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<title>コバヤシジュンペイのブログ</title>
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<title>文無しでgo：博多でホームレス</title>
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<![CDATA[ <p>※2014年８月頃</p><p>&nbsp;</p><p>あいかわらず路上活動ができる場所を探していた僕は、公園で知り合った50代位の男性から「路上活動やるなら出会い橋がいいよ」と教えてもらった。(ちなみにこの男性は後日路上行活動のお客さんとなる。)そしてすぐに教えてもらった出会い橋に向かった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この橋は、福岡で一番大きい飲屋街でもある「中州」へ繋がっている。歩行者のみ通れる橋で、道幅も広いため、夕方以降は飲みに行く人達で賑わう。橋の下を流れている川のすぐ先には海があり、モーターボートが水しぶきを上げながら通り過ぎていく。夜は中州の繁華街の煌びやかなネオンと活気に照らされる。酔っぱらいを乗せた屋形船が優雅に橋の下をくぐって行く。見晴らしが良く、開放的な気分にさせてくれるような橋だった。そしてその出会い橋は、路上芸人達が芸を披露する場所でもあった。夕方の時間になると、ギターや三味線やらを持った音楽家達が集まり、曲を披露する、飲屋街へ向かう人や、帰って行く人は足を止め、気に入った路上芸人におひねりを渡す。そんな人と人との出会いもあるような特別な橋だった。</p><p>&nbsp;</p><p>昼頃、出会い橋で到着した。橋の途中にいくつかあるベンチとテーブルに向かってみると、途方に暮れている雰囲気を漂わせる人達が座っていた。その途方に暮れているというのは、直接話をしてわかったわけではないが、漂う悲壮感や雰囲気みたいなものですぐにわかる。恐らく、何らかの理由で住む家やお金を失い、あてもなくたどり着いたのだろうと思った。だからといって社会に溶け込み、働いていこうというような前向きさはなく、ただただ自分の状況を悲観しているように見えた。彼らは同じベンチに、自分と同じ様な雰囲気を漂わせている自分の同類がいることを気付いていたのだろうが、話しかける事なく、1人また1人と立ち去っていった。僕はその光景をずっと見ていた。気付いたら夕方になっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>1人の60代くらいの男性がまだ座っていた。黒くて紫色のラインが入った上下のジャージを着て、ハンチングキャップを被り、サンダルを履いている。ひげは5センチくらい伸びていて、日焼けをした肌をしていた。顔はほりが深く、鋭い眼光を持った少し怖そうな印象。身長は170センチ位で痩せ形だった。荷物は高校生が部活などで使用する大きめのエナメルバックを一つだけ持っていた。よく見てみると全体的にところどころ不潔で、にホームレスだということがわかる人だった。ただ、今まで立ち去った人達とは違い、悲壮感や自信がないような雰囲気は感じない人であった。思い切って話かけてみた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「いつもここにいるんですか？」</p><p>&nbsp;</p><p>話しかけられた事が以外だったらしく、少し動揺して恥ずかしがりながら答えた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「お、おう。いや、今日来たばかりなんだ。」</p><p>声は渋く、少ししゃがれた声をしていた。</p><p>「そうなんですか。」</p><p>少し間が空いてからおっちゃんは言った。</p><p>「お前さんは旅行か？」</p><p>「えーと、、旅をしていて、博多の路上でお金を稼ごうと思っています。」</p><p>「ほーー、路上芸人かなんかやってのか？」</p><p>「いや、やったことないんですけど、挑戦してみようと思って、東京から無一文で来ました。」</p><p>なんだか無茶苦茶な事を言っているなと自分でも思った。</p><p>「お金もってないの？」</p><p>「はい。家に全部置いてきました。」</p><p>「家ってどこ？」</p><p>「東京です。」</p><p>「ほーー、東京からここまでどうやってきたの？」</p><p>「ヒッチハイクです。」</p><p>「ほーーーー。。。」</p><p>&nbsp;</p><p>それからお互いの状況などを話しだしていた。まっちゃんは福岡の生まれで、高校卒業した後に親と喧嘩別れをして広島に働きに出た。バーテンダーとして働いていたが、騒ぎ出すお客とよく喧嘩していた。ある日、店で暴れているヤクザに「それ以上暴れるなら表出ろ、相手になってやる」みたいなことを言い、ヤクザと揉めた。しかしヤクザ相手にまったく引かなかったことが相手の目が止まり、ヤクザからスカウトを受け、それがきっかけで、ヤクザとしての人生を歩んでいった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>気は短いが情に熱くて面倒見が良いまっちゃんは人から慕われた。その反面騙されることも多くあったという。そして愛する女性が出来たので、ヤクザの仕事から抜け、その後は建設業の現場で働いていた。しかし彼女が心臓に関する病気を煩い、お互いの関係は少しずつ悪化していった。入院や通院でお金がかかるようになり、まっちゃんにもその負担は大きくのしかかった。そして彼女は病気になったことで人生に希望を失い、まっちゃんに厳しくあたるようになっていった。彼女の医療費も出していた関係で金がなくなり、彼女とも別れてしまった。そして建設現場での仕事の待遇や割に合わない仕事に対して苦情（文句）を言っていたが、それが聞き入られる事がなかったため、見切りをつけ（嫌気がさし？）仕事を辞めた。彼女の治療費などで金はもうほとんど残っておらず、広島の家を出るはめになりホームレスとなった。携帯電話も持っていたが契約は切れている。そんな状態になり、博多にくればなんとかなるんじゃないかという思いでやってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>まっちゃん以外にも何人かホームレスと知り合ったが、皆なんらかしらの事情を抱えていた。</p><p>&nbsp;</p><p>まっちゃんから悲壮感や自信がないような雰囲気を感じなかったのは、元々の負けん気と、ヤクザという厳しい世界で戦ってきたんだ自分への自負やプライドがあったからだったかもしれない。そして路上生活者や生活保護について色々なことを聞いた。博多には昔はホームレスがたくさんいたが、今は生活保護が貰いやすくなったので、路上で寝泊まりしている人はほとんどいない。生活保護を貰うには、自分の住所が無くてはいけない。お金が無くて家を借りられないホームレスは住所がないが、最近は不動産業者が生活保護を貰う人を対象にした賃貸物件を扱っており、そのおかげで生活保護がもらいやすくなっている。だが生活保護をもらいながらパチンコを打ったり、酒を飲んでいるやつも結構多い。さらに、その中には人の物を盗む奴らがいて、よくこの近くをうろついてまっちゃんのように新しく来た路上生活者は狙われる。実際にその注意しなければいけないという人達と俺たちはよく出くわし、監視されているような目で常に見られていた。確かに言われてみると、人相も雰囲気もなんか嫌な感じだった。そして僕は博多にいる間、よくまっちゃんと話をしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>博多にいる間のほとんどをホームレスの人達と接しながら過ごす事になる。というか公園で寝泊まりして、街を徘徊して、ホームレスの人達と一緒にいたので自分もホームレスをしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>まっちゃんは満足に食べ物が得られずに路上で寝泊まりをする日々が続いた。日が経つに連れて最初に会ったときの堂々とした雰囲気はなくなっていき、どんどんと弱々しくなっていった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jumpei100/entry-12217519001.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Nov 2016 14:49:12 +0900</pubDate>
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<title>文無しでgo：博多で物を乞う</title>
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<![CDATA[ <p>※2014年8月頃</p><p>&nbsp;</p><p>空はカラッと晴れていて、歩くだけで汗がだらだら出てくるそんな夏の日、僕は福岡県の博多にいた。</p><p>&nbsp;</p><p>関東から高速道路をひたすらヒッチハイクで移動し、博多まで到着した僕は、博多では今までのような行き当たりばったり旅ではなく、何かしらの路上活動をしてお金を稼ごうと考えていた。自分の身一つでお金を得るという事をしてみたかった。</p><p>&nbsp;</p><p>とはいっても路上で人様に披露できるような芸は何一つない。何を思ったか「路上活動＝占い」という考えから、手相占いの本を買い、移動中に占いを覚えて博多で実践しようとしていた。今思うと行き当たりばったりな旅を抜け出す為に考えた方法もまた、行き当たりばったりだった。行動すれば道は拓けると信じていたものの、移動中に手相占いの本を読むがまったく頭に入っていかない。運命線と感情線しか分からないという本を読む前とあまり変わらない状態で博多に到着し、「後は実践あるのみか」と自分に言い聞かせていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>博多に到着した初日は路上活動がしやすそうな場所を探す事で1日が終わった。色んな公園を回ったが、人がまったくいないか、家族連れが多い公園ばかりで、占いができそうな雰囲気の場所は見つからなかった。博多の中心地をうろついていたせいで飲食店がやたら目に入り、田舎を放浪していた時よりも腹が減る。田舎でも腹は減るのだが、ネオンきらめく飲食店街を歩いていると、食欲が掻き立てられ、抑えきれなくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>とうとう我慢できなくなった僕はコンビニに駆け込み、廃棄になった弁当をもらうよう頼んだ。しばらくしてから若い店員が、「本当はダメなんですけど、これどうぞ」と言って弁当やらフライドチキンやらをくれた。