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<title>電子的出版工房</title>
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<description>従業員４人の会社から１０人の会社に転職。心機一転さらなる挑戦をします！</description>
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<title>電子書籍の前に…　求められる本当に必要な電子化とは</title>
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<![CDATA[ ここのところ本業の編集が忙しくて、電子書籍関係の仕事を頓挫していたのだが、それでも、ある会社と共同開発した語学用のフォーマットも完成し、じっさいのコンテンツをのせる作業を開始している。そのうちに紹介もするつもりだが、これは、もうじき発売される新刊と連動し、書籍、CDブック、オーディオブック、ブログ、Podcast、電子書籍というマルチな展開の商品になる。内容はそれぞれに同じようなものだが、それぞれのメディアに展開をさせている。<br><br><a href="http://mimikara-french.seesaa.net/?1298738928" target="_blank">http://mimikara-french.seesaa.net/?1298738928</a><br><br><a href="http://itunes.apple.com/jp/podcast/id418126897" target="_blank">http://itunes.apple.com/jp/podcast/id418126897</a><br><br>これはそもそも語学書というのが、つねに音を商品にしているにも関わらず商品としての音を売ることに困難があったことがそもそもきっかけだった。詳しい話はいずれすることにして、この本が画期的なのは、そもそもiPhoneの画面でみても十分に堪えうるサイズで版面を構成していることである。まさに本が、電子書籍という別の枠のために作られたという例にあたる。ぜひできたら見て欲しい。書店発売は３月１日頃だと思う。<br><br>そのほか、新刊と同時に電子書籍化するものが別にあるが、それもいずれ紹介することにする。<br><br>今回、書くことは、電子書籍ということから離れて、もっとじつは版元が手をつけなければならないことがあるという話。<br><br>先日、ある機会にJPO、<a href="http://www.jpo.or.jp/" target="_blank">日本出版インフラセンター</a>のE氏にお会いする機会があって、最近始まっている近刊情報センターのことについて話をした。<br><br>じつは、うちの版元も、新文化の記事が載ったのをきっかけに登録をした（前から話していたのに乗ってくれなかったのに…）。これにより近刊情報センターが情報を提供しているネット書店やリアル書店に近刊情報が自動で配信されることになる。ここまで話を聞いて、あれ？って思う人がいるかもしれない。出版業界の人間なら驚かないのだが、一般の人にしてみれば「近刊情報って共有されてないの？」というところだろう。<br><br>そう、されていない。書店への書籍の情報は、通常、取次が作成する「流通情報」でしかない。そのほかはチラシとか版元のサイトとかで近刊の情報を知るほかない。当然ながらチラシで知る場合には、本当にいつでるのかわからない。だから、ときには版元に電話をかけて問い合わせていたりする。<br><br>どういうことなのか。まず情報を共有するインフラがない。書店が得る情報は、流通情報として取次から与えられているので、当然、近刊の情報でなく、リアル本の情報である。なぜ近刊の情報ではダメかというと、本というのは完成してみないと正確な情報が作れない、とされてきたからだ。タイトルやサイズが変わることもよくあることで、作る側も、それでよいと思っていた節はある。値段だって予価は大いに変わる。ようするに計画性がないということにつきる。<br><br>ましてや大手から小出版社までを含んだ版元の情報を作るわけだからアバウトな部分がどうしても必要となってくる。統一的にどうこうすることはできない。こうしたことを解決しようとこれまでいろいろな人たちが頭を悩ませて来たのだが、いかんせん出版人はアナログだ、結局のところ今日まで、ほとんど改善されることなく連綿と続いてきた。<br><br>しかしそれが変わる。近刊情報センターの稼働によって、こうしたことは大きく変わるはずである。これにはE氏の貢献は大きい。<br><br>私は、この１年近くをかけて書誌情報まわりの整備を行ってきた。まず、社内で書誌情報の重要度を理解してもらい、アルバイトを入れ、書影のスキャンにはじまり、項目の整理などをやってきた。一方で、システム開発も急いだ。<br><br>そもそもは、ある書誌データベースと社内のデータベースを連結していくことが最終目的にあった。これはもう３年近く前からある構想で、その書誌データベースが、つぎのホームページになるというわけである。これが、昨年の１２月に接続に成功、外部データベースがシームレスで繋がった。そして、いよいよ来週の月曜日に、完全な形のデータベースとしての運用がはじまる。<br><br>完全な形とは、このデータベースでは近刊情報に関しては、編集者が作業のステータスを設定することにより（初校とか印刷とか）、もし発行年月日が近づいてきたときに自動的に年月日をずらす仕組み、そして在庫ステータスの変更、画像の登録をすべて自動で行うことのできるということである。<br><br>朝、最初に立ち上がったときに、在庫ステータスを検証して情報の書き換えを行い、新刊の登録、情報修正の処理、本社在庫をチェックして倉庫の出荷を指示、発売のチェック、ログの書き出しを行う。おそらく５分近くはかかるのではないかと思っているが、これによって商品のデータを完全にリアルタイムに変更して行ける。<br><br>この段階を待っていた。この段階を待って、近刊情報センターに登録をした。つまりは、版元がどれだけ商品の情報を正確に出して行けるのかということなのだ。それが出来ない以上、やはり近刊情報は出せない。<br><br>近刊情報センターはアマゾンへもデータの提供をはじめる。そうなったときのためにこれまで開発を進めてきたといっても過言ではない。<br><br>さて話がそれたようだが、E氏と話していたのはこの話と大いに関係がある。<br>E氏のもとに、P社の方が訪れて、近刊情報センターを利用したいという旨を伝えたという。どうすればよいかという話にでは御社のデータベースはどうなんですか？という話をされてたじたじになったという。じつはこの会社かなり大きな会社であるのだが、商品情報の一本化ができていないようなのだ。<br><br>つまり商品の情報は営業が作り、制作の情報は制作が作る、編集は編集で情報を作り、そうしたものがすべてバラバラにデータベースを持っているということなのである。