<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>jun-560923のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/jun-560923/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その13　-四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）の7回目、(8回目)</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ７<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目、④坂東三十三箇所 観音霊場、⑤四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）、⑥秩父三十四箇所　と続いてきたへんろ旅は、⑤四国八十八箇所 3巡目(逆打ち) の6回目【2019年（令和元年） 12月21日～28日（三十七番 岩本寺から二十四番 最御崎寺）】で未完になっていたので、その続きを記します。</p><p><span style="display: none;">&nbsp;</span><br>⑤　四国八十八箇所 ３巡目、逆打ち・区切り打ち</p><p>　・2015年に3巡目の逆打ちを始めて、徳島、香川、愛媛、高知と左回りに歩き二十四番最御崎寺を打ち室戸岬を回って徳島県に向かったところでコロナ禍などの理由で中断していました。1年空けて2021年12月に7回目ができました。</p><ul><li><u>7回目　2021</u><u>年（令和3年</u><u>） 12</u><u>月5日～12</u><u>日　別格四番&nbsp;鯖大師から別格二番&nbsp;童学寺</u><br>・この年の9月に65歳になって、42年間勤めた会社を退職しました。”毎日が日曜日の無職” は心身ともに納まりが悪いので、パートタイムで働ける職探しをしていますがうまくいかない毎日です。そんな鬱屈の日々だからこそ、恒例の年末年始休暇を待つ必要がないこのタイミングで2年ぶりのお遍路に出ました。<br><u style="text-decoration:underline;">12月5日</u>、混み混みのバスタ新宿から、21時55分のドリーム阿南徳島1号で出発。<br><br><u style="text-decoration:underline;">12月6日</u>、淡路島の室津PAに着くまでしっかり眠れて徳島駅には5分遅れで到着しました。阿南駅でのJR牟岐線乗り継ぎ時間が少ないので、国道55号の渋滞にやきもきしましたが、結局20分遅れの発車6分前に阿南駅に到着して、無事牟岐行列車に乗れました。これに遅れると2時間以上のロスになるので冷汗をかきましたが、高校生で一杯の車内で一息ついて、これから歩くへんろ道沿いの牟岐線を辿ります。牟岐駅では50分弱の待ちでバスに乗り換え、ここからもへんろ道を逆に辿り、10時20分に甲浦白浜バス停に到着です。<br>前回の打ち止めが佐喜浜なので、更に室戸行バスに乗り継ぐべきなのですが、12時24分までの2時間待ちは耐えられないので、不本意ですが順打ち方向の歩きで佐喜浜を目指します。前回もうひと頑張りして甲浦まで来ていれば、と後悔しきりですが、3回目の室戸岬目指しの国道55号歩き、今回も天候に恵まれていて、晴れて暖かく穏やかな、太陽に向かっての太平洋岸独りぼっち、空と海の青、波の白、木々の緑だけが目に入る中、4時間ノンストップで14時15分、佐喜浜支所前バス停到着しました。2年前の見慣れた街並み、同じスーパーでおにぎりを買って一休み、14時54分、甲浦に戻るバスに乗り、あっという間の15時20分、甲浦河内バス停で降りると、目の前をDMVの試運転車両が通り過ぎていきました。前回、甲浦駅で線路から道路に下りるスロープを作っていたのを思い出します。ここから本来の逆打ち歩きが始まって、1時間もかからずに16時5分、宍喰の民宿ぬしまに入ります。古いけれども親切で快適な宿でした。<br><br><u style="text-decoration:underline;">12月7日</u>、7時20分出発、宍喰海岸で雲の上に昇る朝日を見て、今日も暖かい歩きを進めます。海部から浅川は国道を外れてこれまでと違う道を歩き、国道に合流してしばらく進むと、<b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">別格四番 鯖大師</u></b>、今回最初の札所、こじんまりとした親しみやすいお寺です。コロナ禍もあってお遍路さんは少ないと思っていたら、入れ違いに団体さんが到着して少しびっくりでした。トンネル点在の国道歩きを1時間で前日に列車を下りた牟岐駅前を過ぎて、長い長い日和佐への緩やか登りが始まります。ひたすら歩いて峠を越えて美波町（日和佐町）に入っても国道歩きはまだまだ続きます。日和佐トンネルを過ぎるともう少し、という気分になって元気が出て、薬王寺の塔を目指し一気ににぎやかな街並みを過ぎて、14時45分、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">二十三番札所 薬王寺</b></u>に着きました。階段を登ってお参りして散り残りの紅葉と日和佐の街を見下ろして納経して、今宵の宿に向かいます。すぐに街中のさくら庵という古民家を改造したというゲストハウスに着きました。古民家好きならうれしいでしょうが、長い距離を歩いたおへんろにとって、風呂が（テレビも）ない宿は辛いものがあります。薬王寺の立ち寄り湯は休み、うどん屋も休み、結局コンビニ飯とシャワーで我慢しましたが、部屋は快適でした。<br><br><u style="text-decoration:underline;">12月8日</u>、風が強くてガタガタ鳴る音で目覚めて、コンビニ飯で朝食、7時20分、晴天の出発、光溢れる朝の大浜海岸道を快適に進みます。今回も逆打ちの洗礼で山座峠の登り口を見つけられずに時間ロスしかかりましたが、おばあさんに教えてもらって事なきを得ました。木岐や田井ノ浜の昼の海の美しさに目を見張り、由岐からは緑濃い山に向かって登っていきます。由岐坂峠を越えてしばらく行くと国道55号に合流してトンネルをいくつか越えると、左に分かれて山中の細い車道に入っていきます。薄暗い道を進むと明るい農村に飛び出したところに月夜御水大師、広い農道を進むと山を背に南面する、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">二十二番札所 平等寺</b></u>に12時25分に着きました。ひたすら光が溢れて暖かいお寺です。大根峠は歩きやすい登り道に変わっていてあっさりと阿瀬比に着きました。ここまでくれば宿は近い、安心気分で緩やかに下る車道を進み、14時45分、太龍寺登り口の龍雅荘に着いてほっとしました。でも誰もいない、開いていたので中に入ってソファに座り寒い中、帰ってくるのを待ちましたが誰も来ません。1時間くらいして電話したがらちが明かない、困っていたところ、16時くらいに私の予約電話を受けたという人がようやく来ました。その人が言うに、この宿は閉鎖して売るので予約は断ったつもりでいた、と驚きの言い分でした。でもさすがに悪いと思ってくれて、鷲敷の宿に電話して泊まれる手配をしてくれ、車で送ってくれて16時45分、2時間を無駄にして道の宿そわか に入れました。食事は途中で買った2日連続のコンビニ飯ですが、ゆっくりと風呂に入って快適な部屋でくつろぐことができ、結果オーライということです。<br><br><u style="text-decoration:underline;">12月9日</u>、快晴の朝、昨日の人が迎えに来てくれて、クルマで龍雅荘へ、送り迎えまでやってくれて感謝の気持ちを持つことができました。7時45分、太龍寺へクルマ道を登り始め、順調に進んで8時50分、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">二十一番札所 太龍寺</b></u>に着きます。立体的で立派なお寺、陽の光が満ち溢れていて心が晴れ晴れ、空気は冷たいが暖かい。下りのへんろ道も歩きやすく、山道から川沿いの快適な道を進み、清らかな水と清潔な河原が鮮烈な那賀川を素朴な造りの水井橋で渡ります。川の風景が心に沁みます。しかし、鶴林寺の登りは気が休まる緩みのないひたすら急登が続く、印象として四国遍路逆打ちで最もつらいへんろ道と感じました。汗をかいて、思ったより時間を使って、11時20分、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">二十番札所 鶴林寺</b></u>に着きました。太龍寺とは一転して狭い素朴なお寺です。今日中に慈眼寺を往復したいので気持ちは焦っているのに、こんな時に限って横瀬橋へ下りるへんろ道がわからずに生名へ下りてしまい、遠回りとなって時間と体力ロスとなってしまいました。急がなければならないと、横瀬橋から坂本への道を我慢してひたすら歩きます。14時5分、ようやく今宵の宿、ふれあいの里さかもとに着きました。でもこれから明るいうちに慈眼寺を打って戻らなければなりません。荷物を預けて10分ですぐに出発です。2度目なので道はわかりますが、さかもとで貰った地図を見ながらどこまで進んだか、あとどのくらいか、を考えながら急ぎます。じめじめとした暗い山道は、帰りに日が落ちてしまったらどうしよう、と不安を抱えて進みます。1時間以上かかって、15時25分、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">別格三番 慈眼寺</b></u>に着きました。