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<title>｢占い｣を信じやすいあなたの目を覚ます『人話聞考』</title>
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<description>『人話聞考』とは私が考えた幼稚で単純な造語で「人の話をよく聞きよく考える」という極々当たり前なことです。『人話聞考』の基本的な考え方は「未来は何ひとつ存在していない。存在するのは過去と現在(現実)だけです。」</description>
<language>ja</language>
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<title>GLAY　「BE　LOVED」</title>
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<![CDATA[ その日の朝、私は出勤に使う車を立体駐車場の前で待っていた。<br>そのとき、無意識にGLAYの『BE LOVED』という曲を口ずさんでいた。<br><br><br>もう十何年前の曲なのに、ここ十何年と聞いたことのない曲を<br>私はふと口ずさんでいた。<br><br><br>なぜ、この曲が出てきたのかわからないまま私は会社に向かった。<br><br><br>その日の夕方、会社を終えて帰ろうと駐車場にある車のエンジンをかけた瞬間<br>カーラジオから流れてきた曲はなんとGLAYの『BE LOVED』であった。<br>曲の途中からとかではなく、エンジンをかけた瞬間が、曲の始まりだったのだ。<br><br><br>私はこんな偶然があるんだなと、今朝の鼻歌を思い出しつつ<br>この曲は十何年前に、当時仲良くしていた女の子が<br>カラオケに行く度に、私に歌ってと必ずリクエストする曲だったのだ。<br><br><br>あの子はいまどうしているのだろうか？<br>いっしょに朝までカラオケに行ったみんなはどうしているのだろうかと考えながら<br>私は帰宅の途についた。<br><br><br>それから２ヶ月ほど経った日曜日に<br>私は昔の友人に偶然出会った。<br><br><br>彼女はすっかり変わっていて、彼女の方から声を掛けてくれなければ<br>私は気付かなかった。すっかりお母さんになっていた。<br><br><br>昔のみんなはどうしているのか？<br>あいつとはいまだに連絡をとっているとか、<br>あの子はいまどうしているのか知らないなど<br>お互いの現在を話している途中、<br><br><br>彼女が「あの子が２ヶ月前に亡くなったって知ってる？」と。<br><br><br>あの子とは私に必ず『BE LOVED』をリクエストしていたあの子。<br><br><br>詳しい話を聞くと重い病気で入院していて<br>もう助かる見込みはないと言われていたらしい。<br><br><br>彼女が亡くなったのは、私が『BE LOVED』を何気に口ずさんだ<br>あの日の早朝だったらしい。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sun, 01 Jul 2012 22:39:26 +0900</pubDate>
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<title>考え方でタバコをやめる</title>
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<![CDATA[ 私はかつて１日に６０本以上の愛煙家でした。<br>(１８歳ぐらいから吸い始めて３５歳まで)<br><br><br>そんな私が考え方を少し捻っただけで<br>タバコを吸わなくなりました。<br><br><br>どう捻ったかというと「禁煙」⇒「休煙」<br>つまりタバコを辞めるのではなく吸わないようにする<br>この考え方です。<br><br><br>『同じじゃないか！』と思われた方<br>⇒この考え方でタバコをやめることはできないかもしれません。<br><br><br>『発想の転換か！』と思われた方<br>⇒おそらく１００％の確立でタバコをやめることができるでしょう。<br><br><br>私はそれまで何度かタバコをやめようと頑張りましたが<br>なかなかできないでいました。<br><br><br>あるとき、そのことを知人である心理学の大学教授に相談すると<br>『タバコを一切やめてしまう』と考えると無理が生じるから<br>『タバコを一時吸わないでいる』と考えればどうだろうと。<br><br><br>この話を聞いて私はまさしく『人話聞考』であると思いました。<br>よく聞いて、よく考えれば、答えはあると。<br><br><br>それから私はタバコを吸おうとしたときに<br>何かタバコをいま吸えない状況を考えるようにしました。<br><br><br>例えば仕事中ですと、来客で対応しなければならないから<br>とりあえず１本吸うことを控えようとか。<br><br><br>タバコが吸いたいと思ったとき、頼まれていた事をいま片付けるために<br>とりあえず１本吸うことを控えようなどなど。<br><br><br>タバコをいま吸えない理由を後付けで考えるのです。<br><br><br>そして、そんな事を５回ほど繰り返したのち<br>やっと１本吸うようにしました。<br><br><br>自宅では今まで普通にリビングで吸っていたのを<br>ベランダで吸わなければならないと勝手にルールを決めました。<br><br><br>このルール決めですが、妻と子供がいたにもかかわらず<br>私はリビングでタバコを吸っていたので、<br>リビングでタバコを吸えない理由を探しました。