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<title>僕は死にましぇん</title>
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<description>卒論の進度がやばすぎる件。このひどい有様を人様に見てもらうことでやる気を出していこうと思います。</description>
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<title>続、僕は死ぬかもしれない</title>
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<![CDATA[ 言うの忘れてましたが僕が専攻しているのは哲学です。<br><br>今回卒論で扱うのは<br>フッサール現象学について。取り扱うテキストはフッサール著『デカルト的省察』<br>フッサール後期の書です。<br>卒論タイトルは「デカルト的省察における他者の構成はいかにして行われるか」です。今のところ。<br><br>現象学における他者構成の問題を間主観性の概念を用いながら取り組んでみます。<br><br>ただ今、テキストと格闘中、難しい。。。<br><br>実際卒論テーマでフッサールをやる人はこのデカルト的省察を用いるひとが多いっぽいです。なんとなくですけど、ネットとかで検索すると同じような研究やっている人を見つけます。<br>現象学を扱うとき他者論は避けて通れないのでしょうね。<br><br>とりあえず今日は章の構成をはっきりさせます。<br><br>また更新します<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/jinnorix/entry-11052427726.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Oct 2011 05:47:46 +0900</pubDate>
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<title>僕は死ぬかもしれない</title>
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<![CDATA[ 私、大学四回生の男です。<br>この春で卒業です。<br><br>卒業には卒業論文の提出が義務付けられています。<br>卒論提出は１２月２２日。あと２ヶ月とちょっとです。<br><br><br>正直に言って、何にも進んでおりません。<br><br>もう手遅れかもしれないとさえ思っております。<br><br>おまけにもうすぐ最後の学祭が控えており、色々と準備ややることもあります。<br><br>このままでは本当に死んじゃう・・・<br><br><br>いかんいかん、あきらめるな、まだなんとかなる！今からはじめよう！<br>しかし私、本当に、意志の弱い男なのです。３日坊主どころか１日坊主なんていうこともこれまでの人生よくありました汗。<br>そこでこの度ブログを始めることにしました。<br><br>目的は人様に今の卒論の状況を晒すことで、自らを律し、確実に卒論を仕上げる為です。<br><br>ですから内容は卒論のテーマや、それに付随する様々な事柄になると思います。<br><br>硬い話になることも多いと思いますが、どうぞよろしく。<br>
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<link>https://ameblo.jp/jinnorix/entry-11052421998.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Oct 2011 05:25:27 +0900</pubDate>
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