じつは近刊情報、というよりも、いま書誌情報と呼ばれる物は、これまで取次が作ってきた値段やサイズといった流通情報だけではなく、目次などを含む書誌情報が必要となっている。しかしこれを実現するには、データベースの統合が不可欠である。それだけではない、それぞれのネット書店は、それぞれの形式でデータをほしがる。それに対応するためには、いか通りにでもデータを書き出せる仕組みが必要となる。<br><br>現状では、編集者がそれぞれのサイトにアクセスして入力するなどの手間をかけている。こうした手間は、とくにさまざまなサイトが乱立するなかでは、どこか限界を感じてしまう。いまはネット書店間の情報共有はかなり図られているのだが、それでも自社のサイトとネット書店とで二つに登録するのだって簡単なことではない。<br><br>こうした状況は、大手だからというのではなく、小さな出版社ほど深刻な悩みになっている。人手がない分、社内の人間の作業になるわけだから負担も大きい。でもここを乗り越えなくては近刊情報センターは利用できない。<br><br>もう一つ。近年のネット社会の急速な進化と発展のなかで、ネット上に正確な情報がないものは、信用さえされない状況になっている。ただでさえ書店で売るということ、つまりは書店というメディアでうることは、ほとんどマイナーなメディアで売ることに等しくなってきているなかで、ネットの周知力をあなどってはいけない。しかもネットというメディアは、きわめて細分化されたセクトを多く持ち、そこへの情報提供は、かなりの手間と困難がともなってくる。<br><br>これまでは新聞という大きなメディアがあったことで、新聞に広告を打てば周知できていたのだが、いまの現状では、新聞は大きなメディアなどではない。<br><br>そういう時代にあるからこそネット対策、商品情報の大切さが必要になっているのである。しかし、出版社の多くはそうしたことに対応できていない…。<br><br>P社の方は、帰りがけに、「電子書籍どころではないですね、社内のデータベース一本化をしなくては」と言ったそうである。<br><br>この言葉は重い。<br><br>じつはそんなに簡単なことではない。地味な作業であると同時に、根気が必要な作業だ。データベースはできあがってもありがたがられないが、中途半端なものを作れば使われなくなる。インフラの整備と同じで、じつに目に見えないものでもある。<br><br>と同時に、根気とは、会社をきちんと説得して作業をすすめる努力である。それと、どこまでも方針を曲げずに実現することにある。データベースほど、構想通りのものを作ることほど重要なことはない。方針はぶれてはならない。ぶれが不整合なデータベースを生む。<br><br>何度も体験したことだが、やっつけで作っている部分はあらい。値のやりとりがずさん。とてもじゃないが、できあがってしまったものを直すことは困難。いっそのことゼロから作る方が早い。そうしたことを避けるためにもしっかりと構えてじっくりと取り組まなくてはいけない。<br><br>それだけの根性をもって変えられる人材が果たしてどの会社にもいるのだろうか？<br>結局は、電子書籍云々ではなく、この部分が一番いま版元が電子化していく努力をすべき点なようなきがしている。<br><br>システムについても追々紹介をしたい。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10814457448.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Feb 2011 08:00:01 +0900</pubDate>
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<title>ロングテールとエスプレッソ</title>
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<![CDATA[ 三省堂書店でEspresso Books Machineというのが稼働する。これは、その場で本を印刷製本してしまうというマシーンで、所謂、オンデマンド印刷の、究極の形といってもいいものだ。本のデータは、ネットからダウンロードしてくる。PDFならばどんなデータでもいいそうだ。ただし、原則的にはこのマシーンを作っている会社のサーバーのものか、三省堂が運営するサーバーにあるものということになるのだが、PDFを持ち込んでの印刷もできる。<br><br>このビジネスの特徴は、お客さんが注文してその場で１冊づつ作って販売するというもの。どの程度、ニーズがあるのかわからないが、とりあえずは、今後のラインナップによるだろう。現在は、Google Booksにある洋書を中心に行うのだそうだ。<br><br>現在の段階では、三省堂チェーンないでは他店での受け取りというのは検討中で、通販などは行う予定はないという。三省堂の神田本店でしか受けられないサービスというのが、いいことか悪いことか。<br><br>私は、割とこのマシーンに可能性を見いだしている。理由は、１部から刷れるという点である。そもそも教科書販売をやっていると、ずいぶんと昔に出ている教科書なのに、ずっと使ってくれている先生がいる。しかし重版する場合に、ようやく２００、３００部という部数での対応はできるようになったけれど、仮に５冊しか使わない場合に、２００でも３００でも何十年というスパンで消化していく必要があり、結局のところ赤字となる。<br><br>もし仮に５冊から対応ができるのであれば、こうしたニーズに答えることができる。<br><br>かつてロングテールという言葉が流行った。確かに長く細く売れることというのは、いいことなのかもしれないが、現実問題、版元にとっては倉庫料など見えないようで、厳密な意味で費用がかかっているのだ。確かにアマゾンのような巨大な書店にとってみれば、例え一年に１冊しか売れないような本が１万冊ぐらいあっても利益になるだろうが、１年に１冊、あるいは２年に１冊のような本は、在庫として抱えるべきか考えてしまう。もちろん、予測をたててかりに１０冊ばかり在庫をとっておいたとして、上の例のように、いきなり５冊あるいは１０冊、それ以上の注文が入ったときに対応できない。これが悩ましき問題でもある。<br><br>しかし，Google BooksあるいはGoogle Editionに代表されるPDFによる書籍データの閲覧および販売は、この部分をかなり大きくカバーできることになる。加えて、もし仮にそれが書籍という体裁をとれるとすれば、書籍を殺さずにおくことさえできると言っても過言ではない。<br><br>問題はこれをどう運営に組み入れていくかということだろう。<br><br>このあたりの問題は、出版社の一つのサービスの一つとして位置づけられるのではないかという気がしている。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10738190275.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 01:11:14 +0900</pubDate>
