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<title>怪しい「人権」運動・「人権」教育</title>
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<description>「人権擁護」の名のもとに、自らの政治的主張を押し通そうとする人や団体を時々見かけますが、そうした行為が、かえって差別を助長させている場合もあります。本当に人権が守られるための教育や運動について考えたいと思います。</description>
<language>ja</language>
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<title>「性差」をなくすことと「女性の政治家を増やせ！」という主張は矛盾している</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　自由民主党は5月３１日の役員会で、ＬＧＢＴなど性的少数者に対する理解増進法案について、先送りを決定しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　どうやら日程的な理由のようです。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　この法案を推進する活動家の中には、男性とか女性とかいう「性差」を完全になくせと主張する人たちがいます。<br>　この人たちは同時に、「女性の政治家が少ない」とか、「女性の経営者が少ない」とか、「男性の家事の時間が少ない」とか主張しています。</span></p><p><br><span style="font-size:1.4em;">　でも、これらの二つの主張って、方向性が全然違いますよね。<br>　「性差」をなくすなら、「女性の政治家が少ない」とか、「男性の家事の時間が多い」とか全く関係ないはずです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　男性とか、女性とかを分けて、カウントするなんてナンセンスです。<br><br>　ＬＧＢＴｓの運動は、矛盾だらけです。<br>　でも、こんな矛盾だらけの主張が、学校教育にも大きな影響を与えているから大変な問題なのです。</span><br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 31 May 2021 23:09:28 +0900</pubDate>
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<title>レデイース　アンド　ジェントルメンも差別？！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　4月1２日（月）日本テレビの深夜番組の「月曜から夜更かし」で、タレントのマツコデラックス氏が、村上信五氏と面白い話をしていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　最近の放送局や業界の、「コンプライアンス」についてマツコ氏が「シャレがきかなくなってきたよな。本当に」と言うと、村上氏は「そこやで。冗談が通じないもん」と応じていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　村上氏が、ジェンダーニュートラルな表現にすることを理由に、「Ladies and jGentlemen（レデイース　アンド　ジェントルメン）」というアナウンスが変更されている動きに言及すると、マツコ氏は、「私、オカマですけど、レデイース　アンド　ジェントルメンって言われて、何でオカマって言わないのよって思わないからね。怒らないよ」と話し、爆笑を買っていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　マツコ氏は面白おかしく揶揄しておられましたが、こういう変な言葉狩りが続いたら、芸能界だけでなく、芸術も、文学も、本当に質が落ちてしまうと思います。</span></p><p><span style="font-size: 1.4em;">　また、人の心自身も本当に貧しくなってしまうような気がします。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　こういう言葉狩りを、性的少数者の方々は本当に望んでいるんでしょうか？マツコ氏の話を聞いても、どうもそんな感じはしません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　言葉狩りを強く推進しているのはやはり、確信的に現在の社会秩序を破壊しようとしている「市民活動家」、そしてこれに無意識に乗せられている政治家、教育者、マスコミの皆さんではないでしょうか。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　「他人への優しさ」や「反差別」という言葉が、この社会を壊すために使用され続けているというのは、実に恐ろしい話です。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12669867215.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Apr 2021 15:06:00 +0900</pubDate>
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<title>佐賀県教育委員会の人権教材はこんなに変！（4）ー「拉致被害者なんか人権問題じゃない」と松下教授！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　佐賀県の人権教育教材、今日は4回目です。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　幸せな日常が、北朝鮮の工作員の無慈悲な拉致によって突然に奪われてしまう北朝鮮による拉致事件。拉致被害者の人権は突然に奪われました。拉致事件は紛れもない人権問題であると思います。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　しかも拉致事件は、犯罪組織などによる誘拐事件とは違って、警察が犯人を逮捕して被害者の人権を救済できる問題ではありません。北朝鮮という犯罪国家を相手に、国民世論を一つにして国家を挙げて交渉しなくては解決できない問題なのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　政府は、平成18年に「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」をつくり、その第二条（国の責務）の３で、「政府は、拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題に関し、国民世論の啓発を図るよう努めるものとする」としています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　政府は、国民世論の啓発を図るよう努力するとはっきり謳い、教育、啓蒙活動の必要性を求めています。