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<title>今日までそして明日から</title>
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<description>平凡な主婦のひとりごとを綴ります。元の名　jiadao　あらため　reiko　です。よろしくお願いします　</description>
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<title>泣いた日笑った日</title>
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<![CDATA[ <p>先々月に娘が家を出て行きました。</p><p><br></p><p>荷物をまとめたものの、家具等はほとんどそのまま残して行きました。</p><p><br></p><p>出て行った後で娘の部屋に入ってみると、ベッドの上にはこんなものが…</p><p><br></p><p>笑って頭をなでていたら不意に涙が出てきました。おめでたいことなんだけど。</p><p><br></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20231201/14/jiadao/7a/be/j/o4032302415371495217.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20231201/14/jiadao/7a/be/j/o4032302415371495217.jpg" height="3024" width="4032"></a><br></p>
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<pubDate>Fri, 01 Dec 2023 14:52:27 +0900</pubDate>
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<title>花は咲く</title>
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<![CDATA[ 成金草？正確な名前は何と言うのでしょうか。私は「金のなる木」だとおしえられて育ててきました。ぐんぐん成長してくれるけど、我が家にはいっこうにお金は貯まらずのまま。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230211/16/jiadao/ea/64/j/o4032302415241711893.jpg"></a><div>小さな枝から始まって１０年以上。今年初めて花を咲かせてくれました。</div><div>小さな、なんとも可愛い淡桃色の花はいじらしくて見ているだけで幸せな気持になれます。</div><div>これは、金のなる木じゃなくて、幸せのなる木　だったのですね。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230211/16/jiadao/7c/91/j/o4032302415241715292.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230211/16/jiadao/7c/91/j/o4032302415241715292.jpg" height="3024" width="4032"></a></div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 11 Feb 2023 16:27:53 +0900</pubDate>
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<title>やる気スイッチ行方不明中</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">フラ（フラだけでフラダンスという意味）を習ってちょうど５年になる。</font></p><p><font size="2">私には絶対に似合わないと思うし、事実　始めた頃は誰に言ってもびっくり仰天された。<br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">そもそも最初の意識としては、正式な教室というつもりはなくてサークルだと思って気楽に通い始めた。<br>月に２回だけのレッスンだし、進み方もゆっくりだし、クプナ(年配の人）ばかりのクラスだし、今でもレッスンそのものよりもその後のお喋りを楽しみに通っているところもある。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">そんなお気楽サークルが、ベテランの方々の参加もあり、いつのまにかイベントのステージやホイケ(発表会）などが増え、ついて行くのはしんどかったけど、それなりに頑張ってきた。</font></p><br><p><font size="2">ところが最近　モチベーションがまったく上がらない。</font></p><font size="2"><p><br>たとえば…新曲を習ったら、今までなら帰ってきたらすぐにステップやハンドモーションを書いた下書きを見ながら清書するのが常だったのに（すぐにやらないと自分で書いた字が読み取れないので）、最近はその気になれずにしばらく放置。その結果、書いたものの意味がわからず、復習もままならず、当然何もできないまま次のレッスンに行っては注意を受けて、さらにモチベーションが下がる…これを繰り返している。</p><p>普段はまったく練習する気にもなれず、一度も家で踊らないままレッスンに行っては一人集中的にダメ出しをされてますます落ち込む。</p><p><font size="2">自分の踊っている姿をDVDなどで見るとがっがりしてしまう。</font></p><p><font size="2">ぎこちないし、目線が泳いでいるし、如何にも自信なさげで、みっともないことこの上ない。</font></p><p><font size="2">最初の頃と比べても、進歩の「し」の字も見られない。</font></p><p><font size="2">そのたびにもうやめようか…と思うのだけど、なぜかやめずに今日まで来た。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">少し前に、近所のひとり暮らしの８０代の女性が突然自宅で亡くなられた。翌日の朝発見されたのは、お稽古仲間さん達の働きだった。その方は複数のお稽古に熱心に通っておられて、知り合いも沢山おられたとか。