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<title>100年後の日本</title>
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<title>硫黄島</title>
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<![CDATA[ <p>日米硫黄島戦没者　合同慰霊追悼顕彰式　Ｈ３１，４、１　虎の門ニュース</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　青山繁晴参議院議員</p><p>　かつて戦った日米、今はお互いを称えてこのような式典を行っている。という話です。</p><p>　これも青山議員の本によると、ハワイには真珠湾攻撃に関しても、日本を非難するリメンバーパールハーバーの意味合いでなく、日本人の潔い戦いぶりを示した展示があるそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　ヴェノナ文書にあるとおり、先の大戦で日本を戦争に追いやってきた元凶はルーズベルトのまわりの共産主義者であり、その後、馬淵大使のお話から私がわかったことは、その共産主義者を操っていたのが米のユダヤ人国際金融資本（今のグローバリスト）ということ。</p><p>&nbsp;</p><p>　これで私が思ったのはアメリカ社会も一枚岩でなく、お金第一、自分たち第一の国際金融資本の支配層と自国第一と考える軍人や一般庶民に分かれていたのだということです。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして軍人や一般庶民の立場では日本を追い落とす意識はないので国のために戦った同志として称えあっているのだとすっきり理解できました。</p><p>&nbsp;</p><p>　今まで私の中では、日本を目の敵にして潰そうとしたアメリカと日本に敬意を払ってくれるアメリカ、または世界のエネルギーを支配しようと暗躍しているといわれるアメリカと開けっぴろげで陽気に見えるアメリカ、という相反するものに、違和感がありましたが、セレブなどの支配層と一般庶民の二重構造があったのかと納得したしだいです。</p><p>&nbsp;</p><p>　このユダヤ人国際金融資本（今のグローバリスト）が日本を潰した証拠がシドニー学院さんのユーチューブでわかります。</p><p>&nbsp;</p><p>神戸大学付属図書館　デジタルアーカイブ　新聞記事文庫満州日日新聞　Ｓ１６，１２，２</p><p>満州国上海総領事館の方と他、何人かの対談　「ユダヤ問題を衝く」</p><p><b>国際主義</b>というユダヤ主義と<b>国家主義</b>という日本主義の対立がユダヤ問題　　ユダヤ人は金と宣伝力を以て世界を征服しようとしている、等書かれている。</p><p>&nbsp;</p><p>河添恵子さんも林原チャンネルで、</p><p>１９４１（Ｓ１６）年４月２６日　神戸新聞　</p><p>「ユダヤ財閥頻りに暗躍、南方資源の買い占めに狂奔、サッスーン香港で反日策動」</p><p>の記事を示し、サッスーンと蒋介石が手を組んで日本が南方へ行く前に米の買い占め、サッスーンとアメリカのユダヤも手を組む、これらのグローバリストユダヤ人（当時ユダヤ人神戸に多くいて戦争でアメリカに帰る）は戦時中の一般ユダヤ人の苦難には素知らぬ顔。と解説しています。</p><p>　ユダヤ人と一言で言っても、お金信奉のグローバリストユダヤ人と民族主義者のシオニストユダヤ人（戦後出身地と言われるシオンの丘にイスラエル建国）の二手に分かれていたらしい。</p><p>　余談ですが一部のユダヤ人はシェイクスピアの「ベニスの商人」のころからお金崇拝が強かったのでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>　そしてこれだけグローバリストユダヤ人の本質を見抜いていたことが日本が戦争に引き込まれ、潰された理由の１つだと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>　戦後はその国際金融資本が自分で支援して作ったと今は言われているソ連が軍事的にも手に負えなくなりそうになると、これを潰し、経済で再び世界に躍り出しそうな日本をバブル潰しと称して排除した。そして今度は明らかに金融の面で結託していた中国が独自の路線を歩みだそうとしたところでトランプさんの登場。</p><p>　トランプさんの中国共産党潰しは確実。</p><p>　いずれにしても今は自国民を監視して、ウイグル、チベット、モンゴルを侵略し、臓器までも取って売っていると言われている中国には日本もトランプさんとともに抵抗しなければなりません。</p><p>&nbsp;</p><p>　でもこれが米の国際金融資本が弱まってトランプさん出現、といえるのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　青山議員はメタンハイドレートを自前資源にと奮闘しておられます。</p><p>自前資源がなく石油禁輸で戦争に追い込まれた日本、それを跳ね除けるためにも日本が自立するためにも自前資源は必要でしょう。</p><p>　今やなくてはならない原油もＬＰガス、ガソリン、灯油、軽油に精製する方法は１００年かけて考えられ現在に至っているらしいので、メタンハイドレートも実用化するにはじっくり研究する必要があるのでしょう。</p><p>　自前資源のために青山議員や、青山千春博士は沖縄周辺の熱水鉱床も探査されています。かつては国士の中川昭一先生が自費で船をチャーターして調べたそうです。日本のためにです。しかしご存じのように潰されました。</p><p>　青山議員たちも中川昭一先生に続こうとしています。</p><p>&nbsp;</p><p>　本当に国際金融資本は弱体化しているのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　馬淵大使はトランプさんの「自国ファースト」は世界という屋根の下で、各民族は民族の独自性を発揮し、独自の文化をさらに磨いて、全体としては調和がとれた世界になっていく、まさに「八紘一宇」の精神である。とおっしゃっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　争いのない、このような世界ができることを願いますが、世界を自分たちに都合いいように変えようと１００年以上も暗躍していたといわれるグローバリストは、今、都合良くトランプさんに中国共産党潰しをさせ、そのあとまた頭をもたげるようなことをするのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　このような中日本には、日本人には７０数年前の父祖のように立ち上がって欲しい、武器を持ってという事でなく、精神的に。</p><p>　そしてメタハイ等自前資源発見の妨害が有るとしたら、その妨害に日本人全員で立ち向かう気構えを表して欲しいのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　その気構えと同時になんとしても、拉致された同胞を取戻して欲しい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　そして青山議員は硫黄島の英霊の皆様が、家族の待つ日本本土に帰れるように尽力なさっています。</p><p>　青山議員は硫黄島の英霊たちを取り戻すとともに、これからの人々が修学旅行等で硫黄島に行き、この地での父祖たちに思いを馳せて欲しいとおっしゃっています。この英霊たちに向き合ってほしいと願っています。</p><p>&nbsp;</p><p>　全てに無力な私ですが、日本人が英霊の皆様に向き合うことでこれからの日本が作られることを願っています。</p><p>　そして自立した日本を取り戻す第一歩が拉致された方々を取り戻す事だと思うのです。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 18 May 2019 11:01:54 +0900</pubDate>
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<title>徴兵制？（徴福制？・徴農制？・徴魚制？・徴林制？）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;大神主である天皇陛下の祈りのもと日本人は静かに生きたいと思いますが、現状には暗澹たるものがあります。理想の百年後を見るためには今なんとかしなければと思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;以前にもこんな文章を書いていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;江戸時代、江戸の半数は武士階級、残りの三分の一が町人（？）で表通りで商いをして、納税をし、後の三分の二が町衆（？）と呼ばれて、納税もせずその日暮らしでのんびりすごしていたと「お江戸でござる」で聞いた気がします。</p><p>&nbsp;国の守りは武士に依存し、納税は大店に任せる、江戸の人は結構楽だったのでは、と思えます。</p><p>&nbsp;しかし、考えてみると今の私達もそれに近いのでは、守りはアメリカに依存し、ある程度の納税をして、のほほんとしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;江戸は鎖国で日本独自の生活を営めましたが、明治維新を境に世界に目を向けざるを得ず、日本も国民全員に徴兵制が敷かれました。</p><p>&nbsp;その後何度かの戦いの後、アメリカに負けて徴兵制廃止になったわけですが、江戸から明治への変化は国民にとっても大変なことだったでしょう。</p><p>　そして現代、今、まさにおなじような変化を必要としているときではないでしょうか。戦争のためというわけではないですが、最近、徴兵のことを考えます。</p><p>　ことの発端は単純で、十年、二十年後の日本では、六十歳以上が４人に１人と言われるようになり、その真只中にいる我々はどうなっているのだろうかと思った時、それなら若い人の力を借りられればと勝手に考え出し、男女とも十八歳（二十歳）から一、二年、老人ホームで奉仕活動をしてもらえないだろうかと思ったのが出発点です。</p><p>　無論、体力的に自身のある人には自衛隊で、人によっては保育園での奉仕も考えられますし、海外に住んでいて十八歳（二十歳）になった人は海外協力隊でも良いでしょう。</p><p>　山で林業に、農作業に従事するのも良いかも知れません。「二年間の奉仕活動を終了した時、初めて国民の義務を果たしたということで選挙権が与えられる」と考えたらどうでしょうか。今言われている在日外国人の参政権の問題も義務を果たしたとみなし日本国籍が取れれば問題ないことですし、我々としたら陪審員制度で義務を果たすよりわかりやすいのではないでしょうか。</p><p>　二年間の活動の後そのままこの仕事につきたい人にはその道もよし、自衛隊で訓練を受けた後、警察官、消防隊員にと考える人もいるかもしれません。そうなれば私達市民も自分の子供と行動をともにした人、あるいは自分と同じ訓練をうけた人が警察官、消防隊員なので親しみも沸いてくるでしょう。また少しはフリーターの解消にもなるのではとおもったり、大阪府立池田小の事件当日の状況説明を聞いていて、ここの先生達も自衛隊で少しでも訓練を受けていれば凶器を持った犯人への対処の仕方がもう少し違って子供を守れたのではないかと思ったり。</p><p>　中にはこの二年間の間にもっと学問的に追求したくて大学へという人もでてくるのでは、これこそ本当に勉強したい人なので、早稲田の軟派サークルのようなことは起こらず、私学への補助金となる我々の税金も無駄になる事はないだろうと思ったりします。副次的にもよき伴侶が見つかるかもしれません。今は外見だけ見ていて本当に真面目な青年達はふりむかれないし、本当の出会いの機会も少なくなっています。