「コンビニの廃棄って本当に貰えるんだ」ということに驚いた(本当にコンビニで廃棄がもらえるのかということに少し興味があった)。当時の僕は人間としてのプライドよりも食べ物を得る事に必死だった。それだけ食欲を抑えきれないでいた。人に食べ物をねだるまでに成り下がった僕は、夜の暗い公園の中で冷えた弁当を食べた。もうこんなことしたくないという気持ちになりながらも、それ以上に生きる為には仕方ないという考えになる。罪悪感や自分への卑下を感じながらも、自己正当化できてしまう。物乞いや浮浪者の気持ちが少しわかったような気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>結局次の日も僕は同じ様なことをした。路上でお金を稼ぎたいと考えるも、行動に移せないでいた僕は、どうやった食べ物を得るか考えていた。（どうしても路上活動でお金を稼ぎたいと思っていたので以前の様にバイトを探すことは考えていなかった。）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もうコンビニで無理言って食べ物をもらうのは嫌だった僕は、「教会＝困っている人を救う」というイメージから、キリスト教の教会を探すことにした。コンビニで廃棄をもらうこととあまり変わりないのだが、教会の方が僕のプライドが傷付かない。バイトするという選択肢を無くした僕は、自分で自分の首を絞め、乞食街道まっしぐらだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>汗だくになりながら天神駅から30分以上歩いて教会にたどり着いた。教会のドアをノックする。少し経つと、中から白人の神父さんが出てくる。</p><p>&nbsp;</p><p>「あのー、なに食べ物をくれませんか。」</p><p>「ノ～～。キョウハ、キョウカイガヤスミデ、ダレモイナイシ、タベモノモナイデス。」</p><p>&nbsp;</p><p>ちょうどお盆の時期で、教会は一切活動をしていなく、住み込みの神父が一人いるだけだった。食べ物をもらえずに意気消沈し、ベンチで一人横になった。5分くらい仰向けになって、青空をぼーっと眺める。空はとても青く、雲がゆーっくりと動いていてとても清々しい。食料を確保できる望みが消えた。そう思うと頭の中が食べ物の事でいっぱいになる。</p><p>&nbsp;</p><p>「困っている人を助けるのが教会じゃないのか？絶対なんか食べかあるだろ。。。もう一回聞いてみよう」</p><p>&nbsp;</p><p>もはや思考は乞食と変わらない。窮地に追い込まれたら人間なんでも行動するものだ。海外の貧困国ではあまりの貧しさし、盗みや物乞いだけで生計を立てている人がいるという。少し気持ちがわかった気がする。日本で一般的な生活をしていると、自分がそんな「悪いこと」をするわけはないと思い込む。でもやらざるを得ない時には人は行動する。食べ物にありつける可能性があるのなら、なんでもする。僕は、もう一度教会の事務所に行き、神父を呼び出す。</p><p>&nbsp;</p><p>「神父さん、食べ物、もうなんでもいいのでください。本当になんでもいいです。」</p><p>&nbsp;</p><p>その時の僕の表情は、訳の分からない凄みに溢れていたと思う。決してひきさがらないぞという気迫。神父も簡単には追い払うことができないと感じたと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>「オオ～～。。ウーン。。チョットマッテ。」</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくして、トマト、パン、魚肉ソーセージをくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>「コレシカナイヨ。」</p><p>「大丈夫です。本当にありがとうございます！」</p><p>&nbsp;</p><p>自分の行動の恥ずかしさより、食べ物を得た安堵感の方が強かった。ああ、本当に困った時は人間は手段を選ばないんなんだなと自分自身を見て思っていた。でも、決して気持ちよくないこの行動を続けていくことには強い抵抗があった。</p><p>&nbsp;</p><p>とはいえ、どんな方法で手に入れたにせよ食料は食料だ。食べるに尽きる。教会のベンチに座って冷えたトマトにかぶりつく。照りつける太陽にやられていたので余計美味く感じる。僕は神父にお礼を言った。このままでは、本当の乞食になってしまう。早くなんとかしなきゃという焦りと、お腹いっぱいになった満足感を感じながら教会を後にした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jumpei100/entry-12216884523.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Nov 2016 14:46:28 +0900</pubDate>
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<title>文無しでgo：屋根裏暮らし</title>
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<![CDATA[ <p>※2014年４月頃</p><p>&nbsp;</p><p>仙台に向けてヒッチハイクしていると、僕の横に1台の車が止まった。</p><p>&nbsp;</p><p>高級車のレクサス。でもヒッチハイクに高級車が止まることはまずないから、たまたま止まっただけだと思ってた。中からスキンヘッドにハンチングキャップを被った60歳くらいのおじいちゃんが降りて来た。鋭い眼光で、声は渋くて喋り方がめっちゃ荒い。</p><p>&nbsp;</p><p>「おめえ、どこまでいくんだ？！」</p><p>「仙台方面に行こうと思っています！」</p><p>「泊まるところはあんのか？！」</p><p>「いえ、ありません。これから探そうと思っています！」</p><p>「わがった！乗れ！」</p><p>&nbsp;</p><p>言われるがままに車に乗った。</p><p>このおじいちゃん、とにかく運転が荒い。猛スピードのまま右へ左へと乱暴なハンドルさばきで車をどんどん追い抜く。このままじゃ仙台に着くまでに死んでしまうんじゃないかと本気で思っていた。何度も話しかけてくるけど、なまりが強くて、半分以上会話が聞き取れない。しばらくして仙台市内に着き、大通りに面している建築系の会社の前で止まった。</p><p>&nbsp;</p><p>「ここがおらの会社だ」</p><p>&nbsp;</p><p>そう言うと、何の説明もないまま会社の事務所の奥にある社長室に案内された。</p><p>&nbsp;</p><p>「住む場所決まってないなら、うちで働きながら決まるまでここにいたらいい！」</p><p>&nbsp;</p><p>ありがたいことに住まわせてもらえるようだ。面白そうだったからお願いしますと答えた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その後、40代位の作業服を来た人が入ってきた。その人が社長だったようだ。おじいちゃんは社長を退き、今は会長だと話していた。やってきた社長は、いきなり訪れた僕に対して笑顔で話しかけてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>「どこから来たの？」</p><p>「東京です」</p><p>「旅でもしてんのか？」</p><p>「はい。無一文で旅をしています」</p><p>「おもしれえことしてんな。うちの会社で手伝いしてくれれば寝泊まりしていいぞ。飯も食わしてやる。」</p><p>「ありがとうございます」</p><p>&nbsp;</p><p>なにをするのかまったく分からなかったけど話はすんなり通った。社長はとにかく笑顔を絶やさい人だった。明るくエネルギーに溢れ、魅力的な人だった。</p><p>&nbsp;</p><p>話を聞くと、どうやら会長さんはこういう感じでよく人をいきなり連れてくるそうだ。またこの会社は少年院や刑務所を出所して行くあての無い人達も率先して受け入れているようだ。そういった人がこの近くで仕事を探していると、関係者から雇ってくれないかと連絡がはいるのだそうだ。ほっとおいたらまた非行に走ってしまいそうな人達を受け入れ、建築業の技術をつけさせることで社会で生きていけるように育てていた。会長はそういう人を見るとほっておけない人みたいだ。僕のこともそんな感じで見えていたのだろうか(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>社長室を出た後、会社の寮の屋根裏に案内された。掃除をすれば寝泊まりすることは十問題なさそうな広さだった。会長が屋根裏まで布団を運んでくれた。「なんか困った事があったらなんでも言え！」そう言って会長は去っていった。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくすると40代くらいの従業員が帰ってきた。トミイさんという人でこの会社で住み込みで働かせているらしい。話をしているとどうやらトミイさんは元バンドマンで若いときはひたすらモテた。しかしギャンブルと女遊びが大好きで、それが原因でお金のトラブルが絶えず、住む家も無くなったので住み込みをさせてもらっているらしかった。時間があると僕とトミイさんはよく話をしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>「おめえ、これからなんの仕事するか決めてねえのか？」</p><p>「そうなんです。まだ仕事のことは考えてないんです。」</p><p>「早く決めたほうがいいぞお。俺なんかこの歳だから今からなにか始めるってのは難しいけっど、漫画家になればよかったなあと思ったよ。」</p><p>「え、なんで漫画家なんですか？」</p><p>「おれ絵を描くのは好きだから、ちゃんとやれば仕事になるっぺ。」</p><p>「そうなんですか。」</p><p>「そうだっぺ～。それに手に職がないとこれからは厳しいぞお。おめえも早く手に職をつけたほうがいいぞお」</p><p>&nbsp;</p><p>そんなに簡単に仕事になるのだろうかと思ったが、トミイさんは明るく喋る反面、なんとなく「まだ若いんだから人生間違えるなよ～」と言いたそうだった。明日は朝6時に起きて手伝いをする予定があったので、早めに眠る事にした。</p><p>&nbsp;</p><p>次の日の朝、事務所に行ってみるとトミイさん含め他のスタッフたちも集まっていた。</p><p>突然現れた僕に興味を持つそぶりを見せる訳でもなく、仕事が始まるまで談笑をしていた。宝くじの話で何人かは盛り上がっていて、前回買ったくじの結果や、次回の宝くじの予想などを真剣に話し合っていた。