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<title>僕の中のキリスト</title>
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<description>カトリック信者シゲユキの日記。信仰の有無を問わず、お読み頂ければ幸いです。</description>
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<title>キリストは罪人のために来た</title>
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<![CDATA[ <div>世の多くの「善人」は、自分の本当の姿を知らないのではないかと思います。それを知ったら、自分に絶望し、自暴自棄になって、善人ではいられなくなるでしょう。</div><div><br></div><div>自分がどんなに惨めな者であっても、絶望してはなりません。キリストは私やあなたのような、自分で自分をどうすることも出来ない罪人を救うために世に来られたことを信じて下さい。</div><div>　</div><div>そして、自分以外の存在に目を向け、あなたに出来る小さな善を行って下さい。ひとを愛する者は、愛される者ばかりでなく、何よりも愛する者を自分自身から救うのです。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/11/johnvianny0416/7b/c9/j/o0720106614188606792.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/11/johnvianny0416/7b/c9/j/o0720106614188606792.jpg" width="720" height="1066"></a><div><br></div>
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<pubDate>Fri, 11 May 2018 11:06:37 +0900</pubDate>
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<title>聖マリアの汚れなき御心への信心</title>
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<![CDATA[ <div>イエズス様は人々に私を知らせ、愛させるためにあなたを使うことを望んでおられます。イエズス様はこの世界に私の汚れなき御心への信心を打ち立てることを望んでおられます。この信心を実行する人に私は救いを約束します。これらの人々の霊魂は神の玉座を飾るために私によっておかれた花のように、神にとって大切なものです。・・・私は決してあなたを見放しません。私の汚れなき御心はあなたの避難所であり、あなたを神へと導く道であるでしょう。</div><div><br></div><div>ファティマの聖母　シスター・ルシアに　1917年6月13日</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/11/johnvianny0416/c3/cb/j/o0540096014188605965.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/11/johnvianny0416/c3/cb/j/o0540096014188605965.jpg" width="540" height="960"></a><div><br></div>
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<pubDate>Fri, 11 May 2018 11:03:53 +0900</pubDate>
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<title>小さな者の偉大さ</title>
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<![CDATA[ 病気や障害を抱えていながら、それでも明るく生きている人は、他に何ひとつ為し得なくても、それだけで充分偉大であると私は思います。<div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/11/johnvianny0416/82/32/j/o0720048614188604902.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/11/johnvianny0416/82/32/j/o0720048614188604902.jpg" width="720" height="486"></a><div><br></div>
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<pubDate>Fri, 11 May 2018 11:02:13 +0900</pubDate>
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<title>朝のうた</title>
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<![CDATA[ <div>神がそれを許されなければ</div><div>息をすることも</div><div>指一本動かすことも出来ない</div><div>　</div><div>神がそれを望まれなければ</div><div>私が眠りから覚めることはない</div><div>　</div><div>ああ、朝日が昇る、私のために</div><div>その光と温かさによって</div><div>私に喜びを与えることを</div><div>神は今日も止めようとはされない</div><div>　</div><div>食膳にそなえられた鰯の丸干しよ</div><div>神はお前に命じられた、</div><div>この者が生きるために、</div><div>お前は身代わりになって死になさい、と</div><div>　</div><div>しかし、神の善意と忠実によらなければ</div><div>この鰯を食べ終わる前に</div><div>私は息絶えることだろう</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/08/johnvianny0416/ed/6c/j/o0400030014188529072.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180511/08/johnvianny0416/ed/6c/j/o0400030014188529072.jpg" width="400" height="300"></a><div><br></div>