二年間一緒に仕事をしているうちにそれぞれの長所もわかり、将来の伴侶も見つけられる確率は高いのではと思ったりしています。</p><p>&nbsp;</p><p>　このように考えてくるうちにこれは要するに徴兵制を敷くということだと思い当たったわけです。</p><p>国への義務を果たさずに権利を主張することはできません。権利とは今の場合目に見えないことはたくさんありますが、はっきりしていることは選挙権だと思います。戦後棚ボタ式（本当は戦前から女性参政権等の運動で基礎はできていたのですがアメリカに与えられたというイメージが強い）に選挙権を持ったのですが、これは自分で勝ち取る権利です。</p><p>　無論、こうなると我々年いった大人もなんらかの形で義務を果たさなければなりません。どういう義務の果たし方がいいのか、年齢に応じて一定期間パトロール、清掃（街、公園の）動けない人は自分のできる範囲を考え、結局自分で考えることのできない人には選挙権は無し、そうすれば老人ホームでの不在者投票の怪もなくなり、―――、これ以上思い浮かびませんが国民全体にその義務が課せられれば、たとえばオーム真理教に入信して所在のわからない人も否応なく世間に入らなければならないし、引きこもりの人も世の中にひっぱりだされます。</p><p>　弟の撮影でドキュメンタリー映画の主人公になったひきこもりの青年が、ＴＶのインタビューに「天地がひっくり返るかしてでも、自分をここから引っ張りだして欲しかった」という意味のことを言っていましたが、外からの力で突き動かして欲しいということだろうと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>　奉仕の期間を十八歳から二年間と言うのは流動的として、以前、新聞で「老人ホームに福祉の学生を入れたがかえって足手まとい」と言っていましたが、これは真理だと思います。奉仕をはじめて一定期間、先に活動に入った人が、次の人の教育をすることを考えたらよいと思います。人を教育することは自分も教育されることだから。</p><p>　</p><p>　又、この制度を機能させるとしたら厚生省、文科省、防衛省、外務省等々、省同士の横の連携も必要になります。省益だけでは動けません。</p><p>&nbsp;</p><p>　徴兵というとよく今はハイテクで、徴兵しても役に立たず、1、2年の勉強・研究のブランクは大きい、世界では徴兵なしの動き（のちにスエーデンはロシアの脅威に国民側から徴兵を作る）、と言われます。でもそれって民主主義が定着し冷戦の終わったヨーロッパのことではありませんか。一応日本も民主主義国家ですが、一党独裁の中国・独裁国家の北朝鮮・共産主義の尻尾を引きずったロシアに取り囲まれています。中国は大航海時代の再現のような時代錯誤におちいっています。大航海時代の行き着く先は植民地時代、幕末・維新に日本も殖民地化されそうになって国民皆兵になりました。今は明治のリーダーが願ったとおり韓国が日本の防波堤（平成31年の時点では疑問符がつく）になっています。しかしこのまま中国が強大な国になれば行き着く先で日本は中国の属国の可能性もあります。属国でよいとするのか、阻止しようとするのか。阻止するとしたらその手段の中に徴兵もはいってくるのか、それとも他にもっと良い方法があるのか、人生の大半を終わった私には皆さんにお任せしますとしか言いようがありません。塩野七生氏が防衛大の卒業祝辞（又聞きですが）で言われたようにアレキサンダー大王等のローマ人が体現していたシビリアンコントロール（私は１００％理解できていないのですが）を２０００年後の日本では機能できず、日中戦争、大東亜戦争へと突入していきました。時代が下って当然学んでいるはずの事も学べていない人間。今でも全ての国・人が同時に同じ状態とはいかないようです。ヨーロッパ（スイスは徴兵制あり）で必要なくなった徴兵を、極東でも必要ないといえるのでしょうか。ちなみに韓国出身の呉善花さんは女子軍隊で兵役を終えた後日本に来て、今活躍されています。一概に徴兵がスキルを奪うとは言い切れないと思います。研究内容・分野にもよるのでしょうが。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>平成十八年十二月号　月刊正論　軍学者　兵頭二十八先生によるー「戦後市民」の正体―</p><p>この全文引用を許していただき、読んでもらいたいのです。</p><p>「自由は与えられることがあるが、与えられ続けることはない。</p><p>　古代ギリシャの奴隷は、戦場で敵と槍でつつき合う義理はもたなかった。しばしば、主人の出征そのものにも、つき従わずに済んだ。主人が戦死して国家が亡びれば、奴隷の管理人は代わった。</p><p>　この奴隷たちの境遇はけっして「自由」だとは考えなかったのが、後の西欧市民である。反対に、国家の行く末を決める戦闘に参加しないで生を愉しめるならまことに結構じゃないかと思っていたのが、維新前の日本の町人であり、また、その成れの果てたる現今の「戦後市民」だ。日本の自称「市民」は少しも市民ではない。町人、もしくは奴隷にすぎない。</p><p>　一個人の欲求は無限だ。その個人が二人以上、有限の空間で暮らせば、とうぜんに欲求のバッティングが起きる。そこで弱い者が敢えて闘わないなら、彼の自由は次第に失われる。また自由を得たあとでも、闘いを放棄するや、自由はすぐにも失われる。自由とは闘って維持するしかないものである。これが西欧三千年の結論だ。</p><p>植民地フィリピン軍を統御するという<ruby>偏頗<rp>(</rp><rt>へんぱ</rt><rp>)</rp></ruby>な行政経験しかないマッカーサーは、本国人のウケが良くなるかと思い、占領した日本の国民に「不自由の契約」を結ばせた。すなわち、日本人は自由を与えられるが、それを戦って維持することはしませんと誓わせた。それでは自由主義になり得ぬことに、マッカーサーは<ruby>蒙昧<rp>(</rp><rt>もうまい</rt><rp>)</rp></ruby>であった。</p><p>いわゆる「日本国憲法」は反自由主義の誓約である。これを、日本の高級公務員は丸暗記しなければ職に就けない。弁護士・裁判官も又然り。近代国制の良識を踏み外す<ruby>奇矯<rp>(</rp><rt>ききょう</rt><rp>)</rp></ruby>な判決が地裁から相次いで出されるのも、不思議はない。「日本国憲法」がある限り、日本国民は周辺の強い外国の奴隷としていきるしかなく、ただ、主人を選べるだけである。</p><p>幕末に庶民軍隊（奇兵隊）を率いた経験を持つ山縣有朋は、日本の全町人の武士化（西欧市民化）は富国強兵よりさらに長時間を要すると読み、その前に町人首相が誕生して国家を他国の奴隷に堕とすことがないように、陸軍参謀で構成される「闇支配系統」を創っておいた。具体的には、参謀の人事は参謀本部がこれを起案し、政府（陸軍省・陸軍大臣）には勝手に任命賞罰はできぬようにした。参謀たちは時の政権とは無関係に常に山縣元帥一人の指導に従い続けたのだ。</p><p>山縣はこの「闇支配系統」を始末せずに没する。すると昭和の陸軍の幕僚たちは、もはや誰からも指導や罰を受けない試験秀才集団の自分たちを見出した。国家予算の四分の一以上を扱うエリートの高級役人が人事権も自分たちの内輪に握っているのだから、これは冒険のしたい放題。海軍エリートもその陸軍幕僚の真似をせんとした。</p><p>この制度の暴走を止める方法が東条英機により発見されかけた。すなわち憲兵系統で参謀系統に対抗することだ。しかし東条の憲兵をもってしても、海軍の暴走（対米開戦）は止められなかった。</p><p>吉田茂は、東条という先輩首相の失敗の経緯を見ていた。吉田は戦後のシナやソ連が日本の自由の脅威であることを疑わなかったけれども、旧軍が暴走した制度上の原因を確定できるだけの憲法学の知識もなかった。ただ、自身も元気の良い官僚出身であったから、官僚組織たる軍が自己増殖しはじめたら、またそれを止められなくなるのではないかという悲観が膨らんだ。</p><p>とうとう吉田は東条の憲兵系統の代わりに占領軍命令の強権に頼り、かつまた、旧軍制度になじんだ旧軍世代の絶滅を待つにしかずと考えた。それには半世紀くらい、国軍を持たなければよいのだ。吉田がマック憲法（いわゆる「日本国憲法」）に抵抗しなかったのは、この展望があったからだ。マック憲法を柱とする占領軍の日本非脅威化政策が、日本国民の「町人かえり」にオーソリテー（注：権威）を与えてしまった。日本国の全町人を武士（市民）に改造しようという山縣のプランは自滅したままである。</p><p>近代憲法は、国民が政府に、自然権の保護の機能を期待し、そのために私権の合理的制限に同意するという不文の契約をテキストで表現したものだ。各国が自然権の保護手段と認める陸海空軍を放棄すると誓ったマック憲法は、それ自体が近代民本主義とは相容れず、はじめから違憲である。かかる「自由放棄の契約」を公務員や司法修習生や軍人に丸暗記させている限り、日本人が米国政府からリスペクト（注：尊敬）されることもありえない。」</p><p>&nbsp;</p><p>　この文章にはいろいろな問題が提起されていると思います。その一つ現代日本人の「町人かえり」。</p><p>　江戸の町人は防衛には悩まされず、平和の中、独特の文化を作り出しました。その一つの浮世絵など、後にフランス人を魅了することになりました。そして、戦後六十年、一般市民は国の守りなど二の次の「町人かえり」で平和を享受してきましたが、それがかえって、漫画文化など独自のものを作り出す基盤になっていたりするのだろうかとも思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかしだからこそ、二年間は国のために捧げ、その中から直接国民のために働いてくれる人（政治を志す人はなおさら防衛を考える為に）を選別し、そのほかの人はそれぞれの場所でその人たちを信じて力を発揮すればよいのでは、と、思うのです。与えられた自由を自分たちのものにするために。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　以上のようなことを、私なりにずっと考えてきました。しかし何も変わらないまま日本を取り巻く状況はますます悪くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　日本人自身が日本の為に何を出来るか？それを考えて防衛に、介護（徴福制？）に、農業（徴農制？）、林業、水産業に力を出しましょう。私たち若者が担いましょう。移民などいりません。と言ってくれるとすばらしいなとおもうのですが・・。</p><p>&nbsp;</p><p>　今、徴兵の二文字は禁句です。でも自分たちで守るというこの心根がなければ、日本人自身の根っこも無くなり反日日本人、在日、南北朝鮮、中国、米、露に反論も出来ません。在日の人も本当は可哀想、日本人がキチンとだめなものはダメと言ってあげたほうが自分たちの立ち居地もはっきりして素直に日本に同化できるのに、現に日本人社会で気持ちよく生活している人はたくさんいます。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかし徴兵を受け入れられるにはまだ時間がかかりそうです。放送メディアの独占をなくし左右両方の考えを目にして素直な心で国を考える国民が増えなければ無理でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　話しは変わりますが、青山繁晴参議院議員（この方は坂本龍馬の生まれ変わり？か、龍馬さんがあるとき乗り移った？）が「参議院議員に異業種から」と訴えておられます。</p><p>　そこで妄想しました。</p><p>　参議院議員の立候補者は一人ひとり国民に問題提起をして、全国から選出される。報酬は日当だけで、ある種のボランティア。</p><p>　郵政等をどうしたいなど、もし郵便局に勤務していて立候補するとしたら、日常生活費はそこからもらう。農林・漁業も同様。</p><p>　公設秘書さんは議員の勉強・調査等のサポートのため衆議院議員より多く。６年間、提起した問題の活動報告を国民に示す、国民が評価すれば、2期目に再選出、もっともっと頼りになると思われて初めて衆議院議員に立候補できる。</p><p>　問題提起は何題でも、議員の定数はわかりません。</p><p>　妄想は進みます。</p><p>　そこに徴兵制必要と問題提起する人がでてくれたら・・、同じ考えの人は何人かいると思うので力を合わせて研究して、報告してもらい、国民の眼に触れる。以上、です。</p><p>&nbsp;</p><p>　江戸時代２５０年間、武士が国防・警察を担い、町民・農民が経済・生産を担って、平和に時は流れていた様です。</p><p>　今で考えれば、自衛隊の人が武士であり、我々は町民・農民、おのずと役割分担は考えられます。そこで政治ですが、国防・警察を担う武士は政治も司っていました。国防・警察を解ったうえでの政治家です。</p><p>　今は？国防・警察の事を全く解っていない政治家や我々が、がやがややかましいだけ。せめて政治家には国防のなんたるかを自衛隊に尋ねるぐらいの技量が欲しいし、できれば自衛隊で訓練を受けたという経験も欲しいとは思いませんか。</p><p>&nbsp;</p><p>　民主主義の名の下に選挙権を持ち、判断を委ねられている我々の責任も大きいのですが。</p>
