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<title>大丈夫！ 人生ってオモシロイ！！ ～笑えば世界がひろがる～</title>
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<description>いろいろあったけど、やっぱり人生は面白い。不思議体験・日常のひとりごと・ちょっと変な話を、60代やもめがゆるく綴ります。</description>
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<title>恨み節、もうやめます ——お寺の法話で気づいたこと</title>
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<![CDATA[ <p>お帰りなさい。</p><p>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。<br>本当は、もっと自由でいいはずなんですよね。<br>ちょっとだけ、忘れかけていませんか？<br>さぁ、肩の力を抜いて... 今回もゆっくり楽しんでいってくださいね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260715/00/jin-kataribe/71/5b/p/o1672094115802603527.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="349" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260715/00/jin-kataribe/71/5b/p/o1672094115802603527.png" width="620"></a></p><h3>あなたは、誰かを恨んだことがありますか</h3><p>急にこんなことを聞いてごめんなさいね。</p><p>でも少しだけ、正直に思い返してみてください。</p><p>夫が、信じられないことをしてきた。<br>親が、ずっと理不尽だった。<br>友人が、裏切った。<br>「あんな人、一生許さない」</p><p>そう思ったこと、一度や二度じゃないんじゃないかって思うんです。</p><p>あなたがそうなら、私も同じです。<br>正直に言うと、私にも長い間、どうしても手放せなかった恨みがあったんですよね。</p><p>　</p><h3>お寺の法話で、刺さった言葉</h3><p>ある日、ふらっとお寺に立ち寄って、法話を聞いてきたんです。</p><p>難しい話じゃなかったんですが、なぜかその言葉がずっと頭に残っていました。</p><p>「目には目を、歯には歯を、という考え方があります。これは憎しみの連鎖を生む道です。やられたらやり返す。お互いに引っ込みがつかなくなって、争いは永遠に終わりません。そしてあなたの心に、相手への恨みがいつまでも住みついてしまいます。」</p><p>聞いた瞬間に、「ああ、そうだなあ」と思ったんですよね。</p><p>恨む、やり返す、また恨まれる。その繰り返し。<br>誰も幸せになれない。</p><p>こういう夜って、ありませんか？ 誰かへの怒りをぐるぐると繰り返す夜。</p><p>　</p><h3>自業自得って、悪口じゃなかったんです</h3><p>法話で、お坊さんがこんなことも話してくれました。</p><p>「自業自得という言葉をご存知ですか。これは本来、仏教から来た言葉です。自分の行いは、自分に返ってくる。ただそれだけのことを言っているんです。」</p><p>「じごうじとく」って、普段は「自業自得だろ」みたいに人を責める言葉として使いますよね。</p><p>でも本当の意味は違うんです。</p><p>仏教でいう「業（ごう）」というのは、自分の行いのこと。<br>体でしたこと、口から出た言葉、心の中で思ったこと、そのすべてが業になります。<br>善い行いをすれば善い結果が、悪い行いをすれば悪い結果が、いつかどこかで自分のもとに返ってくる。</p><p>「悪いことをした人への非難の言葉」じゃなくて、「自分の行いと結果のつながりを見つめる教え」だったんですよね。</p><p>これを聞いたとき、「じゃあ私はどうだったんだろう」って、自分の過去が少し怖くなりましたけど（笑）。</p><p>　</p><h3>辛い出来事には、別の意味があるかもしれない</h3><p>ここからが、私が一番刺さった話です。</p><p>人生で辛いことが起きたとき。理不尽な目に遭ったとき。</p><p>「どうして自分だけ、こんな思いをしなきゃいけないの」と思いますよね。</p><p>でもお坊さんは、こう言ったんです。</p><p>「辛い出来事が起きたとき、それはもしかすると、自分が過去に作ってきた業の清算が行われているのかもしれません。もしそうだとすれば、ひとつの業が片付いたということ。感謝こそすれ、恨む必要はないのです。」</p><p>「一方的にやられたのに、なんで自分が収めなきゃいけないの」という気持ちは、よくわかります。</p><p>「聖人君子でもあるまいし」って笑ってしまいそうなところですよね。</p><p>でも、もしそこに「自分が幸せになれるヒント」があるとしたら？<br>そのチャンスを掴みますか、それとも見送りますか。</p><p>　</p><h3>コップの塩と湖のたとえ</h3><p>お坊さんがわかりやすいたとえを話してくれました。</p><p>コップいっぱいの塩を水に溶かしたら、めちゃくちゃしょっぱいですよね。<br>でも同じ量の塩を、大きな湖に溶かしたら？</p><p>ほとんど味がしないんです。</p><p>悪い業（塩）そのものは消えない。<br>でも人間としての器が大きくなると、同じ業の影響の受け方が変わってくる。</p><p>善い行いで悪い業を「帳消し」にするわけじゃないんですよ。<br>だけど善い行いを積み重ねることで、器が育ってくる。<br>そうすると同じ苦しみが来ても、受け止め方が変わってくるんです。</p><p>このニュアンス、伝わりますかねえ。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260715/00/jin-kataribe/45/f4/p/o1672094115802605128.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260715/00/jin-kataribe/45/f4/p/o1672094115802605128.png" width="420"></a></p><p>　</p><h3>大難が中難に、やがて大福に</h3><p>法話の最後に、お坊さんはこう言っていました。</p><p>「ひとつひとつ業の清算をしていけば、大難は中難に、中難は小難に、小難は無難になっていきます。