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<title>出版システム第２ステージへ</title>
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<![CDATA[ 先週の木曜日、現在の社内のシステムから外部のデータベースへのアクセスをするためにP社のHさんが設定に来てくれた。要は、現在のシステム（FileMakerベース）をSQLを使って某システムとやり取りをするというもの。これは、うちの会社のHPリニューアルには欠かせない作業で、もう３年以上も前から計画だけがあるのに実現しない、HPリニューアルの一つの大きなステップである。<br><br>これでどういうことができるようになるかというと、書誌情報の転送だけでなく、在庫情報のリアルタイム更新までが可能になる。私がいま考えているのは、編集サイドが必要とする情報も集約して、ステップごとに自動的に発売日などを変更していくことである。というのも、結局のところ印刷のオーダーがでないことには販売日が確定しない。反対に印刷にさえ入れば、見本だし、配本等は簡単にきまる。<br><br>現在、書誌情報の公開に関して進められている議論の中でもっとも難しいのは、この発売日の確定である。本来は出来てから考えてもいいようなものだが、慣例として、印刷に入る前に決定をしておく必要がある。しかしたいてい事故等でのびたりするのだが。<br><br>いずれにしても、できるだけ業務内で作られる情報は、情報として発信ができる環境づくりが今回のテーマである。<br><br>しかし驚いたのは、たった一つプラグインを入れるだけで、ネットを越えて向こう側にあるデータベースがまるで、自社のデータベースでもあるかのように見えることである。これはすごい。見えるというより、ほぼシームレスで使える、ということである。<br><br>フィールドの追加等はできないが、計算式だけは保存ができる。つまり、SQL上のデータベースの表現としてFileMakerが使えるということである。すごい。<br><br>これはたぶんデータベースを扱ったことのある人しか感動しないかもしれないが、とにかくこれまでのデータベースのあり方を考えさせることだ。<br><br>さて。知っている人は知っていることだが、自社のシステムは私の手作りである。納品書のシステムはすでに２年以上しっかりと稼働しており、短冊ソフト（書店からの電話注文等を管理するシステム）は、ようやく１年を経過して、まあ、ほぼ順調というところすでに５０００レコード以上の注文をさばいている（冊数にするとうん万冊）。<br><br>今後の予定としては、前回作り込んだ倉庫の出庫管理システムの不具合を直すこと。これは今月末に棚卸しが控えているために急がなくてはいけない。加えて、この外部データベースへの接続だ。書誌情報の入力はだいぶ進んでいるが、接続部分とそのインターフェイスができていないために、そこを作り込む必要がある。<br><br>そこまでいけば、あとはホームページの立ち上げのみという流れだ。<br><br>なんだか事実だけを書いても仕方がないので。雑感。<br><br>時代というのは、確かに変わったなという気がする。これまでは自作のシステムにこだわってきた。理由は、業務内の特殊性をそのまま反映できるからで、確かにその点ではすぐれている。とくに採用注文を処理する部分は、これまでの労力を三分の一程度まで抑えることができた。それにより、ぐっと編集などにかけられる時間が多くなった（何せ自社出荷なもので）。<br><br>しかし、時代が変わったように思う。それは、あまりにも変化が早すぎて、システムの開発に１年なんて時間がかけられないということだ。データのシステムじたいも変化する。そもそもいまのシステムは、FileMakerが大きく変化したことから作り直しをしなくてはならなかったために１年足らずの運用実績になっている。<br><br>またこうした開発に時間をかけているあいだに、もっと力を入れるべきものがあるようにも思う。もっとネットを駆使することに時間を使うべきだという気がする。システムは、別にまかせ版元としては、販売のほうへネットやデータを駆使する方向に力を注ぐべき気がする。しかもそれは、いまリアルタイムに変化しているメディアにもっと積極的にコミットしていくことなのだ。<br><br>既に中核のシステムとして稼働している以上、メンテも拡張も必要だ。しかしその時間と、はたしてこれからの戦略としてのITについて時間を使うとすればどちらが得なのだろう。悩むところだ。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10714400244.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Nov 2010 01:41:37 +0900</pubDate>
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<title>役割の違い　—コンテンツの流通とコンテンツそのものー</title>
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<![CDATA[ iTunesが自動的に表示してくれるリストを見ながら、ふと思った。「ブック」のジャンルでもないかぎり、トップはほぼアプリだ「葬儀」だけはそうでないのが面白いが。「フランス語」のトップもアプリなのだが、そもそも電子書籍が少ないからだとも言えるのだが、辞書でさえ、トップになれない。<br><br>そんなリストを見ながら思った。<br><br>じつは、このフランス語でトップを飾るアプリを作っている会社を知っている。というより、一緒に仕事をしていて、彼らの努力をよく知っている。彼らは金を積んでこのソフトを作った。ただ心配なのは、弊社の電子書籍とは同レベルでないにしても、このジャンルでどれだけペイをできるだけの収入があるのか。それを考えると、アプリというのは賭けみたいなものだと思う。<br><br>そもそもソフトウエアビジネスというのは、そんなものだ。語学の版元でDS版を作ったがまったく売れなかった例も聞いているし、すでに書いたことだが、アプリケーションは販売のチャネルをもたない。<br><br>そもそもいま言われている電子書籍の役割とは何か。それはソフトウエアを作ることではない。コンテンツを流通させることなのだ。これまで紙ベースでしかなかったものを電子ベースで流通させることなのだ。このことは忘れてはいけない。だから１本だして、投資金額を回収するモデル、ソフトウエアのビジネスモデルではないのだ。<br><br>先日ある版元の編集者と、お互いの会社ではどういう形で出版計画をたてるのかという話をした。たいていの会社の場合、およその原価計算をし、売れ部数を考えて、広告費がいくらであるとか、計算していく。そうして導きだされた予算内で本を作って販売するのである。<br><br>だから、というか、当然、デザインの費用やページメイクの金額は、売れそうもない本ならばどんどんと下がっていく。しまいには、編集者が自らがDTPをやって本を作ることにさえなる。<br><br>しかし、そうやって作った本が売れるのか？