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<pubDate>Fri, 11 May 2018 08:08:50 +0900</pubDate>
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<title>ロザリオについて、シスター・ルチアの言葉</title>
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<![CDATA[ <div>神父様、ご覧ください。私たちの生きるこの最後の時にあたって聖母はロザリオを唱えることに新しい効果を与えてくださいました。たとえそれがどんなに難しくとも、この世的なあるいは、特に霊的な問題、私たち一人一人の個人的な生活上の問題、家族の問題、この世のすべての家族の問題、修道会の問題、民族の問題、国家の問題などなど私たちがこの聖なるロザリオの祈りによって解決できない問題などありません。ロザリオを唱えることによって私たちは自分を救い、聖化し、我らの主を慰め、多くの霊魂の救いを勝ち取るのです。</div><div><br></div><div>シスター・ルチア　　1957年12月26日、フエンテス神父との会話</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180510/08/johnvianny0416/9b/85/j/o0771108014187902709.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180510/08/johnvianny0416/9b/85/j/o0771108014187902709.jpg" width="771" height="1080"></a><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 10 May 2018 08:23:16 +0900</pubDate>
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<title>私たちは祝福されている</title>
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<![CDATA[ <div>「あなたは女のうちで祝福され</div><div>　ご胎内の御子イエスも祝福されています」</div><div>　</div><div>　</div><div><br></div><div>祝福されているのは、御子イエスだけではない、すべての真のキリスト者─その中には、聖母マリアへの崇敬を否定するプロテスタントの兄弟も含まれます─は皆祝福されているのではないではないでしょうか。私たちはキリストのからだであり、イエスの兄弟であり、聖マリアの汚れなきご胎内にイエスと共にいるのではないでしょうか。私たちは皆マリアの子なのですから。</div><div>　</div><div>今日、私は荒んだ気持ちでおりました。荒んだ気持ちを持ちながら、家内とロザリオを唱えているうちに、そのようなことを思い、荒みが薄らいでゆくのを覚えました。</div><div>　</div><div>Ave Maria</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180509/21/johnvianny0416/82/c0/j/o0720094914187701857.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180509/21/johnvianny0416/82/c0/j/o0720094914187701857.jpg" width="720" height="949"></a><div><br></div>
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<pubDate>Wed, 09 May 2018 21:55:04 +0900</pubDate>
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<title>お金に執着しない恵みを求める</title>
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<![CDATA[ <div>お金の管理について、細かいことはあまり気にしないようにする、と別の投稿で書きましたが、節約モードを維持しなければならない経済状況であることには変わりありませんので、節約モードでありつつ金銭に執着しないという、難しいことが要求されます。</div><div><br></div><div>これを解決するには、やはりお祈りによって、自分の心を金銭への執着から解放する恵みをいただくしかないと思います。ロザリオを祈る度に、その恵みを求め続けています。完全な解放とまではいきませんが、1年前の自分と比較すると、自慢ではなく成長したと思います。</div><div>　</div><div>心の自由を得たい人は、聖母マリアに祈りなさいと、聖フランシスコ・サレジオも言っておられます。この聖人は、ロザリオを1日も怠らず祈るという誓願を立て、それを実践されました。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180508/17/johnvianny0416/af/7a/j/o0281044614186890886.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180508/17/johnvianny0416/af/7a/j/o0281044614186890886.jpg" width="281" height="446"></a><div><br></div>
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<pubDate>Tue, 08 May 2018 17:49:57 +0900</pubDate>
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<title>聖母に信頼しましょう</title>