国民の世論を喚起し、日本の国を挙げて問題の解決を図れるようにするためです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　ところがです。この佐賀県の人権教材をつくった佐賀大学の松下教授は「拉致問題なんかは人権教育ではない」と主張しているのだそうです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　拉致問題解決の動きに、水を差すおかしな発言です。こんなことをいう人がいたら、「なんだ、日本人の教授はこんなことを言ってるぞ。拉致被害者なんか返さなくてもいいや！」と北朝鮮側も判断してしまうかもしれませんね。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　今回も「道徳教育を考える佐賀県民の会」さんの資料の続き（最終部分）を紹介せせて頂きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;">９．拉致被害者を罵倒する松下教授に「人権」を語る資格があるのか？！</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　日本には様々な人権問題があります。この教材に触れてある被差別部落の方々、外国人、障がい者、性同一性障害などの方々、いわれなき女性への差別等は決してあってはならないことです。この点には大いに賛同いたします。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　また、この教材にはありませんが、北朝鮮による日本人拉致事件も重要な人権問題です。この拉致被害者の一人である横田めぐみさんのお父様の横田滋さんが、今年亡くなられました。横田めぐみさんはまだ中学一年生だった昭和５２年（１９７７）、部活動の帰りに北朝鮮の工作員によって拉致されました。それからもう４３年が経ちますが、めぐ７みさんは未だ日本への帰還を果たされていません。一度も愛娘に会うことなく亡くなられた横田滋さんのご無念はいかばかりであったでしょうか。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　さて、このDVD教材を教育委員会と共に制作した佐賀大学教育学部の松下一世教授について、驚くべき話を耳にしました。７，８年ほど前に松下教授の人権問題の講義を受講していた佐賀大学の学生だった人からです。学生は授業の際、松下教授（当時は準教授ですが）に、「拉致問題も人権問題としては重要ですよね」と話をしたそうです。すると松下教授は、驚愕すべき回答をされたと言うのです。教授は「私は拉致問題なんかは人権問題とは思わない」と発言されたといいます。本当にショッキングな話です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　拉致問題は、何の罪もない日本人が北朝鮮の工作員によって突然拉致され、その人権が蹂躙されているという実に由々しき人権問題で、日本国民の多くがその一刻も早い解決を切に願っています。しかし、そういう国民の気持ち、県民の気持ち、拉致被害者家族の気持ちに唾を吐きかけるような発言を松下教授はしている。このような人物が制作した人権教育の教材ですから、学校で使用されてはならないと思います。<br><br>（了）</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12669840566.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Apr 2021 12:13:59 +0900</pubDate>
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<title>佐賀県教育委員会の人権教材はこんなに変！（３）ー男女の議員や社長の数が同じでないと不平等社会？！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　佐賀県教育委員会がつくった人権教育教材の話の第</span><span style="font-size:1.4em;">３回目である。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　今回、取り上げるのは、「男女平等」。<br>現在の日本の制度では、議員になるにしても、会社の経営者になるにしても、機会は男女平等に与えられて</span><span style="font-size:1.4em;">いる。<br>　ただ、議員や経営者になりたい女性が男性より少ないので、女性の議員や経営者が少ないだけである。<br>しかし、この教材では、議員や経営者の数が男女同数でないから、日本は「不平等社会」であると主張している。<br>　こんなおかしな話はない。<br>　みんな、なりたいものになればよいのである。<br>　女性の議員や経営者が男性より多い社会だってよいではないか。どうして同数である必要があるのだ。<br>　それは、全く余計なお世話というものである。<br><br>　また、この教材は、家事にかける時間も男女同じでなければならないかのように主張する。<br>　家事だって、男がやっても、女がやっても、共同でやってもよいではないか。各家庭で決めればよいのである。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　なぜ、男女同じである必要があるのだ。</span><br><br><span style="font-size: 1.4em;">　今回も、教材の問題点を指摘した「道徳教育を考える佐賀県民の会」の資料から転載する。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><b>６．男女の議員数は同数でなくてはダメ？女性は、なりたくなくても政治家や経営者にならないといけないのか？！</b></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　続いては「男女共同参画社会を目指して」という、中学３年生の教材です。この項目では冒頭に、世界経済フォーラムの「男女平等指数」を紹介しています。政治、経済、教育、健康の四分野で男女格差が小さいほど評価が高いというもので、昨年は参加が１５３カ国、日本の総合順位は１４１位だったそうです。これを見ると確かに日本の男女平等の順位は相当低いように思われます。しかし本当にそうでしょうか。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　この「男女平等指数」で、日本の評価が低い理由は、政治家や経営者になる男性が女性より多いこと、家事や育児にかける時間が女性の方が男性より多いということのようです。だが、これをもって、日本を男女不平等の社会とするのはおかしいと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　今の日本の社会では、女性も政治家になることができ、経営者になることもできます。機会は男女平等にあたえられているはずです。それでも現在、女性の政治家や経営者が少ないのは、政治家や経営者になりたいという女性自体が少ないということではないでしょうか。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;"><u>　「政治家や経営者が男女半々の同数でなければ、男女平等社会と言えない」とするのはおかしいと思います。