という疑問が残る。本は装丁がすべてではないし、内容がすべてだがどんないい内容の本であっても、適切な表現がなければ、読者にうまく伝わらないことだってある。そのためにかけるお金は決してマイナスではない。むしろ、それこそ賭けなのかもしれないが、そのプラスにつながるだろうところでお金を削ってはいけないのではないか？<br><br>結果的に、いろいろあれやこれやと原価計算したところで、当初５０００売れる計算だったのが、１０００も売れなかったら、そもそも赤字である。何か、この計算方法は、出版計画の立て方、立て方のほうが問題というよりも、それに従わざるを得ない、従ってしまって、何か本の可能性を見落としているようなやり方に疑問を持つ。<br><br>私が社長なら社員に計算をさせる（というより、ソフト化して計画を書き入れたら出せるようにするだろう）。幸いにいまの社長はそれを社員に強要しない。それが強みでもある。しかし私は計算をしている。およそ当たる。それは、それだけのノウハウを積み重ねているからだからだが、それはあくまでも目標であって、守るべきものではない気がする。所詮、本なんて生き物だ。売れる時期があって、売れない時期があるし、どう売れるか予想できても、予想にすぎない。それが絶対であるなんて、どんな状況にあったって言えない。一つの小さな努力が、大きな結果に繋がることだってないとは言えない。そんなことは、日々の出版業務のことでわかっているはずだ。<br><br>要は、こうした出版計画のあり方こそ、ソフトウェアのビジネスモデルにそっくりだ。<br>それは、電子出版のビジネスモデルとは違うはずだ。というより、その違いをしっかりと理解すべきだと思う。そもそも出版社が儲かるというのは、１冊が売れることではないはずで、大手のソフトウェア会社が儲かっているのも、１本だけを売っているわけではない。そこには、さまざまなアイテムがあって、そのアイテムが総じて、売れることによってまとまった売り上げになっていく。まず、そこが電子書籍の市場において成立させることができるかが、電子書籍をやっていく際には大切なのだ。<br><br>アイテムの売り上げ総体をどう作り上げるか。ビジネスモデルとしてそうした総体を実現できるやり方かを考える必要がある。だから１本にお金をかけ、１本のなかで収支を考えることは、いま求められているビジネスモデルではないと思う。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10710495459.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Nov 2010 06:08:03 +0900</pubDate>
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<title>根本的にやはり電子書籍は時代遅れ？</title>
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<![CDATA[ 最近もまたいろいろなことを人から見聞きした。そんなことも咀嚼できたらぜひ買いてみたいと思うが、かなり業界内部に秘められた問題を含むので、直接的な書き方は難しいかもしれない。でも、おおよそ、間違いなく出版業界は、出版業界らしく、自分たちのビジネスをやってきたことは事実で、失敗だったか、成功だったかのか、功罪と問いつめることは虚しく、だからと言って、現在を悲観する理由も、未来に失望する理由もない。ただ、そこで無知にせよ、巧んだにせよ行われていたことを知り、どうであったのかをきちんと判断することは必要なのだろう。<br><br>かれこれ私が、私の「電子書籍の衝撃」を受けてからほぼ１年が経とうとしている。確かあれは１１月の勉強会のことだった。それから２つ電子書籍を作ったことになる。それでもたった２本である。３本目の準備があるが、いまは忙しくてなかなか先に進めることができない。いずれにしてもまた、しばらくすればさらにアイテムを増やすことになるだろう。でも、１年に２本ではまだまだ辛すぎる。<br><br>それはともかく。<br>いろいろと考えていて、このブログに書こうと気ままに文章を書いていたら気がついたことがあった。<br>現在の「消費のスピード」に電子書籍はそもそもついていけるようなものなのか。<br><br>「消費のスピード」。例えば、フランス料理のフルコースを食べる時、このコースを消費するには一定の時間が必要となる１時間か、あるいは２時間か。少なくとも消費者は、フランス料理を食べるということは、こうした時間を使うことだと考える（まあ、考えていない人がいたとしても、とりあえずそのような場と理解してほしい）。もしこの同じコースが、あるいは、ほぼ同等のコースがコンビニでワンプレートで販売されていたとして、それを食べた場合、同じ内容のものを消費しているが、消費のスピードは異なる。おそらく、１時間も欠けずに食べ終わるだろう。これにより、販売するときの単価が変わってくる。<br><br>もちろん仮に、制作コストが同じであれば同じ価格で販売されるのだが、消費者がこれらを購入する場合に、コンビニで販売されているコンビニフレンチのほうが割高に感じるに違いない。そう、これまでは制作する側の話だったが、今回の話は、消費する側の話である。つまり、ここに「消費のスピード」が関係する。ある同じ金額のものを同じ時間で消費するときには、短い時間で消費されるもののほうが、損な気がする。一方で、じつはその反対も真であって、逆に極端に早い時間で消費されるほうに価値を認める場合もある。<br><br>例えば、フランス料理を食べるのに１時間はもったいないので、早くサービスをしてほしいと要求することはできる。いっぺんに持ってきてもらうことだってできるだろう。このときに、この消費で消費されているものが、前者、つまり、レストランで食べるのか、コンビニ弁当を食べるのかで消費しているものが異なる。コンビニ弁当を便利と思うのも、この「消費のスピード」が関係していて、手軽である、ということが価値になる。本来ならそれならば料金を高くしてもいいようなものだが、工場等の生産であるので安くなっている。これはまた別の問題である。<br><br>もしコンビニ弁当が売り上げがのびたとすれば、値段の問題よりも「消費のスピード」によるものが多いのではないか？また、外食産業がいま伸び悩んでいるとすれば、値段よりもこの「消費のスピード」に変化があったと考えるべきではないのか。つまり、それはテーブルについて食事を囲む時間というのが、なくなりつつあると過程してもいいのではないか。<br><br>さて、同じことを本で考えて見よう。新書というのは、ある意味では、この「消費のスピード」の優秀な形態である。時間がないなかで、簡単に知識が手にはいるという意味では、いまのネット社会のスピードについていこうというメディアである。その点で評価できると思う。ただし、ネットの「消費のスピード」にはついていけていない。こういう言い方もできるかもしれない。そもそもネットの「消費のスピード」について来れない人間のためのメディアであるかもしれない。<br><br>辞書とは、完全にこの観点からは時代遅れのメディアであると言わざるを得ないのは明らかだろう。