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<pubDate>Tue, 16 Apr 2019 14:55:31 +0900</pubDate>
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<title>タオコード</title>
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<![CDATA[ <p>　性奴隷ですって、バカを言っちゃいけない。</p><p>　たとえ慰安婦であっても日本の男たちは女たちを大事に守ったのです。それだけ日本の女たちはすばらしかった（その当時は朝鮮半島の人も日本人）。とも言えるのです。その理由は・・・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>千賀一生著の「タオコード」をお読みになった事がありますか。</p><p>老子の暗号が語りだす「タオコード」</p><p>それは、ダ・ヴィンチ・コードと同じ構図―老子書には人類を次元上昇（真のエクスタシー）へと導く“聖なる性の秘儀”が二重にかくされていた！</p><p>性の五次元領域から<ruby>迸<rp>(</rp><rt>ほとばし</rt><rp>)</rp></ruby>る秘密の力</p><p>老子は、権力者たちの巧妙な民衆操作のカラクリ、文明社会で肥大化してゆく人間の心の歪みにも警鐘を鳴らしていた＿。</p><p>支配者が、性の抑圧を強めることで、民衆の性意識はネガティブに歪み、その代替となる様々な欲望へと引き寄せられてゆく。欲こそが社会の中心原理となり、煽られた民衆は自らのコントロールと聖なる性の本質を見失い、支配者の意のままに操られていく・・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>中国雲南省の山岳地帯、老子の母の故郷とされる秘境を訪れた筆者は、そこで古代より秘蔵されている驚くべき史料、原版の老子書を手渡される。その地には、隠された老子の教え（聖なる性の秘儀）を純粋に継承し、生命の悦びに満ち溢れた人々の姿があった。世界で初めて明かされる老子書の全貌と、超意識へと覚醒した人々を追った衝撃のノンフィクション！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　このタイトル文から興味本位で読み出した私でしたが、日本語と同じ言語形式を持つこの山岳地帯の人々と日本人とのつながり、もしかしたらこの人たちの心は日本人の本質の中に流れているのではないか、大げさに言えば戦前の日本人にも受け継がれていたのではないかという気がしてきたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　この秘境の人々の生活を文章の上だけでも体験することで日本の兵士が性奴隷の側面で慰安婦に接していたわけでは無い事や、若者がどのような気持ちで特攻を行ったのかを想像できるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>ここに「タオコード」の抜粋を書こうと思います。これで老子の言いたかった事が伝わればいいのですが。というか私ごときものが語ること事態バチあたりですが。</p><p>&nbsp;</p><p>著者が中国南方の町から車と徒歩で二日がかり、思考の余力も無いほど疲れて歩いていたとき突然美しい渓谷が目の前に広がった。はるか遠方に山々を臨む雄大な渓谷。下に広がる水を湛えた川も、見事なほど広大なスケール。</p><p>「突然目の前に広がったこの雄大な渓谷は、単に美しいというだけではない何かを感じさせた。日本で時間に追われる毎日を送って育った私は、自然というものは美しいものなのだというきまりきった認識しか知らなかった。しかし、この渓谷は、日本にいた時とは全く異質な時の流れというものを私に教えてくれた。この原始の森の奥深くでまず感じたのは、私が忘れていた偉大な時の存在だった。それは私を深く包み込む、はてしない何かの臨在を感じさせた。この感覚は、あの深い自然の中を歩き続けた数時間の中でわずかに甦ってきた私の中の原始的本能なのだろうか。」</p><p>&nbsp;</p><p>著者はここからさらに４時間以上歩き村にたどり着く。自給自足で他の中国社会とは隔絶された独自の文化、古い時代そのままの文化を維持する人々は素朴で善良であった。翌日白い髭を長く伸ばした仙人のようなM老人と会い、数日後この村からさらに奥地の老人の住む村へと誘われる。途中小さな滝で水遊びをしていた10歳前後の少女たち３人に出会う。</p><p>「彼女たちは笑顔でM老人にあいさつをした。」</p><p>「彼女たちの内、二人は少数民族の着るような手作りの服を着ていた。赤糸の鮮やかな美しい衣装が、まるでジャングルの中の色彩やかな鳥たちのように木々の緑と調和していた。その内の一人は、ワンピースの作りの服を着ていて、一番年上に見えた。子供でありながら、落ち着いた豊かな母性感じさせる目が印象的であった。まるで私を包み込むようにやさしい、何の束縛も知らないその目を見ると、逆に私自身の心がいかに自由でないかを感じずにはいられなかった。もう一人は一枚の布を腰巻のように巻いていて、上半身は裸だったが、髪は独特の結い方でおしゃれに結ってあった。お茶目で人懐っこい感じの子であるが、同時に知的な目をしていた。知能の高さを感じさせるクリッとした賢そうな目に私は引き付けられた。</p><p>　もう一人は大きな木の葉を何枚も連ねるようにして作られた遊び心たっぷりのスカートをはいていた。その姿は原始的というよりも、大変おしゃれに私の目には見えた。髪は先の子とはまた違うこった結い方で結われていて、きれいな生花が髪に留められていた。まるで想像上の楽園の存在ででもあるかのように彼女の姿はジャングルに溶け合っていた。顔も他の二人同様、極めて端正で清潔感があった。</p><p>　そして何よりも彼女たちの豊かな表情に驚かされた。人間の顔は、その人の育った背景を一瞬で伝えるのだと、この時思った。楽しそうな無邪気な目の表情は、単にかわいいだけでなく、私をあらゆる束縛から解き放つかのようでさえあった。こんなに澄んだ目を私はみたことがあっただろうか。彼女たちの存在は、神話世界に紛れ込んだかのような錯覚に私を引き込んだ。」</p><p>&nbsp;</p><p>「村がついに私の視界に入った。日本の登呂遺跡を少し大きくしたような家々がぽつりぽつりと点在している。その周囲には田畑が美しく広がる。まるで太古の時代にタイムトリップしたかのような錯覚に陥った。」</p><p>「実際に、生活様式は日本の弥生か縄文とさほど変わらなそうな印象を受けた。」</p><p>「はるかな古代を思わせるこの村の空間とは対照的な村の人々の知的な美しさにも私は強い印象を受けた。」</p><p>&nbsp;</p><p>著者は質素だが村では一番大きいと思われるM老人の家に着き奥さんに迎えられた。</p><p>「やはり美人であったが、微笑んだときの目のやさしさが、慈眼とでも言いたくなるようであったのが印象的だった。五十歳はいっていないように見えたが、七十三歳なのだそうだ。」</p><p>「村の人々は、見慣れない私の存在を喜んで受け入れてくれた。」</p><p>「男の人たちは無口だったが、無言のうちに深い思いやりを示す。それが、私の前ではなく私の知らないところでそうしていたという出来事に何度も出会った。年配の女性はよくしゃべる人が多いので、やさしさがわかりやすい。彼女たちの洞察力の深さには驚くばかりだった。」</p><p>「まるでテレパシーでも使っているかのように、わずかな一挙一動で私の思っている事を見抜き、過去の体験さえも探り当てる彼女たちの機敏な観察力は、文明社会の老人たちとはまるで違っていた。人生体験の積み重ねられた人間としての深みを誰もが感じさせてくれる彼女たちはまるで心のふるさとの母親像のようで、自分のすべてをあずけたい気がしてくる。すべてを癒してくれ、わかってくれる世界が彼女たちの懐には感じられた。どの家でも、そうした性質をもつおばあちゃんたちが、家族の守り神的存在だった。ここのおばあちゃんたちの中に、文明社会の人たちにはない何か未知の世界が展開しているのだろうか」</p><p>　二日後著者はM老人から「老子」の本当の意味を教わる。</p><p>　最初の言葉「道可道非常道」の意味を著者が大学で学んだとおり</p><p>「道というものは言葉で説明できないほど深遠なものだという意味」と答えると、M老人は、これは表向きの意味で老子が隠しながら世に残そうとした裏側があるという。</p><p>「老子が隠しながら世に残そうとしたその裏側の内容とは、簡単に言えば古代の叡智だ。老子は二千五百年前も昔の人だ。しかし、そんな彼の時代にもすでに失われてしまったほどの太古の叡智だ。彼はその秘密の宝が後世に甦ることを願って暗号的な手法で残したのだというのである。その太古の叡智とは、太古の人々誰もが当たり前にもっていた性への深い認識と理解なのだという。性と言えば現代人はセックスのみを連想するが、性とは、人間すべての根源で、人間の心の世界の根源でもあるとM老人は言うのである」</p><p>そしてこの裏の意味は</p><p>「あなたがたは誰もが異性に魅力を感じ、惹かれる。この異性への思いほど強いものはない。そしていずれ、互いに体を求め合う時が来る。体と体が出会う時、人はそれまでにない陶酔感を体験する。その陶酔感の頂点を一度体験すると、人はそれを何度も求めたくなるものだ。それは、あなた方にとって異常なまでに至福に感じられるからだ。瞬間ではあるが、すべての苦悩を忘れられる。すべてとのつながり合った満たされた愛の中をさまよう。こんな状態がもっとあってほしいと、求める。こうして人は、無意識に帰復を求めている至福の世界を垣間見るのだ。」</p><p>「この至福の世界に、人はセックスを超えて入ることができる。その時にこそ、永遠なる本物のそれに出会うのだ。「<ruby>常<rp>(</rp><rt>ツエン</rt><rp>)</rp></ruby>」とは「不変」という意味だ。不変的、かつ普遍的な次元、時間や空間に支配されない絶対的な次元を老子は「常」と言う。」</p><p>著者は言う。</p><p>「私は私の知らない性への認識をM老人がもっていることだけは察することができた。</p><p>私たちは、性とはコントロールし難い本能だと思っている。そんな動物的本能だから、あからさまに性について語ることは、はしたないことだ。性欲は抑え難い欲求だから押さえ込んでおかなければと性を得体の知れない怪物のように恐れてきた。しかし私たちがそう思うのは、私たちの性がそういう性であるからだ。M老人によれば、現代の文明社会とは、天使である性を悪魔に変化させてしまう社会だと言う。私たちの社会で性が怪物のように大暴れするのは、私たち自身が自然である事を失った結果なのだと。」</p><p>M老人曰く「老子のTaoとは暗号の言葉であり、それは性を意味している。