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<title>石碑と御堂</title>
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<description>花巻市東和町に生息しています。周辺の古（いにしえ）を探り、発見したものを紹介します。</description>
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<title>子安地蔵と子安観音</title>
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<![CDATA[ <p>子安と云えば、私が認識したのは子安観音が先でした。聖観音から慈母観音、子安観音はスムーズに認識できます。しかし私の地域（稗貫、和賀地方、もっと広域かな？）では、子安と云えば「子安地蔵」です。</p><p>当地方でも観音堂は幾つか有ります。それぞれ聖観音や十一面観音、或いは千手観音などを祀ってあります。しかし、私の知る限り、当地方で子安観音は見当たりません。</p><p>子安地蔵は、御堂に祀られているものもありますが、石碑だけのものもあります。東和町北成島の上（かみ）（つまりは毘沙門下）の子安地蔵は御堂の中です。写真は、御堂の中の地蔵の像です。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/16/jengojiji/e6/e6/j/o1333100015479972908.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/16/jengojiji/e6/e6/j/o1333100015479972908.jpg" width="420"></a></p><p>私がイメージしたものとは少し違っていましたが、確かに地蔵です。外にも浮田駒込にも子安地蔵がありますが、北成島のものと全く似通った像です。</p><p>当地域には、また趣が異なる子安地蔵があります。次の写真です。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/17/jengojiji/37/9c/j/o0856113815479984976.jpg"><img alt="" height="558" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/17/jengojiji/37/9c/j/o0856113815479984976.jpg" width="420"></a></p><p>これは同じ北成島の下（しも）にある子安地蔵です。子を抱いた観音様のようなお姿ですが、子安地蔵として祀られてあります。像は人形（ひとがた）ですが、平板な石に線刻された像です。祭日は８月24日ですので、確かに地蔵講で祀られていることのようです。（次の写真）</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/17/jengojiji/b9/c8/j/o0500072215479988331.jpg"><img alt="" height="606" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/17/jengojiji/b9/c8/j/o0500072215479988331.jpg" width="420"></a></p><p>石の形は違いますが、お姿は全く似た子安地蔵の石碑が、北成島の近くの平良木にあります。刻んだ方は、北成島のものと同じ方なのでしょうか。次の写真です。上部に「子安」と刻まれ、日輪も描かれてあります。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/17/jengojiji/cc/ec/j/o0797103615479991853.jpg"><img alt="" height="546" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240828/17/jengojiji/cc/ec/j/o0797103615479991853.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>外に像で祀られている子安地蔵は、東宮野目の石持公民館前で見かけましたが、小振りなもので、古いため大分削れた（溶けた？）ものです。</p><p>中根子にも子安地蔵があります。古くは桜華山延命寺地蔵堂という修験宗の寺ということです。像はあるか分りませんが、延命子安地蔵尊の由緒を刻んだ石碑がありました。ここでは十一面観音も祀ってあり、陸中八十八箇所霊場の第八番札所でもあります。</p><p>上根子の玄番にも、また二子町の下川端にも、立派な御堂で祀られている子安地蔵があります。像として祀られてあるかどうかは解りません。</p><p>更に湯口の高松寺の農道脇にも、また横志田の天満宮境内にも子安地蔵の石碑が祀られていることを確認しています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jengojiji/entry-12865331477.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Aug 2024 18:20:05 +0900</pubDate>
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<title>山の神講</title>
