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<title>jofrp90のブログ</title>
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<title>１９７０年代ハンガリーの社会でしばらく暮らしてみて・・</title>
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<![CDATA[ <p>前回のブログを読むと随分とネガティブな社会に感じられると思いますが<br>実際に暮らしてみると決してそんなことばっかりではありませんよ。<br>西欧とは違った東欧での生活は<br>別な所で利点や楽しみがあり興味深いものです。</p><p><br>社会主義なので基本貧富の格差はありませんし男女差もほぼありません。<br>格差がないということは社会にとってとても大きなことです。<br>ロシアの女性が日本でお医者さんにかかることがあって何度か病院<br>に行ったときに驚いたことに日本のお医者さんはみな男性だったことだそうです。<br>逆にロシアではドクターのほとんどは女性なんだそうです。<br>まあ普通に勉強したら大体女性の方が優秀だってことが多いですからね。<br>男女差がないということは女性は必ずしも男性に頼る必要がなく<br>離婚率が極めて高いということでもあります。　あの時代でも高いって聞いていましたが、現在でも離婚率70％みたいな数字らしいです。<br>　　　　　　　<br>でも当時、見ているとお互いに金銭的な負い目がないので別れても普通に仲良くお友達付き合いができるようです。　そのことにびっくりしましたが冷静に考えてみるととても良いことだと思いましたよ。　他人同士が一緒に生活するのですから<br>うまくいかないのはあたりまえですし　およそ人生の伴侶を選ぶなんてくじみたいなものですから　当たらなくて当たり前って思います。（あくまで私個人の意見ですので悪しからず）</p><p><br>ですので、<br>離婚率が低いのは　賃金の男女差が大きく女性が経済的に男性に依存せざるを得ないか　地域社会の慣習が強い圧力になってる場合が多いのではないかとおもいます。　　<br>従って、そのこと（離婚率の低さ）をもって<br>良いこととされるのはいささか問題をはらんでいると僕は常々思もっています。北欧スウェーデンのような豊かな国でも離婚率は高く<br>70％前後と聞いていますから。<br>教育は無料で力があればだれでも基本的に最高学府迄　学べます。<br>西側社会のように能力があるのに家庭の貧しさで教育が受けられないなどということが少ないのかなって思います。<br>あるいは、能力がないのにお金で入学、または入社などということによる社会的損失が起こりにくいのです。</p><p><br>医療も基本無料で誰でもお金の心配なしで受けられます。<br>年金が均等にあるので老後の心配もほぼありません。<br>ハンガリーではだいたい小さな別荘持っていて、ロシアでいうところの<br>ダーチャみたいもの、休日にはそこでのんびり過ごしたりしていました。<br>当時はインターネットなど在りませんので彼らは西欧と比較する<br>すべがなく大きな不満もなくなかなか安定した社会かなって思いました。<br>僕のように、外から来たものには結構ストレスフリーの社会ように見えたものです。<br>しかしですね、能力が高く外の世界を知ってしまった人は納得がいかないかもしれませんね。</p><p><br>僕は田舎のドナウ川の近くの小さな町に住んでいました。そのあたりの<br>道路は車がほとんど通らず、舗装はされていましたが、けっこうまだ馬車が走っているのに大変驚きましたが　自分自身田舎育ちなのでその風景は牧歌的でどこか懐かしいような・・・決して不快なものではありませんでした。<br>聞くところによると　更に田舎に行けばガスも水道もないところがあると聞いてまた驚いたものです。1977年ごろのことです。</p><p>&nbsp;</p><p><a><img id="sp-image-292" src="https://scagliare-hp.sakura.ne.jp/img/tokaj_hetsz1.jpeg"></a></p><p><br>＊余談ですが「ウクライナの侵攻」でハンガリーに逃げてきたウクライナ人が国境近くの小さな村で生活している映像がユーチューブで流れていました。<br>ここの村はハンガリーの行政も及ばないような僻地らしく<br>現在（２０２２年）でもガス<br>水道のインフラが無いということなので驚愕ですね。<br>ウクライナも含め旧東ヨーロッパ諸国の首都は現在ではそれぞれ<br>繁栄して<br>いますが遠く離れた田舎ではいまだに行政が届かず繁栄から取り残されているのが現状のように感じました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/22/jofrp90/11/d5/j/o0299024915789882289.jpg"><img alt="" height="249" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/22/jofrp90/11/d5/j/o0299024915789882289.jpg" width="299"></a></p><p>当時の東ヨーロッパ諸国　1：ユーゴスラビア　2：ハンガリー　3：チェコスロバキア　　4：ポーランド　って国が存在していました。　　　