将来、女性の政治家の方が男性の政治家よりも多くなっても、女性の経営者の方が男性の経営者より多くなってもよいと思います。男女が同数である必要はありません。男性であっても女性であっても、政治家、経営者、パイロット、看護師など、自らの望む職業を目指して頑張って行けばよいのであって、男女の比率を同じにするために、就きたくもない職業に就く必要は全くないと思います。</u></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　もちろん、女性の社会進出を妨げる障壁や同じ労働内容で賃金、その他の待遇の男女の格差などがあれば、これは速やかに改めなければなりません。しかしこの手の国際機関の統計を、何の説明もなしに子どもたちに見せ、日本は遅れた国だ、だめな国だ、特に女性議員の少ない佐賀県は最もだめな県だと教えるのは、いかがなものかと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><b>７．女性が家事を長くやるのは遅れてる？専業主婦への「差別」を助長する内容！</b></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　同じく「男女共同参画社会を目指して」という、中学３年生の教材の項目にある、家事をする時間が、男性よりも女性の方が多いという統計の扱いにも大いに問題があります。この項目では「妻・夫の家事育児関連時間」というグラフを取り上げ、日本の女性が家事に携わる時間が、米国、英国などと比べて長いので、日本は男女不平等社会であるかのように説明しています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　確かに現代は、女性が社会へ出て働いている家も多いので、男性が家事への理解を深め、これに取り組む時間をもっと増やすことは大事です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しかしだからと言って、男女の家事をする時間が全く同じである必要はないと思います。家庭の事情もそれぞれだからです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　この教材では、あたかも、日本社会全体が（その中でも特に佐賀県が）古くさく、愚かしいから、女性の家事の時間が長くなっているかのように説明されています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210409/05/jinken1192/f5/23/p/o0523029414923465407.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="294" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210409/05/jinken1192/f5/23/p/o0523029414923465407.png" width="523"></a></span></p><p><span style="font-size:1.4em;"><u>　女性が家事をすることを悪いことであるかのように説明するこの教材は、専業主婦に対する差別にもつながります。</u>既にインターネットの世界では、「仕事を持っていない主婦は自立していない」とか、「前時代的だ」とか「税金泥棒だ」とか、「馬鹿だ」とかいう主張が飛び交っています。この教材の制作者と同じ思想を持つ人たちによるものでしょう。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　しかし、これらの専業主婦に対する批判は間違っています。<u>家事や子育てはとても大事なことで、これを中心に自分の人生を組み立てたいと考える女性がいても決して悪いことではありません。家事にかける時間が男女で違うから男女平等の社会でないというのは、全くナンセンスです。</u></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　この教材のように女性の家事の時間が長いことを批判的に教えると、専業主婦として頑張っているお母さんたちを子ども達が尊敬できなくなる危険性もあります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><b>８．「差別反対」を隠れ蓑にして、「男らしさ」「女らしさ」自体を世の中から消してしまおうという恐るべき思想</b></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　本年６月、この人権教育教材について佐賀県議会では、中村圭一県議が佐賀県へ質問を行いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　その際、県側として答弁に立った落合教育長は、「男らしさ、女らしさを否定しているのか、という問いがございました・・・男らしさ女らしさということを学校現場で教えられるのかということなのですが、体の性と心の性が必ずしも一致せず悩んでいる生徒もたくさんいる中で、そういった子供たちに非常につらい思いをさせる可能性もある」と述べ、今後も男女混合名簿の普及などを学校現場で進めていく考えを示しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　「体の性と心の性が一致しない」人というのは、肉体が男性であるのに自分を男性と思えない、またその逆に肉体は女性であるのに、自らを女性とは思えない人たちの事です。医学的には「性同一性障害」と言います。落合教育長は、このような人たちが「辛い思い」をしないでよいように、生徒の名簿を男女一緒に混合名簿でつくるべきと言っている訳です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　このような考え方は、きわめて特定の女性解放運動活動家たちによって繰り返し全国に宣伝され、<span style="text-decoration:underline;">他県では、男女混合名簿だけではなく、男女を同じ教室で着替えさせたり、運動会の陸上競技で男女を一緒に走らせたりする学校も現れ、大きな社会問題となりました。中学、高校になっても男女を同じ教室で着替えさせる学校もあります。思春期の女生徒の中には、これを「不快」、「辛い」と感じる人もとても多くいます。</span></span></p><p><span style="text-decoration:underline;"><span style="font-size:1.4em;">もちろん「性同一性障害」の人たちへの差別はあってはならないことです。しかしだからと言って、こういう人たちが辛い思いをしないで済むようにという理由で、「男らしさ」「女らしさ」自体を否定し、なくしてしまうというのは間違っています。多くの「性同一性障害」の方々も、そんな社会を決して望んではいないでしょう。</span></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　政府も、男女共同参画第二次基本計画に「性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画とは異なる」とはっきり書いて、このような動きを牽制しています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　この教材は、男性同士の結婚を紹介しながら、男女の結婚については一切触れておらず、また落合教育長の答弁の内容なども勘案すると、やはり「男らしさ」「女らしさ」を否定する方向で制作されていることが感じられます。それは政府の男女共同参画の方針を明らかに逸脱するものであり、到底学校現場での使用が容認されるものではありません。<br><br>（つづく）</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12667453544.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Apr 2021 06:06:25 +0900</pubDate>