この宝くじの話は毎日のように繰り返し話題になっていて、数日経つと僕は少しうんざりしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>お世話になっている間、僕は今は使っていない会社の倉庫の解体の手伝いをずっとしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>とある夕方、社長に誘われ車に乗った。社長と色々なことを話した。</p><p>&nbsp;</p><p>「社長はずっとこの仕事をしていたんですか？」</p><p>「いや、最初は会長の親父がしていた仕事だから手伝ってたけど、親父の性格と合わねえし、仕事はきついから別の仕事しようと思ってたよ。それで美容師の仕事をしていたんだ。」</p><p>「へえ、美容師の仕事ですか。似合いそうですね。」</p><p>&nbsp;</p><p>社長はどちらかというとイケメンの部類だし、人と接する時は常に笑顔。美容師が似合いそう。</p><p>&nbsp;</p><p>「どうして、美容師の仕事やめてこの仕事始をするようになったんですか？」</p><p>「俺の嫁が病気になっちまったから治療費とか結構かかるんだよ。美容師じゃそこまで稼ぐ事はできないから、親父に頼んで今の仕事させてもらうようになったんだ。」</p><p>「そうなんですか。好きだった仕事辞めるのは嫌じゃなかったですか？」</p><p>「んー、でもちゃんと責任は果たしたかったからな。しかもこの仕事もたいへんだけどスタッフに恵まれてるし、楽しいぞ」</p><p>「そうなんですか。」</p><p>「おめえはなんかしたいことはねえのか？」</p><p>「そう言われるといまのところ思いつかないです。その時その時したいことをしていたら、こんな旅になってしまいました。」</p><p>「そうか。まあ自分の責任の範囲で好きなことすればいいさ。」</p><p>「責任ってなんなんでしょうね。よく聞く言葉ですけど、なにが自分の責任なのかよくわからないです。人に迷惑かけない事くらいでしょうか。」</p><p>「うーん。まあ、いつか分かるときがくるんじゃねえかな。」</p><p>&nbsp;</p><p>ヒッチハイクをしていて1回だけ乗せてくれた人に説教をされたことがあった。25歳という年齢を伝えると「親が悲しむ」「ちゃんとどこかで腰を据えて働かなきゃだめだ」「自分の子供がこんな事してたら怒る」とか言われた。自分では気付いていないだけで、実は人に批判されるほど悪い事をしているのかと思った。でも社長が妻の為に好きな仕事よりも稼ぎのある仕事を選び、なおかつ今も幸せだと言っている姿はとても格好よかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>別のある日、社長は僕とトミイさんを連れて、国分町という仙台で一番大きな繁華街にある、社長行きつけのスナックに連れていってもらった。ママがひとりで切り盛りしているスナックだった。僕と社長とトミイさんとママで色々な話をした。ママがどうして無一文の旅をしているのか聞いて来た。そういう事を聞かれても、うまく説明する事ができない。</p><p>&nbsp;</p><p>「僕は今まで会社で働いていたんですけど、1～2年ほど経ったときから仕事が苦痛になってしまったんです。生活をするためにはやりたいことじゃなくても、働いてお金を稼がなければいけないと思うんですが僕には定年までそうやって働く事が我慢できそうにないんです。」</p><p>&nbsp;</p><p>そう言うとママは答えた。</p><p>&nbsp;</p><p>「やりたいことだけをやっている人なんてきっといないわよ。どんな仕事でも大変なことはたくさんあるけど、そのなかでも楽しい事を見付けて続けていくんでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>「そうですよね。でも、僕はそんな風に割り切ることができないんです。社会不適合者ですね。」</p><p>「自分で社会不適合者なんて言っちゃうの。そんなこと思うもんじゃないわよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僕らは閉店まで呑み続けた後、僕と社長とトミイさんとべろべろに酔ったスナックのママも一緒に、2軒目に行った。2軒目はオカマバーだった。そのオカマバーの熱気は凄まじく、40代くらいでデブで化粧が濃いジョセフィーヌというオカマがカラオケを熱唱していた。中には20代で華奢なスタッフもいて、トミイさんが夢中で口説いていた。ママは社長と話しながらもぐでんぐでんに酔っていて、僕の服の中に手を突っ込んで乳首を弄くり回し(笑)、僕の腕に噛み付いたりしていた。さきほど僕の話を聞き入れてくれていた大人な女性の姿はもうそこには無かった(笑)その姿を見ていると、あんなに立派そうにしている人でも(嫌味な意味じゃなくて)何かに我慢をしたりフタをしているんだなあと思った。酒を飲んだ事で生きて行く為に作り上げて来た鎧が剥がれた。もう脱ぐ事は許されない重い鎧を脱ぐ為に酒を飲んている。そんなイメージだった。僕が嫌だったのはこの鎧を着る事だったのかもしれないとその時思った。</p><p>&nbsp;</p><p>後日、社長や会長のことを良く思っていない従業員が結構いるという事を知った。経営層とスタッフの間には溝が生まれやすいというのは以前の会社で嫌というほど見て来ているのでそれ自体に驚く事はなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>「社長は女遊びがひどい。奥さん以外にも愛人が何人もいて、愛人との間に子供までいる。浮気がばれているから家には帰る事ができない。それに会長にはめっぽう弱いからなにも意見することができない。いつも会長のいいなりだ。」</p><p>&nbsp;</p><p>「会長は頭が固くて古い人間だから、昔のやり方に固執するし、自分がいつでも一番だと思っている。現場の仕事はずっとしていないのに、昔のやり方を信じていていつもうるさく口出ししてくる。だから社長を退いて会長になってもらったが、その会長すらも辞めてもらった。皆あの人の事を呼ぶけど、ただ機嫌を取っているだけ。実際に今は会長でもなんでもない。」</p><p>&nbsp;</p><p>二人とも自分にすごく優しくしてくれたし、自分から見てもとても魅力的な人間だと思う。どんな人間でも全ての人から好かれることはないし、どんなに良い人であっても、見方を変えたりすれば悪口を言える部分は無数に見付ける事ができる。従業員が言っていた悪口が全部本当でも別によかった。</p><p>&nbsp;</p><p>僕はしばらくすると、毎日やることが決められる生活が淡々と過ぎて行く事がつまらなくなってきた。会社の従業員とうまく馴染めなかったせいもある。社長はここで共同生活をすることで人との付き合い方などを学んでいけばいいと言われていたけど、結局最後まで馴染む事はできなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>社長に旅を続けるためにここを出たいと話した。社長は「そうか。わかった。気をつけてな。」と言ってくれた。僕は社長と会長とトミイさんにお礼を言って、その会社を後にした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jumpei100/entry-12215975905.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Nov 2016 16:42:03 +0900</pubDate>
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<title>文無しでgo：クチキさんの再出発</title>
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<![CDATA[ <p>石巻駅の中心地から30分ほど歩いたところに、24時間営業の漫画喫茶があった。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は中華料理の中国人夫婦からもらった給料を使い、漫画喫茶に泊まることにした。４月といえど、石巻の夜は寒くて野宿をする気にはなれなかった。それに唐突に始まった旅だったので寝袋すら持ってきていなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>漫画喫茶に泊まり、余ったお金を漁師町までのバス代にしようと考えていた。目的地が決まり、そこまで行く手段もある程度固まり、安心していた。</p><p>&nbsp;</p><p>その日は今までの疲れを癒すように爆睡した。</p><p>&nbsp;</p><p>次の日目が覚めると、昼前だった。当初は朝の6時位には出ようと考えていたが、寝すぎてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>急いで会計を済ませると、僕の残金は50円ほどになっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は絶望した(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>ほぼ無一文に戻り、あてもなくとぼとぼと歩き出した。</p><p>&nbsp;</p><p>気持ちが沈み、人と接したくなくなったのでヒッチハイクをする気持ちにもなれなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>考えがどんどんネガティブになっていった。</p><p>&nbsp;</p><p>またどこかでお金を稼ぐのか？それとも無一文で旅を続けるのか？</p><p>&nbsp;</p><p>もう今日食べるものもどうなるかわからない日々を送るのは嫌だった。</p><p>でも、気分が沈んでいて人と接したくもない。じゃあこの先どうなるんだろう。どんどん悪い想像ばかりが頭を巡っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>交番を見つけ、お金を借りようとお願いするも貸してくれなかったことに更に絶望した。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は頭の中で繰り返し起こる負の無限ループから逃げるようにコンビニに入った。お金がないから何も買えないけど、本でも立ち読みして何か別の事を考えたかった。ひたすら本棚にある自己啓発系やら前向きになる思考法などが書いてある本を読み漁った。その時の僕には書いてある分小雨はとても感銘を受けた。「よし！この作者に弟子入りしよう！」などと考えたほどだ。</p><p>&nbsp;</p><p>少し冷静になった僕はコンビニの駐車場に座り込んだ。本を読んだおかげで少し落ち着いた。</p><p>&nbsp;</p><p>新潟に住む母親に電話をしてみることにした。石巻に到着する前にも一度電話をしているので、僕が無一文の旅をしているのは既に知っている。</p><p>&nbsp;</p><p>「おお、元気にしてるのかい？」