でもこの札所はこれでは終わらない、15分更に登って穴禅定脇の本堂に着きます。また下って大師堂をお参りして納経したら完了です。16時を回って西日の中、宿を目指して下り始めますが、途中日は落ちてしまいますが、森の中の山道はどうにか足元が見えるのですっすっと進み、宿着は17時15分、空は濃い青から黒に変わろうとしていました。この日は太龍寺、鶴林寺、慈眼寺を登って下って大変な一日でした。この宿は食事も風呂も部屋も最高、何度でも泊まりたい宿です。<br><br><u style="text-decoration:underline;">12月10日</u>、美味しい朝食をいただいて、7時40分出発。頑張った日の次の日はのんびりと楽に歩きたいのですが、疲れが取れていないようで、途中から意識がもうろう気味となり歩くのがつらくなりましたが、での進むしかない、長い道のりを辿って11時20分、<b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">十九番札所 立江寺</u></b>に着きました。街中の大伽藍の立派なお寺、薄曇りの穏やかな空気感です。町を過ぎて山を越えるへんろ道に難儀して、時間がかかって12時50分、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">十八番札所 恩山寺</b></u>、1回目のおへんろでここから納経を始めた思い出深い札所ですが、もうふらふら、でも鮮やかなイチョウの黄葉と鳥の声だけの静けさ、いいお寺です。行ける所まで行こうと歩き始めて、国道55号に合流したあたりで少し元気になって、予定通りに地蔵越えをして鮎喰駅まで行こうと考えましたが、無理無理と徳島市内を目指し国道を進みましたが、やっぱりやめてよかった、すぐに散歩のようなペースに落ち込んで、4車線の大幹線国道を時間は遅くないので気持ちはゆったりと歩みを進め、15時45分、ホテルたいよう農園県庁前に着いて一安心。夕食はバイキングの食べ放題、で清潔なビジネスホテル、2回目の宿泊、泊まりたかった宿です。<br><br><u style="text-decoration:underline;">12月11日</u>、おへんろは前日で打ち止めて、この日は観光の1日として歩いて鳴門に行く計画にしていましたが、もう1日おへんろを続けて、童学寺まで歩くことにしました。朝食もバイキングで美味しく大満足です。<br>7時50分出発、この日泊まる徳島駅近くの宿に寄って荷物を預かってもらい身軽になって徳島市内の国道を井戸寺目指して進みます。この日は歩き距離が短いので、札所密集地域を緊張感なく楽しくおへんろする心づもりでしたが、とんでもない1日になってしまいました。朝から1日酷い下痢で、荷物を預けた宿、途中の徳島大学や鉄工所、もちろん札所毎にトイレに駆け込んで、数えたところ計8回、歩きは順調でもとんでもないへんろ歩きになってしまいました。<br>天気は快晴、今回は暖かすぎるくらいの良い天候に恵まれてありがたい旅でした。10時20分、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">十七番札所 井戸寺</b></u>、お葬式をやっていて四国札所も当然ながら地元密着の生きているお寺であることを実感しました。府中の街を歩いて、11時15分、<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">十六番札所 観音寺</b></u>、道路わきの地味な札所ですがお遍路さんがちらほら見えます。徳島近郊の広々とした一帯を歩き。12時20分、<b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">十五番札所 国分寺</u></b>、この日は土曜日、コロナが落ち着いてきたからなのか、この札所もお遍路さんは多いです。親しみが少なく形だけの威厳を感じる札所です。住宅地をゆったりと歩いて、12時45分、<b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">十四番札所 常楽寺</u></b>、岩が波打つ、森を背景に整った良いお寺です。鮎喰川を一宮橋で渡って、都市近郊からひなびた農村に変化した風景の中、14時50分、<b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">十三番札所 大日寺</u></b>、ダンプカーが通る県道わきの落ち着かない札所です。次は今回最後の札所を目指してこの日にしては長い距離を歩きます。鮎喰川を渡って西へすっすっと歩いて合流して北へ登って新童学寺トンネルを越えて下って、下りすぎて少し戻って西に入ると、池の脇に立つ、<b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">別格二番 童学寺</u></b>に16時に着きました。6日間のへんろ旅の最後の札所、この日思いがけず６ヵ寺の札所を打つことができて満足です。<br>夕暮れの都市近郊の賑やか風景に戻ってきたなという実感をもって、列車時間を意識して急いで歩き16時55分、JR石井駅に着きました。これで歩きも完了、後は帰るだけ、といういつもの感慨を持てましたが、これまでと違うのは家に帰っても仕事はない、休み明けに行く会社はない、という寂しさに浸りました。無職だからおそらく結願となる次回へんろ旅も行きやすく、再開ポイントはこの駅となるんだな、と夕方の無人駅で考えたりもしたものです。<br>17時6分の列車で徳島駅に戻り、王将で夕食を済ませて、18時15分、Hostel PAQ徳島にチェックイン、安いところにし過ぎてドミトリーの部屋は快適とは程遠く、最後は後悔の一夜となりました。<br><u style="text-decoration:underline;">12月12日</u>、油断して昨夜夕食を食べたのが悪かったのか、夜中に3回下痢してろくに眠れませんでした。楽しみにしていた青春18キップを使っての鈍行乗り継ぎ旅なので、トイレが不安で朝から一日何も口にせずに電車に乗ることにして、5時47分、暗いうちの徳島駅始発の高松行で出発します。高松からはマリンライナーで岡山駅、赤穂線回りで播州赤穂、姫路からは新快速で米原、大垣から新快速で豊橋、掛川、静岡、熱海、大船から池袋、17時間の列車旅はさすがに疲れましたが、昨日の体調不良がなければもっとお遍路後の旅を工夫して楽しめたのに、と残念でした。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12725593424.html</link>
<pubDate>Sun, 15 May 2022 20:46:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その12　-秩父三十四箇所</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ６<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目、④坂東三十三箇所 観音霊場、⑤四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）　に続くへんろ旅シリーズ６は、<br>⑥秩父三十四箇所<br>　です。<br><br>⑥　秩父三十四箇所、日帰り・区切り打ち</p><p>　・1995年に始めた四国八十八箇所 1巡目の最終回、結願の大窪寺・完結の霊山寺・満願の高野山に続けて歩いた熊野古道の那智大社・青岸渡寺から続けて始めた西国三十三箇所観音霊場巡礼は2005年に結願、同じ年に始めた四国2巡目は別格札所二十カ寺を含め計108カ寺を完全徒歩で回り2013年初めに完了ました。四国2巡目と並行して2006年から2007年には自身が住む関東地方の坂東三十三箇所を日帰りを繰り返して回りました。<br>　西国、坂東、四国2巡目の後、四国八十八箇所3巡目逆打ちの6回目を2019年年末に行いましたが、2020年3月からの新型コロナ感染拡大で2020年年末の7回目を断念し完結できていません。<br>　そこで、秩父なら短期間で回れると考えました。1996年の3月20日、5月3日、11月24日、12月27日に日帰りで三十四箇所を巡りましたが、納経をしない、ある意味非公式なおへんろでしたので、キチンと巡礼したいと、2021年2月に今回も4回の日帰り分割おへんろを行いました。</p><ul><li><u>1回目　2021</u><u>年（令和3</u><u>年） 2</u><u>月11日　</u><span style="text-decoration:underline;">一番四萬部寺から十二番野坂寺</span><br>・西武池袋線沿線の自宅から乗換1回で秩父に行けます。早朝に家を出て7時19分に西武秩父駅に着き、快晴の国道140号を一番札所に向け歩き始めます。大野原駅を過ぎ右に折れ横瀬川を渡って山に向かっていくと、8時50分、こじんまりとした<span style="text-decoration:underline;">一番札所 四萬部寺</span>に着きます。四国一番や西国一番とは全く異なる、地味で親しみやすい、地域に根差した巡礼道を象徴するような秩父一番札所です。新しい納経帳を購入して納経していただきます。次の札所へは林道を登って、無住の本堂、静寂の<span style="text-decoration:underline;">二番 真福寺</span>にお参りします。納経は山を下りた集落に立つ光明寺。