この言葉は、来るべき時まで、封印されなければならないと伝えられてきた言葉だ。「<ruby>道可<rp>(</rp><rt>タオカー</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>道<rp>(</rp><rt>タオ</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>非常道<rp>(</rp><rt>ビーツエンタオ</rt><rp>)</rp></ruby>」とは、あなたがたの知るタオ（＝<ruby>性<rp>(</rp><rt>エク</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>行為<rp>(</rp><rt>スタシー</rt><rp>)</rp></ruby>）は「<ruby>非常道<rp>(</rp><rt>ビーツエンタオ</rt><rp>)</rp></ruby>」だということ、すなわち、一時的なタオでしかないという意味であり、そう指摘する事によって、絶対的なタオの実在をほのめかそうとしているのだ。</p><p>ほんの瞬時に終わってしまい、次々とそれを求めなければいけない、性や愛の奴隷のような状態にあなたがたは陥っている。性欲に縛られながら、愛を求めてあなたがたは生きている。心のどこかで常にそれを求めながら、満たされることなく時と場というものに縛られながら生きている。つまり、あなたがたは自由ではないと、そう老子は指摘しているのだ」</p><p>「性は人間の根本的な力だ。そのあり方、とらえ方によって人としてのあり方が決まる。その質と次元は、人としての質と次元を決定する。社会全体の性のあり方は、社会というもの全体を決定つける支配力を握っている。あなた方の社会が欲の奴隷のような状態に陥っているのも、根本に性の問題がからんでいる。<ruby>常道<rp>(</rp><rt>ツエンタオ</rt><rp>)</rp></ruby>を知るまでは、人は苦しむ」と。</p><p>「<ruby>常道<rp>(</rp><rt>ツエンタオ</rt><rp>)</rp></ruby>」とは、宇宙そのものの性であり、意識。この真実は、世界の誰も知らない真実。M老人の家系とその村の人々によって２５００年もの間護られてきた門外不出の秘伝なのだ。著者はこの村の人々の輝くような人間的魅力の正体もこの秘密と関連しているのだろうかと思う。</p><p>M老人はなお</p><p>「この村は、一つの家を中心に生まれた村だ。その家は、老子の古い写本と秘伝を受け継ぐ家でな。長老は、その家の者が代々受け継いできた。私もその家の者だ。」</p><p>「私の家は、老子の子孫であるという言い伝えがあり、様々な言い伝えが先祖から伝えられている」</p><p>「老子は、太古の文化を愛した人物だ。老子は、本当は思想を作ったわけではない。文明化により心の文化が失われる中で、ひたすら太古の文化をそのままに守ろうとした。だから彼の世界観は彼の創作ではない。オリジナルははるか太古の人類の理想郷にある」と。</p><p>&nbsp;</p><p>―精霊と交流・交信をする人々- の章で　　　花を見て美しいと感じる心が自身に生じるのは、花の精霊の働きを自身の魂が感知したからだととらえるのだ。美しいと感じる心が強ければ強いほど、精霊への感知力が強い事になる。精霊たちは人間をより高い次元へと導き、より美しくさせる力を持つ。と解説しつつ</p><p>「彼女たちは森の中で美しい花に出会うと、両手を上方に、やわらかく、何かをすくい上げるようにゆっくりと伸ばしてかすかにおじぎをしつつ手のひらを自身に向ける。何かのおまじないかと思ったが、理由は花を見て美しいと感じる心が自身に生じるのは、花の精霊の働きを自身の魂が感知したからととらえる。</p><p><br>Ｐ４２　　私たちは花を見て美しいと感じるのは花が美しいからだと考えてそれ以上を考えようとはしない。彼女たちはこの美の感覚の発生因に精霊の存在を認めているのだ。だから、美しいと感じる心が強ければ強いほど、精霊の感知力が強い事になる。精霊たちは人間をより高い次元へと導き、より美しくさせる力を持つ。彼女たちは、自身の魂や体が美的反応を生じたときには、それを生じさせてくれている精霊たちと交信し、交流しようとするのだ。遠くの山々に向かって同様の交信をしている場面を時折みかけた。</p><p>&nbsp;</p><p>Ｐ６２　　太古には、人類はどんな民族も、性の中に神を認識する普遍世界に身を置いていた</p><p>&nbsp;</p><p>Ｐ９８　　セックスのエクスタシーは、人類誰もが体験する至福感である。いわばそれは、人類にとって唯一の至福感の共通語である。</p><p>彼は性のエクスタシーとは、宇宙そのものの脈動（宇宙本源の性）が生命に表れる疑似体験であり、人類が一時的に宇宙そのものの営みと化す瞬間であると悟っていた。ただ性のエクスタシーは一瞬の興奮に終わる。それに対し、自ら宇宙の営みそのものへと帰一した万物一体感は尽きる事のない至福感だ。それは性器による局部的なエクスタシーを越えた、体の全細胞が恍惚とした悦びに震え続ける全存在的エクスタシーだ。</p><p>彼はその不変なる至福の世界を知った。そしてそれが性体験におけるそれと一面で共通するものであることあえて語ろうとした、おそらく人類史上初めての人物だろう。</p><p>&nbsp;</p><p>Ｐ１０２　性は命の原点・・・宇宙のリズムから外れる事によってのみ、それは欲望に変わる</p><p>Ｐ１０９　家の入り口に女性器の形の木、それに花の精へと同じしぐさで毎朝毎晩あいさつ（祈り）男性器を象ったものが精霊の象徴としてどの家にもおいてある。性を卑猥なものと感じる心がない証拠</p><p>&nbsp;</p><p>Ｐ１１０　M老人のことば　「子供は誰でも自分を見守る母や父を神のように感じるものだ。その母なる存在へ意識を向けている時、同時にこの宇宙の母性そのものの何たるかを直感している。</p><p>この宇宙の母性は、あなたが感じているそれよりも、もっともっと深遠で広大な働きだ。そこに限界はない。父性も同様だ。あなたがいかにこの母性や父性を認識しているかは、あなたの魂が、それからどれほどの導きを得ているかに等しい。子供が父や母に似るように、自身の中の聖性へのイメージはそのままその人を創る器となる。私たちが男性器や女性器の象徴を常に視界に掲げるのはそのためだ。私たちは、あなたたちが神と言う、その認識よりももっと巨大な世界をその奥に観るのだ。</p><p>　母性や父性の本質は常道だ。大切なのは、あなたの中にも、そうした不変なる聖性が宿されているということだ。あなたの中には、聖なる母性も聖なる父性も内在されている。本当は、あなたはそうした聖性そのものの存在だ。そして、あなたがそうした存在となって、もう一人の同じような存在に出会う時、それが本来の宇宙が意図している男女の出会いだ。このことを覚えておきなさい。」</p><p>&nbsp;</p><p>　 著者はこの村は老子の理想をその通りに現実にしたような村だと気づく。それと同時に日本にもこれに非常に近い村が明治に至るまでは実在していた事を思い出す。</p><p>　 甲府地域をはじめとする日本の各地では、性器を象ったものを神の象徴と見なし（佐久市　約４０００年前と推定の男性器型<ruby>依代<rp>(</rp><rt>よりしろ</rt><rp>)</rp></ruby>写真あり）各家庭で厚く祭られていたのである。これこそが、寺や神社の歴史より古い縄文以前からの信仰の原点だったのだ。ところが西洋文明を取り入れた明治政府によって野蛮な風俗として、数千、数万年におよぶであろう貴重な継承は、断たれ、跡形も無く消え去る。今となっては原始的な迷信ぐらいにしか思われなくなった。しかし著者の思いは「日本の文化も捨てたものではなかったのだと、かえって自国の文化の深さに驚かされた」と、広がる。</p><p>&nbsp;</p><p>Ｐ１１２　　M老人「文明社会のあなたがたは、性とは卑猥なものと思っている。（中略）性とは本来、卑猥どころか、その対極にあるものだ。それを卑猥なるものにしてしまったもの、それはあなたがたの社会にあらわれた支配者であり、その権威だ。」</p><p>&nbsp;</p><p>　この本を読んでから思う事は・・・・</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　いまや浮世絵の中の春画も隠さなければならないようなものではなく、芸術品として人々の眼を潤しています。春画に描かれる男女は老子の言う「宇宙の営みそのものへと帰一した至福感」を表しているのでしょうか。</p><p>　そして私には、たとえ明治政府に人為的に絶たれようとも人々の心がそんなに簡単に変われるわけでなく、性を聖と考える、性へのおおらかさは戦前まで一般市民の中には残っていた、巷で言われる「暇だから子沢山」の真意は夫婦で宇宙を感じていたことの現われだったのだろうし、性を聖ととらえていたと思えるのです。だからたとえ慰安婦であったにしても我々の父祖は彼女たちのなかに聖を感じていたに違いないと思うのです。戦後白人社会の思考に染まり、日本人の中にも性奴隷にしたかのごとく言う人がいるが大間違いであると言いたいのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;（余談ですが、以前「タオコード」の民族はミャオ族ではないかとのコメントをみかけましたが、最近、中国共産党の横暴に耐えかねてミャオ族他の民族が暴動を起こしたとの動画を見てがっかりしました。）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;話を進めます。中国雲南省、要するに今の中国に植民地化されたチベットですが、ここと日本の関連をもう一度考えようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;武田鉄矢さんの「今朝の三枚おろし」、陳舜臣　訳　司馬遷「史記」の解説　で</p><p>鉄矢さんは中国的正義が滅びたところから「史記」は始まっている。３０００年前黄河のほとりの国は前の皇帝がダメなら、争わずに次に禅譲していたが、殷の紂王があまりにも酷いので、周が武力で滅ぼした。中国は武力で革命をやる国になった、と言っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　私の頭の中では、２５００年前、老子が古代の叡智が為政者によって捻じ曲げられるのを恐れて暗号で残した時代と「史記」の中国的正義が滅びた時代が重なり、それと日本列島での「古事記」の神代偏で描かれる国づくりが関連していきました。</p><p>&nbsp;</p><p>　そう思ったのは、長谷川三千子先生が「古事記」「日本書紀」を語るなかで、言霊（ことだま）・事霊（ことだま）のお話をなさった事からです。「古事記」「日本書紀」の中に言霊・事霊の二つの言葉がでてきて混用されていると考えられているがそうではないのではないか、昔の人には事霊の概念があったのではないかと、おっしゃっるのです。その「事霊」がタオコードの雲南省の奥地の人々が体現している「花が美しいと感じるのはその花の精霊の働きによる」に、通じるのではないかと私には思えたのです。又「古事記」の出雲の国譲りの話しも中国の殷以前の国の禅譲を思わせますし。</p><p>&nbsp;</p><p>　古代中国大陸に生きた人々は中国的正義が滅びた時、老子は為政者の魔の手から人々を守ろうとし、一部の人は日本列島に理想郷を作るためやって来たと想像してしまうのです。</p><p>　そしてこの日本列島では、天皇陛下のもと、ある意味理想郷に近い日々の営みが流れていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;しかし７０年前我々の父祖たちがあれだけの犠牲を払って守ろうとしたこの国が今や中国・北朝鮮に脅かされ、韓国にはバカにされているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　 私は世界文学も日本文学もろくに読んだことが無く、「古事記」も口語訳だけという人間ですが、日本には天皇陛下の「祈り」が必要なのだと思うようになりました。天皇陛下の「祈り」が宇宙に届くように日本に住む我々も祈りたいと思うのです。そのためにも神話である「古事記」を知り、そこから日本人にとってご皇室は大切なものということを学べれば、と思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;ちなみに新嘗祭での天皇陛下の「お祈り」は極寒の中２時間正座し、これを夕方と夜中（さすがに今上陛下はご高齢なので夜中は侍従が、しかし陛下と皇后陛下も控えていらっしゃる）に行われるということを竹田恒泰さんの虎ノ門ニュースでの解説で知りました。</p><p>　今年は令和元年大嘗祭が行われます。日本人としては厳粛な気持ちで待ちたいです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/joumon10000/entry-12452140581.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Apr 2019 16:05:47 +0900</pubDate>