もしこの人が家に閉じこもり気味だったら、子供さんもいなかったことだし、発見はもっともっと遅れ、悲惨なことになっていただろう。</font></p><p><font size="2">これを聞いて、老後に持つべきものは沢山の友人なのだ、とつくづく思った。</font></p><p><font size="2">特に、曜日や時間が決まっているお稽古の仲間は年配者には強い味方だと思う。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">だから、できればフラもやめたくない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">それなのに、</font></p><p><font size="2">いっこうにやる気スイッチが入らない。</font></p><p><font size="2">あぁ、私のやる気スイッチは一体何処へ行ってしまったんだろう。</font></p><p><font size="2">誰か捜索に協力してください…</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160913/16/jiadao/ee/8b/j/o0376027713747443143.jpg"><img border="0" alt="レッスン風景" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160913/16/jiadao/ee/8b/j/t02200162_0376027713747443143.jpg"></a> <br></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><br><br></font><font size="2"><br></font>
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<pubDate>Tue, 13 Sep 2016 09:54:23 +0900</pubDate>
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<title>みずいろの</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160904/14/jiadao/fa/06/j/o0454037913740031927.jpg"><img width="420" height="351" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160904/14/jiadao/fa/06/j/o0454037913740031927.jpg"></a></p><p>&nbsp;</p><p>みずいろの季節に</p><p>みずいろの花が咲く</p><p>&nbsp;</p><p>みずいろの夢をみて</p><p>みずいろの涙が落ちる</p><p>&nbsp;</p><p>会いたくて</p><p>ただ　会いたくて</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>１０年前に私の姉が亡くなった。</p><p>&nbsp;</p><p>姉は小児麻痺の後遺症で身体に障がいがあり、未婚のまま実家の離れで暮らしていた。</p><p>姉の障がいが重いのかそうでないのか、私にはよくわからなかったが、右半身に麻痺があり右手がほとんど使えず、右足も歩く時には引きずっていた。少し言語障がいもあったが、他人との会話にも別段困ることはなく、多少は不便ながらも普通の生活を送っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>花と犬と子供が好きで、私の子供たちのこともとても可愛がってくれた。明るくほがらかな性格で、友達も多かったし、私よりもむしろ色々なことにチャレンジしていて、影響されることも多かった。</p><p>&nbsp;</p><p>その姉がある時不調を訴え、子宮癌と診断された。</p><p>そして、１年半の苦しい闘いの末に旅立ってしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>亡くなる１週間ほど前、大切な人がいたら会わせてあげて、と医師から言われて親族はもちろんだけど親友のHさんに連絡した。Hさんはそれまでにも何度も病院や家に来てくれていて、「青い花が見たい」という姉の希望を聞いて何回か水色や青い花を持って見舞ってくれていた。その中のひとつがこのデルフィニウムだった。</p><p>最後の面会は亡くなる三日前、もう一度デルフィニウムを持参してきてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>亡くなってしばらくしてしてから姉の夢を見た。</p><p>夢の中の姉はたくさんのデルフィニウムに囲まれて嬉しそうにニコニコ笑っていた。</p><p>よかった、お姉ちゃん元気になったんだ！</p><p>嬉しくて私も笑いながら手を伸ばしたところで目が覚めた。</p><p>&nbsp;</p><p>この詩（詩と言えるかな？ただの呟きかも）はその時に浮かんだもの。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>歩き方のおかしい姉と並んで歩いていると、多くの人が姉のことを無遠慮にじろじろと凝視した。私はそれが許せなかった。特に子供の頃それが辛くて、かと言って「何見てるねん！」と怒鳴りたかったけどそれもできず、怒鳴る代わりにじろじろと見る人を私がずっと睨んでやった。私の視線に気づいた人は大抵ばつの悪そうな顔になった。幼い私の精一杯の抵抗だった。大人になってからも結構これはやったかな。思い切って「じろじろ見ないでください」と言ったこともあった。</p><p>&nbsp;</p><p>私にとっては大切な姉だった。</p><p>お互いに長生きして、私がいつか一人暮らしになったら二人で小さな家を借りて一緒に暮らそう、犬も飼おう、花も沢山植えよう、とよくそんな話をしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、もう叶わない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sun, 04 Sep 2016 14:45:49 +0900</pubDate>