ネットのほうがはるかに優秀な消費のスピードを実現しているし、同時に、辞書ほどこうしたネット的「消費のスピード」に適ったコンテンツであったわけだ。電子辞書と呼ばれるメディアは、登場したころは、紙の辞書よりはるかに優秀な現代社会に合った「消費のスピード」を実現した。それによって成功をもたらした。<br><br>もちろん紙の辞書にもそうした時代はあった。百科事典が売れた時代、百科事典はこうした「消費のスピード」がもっとも時代に適った商品であった。だから売れた。しかしいまは、いまの社会の「消費のスピード」に適っているのは、ネットであり、ブログであり、ツイッターであるわけだ。そうした社会で、紙の百科事典、あるいは紙の辞書が売れると想像するのはなかなか難しい。基本的には、その社会がもつ「消費のスピード」に適ったものが、もっとも消費を実現することのできる商品だと言えるだろう。<br><br>では電子書籍はどうか、書籍という体裁をとる以上、書籍という商品としてのコンテンツである以上、こうした時代の「消費のスピード」に適っていると到底思えない。<br><br>新書を電子書籍化することは、おそらくもっとも電子書籍の「消費のスピード」をいま社会が必要としている「消費のスピード」に近づけることになるだろう、内田樹の本（彼はブログを本にしている）を、新書を電子書籍にすることはさらにいまの社会が必要としている「消費のスピード」にコンテンツを近づけることになるだろう。がしかし、それでもはるかにネット社会が要求している「消費のスピード」からみればほど遠い。<br><br>ではどうすればいいのか。おそらく多くの出版社が、理由は何にせよ、電子書籍を拒む理由として、漠然とあるいは、偶然に感じていることなのだが、書籍本来の「消費のスピード」をいまだからこそ実現していくことが必要なのではないか。それはネットから遠く離れることではない。共存するかたちで、これまで私たち、出版業界が、出版バブルのなかで失ってきた、本が本として必要としている「消費のスピード」を取り戻すことなのではないか。（続く）
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10707518158.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 01:35:36 +0900</pubDate>
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<title>アグリゲーションが大切な理由（２）</title>
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<![CDATA[ 忙しくて、なかなか書く時間がない。今回は端的に前回の話の続きを書こうと思う。<br><br>話がだいぶ逸れることになるが、そもそもデジタルコンテンツと紙のコンテンツとの関係とはどうあるべきなのか、という話。<br><br>もちろん紙のコンテンツであったものがデジタル化されるということは、いまでは当たり前のことのように思えるし、そう思えるのも、そもそも制作の基盤がデジタル化されているからそう驚くことではない。それ以前、所謂、写植の技術が紙のコンテンツを支えていた時代、また、ワープロと呼ばれる、それぞれが専用フォーマットを持っていた入力マシーンが支えていた時代は、いまよりは間違いなくデジタル化は、遠い場所にあった。<br><br>それでも出版業界には、さまざまなデジタルコンテンツが存在した。<br>もちろん、そんな時代には、データ作りから始めなくてはならず、ときには、作られるソフトウェアのためのデータ作りさえあった。データを直接読み込んでプログラムを組んでもいた。<br><br>この時代は、デジタルコンテンツ自体が別ものだった。だから、誰も共存の仕方を考える理由がなかった。それは現場のレベルにあってさえそうだった。<br><br>ではそうしたデジタルコンテンツはどうやって売っていたか。販売の販路はきわめて限られていた。ごくたまに本の付録としてついてくるだけで、単体での販売は、いまほどにパソコン量販店がない時代には、ごく限られたユーザーに向けて販売する、とても高価なものだった。<br><br>でもご存知の通り、いま事情は違っている。その違いは、歴然としている。この数年、考えなくてよかった時代を生きてきて、おそらく出版社は何も考えていなかった。デジタル部門があるところでさえ、おそらく本気での共存を考えていなかっただろう。しかし、この一年にも満たない時期に、考えなくてはいけなくなった。これが、危機感の根本的な部分であると思う。<br><br>何を考えるのか。デジタルコンテンツの紙のコンテンツの共存、ではない。もっともっと根本的なデジタル技術との共存である。<br><br>どういうことか。編集者がXMLの多少の心得があることが標準になっているか？データベースソフトを扱うことがデフォルトになっているか？様々なITメディアを使いこなせることが前提となっているか？<br><br>すべてについていまだに標準ではない。ではなぜ知る必要があるのか。そのことこそが、デジタル技術との共存、という言葉で強く言わなくてはいけないことである。それが、もう一つのアグリゲーションの必要性なのである。ただ、任せるのではなく、アグリゲーションじたいを版元が作り、コントロールすることが重要なのである。<br><br>その話がなぜ電子辞書の話になるのかというと、ある版元が決めたロイヤリティが現在のすべての版元のロイヤリティの基準になっている。そのロイヤリティの低さは、他の版元が、とくに第二外国語をやっている版元を長く躊躇させた理由である。私は、当初、版元の側にデジタルへの理解がなかったのではないかと思っていた。というのも、その版元の辞書をかつては下請けをし、その会社がのデータ加工力を知っていて、私は、この会社が楽して金儲けをしたのではないかというふうにさえ思っていた。<br><br>そう、デジタルデータはいかようにでも加工でき、さまざまなデジタルデバイスが利用できるものにできるからだ。<br><br>ここに何かが欠けてないか？と思うのは当然だろう。そもそも辞書は、何年もかかって人手をかけて作る物である。データの加工は、ものの数日で終わる。低いロイヤリティは、この部分をどう考えていたのか。私の長年のなぞである。今度、その当事者に会うことができたら真意を聞きたいと思っている。<br><br>いずれにしても、書籍と呼ばれるものは時間をかけてできあがる。その時間に見合う金額は、ほとんどの場合ペイできない。それならばせめて少しでも配分がまわるように考えるのが、版元ではないのか。そこが、電子辞書の件ではわからなかった。<br><br>私は、このことを単に当事者がデジタル技術との共存についてよく考えていなかったからではないかと思っている。<br><br>私たちが勘違いしてはいけないのは、本なり、出版物が、著者という個人の時間をかけてできあがるものであるということ。デジタル的加工の効率とはまた別の次元にあるものであるということ。<br><br>話が逸れてしまったが、私が考えるアグリゲーションが大切な理由はこうだ。最後の最後まで、出版社が守るべきものを守り続けるべきであり、そのためにアグリゲーションこそ、妥協してはならない、最後の砦のようなものであると思う。<br><br>…と勇ましいことを書いていながらあらためて思う。はたしてそんなことが最後まで貫き通せるか。電子書籍をやっている側に、こうした版元の気持ちがどれだけ伝わるだろうか。編集者である自分が、日々苦々しく思うのは、そうしたことである。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10691588644.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Oct 2010 01:50:32 +0900</pubDate>
