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<title>ju9br25aepのブログ</title>
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<title>出産　詳細</title>
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<![CDATA[ <br>12日予定日から超過4日目16日15時に入院。<br>すげー緊張しただって子宮口広げる器具いれるだの誘発するだの初めてだしさ経産婦だからと余裕ぶってたからさマイミクサンも入院中だったため挨拶しに部屋へちょっと勇気づけられ18時の夜<a href="http://deaimomo.jugem.jp/">出会い　マリー</a>ご飯を食べて18時半ころ子宮口広げる器具を入れる。<br>グリグリ、チクチクもう嫌ってくらいいじられて詰め込まれた処置が終わり17日の朝にとるとの事。<br>経産婦だから器具で広げられたら事により陣痛くる人もいると言われ期待しました。<br>夜中しくしくと46分間隔で前駆陣痛が。<br>17日の朝ご飯食べ終わってから子宮口の器具を取り出す。<br>取り出すときは痛くなかったお腹に機械をつけて陣痛の波を調べるものの弱いから約束通り誘発の涛Hを朝９時にした。<br>ずーっとお腹に機械つけて涛Hして体勢も変えられずきつかったお昼くらいには痛いと叫ぶ人がいるくらいの痛みがきてたみたいだが叫ぶこともなくお昼ご飯を合間に食べる旦那が2時過ぎにきたものの会話もジョーも言える感じ。<br>まだ子宮口硬いと言われてたもうちょっと涛H強くして様子を見る。<br>旦那の両親が館山からこっちに向かってるとの事。<br>3時過ぎに内診をしたら高位破水と言うちょろっとしかでない破水をした。<br>進んできてるもののまだ時間かかるねと言われた。<br>4時半の内診で破水させようと破水させられる。<br>そしたらどんどん痛みが増していく叫ぶ事はなかったがもう会話する余裕がない5時の内診で急に子宮口8センチ。<br>経産婦サンだったから急にひらいたね。<br>次痛みひいたら分娩台行こうと。<br>旦那さん立ち会いいいよと言われたけど旦那の親を近くまで迎えに行ってたので痛い中電話で話すすぐ戻ってきてなんか説明されてた多分分娩室にはいる時着るやつの説明。<br>わたしは歩いて分娩台の上へ。<br>その時には子宮口Max。<br>次の痛みでもういきんでいいよと言われいきむ。<br>またいきむ。<br>先生が部分麻酔してきるねと言う。<br>1人目それいたかったから覚悟したけど全然痛くなくてあれとおもった。<br>旦那さんもう入ってきていいよと入ってくる。<br>もう頭見えてるから頑張ってと言われいきむ頭が出た感じがしたけど今いきんであげなきゃ首しまっちゃうといきんだら一気に出てきた旦那があぁっと安心したかのように声を出した。<br>そしてよく頑張ったねと声をかけてくれた。<br>そして写真をかなりとってたwわたしはその後胎盤を出したり縫ったりのあと始末に終われ、子宮の収縮が悪いし出血が多いとのことで赤ちゃんにすぐふれあえなかった。<br>旦那と旦那の両親は赤ちゃんと写真をとり終えて私の所へ。<br>少し話して面会時間終了。<br>分娩台で2時間くらい涛Hして車椅子で陣痛室行ってまだ出血がひどいから部屋戻れないと涛Hうちっぱ。<br>涛H終わりちょっとして出血もだいぶおさまってからやっと対面。<br>おっぱいあげてやっと部屋帰宅。<br>子宮の収縮は経産婦サンは結構痛いからとお薬もらいのんだ。<br>1人目は5時間17分で3296グラム2人目は8時間半で3480グラム全然楽じゃなかった産んでから1日たちましたが、傷口やお腹が痛い。<br>痛み止めもらって寝ますTT明日から授乳ですうちの病院夜授乳ないから寝れるんだ寂しいけどね、
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<pubDate>Mon, 26 Mar 2012 11:55:37 +0900</pubDate>
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<title>ある人の日記です(放射能について)</title>
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<![CDATA[ <br>日記を書いた方にコピーの許可は頂きましたけど、長すぎてコピーできなかったのでＲＬを貼りますid1829773353ownerid39924741960年1970年に放射能が降り注いだのは情けない事に知りませんでした私の母親が1960年生まれですけど、確かに母親や母親の友達や兄弟に癌を患ってる人は居ないし、私や私の兄弟や従兄弟も奇形じゃなく五体満足なら、そこまで騒ぐ必要も<a href="http://deaimomo.jugem.jp/">出会い　マリー</a>無いのかもしれません
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<link>https://ameblo.jp/ju9br25aep/entry-11199960821.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Mar 2012 04:59:09 +0900</pubDate>
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