そして善い行いを重ねることで、やがて無難は小福に、小福は中福に、中福は大福になっていくのです。」</p><p>大福、ですよ。大きな福。</p><p>最初に聞いたとき「大福って餅菓子の？」ってなりました（笑）。</p><p>でもよく考えると、この言葉って希望そのものじゃないですか。</p><p>苦しいことが続いていても、それは大難が中難に変わっていく途中なのかもしれない。<br>そう思うと、今日の嫌な出来事も、少しだけ違って見えてくるんですよね。</p><p>　</p><h3>恨み節をやめると、楽になりました</h3><p>「そうは言っても、怒りは抑えられないよ」という声が聞こえてきそうです。</p><p>私もそうでしたから、よくわかります。</p><p>ただ一つだけ、考えてみてほしいんです。</p><p>誰かを恨んでいるとき、一番しんどいのは誰でしょう。</p><p>相手は何も感じていないかもしれない。<br>傷ついているのは、恨んでいる自分の方なんですよね。</p><p>恨む、というのは「その人を頭の中に住まわせ続けること」なんです。<br>家賃も取れないのに（笑）。</p><p>本当に幸せになりたいなら、相手の問題を解決しようとするより先に、自分の心の持ち方を変えた方が早い。</p><p>私はそこに気づいてから、だいぶ楽になりました。</p><p>恨み節、もうやめます。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><strong>チャ〜くん＠上り坂・下り坂を知る男</strong></p><p>60代やもめ、坂道をあちこち歩いてきた男の独り言。深夜、痛みを抱えたスマホの向こう側にいる誰かに、静かに届けたくて書いています。</p><p>▶ もう少し詳しくは<a href="https://profile.ameba.jp/ameba/jin-kataribe">プロフィール</a>と<a href="https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12970510876.html">はじめましての記事</a>へ</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>法話の帰り道、なんだか空が広く見えた気がしたんです。<br>気のせいかもしれないけど、こういう気のせいって大事にしたいなと思っています。</p><p>また来てくださいね。次回もぼちぼち語っていきます。</p>
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<pubDate>Wed, 15 Jul 2026 20:11:25 +0900</pubDate>
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<title>カレー地獄</title>
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<![CDATA[ <p>お帰りなさい。</p><p>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。<br>本当は、もっと自由でいいはずなんですよね。<br>ちょっとだけ、忘れかけていませんか？<br>さぁ、肩の力を抜いて... 今回もゆっくり楽しんでいってくださいね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><h3>冷蔵庫の野菜が、そろそろ限界だった</h3><p>冷蔵庫を開けるたびに、野菜たちがこちらを見ている気がするんですよね。</p><p>「早く使ってよ」って。</p><p>にんじん、キャベツ、玉ねぎ、あとは名前を忘れかけていたピーマン。見て見ぬふりをするにも限界があって、ある日の昼にとうとう重い腰を上げたんです。</p><p>トマトジュースとコンソメがあったので、全部ざく切りにして鍋に放り込みました。料理というより、処理に近い感覚でしたね。</p><p>でも、食べてみたら——これが意外と美味しくできていたんです！</p><p>我ながらびっくりしました。適当に作ったものが上手くいくと、なぜか腕が上がった気がするんですよね（笑）</p><h3>翌日、運命の味変</h3><p>スープが少し残っていて、冷蔵庫にはまだ野菜の残党がいました。</p><p>「そうだ、今度はカレー味にしよう」</p><p>残り野菜を足して、カレールーを投入。これが、すべての始まりでした。</p><p>一口食べて、思わず声が出ましたよ。前日のスープのベースが効いていたのか、コクが全然違うんです。我ながら、やるじゃないか、と。</p><p>ところが、調子に乗ってたっぷり作ってしまった。</p><p>気がついたら、鍋いっぱいのカレーが目の前にありました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260714/23/jin-kataribe/c4/64/p/o1672094115802593908.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260714/23/jin-kataribe/c4/64/p/o1672094115802593908.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><h3>3日間、カレーと生きた</h3><p>最初の日は余裕でした。カレーライスで夕食、翌朝はパンに乗せてカレートースト。昼はラーメンに入れてカレーラーメン。</p><p>「これ、アリじゃないか」なんて思っていたのは、最初だけでしたね。</p><p>2日目の夕方あたりから、アレンジを考えるのが面倒になってきて。結局ひたすらカレーライスを食べ続けました。鍋の前に座って、無心でよそって、無心で食べる。</p><p>3日目の夜、鍋の底がようやく見えた時、自然と言葉が出ました。</p><p>「もうしばらくカレーはいいや…」</p><h3>カレーうどんの店の前に立っていた</h3><p>翌日、外出先でランチをしようと歩いていたんです。</p><p>お腹が空いて、さて何を食べようかなと辺りを見回したら——気がついたら、カレーうどんの専門店の前に立っていました。</p><p>自分でも笑えましたよ。体がカレーを求めていたんですかね。「もういいや」と言いながら、ちゃんと食べていましたから（笑）</p><p>人間って、正直ですよね。</p><p>　</p><p>そんなこと、ありませんか？</p><p>「もう食べたくない」と思っていたのに、外でそれを注文してしまっていた、とか。</p><p>似たようなことで言えば、お昼にカレーを食べて帰ったら、お母さんが用意してくれていた夕食もカレーだった——なんてこと、ありますよね。