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<title>アグリゲーションが大切な理由（１）</title>
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<![CDATA[ 前回予定していた電子書籍第２弾の発売がまだ。ちなみに、第２弾はこちら。<br><br><a href="http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-411-04014-5.html" target="_blank">『これからの葬儀マニュアル』</a><br><br>ちなみに、今回はMCbookというモリサワが開発しているビュワーでのリリースとなる。発売も前回同様にAppStore。前回の宇宙人（<a href="http://itunes.apple.com/jp/app/id371963280?mt=8" target="_blank">『宇宙人のためのフランス語』</a>）とは違って、一般実用書に入るので、そもそも宣伝媒体を持たないので、売れるかといわれれば苦戦を強いられそうだ。<br><br>一方の宇宙人は、先日、売り上げ報告がきて、まあ、前月よりもややアップという成績。これには宣伝をしている効果が出ているものと思われる。<br><br>前回はボイジャーだったのに、なぜ今回はMCbookというビュアーに変更したのかというところに、じつはアグリゲーションの話がからんでくる。<br><br>今回の選択は、制作をしている会社の選択だった。そもそも電子書籍を始めるにあたってボイジャーさんとの制作を進めながら、普段からDTPでお世話になっている会社に電子書籍の話を持ち込んだ。そもそも現在の社長は、コンピュータメーカーの出身ということもあって、この方面の話に強いということがある。彼も今年になって電子書籍が話題になる中で、選択肢として、モリサワに声をかけていた。<br><br>私は、最初のモリサワのプレゼンに立ち会った。そのときさすがフォントメーカーだと思ったのは、フォントの埋め込みが可能だという点だ。また、専用のエディターまで備えたオーサリングソフトはなかなかのものに思えた。<br><br>当時から、私が気にしていたのはアグリゲーター業務だった。というのも、すでに音源配信でその必要性を感じながらも、なかなか実現できずにいた。そしてボイジャー、そしてさらなる電子書籍、このように販路が広がる中で、それを集約するにはそのうち片手間では済まされない、そんな気がしてならなかった。同時に、著者への支払も含めるとその部分はかなりな煩雑さになる。<br><br>一冊の本が、複数の本として生まれるわけだから、である。<br><br>そもそも出版社は取次を通して、いわばこの書店とのアグリゲーションを行ってきたわけで、その取次業務を自ら行えるといのが電子書籍である。これがこの文脈でいわれる取次飛ばしである。しかし取次がなくなるということは、その業務を自らが行わなければならないから、これまでただ入金を確認しているだけの業務というわけにはいかない。各メディアに対して、利率を決めたり、売り上げ報告を確認したりと、おそらく直販をやっていたり、営業システムをしっかりと組んでいるところでは当たり前にやってきていたことだが、小さくて取次頼りの版元には新たな負担となる。<br><br>まして直販の話もある。おかしな話だが、版元がここに来て本当の意味での小売業の力を試されていることになったのだ。<br><br>アグリゲーションフィーというのはばかにならないが、小さく、人手が割けない版元にとってはどうしても必要な仕組みなのが、このアグリゲーターと呼ばれるものなのだ。<br><br>さて。本当の必要な理由、または、私がアグリゲーションからの立ち上げを強く望んだのにはほかの理由がある。というよりも、もし仮にこの部分がうまくいかないようであれば、おそらくは今後電子書籍にこれ以上の加担はしないつもりでもいる。<br><br>それは電子辞書の件である。<br><br>いまや電子辞書はいくつもの種類が販売されていて、それぞれにフランス語の辞書が入っているのはほぼ当たり前になっている。おかげで、というか、やっぱり、というか、その結果紙の辞書が以前ほど売れなくなった。そうはいっても広辞苑は売れているではないか、電子版だってどうだ、という話も出るかもしれない。ちょっとまって欲しいのは、日本語の辞書とフランス語の辞書とではシェアが違う。シェアが違うというのは、どういうことか。売り上げも当然違うのである。売り上げが違うが制作費は、反対にもしかするとフランス語のほうが高いかもしれない。まともに換算すれば間違いなくそうなるはずだ。<br><br>値段はどうか？書店で販売されている辞書は、英語の辞書に比べるとフランス語の辞書は、まあ若干高めにはなる。だからと言って５０００円も離れてはいない。せいぜい１０００～２０００円というところだろう。ちなみに、価格が１０００円ぐらい違うとだいたい６５０円から７３０円ぐらいは版元に多く入ることになる。<br><br>辞書というのは、億単位のかかる出版である、と以前は言われていた。億は大げさにしても、数千万は確実にかかる出版である。当然ながら売れが１０００、２０００では話にならない。また、辞書は語学の学習者にとって必要なアイテムなので価格を抑えざるをえない。そうなれば、例え制作費がいくらかかろうとも常識的に考えてありえない値段はつけられない。そこが、なかなか版元にとっては辛いことだ。<br><br>さて、では電子辞書に入っている辞書。どれくらいのロイヤリティーかと言えば、とんでもなく低い、低いどころの騒ぎではない。もしなんでかつてはあの辞書は入っていなかったのかと言えば、それはこのあまりにも低すぎるロイヤリティーにある。では、その後入るようになったのかと言えば、紙の辞書が売れない中で少しでも利益を出すためにやらざるをえない、というのが本当のところだろう。<br><br>かつて一度、とある語学出版社の辞書担当がもらしていたことがある。うちも電子辞書をやらざるをえなくなったと…。そして、その料率をきめたある版元に恨み言を言っていた。<br><br>（つづく）
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10666771041.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 00:57:24 +0900</pubDate>
