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<title>johnのブログ</title>
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<description>ただアウトプットしたいので日記書きます。読んだ本についてや聖書のことについて書きます</description>
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<title>1回 SC</title>
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<![CDATA[ <div>この記事ではSpeech Communicationのクラスで学んだこと、またOral Communicationという本から学んだことをアウトプットしていきます。</div><div><br></div><div>クラス</div><div><br></div><div>コミュニケーションとは、シンボルを分別、選択、そしてシェアをすることによって、相手とコミュニケーターが頭の中で意図しているものをより似たものにする経緯のことを言います。</div><div><br></div><div>コミューケーションには大きく４つのステージがあります。</div><div>１独り言</div><div>２一対一</div><div>３グループ</div><div>４会衆</div><div><br></div><div>トランザクションとはそれぞれ人によって、生きてきた背景や物事の捉え方が違うこと言います。</div><div>みんなそれぞれ違うトランザクションを持っているので、私たちは相手がどのように私たちの言葉を受け取っているかは100％理解することはできません。</div><div><br></div><div>EncodingとDecoding</div><div><br></div><div>コミュニーケションの流れはこうです。</div><div>Decodingから意味になり、それをencodingします。</div><div>このcodingというシステムが人間が他の動物との大きな違いを作ります。</div><div><br></div><div>そして私たちの頭の中にはいつもノイズというものがあります。</div><div>これは私たちのコミュニーケションを時に阻みます。</div><div><br></div><div>コミュニーケションには毎回、理由があります。</div><div>時にそれは意図したものであったり、そうではなかったりします。</div><div><br></div><div>そしてコミューケーションはそれぞれの文化ととても強く繋がっています。</div><div><br></div><div><br></div><div>意味というのはいつも人の中にあり、それは言葉にはありません。</div><div>言葉の意味はいつのその使う人と時代によって変わります。</div><div>もちろんほとんどの言葉には一般的な意味というのがあります。しかし人によってその言葉の意味は少しづつ変わっていくことがあるのです。</div><div><br></div><div><br></div><div>クラス5</div><div><br></div><div>コミューケーションには言葉を必要としないnonverbalコミューケーションというのがあります。代表的な例は体の動作です。それだけではなく、アイコンタクトや、表情一つ一つ、ジェスチャーなどもそれらの類です。</div><div>また声のピッチや大きさもコミューケーションを変えます。</div><div>また着ている洋服なども大きな影響を与えます。</div><div><br></div><div><br></div><div>クラス6　クイズ</div><div>全然できなかったふざけんな。</div><div><br></div><div><br></div><div>クラス7</div><div><br></div><div>スピーチ準備への10ステップ！</div><div><br></div><div>1. オーディエンスについて調べる！</div><div>スピーチの経験が少ない人は、頼まれた時、まず自分がなにを話そうかと考える、しかし経験豊かな人はまず自分が誰に話すのかを考え始める。</div><div><br></div><div>Demographic</div><div>どのような年齢か、男女の比率、宗教の背景などなど。</div><div>Psycological</div><div>その人たちがどのような状況にあるのか、どんな人生を送っているのか。</div><div><br></div><div>2. トピックを決める！</div><div>大体の場合、なにを話せばいいのかは、頼んできた人が伝える。</div><div>自分の興味があることと相手が興味があることのいい感じのバランスで行く。</div><div><br></div><div>ここで大体の人が聞きたいと思っていることを書く。</div><div>健康、幸せ、安心、何かその人たに徳のあること、もしくは何かを高めてくれるもの。</div><div>または何か抱えている問題またはよく知られてる問題を解決してくれるもの。</div><div>何か新しく新鮮な情報、もしくは何か世間で論議が交わされているもの。</div><div>また個人的なストーリーはいつも人を惹きつける。</div><div><br></div><div>時間を調節するためにもトピックをうまく選ばなければならない。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-12242888725.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Jan 2017 22:48:47 +0900</pubDate>
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<title>エペソ 2:1-9</title>