県道と横瀬川を渡ると、山を背に<span style="text-decoration:underline;">三番 常泉寺</span>、再び川と県道を渡ると、<span style="text-decoration:underline;">四番 金昌寺</span>、こちらは慈母観音のやさしさが印象的、家並みを縫って県道わきの無住の<span style="text-decoration:underline;">五番 語歌堂</span>をお参り、納経は近くの長興寺です。ここからは山すその道を進み武甲山と横瀬川を望む、立派なお堂の<span style="text-decoration:underline;">七番 法長寺</span>、長閑な町並みを進み横瀬町の中心地を見下ろす、<span style="text-decoration:underline;">六番 卜雲寺</span>、午後の日差し、逆光の武甲山が大きく望めます。国道と西武秩父線をくぐっていくと、<span style="text-decoration:underline;">八番 西善寺</span>、かえでの古木が葉を落とした枝を大きく広げています。川に向かって下りて登って、三菱マテリアルのセメント工場と線路沿いの道を進み、<span style="text-decoration:underline;">九番 明智寺</span>、こじんまりとした六角の本堂が魅力的です。国道を渡り住宅地を進み、丘陵を背にした、<span style="text-decoration:underline;">十番 大慈寺</span>、丘陵の遊歩道を辿って裏山から下りていく形で、国道わきの<span style="text-decoration:underline;">十一番 常楽寺</span>、クルマで一杯の国道を渡り静かな住宅地を進むと、15時40分、本日最後の、<span style="text-decoration:underline;">十二番 野坂寺</span>に着きました。秩父は納経時間が16時までなので少し焦りましたが、本日の目的地まで進むことができて満足、寒いけど穏やかな快晴の一日でした。西武秩父駅まで歩いて帰途につきました。</li><li><u>2回目　2021</u><u>年（令和3</u><u>年） 2月13日　</u><span style="text-decoration:underline;">十三番慈眼寺から二十八番橋立堂</span><br>・1日置いて秩父へ。9月末の退職に向け、定年再雇用の最終年度、週3日勤務なので動きやすい日々です。8時20分快晴の西武秩父駅からすぐの、<span style="text-decoration:underline;">十三番 慈眼寺</span>、早朝の動き出す前の雰囲気です。10分で、<span style="text-decoration:underline;">十四番 今宮坊</span>、町中の小さなお寺です。秩父鉄道の小さな踏切を渡って正面、<span style="text-decoration:underline;">十五番 少林寺</span>、こじんまりとした立派なお堂です。秩父市街、小刻みに札所が続いて、秩父神社の先、15分で、<span style="text-decoration:underline;">十六番 西光寺</span>、ここは広い境内、好ましいお寺です。市街地を出外れて15分、田舎風景の中に立つ、<span style="text-decoration:underline;">十七番 定林寺</span>、国道140号まで戻って、<span style="text-decoration:underline;">十八番 神門寺</span>、ここも15分で、<span style="text-decoration:underline;">十九番 龍石寺</span>、広々として空が広く眺めがよい。波打つ岩の上に本堂が立つ、記憶に残る札所です。秩父橋の歩道橋を渡って遊歩道を行こうとしたら通行止め、遠回りして、<span style="text-decoration:underline;">二十番 岩之上堂</span>、荒川を望む、ここも印象的なまた来たいと思わせる札所です。川から離れて県道沿いの清潔なお寺、<span style="text-decoration:underline;">二十一番 観音寺</span>、小走りに急いで午前中の納経に間に合わせた、<span style="text-decoration:underline;">二十二番 童子堂</span>、春のうららかな広々とした境内です。<br>ここまでいいリズムで札所を打って午前中に10ヵ寺を回ってしまいましたが、これからは丘陵に上がり山間の距離のある札所を辿ります。ネットで手に入れた江戸巡礼古道マップで見つけた明治巡礼古道中山みちを登っての秩父丘陵からは、秩父の街並みを見下ろしてSLの汽笛が盆地に響く心地よさ、冬枯れの木々と春の花に彩られた、<span style="text-decoration:underline;">二十三番 音楽寺</span>、いいお寺です。江戸巡礼古道を下りますが、途中で道を見失い車道を下り、県道を進み急な石段を上がって、<span style="text-decoration:underline;">二十四番 法泉寺</span>、武甲山を横から眺める、街外れを実感させるお寺です。午後になって空は薄曇り、冷たい風も吹いて疲れも溜まってきました。少し巡礼古道を進みますが、疲れてくると無難な車道歩きとなり、荒川対岸の最奥、<span style="text-decoration:underline;">二十五番 久昌寺</span>、池を配した小さなお堂が迎えます。ここからは荒川対岸に向かって進み、柳大橋を渡って段丘を上がって影森の町中、<span style="text-decoration:underline;">二十六番 円融寺</span>、本堂工事中でプレハブの仮本堂にお参りします。影森の町を進み、<span style="text-decoration:underline;">二十七番 大渕寺</span>、こちらで冬は閉めているという橋立堂の納経を合わせてしていただきました。これで16時の納経時間を気にする必要がなくなりじっくりと歩けます。でもここからは険しい山道、アップダウンを繰り返すへんろ道を大汗かいて登って、<span style="text-decoration:underline;">二十六番奥之院 岩井堂</span>、荒れているけど舞台造りの立派な本堂にお参りします。一気に下って昭和電工の構内を通り、大渕寺の前を過ぎ、秩父鉄道脇の薄暗い道を歩き、セメント工場脇を通り、橋立鍾乳洞、<span style="text-decoration:underline;">二十八番 橋立堂</span>に着きました。時間は17時、茶店も戸締りをしています。寒々とした岩の壁を見上げてお参りします。ここまで来られて大満足、ゆったり気分で17時25分、駅の明かりが周りを照らす浦山口駅に着いて、この日は打ち止めとしました。<br>秩父鉄道で御花畑駅、西武秩父駅から西武線で帰宅しました。</li><li><u>3回目　2021</u><u>年（令和3</u><u>年） 2</u><u>月17日　</u><span style="text-decoration:underline;">二十九番長泉院から三十二番法性寺</span><br>・秩父市内、横瀬町内の札所二十八カ寺を前2回で回り終え、次の2回は小鹿野町や皆野町の遠隔地の札所をお参りします。回り切れるか少し不安でしたが、距離を稼げる走りへんろとしました。西武秩父駅から御花畑駅へ歩いて秩父鉄道に乗り浦山口駅に着いたのは8時4分、この日も快晴で適度に寒い朝の光の中走り始めました。浦山ダムを見上げると程なく、<span style="text-decoration:underline;">二十九番札所 長泉寺</span>、枯山水の庭園に紅梅が鮮やかなお寺です。ここからは本格的な走りとなって、田舎道から国道、秩父鉄道沿いの道、白久駅前を左に登ってたっぷり1時間、汗をかいて、<span style="text-decoration:underline;">三十番 法雲寺</span>に着きます。池が配された庭園が素敵なお寺、石段を上がって本堂にお参り、いいお寺です。また来たいと思わせる名刹です。上がった道を逆に下り三峰口駅、会社の安否確認訓練メールに返信して、高さで足がすくむ白川橋で渓谷となった荒川を渡り、国道から左に入って旧荒川村から小鹿野への走りへんろ道です。小さな峠をトンネルで越えて旧両神村中心地で県道を外れ江戸巡礼古道を辿って国道299号、三田川郵便局から左に曲がって沢沿いの狭い車道を登っていくと、観音院の仁王門、280段の石段を上り詰めると、<span style="text-decoration:underline;">三十一番 観音院</span>、巨大な岩にのしかかられた観音堂にお参りします。この札所が秩父三十四箇所観音霊場の最も奥地、四国別格十三番仙龍寺にも通ずる厳しさと美しさが混じり合った最高のお寺、苦労してきてよかったと心から思える札所です。<br>でもまだ先は長い、来た道を戻り栗尾で国道299号に出てから小鹿野町の町中を走り、江戸巡礼古道マップに従って大日峠越えの山道に入っていきます。登山は慣れているとは言え、何度も沢を渡る歩きにくい道を登って大日峠を越えたときはほっとしました。峠を下って車道に出てしばらく行くと、<span style="text-decoration:underline;">三十二番 法性寺</span>、こちらも観音院と並んで苦労を重ねて辿り着く価値の大きな札所です。時間は15時前、日は西に傾き、山門からだいぶ高みにある本堂にお参りして納経をしていただきました。納経所の方から木の実の大黒様を頂戴して、さてどこからバスに乗ろうかと走り始めましたが、16時に松井田バス停に着いて確かめたバス時間にはだいぶ間がありました。