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<![CDATA[ <p>前回は塞ノ神についてでした。</p><p>今回は、塞ノ神は山の神とほとんど異なるところが無いと、ある民俗学者が言わしめた、山の神についてです。やはり子授かり、安産の神です。</p><p>山の神というと、祭神を大山祇神（おおやまつみ）とする方が普通かもしれませんが、当地では、木花咲耶姫（このはなさくやひめ）を祭神とする方が優勢です。山神ならぬ産神と云ったりするようです。</p><p>女性達の講中で祀るのですが、春は３月１２日、秋は１０月１２日に、宿番の家に集って、木花咲耶姫の掛軸を掛けて、御神酒と供え餅をあげて、御詠歌を詠うなどして、お参りをしたそうです。</p><p>地区によっては、神社などに「山神」とか「産神」と刻まれた拝石を建立して、その前でお参りをしたようです。お参りの後はお食事会となり、和やかな懇談の会になったようです。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240822/14/jengojiji/e7/93/j/o1333100015477690671.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240822/14/jengojiji/e7/93/j/o1333100015477690671.jpg" width="420"></a></p><p>この山の神講は、岩手や宮城では、４，５０年前まではどこの集落にもあったようですが、４，５年ほど前にはチラホラあったものの、コロナ禍では完全に途絶えたかもしれません。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240822/15/jengojiji/0e/3d/j/o1333100015477708250.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240822/15/jengojiji/0e/3d/j/o1333100015477708250.jpg" width="420"></a></p><p>拝石の下部には、建立した講中の女性達の名が刻まれています。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jengojiji/entry-12864578478.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Aug 2024 15:55:25 +0900</pubDate>
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<title>塞ノ神</title>
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<![CDATA[ <p>私は田舎暮らしです。隣集落との境の峠に塞ノ神が祀られてあります。ただ、現況林の中なので、滅多に知っている人が居ません。つまり、現在通行する県道と昔の古道は、路線が少しずれているからです。</p><p>その塞ノ神と云われているところには馬頭観音の碑があります。側には玉石を積んだ盛があります。</p><p>塞ノ神とは、広辞苑の説明を借りると、「邪悪の侵入を防ぐ神。行路守る神。守る神。村境などに置かれ、近世にはその形から良縁、出産、夫婦円満の神ともなった。」とあります。実はこの説明の前に、「イザナギが、イザナを黄泉国に訪ね、逃げ戻ったとき、追いかけてきたヨモツシコメをさえぎり止めるために投げた杖から成りでた神。」とあります。古事記から記されている神話でもあります。</p><p>古くには杖の形をした石の棒を祀ったようです。時代を経るとともに、金精様になったようです。</p><p>ヨモツシコメを防いだ後、今度はイザナミ自身が追ってきたので、イザナギは千引の岩で防いで別れを告げます。イザナミは「あなたを憎み、あなたの国の人々を一日に千人ずつ殺します。」と云い、イザナギは、「それなら私は一日に千五百人の子をつくろう」と答えました。この神話から、塞ノ神は、良縁、出産、夫婦円満の神となったのでしょう。そして、金精様を祀ることにもなって来たのでしょう。実際、南隣の集落の塞ノ神には金精様が祀られています。</p><p>ところが一方、東の集落の塞ノ神では、山の神が祀られています。山の神は、安産、子授けを願って祀る神で、ある民俗学者も、「塞ノ神は、同じ安産の神として、ほとんど山の神と異なるところが無い」と書いています。岩手や宮城には、以前どこの集落にもご婦人方の山の神講があったようです。塞ノ神、或いは山の神と呼ばれる神社では無くても、方々の神社には、「山の神」或いは「産神拝石」などと刻まれ、祀って建立した山の神講中の女性達の名前も刻まれた碑を見かけます。</p><p>ところで、馬頭観音を祀る我が集落の塞ノ神は、安産の神では無いので、少し異質な気がします。しかし、馬頭観音は、駆け巡って四囲を威圧する勢いが、諸悪をねじ防いでくれると指示られている神ですので、塞ノ神としては相応しかったのでしょう。塞ノ神は、古代からの信仰と考えられます。色々な習合とか付会はあったものでしょう。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240821/18/jengojiji/1d/e6/j/o1120061715477406965.jpg"><img alt="" height="231" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240821/18/jengojiji/1d/e6/j/o1120061715477406965.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/jengojiji/entry-12864475683.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Aug 2024 18:36:26 +0900</pubDate>
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