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<title>佐賀県教育委員会の人権教材はこんなに変！（2）ー親子の不信を増長させる！！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　前回に続き佐賀県教育委員会がつくった人権教育教材の話である。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　この教材の大きな特徴の一つは、毎回、親が悪者として登場することである。親は子供に無理解で、常に子供を都合よく使おうとしている。<br>　どう考えても家族内の不信を助長するためにつくられた教材である。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　本日も、教材の問題点を指摘した「道徳教育を考える佐賀県民の会」の資料から転載する。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><b>４．親は常に悪者として登場！！子ども達に親への不信を煽る記述</b></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　続いて四つ目は、本教材を子供達が視聴することによって、子どもたちの親への感謝の気持ちが失われるのではないかという懸念です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　たとえば、６年生の教材、「子どもにも権利がある」では、１９８９年につくられた国連の「子どもの権利条約」を紹介し、これを大いに評価した上で、「<u>もしも子どもの権利がない社会だったら」、「おとなたちの都合のいいように、子どもがあつかわれていました。</u>」<u>としています</u>。こんなことを教えられた子ども達は大人に対して一体どういう感情を抱くでしょうか。もう不信感しかありません。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/e4/5b/p/o0567031914923313499.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="319" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/e4/5b/p/o0567031914923313499.png" width="567"></a></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　ほとんど大部分の親は、この教材に出てくるような存在ではないと思います。ほとんどの親たちは、「子どもの権利」なんかなくても、子どもたちを親の都合のいいようにあつかったりしません。親とは本来子どもの幸せを願う存在です。親は子どものために毎日一生懸命頑張っているのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　本項目には、さらに続いてこうあります。<u>「今も子どもの権利は、身近なおとなから奪われることがあります」とし、漫画で書かれたお父さんとおぼしき人が「</u><u>おまえが悪い子だから。」「だまって、おとなの言うことを聞いていればいいんだよ。」と子ども達を叱っている絵が使われています</u>。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/76/11/p/o0566031814923314233.png"><img alt="" height="318" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/76/11/p/o0566031814923314233.png" width="566"></a></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　おそらく、この教材は、親から虐待などを受けている子ども達を救おうという趣旨でつくられたものでしょう。しかし、このような内容を、虐待を受けていない普通の子ども達 を対象に使うのは大きな問題があります。そもそも「子どもの権利条約」は、子どもの人権が本当に守られていない発展途上国を意識してつくられたもので、これを日本に当てはめようとすること自体にもかなり無理があります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　この教材では、<u>この項目以外でも親がしばしば悪者として登場します。たとえば、中学３年生の「男女共同参画社会を目指して」の項目では、親は、女の子の遠方への大学進学に反対する頭の固い人間として描かれています。そしてその上で、「家族の言うことはどんなところがおかしいと思いますか」と、視聴者、子ども達に問いかける内容になっています。</u></span></p><p><span style="font-size:1.4em;"><u><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/10/d6/p/o0552031014923314383.png"><img alt="" height="310" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/10/d6/p/o0552031014923314383.png" width="552"></a></u></span></p><p>　<span style="font-size:1.4em;">この人権教材は「道徳」の時間に使用されるそうですが、「道徳」の学習指導要領の内容項目の指導の観点、C　主として集団や社会との関わりに関することー１５　家族愛、家庭生活の充実、第５学年及び６学年の指導の要点には次のようにあります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">&nbsp;「自分の成長を願って愛情をもって育ててくれた家族に対して、尊敬や感謝を込めて家族の幸せのために自分には何が貢献できるのかを考えてみる機会を設定することが求められる。」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　<u>学習指導要領にも、「道徳」の時間は、家族の不信を深める時間ではなく、家族愛を育む時間であるとはっきりと書かれているのです。</u></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　親についてまず第一に道徳の授業で教えるべきことは、親はただ只管に子どもの健やかな成長を願って日々頑張って努力している存在であるということです。