</p><p>「うん。石巻に着いたよ。」</p><p>「お金はあるの？」</p><p>「昨日まであったんだけど、漫画喫茶で寝すぎて全部使っちゃった（笑）」</p><p>「これからどうするの？」</p><p>「これから考えるよ。」</p><p>「困ったら連絡してね。宮城までなら迎えに行けると思うから。」</p><p>「いや、来なくて大丈夫だよ。いざとなったらホームレスするから」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>旅をリタイアして親に迎えに来てもらう。これほどかっこ悪いことはない。これだけは絶対嫌だから、旅を続けるしかないとないなと決意を新たにすることができた。旅を途中でリタイアすることは考えなくなった。親に感謝である。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「ホームレスや乞食は3日やったら止められなくなるって言うから気をつけてね。」</p><p>「どういう事？」</p><p>「働かないで人から恵んでもらって生活するのが楽で、止められなくなるらしいよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>母親の言葉からはそういった生き方に対して、</p><p>なんとも言えない軽視の気持ちが含まれていた。</p><p>&nbsp;</p><p>「そうなんだ。お母さんはそういう生活したことあるの？」</p><p>「ないけど、そうらしいよ。」</p><p>「じゃあ実際のところはわからないね。」</p><p>&nbsp;</p><p>僕は実際に金なしで人の善意でこの旅をして来たが、とても楽で続けたいとは思えなかった。できることなら働いて自分の好きな用にしたい。ただ、その中で普段の生活では出会えないような人達と出会い、人の暖かみに触れ、苦しいこともあったが痛いほど生きている実感を感じる瞬間がいくつもあった。</p><p>&nbsp;</p><p>だから母親の言っているような、惰性で続いてしまうからよくないという言葉がうまく理解できなかった。確かに人の情にすがろうとしたこともあった。けど、今までの日々は、一括りにして批判できるほど単純なものではなかったように思えた。母がそういう生活をしたことがないと言ったとき、それは納得がいった。</p><p>&nbsp;</p><p>していないからこそ言える言葉なんだと。</p><p>&nbsp;</p><p>実際に僕も乞食のように、人からものやお金を恵んでもらうことだけを望んで生活し続けていたら、母親の言うように惰性でやめられなくなり、自分で立ち上がろうとすることすら止めて落ちていってしまうのかもしれない。だけど、実際にやって感じることというのは、やらずに想像だけで語る言葉の何倍も深く、色々な面があり、一言で言い表す事はできないはずだと親との会話で感じた。だから実際にそんな生活になっても恐れることはないなと思った。どうせ、予想以上の世界なのだから、想像はあまりあてにならない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>親との電話を終え、1人で考え込んでいた。</p><p>&nbsp;</p><p>親との会話のおかげで旅をリタイアすることはなくなった。だとしたら、僕に出来る事はなんだろう。交番でお金を借りることはできなかった。お金はないから歩くかヒッチハイクしかできない。歩いて漁師町まで行くのは時間がかかりすぎる。だとしたら、必然的に僕に残された手段はヒッチハイクしかない。ヒッチハイクをしたいとか、したくないとか関係なく、それしかないということが理解できた。</p><p>&nbsp;</p><p>それが腑におちた瞬間、僕はまた歩き出してヒッチハイクをしやすい場所を探し歩き始めた。そうして歩いているといかに自分が冷静でいられなかったということがわかった。</p><p>&nbsp;</p><p>一度得たお金を使い切ってしまうという事により、どんどん深刻になっていった。深刻になると今の現状を打開する策があっても気付く事ができない。どうやって打開するか考えなければいけないのに、悪い事が起こるという事ばかりに頭を使ってしまう。深刻になって考えることは、なんの生産性も産み出さない。今後旅をしていくなかで、窮地に陥る事があっても深刻にはなるまいと決めた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>漫画喫茶からまた30分ほど歩き、とある橋の上でヒッチハイクを始めた。</p><p>&nbsp;</p><p>この道を真っすぐ車で進むと漁師町に続いているため、ここでヒッチハイクをすれば漁師町に行ける可能性が高かった。3台ほど車が通り過ぎた後、1台の軽トラックが止まった。おじいちゃんが1人で乗っていた。乗せてくれることになり、お礼を言って助手席に乗った。</p><p>&nbsp;</p><p>クチキさんという男性で、18歳から定年まで海上自衛隊で働き続けた軍人さんだった。海上自衛隊を退職したあと、奥さんと仙台市内に二人で暮らしている。子供は2人いるが、両方とも独立していて離れたところで暮らしている。今から鮎川という町に行く予定で、そこにはクチキさんの実家があり、その土地を使って農園をこれから始めようというのだった。今日はその準備のために鮎川に向かう途中だった。寡黙な人で口数は少なく、笑う事もなかったが、どこか僕に興味を持ってくれていることを感じていた。僕も話す中でクチキさんの中になんとも言えない寂しさみたいなものをなぜか感じていた。表面上は固いおじいさんという感じがするが、中身が人間臭いような感じがして僕は少しも怖くなかったし、親近感が湧いた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>鮎川というのは宮城県の牡鹿半島の端に位置する町でまさに漁師町だった。</p><p>しばらく車に乗り、鮎川に着いた。着いてみるとそこには津波の被害によって更地になった土地ばかりの殺風景な町だった。港にはワカメ漁をしている人達がいた。ただ住宅街があったであろう場所にはなにもなく、家も数える位しかなかった。震災によって多くの人がこの土地を去っていた。それは町の状況を見ると仕方のないような気もした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>クチキさんの目的地はもう少し先だったが、僕は港の近くでおろしてもらった。</p><p>もし仕事が見つからなかったらこの先にいるからと、クチキさんの実家までの簡単な地図を書いて渡してもらった。お礼を言って車を降り、港に向かった。港で働いている人達は、殺風景な町とは対照的にとても明るくエネルギーに溢れているように見えた。僕は1人の漁師に近づき、「すいません。仕事を探しているのですが、なにかありますか」と聞いた。</p><p>&nbsp;</p><p>それを聞いた日焼けをして顔が真っ黒な漁師は後ろに振り向き、ワカメ漁の収穫をしている集団に向かって「おおーい！ボランティアがきたぞーー！ボランティアだボランティアー！」と叫んだ。僕はなんのことだかわからなかった。恐らく、震災後にやってくるボランティアと勘違いしていたのだろう。僕は仕方なくワカメ漁の収穫をしている集団のほうに向かって歩いて行き、合流した。</p><p>&nbsp;</p><p>ワカメ漁をしている男の人から、「ボランティアで来たの？！」と聞かれ、「はい、そうです。」と答えた。今更働いた対価としてお金が欲しいとは言えない(笑)。</p><p>&nbsp;</p><p>海から採ってきたワカメを収穫する仕事を手伝った。鍬のようなものでワカメの茎と葉に分けていった。恐ろしく地味で、恐ろしいほどにたくさんのワカメ。コンテナが５つくらいあり、どれも満杯にワカメが入っている。僕を含め6人くらいでその仕事をしていたが、やり取りを見ていると1つの家族であることがわかった。</p><p>&nbsp;</p><p>30～40代位の両親と中学生位の子供が1人、小さい子供が2人。家族で支え合ってワカメ漁を行い、生計を立てているいるのだなと思った。休憩中には、両親が最近東京に行った時の話をしていた。ディズニーランドの話になると子供達が騒ぎ出し、行きたい行きたいと叫んでいた。</p><p>&nbsp;</p><p>少しすると弁当が配られ、部外者の僕の分も用意されていた。この町に漁師の仕事があるか聞いてみた。なぜか漁師の仕事に固執していた。するとあまり期待した答えは帰ってこなかった。人は足りているし、働けるとしても長期的に働く気のある人しか無理だとのこと。残念だったが、この手伝いが終わった後、僕はクチキさんからもらった地図を頼りに海沿いの道を歩いていった。</p><p>&nbsp;</p><p>クチキさんの実家は海沿いの急斜面な草原の中に建っていた。クチキさんの父親がペンション経営をしており、ちかくに似た様な家が数軒立ち並んでいた。今はペンションは父親が亡くなってから営業停止していて人の気配はなかった。実家にも農園の準備のためにクチキさんが月に数回訪れる以外、人は住んでいなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>クチキさんはそんな父親のことや、昔ここに住んでいた事を懐かしげに語っていた。クチキさんから、まずは3日間泊めて飯を食わしてやる代わりに農園の作業を手伝ってほしいと言われた。僕は承諾した。すぐに農園に向かった。その農園は1人で管理するにはとても広く、急斜面で、海沿いで風がとても強かった。</p><p>&nbsp;</p><p>すでに畑は耕してはあるようで、土は柔らかかった。クチキさんはまずその農園をイノシシやシカから守るため、柵を作っていた。農園の真ん中位には、シカの死骸が横たわっていた。等間隔に鉄製の棒を地面に埋め込み、網を張っていった。風はとても強くびゅうびゅう吹いていた。夕方になると作業を終了し、夕飯を買いにいった。</p><p>&nbsp;</p><p>カップラーメンと惣菜と晩酌用の酒を買った。</p><p>家に帰り食べながら僕とクチキさん二人の晩酌が始まった。いくつか僕の今までの人生や旅について質問をされたあと、クチキさんの過去の話が中心に僕が話を聞いていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>小学生の時に海軍戦艦を見て、将来は海軍で働くと心に決めたこと。海軍学校では先輩</p><p>や教官からの暴力行為にがんばって耐え、時には反撃したこと。一生懸命努力して整備士として海軍に入隊できたこと。入隊する際にこの仕事と日本に命を捧げると決意したこと（そのような事を承諾するというような書類にもサインしたという）。命を張るというのは海軍で当たり前の事で、わざわざ言葉にする事でもなかった事。そんななか、陸軍将校が任務開始前のスピーチで「命に代えても」という言葉を使ったことに激怒し、軽蔑すらしていたこと。任務で海外を回っていたとき、インドの軍人が自分に向かって賄賂を要求するような仕草に激怒し、大声で説教した話。