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<title>日本第一党</title>
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<![CDATA[ <p>　戦後日本人はいかに面倒なことから目をそむけ、逃げてきたか、本当に情けなくなります。これは昭和２４年生まれで、どっぷり団塊の世代につかっている私そのもので惨めになります。</p><p>&nbsp;</p><p>　その結果、調査捕鯨船がシーシェパードに追い廻わされ、慰安婦問題で韓国に突き上げられ、とうとう尖閣や日本周辺に中国船がうようよという状況になりました。政治家が国益を考えて、体を張って動いてくれると思いきや全く期待できる状態ではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな中、行動する保守「日本第一党」ができました。党首の都知事選挙の演説や今までの行動からも注目していました。</p><p>&nbsp;</p><p>　例えば、竹島に関したことでは、</p><p>&nbsp;</p><p>日本第一党の行動　桜井党首のブログ（Doronpaの独り言）から</p><p>&nbsp;</p><p>平成２８年１０月２９日（土）ブログ概略</p><p>パク・センジンなる不逞鮮人から「獨島は韓国領土」の文章と画像（私には画像掲載する技術がないので説明：日章旗の日の丸に刀を突きたてその上に韓国旗を被せる）が送られてきた。</p><p>（中略）日本固有の領土として韓国の不法占拠に抗議をしていますが、日本国内に限っています。ところが韓国は獨島守護隊（ご大層な名をつけた組織）が毎年島根県を訪れて大騒ぎをしているのは周知のことです。「竹島の日」に元軍人の崔在翼（チェ・ジェイク）らが韓国からわざわざ来て、その記念式典に対して妨害行為を働いている。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（以上ブログから）</p><p>&nbsp;</p><p>　このブログでは竹島が不法に占拠されてから軍事行動も、国家としての制裁措置も行わない日本側が舐められるのは当然で、我々は国を守るということを学び、その意志を近隣諸国に見せる。過去、どこでも領土問題は武力によって解決されてきた。しかしだからと言って日本が戦争をするべきと言っているのではなく、戦争も辞さないという意思を相手にみせる事もまた必要なのではないでしょうか？と訴えています。</p><p>&nbsp;</p><p>平成２９年１月２１日</p><p>（仮称）竹島の日記念　日韓大討論会！史上初！竹島帰属問題をめぐる大討論会～日本第一党党首桜井誠VS独島守護隊代表キム・ジョング</p><p>昨年、一昨年と韓国のTV局を通じて崔在翼（チェ・ジェイク）ら韓国過激派組織に在籍する連中に対し、「来日したところで追い返される何時ものパフォーマンスであり、そんなことを続けても何の意味もない」「であれば、この辺で堂々と日韓で討論会でも何でもやらないか？」と呼びかけました。韓国のTV局の説明では「討論会を伝えたが崔在翼側から返答がない」とのことでしたので、拙ブログで「崔在翼らが逃げた」と書きました。このブログを韓国側のキムらも見ているとのことで（笑）、なぜかキムが「崔在翼は『そんな話しは聞いていない』と言っている」「客人に対して無礼だろう！謝罪しろ」「謝罪しなければ討論会には出ない」と喚いているそうです。はっきり言っておきますが、謝罪はしませんし今回の討論会から逃げたければ逃げればよろしいかと。</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　以上ブログ抜粋）</p><p>&nbsp;</p><p>　この呼びかけの前には</p><p>「獨島守護隊ほか崔在翼（チェ・ジェイク）ら不逞の輩が島根県までやって来て［竹島の日］に合わせて暴れまわるのです。この連中をどうにかしなければなりません。一番よいのは入国管理局が仕事をして彼らを入国させないことですが、毎年毎年平然と入国させて、暴れまわる彼らを見てみぬふりを続ける恥知らずの入管ですのでもはや期待すら出来ない状況です。そこで二年ほど前から討論会でも、という打診を」していた。という流れがあったようです。</p><p>&nbsp;</p><p>平成２９年２月１日（木）</p><p>　討論会が開催できないので、平成２９年２月２２日（水）にコラボ講演会を決定</p><p>&nbsp;</p><p>平成29年２月２３日の概略</p><p>平成２９年２月２２日（水）（前略）朝一で県庁へ、かつて竹島の日のポスターを貼らない県庁に対して抗議して以来です。</p><p>（中略）</p><p>その結果現在は入り口を入ってすぐのところに壁一面に竹島の日関連ポスター貼られていたのには大変感動しました。ポスター作成初年度に県庁側は「島根県におこしになる外国人の方への配慮」で貼らず、だからこそ「じゃあなぜこんなポスターを作ったのか」と抗議したのです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし何気なく見た隣の資料室にハングル文字の観光パンフレットを見つけ、片方で竹島返せと言いながら、もう片方で韓国人さまいらっしゃいでは筋が通らないと観光課の人に抗議、県庁の方々にはポスターのときと同様適切な対処をしていただきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>県庁を出ると、関西から駆けつけた西村斉氏、荒巻靖彦氏、中野亘氏、獅子座なお女子、四国から駆け付けた中島氏、地元の大島聡氏、ほか島根県の党員や講演会の参加者が集まり街宣していたのです。急きょ桜井も参加させていただき崔在翼を迎え撃ちました。崔在翼は一見すると普通のワゴン車のような車で降りてきましたが、すぐさま目の前の県警側が用意したマイクロバスに（その距離７～８メートルくらいを歩かされて）押し込められるように入れられ、去っていきました。いったい何をしに韓国から来たのでしょうか？</p><p>その後、講演会の準備に入り、無事終了しました。</p><p>（中略）</p><p>自国の領土は自国民で守る以外になく、是非島根県の皆様には今回の抗議活動そして講演会を竹島問題について考える機会にして頂ければ幸いです。</p><p>&nbsp;</p><p>本日は竹島の日！自民党は本当に保守政党か？</p><p>（前略）</p><p>竹島は言うまでもなくわが国固有の領土です。</p><p>（中略）</p><p>しかしながら、島根県はともかく、日本政府は過去１０年以上にわたって「獨島（竹島）は韓国領土」と訴える、だけならまだしもカッターナイフを振り回す銃刀法違反の不逞鮮人を、平然と入国させてきました。その不逞鮮人が毎年の如く島根県であばれているのですから、最早これは政府の問題と言わざるを得ません。銃刀法違反行為を行った不逞鮮人を国外退去にするのは法務大臣の仕事です。しかし今年も又仕事をせず、国民の生命と財産を守ることを放棄した法務大臣。</p><p>（中略）</p><p>この体たらくのわが国の自民党政府が自称保守本流を名乗る現実を悲しく思いますが、いつの日か日本第一党が政権を握ったときは、このふざけた状況をなんとしても変え、不逞鮮人の入国拒否、日韓断交、わが国の主権を侵害する韓国に対して自衛権を発動し軍事的に竹島奪還を目指すことを約束します。是非皆さんの力を日本第一党に集結させてください。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（以上ブログより）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　竹島のことだけでなく以下のようなこともブログにあります。</p><p>&nbsp;</p><p><b>平成２９年２月１７日（金）</b></p><p>（前略）</p><p>山口県下関市には９年ほど前に不逞鮮人７０名が大挙して押し寄せ、市役所を不法占拠した場所です。当時の教育長が「（補助金減額問題に自分たちは無理やり日本に連れてこられた特別な存在だと怒る鮮人に対し）併合問題は関係ない」「そもそも併合期に強制連行などしていない」と当然至極の発言をした事に、朝鮮学校の校長が怒って総連にご注進。その指示で７０名の不逞鮮人（日給１，０００円・・・実話です）が市役所に押しかけたのですが、誰一人逮捕されることがありませんでした。そのため、当時在特会の会長だった桜井が山口支部に指示をだして、安倍晋三事務所に連絡をして、ことの経緯を説明してなんとかするようにお願いをしたところ、自称保守の安倍事務所からは無しのつぶてだったため、不逞鮮人を蹴散らすつもりで直接下関市役所に乗り込んだところ、不逞鮮人が逃げ去ったという思い出深い場所です。</p><p>（中略）</p><p>不逞鮮人の横暴に立ち向かう勇気を１０年の活動の中で、桜井は皆さんに示してきました。大東亜戦争以降、牙を抜かれた日本人、そして日本社会の弱体化に付け込まれる形で鮮人の横暴を許してきたのは、日本人の責任だと思います。私たちの子供、孫の世代まで、この問題を引き継がせないためにも、日本人は心強く有らねばならないと思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b>平成２９年８月１５日（火）</b></p><p>本日、反天連の不敬不埒不逞デモに対するカウンターを実施します</p><p>本日、<b>反天連（反天皇制運動連絡会）による「靖国神社を潰せ」「天皇いらない」のシュプレヒコールと共に、日の丸に×印、天皇陛下の骸骨人形を掲げる</b>不敬不埒不逞デモが靖国神社前で行われます。これに対し、行動する保守運動（筆者注：日本第一党の母体）は例年通り国民大集結を呼びかけます。反日パヨク勢力による、このふざけた反日デモ行進を黙って見逃す事は出来ません。彼らのやりたい放題を許さない、その言葉だけを合言葉に過去<b>１０年</b>に及んで抗議し続けてきました。　　　　　　　　　　　</p><p>（後略）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（太字筆者）</p><p>&nbsp;</p><p><b>平成２９年８月１６日（水）</b></p><p>【報告】大雨の中での反天連へのカウンター行動</p><p>昨日の反日デモ、不敬不埒不逞デモに断固抗議の声を挙げてくれた多くの仲間に心から御礼申し上げます。（中略）８月１５日にこれほど雨が降ったことは記憶になく、初めての経験でした。そのため、どれほどの人が集まるかまったく予想がつかないものでしたが、最終の時点で１５００人くらい・・・　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（以上ブログより）</p><p>&nbsp;</p><p>　確かにこの日は土砂降りでした。