そしてその上で、虐待などがある子どもについては、先生などが個別に相談に乗って必ず守ってあげるように対応することが大事なのではないでしょうか。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><b>５．子どもに権利ばかりを主張させ、義務を教えない</b></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　さらに、<u>６年生の教材、「子どもにも権利がある」の最後には次のようにあります。</u></span></p><p><span style="font-size:1.4em;"><u>「みんな、これで、自分の権利がわかったかな？その中には、意見を表す権利もあったよね。では、今から、どんなささいなことでもいいから、おとなへの要望を出してみよう。」</u></span></p><p><span style="font-size:1.4em;"><u><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/3a/0e/p/o0576032414923314549.png"><img alt="" height="324" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/20/jinken1192/3a/0e/p/o0576032414923314549.png" width="576"></a></u></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　こんな権利だけを子どもに教えたら、どうなるのでしょうか。子ども達は本当に素直で純粋です。何でも大人に要望が出せると聞いたら、「ゲームをする権利」「親の言うことをきかない権利」「勉強をしない権利」「部屋の片付けを拒否する権利」などを主張し始め、もう収拾不能になってしまうのではないでしょうか。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そもそも<u>この教材では、子ども達に権利ばかりを教え、義務を教えていません。</u></span></p><p><span style="font-size:1.4em;"><u>　学習指導要領の「道徳」の内容項目には、指導の観点、C　主として集団や社会との関わりに関することー１２　規則の尊重、第５学年及び第6学年の指導の要点には、「他人の権利を理解、尊重し、自分の権利を正しく主張するとともに、義務を遂行しないで権利ばかりを主張していたのでは社会は維持できないことについても具体的に考えを深め、自分に課せられた義務についてはしっかり果たそうとする態度を育成することが重要である。」とあります。</u></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　権利はもちろん重要なものですが、義務を遂行しないで権利ばかりを主張していたのでは、社会は維持できないと、学習指導要領でも注意喚起がなされているのです。<br><br>（つづく）</span></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12667394490.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Apr 2021 20:33:37 +0900</pubDate>
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<title>佐賀県教育委員会の人権教材はこんなに変！（１）ー男女の結婚の意義はスルー、男同士の結婚は教える</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　子供たちの心の教育を行うために、道徳の授業が教科化された。<br>　しかし、この道徳の時間を使って人権教育を行おうという動きがある。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　佐賀県教育委員会は、そのための教材をつくった。<br>その名も「ジンちゃんケンちゃんといっしょに学ぼう」。人権教育自体が悪いというわけでは決してないのだが、この内容は大いに問題がある。<br>　学校では使ってほしくないシロモノだ。</span></span></p><p><br><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　この教材の問題点を指摘した「道徳教育を考える佐賀県民の会」の資料を、今日から４回にわたり転載したい。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p align="center"><span style="font-size:1.96em;"><b><span style="color:#000000;">佐賀県版人権教材</span><a name="_Hlk46447843"><span style="color:#000000;">「ジンちゃんケンちゃんといっしょに学ぼう」</span></a><span style="color:#000000;">の問題点</span></b></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="color:#000000;">　令和２年5月13日の佐賀新聞に「道徳の人権学習に活用を」との記事が掲載されました。この記事によれば、同教材は、佐賀県教育委員会と</span><a name="_Hlk42725565"><span style="color:#000000;">佐賀大学教育学部の松下一世教授</span></a><span style="color:#000000;">が、小中学校の道徳で活用できるものとして共同で制作し、電子黒板の使用するデジタル教材、DVDで今年6月頃から県下の小中学校に配布されています。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　しかし内容を見て驚かされました。「ジンちゃんケンちゃんといっしょに学ぼう」と題する本DVDは、教育現場で実際に子ども達に見せるには、あまりにも酷い内容だからです。以下に主な問題点を掲げます。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;"><b>&nbsp;</b></span></span></p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#000000;"><b>１．男同士の結婚の写真で始まり、男女の結婚には一切触れない</b></span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　まずは、中学一年生の教材、「いろんな愛のカタチ、性のカタチ」についてです。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　この項の前編は、男性同士の結婚式の写真から始まります。男性と男性の結婚式です。そして、生徒役のキャラクターの「じんくん」と「けんくん」が、この二人の男性に出会いから結婚までのことをインタビューするという内容です。