</p><p>&nbsp;</p><p>クチキさんは色々な話を、正にいまそれが起こっているかのように熱を入れて、たまには大声を張り上げて話していた。みるみるうちにクチキさんの顔は酒と熱意で赤くなっていった。</p><p>&nbsp;</p><p>そして話はクチキさんの退職後の話になった。10代の頃から命をかけていた仕事を辞めたあと、自分を支えるものがなくなり、無気力になったという。駐車違反している車に切符を貼る仕事や、事故車の現場検証の手伝いなどもしたことがあるが、海軍のように命をかけられる仕事であるとは感じずに、長く続くことはなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>クチキさんは「なにか」を追い求めていたのだと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>小さいときに始めて見た海軍に衝撃を受け、半世紀近く命をかけて仕事をしてきた。クチキさんにとってその「何か」は海軍には確かにあったのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>この仕事で死んでもいいと思えるほど誇りを持てるものがあるというのは幸せなことだと思う。クチキさんは海軍があったことによって充実していたのだろう。それが定年を理由に、クチキさんの心にぽっかりと大きな穴が空いてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>その穴を埋めてくれる、自分が誇りを持ってやれる「なにか」を追い求めていたのだと思う。だから僕のようにヒッチハイクをしながら「なにか」を追い求めている姿にどこか感じる物があって、車を止めてくれたのではと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>話をしているクチキさんを見ると、定年まで働いた海軍での生活がクチキさんにとって青春だったのだなと思った。そして次の人生の目標として、自分が生まれ育った場所で農園を開くということに今チャレンジしようとしている。彼なりに見付けた挑戦なのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>そして僕に読むべき本として、司馬遼太郎の『坂の上の雲』とメモとして紙に書いてわたしてくれた。気付いたらクチキさんはカップラーメンを食べながら寝ていた。クチキさんを起こして布団に移動させたあと、用意された布団で僕も眠りについた。</p><p>&nbsp;</p><p>次の日6時頃に起きたときにはクチキさんは既に起きていた。僕らは朝食を食べ、また農場に向かった。農場に着いてみると、昨日立てた柵が全て倒れていた。今日も強い風が吹いており、きっとそのせいだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>その光景を見てもクチキさんは動揺する事無く、風で倒れないようにもっと柵をもっと頑丈な作りに変えていった。その日も柵を作るだけで1日が終わってしまった。そして夜はまた夕飯をしながら晩酌を二人でした。</p><p>&nbsp;</p><p>次の日に農場を見に行くとまたもやほとんどの柵が倒れていた。昨日の作業で頑丈にしたはずだったのだが、風の強さに耐えきれず、倒れてしまったのだ。その農園を通り過ぎて、3日前にいた鮎川の漁港近くまで車で移動した。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は僕とクチキさんのお別れの日だった。</p><p>&nbsp;</p><p>クチキさんにお礼を言うと、クチキさんはだまって僕の手を握り、何かを僕の拳の中に入れた。手を開いてみると千円札が3枚あった。クチキさんは「いっぱい働いてもらったから。なにか困った事があったらそれを使いなさい」と言ってくれた。クチキさんから見たら、僕の今後の旅が心配だったのだろう。こいつ大丈夫かと思っていたに違いない。でも僕も、毎日柵が倒れて行く農園を見ていると、クチキさんこそ大丈夫かと思っていた。僕はそのお金をありがたく受け取り、何度もお礼を言ってクチキさんと別れた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>鮎川からの本島方面に帰る道はアップダウンが激しかった。長いのぼり坂を上った時、目の前に海や牡鹿半島が一望できた。その時に僕は、強い歓喜を感じた。</p><p>&nbsp;</p><p>「ほら、俺は生きているぞ！！！」</p><p>&nbsp;</p><p>数日前にはあれだけ落ち込んでいて希望が見えなかった自分が、元気にまた歩いているという事実を改めて認識し、僕をとても嬉しくさせた。1人で叫び、ガッツポーズをしながら歩いた。旅をしていて一番生きている実感を感じた瞬間だった。もうどこまでも行けると思った。</p><p>&nbsp;</p><p>次の目的地まではかなり距離があったけど、歩いていこうと思った。そう思った矢先、後ろから大型ダンプカーが走って来て、僕の横で止まった。</p><p>&nbsp;</p><p>「どこまで行くの？！」</p><p>「決まってないですが仙台方面に行こうかと」</p><p>「乗りなよ！」</p><p>「ありがとうございます！」</p><p>&nbsp;</p><p>ダンプカーの助手席に乗りながら、今までの日々を振り返っていった。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の行動ひとつでどんどん道が開けていくように感じた。この先、自分はどこにいくのか、なにがあるのかわからないけど、恐怖心はすっかり消えていった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jumpei100/entry-12211823558.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Oct 2016 14:18:10 +0900</pubDate>
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<title>文無しでgo：震災の人々</title>
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<![CDATA[ <p>東北方面に向かってヒッチハイクをスタートしてから数日後、10台以上の車に乗せてもらい僕は宮城県石巻市に到着していた。</p><p>&nbsp;</p><p>東京を出るまでが一番大変だった。車通りは多いしスピードが速い。人間関係がドライな地域なのか、乗せてくれる車は少なく、道路で2～3時間待ちはざらにあった。でも東京を出たとたん、ヒッチハイク成功率は格段に上がった。</p><p>&nbsp;</p><p>特に東北地方の人々は本当に優しかった。普通に歩いている時に声をかけられて車に乗せてもらった事は何度もある。個人的な悩み聞いてくれて優しい言葉をかけてもらって</p><p>涙が出そうになったこともある。宿にも無料で泊めてくれたこともある。1人寂しくいる時、そんな優しさが本当にありがたかった。東北地方の人は優しさは、どこか力強さを感じがあって、それはなにか辛い事を乗り越えた人の強さに似ていた気がする2011年の東北震災と関係しているのではないかと僕は思った。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ある日の夜、僕は1台の車に乗せてもらった。乗せてくれたのは、20代の1人の女性。時刻は20時を過ぎであたりは真っ暗、もうヒッチハイクは無理だと思った矢先に止まってくれた。女性の車に乗せてもらったことは何回かあるけど、こんな遅い時間に乗せてもらったのは初めてだった。車に乗ってから色んなことを話した。</p><p>&nbsp;</p><p>彼女はもともと旅館で働いていたが、震災で施設が壊れ、お客もほとんど来なくなり、仕事を失った。再就職しようと考えたが、震災の被害を目の当たりにして、ひたすらボランティアに励んだ。瓦礫撤去から炊き出しから老人の介護まで色々なことをやった。時には人の遺体に遭遇するなど、色々な悲惨な場面に出くわしたという。そしてボランティアをして1〜2年ほど経ったとき、働こうかなと思うようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>結果、彼女は「風俗嬢」として働くことを選んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに風俗で働いた経験はいままでない。なぜ風俗で働くことにしたのか聞いてみると、</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「特に強い理由はなかったけど、人を相手にする仕事がしたかったんだ。復興で色んな人が宮城県に来ていて、風俗産業も盛り上がっていたからね。そういう人の役に立てればと思ったよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僕はぜんぜん納得ができなかった。知らない男の相手をするのだから、嫌に決まっていると思っていた。それをそのまま伝えてた。彼女は答えた。</p><p>&nbsp;</p><p>「震災のボランティアで良くも悪くも本当にいろんなものを見た。そういった経験をした後だから、あまり変な抵抗はなかったんだよね。たぶん価値観が変わったんだね。震災のストレスでやけになっているわけじゃないよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>とても思いやりがある女性だった。震災を体験していない僕には彼女の価値観は想像すらもできなかった。そしてこれについて色々聞いたところで、体験していない僕には</p><p>きっと理解することができないだろうと思い、その話はやめた。東北の震災、その経験によって風俗嬢になる女性。どこがどう繋がっているのか理解することが出来なかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>石巻で知り合った別の女性も似た様な事を言っていた。その女性は震災直後、ボランティアをするために東京から石巻に移住して来たという。移住してから3年が経ち、復興もある程度進んでいた。彼女はもう少ししたら東京に帰るという。なぜ帰るのか聞いてみた。</p><p>&nbsp;</p><p>「震災の復興がある程度落ち着いたから気持ちの踏ん切りがついた。あとは、ここで得た経験を実生活に生かしたい。」</p><p>&nbsp;</p><p>この女性もヒッチハイクで乗せてくれた女性も、震災後のボランティアや日々の生活をする上で価値観が変化していったのだと思う。言葉で表せるようなものではないのかもしれない。どちらにせよ体験していない僕には共感まですることができない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>宮城県の石巻に着いた頃、僕は食料と寝床を毎日探すという生活に疲れていた。