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<![CDATA[ <div>愛する兄弟たちよ、聖母に信頼しましょう。聖母がましますことを信じましょう。聖母の光栄を表すことが必要であると信じましょう。聖母が私たちをご覧になり、私たちの願いを聞き入れ給うことを信じましょう。また、私たちは彼女のものとして、全く彼女に依存していることも、信じましょう。イエズス・キリストは人間として、天の御父の御もとにおける私たちの仲介者です。聖母マリアは、私たちとイエズス・キリストとの間に立つ仲介者であり、全ての聖寵は彼女を通して下るのです。聖母はイエズス・キリストによって仲介者と定められました。私たちはそれを堅く信じます。私たちは、聖母から聖寵を受け、聖母は私たちをイエズスの至聖なる聖心にお導き下さるのです。私たちの勝利というのは霊魂の救いです。</div><div><br></div><div>聖マキシミリアノ・コルベ</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180508/07/johnvianny0416/f1/3e/j/o0352050214186585954.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180508/07/johnvianny0416/f1/3e/j/o0352050214186585954.jpg" width="352" height="502"></a><div><br></div>
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<pubDate>Tue, 08 May 2018 07:55:22 +0900</pubDate>
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<title>お金の管理</title>
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<![CDATA[ <div>うちは経済的に余裕がないので、とにかく支出を抑えようという意識が働きがちなのですが、そうすると、思わぬことが起こって却って支出が増える。そんなことを何度か経験しました。神様が「金にしがみつくな」と仰られているのではないかと思い、贅沢は慎みますが、あまり細かいことまで気にすることはやめるよう努めてきました。最近、以前に比べるとそれが出来るようになってきたのではないかと思うのですが、そうすると、自然と予算内で家計が収まるようになる。或いは予期せぬ形で臨時収入があったりして、不足分が補われる。そんな経験をするようになりました。</div><div><br></div><div>お金というものも、自分の自由に出来るように見えて、実はそうではない。やっぱり神様が管理されているのだ。そんなことを感じます。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180507/21/johnvianny0416/9a/39/j/o0400053314186326725.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180507/21/johnvianny0416/9a/39/j/o0400053314186326725.jpg" width="400" height="533"></a><div><br></div>
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<pubDate>Mon, 07 May 2018 21:03:00 +0900</pubDate>
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<title>恵みのいただき方</title>
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<![CDATA[ <div>何故「Ave Maria! 」と言って聖母をたたえるか、カトリックの皆様はご存知かと思いますが、これは人祖アダムの妻エヴァEvaを反対にするとAveになるのです。</div><div><br></div><div>つまり、エヴァが神への不従順によって私たちに罪と闇と死をもたらしたように、マリア様は神への従順によって私たちにきよさと光と命をもたらされた。それで「Ave Maria 」と言うわけです。創世記3章20節には、「アダムは女をエバ(命)と名付けた。彼女がすべての命あるものの母となったからである」と書いてありますが、本当は、これはマリア様にこそ相応しいことであります。</div><div>　</div><div>ニケア・コンスタンチノープル信条にある通り、聖霊が命の与え主ですが、この命はマリア様を通して来る。「アヴェ・マリアの祈り」或いは「天使祝詞」を心から唱えると、命の力を受けます。早い話、元気になるのです。</div><div>　</div><div>今朝のミサで、霊魂が死んだような状態だったのが、ご聖体をいただいたら回復した、と別の投稿で書きましたが、実はその後もあまり身体の調子がよくなかったのです。それで帰宅後、私は膝まずいて祈りました。「癒してください」と祈ったのではありません。私は自分の病気については、癒してくださいとはまず祈りません。何を祈ったかというと、家族、親族、友人、知人、すべての恩人の救霊、病気や困難の中にある人たちの癒しや助け等、とにかく人のことを祈りました。自分の苦痛については、それを主にお捧げする、と申し上げました。それらを意向として、ロザリオを一連。</div><div>　</div><div>実は、自分一人で天使祝詞を唱える時、私は歌います。自分で作ったメロディがあって、それを歌うのです。これは単に唱えるよりは、随分ゆっくりになり、心がこもります。このやり方が、少なくとも私にはしっくりきます。一連終わった後、体調が回復しました。</div><div>　</div><div>ロザリオの力、そして人のために祈るということが、恵みをいただくのに効果的なようです。</div><div>「与えれば、与えられる」と聖書にも書いてあります。</div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20180510/10/johnvianny0416/bf/d0/j/o0236046714187965715.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20180510/10/johnvianny0416/bf/d0/j/o0236046714187965715.jpg" width="236" height="467"></a><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 06 May 2018 20:28:50 +0900</pubDate>
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