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　続いて後編は、自分を男性とも女性とも思わない女性の方の話です。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　確かに「性同一性障害」の方などが不法不当に差別されることは決してあってはならないと思います。しかし、中学一年生の道徳の時間にいきなりこれを教えるのはどうでしょうか。このような内容は、生徒がしっかりと内容を受け止められるように、生徒の発達段階や教える内容の順番を考えて慎重に扱う必要があると思います。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　中学一年生の生徒には、<u>まずは、男性と女性の結婚の形というものがあり、多くの人々がこうした形での結婚を望んでいること、そして、そういう夫婦が、子どもを産み、育てることによって社会が継続していっていることをしっかり教えていくべきであると思います。</u></span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;"><u>そしてその上で、生徒の発展段階に応じて、男女の結婚とは、また別の形の幸せを望んでいる人もいること、そういう人たちを不法不当に差別してはならないこと等をしっかり教えるという形が望ましいと思います。</u></span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#000000;"><b>２、結婚は「恋愛結婚」しかダメ？「見合い結婚」した人は幸せでない？！</b></span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　次に二点目は、六年生の項目「子供にも権利がある」の「見合い結婚」の扱い方です。<u>本教材には、（かつての日本では）「ほとんど多くは、親が決めた人と結婚するしかありませんでした」という先生の説明があり、それに対して生徒役のじん君が「えー、好きな人と結婚できなかったの？」と、まるで「見合い結婚」をした人を哀れむかのように答えています。</u></span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/00/jinken1192/ee/6e/p/o0592033314922945008.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="333" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210408/00/jinken1192/ee/6e/p/o0592033314922945008.png" width="592"></a>　　　</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　確かに、かつては現在のように人と人との交流が活発ではなく、知人の紹介などで見ず知らずの人同士がお見合いをして結婚することが多かったのは事実です。親が勧めた人と結婚した人もあるでしょう。しかしだからと言って、親が勧めた相手や、「見合い結婚」をした人がすべて不幸であったかのように言うのは、あまりにも思い上がった考えではない でしょうか。昔も今も、「見合い結婚」で幸せになった人もいます。また、恋愛結婚でも幸せになれなかった人もいます。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　にもかかわらず、この教材の説明では、<u>結婚は恋愛結婚でなければまっとうなものではない、戦前の家父長制の下で結婚した人は全部不幸な人、「見合い結婚」をした人は全員可哀想な人との誤解を生むような表現が使われているのです。こんなことを教えたら、子ども達の中に「見合い結婚」をした人への偏見が生まれる可能性があります</u>。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#000000;"><b>３．誇張、「決めつけ」のオンパレード、一面的な歴史記述！</b></span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　続いては、歴史に関する記述です。６年生の項の「子供にも権利がある」では、日本国憲法と様々な人権について取り上げられていますが、この中には歴史事実の間違いや誇張が数多く見受けられます。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　このDVDでは、日本国憲法ができるまでは、貧しい家庭の子は学校に行けず、女子の教育が遅れ、恋愛結婚が少なく、婦人参政権がなく、労働者に権利はなかったが、日本国憲法が制定されて一気にこれらが改善されたかのように描かれています。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　しかし果たしてそうでしょうか。戦後に多くの子供達が学校へ行くようになったのは、何も日本国憲法ができて突然実現された訳ではありません。明治維新以来営々と積み重ねられてきた先人達の努力によって少しずつ国民の生活が豊かになってきたからです。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　また恋愛結婚が増えたのも、日本全体の産業が発達し、都市化が進み、人と人との交流が頻繁になった事によります、何も日本国憲法が出来て、突然起こったことではありません。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　参政権もそうです。明治２２年（１８８９）に大日本帝国憲法が公布されて以来、帝国議会は憲法で認められた法案提出権を行使し、次々と人民の権利を強化しその地位を高めていきました。そして大正１４年（１９２５）には、遂に改正普通選挙法が可決成立し、納税額に関わりなくすべての成年男子が普通選挙権を獲得しました。確かにこのときの日本にはまだ女性に参政権はありませんでしたが、そもそも納税額に関わりのないすべての成年男子が参政権を持っていた国自体が非常に少なく、アメリカ、イギリス、ブルガリア、ドイツ、フランスなど世界中でもほんの十カ国ほどしかありませんでした。この時点で女性に参政権があったのは、ドイツとアメリカくらいです（アメリカは実質的には黒人の参政権がなかった）。本当に少ないのです。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　婦人参政権がなかったとはいえ、当時の日本は世界の民主主義の先進国の一つだったとも言えます。現在の日本の民主主義は、郷里の大先輩・大隈重信をはじめとする多くの議会人や自由民権運動家の営々たる努力の積み上げの上にあるわけで、日本国憲法が制定されて突然「人権」が降ってきたというような話は、事実とは全く違うのです。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　労働者の権利もそうです。この教材ではかつての日本に「労働者の権利もなく」ときっぱり説明してありますが、日本には戦前からちゃんと労働運動があり、当時の労働者の置かれた環境を少しずつ改善してきた歴史があるわけです。