そこで漁師町に行き、漁師の仕事をして旅をお金を稼ごうと考えていた。そのため今日の宿代と漁師町までのバス代をどこかで稼ごうとしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は石巻市の商店街を、仕事を探すべく飲食店を訪ね歩いていた。石巻の街は2011年の震災の影響で、繁華街でも営業している店は数えるほどしかない。震災から3年以上経過していたけど、半壊している建物も多かった。建物は建っていても空き家になっている店も多く、街には寂しい雰囲気が漂っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>商店街から海に向かって少し歩くと、瓦礫だらけの更地がずっと続いていた。そこは震災前は住宅街であったが全て流されるか壊されてしまい、お寺がひとつぽつんと残っているだけだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>10店舗位訪問した結果、とある中華料理店が雇ってくれることになった。そのお店は中国人夫婦が2人で切り盛りしているお店だった。僕は主に皿洗いをさせてもらった。でも僕が滞在した3時間で見かけたお客の数は10人以下で、繁盛しているとは言えない様な雰囲気だった。なのにまかないに大盛りのカツ丼を食べさせてもらった。忙しいから雇ってもらったのだろうと思っていたが、この様子をみるとそうではなく、情を掛けてもらった様で少し気が引けた。</p><p>&nbsp;</p><p>こういった優しさも震災となにか関係があるのだろうか。きっと震災の影響で多くの人が石巻からいなくなり、以前のような客足は期待できないのだと思う。雇ってもらった中華料理屋のお客の数を見るとそれは想像ついた。でもなぜそんな中でもこの店は営業しているのか気になって、鍋をふるう旦那さんに聞いたらこう答えてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「震災が起こった後、この地域に住んでいた外国人は皆国に帰ってしまったんだよ。</p><p>皆この慣れ親しんだこの土地を気に入っていたけど、震災で仕事も無くなったし、放射能の影響も怖かったし、母国にいる家族から帰ってこいと言われるんだ。私たちと親しくしていた中国人も皆帰って行った。一緒に暮らしていた日本人を見捨てる事になるけど、それは仕方ない事なんだ。だけど僕たちは石巻が好きだったし、まだこの地に残っている日本人のためにも、僕たちは石巻で中華料理屋をまたやろうと思ったんだ。」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「そうなんですか。でも人が少なくなったらお客さんは減るし、最悪お店がつぶれてしまうかもしれないのに、なぜそこまでして残ろうと思ったんですか？」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「石巻の街を見てもらうとわかると思うけど、震災後も営業している飲食店は少ないんだ。でも、この街に残って生活している人や復興支援をしている人はたくさんいる。飲食店がなかったらその人達寂しいでしょ。私たちは石巻が好きだし、そういう人達を応援したいから、お店を続けることを決めたんだ。」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僕は中国人というのは、国や土地に愛着というより、金や家族関係を重んじる人達だと勝手に思っていた。だから震災があって日本を離れる事は仕方の無い事だと思っていた。特に稼ぐ為に日本に来ている外国人からしたら、お金を稼げないのにその土地にいる意味はないはずだ。そんななかでも自分以外のもののために行動している中国人が新鮮に感じた。日本人の中だけで暮らしていると、外国人は自分たちとは全然違う生き物のように見えてしまっていた気がする。でもどれだけ違う国の人であっても人や土地を想う気持ちは変わらないという共通する部分を外国人も持っているんだというとても当たり前なことを再認識させられた。また旦那さんが口を開いた。</p><p>&nbsp;</p><p>「それに、外国人が皆いなくなったら、外国人は石巻を捨てたみたいに思われてしまうでしょ。それが嫌だったんだ。外国人だって日本で住んでいる土地や、親しくなった人達のことは大切に思っているんだよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>お客が少ないせいで僕が洗う皿はもうなかった。店内には数少ない客と奥さんとの話し声や笑い声が聞こえていた。そんな光景を見ていると、この夫婦はこの土地で日本人と助け合いながら楽しく幸せに暮らしていたんだと思う。そして震災があって、今までの生活が全て壊された。でもどれほどの悲しみと苦労があったかは僕にはわからないけど、そこから前を向いていこうと決めた。</p><p>&nbsp;</p><p>「震災があったって自分たちもこの土地に残って一緒に頑張っていくんだ。」</p><p>&nbsp;</p><p>言葉にはしていないけど、中国人夫婦の背中からはそんな力強さとどこか無理をしている気持ちと、でもやっていくんだという決意を感じた。この力強さや優しさというのは</p><p>この旅で東北で出会った人達に共通する事だった気がする。旅を終えた後に東北で出会った人達の事を思い出すたびに、その力強さと優しさを今でも思い出す事ができる。それは震災によって深い悲しみや苦しみを受け、そこから立ち直ろうとするエネルギーの裏に、きっと哀しみが潜んでいる。この夫婦のお店がお客さんでいっぱいになってくれることを願った。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>21時頃まで3時間ほど働き、給料をもらった。奥さんからは何か困った事があったら連絡してと電話番号が書いたメモをもらった。僕は二人にお礼を言って中華料理屋を後にした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jumpei100/entry-12211818954.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Oct 2016 13:58:58 +0900</pubDate>
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<title>文無しでgo：出発</title>
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<![CDATA[ <p>※2014年４月から始めた旅の回想です！</p><p>&nbsp;</p><p>【出発】</p><p>&nbsp;</p><p>2014年４月のある日。</p><p>&nbsp;</p><p>午前11時頃、僕は東京の環七通りの道路で、</p><p>ヒッチハイクをやりやすい場所を探してとぼとぼ歩いていた。</p><p>&nbsp;</p><p>環七は車通りが多くて複数車線の直線が続く大きな道路なので</p><p>車のスピードがとても早い。</p><p>&nbsp;</p><p>僕の横をびゅんびゅんと次から次へと車が通り去っていく。</p><p>&nbsp;</p><p>手には「東北方面」と書いたボード代わりの段ボール。</p><p>&nbsp;</p><p>背負っているリュックの中には</p><p>2日分の下着と靴下、段ボールの文字を書くためのマジック、運転免許証、携帯電話。</p><p>&nbsp;</p><p>お金やらキャッシュカードが入った財布や通帳は</p><p>さっき出て来た友人の家に全て置いてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>今思うとあまりにも軽装備だ。(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>無一文で旅をすると友人に告げて威勢よく飛び出してきたが、</p><p>これからヒッチハイクをやるんだと思うと、ドキドキしてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>大学卒業後に就職したネット広告の営業を3年ほど続けて2013年の年末に辞めた。</p><p>&nbsp;</p><p>その後3ヶ月ほど岐阜や石川でバイトをしてお金を貯め、</p><p>東京に戻ってきた僕は次はなにをしようか決めかねていた。</p><p>&nbsp;</p><p>正直またスーツを着てサラリーマンになるつもりはなかった。それよりもやりたいことをやろうと思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>生活のために仕方なく働いたり、正社員になるのが普通という常識に縛られる事なく、自分の心に従いたかった。しかしいざ辞めてみるとなかなか何をしようと決まらない。</p><p>&nbsp;</p><p>海外には興味があったのだが、漠然としすぎていて一歩が踏み出せずにいた。</p><p>&nbsp;</p><p>海外に行きたいと思って元職場の先輩からインドにある語学学校を紹介してもらい、</p><p>応募してSkype面接も受けて内定が決まった。</p><p>&nbsp;</p><p>英語が出来ないのでインターンとしてだったが、お金よりも経験が欲しかったので全然問題なかった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしインド行きのビジネスビザを取る手続きをしている時期に日本を離れるのが寂しくなり、辞退してしまった。そんなこんなで路頭に迷っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんな2014年の4月、友人でバンドマンのの吉川龍之介と新宿で呑んでいた。</p><p>龍之介は自分と同じく新潟出身でオーストラリア人とのハーフ。高身長で白人とのハーフで顔の彫が深くて俺より年齢は1つか2つ上。</p><p>&nbsp;</p><p>彼はとても変わっている人物で、10代の時に親と縁を切り、風俗店でボーイをやったり服屋で副店長をしたりして、今は建築現場で働いている。</p><p>&nbsp;</p><p>また、急遽結成した急造バンドのライブで、曲は2曲のみで、あとはトーク。入場料はなんと1万円で、満足できなかったら全額返金という無茶苦茶なライブを行ったりしていた。そんな無茶苦茶なライブで龍之介と出会い、連絡を取り合うようになっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>呑みながら最近の状況を話していると、</p><p>龍之介が高校生の時に無一文で旅をしたという話をしてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>それを聞いた瞬間に「それだ！」