私はユーチューブで見ましたが、雨の中での行動には感動しました。個人的には「頑張れ日本全国行動委員会」のチャンネル桜水島社長が旗を持って、こちらもずぶぬれになりながら挨拶しつつ行進していかれる姿を見て嬉しくなりました。水島社長と桜井党首の間にはボタンの掛け違いがありますが、多少の違いは乗り越えて、我々国民のために力を合わせてもらえればいいなと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>　在特会が行ったカウンターの　「反天連」の行動から思う事は、</p><p>　「虎８」で上念さんは移民について心配していないと、ご自身のご母堂の祖先を例にあげておしゃっています。ご母堂の祖先は３世紀の渡来人らしいが、今は真の日本人であると。</p><p>&nbsp;</p><p>　私もかつてはこの日本の地に住めばいずれは日本人に同化すると思っていました。しかし今は危惧しています。</p><p>　例えば、有名な窯元の方の祖先は渡来人だが、半島へのアイデンティティーを持っているとの発言を聞いた覚えがありますし、３世紀の日本人の心情と現代の日本人の意識はかけ離れていると思います。かつては日本人全体が日本というものを体現していたので、その中に他国の人も溶け込んでいったのでしょうが、戦後GHQによって以前の日本を解体された人々は昔の日本人と少し違うように思います。移民の人が本来の日本人になる前に日本人が移民に飲み込まれるのでは。</p><p>&nbsp;</p><p>　日本第一党の党首の著書やブログ・インターネット配信をみれば半島系の一部の人々によっていかに日本は牛耳られてきたかわかります。そしてその人たちと桜井さんたちはいかに戦ってきたか。ときには汚い言葉の応酬があり、その先の小競り合いもあったことで真意の汲み取れない国会議員によってヘイトスピーチ法を作られてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかし、こんなことでめげる桜井さんではなかった、都知事選に挑みました。</p><p>&nbsp;</p><p>　小競り合いをもできずに泣き寝入り、下を向いて生きてきたのが戦後の日本人です。違う事は違う、ダメなものはダメと言わずに回避する、私はそれを大人の対応と思ってきましたが、単なる弱虫。それを打ち破ってくれたのが行動する保守運動。</p><p>&nbsp;</p><p>　ＣＨ桜「闘論　倒論　討論」平成３１年３月３０日　でこんな言葉も聞かれました。</p><p>&nbsp;</p><p>　水島社長は石垣島、宮古島の漁師さんと尖閣諸島の魚釣島、北小島、南小島で漁業活動を行っていた、これは純粋な漁業活動で、この活動により、ここは日本の領土であるという中国船への意思表示になり、それが民間防衛にもなるとの信念で行っていたが、２年半前くらいから官邸からの命令とのことで海上保安庁から阻止されるようになり、行けなくなった。漁師を守るのが海上保安庁の仕事でしょうとの水島社長の意見。</p><p>　産経新聞の佐々木類さんは１９９６年９月　魚釣島上陸、洋上で海上保安庁から逮捕前提に質問「お前が産経の佐々木か？」「そうです」等のやりとりすべてに答えたにもかかわらず、次の日読売・朝日の夕刊　には黙秘と書かれ、抗議した。</p><p>　ロバート・Ｄ・エルドリッヂさんも、調べてみると、米占領時代、日本人は自由に漁を、九州・東海大等も調査をしていたのに、返還後日本領になってから日本人が行けなくなったのはおかしいと。</p><p>&nbsp;</p><p>　中国船との間に小競り合いが起きた時、憲法９条によって手足を縛られている日本は正当な抗議ができないので、政府も官邸も身内に自制を促す、其の時は何事も起きないが、いずれかは領土を奪われることになるのではないでしょうか。　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　今まで評論家の先生方は大所高所から我々国民を目覚めさせてくれました。ありがたいことです。しかしこれからは行動する時です。日本第一党、チャンネル桜の水島社長に期待します。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　全くの個人的な考えですが、かつてこんなことも考えていました。</p><p>　「日本第一党」の、純粋に日本を第一に考え、体を張って日本を守ろうとする態度、このことは一見両極端のように見える「日本の心を大切にする党」と根底で相通じるところがあると思います。</p><p>　今、日本第一党は地方議会から始まり国政も視野に入れています。しかし我々外野から見るとどうしても政界に対しては素人集団と写るのです。そこでウズベキスタン大使のとき日本人人質を奪還という武勇伝はありますが、「日本のこころ」代表の中山恭子先生のたおやかさと桜井党首の力強さが一緒になり共闘できたら・・・、「日本のこころ」には中山成彬先生や杉田水脈さんや中丸啓さんなど議員経験のある人もいますのできっとすばらしい仕事ができるのではないだろうかと。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかし、しかし・・・・・・</p><p>こんなことを考えているうちに情勢は劇的に変わってしまいました。衆議院選で、あろうことか恭子先生が成彬先生共々「希望の党」に行ってしまわれたのです・・・。がっかりしました。</p><p>&nbsp;</p><p>（後日知ったことですが、恭子先生は「自民に吸収されることで日本のこころが無くなり、この党を中心に活動していた心ある若者たちの選挙出馬ができなくなるので、理念を理解することで合意した希望の党へ行きました。」と当時の苦しい状況を話されています。）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　でも、でも、ここに「日本のこころ」の理念を繋げようとする人が現れました。東京比例区で立候補した赤尾由美さん。かつての「愛国党」赤尾敏さんの姪御さんだそうです。</p><p>　正直、私にとって「愛国党」はちょっと軽んじて考える存在でした。今、赤尾敏さんの日本を思う理念を由美さんの言葉を通して聴いているとこんなに素晴らしい人が居たんだと思えるのですが。</p><p>&nbsp;</p><p>　いずれにしても、このふたつの党なら日本を第一に考えてくれるのではないか、当面は自民党の右に居たとしても反日を抑えてくれるのではないかと思ったのです。安心して国を任せられる政治家、信頼できる政治家がいる、こんな時代が早く来て欲しいです。</p><p>&nbsp;</p><p>　１１月には「日本第一党」推薦の鈴木信行さん葛飾区議当選、前回都議選での岡村みきおさん（残念ながら落選）もすばらしかったですが、今回は当選できてよかったです。格好だけの「小池新党」と違い、統一地方選挙をめざして、地方から着実に積み上げていこうとしている事に頭が下がります。</p><p>&nbsp;</p><p>　先日、長崎県の黒田成彦平戸市長も都知事選で桜井誠党首を応援していた事を知りました。こんな差別主義者を応援するのかと糾弾されたようですが、知事は毅然としている様子です。</p><p>&nbsp;</p><p>　日本第一党のデモには小競り合いも多く賛否両論あります。私もドキドキしてしまう場面が多いです。</p><p>　かつての韓国糾弾の新大久保のデモ（結党前）をユーチューブで見てもそうで、ここまで言わなくてもと思いましたが、今になって韓国人に乗っ取られそうな対馬の成り行きを新聞記事で読むと、もしかしたら東京のど真ん中が乗っ取られたかもしれない、と背筋が寒くなるのです。</p><p>あの時あれだけ体を張って、日本人の為に韓国人の膨張を阻止してくれたということは記憶に留めるべきでしょう（国はなにもやってくれません）。</p><p>　過去に、新大久保駅の線路で日本人を助けるため命を落とした韓国の青年がいたことには感謝しますが、これは別のこととして考えたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　こんなことを考えているうちに、月日は過ぎてしまい、日本の状況はますますひどくなりました。</p><p>日本人を第一に考えない日本の支配層（政治家・官僚・経済人）の劣化は目を覆うばかりです。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして今や平成の御代も終わろうとしている時、ＣＨ桜の水島社長や、沖縄の我那覇真子さんが新党立ち上げの声をあげました。</p><p>&nbsp;</p><p>　沖縄を守ろうと活動している我那覇さん、沖縄独立論から沖縄を考えたら、とのつもりらしい橋下徹前大阪市長の著書に疑問を投げかけました。独立論はクレバーでない私の頭ではどう見ても中国を利する言葉です。橋下氏と言えば、かつて日本第一党の桜井党首とも討論の席を設けました。改めてその動画を見ると、桜井さんの行動の真意を知ろうとする態度ではなく、政治家になってから言え、とか、国に言え等、今となっては結局、在日を擁護していたのかと思えるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　水島社長や我那覇さんのことは保守を自認する人々ならば、全て支持すると思います。そこに日本第一党にも加わってほしいのです。別々に候補者を立てられると、保守の股裂き状態になってしまいます。少なくとも私はそうです。それとも私だけ？</p>
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<link>https://ameblo.jp/joumon10000/entry-12450906839.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Mar 2019 16:27:33 +0900</pubDate>
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<title>日本精神</title>
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<![CDATA[ <p>　「日本精神」についてこういうことなのかと思った話があります。</p><p>&nbsp;</p><p>　有本香さんはお茶好きで、台湾のお茶農家で取材をしたことがあるそうです。そこのおじいさんの話しですが、その方の祖父に当たる方は日本統治時代からお茶つくりに携わり、その時代に表彰もされたそうです。このように模範的な茶作りをやっている事を誇りにしていらっしゃる。</p><p>　当時、台湾の茶作りには、温度、湿度の管理を必要とし、毎日同じ時間に計測する事を指導されたが最初は面倒くさがったそうです。しかし続ける事で、こういうときはこうすればよいとかいろいろな対策が見えてくる。基本的なこと愚直にも見える作業ですが、これをしっかりやることは、自分たちの精神的修練にもなる。よりりっぱな事ができ、上のステージにも上り、こういう事もできる、もっとこういう品種も作れるのではという形で仕事が広がっていき、企業経営にも繋がっていった。その種の日本精神が台湾の発展に欠かせなかったし、個人が富裕になる事にもそれは生きている。そしてこういう精神で成功できるのは日本と台湾しかないと言い切る。有本さんは「日本人の中にある精神が強みなのだと台湾人から学ぶ」といわれる。</p><p><br>　日本精神、私には今の日本人の一部の人には受け継がれているが、総体的には薄まっていると思えるのです。その結果がシャープ・東芝？愚直に受け継ぐのでなく、甘い方に流れて外国に身売りをしてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>　産経２９年７月２７日正論で渡辺利夫先生が</p><p>　<span style="font-weight:bold;">「日本精神」の丈夫（ますらお）　蔡焜燦氏逝く</span>　　で</p><p>　蔡氏はこう言う。今日の台湾の近代化の基盤になったものが日本統治時代にあったことは、心ある台湾人なら全てが知っている。