からだはうす「時の徴(しるし)」 https://ameblo.jp/jizou/ 森羅万象一切の流転変相は時を立ち上げながら虚実反転絡まり合ってさすらいゆく。「僕」という砂粒ほどの生命に沈殿した喘ぎや驚天が発酵中。生命が時にへばりつく、或いは、生命の鋳型が時を演出する。そこで醸造されるものは・・・ ja-jp ストレッチ---開脚---- https://ameblo.jp/jizou/entry-12162750100.html からだはうすで行っているストレッチ教室は、ただストレッチをおこなうだけではありません。 身体の構造を知りながら、具体的なイメージを持って、自分と向き合い、身体を改善していく場です。 教室の中で行っているストレッチのポイントをご紹介してまいります。 まずはストレッチの中でもスタンダードなポーズに開脚があります。 太ももの付け根から膝の内側に延びる筋肉を柔らかくするポーズの重要さについて簡単に説明していきます。 立っている状態では上半身の重力は脚に流れます。それも主に両脚の内側を通る。 足底に土踏 2016-05-21T23:12:23+09:00 愛おしいイノチ https://ameblo.jp/jizou/entry-12148093254.html 呼吸のワークショップをはじめてから30年が経つ。何故それほど長い期間続けられたかというと、大げさに聞こえるかもしれないが、私は呼吸の激しさや深さから生まれる生命のダイナミズムに「愛おしさ」を感じるからである。 ここで言う生命のダイナミズムとは何か。それは、人間が作り上げてきたさまざまな価値感や道徳や規律や合理的な知識が拾いあげ対処することのできなかった個々人の心身に眠る、或いは、渦巻くエネルギーの発動のことである。ポジティブには潜在的な感覚や力のことであり、ネガティヴな側面としては抑圧された感情 2016-04-08T16:10:59+09:00 創造から父権制へ https://ameblo.jp/jizou/entry-12135935468.html 創造は破壊と表裏する。人間の創造性が文化文明を生み出してきたことには誰にも異存はないだろう。しかし、人間が新たに作り出すものは何かしらの破壊を伴う。人為的創造の半面は破壊であり、そうであれば創造には暴力も付随する。 その象徴的姿を現代の社会現象や環境破壊に窺うことは容易い。原発、武器、薬、食、スマホ、法律や産業の構造等々、私たちはゴミと副作用を生み出すシステムの悪循環にすっぽりとはまってしまった。実に創造とはゲーム的であったのである。 死に迫る男たちが見る夢は絶対的なるものを手に入れることであっ 2016-03-05T17:19:34+09:00 死に向かう男たち https://ameblo.jp/jizou/entry-12135508067.html 男のセクシャルな生態には無意識裡に欠乏感覚がある。それを埋めるために用意されたものが、筋力や体力という「パワー」と「集中力」であった。それを如実に示すものが「修行」と呼ばれる行為ではないだろうか。男はあの非生産的行為の中に何を見い出そうとしたのだろう。 理屈では身心を脱落させて悟りを得る行為らしいが、その厳しさにおいて並大抵のパワーと集中力ではない。修行の方法もいろいろあるが、基本的に共通するのは食と性のエネルギーとの対峙である。粗食(断食)と禁欲がそれである。 食と性のエネルギーは人間生命の力 2016-03-04T12:51:09+09:00 男性に宿る欠乏感 https://ameblo.jp/jizou/entry-12132319593.html 全身に漲る力が性器の怒張に象徴されるとはいえ、男はそのままを維持することができない。精子の放出後は萎えるのである。そしてまたゼロからスタートする。それは、男の行き着いた先のリアリティーに身体的果実が用意されていないことを意味する。 もっとも充実した状態からスタートして、虚空を掴むようなゴールが設定される。男の性の旺盛さは実りなき営為そのものから生まれる。得るものがないがゆえに繰り返されるのだ。 私には、夏の夜空に打ち上げられる花火に男たちの生態(精子たちが散っていく様)が重なって見えてくる。散る 2016-02-24T16:24:07+09:00 暴力の開花 https://ameblo.jp/jizou/entry-12131899381.html 生物は自らの命を維持する為に食し、自らの種を残す為に生殖の行為に勤しむ。これまでバクテリアから霊長類まで生物は進化してきたわけだが、食物連鎖の環、自然摂理の範囲を逸脱したのが人類であった。私はその逸脱した過剰な力にこそ暴力性が潜んでいるように思う。 動物たちが獲物を狩る行為は暴力ではない。人類は自らの命の維持と種の保存の為に大脳を発達させ知恵を活かした。それも当初は生物種としての必然であったろう。 しかし、その知恵は必要以上の欲望をも引っ張り出してしまった。言うなれば、文明とは過剰な欲望の所産で 2016-02-23T11:54:17+09:00 オスから男性へ https://ameblo.jp/jizou/entry-12129372723.html 生物の雌に備わる基本原則は、食餌と精子の獲得である。そう言う意味で、精子バンクを利用する自立した女性たちは生物としての本義にきっちり則っていると言える。日本的主婦の「亭主元気で外がいい」というのは、子はもうけた(精子の獲得は済んだ)ので、あとは生活できる(食にありつける)お金があれば充分であるという告白であり、それも基本原則に則る。 雌が欲しいのは雄ではない、精子なのだ。問題なのは、当たり前のことながら、雄と精子が一体化しているということである。そして、この雄と精子の一体化を目論んだ有性生殖プロ 2016-02-16T12:55:17+09:00 無責任なエネルギー https://ameblo.jp/jizou/entry-12127195164.html 男性器の特徴は、外付けであり、ぶらぶらと動き、形を変える。加えて、無数の精子を放出するというのがある。 性と暴力には密接なつながりがあるとはいえ、勃起した男性器から放出される射精の図は、どうしてこうも戦いの武器(飛び道具)に似るのだろうか。 拳銃から機関銃、大砲までそっくりの形を示す。機関銃などの数打ちゃ当たる的なものは、一度に億の数が放出されるほどの的を外した仕組みをもつ射精そのものである。...億の数が必要だということは受精の確率の悪さを示すとともに、圧倒的な数の未熟な精子たちを想像させる。 2016-02-10T15:49:37+09:00 全身に漲る力 https://ameblo.jp/jizou/entry-12126796733.html 男性の可笑しさ(妙な生態)は生殖器の動的現象に由来する。女性器が静なら男性器の特徴は動くということである。外付けにぶらぶらしていることもそうだが、それそのものが伸びたり縮んだり、膨らんだり萎んだりする。便利といえば便利だが、厄介といえば厄介でもある。 しかし、この有りようが実に男性性を象徴する。男性器の膨張が示すものは、大きさ、強さ、たくましさである。つまりパワーである。 男に充足感をもたらすものは全身に漲る力であることを思えば、勃起とはある意味男性に漲る力の象徴である。それは、転んで泣いている 2016-02-09T13:47:52+09:00 凸なる男性の原理 https://ameblo.jp/jizou/entry-12121696877.html 人は女性の値踏みや男性の品定めが好きである。とにかく興味の対象として互いにこれを上回るものはない。だが、そうした話の内容といえば、一般的性質や日常の特異な反応や印象を取り上げてそれぞれに規定し語ることがほとんどだ(例えば、男はよく威張るとかお酒が入らないと本音を出せないとか、女はすぐ感情的になるとか、どうでもいいことを延々と話す 、等々)。そうした論に心理学的な根拠を見つけて、なぜ互いの性質がそうであるかの研究もある。...しかし、私の視点はもっと単純である。人間の身体の形態と働きから見えること 2016-01-26T14:22:10+09:00