頑張って西武秩父駅まで走ってしまおうと国道299号を進み、地形図に記載されている秩父丘陵越えの山道を、途中のイチゴ農家さんに道があることを確かめてから登り始めました。程なく小鹿坂峠を過ぎ前回お参りした音楽寺を通って秩父の街を見下ろした時にはほっとしました。車道を下り秩父公園橋を渡り秩父神社をお参りして西武秩父駅に着いたのは17時20分、我ながらよく走って歩いてお参りしたものだ、と満足感いっぱいの気持ちで電車に乗りました。</li><li><u>4回目　2021</u><u>年（令和3</u><u>年） 2月20日　</u><span style="text-decoration:underline;">三十三番菊水寺、三十四番結願の寺水潜寺</span><br>・前回の40km超のランニングから2日あけて、秩父三十四箇所観音霊場結願走りです。西武秩父駅7時19分着、徹底的に天気に恵まれた4日間でした。本日も快晴、適度に寒いベストコンディション、すぐに国道299号を走り始めて秩父橋を渡ります。菊水寺へのルートはいろいろ考えましたが、地形図を見て走りやすい道を選んで辿ることにし、国道299号から国道140号バイパスの秩父蒔田ＩＣの急な道を登って下って、伊古田を左折して南に走り小さな峠を越えて9時10分、<span style="text-decoration:underline;">三十三番 菊水寺</span>に着きました。途中は寒かったけど、ここは日差しが温かく光溢れる春の寺です。次は峠を越えて結願の寺を目指すのですが、そんな緊張感とは無縁の長閑な道を江戸巡礼古道マップに従って、赤平川を渡り吉田川を渡り龍勢会館の道の駅脇を通り、奈良川橋合流を過ぎてすぐ左に峠に登る巡礼道に入り緩やかに登っていきます。山道で尾根を越えて頼母沢からしばらく車道を登るといよいよ峠道に入りますが、あっさり登り切った杖立峠は、土曜日とあってハイカーの姿がちらほら、お遍路さんはいません。杉木立の沢道を北に下ると、11時25分、<span style="text-decoration:underline;">秩父三十四箇所観音霊場 結願の寺 水潜寺</span>に着きました。冬晴れの明るい西向き斜面に本堂や諸仏堂などが立ち並び、ゆったりとした時間が流れています。土日はこちらで納経していただけるとのことで、秩父三十四箇所、そして西国・坂東・秩父 日本百観音霊場巡礼を完結させることができました。四国とも、西国・坂東とも違う、秩父盆地と周りの山中という限られた生活圏に立ち並ぶ、そこに住む人たちに信仰された札所群、全国的なのにローカル、そこを2020年2月というぎゅっと詰まった時間に回れたことは幸せでした。<br>ひたすら静かな、まったりとした空気感のまま、まだしばらく日野沢川沿いの道を走ります。栗谷瀬橋で荒川を渡り町内を過ぎて、12時45分、皆野駅に到着しておへんろアクティビティは完結しました。ここからは秩父のSLに乗る楽しみが待っています。<br>2回目、とは言っても1週前の2月13日に秩父丘陵の上から盆地に響く汽笛を聞いてから必ず乗ろうと決めていました。皆野からではなく秩父駅から乗りたい、着いてすぐの下り電車に乗って秩父駅まで戻り、ゆっくりと待ちます。14時36分、SLパレオエクスプレス発車、窓を開け早春の風と蒸機の香りを味わいながら、右側、左側と景色を楽しみます。手を振ってくれる子供たちの笑顔を見ていると何故だか気持ちが高ぶってきます。16時18分の熊谷駅到着まで至福の時を過ごしました。SLという人間くさい乗り物とへんろ文化を育む秩父の風土が大いにマッチしていると実感できた1時間半でした。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12721112340.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Jan 2022 16:55:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その11　-四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）の5回目、6回目</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ５<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目、④坂東三十三箇所 観音霊場　に続くへんろ旅シリーズ５は、⑤四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）<br>　です。<br><br>⑤　四国八十八箇所 ３巡目、逆打ち・区切り打ち</p><p>　・1995年に始めた四国八十八箇所 1巡目の最終回、結願の大窪寺・完結の霊山寺・満願の高野山に続けて歩いた熊野古道の那智大社・青岸渡寺から続けて始めた西国三十三箇所観音霊場巡礼は2005年に結願しました。同じ年に始めた四国2巡目は別格札所二十カ寺を含め計108カ寺を完全徒歩で回り2013年初めに完了ました。四国2巡目と並行して2006年から2007年には自身が住む関東地方の坂東三十三箇所を日帰りを繰り返して回りました。<br>　西国、坂東、四国2巡目の後、やり遂げた感はありましたが、四国八十八箇所を逆打ちにておへんろしてようやく人生のへんろ旅は完結すると考えました。</p><ul><li><u>5回目　2018</u><u>年（平成30</u><u>年） 12</u><u>月22日～31</u><u>日　四十三番 明石寺から三十八番 金剛福寺</u><br>・<span style="text-decoration:underline;">12月23日</span>、前夜から品川のホテルで宿泊、東京駅から高速バスで成田空港に向かい、LCCのジェットスターで松山空港に降り立ちました。リムジンバスでJR松山駅に向かい、伊予大洲駅まで特急宇和海に乗り、夕闇の雨が落ちる中、スーパーで夕食を買い大洲城近くの松楽旅館に18時に入りました。夜行高速バスや青春18キップでなく飛行機での四国入り、贅沢な気分です。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月24日</span>、前回打ち止めた大洲の街から逆打ち歩きへんろ再開です。晴れて心地よい寒さの中、国道56号を緩やかに登り鳥坂トンネルを越えて順調に卯之町に到達します。山越えして最初の札所、11時過ぎ<span style="text-decoration:underline;">四十三番 明石寺</span>に着きました。静かでおだやかです。歯長峠越えは山道が大雨被害で通行止め、仕方なく車道を長々と登って下って疲れて、<span style="text-decoration:underline;">四十二番 佛木寺</span>、西日指すまとまった佇まいのお寺です。30分強で、<span style="text-decoration:underline;">四十一番 龍光寺</span>、もう15時過ぎ、夕方の光です。まだ先は長い、務田駅近くでJR予土線沿いの県道に合流して延々と歩き、完全な夜になって宇和島の街に入り駅近くの宇和島ターミナルホテルに到着したのは18時でした。40km以上歩いてしまい初日頑張り過ぎでした。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月25日</span>、7時、宿を出てすぐに、<span style="text-decoration:underline;">別格六番 龍光院</span>、早朝・快晴・日の出前のお参りです。街中を過ぎて国道56号を行き松尾トンネルをくぐりぬけて津島に到達します。昨日の疲労が残っているので国道を進むつもりでしたが、やはり峠越えを選び柏坂を越えました。内海に降り立って明るい海沿いの国道に合流しますが、緩やかな登りも身体に応えるので愛南町の民宿磯屋に着いたのは17時、今日も真っ暗になってしまいました。1巡目と同じ宿、海の幸が豊富でしたので今回もそれを期待しましたが、食事はやめてしまったとのことで、おかみさんがクルマでスーパーに送ってくれて夕食・朝食を買い込みました。風呂は気持ちよく洗濯もしていただいて感謝です。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月26日</span>、この日は雨、宿を出てすぐの街中の静かなお寺、<span style="text-decoration:underline;">四十番 観自在寺</span>をお参りしてポンチョとザックカバーと傘で完全装備、城辺の街を抜け国道56号をひたすら歩きます。一本松から山に入り、山道を登って松尾峠を超えて高知県に入りました。宿毛の海がぼんやり見えますがようやく雨がやんで宿毛の街に向けて山道を下りますが、車道から再度の山道入り口を見失いずっと宿毛まで舗装道路を進みます。13時にこの日に泊まる秋沢ホテルに着きました。でもまだ終わらない、荷物を預けて延光寺を目指します。15時近く、<span style="text-decoration:underline;">三十九番 延光寺</span>、に着きました。雨に濡れて風情のある立派なお寺をお参りして、気持ち軽く来た道を打戻ります。スーパーで惣菜などを買い込みホテルに辿り着きました。そう言えばスーパーメシは4日連続、まともな旅館ご飯を食べたい、と思いました。でも部屋も風呂も快適、ゆっくり休めてありがたかったです。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月27日</span>、快晴の朝、この日は前回の2巡目でできなかった月山神社納経が今回のへんろ旅のハイライトです。