</p><p>よかったら、あなたのエピソードも聞かせてもらえると嬉しいです♪</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><strong>チャ〜くん＠上り坂・下り坂を知る男</strong></p><p>60代やもめ、坂道をあちこち歩いてきた男の独り言。不思議な話から、こういうくだらない話まで、ゆるく綴っています。</p><p>▶ もう少し詳しくは<a href="https://profile.ameba.jp/ameba/jin-kataribe">プロフィール</a>へ</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>読んでくれてありがとうございます。</p><p>次はちょっと不思議な話に戻ろうかな、と思っています。またのぞきに来てくださいね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12972729023.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jul 2026 13:07:11 +0900</pubDate>
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<title>時間って、渦潮みたいに流れていく気がする</title>
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<![CDATA[ <p>お帰りなさい。<br><br>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。<br>本当は、もっと自由でいいはずなんですよね。<br>ちょっとだけ、忘れかけていませんか？<br>さぁ、肩の力を抜いて... 今回もゆっくり楽しんでいってくださいね。<br>&nbsp;</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><br>「え、もう7月も終わりそう？」って、きっともうすぐ思うんだろうな〜。<br><br>だって、7月は始まったばかりだと思ってたのに、もうこの月の三分の一が終わってるし 😭<br><br>SNSを開くたびに、そんな声が流れてきます。<br><br>「今年ももう半分以上終わったー」<br>「時間の流れ、早すぎる」<br><br>わかる、わかる。私もそう思いました。<br><br>でも「早いよね〜」で終わらせられなくて。<br><br>なんでこんなに早く感じるんだろう、ってずっと頭の隅っこにあったんです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h3>時間って、渦潮みたいなものじゃないかな</h3><p><br>これ、私がずっと思っていること。<br><br>時間の流れって、螺旋状になっている気がします。<br><br>渦潮をイメージしてみてください。<br><br>子どもの頃って、渦の外側のゆっくり大きく回っているところにいた。<br>一周がとても長くて、ひとつひとつの夏が濃くて、永遠みたいに感じた。<br><br>でも歳を重ねるうちに、気づけば渦の内側へ引き寄せられていく。<br>内側ほど、流れが速い。<br><br>気づいたら、もう一周してる。<br><br>「あれ、もう7月？」となるのは、渦の中心に近づいているせいじゃないか。<br>私は本気でそう思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260710/18/jin-kataribe/72/79/j/o1659094815801217526.jpg"><img alt="" height="240" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260710/18/jin-kataribe/72/79/j/o1659094815801217526.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><h3>吸い込まれたら、どうなる</h3><p><br>そこまで考えてから、ふと気づいてしまいました。<br><br>渦の中心に吸い込まれたら、それって...人生の終わり？<br><br>わぁー！イヤだイヤだ、イヤだーーー！！（笑）<br><br>よし、逆回転に泳いでやろう！<br><br>...まあ、無理か 🙂‍↕️<br><br>渦潮を逆回転させることは、さすがの私にも無理でした。<br><br>ただ、ちょっとだけ抵抗はできるかもしれない。<br><br>新しいことを始めてみるとか。行ったことのない場所へ行ってみるとか。<br>「初めて」の記憶が増えると、振り返ったときに時間が長く感じられるらしいので。<br><br>そう思って、たまに違うことをやってみたりしています。<br><br>...それでも渦のスピードは変わらない気がするんですけどね（笑）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h3>あなたはどう感じていますか？</h3><p><br>「子どもの頃より一年が短くなった」、そんな感覚はありますか？<br><br>私の「渦潮理論」、どう思います？（笑）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><strong>チャ〜くん＠上り坂・下り坂を知る男</strong></p><p>&nbsp;</p><p>50代、坂道をあちこち転げ落ちてきた男の独り言。深夜、痛みを抱えたスマホの向こう側にいる誰かに、静かに届けたくて書いています。</p><p>▶ もう少し詳しくは<a href="https://profile.ameba.jp/ameba/jin-kataribe">プロフィール</a>と<a href="https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12963258131.html">はじめましての記事</a>へ</p><p>&nbsp;</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><br>また来てくださいね。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12972312576.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jul 2026 22:22:06 +0900</pubDate>
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<title>20代の頃、私は念力でタバコを転がしていた</title>