<br>受動喫煙の問題、部屋がヤニで汚れてマンションの資産価値が落ちるなど。<br><br><br>そして家に居てタバコを吸いたくなったとき<br>自分で決めたルールにもかかわらず<br>『なぜベランダまで行かなくてはならないのか？』<br>『オレの家なのに！』<br>そんな疑問が湧いてきました。<br><br><br>しかしよく考えてください。<br>誰のためにあなたはタバコをやめようとしているのですか？<br>すべて自分のため、家族のためですよね。<br><br><br>つまり自分のため、家族のためにベランダまで行くのです。<br>タバコが吸いたくなったら。<br><br><br>２日後、私はタバコを吸うためにベランダへわざわざ行くことが<br>煩わしくなってきました。いくら自分、家族のためと言えども。<br><br><br>ここが発想の転換です。<br>タバコをやめることが煩わしいのではなく<br>タバコを吸うことが煩わしいと脳に覚えさすのです。<br>よく考えてよく考えて『人話聞考』の発想で。<br><br><br>４日後１日１５本になり、<br>６日後１日６本になり、<br>１０日後吸わなくなりました。面倒臭くて。<br><br><br>しかし、前述したとおり禁煙したのではなくて<br>吸うことを休んでいるだけなので、タバコは常備していました。<br><br>１２日後２本<br>１３日後１本<br>１９日後１本<br>２５日後１本<br>３０日後以降～現在まで、０本<br><br>結局、休煙は１０日で成功したのですが<br>その後、何本か吸ってましたので禁煙ではありません。<br><br><br>また吸いたくなったら吸えばいいやとの思いで<br>休煙開始から２ヶ月半ほど家にも職場にもタバコは置いていましたが<br>吸うことが面倒臭くなりました。<br><br><br>休煙開始から７年経ちましたが、<br>いまでもタバコが吸いたくなることがあります。<br>未だにタバコを吸う夢を何度も見ます。<br>ただ吸わないだけです。それだけのことです。<br><br><br>意志は関係ないと思います。<br>意志の弱さなら大抵の人に勝つ自信があるくらい<br>意思弱男の私です。<br><br><br>ニコチン依存症は病気だとか、なんとかのＴＶＣＭで「愛で禁煙はできない」と。<br>しかし、考え方で禁煙はできるのです。<br><br><br>さあ最後の１本を吸って脳を活性させてから、<br>『人話聞考』で休煙を考えてみたらどうでしょうか？<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/jinwabunkou/entry-11278320606.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Jun 2012 12:56:57 +0900</pubDate>
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<title>奪（と）るか奪（と）られるか？</title>
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<![CDATA[ みなさんも当然ご存知のように<br><br>世の中奪う人間と奪われる人間が存在します。<br><br>あなたはいつまで奪われ続けるのですか？<br><br>奪う方に回れとは言いませんが<br><br>せめて奪われ続けることは回避できます。<br><br>いつまでも在りもしない未来話にお金を払っていたら<br><br>偽りの安心で心を癒されたと勘違いし続けていく人生しか<br><br>あなたには待っていません。<br><br>「在りもしない話」を信じ「とりあえずお金を払って」安心する<br><br>まさにオレオレ詐欺の二大要素と同じです。<br><br>もう目は覚めたでしょうか？<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/jinwabunkou/entry-11277179647.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Jun 2012 12:28:41 +0900</pubDate>
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<title>偶然はいつだって偶然のまま</title>
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<![CDATA[ その日の朝、私は出勤に使う車を立体駐車場の前で待っていた。<br>そのとき、無意識にGLAYの『BE LOVED』という曲を口ずさんでいた。<br><br><br>もう十何年前の曲なのに、ここ十何年と聞いたことのない曲を<br>私はふと口ずさんでいた。<br><br><br>なぜ、この曲が出てきたのかわからないまま私は会社に向かった。<br><br><br>その日の夕方、会社を終えて帰ろうと駐車場にある車のエンジンをかけた瞬間<br>カーラジオから流れてきた曲はなんとGLAYの『BE LOVED』であった。<br>曲の途中からとかではなく、エンジンをかけた瞬間が、曲の始まりだったのだ。<br><br><br>私はこんな偶然があるんだなと、今朝の鼻歌を思い出しつつ<br>この曲は十何年前に、当時仲良くしていた女の子が<br>カラオケに行く度に、私に歌ってと必ずリクエストする曲だったのだ。<br><br><br>あの子はいまどうしているのだろうか？<br>いっしょに朝までカラオケに行ったみんなはどうしているのだろうかと考えながら<br>私は帰宅の途についた。