12時納経に間に合うように国道321号を急ぎますが、大月町を過ぎたあたりで疲労が重なってスローダウン、しかし国道を外れての下り道になって再度ペースアップしましたが道を間違えて結局電話でお伝えした到着見込みの12時に間に合わず、12時半、<span style="text-decoration:underline;">月山神社</span>に着きました。陽の光がいっぱいで南国特有の濃い緑が煌めく空間ですが、うら寂しく荒れ果てた感の一歩手前、宗教たっぷりの空気感で引き込まれてしまいます。13時過ぎに宮司さんが帰ってきてくれて念願の納経ができました。コーヒーまでいただいて感謝です。国道に出るまでの山道も少し迷って、大浦で国道に合流して、光溢れる、車通りの少ない道をひたすら歩きます。叶崎灯台も秘境感たっぷりだが愛らしい佇まい、いくつかのトンネルをまっすぐ抜けて竜串の集落に入り、民宿竜串苑に着いたのはこの日も真っ暗な17時半でした。久しぶりの旅館ご飯を期待しましたが、部屋も食事も期待外れでした。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月28日</span>、北風が吹きしぐれ雨が時々落ちてくる、高知西部特有の冬天気です。愛媛県の、関門海峡を雪雲が吹き抜ける日本海側天気ほどではないにしろ高知県の西側でも何度か雪天気を経験しています。前日に続いて鉛色の空と海の国道を進み、久しぶりの大きな街、土佐清水を抜けて足摺半島の山道を通って、中浜、大浜と漁村を過ぎて、岬に向かう車道からまた山道に入って短いけど石ゴロゴロの歩きにくいところを下ると足摺岬地域の一角に着きました。松尾の集落の道を古い神社を眺めながら歩き、県道に合流して次第に観光地っぽくなる感じを楽しみながら進むと、<span style="text-decoration:underline;">三十八番 金剛福寺</span>に到着、観光シーズンなら混み混みと思われる整ったお寺、今回の最後の札所なのでより力を込めてお参りしました。薄日としぐれ雨の足摺岬灯台を見学してから、16時、民宿足摺はっとに入りました。食べきれない程の海の幸を期待していましたがそれほどでもなく、でもゆっくり休みました。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月29日</span>、一転して快晴、足摺岬展望台は空と海の光溢れる光景、目を見はってきょろきょろして、足指半島を回り北に向かって歩き始めました。しばらく照葉樹林の道、窪津漁港、以布利漁港を過ぎて大岐海岸は砂浜はきついので国道を歩き、津波避難タワーを見て実際に使われないことを祈りながら、順調に歩きます。下ノ加江からは内陸に向かいますが、北風を正面から受けて、衛星画像を見るような寒気の吹き出しの線状の雲の下、伊豆田トンネルに向け緩やかに登りくぐった後は四万十川、これから渡る四万十大橋がまだまだ遠くに見えてがっくりです。でも歩けば近づき橋を渡って、この日の宿に教えていただいた道を急いで、太平洋岸に近いペンションひらのに着いたのはほぼ真っ暗の17時半でした。夕食は併設の食堂で注文するシステム、コロッケ定食とカレー、コーヒーがめちゃめちゃ旨かったです。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月30日</span>、この日が最終日、太平洋から登る朝日を見て、ホットサンドとカフェオレのしゃれた、でも満腹にならない朝食を食べ、おだやかな快晴の、海からやや離れた集落を縫う県道を歩きます。西側から土佐西南大規模公園に入って広々とした遊歩道や入野松原、野球場脇を通り橋を渡ってしばらく行くと、国道56号に合流し井の岬トンネルを越えると太平洋岸を進みます。晴れて青い海と白い波、南海トラフ地震が起きれば逃げ場のない道を歩き土佐西南大規模公園の佐賀地区の風光明媚な海岸を過ぎて土佐佐賀の街に入っていきます。ここからは内陸に向かい窪川に向けゆるやかな登りになっていきますが、この辺りから腰の痛みがひどくなってきて上半身が左に傾きまともに歩けない状態になってきました。7日間で260km歩いた疲労が溜まったのか、最終日頑張って窪川まで行きたかったのですがもう無理とのことで、土佐くろしお鉄道荷稲駅を打ち止めとしました。16時12分の列車で窪川、土讃線で高知駅に着いたのは18時49分でした。スーパーで夕食を買い込みスーパーホテル高知にチェックインしました。<br>・12月31日、高知城や帯屋町周辺を散策して高知駅から10時20分、高速バスで松山駅へ、バスで松山空港へ、LCCのジェットスターで17時15分成田空港着、帰宅しました。大晦日の夜に家にいるのは思い出せないほどの久しぶり、正月元旦からの箱根旅行に備えました。</li><li><u>6回目　2019</u><u>年（令和元</u><u>年） 12</u><u>月21日～28</u><u>日　三十七番 岩本寺から二十四番 最御崎寺</u><br>・<span style="text-decoration:underline;">12月21日</span>、定年再雇用も4年目に入り退職が見えてきたこともあって、長めの年末休みが取れたので早めの出発ができました。<br>さて、前回の打ち止め地・今回の出発地の窪川にどのルートで行くか考えましたが、関西からの夜行高速バスを発見し、東海道線鈍行乗り継ぎで神戸、三ノ宮BTからしまんとブルーライナーに乗ります。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月22日</span>、5時35分に窪川駅着、真っ暗で雨ぽつぽつ、土佐くろしお鉄道の車内で雨具を付け荷稲駅で下車して、6時15分、雨の中歩き始めました。国道56号を窪川目指して、明るくなって雨も止んで順調に進み、窪川台地への短い急坂を登り切って歩みを進めると、<span style="text-decoration:underline;">三十七番 岩本寺</span>、最初の札所をお参りしてへんろ旅が始まったことが実感できました。でも本降りの雨、前回も雨だったな、と思いながら本堂の天井画を眺めて、この日の宿泊地、土佐久礼を目指して歩き始めます。つい数時間前にバスを降りて電車に乗った窪川駅前を過ぎてトンネルをくぐり、雨の国道を淡々と進みます。13時七子峠に着いて雨の滑りやすり大坂谷の急坂を慎重に下り、次第に歩きやすくなる道を進むと14時過ぎ久礼の街に入ります。住宅地の中を探して、ゲストハウス恵に入りました。6畳間に一人で快適、市場を歩きますが、結局スーパーで夕食と朝食を買い込んで宿でゆっくりと休みました。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月23日</span>、この日は一転して快晴、暖かく7時45分出発、冬の日ピカピカの国道を、焼坂トンネルを越え安和の街、更にトンネルをいくつか越えて行くと須崎市街が見えてきて、橋を渡ってしばらく行って、<span style="text-decoration:underline;">別格五番 大善寺</span>です。階段を登ってお参りして下りて事務所で納経、街中へ出ていきます。海なのか川なのかを渡って工場脇を過ぎ山の中に入っていって緩やかに登り鳥坂トンネルを越えて下って浦ノ内湾に出ます。一区切り気分ですがまだ先は長く横浪半島のアップダウンを考えるとまだ気は抜けませんが、一歩一歩進めば着く、との思いで長々と淡々と歩いて青龍寺下り口に到達したときは嬉しかったですね。<span style="text-decoration:underline;">三十六番 青龍寺</span>、古くて落ち着いたお寺です。そして海沿いの道に出て宇佐大橋手前を左に入って漁村を進んで宿を探しますが、宿のご主人のクルマに拾ってもらいそのまま宇佐の街のコンビニに連れていっていただき夕食朝食を買い込んで、17時過ぎ、長い一日が終わって民泊汐風に到着、立派な日本家屋の十畳間に入れてもらいました。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月24日</span>、宿を出てすぐに宇佐大橋を渡り街から塚地峠越えとなりますが、旧来のへんろ道入り口がわからず、車道の塚地坂トンネルを越えました。歴史の道を歩くことにこだわりはないので楽で、早ければ車道を選びますね。高岡の街並みを過ぎて北の山の中腹まで登って、<span style="text-decoration:underline;">三十五番 清龍寺</span>、晴れて穏やかな空気の中、平野から仁淀川の眺めが見事でした。山を下り街を抜けて仁淀川大橋を渡って、春野町ののどかな道を行きますが、この日は疲労が溜まっているようで朦朧気分でゆっくり歩き、<span style="text-decoration:underline;">三十四番 種間寺</span>、ようやく着きました。長閑な味のあるへんろ道、余裕があれば楽しいのに、早く宿に着きたいと気持ちは焦ってしまいます。川沿いの住宅地まで来ると次の札所は間もなく、ようやく、<span style="text-decoration:underline;">三十三番 雪蹊寺</span>、街中の立派なお寺です。お参りして更に歩くと浦戸湾に出ました。午後の光の海を見て浦戸大橋の下をくぐると桂浜の家並み、予約した民宿まさごに着きましたが、まだ16時、着いてしまうと余裕気分が出て、3巡目で初めて観光地、桂浜を見物します。晴れの海、龍馬像、岬を回って民宿に入りました。スーパーめし、コンビニめしが続いたので本格的な海の幸の民宿めし、感激でした。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月25日</span>、浦戸大橋を渡るため、朝、桂浜の遊歩道を登っていく途中アクシデント、階段に足を引っかけかばってついた左手のひらを怪我、それよりもショックだったのは右手に持っていたスマホを石段にぶつけてガラスにひび割れ、大慌てで動くか確かめました。