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<![CDATA[ <p>お帰りなさい。</p><p>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。</p><p>本当は、もっと自由でいいはずなんですよね。</p><p>ちょっとだけ、忘れかけていませんか？</p><p>さぁ、肩の力を抜いて... 今回もゆっくり楽しんでいってくださいね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>今回は、私の一番古い「不思議」の話をしようと思います。</p><p>20代の頃の、ちょっと変わった訓練の話です。指も触れずに、机の上のモノを動かす訓練。</p><p>笑われても構わないんですよね。ただこの話、今の私を形づくっている「核」みたいなものなんです。だからいつか書きたいと、ずっと思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/15/jin-kataribe/fe/d1/p/o1662094615800855639.png"><img alt="" height="239" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/15/jin-kataribe/fe/d1/p/o1662094615800855639.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>私は昔から、目に見えないものに惹かれる人間でした。</p><p>テレビに超能力者が出てくると、画面に食いついた。スプーン曲げ、透視、念力。周りが「どうせインチキだ」と笑う横で、私だけが本気でした。</p><p>いや、信じる、という言葉は少し違う。「本当にできる奴がいるなら、私にもできるはずだ」と、なぜか疑っていなかった。根拠は何もないんです。だが、その根拠のなさこそが、後になって一番大事な鍵になる。</p><p>　</p><p>20代に入って、私はひとつの訓練を始めたんです。</p><p>道具は、タバコを一本。机の真ん中にそっと横たえる。少し離れて、じっと見つめる。</p><p>指は使わないんです。息も吹きかけないんです。ただ、そのタバコが転がる姿を頭の中で思い描く。「動け」ではなく「転がる」と。念を、まっすぐ送り込む。</p><p>ほとんどの日は、何も起きなかった。何分見つめても、タバコは机の上でただの白い棒のままです。部屋が暗くなって、そろそろ飯かという時間まで、よくそうやって一人で座っていたんです。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/15/jin-kataribe/94/82/p/o1672094115800855640.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/15/jin-kataribe/94/82/p/o1672094115800855640.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>だが、ごくたまに、その瞬間は来た。</p><p>十回やって九回は空振り、いや、もっと確率は低かったかもしれないんです。それでも、ふいに訪れる。</p><p>体の内側が急に静かになる感覚がある。ざわつきが消えて、「あ、これは転がるわ」と分かってしまう瞬間。疑いが、一切ないんです。</p><p>その時だけ、タバコはコロンと小さな音を立てて転がった。</p><p>　</p><p>面白いのは、力めば力むほど、できないということです。</p><p>「頼む、動いてくれ」と願っている時は、まず動かないんです。「今日こそ成功させてやる」と気合を入れた日も、駄目でした。念を強くする、みたいな話ではないのです。</p><p>むしろ逆で、「これはもう転がるに決まっている」と、結果を先に知ってしまっているような、あの奇妙に静かな状態。その時にだけ、現実が後からついてくる。</p><p>同じような感覚を、あなたはどこかで覚えていないでしょうか。</p><p>　</p><p>大人になってから、私はこの感覚の正体をずっと考えてきました。</p><p>たどり着いたのは、「信じる」と「疑わない」は、まるで違うものだという結論です。</p><p>「信じる」という言葉には、まだ疑いの余地が残っている。信じようと努力している時点で、心のどこかで「本当かな」と思っている、ということです。だから力む。だから、届かないんです。</p><p>「疑わない」は、そうじゃないんです。努力ですらない。ただ静かに、事実として知っている状態です。明日の朝に太陽が昇ることを、誰も「信じよう」と頑張らないのと、同じように。</p><p>　</p><p>タバコが転がったのは、私の念が強かったからじゃないんです。</p><p>「転がる」という一点を、私が一瞬だけ、本気で疑わなかったからです。たぶん、それだけのことです。</p><p>そしてこれは、念力なんていう訓練の中だけの話じゃない気がしている。人が何かを本当に動かす時、その瞬間だけ、人は「疑っていない」のかもしれないんです。</p><p>この「疑いがない時にだけできる」という感覚を、私は手放さなかった。むしろ年を重ねるほどに、それは静かに研ぎ澄まされていったんです。そしてある時、思いもよらない場所で、今までで一番派手な形で「開花」することになる。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><strong>チャ〜くん＠上り坂・下り坂を知る男</strong></p><p>50代、坂道をあちこち転げ落ちてきた男の独り言。痛みを抱えたスマホの向こう側にいる誰かに、静かに届けたくて書いています。</p><p>▶ もう少し詳しくは<a href="https://profile.ameba.jp/ameba/jin-kataribe">プロフィール</a>と<a href="https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12970510876.html">はじめましての記事</a>へ</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>── ところで、</p><p>この「疑わない時だけできる」という感覚が、私の人生で一番派手な形で現れた場所があるんです。</p><p>アメリカ、ネバダ州のカジノ。ルーレットの盤の前で、次に来る数字が光って見えた話です。その顛末は、こちらにまとめています。</p><p>▶ <a href="https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12971527784.html">カジノで神通力を試したら、黒服の男が現れた話</a></p><p>今回もここまで読んでくださって、ありがとうございます。また、ゆっくり会いに来てくださいね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12972206640.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Jul 2026 20:03:30 +0900</pubDate>