</span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　それをあたかも、<u>日本国憲法の制定前には一切の人権が存在せず、日本国憲法の制定だけによってそれらが一気に解決したような表現でまとめてしまうのは、現在の日本を築くために様々な分野で努力を積み重ねて来られた先人方への冒涜であり、また歴史事実の重大な歪曲にほかなりません。</u></span></span></p><p><span style="color:#000000;"><span style="font-size:1.4em;">　奇しくも本教材では、「決めつける」ことはだめだと、何度も繰り返して主張されていますが、これこそが究極の決めつけではないでしょうか。歴史事実の乱暴な扱いがあるという点においても、この教材は甚だ不適切です。<br><br>（つづく）</span></span></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12667241706.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Apr 2021 00:35:16 +0900</pubDate>
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<title>小林貴虎三重県議の騒動の本質</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　小林貴虎という三重県の県議会議員が、同性カップル（男性）の氏名と住所を無断でブログに掲載したというニュース記事（AERA令和３年４月５日）を読んだ。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">この同性カップルは、「パートナーシップ制度」などについて小林県議へ公開質問状を提出していた。<br>　県議は、公開質問状の内容と、送り主がわかる封筒（住所、電話も書いてあった）をブログにアップ。その結果、この同姓カップルの自宅に無言電話などが相次ぎ、大きな騒動になっているのである。<br>　もっとも、この同性カップルは、自らが同性愛者であることを明らかにし、氏名や住所をインターネットに記載した上で、そういう活動に取り組んでいた、いわゆる「市民活動家」であった。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　自分は、電話番号を自らのブログに掲載した県議のやり方は、本当によくないことだと思う。<br>　例え相手が「市民活動家」であれ、公職にある人が、個人情報をこのような形で公開するのは許されることではない。</span></p><p><br><span style="font-size:1.4em;">　しかし、小林同県議に批判的な人々も、県議のホームページから家族の写真を切り取り、ツイッターなどに転載して県議への誹謗中傷を繰り返している。切り取られた県議の家族の写真には、未成年の子供のものも含まれている。無言電話も多いという。<br>　県議の個人情報公開もよくないが、同県議を批判する人たちの行為も絶対に許されることではない。自分は、こんなことをする人たちに「人権」を語る資格は全くないと思う。<br>　マスコミは、県議だけでなく、こちらの方も強く批判すべきである。<br><br>　小林県議はもともと、「ＬＧＢＴｓ」の問題に理解のない人ではない。<br>　実は、性的少数者の中には、クローゼットと呼ばれる性的な傾向を非公開にしたいという人々も多数存在する。<br>　小林県議は、これらの人々と強い関係があり、応援してくれる人も多いようである。<br>クローゼットの人の中には、「同性婚」や「パートナーシップ制度」は不要だという人がいくらでもいる。「そんなものができたらむしろ息苦しくなるだけ」という人がたくさんいるのである。<br>　小林県議は、「同性婚」には賛成ではないけれど、県議なりに性的少数者のことを考えている。性的少数者の権利が保護されるための法制度の整備についても、様々思いをめぐらせている。<br>　しかし「同線婚」推進者の多くは、そういう小林県議のことが気に入らず、常々目の敵にしていたようだ。<br><br>　繰り返しになるが、今回、小林県議が個人情報をブログに掲載したことは、大いに問題とされるべきことである。しかし同時に、これによって小林県議の政治的な主張までが葬られることを強く恐れる。<br>　「同姓婚」という結論ありきで、性的少数者の問題を決して論じてはならないのである。<br><br>　政治家、マスコミ、教育者の方々には、バランスの取れた公正な議論を望みたい。</span><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12666982581.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Apr 2021 18:53:28 +0900</pubDate>
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<title>「夫婦同姓」は、女性差別か？！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　「選択的夫婦別姓」を推進する人々がいる。<br>　そして、これに賛同する人の中には、「現在の制度は、結婚すると男の姓を名乗らないといけないから女性差別だ！」と主張している人もいる。<br>　しかし、これは間違いである。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　現在の制度では、夫婦は結婚した際に、男性か女性のどちらかの姓を名乗ることになっている。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　要するに、男性にも女性にも平等な制度なのである。<br>　男性の姓を選択する夫婦が圧倒的に多いので、そう誤解する人がいるだけである。<br>　夫婦同姓は、「女性差別」でも何でもないし、内閣府の世論調査（平成３０年２月公表）でも、なお多くの国民が夫婦同姓を望んでいることが明らかになっている。<br><br>　そう言うと推進論者は、「いやいや、選択的夫婦別姓は、姓を選ぶ選択肢を増やすということだ。夫婦同姓でいたい人はそのままでもよいのだ」と嘯く。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　しかし実際には、「選択的夫婦別姓」の導入は、単に選択肢を増やすだけの問題ではないのである。</span></p><p><br><span style="font-size:1.4em;">　もし「選択的夫婦別姓」制度が導入された場合、夫婦で違う姓、兄弟も違う姓の家族が出現することになる。父は田中、母は鈴木、長男は鈴木、次男は田中、長女は鈴木、みたいな家族が出てくるだろう。<br>　それだけではない。この制度の導入は、夫婦同姓を選択した家族にも大きな影響を与える。すなはち、　「姓」の意味が以前とは根本的にｌ変わってしまうのである。鈴木、佐藤、田中等の従来の「姓」は残るが、それは全て個人の「姓」となり、ファミリーネームではなくなるのである。「姓」は家族のものではなく、個人でそれぞれ選択した個人のものとなる。<br>　夫婦同姓の家庭も、もはや同じ「姓」で結ばれた家族共同体ではなく、たまたま夫婦子供たちが同じ「姓」を選択して同姓になっているという形になってしまう。