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<title>音声だけでは売れない理由（続き）</title>
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<![CDATA[ 前回の話を振り返れば、語学書の場合、音声だけを独立させて商品として成り立つのかということが問いとして残っていたかと思います。<br><br>じつは、もう一つ語研の高島さんから大事なヒントをもらいました。そのヒントは、私が電子書籍は積極的にやらなくてはならない、という意識の基本的な考え方をもたらしました。<br><br>多少、いくつか前提のお話をします。<br>すでに、書いたように音源配信に関してはオトバンクさんのみに限って展開をしていました。その大きな理由は手間でした。複数の業者との取引になると、請求書を発行したり、売り上げの管理が発生したり、と手間をかけざるをえません。それはすでに携帯サイトおよび専用プレイヤーサイトでの販売の時点でも感じていたことです。<br><br>もし仮に売り上げが相当額ある場合であれば、そのぐらいの手間賃はでますが、現状、というより、最初のトライでは、まったく手間賃どころではなかったのです。そして２番目にオトバンクさんとのビジネスを始めたのですが、その後、USENさんからも誘いはあったものの、保留としました。というのは、これ以上、このビジネスが大きくなるにあたっては権利関係の処理を含めた対応も必要となってくるし、そうなれば売り上げに対して著者へ払う印税のようなものも想定しなくてはなりません。そのあたりの整備ができない以上、展開は難しいと考えていました。そのため、点数も増やすことはせずにとりあえず様子見のままに放っておくことになりました。<br><br>まずは、時代が動きました。<br>USENさんの当時の担当者M氏が退社するとのことで挨拶に来ました。取引はなかったのですが、彼はうちの会社との取引を望んでいました。私も、時々は連絡をしていました。<br><br>彼が来社したとき、こんな話をしました。いまはUSENじたい直接に各社とは取引をしていない、間にアグリゲーターと呼ばれる中間会社あって、そこで一括して音源を管理しているとのこと。私はすぐに飛びついて、担当者を紹介してもらうことにしました。確かに、いまのままのように一社二社程度で商売をしていてはいつまでたってもビジネス的展開はない。語研さんのように、高島さん一人で拡げられて、その時間があるのであれば別だけれど、私は、編集者でもあり、こなさなければいけない書籍を山のように抱えているわけです。その状況でこれ以上の展開は、と思っていたので、これは好機と思いました。<br><br>しかし、結果的に紹介してもらったアグリゲーターと仕事をすることはありませんでした。それは、一つには、前回書いたような理由です。音源だけを独立させて商品になるのか、ということです。確かに音源商品というのはあったので、それを先行して進めようという話にはなりましたが、やはり私が忙しく、その後、その話は立ち消えになります。<br><br>…というのは、このとき私は別の腹案を持っていたのです。その話はもう少し後で。<br><br>さて、USENさんの担当者M氏がもたらしたのは、単にこうした実際的な話だけでなく，重要な情報をもたらしました。それは、現在音源業界は、iTunes、OnGen（USENさんがやっているサイト）、Moraの３社がメインで、それ以外はやる必要がない、ということでした。やはり、ここまで来ていたかと思いました。じつは、このときの話で音源配信はやるしかないと思いました。<br><br>何度も手間の話をしました。またブログの不審についても書きました。このとき、この二つがここで解決されるのです。<br><br>そもそもインターネットが登場した頃からネットをやっていた私にしてみれば、サイトの乱立と淘汰の歴史は当たり前のものであったし、どこが勝ち残るかが重要でそれに乗れればよいだけのことと思っていました。ネット書店でアマゾンが圧倒的なシェアを持っているのなら、アマゾン対策だけをやればよいことで、それ以外は、正直手間がかかるのでやる理由はないのです。なぜなら売れるからです。<br><br>これと同じことが音源でもありうるという気がしました。というより、ようやくこうしたユーザーの集中化が完成したのだと思ったのです。これならば、まだやれる可能性はあると思いました。<br><br>ここにも電子書籍のヒントはあります。<br><br>さらに話しをすすめますが、このM氏の話を受け、さっそく語研の高島さんに連絡をとりました。というのは、じっさいにどうなのか、こうい状況かで音源配信ビジネスは利益をあげているのか。帰ってきた答えは、それほどインパクトがある話でありませんでした。ただ毎月一定額のお金が入っているということ、ある本がヒットしたときだけかなりの額のダウンロードがあったということ、です。ちなみに、語研さんは、各国語の音源を配信しています。ブログで無料で配信しているほか、Vectorなどパソコンソフトダウンロードサイトでも配信しています。オトバンク、OnGenはしかりです。<br><br>ここにヒントがありました。確かに一つ一つのサイトの売り上げは小さいけれど、一つにまとめられればそれなりの額になるのではないか、そういうヒントでした。これは、積極的に展開せず、限定的にやってきたことでは見えないことです。というより、そうしたやり方でどうして答えがみえるでしょうか。反省すべきはそこにありました。<br><br>もう一つ。高島さんは、これまでじっさいに売り上げを集計したことがなかったと言いました。集計したらこうした結果がわかったと。つまり、やはり集計はできない状況にあるのだと。確かに、サイトが多様化した場合の管理は、やはり問題になるのだと。<br><br>さてここまで問題が明らかになっていよいよ動こうというときに、じつは、一つアイデアがありました。これは一つの構造を変えるチャンスかもしれないと。例えば、音源は会社ないでは扱えない、つまり編集をしたりすることはほとんどなく、スタジオで録音し、そのスタジオで編集をしているわけで、音源の管理も基本的には、専門の業者に任せているわけです。基本的に原盤もあずからないわけです。それならば、その会社がアグリゲーターの仕事をすれば、うちの会社としてはとても助かるわけです。<br><br>もう一つ、いや、二つ。一つは、これを機にいっきにこの専門業者のデジタル化をはかろうと思ったのです。以前から、例えばCDのサンプルはいらないから音源でダウンロードできるようにしてくれなど様々な要求をしてきましたが、なかなかそこまで行きません。もう一つは、これは編プロ時代からの教訓です、手間賃だけでは最終的には先細りになる、ということです。例えば、音源を扱うことで販売手数料が入る仕組みができることは、結果的によいのではないかということです。というのも、結果的に専門家でない以上、音源に関することは音源の専門家に扱ってもらうほうがよく、機材やソフトにしてもそもそもが揃っているところでのほうが、私が手作業のエンコードよりずっとましなわけです。