだな。</p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2"><br></font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2">+++++++++++++++++++++++</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2"><br></font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2">ホスピスでボランティアをはじめて、主婦の人ってほんとにすごいと思うようになった。<br>主婦を何十年も続けてこられた方の掃除や料理など家事仕事の手際のよさは職人級。彼女たちは、いちどきにいろいろなことを見渡して、同時並行的に効率よく進めていくのだ。<br>わたしは傍らでただオロオロ…。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2"><br></font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2">あととにかくその場の和を大事にする。<br>効率よく話し合いを進めることとか誰かを出し抜くこととか自分が上に立つことじゃなくて、ひたすらその場が和やかに進むことを優先させる。その気配りの細やかさに驚くことがたびたび。個人的感覚では、こういう気遣いって、女性に多いような気がする。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="2">これが世の主婦の方一般にあてはまるかは分からないが、すくなくともボランティアされている主婦の方々を見ていると、主婦も一種の職人だなという気がしてくる。<br><br></font></span></p></font></span>
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<pubDate>Wed, 04 Mar 2009 01:24:26 +0900</pubDate>
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<title>不思議なことってあるのですね</title>
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<![CDATA[ <p>田口ランディさんの新作『パピヨン』を読んでいてびっくりした。<br>この本は、ランディさんのお父さまが癌になって亡くなられるまでの最期の日々のエピソードを中心に、生と死にかんする思考をめぐらせているのだけど、ランディさんのお父さまが最期の日々をすごされたホスピスというのが、いまわたしがボランティアさせていただいているところなのだ。</p><br><p>実はわたしは、ランディさんの前回作『キュア』を読み、自分自身でもいのちに対する思いをめぐらせるようになり、ホスピスでのボランティアをはじめた経緯がある。</p><p>そしてボランティアをしだしたホスピスが、ランディさんのお父さまがいらっしゃったとこだったとは。</p><p>あまりの偶然にちょっと鳥肌が立った。</p><br><p>このホスピスにかんしては、それ以外にもしょっちゅう、不思議なシンクロニシティがある。<br>実はこのホスピスのボランティアは、かなりしっかりしたシステムのもと、医師や看護婦と連携し、彼らと同じように責任と役割を課せられる。<br>実際ボランティア活動を始める前に、数回にわたる養成講座を受講し、数日間の実習をしなければならない。<br>ボランティアは、決められた曜日の朝～夕方まで。<br>しかも正式なボランティアとなる前に、3ヶ月間の試用期間があるのだ。</p><p><br>最初「空いた時間で…」と思っていた私は、面接のときはじめてここのシステムを聞き、正直ちょっとびっくりしてしまい、「養成講座だけ1，2回出たらやめようかな～」なんて考えていた。<br>しかしなんだか不思議なことに、養成講座の日に合わせたかのように予定が空いてしまったり、用事が片付いてしまったりで、結局すべての養成講座を受講し、また活動に少しずつかかわるうちに、おもしろくなってきてしまい、いまにいたる。</p><br><p>実際に活動を始めたら始めたで、同じ曜日のリーダーの方が、旦那さんのお母様と古くからのお知り合いだったり、研修医をしている友人が、ここのホスピスでも研修したことがあったり、そしてきわめつけがランディさんの小説だ。</p><br><p>ここのホスピスは、上のようなしっかりしたシステムのため、全国的にもかなり有名ということもあり、いろいろな偶然が起こりやすいのかもしれないが、それでもなおご縁を感じてしまう。</p><p><br>ようやく腹をくくって、とにかく続けられる限りは続けようと思うことができた。</p>
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<pubDate>Wed, 21 Jan 2009 00:21:57 +0900</pubDate>
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<title>したごころ</title>