<br><br><br>それから２ヶ月ほど経った日曜日に<br>私は昔の友人に偶然出会った。<br><br><br>彼女はすっかり変わっていて、彼女の方から声を掛けてくれなければ<br>私は気付かなかった。すっかりお母さんになっていた。<br><br><br>昔のみんなはどうしているのか？<br>あいつとはいまだに連絡をとっているとか、<br>あの子はいまどうしているのか知らないなど<br>お互いの現在を話している途中、<br><br><br>彼女が「あの子が２ヶ月前に亡くなったって知ってる？」と。<br><br><br>あの子とは私に必ず『BE LOVED』をリクエストしていたあの子。<br><br><br>詳しい話を聞くと重い病気で入院していて<br>もう助かる見込みはないと言われていたらしい。<br><br><br>彼女が亡くなったのは、私が『BE LOVED』を何気に口ずさんだ<br>あの日の早朝だったらしい。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 08 Jun 2012 18:15:04 +0900</pubDate>
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<title>奪う人と奪われる人。</title>
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<![CDATA[ 中学生のとき、数学の証明問題ってありましたよね。<br>とても苦手だった記憶があるのですが。<br><br><br>あれって答えはわかっていても、なぜそのようになるのか<br>証明しないと正解ではないのです。<br><br><br>中学生のときに証明しないと<br>ダメなのだ、不正解なのだと認識したのに<br>大人になって答えばかりに注目して、<br>どう考えても証明することができない事象なのに、<br>答えのインパクトに目を奪われて<br>ついでに心も奪われて<br>最後にお金も奪われて。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/jinwabunkou/entry-11268610957.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jun 2012 09:28:24 +0900</pubDate>
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<title>未来は予想しかできないのだ。</title>
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<![CDATA[ 私は２３歳の、とある土曜日、大阪梅田場外馬券場のベンチに座り、<br>最終１２レースの予想のため、競馬新聞とにらめっこしていた。<br><br><br>この日は朝から１レースも取れずにイライラしていた。<br>そんな私の隣に８０歳ぐらいの白髪の老人がちょこんと腰をかけた。<br><br><br>私がチラっと視線をやると、それに気付いた老人は１枚の馬券を私に見せ、<br>「一点張りや！」と小さな声で囁いた。<br>その馬券は午前中の馬連で万馬券となったレースのものだった。<br>（約３００倍×千円＝３０万相当）<br><br><br>驚きを隠せずにいる私は、思い切って「最終レースの予想は？」と聞いた。<br>すると老人は、一言「○○厩舎」と、馬の名前ではなく厩舎名を答えた。<br><br><br>競馬新聞に目をやると、○○厩舎からは二頭の馬が出走していた。<br>私が「○○厩舎からは二頭出走していますが？」というと、<br>問いかけるように老人は「二頭出しは？」、私「人気薄を狙え」、老人「そうや」。<br><br><br>競馬予想の世界では、格言というか、なんというか、そういうものがあり、<br>「二頭出しは人気薄を狙え！」もそのひとつとして、私が知っているものだった。<br><br><br>私はなけなしの三千円をその馬の単勝と一番人気、二番人気への馬連と流した。<br>馬券を買い終わって、ベンチに戻ると老人の姿はもうなかった。<br><br><br>１０分後、私はその日の負け分を取り戻すどころか、持ってきたお金を倍にしていた。<br>私は御礼が言いたくて老人を探したがどこにもいなかった。<br><br><br>次の日、同じ場所、同じベンチにも老人はいなかった。<br>違う階も探したが見つけることはできなかった。<br>次の週の土日も探したが、やっぱりどこにもいなかった。<br><br><br>この話を周りの人に話したところ、信用しない人もいれば、<br>「そんな不思議なことがあるのか？」と驚く人もいた。<br>信用しない人はこの実話をどう捉えたのだろうか？<br><br><br>しかし、現実をよく考えればわかることで、そもそも不思議でもなんでもなく<br>老人の予想がたまたま２レース当たっただけなのだ。ただそれだけのことなのだ。<br><br><br>老人が私の前に現れたとき、１レースから１１レースの当たり馬券を見せつけたとしても<br>馬の調子、出走頭数、レース展開、馬場の状態、騎手の調子などなど現実的な問題を<br>現実的に考えた結果、たまたま１１レース当てただけなのだ。<br>ただそれだけのことなのだ。<br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 04 Jun 2012 01:30:01 +0900</pubDate>
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