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<![CDATA[ 1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、<br><br>2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。<br><br>3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。<br><br>4 しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、<br><br>5 罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、―あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです―<br><br>6 キリスト・イエスにあって、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。<br><br>7 それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜る慈愛によって明らかにお示しになるためでした。<br><br>8 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身からでたことではなく、神からの賜物です。<br><br>9 行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。<br><br><br><br><br>イエスを信じずに歩んでいる人は、死んでいる人であると聖書ははっきり言っている。そのことを重く、心にとめておきたい。<br>また逆に自分は命を持っているものである。本当の愛を知っているものである。だからそれらしく歩みたい。生き様で見せたい。<br>僕たちの人生には神様に従っている歩みか、悪魔に引きずられている歩みのどちらかでしかない。<br>悪魔の誘惑に負けず、いつも神様を仰ぎ生活したい。<br>またその歩みのなかで、空気を読んだり、表面上の平和を築くのではなくて、神の真理にたった考えを持っていたい。常に御言葉に立ち返る必要がある。また本当の愛とは、甘やかすことではない。<br>神様は聖なるお方である。正義をもって裁くお方である。僕たちもしっかりと正義を主張すべきである。<br>そして、またそのことは僕たちのへりくだりにつながる。神様の絶対的な清さの前で、僕たちはひざまずくことしかできない。その圧倒的な清さに僕たちは対等に立っていることができない。その事実をしっかり受け止めてへりくだったものでありたい。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11752318649.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jan 2014 01:14:13 +0900</pubDate>
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<title>Friday night</title>
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<![CDATA[ アーサーホーランドさんによるメッセージでした<br><br><br>思い煩いは神に委ねよう。もちろんそれですぐに解決する訳ではない。しかし全知全能のお方に任せられること、全てにおいて正しい方に委ねられること、これは本当の意味の喜びである。<br><br>僕は宗教が嫌いだ。ただイエス様に惚れただけ。<br>イエスを見つめろ。神学にこだわるな。学歴にもこだわるな。傲慢への道だから。<br>本気で伝道したいなら、生き様で見せろ。<br>人には色々な人がいて、知識によって救われる人、感性によって救われる人がいる。神のその絶対的な存在はどんなタイプの人にも大きな適用力を発揮する。<br><br><br>blessing night<br><br>まず自分を愛すること。このことから始めなきゃだめだ。偽善者になるな。<br>パリサイ人になるな。<br>何も言わなくても、そばにいるだけで、一緒の空気をすっているだけで、その人の慰めになることもある。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11747469377.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jan 2014 01:57:05 +0900</pubDate>
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<title>ヨハネの福音書 1:1-14</title>
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<![CDATA[ 4 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。<br>5 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。<br>6 ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。<br>7 この人はあかしのためにきた。光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。<br>8 彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするためにきたのである。<br>9 すべての人を照すまことの光があって、世にきた。<br>10 彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。<br>11 彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。<br>12 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。<br>13 それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。<br>14 そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。<br><br><br>ヨハネはなぜ、イエス様を『光』と例えたのか。<br>この箇所ではふたつ面を持つ光が書かれている。<br>ひとつが５節の『光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。』でこれは夜空に浮かぶ星を連想させる。<br>確かにイエス様は星の光のような存在だったといえる。<br>見ようとする人たちは見ることができる。<br>しかしほかのことに気をとられ、その星を無視することもできるのである。<br>僕たちはしっかりとイエス様に焦点を当てて生きて行く必要がある。<br>星は昔の人々にとっては大事な道しるべでもあった。<br>バプテスマのヨハネはまさにこの星の位置をみんなに伝える役目を持っていたんだと思う。<br><br>しかし太陽のように今度は無視などできない、圧倒的な権威をもって再びこの世に現れる。<br><br>14 そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。<br><br>イエス様ほ恵みとまことに満ちていた。イエス様が何か行動すれば、なにか口を開けば、そこに絶対にめぐみが溢れていた。それは必ずまことであった。<br>12弟子の一人であり、食事の時も寝る時もいつもイエス様のそばにいたヨハネはイエス様がどういうお方であるか深く感じることができたはずだ。そのヨハネは言う。イエスは恵みと誠に満ちておられた。まるで太陽の輝きのように、内のから内から溢れ出てくるめぐみとまこと。まさにそれで形成されているかのように。<br>ヨハネはこのことをこれらの箇所で表現したかったんだと思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11734435205.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Dec 2013 00:29:28 +0900</pubDate>