<br><br>こうして一つのビジネスモデルを考えついたわけです。これはいま進行中でおそらく今月末には初のオーディオブックの販売が開始されるはずです。<br><br>さて、このアイデアが生まれるのには、いくつかの出会いがそのあとにありました。<br>一人は、じっさいに音楽のアグリゲーターをやっている後輩との出会いです。会社までいって説明をしてもらい、うちの音源を扱ってくれないかとまで頼みました。結論から言うと、オーディオブックと音楽配信とはことなるセクションのため、難しいということでした。それと、いまや音楽業界は、あまりにも多くのオファーがありこの会社では新規取引をやめているとのことでした。<br><br>この結果、それならば自分たち仕組みを作るしかないか、というのが結論でした。<br><br>この話にも電子書籍のアイデアがあります。それは、このアグリゲーションという部分です。このアグリゲーションの仕組み作りが、何よりも版元が人件費をかけて拡げるよりも効率よくコンテンツを販売を拡大する方法だからです。<br><br>おそらく来週中に新しい電子書籍が販売開始となります。告知をしますが、これは、まさにこのアグリゲーションの部分を独自に立ち上げた（というか、取引業者に入ってもらった形ですが）形でのリリースになります。<br><br>なぜ独自のアグリゲーションにこだわったか。じつは、ここにもある理由があるのです。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10659235307.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Sep 2010 23:55:07 +0900</pubDate>
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<title>電子書籍　…見えているような、いないような。</title>
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<![CDATA[ 今週ようやく電子書籍２本目の校正を終えて、ほぼオーケーのデータがあがってきた。どうなんだろうか？シナノのようにPDFをまんま見せる方法というのが一番なのだろうか？<br><br>一番、困る考えは「電子書籍はタダならやってもいい」。<br><br>確かに。タダでやって儲けられればそれにこしたことはないが。お金をかけないことは、そのまま宣伝さえしないということを意味するように思える。もちろん、お金をかけずに電子化して、宣伝はがんがんやるというのなら、おそらく売れるだろうけど。<br><br>ただ敷居がすでにタダというのは、おそらく売るつもりもないということなのかなと。<br><br>だからといっていまの現状では、お金をかけて作っても売れないということは大いにありうる。宣伝費をかけても売れないことだってある。いまのところ電子書籍の市場は不透明なことも多く、ほとんど「投資」しかも、回収の見込みのない「投資」に近いことだけは事実である。<br><br>ではなぜやるのか。それは、まさしくこうして慣れないブログを書きながら模索しているわけだけど、かなりそれは各社固有の事情があるだろう。<br><br>ビジネスというのは、ひとから与えられたビジネスモデルで商売をするのは簡単だ。しかしそのビジネスモデルの成功例は、まねからは導きだせない。ビジネスモデルはつねに一般化された方法で、それぞれが個別に適応さえせていき、うまくはまったときに動き出す。<br><br>同時に、ビジネスは社会の動きに敏感に反応する。例えばベストセラーは、ただ出せばいいという本について生まれるようなものではない。売ろうとする努力の末に生まれる。所詮売ろうとしていない本でベストセラー生まれるのは、時代が、社会の動きが、偶然に演出したときぐらいなものだろう。<br><br>だからということでもないが、「タダならいい」はすでに後ろ向きに構えている気がして、売れるとは到底思えない。これは本でも同じこと。売ってくれるならどこで売ってもらってもいい、売ってくれるならどこに置いてもいい。それでは本が売れるはずがない。（←この部分、じつはいちばん忘れてはいけないです。割とデータだから置いておけばいい的な発想が出てしまうのですが、そこがそもそも間違いではないかと思うのです。）<br><br>どうも出版業界特有のITアレルギーといまの錯綜した状況がそのような発言を誘発しているようにも思えるのだが、後ろ向きになった瞬間に、これから生まれるだろうビジネスモデルに気がつかないということにならないだろうか。<br><br>かく言う私も、２本目の準備をすすめるなかでこれだけの手間ひまは、果たして本当に妥当な労力なのだろうかと日々自問している。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10652556244.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Sep 2010 00:57:54 +0900</pubDate>
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<title>続きを書くつもりで…　すみません、忙しいっす！</title>
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<![CDATA[ 明日から大阪に出張で２日ほど出るため、準備のために久々に自宅のパソコンを開く。書かなくてはという思いで、毎日いろいろ考えていたけれど、毎日飲み会で時間なし。…どんな飲み会かというと、まあ、企業秘密のようなものばかりで、当然ながら電子書籍の動向についても仕入れていた。<br><br>さてどの飲み会に出ても、版元どうしの話題は電子書籍。メーリングリストもまたしかり。動きがかなり細かく、かつ探り合い的なところがつかれる。やれ著者印税がどうだとか、中間業者がどうだとか。毎日のように聞かされると、食傷気味になる。<br><br>やっぱりどこか版元とは別のビジネス態で電子書籍は発展していくだろうな。Web的ビジネスのひとつの生態系をなして。まあ、それがもっとも版元が納得して、無理しないですむやり方かも。だから徹底的に別様にビジネスを構築すべき。<br><br>なんだろう、そのきっかけをこの前は見た気がしたのに、今日はそれがうまく思い出せない。明日の新幹線のなかでもう一度、考えてみよう。
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<link>https://ameblo.jp/jinyamada-ameba/entry-10646854774.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Sep 2010 22:32:20 +0900</pubDate>
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