動作に問題なかったのでほっとしましたが、先々への不安が大きいです。手のひらは血が滲みしびれたようになっていましたが、歩くには問題なく、橋を渡って次の札所を目指します。途中傷ばんそうこうを張ったりして進み小高い丘の上、<span style="text-decoration:underline;">三十二番 禅師峰寺</span>、をお参りしました。桂浜から続く太平洋岸の眺望が迫力満点でした。山を下り、周りに不似合いな新興住宅街を過ぎてトンネルをくぐり、川沿いを歩き渡って、五台山の古い石段を汗をかいて登り、<span style="text-decoration:underline;">三十一番 竹林寺</span>、ここは広い境内、観光の立派なお寺です。植物園内の道や気持ちよい道を下って高知市街に出ていきます。立派な道路を北に向かって進み、時間がないのでコンビニのパンでよいのにセルフうどん店に入ってしまいました。高知市郊外の一宮(いっく)の街中、豪壮な土佐神社の脇、<span style="text-decoration:underline;">三十番 善楽寺</span>、清潔で親しみやすい札所です。大日寺まで行きたいので気持ちを焦らせて、疲れているけど足を早めて進みます。岡豊(おこう)の街を過ぎて田んぼの道を歩いて15時過ぎ、<span style="text-decoration:underline;">二十九番 国分寺</span>、急いでお参りして進みます。暗くなってきた土佐山田のへんろ道、戸板島橋を渡って野市に入って家々の明かりが眩しい住宅街を過ぎ、真っ暗な坂を登って、17時35分、<span style="text-decoration:underline;">二十八番 大日寺</span>、国分寺から電話でお願いしてあったので時間を過ぎていましたが特別に納経していただきました。ありがとうございます。真っ暗な本堂と大師堂にお経をあげてほっとしました。雨で暗い野市への道をゆったり気分で歩いて、18時半、丸米旅館にやれやれ気分で到着しました。近所のスーパーマルナカで食料を買い込んで、洗面所とトイレがついた快適な部屋でゆっくり休みました。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月26日</span>、ぽつぽつ雨はほどなく止んで国道55号から旧道を歩いて、ごめんなはり線沿い、太平洋岸のサイクリングロードに合流します。室戸岬に向けいよいよ長い自転車専用道歩きが始まりました。夜須の道の駅を過ぎ、前回見て驚いた上がっていない手結可動橋の近くを通って国道55号に合流したり自転車道に戻ったり大学なのか女子競歩選手とすれ違ったり疲れがたまって長さを感じたりして、12時40分に安芸の球場下に辿り着いて小休止しました。ここからは国道55号歩きです。延々と歩いて唐浜で左のへんろ道に入ったときは15時30分、薄暗くなっていましたが頑張って登ろうと、札所への緩やか登りの自動車道から山道に折れて急いで汗かいて、16時25分、<span style="text-decoration:underline;">二十七番 神峯寺</span>、森厳な札所、急な階段を上がって本堂と大師堂をお参りし納経を済ませました。晴れた昼間に来たかったですが、夕闇深い山上の札所に私一人、印象的な時間でした。下りはずっと車道を駆けるように急ぎ、途中で降り始めた雨にも急かされて、18時前に、充実感に満たされて民宿とうの浜に着きました。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月27日</span>、この日は快晴、国道から田野の町中道を歩いて奈半利橋を渡って、ごめんなはり線の終点、奈半利駅を眺めて町中を過ぎて、右側面から西風吹きすさぶ太平洋は青く波は白く、国道55号を進みます。羽根岬を越えるへんろ道は律儀に登りましたが、逆打ちだからか向こう側に下りる道を間違えて灯台近くまで行ってしまい探したり戻ったりして疲れて時間ロスして、国道をそのまま行けばよかった、と思いました。国道から吉良の街中道を過ぎ、見失なわないように注意して道の駅から西寺への登り道を上がり、今度は間違わないで14時、<span style="text-decoration:underline;">二十六番 金剛頂寺(西寺)</span>に着きました。立派な大振りのお寺です。この日も室戸の最御崎寺の納経を済ませたいと、ここから焦って急ぎます。50分で室戸の街中、<span style="text-decoration:underline;">二十五番 津照寺</span>、狭い階段を上がって本堂にお参りし下りて大師堂お参りと納経をして、早足歩きを再開します。室津港や室戸港を右に見て、室戸岬に上がる車道を息を切らせて汗をかいて登って、16時50分、今日も夕闇、ぎりぎりの時間で、<span style="text-decoration:underline;">二十四番 最御崎寺</span>に駆け込みました。納経を済ませてから、今回最後の札所なので、より一層心を込めて般若心経を読みみんなの健康と幸せをお願いしました。山道を下りようか考えていたら、納経していた方がクルマで岬まで送ってくださるとのこと、歩きたかったのですが、疲れていたのでありがたく乗せていただきました。厳密には車道の合流点から室戸岬までの500mくらいが抜けてしまいましたが、まあいっか、という気分です。17時20分、あっという間に民宿室戸荘に着きました。こちらの夕食、海の幸ですが珍味のようなものばかり、私は年を取っていても食べ物の好みはお子様なので、もっとがっつり食べたい、という感想でした。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月28日</span>、歩きは最終日ですが、どこまで歩くか考えた結果、午前中に佐喜浜まで歩いて打ち止めにすることにしました。午後は列車に乗ってどこかへ行きたかったからですが、後から考えたのは、1日フルに歩いて甲浦にもっと近づいておけばよかった、ということでした。寒い中、室戸岬の海岸で日の出を見て、ゆったり気分で8時過ぎ出発です。御蔵洞や青年大師像を見た後は国道を余裕をもって進み、夫婦岩の写真を撮ったりして、12時、佐喜浜支所前バス停に着き打ち止めとしました。よく晴れて穏やか、いつも通り歩き終えて満足感と充実感を、何の変哲もない町中のバス停でしっかり味わいました。近くのスーパーでカップ麵を買い急いで食べて12時25分、バスに乗り甲浦駅へ、後の2021年12月に開業するデュアルモードビークル(DMV)の走行路工事を眺め、13：37阿佐海岸鉄道に乗り海部からJR牟岐線で徳島、徳島線で阿波池田、土讃線で坂出に出て20時半過ぎホテルセンチュリー坂出にチェックインしました。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月29日</span>、この日は18キップの旅、坂出駅からマリンライナーに乗って岡山駅、初乗りの吉備線で吉備路を歩きました。備前一宮駅から吉備津彦神社、吉備中山を越え吉備津神社、ブラタモリをなぞるように楯築(たてつき)遺跡を回り、鬼ノ城(きのじょう)は遠いのであきらめて吉備津駅に戻りました。その後、山陽本線を走り新大阪駅に出て、おおさか東線を初乗り、久宝寺から大阪に出て餃子の王将で夕食、大阪から野洲、米原と乗り継いで、大垣からムーンライトながら。<br>・<span style="text-decoration:underline;">12月30日</span>、品川、池袋を乗り継いで帰宅しました。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12715984593.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Jan 2022 20:24:11 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その10　-四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）の3回目、4回目</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ５<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目、④坂東三十三箇所 観音霊場　に続くへんろ旅シリーズ５は、⑤四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）<br>　です。<br><br>⑤　四国八十八箇所 ３巡目、逆打ち・区切り打ち</p><p>　・1995年に始めた四国八十八箇所 1巡目の最終回、結願の大窪寺・完結の霊山寺・満願の高野山に続けて歩いた熊野古道の那智大社・青岸渡寺から続けて始めた西国三十三箇所観音霊場巡礼は2005年に結願しました。同じ年に始めた四国2巡目は別格札所二十カ寺を含め計108カ寺を完全徒歩で回り2013年初めに完了ました。四国2巡目と並行して2006年から2007年には自身が住む関東地方の坂東三十三箇所を日帰りを繰り返して回りました。<br>　西国、坂東、四国2巡目の後、やり遂げた感はありましたが、四国八十八箇所を逆打ちにておへんろしてようやく人生のへんろ旅は完結すると考えました。</p><ul><li><u>3回目　2016</u><u>年（平成28</u><u>年） 12</u><u>月24日～2017</u><u>年（平成29</u><u>年） 1</u><u>月2日　六十六番 雲辺寺から五十四番 延命寺</u><br>・12月23日、60歳の定年を迎え再雇用になってから最初のへんろ旅です。