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<title>子供のままの私なのに</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160807/17/jiadao/1c/10/j/o0640048013717335796.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160807/17/jiadao/1c/10/j/t02200165_0640048013717335796.jpg"></a></p><br><p><br>親族の長い介護・看護生活が終わり、のんびりと暮らしていた私だけど、このダラダラ生活もこの秋からは続かなくなりそう。 <br>なぜかと言うと、どうやら地域の民生委員になることが決まったらしい。 </p><p>他人事のように言ってるのは、まだ全然実感がわかないから。</p><p>&nbsp;</p><p>だって民生委員って…… </p><p>皆さんはどんな印象を受けますか？ <br>究極のボランティア？ヒマな人が熱心にやる社会奉仕活動？行政の手先？ </p><br><p>受ける印象は人それぞれだろう。</p><br><p>嘗て私の父親が退職してすぐにこの役にあたり、病がわかるまで１０年以上続けていた。父は教師だったので、周囲の人からの「先生がやってくれるなら安心」とか「さすが学校の先生をやっていらしただけあって、頼りになる」などという声をよく聞いた。それらを額面通り受け取った私は、我が親ながらも少しばかり誇らしく思っていた。</p><p>&nbsp;私にとっても、父親はいつでもどこでも、一番頼りにできる唯一無二の存在だった。 </p><br><p><br>民生委員とは、そういった周囲から頼りにされる人がなるものだとこれまでは思い込んでいた。</p><p>年齢こそもう十分かもしれないけど、一体私にこのような役目がつとまるのだろうか？どうもピンとこない。 </p><br><p>私の中では私自身は、いつまでも、徒歩２・３分の幼稚園に通うのにスクールバスに乗り、しかもしょっちゅうそのバスの時間に遅刻をして、一人で幼稚園の裏手の川に渡してある丸太の橋を渡って登園していた ( 表門は遠回りになるので ) 、クラスで一番小さい、ちょっと変わった子供のままなのだ。 </p><br><p>今も同じ。そそっかしくて何をやっても空回りすることが多い。</p><p>外で働いたのも若い頃の４年間だけで、習い事やサークルも色々手を出すけど、どれひとつ満足にできたことがない。お世話役もよくやったけど、失敗続きで、周りの人に助けてもらってばかりで凌いできた。 </p><p><font size="2"><br></font></p><p>こんな私なのに </p><br><p>…できるのかな？　民生委員なんて…　（ため息） </p><p>あぁ、荷が重い・憂鬱だ…</p><br><br><p>この写真は私が通っていた幼稚園のある、某学院（幼稚園・高校・短大が併設されているので敷地はとても広い）の西側の水路。当時はこんな立派な生け垣や柵もなく、ここに丸太が渡してあり、私はその上を渡って中に入っていった。よく転げ落ちなかったもんだなぁ… </p>
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<pubDate>Sun, 07 Aug 2016 17:33:41 +0900</pubDate>
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<title>夫・服薬道を完走</title>
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<![CDATA[ <font size="2"><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160804/08/jiadao/3f/1f/j/o0397060513714521958.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160804/08/jiadao/3f/1f/j/t02200335_0397060513714521958.jpg"></a><br></p><br></font><p><font size="2">７月中旬に夫の服薬治療が終わった。マップの「達成京」にシールを貼り、ついに完走だ。</font></p><p><font size="2">だけど、夫いわく「副作用がなかったので、「達成感がない」と言う。</font></p><p><font size="2">副作用がないなんて、こんなに有り難いことはないけど。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">服薬を始めてしばらくして、「ウィルス検出せず」の結果をもらってから、夫はすこぶる元気だ。身体が軽いそうである。</font></p><p><font size="2">のんきな私は知らなかったが、それまではずっと常に身体がだるかったらしい。インターフェロン治療のない時でも、いつも身体が重かったという。</font></p><p><font size="2">でも、ふつうにいや人一倍力仕事もやってたし、ゴルフだって続けていたじゃないか、とも思うのだが、だるいなりに、こんなものかと思って過ごしていたらしい。</font><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">夫に言わせると、世の中の人は皆毎日こんなにスカッとした気分で毎日を過ごせているんやなぁ、えぇなぁ・知らんかったわ、となる。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">可哀想に…</font></p><p><font size="2">毎日スカッとしているはずの私はだらだらと過ごしてこんなに太ってしまい、夫は治療のたびにどんどん痩せてしまった。身長差２０センチ近いのに、体重はそれほど変わらないというかなしさ😢</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">服薬が終わってしまった以上、後は運を天にまかせるのみ。</font></p><p><font size="2">空っぽになった薬入れのタペストリーが所在なげにぶら下がっているが、まだ片づける気になれない。</font></p><p><font size="2">ウィルスよ、どうかもう二度と戻って来ないでください‼‼‼</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">これからは少しは夫も太れるかな？</font></p><p><font size="2">だといいんだけどな～</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p>