知らないのは戦後の偏狭な価値観に蝕まれた日本人ではないのか。日本は台湾に謝罪する必要などない。謝罪すべきは親日・台湾を切り捨てた戦後日本の一点のみである。謝罪などではなく隣の巨大な覇権国家と恒常的に闘っている台湾を応援するというのが、日本人に固有な「俠」の精神ではないのか。　　　※俠：キョウ・おとこだて</p><p>&nbsp;</p><p>　また蔡氏は台湾総督府民政長官や東京市長等を勤めた後藤新平の言葉「金を残す人生は下、事業を残す人生は中、人を残す人生は上」を実践した方だそうです。　　　　（　以上　正論）</p><p>&nbsp;</p><p>　それにしても、なぜ日本で忘れられた日本精神が台湾に残っているのか、しかも国民党によって反日教育が何十年も行われたにもかかわらず、にであります。それに比べて日本は、日本精神の何たるかを台湾の人々に教わり、しかも戦前の日本人を敬ってくれるその台湾を横目に我々子孫の為に闘ってくれた父祖をもほったらかしにしてきました。台湾と日本はどこが違うのだろうか、と考えてみました。</p><p>&nbsp;</p><p>　私が思ったのは、台湾にないのは共産主義（人民全て平等の名の下に実は独裁者を作り出す、このためには暴力も辞さない）と、半島系の思考。</p><p>　台湾には蒋介石による白色テロはありましたが、そもそも蒋介石は共産主義の毛沢東に敗れて台湾に来たわけですから共産主義はなかったと考えてよいと思います。</p><p>　それに比べて、日本では戦前から共産主義があり、ゾルゲや尾崎秀実のゾルゲ事件は有名で、ソ連のスパイが暗躍していたらしいことは知られています。今もスパイ天国ですが、それはさておき戦前は治安維持法などでなんとか抑えられていました。しかし戦後GHQにより政治犯で無くなった共産主義者がいろいろな分野に進出したことは有名です。</p><p>　今、日本共産党が日本の国体の天皇制（この言葉の使い方に異論を唱える人もいますが）に反対を唱えているのは周知の事実です。日本の体制そのものの変革を画策したわけです。</p><p>　この考えが戦後７０年じわじわと私たちを、蔡焜燦氏の言葉を借りれば、蝕んでいったのです。</p><p>　それと同時に一部の半島系の人々の行動も考えられます。これも日本第一党党首（かつての在特会の会長）の著書や動画・ブログ告発をみればわかります。</p><p>　一部半島系の人々の行動が戦後打ひしがれた、そして生きることに精一杯の日本人の誇りを打ち砕きました。それがいまだに朝鮮学校の補助金問題・在日生活保護等で尾を引いています。</p><p>&nbsp;</p><p>　等々、言い訳けはありますが、戦前まで培われてきた日本精神なるものを喪失したのは戦後のわれわれです。これからの１００年で取り戻せるか？取り戻さねば。</p>
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<link>https://ameblo.jp/joumon10000/entry-12450205491.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Mar 2019 15:59:07 +0900</pubDate>
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<title>「古事記」とともに「教育勅語」も</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>　１００年後には「教育勅語」も勉強されています。と、なりたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>産経　H29.７．１２　解答乱麻　「教育勅語」に思う　</p><p>日本漢字検定能力検定協会代表理事　　高坂　節三</p><p>　（前略）</p><p>明治天皇は地方巡幸などで積極的に学校訪問をされた。「教育に対する天皇の好みは保守的であった。・・・しかし同時に天皇は伝統的な学問だけでは近代世界に不十分であることに気づいていた」（ドナルド・キーン[明治天皇]）のである。そして「本邦固有の道徳を<ruby>涵養<rp>(</rp><rt>かんよう</rt><rp>)</rp></ruby>する」（同上）とされたご意向に沿って作成されたのが「教育勅語」である。起草にあたった一人、当時の法制局長官、井上毅は、その徳目が日本に特殊なものでなく、広く諸外国に通用する普遍的なものであるかを確かめるために、[武士道]を編んだ新渡戸稲造の友人で、ルーズベルト大統領とも親しかった金子堅太郎に調査を求めた。金子は「教育勅語」の徳目がわが国固有の倫理の教えに基づきながら、世界に通用する普遍的なものであることを確認し、その成立の経過を「世界に輝く教育勅語」というかたちで発表したのである。（金子堅太郎著作集第２集）</p><p>われわれは、こうした「教育勅語」の形成された労苦や尽力を頭から無視してよいものであろうか。」</p><p>（中略）</p><p>日本に「破局」をもたらした手段として「教育勅語」が悪用されたことを認めるに<ruby>吝<rp>(</rp><rt>やぶさ</rt><rp>)</rp></ruby>かではないが、「国民を排外主義的・軍国主義的愛国心に使われた」として、明治の先達が苦労して、その徳目が世界に通じる普遍的なものにしようとした心意気とその内容（現時点からみれば、その全てが正しかったといわないが）への評価までを無視するのが、「教育学を研究する者として、また大学等で教壇に立つもの」の真意、総意とは思いたくない。</p><p>（「教育勅語」に思う以上）</p><p>&nbsp;</p><p>　等々の意見のもと、１００年後は取り入れる学校も多々あるとなりたいです。もちろん悪用されたと思われる部分の研究もしっかりなされ、教育学の課題にされています。というように。</p><p>&nbsp;</p><p>　明治天皇が望まれた「伝統的な学問と共に近代世界に通じる」道徳を考える時、以下のような記事にも目が留まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>平成２９年７月２６日（水）産経　千夜一夜　知日派の分析</p><p>カイロ大学（エジプト）「日本研究所」開設の記念シンポジュウムの合間に文学部日本語日本文学科のアデル・サーレ学科長（一ツ橋大大学院に留学の知日派で流暢な日本語で答えてくれた）は日本の経済成長や繁栄は明治以降、「伝統」と「西欧化」を一貫して並立させ、バランスを取って進めてきた事が基盤にあるとみる。「エジプトは日本より早く近代化に着手したが失敗した。アラブではこの２つが対立してしまう」と分析した。</p><p>（中略）</p><p>エジプト政府は道徳心や規律、協調性をはぐくむため日本式教育の要素を導入することを決定。日本政府と協力し、モデル校も指定するという。</p><p>（知日派の分析　以上）</p><p>&nbsp;</p><p>　ー「伝統」と「西欧化」を一貫して並立させーとあるように「教育勅語」は日本国民が西洋社会（白人社会）で生きていくための心構えを考えて作られたのではないか、現代も西洋社会の中で生きる日本人が「日本人」を取り戻す為には必要になるのかもしれないと私は思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　「日本精神」についても台湾には残っているが肝心な日本に残っているのかとよく言われます。</p><p>　古事記を学び、教育勅語を学ぶことが、日本精神を全て受け継ぐことになるかどうかわかりませんが、まずは日本の起源に遡ってみるというのはいかがでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　義務教育で「道徳の時間」を取り入れるが、どのように教えたらよいかわからないと言う先生方、それなら・・・。</p><p>　１００年後の日本の学校では「道徳の時間」に小学校低学年で出雲井晶先生たちの日本のかみさまの絵本を読み、学年が進むにつれ口語訳の「古事記」を、中学・高校で「古事記」原文に挑戦します。評価は関係なし。</p><p>&nbsp;</p><p>　漏れ聞くところ、いまの韓国は皆さんハングル文字だけで漢字を学ばないことから、韓国の昔の文献を読むことが出来ず、本当の歴史がわからないそうです。そうなっては困ると思った日本人はいくらかでも昔の文献を読める人を育成しようともしているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　話はとびますが、三島由紀夫も当初は「人間とは、人間として生きるにはと考えていたが、やがて日本人とは、日本人として生きるには」と考えるようになったと上島嘉郎さんのコメントだったと思いますが聞いた記憶があります。</p><p>　お恥ずかしい事に私は三島文学に触れた事はないのですが、「日本人」を意識したとき、あの行動がなされたのかと思い、「檄文」を読んでみると、今を生きる日本人として改めて当時の彼の心が染み入りました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/joumon10000/entry-12449280297.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Mar 2019 13:58:18 +0900</pubDate>
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<title>昨今の日本</title>
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<![CDATA[ <p>　 昨今の日本について、平成２９年の時点ですが、慰安婦問題、沖縄基地問題の本質は、ゆがめられた情報が原因では、と言われ始めているところに決定的だったのは「ニュース女子（沖縄反基地活動報道）」へのバッシング、「百田氏の一ツ橋大講演会（現代社会におけるマスコミのあり方）」の阻止、森友学園や加計学園での政府追及の異常さでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><ruby><rt><span style="font-size: 16px;">　加計</span></rt><rp>)</rp></ruby>騒動は閉会中審査にまでもちこんでおきながら参院での青山議員の質問に答えた加戸前愛媛県知事の「鳥インフルエンザ等に備えて獣医師が必要（都心の獣医師学校はほとんどペット専門の医師養成、しかも人員を増やしたくない獣医師会が設立阻止）、そこで加計学園設立を１０年も前からお願いしていたがようやく特区で対応してくれることになり喜んでいた」とのしごく真っ当な言葉はほとんどの地上波TV・朝日新聞・毎日新聞等からは無視され、しかもこれらマスコミは天下りに奔走し、出会い系バー通いで首同然に、それでも退職金だけはしっかりもらって退職した前川前事務次官の発言（首相の忖度）を持ち上げていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　このことで大手マスメディアは、安倍政権を、日本を、混乱に貶めようとしている民進党などの野党と同様であるとはっきりしました。北朝鮮が何度も日本海にミサイルを落とし、中国は日本のEEZ内をわが領土と言いたげに跋扈し、ISはフィリピンに拠点を移すかも知れない時にです。</p><p>　この左翼、メディアの取り扱いのひどさ、なりふり構わずに見える妨害の仕方に、何か空恐ろしいものさえ感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>　このような状態を見ながら、１００年後の日本はどうなっているのだろうかと思いました。そしてこうなっていて欲しいという理想を考えてみました。</p><p>&nbsp;</p><p>　１００年後の日本は・・・、チベット、ウイグル、内モンゴル、満州国、ブータン、ネパール、台湾、フィリピン、パラオ、インド、東南アジア諸国等と手を携えて平和国家として生きています。