と思った。</p><p>&nbsp;</p><p>龍之介とは結局終電まで呑んで解散したのだが、小田急線で帰っている間も「よし明日やろう！」と酔いながら決意を固めていた。そして居候していた友人の家に帰り、「無一文で旅をする！」と宣言したのだった。</p><p>&nbsp;</p><p>それを聞いた友人は「え、、いつ？！」と聞いてきた。それに「明日！」と答えてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>次の日起きると二日酔いで気分が優れなかった。旅をする気分じゃなかったので、また今度にしようと思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし友人が「今日するんだろ！早くいけ」とけしかける。終いには用事があるからと行って、俺を追い出し外出していった。</p><p>&nbsp;</p><p>財布やらお金などもぜんぶ友人の家に置いていった。俺は全然乗り気じゃなかった。</p><p>眠いし気持ち悪いし、４月なのに外は寒いし。しょうがないからコンビニに行ってヒッチハイク用のマジックを買い、段ボールをもらった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>環七道路というのは車通りも多く、</p><p>車はかなり早いスピードで走っているため、ヒッチハイクには不向きな場所だ。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ高速道路のジャンクションに繋がっており、高速道路を使って移動しようと考えていた僕に取っては最適な場所だった。</p><p>&nbsp;</p><p>歩き始めてすぐに雨が降ってきた。早く車に乗らないとずぶ濡れになってしまう。しょうがないと思って親指を道路に突き出した。</p><p>&nbsp;</p><p>その瞬間、僕をどこにでもいる一通行人として特に気に掛けないで通り過ぎていた車から一気に視線が集まる。運転手は皆、きょとんとした表情を見せ、通り過ぎて行く。なかには同乗者に声をかけ、僕を指差している人もいる。</p><p>&nbsp;</p><p>通り過ぎる全ての車から視線を感じる様な気がした。目を合わせていいのかどうなのか戸惑い、親指を上げているのがすごく恥ずかしく感じた。まあでもどうせしばらくしたら僕の事など忘れているだろうし、気にする必要はないと思って親指を上げ続けた。</p><p>&nbsp;</p><p>ある程度時間が過ぎたと思って時計を見たら、まだ3分しか経っていなかった。</p><p>ヒッチハイクが見つかるまでどのくらいかかるんだろうかとぼんやり考えていたら、1台の車が通り過ぎてから止まった。</p><p>&nbsp;</p><p>止まった車から同年代くらいの少しいかついお兄ちゃんが出てきた。</p><p>雨が強くなってきてその兄ちゃんは叫ぶように</p><p>「どこまでいくの？！」と聞いてきた。</p><p>「東北目指しているんですが、どこでもいいです！」</p><p>「乗りなよ！」「はい！」</p><p>&nbsp;</p><p>雨に当たらないように急いで車内に乗り込むと、すぐに車は走り出した。</p><p>車内には3人ほどの同じくいかついお兄さん達がいて、皆個人事業主として建築系の仕事をしている人達だった。</p><p>&nbsp;</p><p>あまりにも早い展開と、いかついお兄さん達に少しビビり、起きていることに頭がついていかなかったけど、旅が始まったんだということを理解してドキドキしていた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jumpei100/entry-12211518158.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Oct 2016 15:13:37 +0900</pubDate>
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<title>アウトプットがしんどいわけ</title>
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<![CDATA[ <span style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">台湾で暇すぎるのでもう一つ。</span><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">半年間ずっとアウトプットする事を避けてた。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">思考や感情や認識の仕組みに興味があって、ひたすらアウトプットしてきた自分にとってはそれはそれは大きな出来事で。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">最初は言葉に限界を感じたからだと思った。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">何かを伝えると人によって認識が違うので、捻じ曲がって伝わるのが怖かった。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">だから風になろうと思った。笑</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">風ってなんの説得力も理屈も意味もないけど、風を感じると気持ちいいよね。そんな感じの人になりたかった。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">でもそれは割と表面上の理由で実は、人から認められる為にアウトプットする事が苦しかったからだと思う。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">ひたすらしがみついてたから、よっぽど寂しかったんだと思う。笑</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">あと、反応に一喜一憂して、ガチっと身構えて、無防備で殴り込みにいくような感じだったから、さすがに疲れた。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">なんか理屈っぽくていやだな。笑</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div>
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<pubDate>Sun, 27 Sep 2015 11:20:09 +0900</pubDate>
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<title>この1年半を振り返って</title>
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<![CDATA[ <span style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">約1年半前位に、会社や大人や社会は敵で、</span><span style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">自分を脅かして害をもたらす存在だと思うようになった気がする。</span><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">そんな敵から逃げて、もうお前らの思い通りにはさせないぞと決意し、会社を辞めて敵に反抗を始める。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">それが無一文旅や、トークショーや、悩み聞きとかの活動に繋がった気がする。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">おかげで足腰が強くなり、目的の為に手段をあまり選ばなくなったように思う。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">でも、ひたすら逃げて、しがみつける何かを求める生き方はとても不安だった。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">だから、好き嫌いの世界ではなくて、好きなものを増やして住みやすい世界にしようと思った。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><div>敵だと思っていたモノも、実は自分の思い込みなんじゃないかと思い、会社でまた働いてみた。</div><div><br></div><div>社会の檻だと思っていたモノに飛び込み、本当に檻なのか確かめようと思った。</div><div><br></div></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">そんなことをここ半年間ずっと意識して仕事を続けた。</div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">赤字まみれの事業部は黒字になり、チームの雰囲気も明るくなった。仕事が楽しくなった。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">結果的に檻かどうかはどうでもよくなった。</span></div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">檻だとしても、出れないわけではない。</span><br></div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">自分で選択できる。</span></div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">だから関係ないなと思った。</span></div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それと、失敗しても自分は損せず、良くも悪くも人間関係が渦巻く場所にお金をもらいながらいれる、チャレンジできる環境ってのは凄いなと思った。</span></div><div><br></div><div><br></div></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">そしてあと、とても涙もろくなった。