週1回のジョギングのおかげで体力の衰えは感じていませんので今まで通りのペースで歩きます。バスタ新宿から夜行高速バス ドリーム高松号にて出発です。<br>・12月24日、観音寺駅に8時半に着き、1年前に打ち止めた萩原寺へはタクシーで向かいます。前回打ち止めた地点で同じ風景を見ていても、あの時の安堵感から、またきつい歩き旅が始まるという緊張感に180度変わってしまうのは毎度のことです。特に3巡目は逆打ち、順打ち向けの道標やへんろマークを見失って行きつ戻りつするのはままありましたが、これまでは大きな時間ロスにはなりませんで。しかし、今回、雲辺寺登りの取付きで道を探し回ったことで1時間以上のロスとなってしまいました。<br>まず萩原寺から林道までの山道を数回間違い、林道からの登山道入口を見つけるため行きつ戻りつし、結局一度入り込んで戻った廃道の1メートル隣に正解の山道があった、ということで、最初の最初で大きな時間と体力と気力のロスを被ったということになってしまいました。<br>正しい道を発見したらロスを取り戻すためできるだけペースアップして登ります。そこからは順調に登り切りましたが、<span style="text-decoration:underline;">六十六番 雲辺寺</span>&nbsp;到着は12時過ぎとなってしまいました。1年ぶりの般若心経ですが、山の上はどんより曇って冷えた汗が寒いです。箸蔵寺まではまだ遠い、池田への道を駆けるように下り、吉野川沿いの道を急ぎ、山道と長い境内の石段を登って息も絶え絶えに、別格十五番 箸蔵寺 納経所に辿り着いたのは17時3分前でした。暗い中息を整えつつお経を読み終えて下りますが、宿まではまだ長い、もうロープウェイは終了していたのでスマホライトで足元を照らしながら恐る恐る山道を下ります。池田の市街地まで歩く体力も気力も残っていなかったので、箸蔵駅から阿波池田駅まで二駅列車に乗り、駅近くのふくや旅館に泊まりました。<br>・12月25日、昨日は大苦戦でしたが、2日目は快晴、体力も問題なく順調に国道192号線を進み、境目トンネルを抜けて愛媛県に入り、穏やかな集落に穏やかに佇む <span style="text-decoration:underline;">別格十四番常福寺椿堂</span>に着きます。前回もそうだったのですが、この札所の柔らかさにほっとする気分でした。春のような景色を歩き、堀切トンネルを越えても前回のような冬の寒々感もなく、建物は豪壮だが今回感じる雰囲気は穏やかな、<span style="text-decoration:underline;">別格十三番仙龍寺</span>、大好きな札所で、靴を脱いで上がる本堂、大師堂での般若心経も心地よいです。前回の雪道でなく春の陽気の堀切峠を越えてゆるやかに下って、<span style="text-decoration:underline;">六十五番 三角寺</span>&nbsp;に到着、夕闇が濃くなって街の灯が見下ろせる時間になってしまいましたが、ゆっくり納経できてありがたい気分です。宿に向かって伊予三島の街に下りていきますが、ホテルの案内地図を南北逆さまにみてしまい見当違いの場所を探し回ったりして、ホテルリブマックス伊予三島に着いたのは19時でした。<br>・12月26日、雨の中ポンチョをかぶって歩き始めます。国道11号に並行したへんろ道をひたすら西に向かって歩き、<span style="text-decoration:underline;">別格十二番延命寺</span>、雨はやみましたが地味な札所です。更に西に進み、国道に合流して新居浜市に入り、また離れて旧道のようなへんろ道を延々歩いて、本降りの雨の中の辛い国道歩きを続けて西条市にようやく入りました。国道を外れて西条市街を目指し、駅近くのエクストールイン西条駅前にようやく着いてゆっくり休みました。<br>・12月27日、出発時には降っていた雨もようやく止んで青空が見えてきました。ほどなく、<span style="text-decoration:underline;">六十四番 前神寺</span>、壮麗な本堂の札所です。40分で、<span style="text-decoration:underline;">六十三番 吉祥寺</span>、1巡目の何回目かに打ち止めた伊予氷見駅に近く、街中の庶民的な札所です。国道を20分歩き伊予小松駅近くの、<span style="text-decoration:underline;">六十二番 宝寿寺</span>、本堂と大師堂が寄り添うこじんまりとした札所でした。そしてすぐ近くの今晩の宿、ビジネス旅館小松にザックを置かせてもらい、軽装になって横峰寺登りに向かいます。高速道路をくぐり自動車道から山道を登り、尾根筋に上がって香園寺からの道と合流して更に登り、車道に合流してしばらく行くと、山上の寒々した空気に覆われた、<span style="text-decoration:underline;">六十番 横峰寺</span>に着きました。北風が冷たくてゆっくりする余裕もなく下り始めます。2時間で、<span style="text-decoration:underline;">六十一番 香園寺</span>、鉄筋コンクリートの本堂に圧倒されます。17時過ぎに宿に入りますが、ここでもアクシデント、夕食後に左足の指を置物にぶつけてしまい、歩けるか不安になるほど痛くて湿布して寝ました。<br>・12月28日、左足を引きずりながらの歩き出し、でもまあまあのペースで歩けましたのでとりあえずほっとしました。国道11号から大頭の交差点を右折して石鎚橋を渡って丹原の町をしばらく行くと、<span style="text-decoration:underline;">別格十一番正善寺生木地蔵</span>です。小高い丘の麓、こじんまりとした札所です。ここからは徐々に登りになって最後は階段を登り切って山の立派なお寺、<span style="text-decoration:underline;">別格十番 西山興隆寺</span>、歩きのバランスが悪く登りがつらいのでやっと辿り着きました。坂を下って進みますが、歩みが遅いため予約した仙遊寺宿坊まで行く自信がないため残念ですがキャンセルして、手前の宿に予約しなおしました。次の日も予定した伊予北条までは進めないので、今治市内の宿を予約して一安心、きつくても辛抱して歩みを進めれば必ず着く、<span style="text-decoration:underline;">五十九番 国分寺</span> です。曇って夕方の寒々とした空気の中、清潔な佇まいのお寺でお参りして、宿までもう少しと踏ん張って国道196号沿いのホテルバリイン、17時25分に着きました。<br>・12月29日、足指の痛みはだいぶ良くなりましたが、気力が衰えたのか、予定では30日に松山市内まで進む計画を一日短縮して本日までの歩きと決めたので、ゆったり気分でスタートできました。穏やかで風もない朝、けっこう登って、<span style="text-decoration:underline;">五十八番 仙遊寺</span>、眺めの良い貫禄のあるお寺です。瀬戸内海や今治や西条の街がよく見えて気持ちよい雰囲気に囲まれて、前日ここまで登って宿坊に泊まりたかった、との思いは消せませんでした。今治市内に向けて山を下り、<span style="text-decoration:underline;">五十七番 栄福寺</span>、雨がぽつぽつ降ってきましたが、このお寺、前回からきれいになったな、と感じました。45分くらいで、ちょうど12時、<span style="text-decoration:underline;">五十六番 泰山寺</span>、道路わきの清潔なお寺です。建物が立ち並ぶ市内を進み、今治駅前の今晩の宿に荷物を預けてほどなく、大山祇(おおやまずみ)神社の広い境内に佇む、<span style="text-decoration:underline;">五十五番 南光坊</span>、に着きます。こちらも立派なお寺です。そしてここからまた逆打ちの苦労を味わいました。まず途中にある霊園の入り口を間違えて引き返し、その先の田舎道も道標を振り返ったり人に聞いたりして、時間ロスこそ大きくなかったものの、ようやく、<span style="text-decoration:underline;">五十四番 延命寺</span> に辿り着きました。今回の区切り打ちのへんろ旅最後の札所なので、一層力を入れて般若心経を唱えました。この先は打ち止め地点をJR予讃線の駅にして次回の再開に好都合にしたいので、夕焼けと通り雨の目まぐるしい天気の中、少しでも先まで進みたいとけっこう早足で、列車時刻を睨みながら線路沿いの国道196号線を進んで、17時15分、伊予亀岡駅で打ち止めとしました。夕暮れの寂しい無人駅が今回の終点ですが、いつもながらの安堵感と満足感をもって、短い時間ですが列車を楽しんで今治駅に戻り、ホテルクラウンヒルズ今治にチェックインしました。駅のチラシで目を付けたお店で今治名物B級グルメ焼豚玉子飯を堪能しました。<br>・12月30日、おへんろを終え、この後の3日間、旅を楽しみます。18きっぷを使って今治駅から予讃線に乗って苦労した歩きへんろ道を巻き戻すように、観音寺駅から坂出駅、瀬戸大橋をマリンライナーで渡って岡山駅です。そして山陽本線を福山、糸崎と乗り継いで広島に15時半に着いて少し歩いて、ホテルヴィアイン広島銀山町にチェックイン、すぐに出て夕景の原爆ドーム、平和記念公園を回り祈りをささげました。広島を訪れるのは、40年近く前、会社に入って間もないころ出張で来て以来なのでほとんど初めてです。当然ながら厳粛な思いになります。<br>・12月31日、市電一日乗車券を駆使して広島を回り倒します。先ずは広電宮島口まで乗車してフェリーで宮島にわたり、厳島神社を参拝します。そして大元公園から弥山に登り瀬戸内海と本土の家並の眺めを堪能し市内に戻りました。