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<title>黒い靄が晴れていく朝に、聞こえた声</title>
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<![CDATA[ <p>お帰りなさい。</p><p>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。<br>本当は、もっと自由でいいはずなんですよね。<br>ちょっとだけ、忘れかけていませんか？<br>さぁ、肩の力を抜いて... 今回もゆっくり楽しんでいってくださいね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>前回、カジノで残っている二つの話か、光の筋か、念力訓練の話か、次はどれかを出しますね、とお約束していましたよね。</p><p>でも今回は、少しだけ、寄り道をさせてください。</p><p>　</p><p>今朝、目が覚めた瞬間のことなんですけれど。</p><p>頭の中を長く覆っていた黒い靄が、少しずつ晴れていく感覚がありました。</p><p>そして、ふと、一つのフレーズが浮かんできたんです。</p><p>それは、私自身への、静かなメッセージだったのかもしれません。</p><p>　</p><p>思えば、父の介護は、終わりました。</p><p>母の介護も、終わりました。</p><p>介護のあいだ、私は自分の中に、小さな言い訳を置いていた気がします。動けないのは、目の前に大切な役割があるからだ、と。</p><p>でも、その役割はもうありません。やらないという選択肢も、やれないという言い訳も、もう、私の中にはないんです。</p><div style="text-align:center; margin:32px 0;"><img alt="夜が明けていく寝室、朝日が差し込む光景" contenteditable="inherit" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260705/21/jin-kataribe/17/d4/p/o1672094115799711057.png" style="max-width:100%; height:auto;" width="420"><p style="font-size:0.85em; color:#8a7f6f; margin-top:8px; font-style:italic;">— <strong>靄が晴れていく朝に</strong> —</p></div><p>そんな朝の頭の中に、はっきりと響いた言葉があったんです。</p><p style="text-align:center; margin:32px 0 8px;"><strong>「恥を恐れるな。恥をかけ」</strong></p><p style="text-align:center; margin:0 0 32px;"><strong>「物に価値はない。思いに価値がある」</strong></p><p>私自身に向けた、私自身の声のようでもあり、どこかから届いた声のようでもありました。</p><p>　</p><p>たぶん、これはブログを書き続けていくための、私自身の合言葉なんです。</p><p>「恥を恐れるな」ですから、これから、恥ずかしい話も、みっともない過去も、少しずつ、こうしてお話ししていこうと思います。</p><p>思いに価値がある、と信じて、これからも文章を紡いでいきますね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><strong>チャ〜くん＠上り坂・下り坂を知る男</strong></p><p>50代、坂道をあちこち転げ落ちてきた男の独り言。痛みを抱えたスマホの向こう側にいる誰かに、静かに届けたくて書いています。</p><p>▶ もう少し詳しくは<a href="https://profile.ameba.jp/ameba/jin-kataribe">プロフィール</a>と<a href="https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12970510876.html">はじめましての記事</a>へ</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>ここまで読んでくださって、ありがとうございます。</p><p>── ところで、次の記事では、お約束通り、不思議談義の続きに戻りますね。</p><p>カジノで残っている二つの話のうちのひとつか、アメリカの空に浮かんだオレンジと緑の光の筋か、20代の頃の念力訓練の話か。また戻ってきてくれると嬉しいです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12971829847.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Jul 2026 07:03:18 +0900</pubDate>
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<title>カジノで神通力を試したら、黒服の男が現れた話</title>