</p><p>&nbsp;</p><p>　天皇陛下と総理大臣は靖国神社の御参りを欠かしません。天皇陛下は日本の大神主（おおかんぬし）として大臣任命の式を靖国神社の英霊の前で行います。大臣に任命された方々は日本の為に力を注ぐことを英霊の皆様に誓うわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>　戦後７０年以上、GHQの洗脳のままに生きてきた私が、今気づいた事を残し、これからの日本がよりよくなる事を願って、また子供たちに母親の考えてきたことを知ってほしくて書いています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　渡部昇一先生出演のユーチューブでの話し、歴史学者のアーノルド・トインビーが「神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」と言ったそうです。まさに今の日本人だと思いませんか。</p><p>&nbsp;</p><p>　その上で渡部昇一先生は「古事記」を日本の神話と言っておられます。そして「古事記」の「<ruby>神代<rp>(</rp><rt>かみよ</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>偏<rp>(</rp><rt>へん</rt><rp>)</rp></ruby>」「<ruby>人代偏<rp>(</rp><rt>ひとよへん</rt><rp>)</rp></ruby>」をもって日本は神話と人の歴史が地続きになっている。</p><p>　また比較神話学で、ヨーロッパのゲルマン神話はキリスト教によって根こそぎなくされたが、日本の神話は今に残るとも。</p><p>&nbsp;</p><p>　確かにギリシャの神殿はただの遺跡でも、日本の伊勢神宮は２０年ごとに式年遷宮が行われ、未来へと続く。出雲大社も然り。</p><p>&nbsp;</p><p>　渡部先生は男女の関係についても、旧約聖書では、寂しいだろうと神はアダムのあばら骨からイブを創る。アダム（男）を慰めるためのイブ（女）であり、禁断の実のりんごを食べて楽園追放になった原因もイブ（女）であり、女性を下に見ている。</p><p>　「古事記」では、独り神からいざなぎ・いざなみが生まれ、協力して国生みを行っていく、男女対等であると言っておられます。</p><p>&nbsp;</p><p>　また、「古事記」では男性からプロポーズしなければならないとなっていますが、それは第一に男性が責任を持つということだそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>古事記の時代から男女対等に協力して生活し、表だっては男性が家族を守るということが日本人の生き方の根底にはあったのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　話しはそれますが、１万年闘いが無かったと言われる縄文時代、部族の<ruby>長<rp>(</rp><rt>おさ</rt><rp>)</rp></ruby>は女性であった。それは女性の特性として、いさかいがあっても穏やかに仲裁できるので、という説を耳にしました。</p><p>　いまのところこの説の出所として、私には小説より他、見つけられていませんが。もしそれが事実だとすると、「古事記」の結婚申し込みで女性が先に声を掛けた時はまともな子が生まれなかったが、男性が先に声をかけて無事に子が生まれた話しは「これからの世は俺たち男に任せろ」という意思表示のくだりなのかもしれません。卑弥呼に代表される女王を天照大神であらわし、その下で男の神に活躍の場を与え、今の天皇家へ繋げる。話はもっとそれますが、男性が主になって作り出した今の世ならば男性に秩序回復をしてもらいたいものです。</p><p>&nbsp;</p><p>　話をもどして、日本人の根底にあったと思われることに「男系の万世一系の天皇陛下が日本を日本たらしめている」事実もありました。今はそれを知らない国会議員が多すぎるので、１００年後日本では古事記・日本書記は義務教育の下での必須科目になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　今の国会議員のなかには産経抄（産経新聞）に取り上げられている辻元議員のような人もいましたが、皇室のもとに生まれ育った日本人なら心情的にとても受け入れられるものではありません。日本の国体を否定するなら国税で国会議員の報酬を受けるのはおかしいということで１００年後にはこのような国会議員はいません。</p><p>&nbsp;</p><p>　ちなみにその記事は以下のとおりです。</p><p>平成２９年６月１０日　産経抄</p><p>「過てば<ruby>則<rp>(</rp><rt>すなわ</rt><rp>)</rp></ruby>ち<ruby>改<rp>(</rp><rt>あらた</rt><rp>)</rp></ruby>むるに<ruby>憚<rp>(</rp><rt>はばか</rt><rp>)</rp></ruby>ること<ruby>勿<rp>(</rp><rt>な</rt><rp>)</rp></ruby>かれ」。過ちがあれば、ぐずぐずせずに改めよと孔子は言った。また、「過ちて改めざる、<ruby>是<rp>(</rp><rt>これ</rt><rp>)</rp></ruby>れを過ちと<ruby>謂<rp>(</rp><rt>い</rt><rp>)</rp></ruby>う」とも戒めている。その意味で、８日の衆院憲法審査会で民進党の辻元清美元国土交通副大臣が、自身の過去の言動について反省を表明したのは潔かった。▼辻元氏は、昭和６２年出版の著書で皇室について「ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない」「天皇とあの一族の気持ち悪さ」などと記していた。これに関して８日の憲法審では、約30年前の学生時代の発言だったと強調した上で、「考えが一面的だったと痛感し、深く反省した」と述べた</p><p>▼&nbsp; 人の思想や考え方はうつろいやすいものだし、知識や経験が深まるにつれ、昔の自分を恥ずかしくおもうこともごく普通の話しである。「憲法に規定されている象徴天皇を尊重しなければならない」。辻元氏は憲法審でこうも語っていた▼ただ、一抹の疑問も残る。何も３０年もさかのぼらずとも、辻元氏は衆院議員となった後の平成１０年出版の著書でもこう書いている。「（憲法）第一条から第八条までの天皇に関する規定を削除するべきだ」「天皇制について、私は個人的に反対。やっぱり抵抗がある」▼同様に、１２年出版の著書にも「憲法第一章の天皇に関する規定、第一条から第八条までを削除したらいい」「正確には[天皇制廃止]ではない。憲法から天皇に関する規定をはずす」とある。憲法に規定がある以上は尊重するが、本心は別ということか▼孔子はこうも慨嘆している。「自分の過失を認めてわれとわが心に責めることのできる人を、わたしは見たことがない」。たとえどうであれ、小欄は個人の思想と良心の自由を尊重するものだが。　　　　　　以上。</p><p>&nbsp;</p><p>　気持ち悪いと表現されていますが、それは私たち凡人には理解できない部分をいっているのではないでしょうか。個人主義をよしとする戦後の人間にはご自分は二の次で、国民の安寧をのみ願われる御皇室の方々の生き方は理解できないわけです。しかし見方を変えれば、それだからこそ尊い御存在なわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>　かつてあのような考えでいた辻元氏が御皇室を大事に思うようになったなら万々歳でありますが、孔子さまが言うように無理だと思う理由は、２６００年以上続く、ご自分の為で無く、民の為に祈られる日本の天皇陛下のありがたさを本当の意味で感じているなら、日本の歴史を寸断しかねないと言われている女性宮家創設にあれほどの情熱は傾けないでしょう。そして御皇室について、純粋な日本人ならこんな思いは抱かないでしょう。</p><p>　ちなみに辻元議員には＜２００５年　週刊新潮　掲載　「国会議員は国民の生命と財産を守ると言われているけど、わたしはそんなつもりでなってへん。国家の枠をいかに破壊させるかという、国壊議員や」＞との発言もあったと虎ノ門ニュースで知りました。今やこの日本を壊すと脅してくるのは北朝鮮です。国を壊すというならこの北朝鮮と同じです。このような半島系の思考は排除しなければなりません。とうてい受け入れられません。まさか辻元議員は国を壊すチャンスと思って国防の議論を無視しているのではないでしょうね？</p><p>&nbsp;</p><p>　話しはもどりますが、かつて男系万世一系の天皇について説明されたとき、生物学的遺伝子の男性XY、女性XXの事ですが、（この説明についてはなんと不敬な！と怒られるかたもいると思いますが、今の私たち、下々の者にはすっきりした説明なのでは）このYによって純粋に繋がっていると聞き、私は日本の祖先はこんなことも知っていたのかと、驚きました。</p><p>　その後、渡部先生が畑は違ってもセイタカアワダチソウを植えればセイタカアワダチソウができ、畑は同じでも種が違えば違った物が育つ、と言われ、それを聞いてなるほど農耕民族の日本人だからわかっていてそれが継承されたのかと思った次第です。</p><p>&nbsp;</p><p>　ところで、万世一系、男系による皇位継承の理由は理解できましたが、出雲井晶先生もとりあげていらっしゃる事で、古事記には「おのころじま」、自分がころがる→地球が回転するに通じる言葉がありますがこれはどこから考えられたのでしょうか。私たちの祖先は遺伝子の本質も地動説さえも感じ取っていたのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　男系万世一系については、小泉首相のもとで愛子内親王を想定して女性天皇が考えられているまさにその時、秋篠宮家に悠仁親王殿下が御生まれになりました。私は秋篠宮殿下・妃殿下は日本の「救世主」と思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>　神の存在を唱えようとは思いませんが、これこそ天からの「男系万世一系天皇の国体護持の意志」のような気がしました。</p><p>　神の意志を実践する為、これから日本人はどうするのか、GHQにより平民にされた旧宮家復活？　現在の宮家に旧宮家から男子を養子に？　いろいろ言われていますが、１００年後はどうなっているのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　出雲井晶先生はこんな事もおっしゃっています。「須佐之男命の乱暴狼藉に天照大神が悲しんで天の岩屋戸にこもってしまわれた時、天の安の河原に神々が集まって相談しました。ここで私はおもしろいことに気がつきました。わが国には民主主義は神代の昔からあったのだと、何事かあると八百万の神々が天の安の河原に集まって話し合われた。」と。そういった民主主義の根幹のことも「古事記」を通して１００年後には勉強しています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/joumon10000/entry-12447363102.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Mar 2019 16:35:03 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ 練習です。
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<link>https://ameblo.jp/joumon10000/entry-12447357914.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Mar 2019 16:04:09 +0900</pubDate>
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