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<pubDate>Thu, 04 Aug 2016 08:53:27 +0900</pubDate>
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<title>服薬道八十四次</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160625/14/jiadao/23/36/j/o0589042813681537638.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160625/14/jiadao/23/36/j/t02200160_0589042813681537638.jpg" width="220" height="159"></a></p><br><p><br>夫は C 型肝炎である。 </p><p>それがわかったのはちょうど１０年前。いつ感染したのかはわからない。子供の頃の予防接種くらいしか思い当たらないが、はっきりしない。 </p><br><p>以来、インターフェロン治療を４度繰り返してきたが、ウィルスは消えなかった。 </p><br><p>去年、満を期して出た３剤併用治療で、初めて一時的にウィルスが消えたが、すぐに再燃した。 </p><br><p>どの治療時も本当に辛かった。辛いのはもちろん夫だけど、傍で見ている私もどんなに辛かったか … </p><p>ことに、初回治療時は悪夢だった。当時は１年近い期間、週一回の注射と飲み薬の服用。副作用がひどかった。抗がん剤の副作用に似たものがあった。どんどん痩せていき、食欲不振・不眠・脱毛・倦怠感・そしてうつ状態に。これが義母の認知症が進んだ時期と重なり、家庭は崩壊寸前、子供たちにも本当に辛い思いをさせた。 </p><p><br>そして今、インターフェロンを使わない、飲み薬だけの治療を受けている。 </p><p>これは「夢の新薬」だという話。 </p><p>８４日間一日一回できるだけ同じ時間に薬を１錠のむ。それだけで、ほぼ１００パーセントの人のウィルスが消滅するらしい。副作用もほとんどない。 </p><p>今までのあの苦しみは一体何だったのだろう、と思わずにいられない。もっと早くこの薬が出ていればという気持ちと、この薬に間に合ってよかったという気持ちが半々だ。</p><p>&nbsp;</p><p>さすがに薬価も高く、当初よりは下がったものの、今は一錠５万５千円。ただし国から補助が出るので夫の場合はひと月に最大２万円の自己負担ですむ。ありがたいことだと思うけど、そもそも B 型・ C 型肝炎の蔓延をゆるしたのはこの国の行政の怠慢なのだ。 </p><p>１００パーセントの効き目と言われても、安心はできない。</p><p>&nbsp;これは薬を服用している間の数字であって、その後また再燃があるかもしれない。もしそうなったら、薬に対して耐性ができたということで、もう打つ手がなく、それが怖い。 </p><br><p>どちらにしても、先のことは考えずに今はただ薬を飲み続ける。ウィルスが消えれば、肝臓がんを発症する確率がぐっと下がる。 </p><p>製薬会社にもらった、この「服薬道八十四次」の絵に毎日せっせとシールを貼る夫の姿に、なんとか今回で治療が終われるようにと祈っている。 </p>
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<pubDate>Wed, 15 Jun 2016 09:20:05 +0900</pubDate>
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<title>旧友</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/jiadao/amemberentry-12139117471.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Mar 2016 16:40:03 +0900</pubDate>
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<title>一周忌</title>
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<![CDATA[ <p>先日母の一周忌を終えました。</p><p>今月終わりには父の１７回忌がやってきます。</p><br><p>４９日が過ぎ、相続手続きを終え、そして一周忌も…</p><p>言葉にならないくらいの寂しさが押し寄せてきます。</p><br><p>親はいつか先に逝くものだし、決して早い年齢でもなかったんだけど、それでも寂しいものは寂しいのです。</p><p>かつて、父方の伯母がやはり高齢で亡くなった時、その娘である私の従妹がうつ病を発症しました。</p><p>今なら彼女の心境が手にとるようにわかるのです。</p><p>彼女はそのまま数年うつ病と闘い、５０代の若さで突然逝ってしまいました。</p><br><p>私はたぶん大丈夫。</p><p>元々ドライで切り替えの早い性格なので…</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/jiadao/entry-12093606918.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Nov 2015 13:18:54 +0900</pubDate>
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<title>別れ</title>
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<![CDATA[ <p>永遠に続くかと思った（そんなはずないのに）母の入院生活が</p><br><p>昨年１１月にとうとう終わってしまいました。</p><br><p>先日、期限ぎりぎりになってやっと相続手続きが完了しました。</p><br><br><br><p>だんだんと母が遠くなっていきます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jiadao/entry-12070811868.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Sep 2015 14:38:49 +0900</pubDate>
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