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<![CDATA[ <p>お帰りなさい。</p><p>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。<br>本当は、もっと自由でいいはずなんですよね。<br>ちょっとだけ、忘れかけていませんか？<br>さぁ、肩の力を抜いて... 今回もゆっくり楽しんでいってくださいね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>プロフィールの末尾で、カジノでの一件にちらっと触れましたね。</p><p>「続きは記事で」と書いたあの一節、覚えていてくれた方もいるんじゃないでしょうか。読み返しに来てくれた方も、はじめてここにたどり着いた方も、いつもありがとうございます。</p><p>いよいよ、その続きをお話しします。私があの夜に見たもの。そして、それを「止めに来た」男の話です。</p><p>　</p><p>あれは私が二十代の終わり頃、友人たちとネバダを旅していたときのことなんです。</p><p>目的地はラスベガスではなかったんですよ。もっと空気の乾いた、観光客の姿もまばらな小さな街のカジノでした。</p><p>私は普段ギャンブルはしないんです。金への執着がないから、勝っても負けても心があまり動かないんですよね。その夜も、旅の余興として付き合ったに過ぎませんでした。</p><p>でも、その一夜だけは違ったんです。</p><p>　</p><p>私には、当時ひそかに続けていた訓練があったんですよ。</p><p>第三の目、というやつです。</p><p>両目で見るのではなく、眉と眉のあいだの少し奥のほうから「見る」感覚を養う訓練で、かねてから続けていた念力訓練の延長にあったんですよね。集中がうまくハマった日には、ものの気配や、次に起きる出来事の輪郭が、うっすら光の粒として浮かんで見えてきたんです。</p><p>ルーレット台の前に立った私は、なんとなくその感覚を試してみたくなったんです。</p><p>深呼吸をひとつして、目の前の回転盤をぼんやりと眺めてみました。</p><p>すると——！盤上にずらりと並んだ数字のなかで、ひとつだけが淡く光って見えたんです。</p><p>半信半疑で、その数字にチップを置きました。</p><p>当たったんです！</p><p>もう一度。また当たりました。</p><p>さらにもう一度。また当たりました！</p><p>友人たちは最初、笑っていたんですよ。「またまた」と私の肩を叩いていた男が、三度目の的中で笑いをやめたんです。四度目からは、彼ら自身のチップを私の手に押し付けてきました。</p><p>「頼む、おまえに預ける」</p><p>私はチップを受け取り、光った数字にただ置きました。</p><p>置くたびに、光った通りに玉が転がるんです。</p><p>ディーラーの表情が固くなったのは、五度目か六度目の的中の頃だったでしょうか。</p><p>一度目のディーラーが交代しました。私はそれをただの巡回だと思っていたんですよね。</p><p>でも、新しいディーラーの回でも、私は当て続けたんです。</p><p>しばらくして、二度目の交代が入りました。</p><p>いつのまにか、私の後ろに制服ではない大人が立っていたんです。周囲の客の視線も、ちらちらと集まりはじめていました。</p><p>穏やかな英語で、そう声をかけてきた男がいたんです。</p><p>「ずいぶん、調子いいですね」</p><p>黒いスーツに、シャツとネクタイの色は覚えていないんですよ。</p><p>背は私より少し高く、目尻の笑い皺のあたりに妙な品がある人でした。</p><p>「お兄さん、楽しんでいただけていますか？とても運がいい」</p><p>私は「ええ、まぁ」と曖昧に返しました。相手の目の奥が、静かに笑っていないことに気づいたからなんです。</p><p>「よろしければ、お名前を伺っても？」</p><p>私は名乗りました。</p><p>「握手させていただいても？」</p><p>彼は右手をこちらへ差し出してきたんです。ためらう理由もなかったから、私も右手を差し出しました。</p><p>その瞬間——彼は私の手を、思いのほか強く握ったんです。</p><p>上下にしっかりと、二度、三度と振って。</p><p>数字は、もう、光らなかったんです。</p><p>　</p><p>盤の上では、相変わらず玉が転がっています。ディーラーは何事もなかったかのように、次の周を回しはじめました。</p><p>でも、私の中では、確かに何かが「切れた」んです。</p><p>眉間の奥にあった、あの淡い温度のようなものが、握手のあいだにすうっと抜けていったんですよね。</p><p>黒服は「素敵な旅を」と静かに笑って、その場を離れていきました。</p><p>私はしばらく、自分の右手を眺めていました。</p><p>友人のひとりが「なんだよ、あの人？」と私の肩を小突くんです。私は答えられませんでした。</p><p>代わりに、ひとつだけ理解したことがありました。</p><p>彼らは、プロだ。</p><p>不思議な力を使う側の人間がいるのなら、それを止める側の人間もまた、この世界にはちゃんといるんだ、と。</p><p>　</p><p>いま思い返しても、あの黒服に対して、私は妙な感心を覚えているんですよね。</p><p>腹立たしさでも、敵意でもなく、「ああ、この人はこの道の練度が違う」という、静かな敬意に近い感覚です。</p><p>彼らはきっと、私みたいなにわか訓練者を、何十人、何百人と見てきたのでしょう。派手に騒ぐでもなく、荒っぽく追い出すでもなく、握手ひとつで相手の集中を「解く」術を身につけている。</p><p>これは勝ち負けの話じゃないんですよね。</p><p>世界には、私たちが思っているよりずっと深いところで、不思議な力を扱う人たちが両サイドにいる。それを一度でも肌で感じたことは、勝ち逃げた金よりずっと価値のある経験だったと思うんですよ。</p><p>そしてもうひとつ。</p><p>あの夜、数字が光って見えたのは、たぶん、私の力そのものではない気がしています。</p><p>「疑わなかったから」見えていただけです。</p><p>握手のあとで見えなくなったのは、力を抜き取られたからというより、私が「疑い」を握らされたからなのかもしれません。</p><p>握手という所作は、そういう装置にもなり得るんですよ。</p><p>そんなふうに、私は今も思っています。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p><strong>チャ〜くん＠上り坂・下り坂を知る男</strong></p><p>50代、坂道をあちこち転げ落ちてきた男の独り言。痛みを抱えたスマホの向こう側にいる誰かに、静かに届けたくて書いています。</p><p>▶ もう少し詳しくは<a href="https://profile.ameba.jp/ameba/jin-kataribe">プロフィール</a>と<a href="https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12970510876.html">はじめましての記事</a>へ</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>ここまで読んでくれてありがとうございます。</p><p>── ところで、いま書きながら、ふと思い出したんですけれど。</p><p>実はカジノでの不思議な出来事、今回の黒服の一件のほかにも、あと二つほど残っているんですよね。まとめて出すのはさすがに胸焼けするでしょうから、また別の機会にゆっくりお話しします。</p><p>ほかにも、UFOではなくオレンジと緑の光の筋を追いかけた話、20代の頃の念力訓練の話、空の雲を消して遊んだ話。少しずつ、この場でお話ししていきますね。</p><p>続きが気になる方は、ぜひまた戻ってきてください。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12971527784.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 22:07:07 +0900</pubDate>