その中でユーゴスラビアは当時チトー大統領という大変強烈な指導者がいて経済的には一番西側諸国とのつながりを持っていたので比較的経済状態は良かったようです。</p><p>&nbsp;</p><p>そしてモスクワに近いほど貧しくなっていくっていうのが自分の認識でした。よって、上記の順で貧しくなっていくのでこの中ではポーランドが最も貧しいわけです。　　なぜかって言うとユーゴスラビア人にハンガリーのことを聞き　ハンガリー人にチェコのことを聞いて　チェコ人にポーランドのことを聞いたからです。</p><p>じっさいに　ユーゴに住んでハンガリーに移動するとなるほど実感としてそれが感じられたのです。1970年代の実感でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jofrp90/entry-12968586673.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 23:55:15 +0900</pubDate>
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<title>1970年代の共産国ハンガリーってどんなだったの？</title>
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<![CDATA[ <p>ハンガリー　Magyarország（マジャールオルサーグ）の記憶</p><p>&nbsp;</p><p>さて、夜間に飛行機に乗ると西欧と東欧の違いは一目瞭然です。<br>ドイツのフランクフルトからオーストリア上空を抜けてハンガリー上空に入ると<br>一方は光にあふれた社会で他方はほとんど暗闇の社会です。首都ブダペストを除いてですが。　　今ならばインターネットの人工衛星画像で日本と北朝鮮を比べることが出来るので容易に想像が可能ですけど。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/22/jofrp90/a1/6d/j/o0460015115789879916.jpg"><img alt="" height="138" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/22/jofrp90/a1/6d/j/o0460015115789879916.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>今は北朝鮮の部分だけが光がありませんが当時は中国も似たようなもの<br>だったかもしれません。１９７６年ころの東アジアに関してはおそらくは日本だけが燦然と輝いていた時代だったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/22/jofrp90/ab/dc/j/o0299020515789883437.jpg"><img alt="" height="205" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260605/22/jofrp90/ab/dc/j/o0299020515789883437.jpg" width="299"></a><br>また，市井では西欧社会は過剰なまでに物があふれた社会で東欧は物が少ないので人気な物資が店頭に並ぶと行列を作らなければなりません。<br>特にバナナなんかが　店頭に並ぼうものなら大行列は必至です。<br>輸入品でとても貴重価値が高かったので、現物を見せようものなら目が輝きますよ。なので今でも東欧の方やロシア人はバナナが大好きな人が多いのだそうですよ。<br><br>そういえば　当時、ハンガリーから西側オーストリアのウイーンに買い物に行くことが周りに知れると知り合いのハンガリー人から様々な買い物やお願いが舞い込みます。<br>まあ　こちらもそこで生活しているといろいろとお願いすることがありますので　そこは持ちつもたれつですけど・・・<br><br>そして、物が少ないということはつまり袖の下（わいろ）の力が大きいということの裏返しです。<br>例えば警察署に書類を出しに行くときなど<br>東欧では役所仕事はとても遅く　とにかく非効率なのか時間がかかりますし間違いも普通に起こります。当然のように<br>長蛇の列ができますのでこういう時に袖の下を使います。<br>そこでは　絶対に手に入らない西側の有名なお酒などを忍ばせて<br>行くわけです。<br>並んでいるときにアピールすると「誰？お前なんか知らない」<br>といった振る舞いをしますが　ドアを閉めて外部の人たちの目が<br>届かなくなると途端に態度が一変　！<br>「どうした何か不自由はないか？元気でいたか？」などと声を掛けてきます。もちろんご想像通りその後の手続きは滞りなく進んでいきました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jofrp90/entry-12968523731.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Jun 2026 14:05:46 +0900</pubDate>
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