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<title>伝道館</title>
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<![CDATA[ <br>クリスチャンには成長が必要である。<br>本当の喜び、祝福は霊的成長をしていくことでより得て行く。<br>何年っても同じ罪を犯したり、同じ知識量ではいけない。<br><br>僕たちに求められるものは、キリストの十字架の恵みに毎日あずかること。<br>いつも罪を悔い改め、神の大きなあわれみを受け取る。<br>このことは人にキリスト教の素晴らしさを伝えることにも関係してくる。
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11734411657.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Dec 2013 23:52:10 +0900</pubDate>
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<title>Ⅱコリント 6</title>
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<![CDATA[ <br>神の恵みに生きる歩み。<br><br>みことば<br>Ⅱコリント６章<br><br>1, 私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしなさい。<br>2. 神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』<br>確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。<br><br><br>観察<br>パウロがコリントの人たちに切に願ったことの一つが、神の恵みをむだにしないこと。<br>キリストによる救いの恵みの深さ、大きさを、僕たちはしっかりと受け取っているだろうか。<br>また日々の生活の中にある神様からのたくさんの恵み。しっかりと神様からのものとして受け取っているだろうか。感謝できているだろうか。<br><br>適応<br>パウロははっきりと、今そこに恵みはある、救いはあると言っている。<br>一日一日の中にある神様からのたくさんの恵み、しっかりと感謝して歩みたい。今日も命が与えられていること、着るものがあること、食事ができること、聖書が読めること、お祈りできること、賛美できること。また一日の中で出会うことのできた一人一人との交わりにも感謝したい。<br>神様の恵みに慣れることのないようにしたい。<br><br>またこの命が、十字架によって救われたことの喜びもしっかりと受け取り続けたい。そのために、今日も犯してしまった罪をしっかりと悔い改めたい。変えてもられように心から願いたい。<br><br>また神の御国を建て上げる喜び。神と共に働ける大きな恵みにしっかりと留まり、この人生を無駄に生きないようにしたい。<br><br><br>お祈り<br>神様。あなたの御名をたたえます。今日もあなたによって生かされている恵み感謝します。また聖書を読むことができたこと感謝します。今日も一日あなたの恵みをしっかりと受け取り、感謝して歩んでいけますように。自分自身、本当に肉の欲ではなく御霊によって歩むことができるようにさせてください。自分の心を作り変えてください。キリストの心を持つことができますように。自分を通してあなたの支配がこの地のも満ちて行きますようよ。この日本にいる一人一人が本当にあなたに立ち返る日が来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11719164570.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Dec 2013 15:23:14 +0900</pubDate>
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<title>Ⅱコリント 5</title>
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<![CDATA[ <br><br>天に家を持つ者<br><br>御言葉<br>Ⅱコリント　５章<br><br>９　そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私達の懇願するところは、主に喜ばれることです。<br>１７ だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古い者は過ぎ去って、見よ、全てが新しくなりました。<br>２１ 神は、罪を知らない方を、私達の代わりに罪とされました。それは、私達が、この方にあって、神の義となるためです。<br><br><br>僕たちは神様によって天に、家を用意してもらっている。本当の国籍を天に置いている。<br>天の住まいを着たとき、死ぬべきだった私達は、生きる永遠の命へと変えられる。<br>なんとすばらしいことかだろう。この世の苦しみ、困難も怖くない。約束されている命。<br>このことをしっかりと受け止めて歩んで行きたい。<br>そんな天に国籍を置くものて達が、この世ですべきことは、主に喜ばれること。この世にある全ての栄光を主に帰すこと。御国をこの地にも建て上げて行くこと。<br><br>イエス様は僕たちのために死んでくださった。そして僕たちも死にそして新しいものへと生まれ変わった。そんな僕たちはもう自分のためではなく、僕たちを救ってくれたかたのために生きるべきだ。<br>義とされた僕たち。赦され、造りかえらた僕たち。神の御国ために歩んでいきたいと強く思わされた。<br><br>適応<br>神の御国を建てるものとして僕に今できることはなんでろう。<br>今可能な限り色々な集会に出たい。そこで集会を一緒に作り上げて行きたいし、またそこで出会うクリスチャンとの交わりも大切にしたい。
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11718702057.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Dec 2013 02:38:25 +0900</pubDate>