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<title>『ジン』から『チャ〜くん』へ。この歳で名前を戻した、静かな理由</title>
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<![CDATA[ <p>お帰りなさい。</p><p>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。</p><p>本当は、もっと自由でいいはずなんですよね。</p><p>ちょっとだけ、忘れかけていませんか？</p><p>さぁ、肩の力を抜いて... 今回もゆっくり楽しんでいってくださいね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>小さな告白から、始めさせてください。</p><p>このブログの名前を、こっそり変えました。</p><p>『ジン＠どん底を知る語り部』から、『チャ〜くん＠上り坂・下り坂を知る男』へ。前から読んでくださっている方には、「え、名前変わった？」と一瞬立ち止まらせてしまったかもしれませんね。読み始めたばかりの方には、そもそも何のこと？ という話だと思います。</p><p>一言だけ、その理由をお話しさせてください。</p><p>　</p><p>正直に言うと、『ジン』という名前、私自身、ずっと馴染めていなかったんです。</p><p>書いている中身は自分の言葉なのに、記事の上に載っている著者名が、なんだか他人のもののように感じる。自分の書いたものを読み返すたびに、その違和感が少しずつ積もっていくのを感じていました。</p><p>いい名前ではあると思うんですよ。硬質で、『語り部』という肩書きに乗せてもフォルムが崩れない。硬派で、しっかりしている。</p><p>でも、私という人間の温度と、そこだけ少しずれていた。</p><p>服屋さんで色や形は好きなのに、着てみると肩幅がなぜか合わないシャツ。それを毎日着続けているような感じ、と言えば、伝わるでしょうか。ちょっとしたズレなんですけれど、毎日袖を通していると、無視できない厚みになっていくんですよね。</p><p>このズレを抱えたまま何年も書き続けるのは、たぶん、しんどい。</p><p>そう気づいて、思い切って名前を『戻す』ことにしました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/15/jin-kataribe/2f/38/p/o0864118415800857736.png"><img alt="" height="576" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260709/15/jin-kataribe/2f/38/p/o0864118415800857736.png" width="420"></a></p><p>　</p><p>『チャ〜くん』。これは、私が子どもの頃から周りに呼ばれてきた愛称を、少しだけ音をぼかして再構成した名前です。</p><p>小学生の頃、放課後の公園で虫を追いかけていた頃も、悪ふざけで先生に叱られた時も、友人たちは私をその愛称で呼びました。名前の由来は今となってはよく覚えていないんですけれど、たぶん誰かがふざけて口にしたのが、そのまま定着した程度のものだと思います。</p><p>不思議なもので、進学のたびに友人の顔ぶれは変わっても、その呼び名だけは持ち越されていくんですよ。中学に上がった同級生が、新しい友人にも同じ愛称で私を紹介する。高校でも大学でも、なぜか同じことが繰り返される。</p><p>大学を出てアメリカに渡ってからも、そうでした。日本人コミュニティを避けて、現地の学生の輪に単身飛び込んだ私を、彼らも同じ音で呼びました。人種も宗教も食べ物も違う友人たちの口から、日本の子ども時代の呼び名が英語のアクセントで出てくる感覚は、不思議で、なんだか誇らしくもあったんです。</p><p>坂を転げ落ち始めるのは、その後の話。でも、その話は、また別の日にゆっくり。</p><p>　</p><p>とはいえ、この歳になって元の呼び名をそのままブログで名乗るのには、少しだけ、ためらいがありました。</p><p>これから語り部として長くブログを続けるにあたって、この場を『本名の私』から少し距離を置いた場所にしておきたい気持ちがあるんですよね。仕事の関係者や旧い友人にたまたま読まれた時、「あ、あの人だ」と一発で紐付けられるのは、書き手にも読み手にも、たぶん良くない気がします。</p><p>だから、元の音そのままではなく、『チャ〜くん』という形に丸めました。</p><p>『〜』のクッションをひとつ挟むことで、旧知の誰かが目にしても「たぶん？ でも確証はない」の間合いに置ける。私にとっては馴染みのある音、外から見ると微妙にずれた名前。半分だけ本当で、半分だけ仮面。</p><p>その塩梅が、語り部という立場に、不思議とハマる気がしたんです。</p><p>　</p><p>語り部という仕事は、たぶん、遠くから語るより、隣で語るほうが響く。</p><p>高い壇上から物語を降ろしてくる人ではなくて、あなたと同じ縁側で、隣に座って湯呑みを持ちながら、ぽつりぽつりと話す人。そんな像を、私はこのブログでずっと目指しているつもりです。</p><p>『ジン』は少しだけ壇上寄りで、『チャ〜くん』はもうちょっと縁側寄り。同じ人間なんですけれど、名前の温度がひとつ変わるだけで、届く距離が微妙に変わるんじゃないかと思うんですよね。</p><p>スマホを手に取った読み手にとっても、『チャ〜くん』のほうがきっと、扉を開けやすいはずです。片仮名の柔らかい響きが、『どん底を知る語り部』という肩書きの重さを少し和らげてくれる。もちろん中身は同じ坂道の話なんですけれど、入口を柔らかくしておくのは、たぶん、悪いことじゃない。</p><p>　</p><p>この記事は、あくまで書き手からの小さなお知らせです。</p><p>これから読んでくださる話の中身は、名前が変わっても、何ひとつ変わりません。坂を転げ落ちてきた男が、その途中で拾ってきた小さな灯火の話を、スマホの向こう側にいるあなたに、これからも静かに手渡していきますね。</p><p>ここまで読んでくださって、ありがとうございます。</p><p>次にこのブログを覗いた時、著者名のところに『チャ〜くん』とあっても、驚かないでくださいね。中身は、この文章を書いている私と、同じ人間ですから。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>── ところで、名前を戻すと決めた夜、なぜか若い頃のことばかりが浮かんできて、眠れませんでした。</p><p>ネバダのカジノで、数字が光って見えた夜のこと。アメリカ時代の空に浮かんだ、オレンジ色と緑の光の筋のこと。20代の頃、タバコを念力で倒そうと真剣に訓練していた頃のこと。</p><p>そのうちのひとつ、カジノの夜の話を、次の記事でお話ししようと思います。よかったら、また覗きに来てくださいね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12971521803.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Jul 2026 23:09:47 +0900</pubDate>