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<![CDATA[ <p>この間なにかのTV番組で、「大人って何」というテーマで、爆笑問題やらいろんな人がディスカッションしていたのだけど、たしか糸井重里が「大人とは、その場をもりあげるために自分は我慢できる人のこと」というようなことを言っていて「ほほう」と思った。</p><br><p>最近、人と話していて思うのが、誰かを出し抜こうとしたり、自分が目立ちたいと思ったり、誰かに対抗しようとしたり、そういう下心をちょっとでも含んで何か言ったとき、きまって言葉が空回りしてしまうのだ。<br>言葉がその場の空気にしっくり馴染まず、ふんわり浮ついているのがわかる。</p><br><p>友達としゃべるときはまだしも、とくに仕事を進めていかなきゃならないとき、議論をいい方向にもっていきたいとき、いいものをつくりたいとき、こういう下心がそれを邪魔してしまい、あとでとっぷり後悔する。<br>わたしはまだまだ子どもなのだ。</p><br><p>ほんとうに目指したいものを念頭に置きつつ、かつ相手を尊重して言葉を選ぶこと。<br>なにか発言するときは、「それって下心からきてない？」と自分の心に問いかけること。</p><br><p>むずかしいけど、これからの課題だ。</p><br><p>******************************</p><br><p>今日は午後ひまだったので、近所でご飯を食べた帰り、DVDでも見ようと思って駅ビルのツタヤにいった。</p><p>2本選んだところで、ふと店内を見渡すと、3本で999円のフェアをやっているという。</p><p>せっかくだからあと一本かりようと思ってあれこれ棚を巡ったが、なかなかピンとくるものがない。</p><p>いろんな棚をぐるぐるして、一時間半。</p><p>ほとほと疲れて、血迷ってつげ義春原作『蒸発旅日記』を手にし、いざレジへいこうとしたとき、レジ近くの棚をふとみたら、その中に「これ見ようとおもってた！」という映画が二本も。</p><p>結局その2本＋一番最初に手にとった1本をかりた。計999円なり。蒸発旅日記はそっと棚に戻した。</p><p>あの一時間半はなんだったんだ。</p><p>でもいろんなDVDのタイトル＆パッケージから、どんな内容だろうと思いをめぐらせ、あーでもないこーでもないと棚から棚へとわたりあるくのは、なんともぜいたくな時間の使い方であった。</p><br><p>その2本のうちの1本が、永作博美主演の『人のセックスを笑うな』。</p><p>永作さん演じる主人公のキャラクター、サントラ、登場人物同士の距離感、部屋のインテリア、時間の流れ、空気感ふくめて、すんごい魅力的。</p><p>いい映画をみると、自分の日常のちっちゃいことが、なんともいとおしくみえるものです。</p>
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<pubDate>Sat, 17 Jan 2009 23:44:12 +0900</pubDate>
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<title>お見送り</title>
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<![CDATA[ <p>先日は、年明け最初のホスピスのボランティアでした。<br>この日、ボランティアをはじめて初めて「お見送り」をしました。</p><p><br>わたしのお手伝いしているホスピスでは、入居者の方がなくなられたとき、スタッフ全員で入り口に並んで、ご家族と一緒におうちに帰るのをお見送りします。</p><br><p>ストレッチャーで車まで運ばれる、入居者の方。<br>ご家族の代表の方が、スタッフのほうを向いて「いろいろとお世話になりました」と頭をさげます。<br>それを受け、スタッフ一同、頭を下げます。<br>静かに、深々と、最後車の姿がみえなくなるまで、みなでおじぎしました。<br>国や文化がちがえば、胸の前で手を合わせたり、十字を切ったりするのでしょうか。<br>でもわたしは、おじぎっていいなと思いました。</p><p><br>みなどういう思いで見送っていたのでしょうか。<br>わたしはその入居者の方やご家族とは、その日初めてお目にかかりましたが、なんだか「おつかれさまでした」という気持ちで頭をさげました。</p><br><p>命が終わるときの状況は人それぞれでしょうが、ホスピスは入居する時点からそれぞれの方が、いずれくる死を意識しているためだからか、館内には、とてもゆっくりした、静かな時間が流れています。</p><br><p>言い方はおかしいかもしれないけれど、空港のトランジットみたい。<br>みなさんがどこかへ旅立つ準備をサポートするっていうか。<br>いざ飛行機が出発するときは、「さようなら…」っていうよりも、「いってらっしゃいませ！」と手を振って見送りたい気分です。</p>
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<pubDate>Sat, 17 Jan 2009 23:41:17 +0900</pubDate>
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