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<title>ヨハネの福音書 1:1</title>
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<![CDATA[ <br>1 初めに言（ことば）があった。言は神と共にあった。言は神であった。<br>2 この言は初めに神と共にあった。<br>3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。<br><br><br>ヨハネの福音書の最初の書き出し、はじめにことばがあった。<br>このことばとはイエス様のことである。<br>なぜヨハネはイエス様のことを、ことばと言ったのだろうか。<br><br>まずひとつの理由に『ことば』という言葉に、偉大さの現れがあるからだろう。<br>創世記には神がことばによってこの世界を作られたことが書いてある。<br>そこから『ことば』という言葉には何か大きな力を感じることができる。<br><br>また『ことば』というのを『考え、思い』ととらえる考え方もある。<br>考えていること、思っていることが『ことば』となる。<br>それではこのヨハネで書かれている『ことば』とは誰の考え、思いと言えるか。<div>それは神様の考えだといえる。<br><br>全知全能の神はこの世界を、そして人間を造られたときに、すでにその造った人間たちが罪を犯して堕落することをわかっていたはずだ。<br>しかし神様はわかっていても造った。<br><br>最近の医学は発達して、妊婦さんはお腹の中にいる赤ちゃんの健康を、早い段階で調べることができる。そこで親は生まれてくる子に障害があるかどうかも早い時期にわかってしまう。<br>悲しいことに、最近ではそういった検査によって、生まれてくる子が正常じゃないと知り、中絶を選択してしまう夫婦が多いのだ。<br><br>神様は違った。<br>自分の創造した僕たちが罪に堕落することをわかり、救いの計画を用意した。<br>それは自分の一人子を、まさに自分を犠牲にしてでも救うという大胆な計画。<br>その神様の『計画、思い、考え』がまさにイエス様だといえるだろう。<br>それがヨハネが最初に言いたかったこと。<br>イエス様はことば。そう神のことば、考え、思い、メッセージ。愛の計画そのものであった。</div>
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11718694152.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Dec 2013 02:10:30 +0900</pubDate>
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<title>赦し</title>
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<![CDATA[ <br>コリント人へ手紙Ⅱ　２章<br><br>まずこの２章で書かれているのは、パウロのコリント人への愛。<br>パウロは前の手紙でたくさんの批判をした。<br>しかしそれはただの裁きではなく、神様と正しい関係であって欲しいという心からの願いによって書かれたものだった。<br>僕たちも互いに本当の愛を持っているのだったら、多少の厳しさを持ってでも、しっかりと互いに注意しあっていくべきだ。一番に考えるのはその人と自分の関係ではなく、その人と神の関係がしかっりしているかということ。<br><br>次に罪人の私達は、愛を持ってその罪を赦しあうべきだと書かれている。<br>もちろんしっかりと罪を認めさせることも重要だが、それだけ終わるのではなく、愛をもって慰め、そしてそれを赦すことができるようになりたい。<br>こういった所でもサタンによる攻撃はあって、僕たちの関係を悪い方向に持って行こうとする。<br>だから気をつけていきたい。<br><br><br>私達は神によって勝利したものである。<br>キリストにある真理の香りを常に放っていきたい。真理を持っているものらしく歩みたい。
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11716409527.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Dec 2013 17:07:21 +0900</pubDate>
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<title>十字架を負う</title>
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<![CDATA[ だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか<br><br><br><br>僕たちクリスチャンが伝える福音。<br>イエスキリストが僕たちの罪のために十字架にかけられて死に、三日目によみがえられたこと。<br>このことがただ言葉だけのとき、人々はあまりこれに興味を示さない。<br><br>この福音の大きさ、深さ、偉大さを伝えるには何が必要か。<br>それはこの福音に生きる素晴らしさを伝えるということ。<br>それにはまず僕たちがこの福音の高さ、広さ、深さをしっかりと味わい、そしてその言葉に生きるということが必要だ。<br><br>そう僕たちがしっかりとこの福音によって生活しているか、ということが問われてくる。<br><br>福音によって生きるとはどういうことだろうか。<br>それは自分を捨てて自分の十字架を負うということ。<br><br>それはイエス様の救いを自分のものとすること。<br>自分の力では何もできないということを認め、自分の全てを神に委ねること。<br>それはかっこいいものではなく、ありのままの自分の弱さを出すということ、自分の無力さをさらけ出すということになる。<br>人が失敗し、傷付き、自分にはできないということを悟るとき、それは自分がどういう存在なのかを悟るときでもある。<br>僕たちも十字架を背負うため自分を捨てるとき、自分に対しての無力感を感じる。そして、その心の傷から神様は自分たちが何者であるかということを語っている。<br><br>そしてさらに自分の弱さを知った私達は、ほかの人の弱さに寄り添うことができるようになる。<br><br>自分をさらけ出し、ただただ神の救いにすがっていきたい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/johnjohn396/entry-11716018578.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Dec 2013 22:46:35 +0900</pubDate>
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