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">太陽を浴びたり、風が気持ちいいとふと思い出したように泣きそうになる。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">そんないい時間が増えた気がする。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">自力も他力もなくて、全部自力で全部他力な気がする。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392);">心の動作や自分の認識を確認するように</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ずっとリハビリしていたような気がするw</span></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">振り返ってみるとそんな感じ。</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">彼女欲しいw</div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="color: rgba(0, 0, 0, 0.701961); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; -webkit-composition-fill-color: rgba(130, 98, 83, 0.0980392); text-decoration: -webkit-letterpress;">カンボジアから台湾に移り、残り滞在ラスト1日。残金は6ドル。早く日本のラーメンが食いたい。</div>
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<link>https://ameblo.jp/jumpei100/entry-12077520996.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Sep 2015 19:03:20 +0900</pubDate>
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<title>カミングアウト</title>
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<![CDATA[ 先週、悩み聞きのクライアントと会ってきた。かれこれ昨年の秋頃から3ヶ月くらいやりとりをしていたけど、メールとSkypeだけのやりとりで、会った事のは初めて。実際会うとがっかりされるんじゃないかとか思ってびびって緊張してた。でもそんな変化も楽しみだった。どうやら僕は相手の悩みに到達するのが遅かったり、質問に対する返答が検討違いだったりすることが多く、イライラさせてたようだ。よく言えるなと思ってちょっと関心してしまった。<div>俺も俺で、「いつまで悩んでるんだ」と思って正直イラついた時もあった事を言った。<br>お互い言いたいことが言えて良かったんじゃないかと思う。悩みを聞いていたやつが実はイラついてたと知って傷付くかもしれないけど、案外笑ってた。<br>悩み相談というのは、聞くだけでアドバイスしなくていいと言われる。仰る通り。でも母の愛のように全てを受け入れるような事は僕にはなかなか難しいみたい。話を聞きたくないときもあるし、聞いててイラつくときもある。なんで俺は聖母のように待ち構えなきゃいけないんだよ！って思った事もある。</div><div>まあ何はともあれ、相談者の現実は好転したようで、少しでもお役に立てたんではないかと思えて自分にホッとしている。</div><div>「どうしてそこまでサポートするの？」「実験台にされてるの？」と怪しまれて、質問された事がある。返答に困った、というか図星を付かれた感があってちょっとイラッとした。自分では、「自分も人に同じようにされて救われたから、誰かにそれを返したい」が理由だと思ってた。というよりも「無理矢理そういう事にしといた」という感じ。まったくそう思わなかったわけじゃないけど、そっちのほうが都合もいいから無理矢理そういう事にしといた、ような気がする。でもどうもスッキリしない。とにかくモヤモヤする。「もしかして俺今すげー偽善者ぶってないか？ほんとは自分が気持ちよくなりたいから誰かの役に立とうとしてるだけだし、誰かに俺は価値があるよって思ってもらうことを求めてるわ。・・・キレイな理由に見せようとして、なんて卑しいんだ。。」でも、だからどうしたっていうんだろう。そっからは開き直った。「自己満だし、自分の実験だけど、それがなにか？俺はエネルギーを出せる場所を探しているんだ。偽善だし自分の為にやってるよ。誰かの役に立てば自分が満たされるでしょ。完全に自己満だし実験だよ。それがなにか？どう思われようがいいけど、最後までサポートすると自分は決めている。で、あなたはどうするの？」みたいな事を言っていた気がする。書いてみるとただの逆ギレだった気がする。でもおかげでめちゃくちゃエネルギー出てきた。動機や目的で悩んでいたのがアホらしくなった。カミングアウト万歳。カミングアウトすればそれは武器になるんだから自分の事を棚に上げまくろう。<br><br>「話聞き」はこちら<div>http://ameblo.jp/jumpei100/entry-11987934122.html</div><br>僕の思っている事を勝手にお見舞いしてやろうというメルマガ<br>【お見舞いレター】の無料購読申し込み<br>http://www.reservestock.jp/subscribe/28170<br></div>
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<pubDate>Sun, 22 Feb 2015 22:00:51 +0900</pubDate>
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<title>話聞きを募集開始してみて</title>
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<![CDATA[ 僕が昨日から始めた話聞き<br>http://ameblo.jp/jumpei100/entry-11987934122.html<br><br>感じた事があったので。<br>これは他人からしたらはカウンセリングとかコーチングとして映るのかな。自分でも、自分がしている事ってそういう事をなのかなと思ってた。でも、カウンセリングとかコーチングって心理学的な感じがして、「人を良する、良いほうに導く」みたいなイメージが勝手にあるんだけど、そういう事に自分はどうでもいいみたいだ。どうでもいいかと言うか、無意識的に区別している良い悪いの価値観にうんざりしてる。あと例えば、僕の話聞きをして「心が優しくなった！」みたいな人が現れたとする（いや、仮にね）。それが良くて、逆に「余計苦しくなった！」みたな人がいたとする。それがどっちがいいかどうかはどうでもよかったりする。どっちにしてもそこから感じるもんがあると思う。どこを見ているかの違いで、時間が経てば変化するんだから、放置でもいいんじゃないか。クライアントにどうなってほしいとかはあまりない。というかクライアントになっちゃうと、当事者じゃなくなっちゃうんじゃないかと思う。当事者じゃなければ意味がないと思うから、来てくれた人をクライアントみたいなお客さん的な感じでは思わない。基本的に僕は自分の事しか考えていない。僕は心配してもいない他人の事を心配できない。心配になったから心配する。自分が感じたことしか考えられない。自分の事しか考えていない。自分の中でちょっとやばいかなって思う事を少しやってみる。まるで好奇心丸出しの子供みたいに。子供の時って「これやっちゃとどうなるんだとう」みたいな事を思った事あるはず。そういう発想があったはず。やってみるとそれは笑っちゃう位どうでもないんだって事がわかる。イメージ的には彼女に怒られるまでちょっかい出しているときと変わらない。ちょっかいを出し続けると、いつかはキレられるか呆れられる。僕はそんな事が結構楽しかったりする。やっている時はビビりながらやるし、やった後は一瞬後悔する時もあるし、楽しかった～なんて笑顔で言えない事がほとんど。でも大丈夫、こんな僕らがやばいと思いながらもできる事なんて全然やばくなくて対した事無い事ばかりだから。人と何かしたい時もあれば、一人で追求したくなるときもある。僕の場合は一人で追求したくなる（時期？）みたいだ。でもたまに人と繋がりたくなる。なにがしたいかっていうとわからない。「狂いたい、繋がりたい、表現したい」ってことなんかなと。言葉でもうちょっとしっくりくるものが見つかれば、わかりやすくなると思うんだけどなあと思う。だからつまり今の僕はこういう事が楽しいみたいだ。楽しいは人によって違うんだなあと思う。人とわいわいやって楽しい人。一人でもくもくやって楽しい人。周りからいかにも楽しそうって思われる人。人から理解されないけど楽しい人。あんがいやりたい事やってるんだ。色々よくわからないけど、どうせ変わっていくんだからしたい事に良いか悪いかなんて考えずやっちまう。どうせ変わるんだからいいんでない。そんでこんな事を書けるのもこのブログのおかげ。Facebookだと見たくない人の目にも触れるから。結構気にする。これを見ている人は少なくとも気になって見ている(たぶんw)のでありがとう。こういう事を色々書いて客観的に見てみるといかに僕がいろんなものに執着しているかわかる。ちなみに彼女はいません。<div id="{A4647315-5EDA-4ED1-8C30-E8DCB590FAF4:01}" style="text-align:left"><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150211/16/jumpei100/ed/44/j/o0480064013214968614.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150211/16/jumpei100/ed/44/j/o0480064013214968614.jpg" alt="{A4647315-5EDA-4ED1-8C30-E8DCB590FAF4:01}" width="300" height="400" border="0"></a></div></div><br>
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<pubDate>Wed, 11 Feb 2015 16:45:01 +0900</pubDate>
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