、<br>繰り返すが、選択的夫婦別姓が導入された時点で、「姓」の意味が従来とは根本的に変質してしまうのである。<br>　これまでの日本社会において、同じ「姓」であることによってもたらされる家族としての心理的な一体感、安心感ははかり知れないくらい大きかった。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　その大事なファミリーネームを、「選択肢を増やす」「自由度を広げる」などと引き換えに、果たして捨ててしまってよいものであろうか。<br>　伝統的な家族、家庭の共同体は大きく傷つけられて、正に崩壊の危機に瀕してしまうのである。<br><br>　「選択的夫婦別姓」の推進論者は、実はそれを意識的に狙っている。家を解体し、現在のような家の戸籍も廃止しようとしているのである。<br>　平成２２年、民主党の「選択的夫婦別姓法案」の提出者であった千葉景子参議院議員は、「一番大きな問題は戸籍です。別姓でも同姓でも身分の問題をその都度届けなければならないのが戸籍ですね」とし、家の戸籍をなくすために「まずは夫婦別姓が選択できるよう」する、そこに運動の矛先を集中することになったと自ら述べている。<br><br>　「夫婦別姓」を認めたり、「戸籍廃止」を認めるのは、確かに「国民の選択肢」が増えることになるのかもしれない。しかし、それによって失われるものの価値は、「選択肢」なんぞよりも何千倍も、何万倍も大きいことを我々は決して忘れてはならないのである。<br>　慎重な議論が必要である。</span><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12666864041.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Apr 2021 04:46:53 +0900</pubDate>
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<title>最近、葬儀で「清め塩」が配られない</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">　いつの頃からだろうか、葬儀で「清め塩」を見かけなくなった。<br>　１５年くらい前には、斎場で大抵配られていたのに、ここ10年くらいは全く見かけない。<br>　「おかしいなあ」、と思っていたのだが、3年ほど前にある人権団体の講演会に参加して、その理由がわかった。<br><br>　講演会の講師曰く。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「清め塩をするのは、死を穢れたものと考えるからだ」。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そして、「死を穢れとする思想こそは、死に携わる仕事をしていた被差別部落出身の人を差別するものだ」</span><br>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　この講師は教育委員会から派遣されて来た人のようだが、呆れてものが言えない。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　こういうことを言う人は正真正銘のバカだと思う。<br><br>　「死に携わる仕事」というのは、かつて部落の人たちの多くが家畜の屠殺の仕事に携わっていたという意味であろう。<br>　しかし、「死」が穢れたものであろうとなかろうと、家畜の屠殺は、人間社会で誰かが担わなければならない大事な仕事のひとつなのである。<br>　だから、そういうことで差別する人間はおかしいし、そういう身分制度をつくった江戸幕府はおかしい。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　被差別部落の問題の本質は、そこにこそあるのではないか。<br>　「塩がどうとか」というのは、差別とは全く関係ない。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「清め塩」を使う人でも、差別しない人は多いだろうし、「清め塩」を使わない人にも差別的な人はいるだろう。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">要は「清め塩」の問題ではなく、「差別はよくない」というそれぞれの心の問題なのである。<br><br>　本当に愚かしいことだが、「清め塩」問題に積極的に取り組んでいる自治体もある。<br>　例えば平成1８年（2006）、京都府宮津市は、全戸配布する広報誌等で、葬式での「清め塩」の廃止を呼びかけた。<br>　しかし市民からは「行政が口出しすべきことなのか」との反発が相次ぐ。<br>　同年に行われた市による市民への意識調査では、実に５６，６パーセントもの人が「葬式の際は清め塩を出す」と回答した。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　そして、これに戦慄した市は、自らの主張を撤回するのではなく、市民を啓蒙すべきと考えるのである。<br>事あるごとに「清め塩」の廃止を市民に呼びかけ始めた。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　宮津市は、「市民は無知蒙昧だから、前衛的な市当局によって、立派な人民に教育しなければならない」とでも思っているのであろうか。<br><br>　実は、「清めの塩」の問題は、神道を攻撃するために使われている。<br>　仏教は死を穢れとしないが、神道は死を穢れと考えるから差別につながる、と言うのである。<br>　私が参加した講演会の講師もそう主張した。</span></p><p><br><span style="font-size:1.4em;">　しかし既に述べたように、死を穢れと考えるか否かは差別とは全く関係のない問題だ。<br>　「我々は、死を穢れと考えない」と自慢する仏教諸派が、被差別部落の人たちに差別戒名を付けて散々に差別してきた歴史を想起してみればよい。<br>　一方の神道は、誰に対しても名前の最後に「命」と書いて、「○○のみこと」とし、すべての死者を「神」として平等に祀ってきた。<br><br>　仏教系の多くの宗派は、この差別戒名の問題を追及され、共産党や社民党、新左翼の各党派に政治的に牛耳られている。<br>　よって、残された共産主義者の敵たる最大の宗教勢力は神社神道ということになる。<br>　死を穢れと考える「清め塩」問題は、部落差別を解決には全く意味のないことだが、神道を攻撃するには実に有効な手段なのである。<br><br>　ちなみにわが家の宗教は在来仏教で、自分もちゃんと普通に信仰している。差別戒名を生み出したのは仏教の教えではなく、僧侶の堕落した心であると思っているからだ。<br>　仏教の教えも、神道の教えも、「清め塩」も、差別とは全く関係はない。<br>　差別を生み出すのは、一人一人の堕落した心である。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/jinken1192/entry-12666655069.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Apr 2021 00:46:31 +0900</pubDate>
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