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<title>『天国』は死後の話ではないんです。独り言ブログ、始めました</title>
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<![CDATA[ <p>今の景色を作っているのは、ほかでもない自分自身。<br>本来、あなたはもっと自由な存在。<br>ちょっと忘れていませんか？<br>さぁ、肩の力を抜いて... ゆっくり楽しんでいってくださいね。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>はじめまして。チャ～くんと申します。</p><p>　</p><p>ハンドルネームは「チャ～くん<b>＠どん底を知る語り部</b>」です。</p><p>これから、このアメブロで「独り言」を綴っていきますね。</p><p>　</p><p>タイトルがちょっと重そうに見えるかもしれません。</p><p>「涙も鬱も離婚も看取りも、全部抱えて『天国』への道を歩く」なんて。</p><p>でも、安心してください。</p><p>私は今、決して暗い人間ではないんです。</p><p>　</p><p>それから、もうひとつだけ。</p><p>ブログタイトルにある『天国』という言葉も、死後の話ではないんですよ。</p><p>苦しんできた心がふっと軽くなって、「あ、ここは天国だな」と感じられる瞬間のこと。</p><p>生きながら、その軽さに辿り着く道のことなんです。</p><p>　</p><p>　</p><p>私は、何度も坂を転げ落ちてきました。</p><p>　</p><p>鬱で十年以上沈み、結婚をして、離婚をして、息子と引き離されました。父を看取り、母も看取りました。</p><p>　</p><p>ただ、その坂の途中で見てきた景色のことだけは、よく覚えています。</p><p>　</p><p>　</p><p>そう、私はこのブログで、その景色を「独り言」のように綴っていきたい、と思って始めました。</p><p>　</p><p>書こうと思っているのは、こんなことです。</p><p>　</p><p>20代の頃にやった念力訓練のこと。</p><p>アメリカの空で見た、光の筋のこと。</p><p>ネバダのカジノで「ある事件」が起きた夜のこと。</p><p>都市伝説や、世界の隙間にある妙な話。</p><p>それを語り部の視点で、ちょっとだけ考察したもの。</p><p>　</p><p>AIで遊んだ記録もたくさん書きたいんです。</p><p>画像生成や音楽生成（SUNOなど）で不思議な世界を作る企画も、これから増えていきますよ。</p><p>　</p><p>それから、坂を転げ落ちて分かったこと。</p><p>人がどうやって生き直すのか、についてのちょっとした話。</p><p>占いや運勢のことも、ときどき添えていきます。</p><p>　</p><p>　</p><p>書きながら考えているのは、このブログは「<b>なんとなくスマホを開く、ひとりの誰か</b>」に向けて書きたい、ということです。</p><p>　</p><p>たとえば、なんとなくAmebaを開く人。</p><p>ふとスマホを手に取って、静かにスクロールしている人。</p><p>何かを抱えていて、誰にも言えなくて、でも何か読んでいたい人。</p><p>　</p><p>そういう人に、明るく「がんばろうね！」と声をかけたいわけではないんです。</p><p>みんながみんな、その温度を求めているわけじゃないと思いませんか。</p><p>　</p><p>私自身、そういう夜を何千回と経験してきました。</p><p>だから、騒がしくない温度で、何かひとつくらい、引っかかる言葉を置けたらいいな、と思っています。</p><p>　</p><p>　</p><p>── ところで、ひとつだけ言っておきたいことがあります。</p><p>　</p><p>世界は、見えている以上のものでできている。</p><p>私はそう本気で信じている人間です。</p><p>　</p><p>ネバダのカジノで起きたあの夜のことなんかは、その確信を私にくれた事件のひとつだったんです。</p><p>ルーレットの出目が光って見えて、それが「ある人」の握手ひとつで消えた話。</p><p>　</p><p>詳しくは、また別の夜に書きますね。</p><p>　</p><p>　</p><p>最後に、ひとつだけ。</p><p>　</p><p>このブログでは、毎回いちばん最初に、同じ短い言葉を置くことにしました。</p><p>今夜、いちばん上に書いてあった、あの4行です。</p><p>　</p><p>初めてこのブログに辿り着いた誰かの夜に、お守りみたいに働いてくれたら。</p><p>そう願って置いています。</p><p>　</p><p>　</p><p>それでは、また夜に。</p><hr style="border:none; border-top:1px solid #d4c4a8; margin:32px 0;"><p>今夜は、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。</p><p>　</p><p>次の記事から、本格的に「独り言」を始めていきますね。</p><p>最初の数本は、私の不思議体験を中心に書いていく予定です。</p><p>ネバダのカジノで、いったい何が起きたのか。</p><p>　</p><p>よかったら、また夜にのぞきに来てください。</p><p>お待ちしています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jin-kataribe/entry-12970510876.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jun 2026 03:03:49 +0900</pubDate>
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