2日連続で名物お好み焼を味わいました。<br>・1月1日、旅先での年明けは毎度のこと、2017年の新年は広島、ということになり、広島護国神社で初詣、広島城から平和記念公園へ歩き資料館を見学しました。沖縄、長崎に続いて広島をしっかり見つめることができて良かった、という思いでした。そのあとはテーマは忘れたけどブラタモリの足跡をたどり、ホテルで荷物を受け取って広島駅、18キップで糸崎、姫路、米原、大垣からはムーンライトながらで東京を目指します。<br>1月2日、早朝5時5分に東京に着いて、そのまま群馬の実家に向かい正月を過ごしました。</li><li><u>4回目　2017</u><u>年（平成29</u><u>年） 12</u><u>月23日～12</u><u>月30日　五十三番 円明寺から別格七番&nbsp;金山出石寺</u><br>・12月23日、池袋から横浜を通り小田原からムーンライトながら西に向かいます。<br>・12月24日、大垣から米原、相生、岡山、坂出、多度津、観音寺と乗り継いで前回打ち止めた伊予亀岡駅には15時11分ようやくの到着です。さあ歩くぞ、という意欲を削ぐには充分な雨と薄暗さ、でも頑張って、菊間、浅海、鎌大師と歩いて伊予北条の街に入り、初日の宿、太田屋旅館でゆっくり休みました。<br>・12月25日、伊予北条の賑やかな道から瀬戸内海沿いの北風吹くへんろ道を進み、堀江の街に入っていきます。伊予和気駅近くの家々が立ち並ぶなかにこじんまりとした、<span style="text-decoration:underline;">五十三番 円明寺</span>&nbsp;にお参りします。その後は30分ちょっとで木々に囲まれた立派な造りの、<span style="text-decoration:underline;">五十二番 太山寺</span>&nbsp;を打ちます。お寺の入り口からお堂まで結構登り汗をかきました。お参りした後、少し戻って池の脇を登って小さな峠を越えて行くと松山市街に入っていきます。JR三津浜駅近くを通って広い道を東向きにひたすら歩き、道後温泉を過ぎて、<span style="text-decoration:underline;">五十一番 石手寺</span>、ここは久しぶりの観光のお寺で賑やかでした。門前の店を過ぎて石手川を渡ると近郊の住宅街を進んで、静かな、<span style="text-decoration:underline;">五十番 繫多寺</span>、30分ですぐに、<span style="text-decoration:underline;">四十九番 浄土寺</span>、山門を出てクルマ通りが激しい道と伊予鉄の線路を渡ると、住宅街から大病院が立つ郊外の道を歩いて、<span style="text-decoration:underline;">四十八番 西林寺</span>、落ち着いた清潔な札所だが、今日も到着は納経終了直前の16時55分、暗くて寒い。松山市内の6ヵ寺を回り終えて疲労感たっぷり、早く宿で休みたいと思い近くのリハビリ病院へ急ぐ道筋がさらに暗くて寒い。バスで伊予鉄久米駅、伊予鉄で松山市駅まで戻りました。宿がうまく確保できず、カプセルホテルニコーグランドに泊まりました。清潔で快適ですがシャワー、ゆっくり入れる風呂がなくがっかりでした。<br>・12月26日、6時に宿を出てすぐ前の松山市駅から久米駅、バスで西林寺近くの高井局バス停で降りたのは7時10分、どんより曇り空、おへんろ再開です。西林寺は前日に納経したので重信川を南に渡って進むと、1時間弱で、<span style="text-decoration:underline;">別格九番 文殊院</span> を打ちます。10分で、<span style="text-decoration:underline;">四十七番 八坂寺</span>、風の音だけ、静かなお寺です。さらに30分で、味のある個性的な札所、<span style="text-decoration:underline;">四十六番 浄瑠璃寺</span>、こちらも鳥の声と時折強く吹く北の風、お接待にミカンとアメをいただきました。ありがとうございます。いよいよ松山市域の札所群を打ち終わって久万高原に向けての三坂峠越えに向かいます。これまで2巡は下りでしたが、今回は逆打ちだから登り、舗装道路を緩やかに登ってから山道を急登して2時間ちょっとで三坂峠を越えました。冷たい風に吹かれて車道を下り、国道33号に合流して順調に進んで、と言いたいのですが、疲労に襲われて、眠いような意識朦朧とした歩みに陥りました。岩屋寺には今日中に行きたかったのですが諦めて、<span style="text-decoration:underline;">四十四番 大宝寺</span> に辿り着きます。前回は大雪、今回も寒々、久万の街に戻り、15時といつもと違う早い時間に今日の宿、ガーデンタイムに入りました。畳の部屋で快適、ゆっくり風呂に浸かり美味しいごはんで満腹。疲れたら早めに宿に入って癒される、無理に頑張るより良いことです。<br>・12月27日、岩屋寺往復が今日になったので急ピッチで歩いて、古岩屋経由の車道を2時間で、四十五番 岩屋寺、日が出て暖かくて穏やかです。帰りは八丁坂を登って山道を快適に進んで12時半、久万に戻りスーパー内で昼食、宿で荷物を受け取って13時、二つの峠越えに挑みます。緩やかに登って鴇田(ひわた)峠、緩やかに下って登って下坂場峠、山道を下って車道に降り立ちます。2つの峠は難なく越えましたが、これからが長かった、落合でへんろ道を外れて砥部町総津のえびす旅館に16時半に着きました。古めの日本旅館、落ち着いた部屋と品数豊富な仕出し屋のような夕食、大満足でした。<br>・12月28日、ご主人夫妻の自宅は別のようで、朝は誰もいない、前夜にいただいていたお弁当で朝食を済ませて、誰もいない宿を出発しました。10分くらいの落合でへんろ道に出て国道を進み、突合で真弓トンネルからの道と合流して順調に歩き内子の街に出ました。観光の街ですが観光客の姿は少なく、内子駅から運動公園を過ぎ少し山道を歩いて、五十崎駅近くで国道56号に合流して進みます。大洲市郊外の大型店立ち並ぶ賑やかな道のすぐ脇、<span style="text-decoration:underline;">別格八番 十夜が橋</span>、クルマで騒がしい札所です。最後の頑張り、16時前に大洲市のビジネスホテルオオタに入りました。すぐに市内のフジスーパーで夕食、朝食を買い込んでゆっくり過ごしました。<br>・12月29日、元々はこの日に出石寺を往復して30日に宇和島までおへんろして打ち止め、31日は四国内の鉄道乗りをする計画でしたが、30日から1月1日まで妻との箱根旅行へ行くことにしたので、1日早く打ち止め、2日早く帰ることにしました。<br>7時半過ぎに空身で宿を出発しましたが、大洲城わきを通り阿蔵での住宅地からの登り口で道標が折れ曲がっていて見落として数10分のロスとなりましたが、その後は車道と山道を順調に登って11時過ぎ、<span style="text-decoration:underline;">別格七番 金山出石寺</span>、山頂に立つ豪壮で大規模なお寺、冬の雲と風、前回と同じ空気感です。別格十三番仙龍寺と並んで冬が似合う冷厳な、簡単に人を寄せ付けない、でも苦労して辿り着く価値のあるお寺、本当に魅力的な札所です。帰りは途中から分かれて、前回よりも歩きやすくなった伊予平野駅経由の道を進んで15時前に宿に辿り着いてザックを受け取って大洲駅で打ち止めとしました。<br>15時35分発の予讃線海線回りの鈍行列車、青春18キップのポスターで有名な下灘駅で海を眺めて17時10分松山駅着、夕食と伊予鉄大手町駅の十字クロス見学で時間をつぶして、19時20分、夜行高速バスドリーム松山号で帰宅の途につきました。おへんろの苦労の後の解放された時間を味わう余裕のないまま、帰るのは残念なことでした。<br>・12月30日、6時15分、45分の早着でバスタ新宿到着、帰宅しました。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12712371238.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Dec 2021 01:20:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その9　-四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）の1回目、2回目</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ５<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目、④坂東三十三箇所 観音霊場　に続くへんろ旅シリーズ５は、⑤四国八十八箇所 3巡目（逆打ち）<br>　です。<br><br>⑤　四国八十八箇所 ３巡目、逆打ち・区切り打ち</p><p>　・1995年に始めた四国八十八箇所 1巡目の最終回、結願の大窪寺・完結の霊山寺・満願の高野山に続けて歩いた熊野古道の那智大社・青岸渡寺から続けて始めた西国三十三箇所観音霊場巡礼は2005年に結願しました。同じ年に始めた四国2巡目は別格札所二十カ寺を含め計108カ寺を完全徒歩で回り2013年初めに完了ました。四国2巡目と並行して2006年から2007年には自身が住む関東地方の坂東三十三箇所を日帰りを繰り返して回りました。<br>　西国、坂東、四国2巡目の後、やり遂げた感はありましたが、四国八十八箇所を逆打ちにておへんろしてようやく人生のへんろ旅は完結すると考えました。</p><ul><li><u>1回目　2015</u><u>年（平成27</u><u>年） 4</u><u>月30日～5</u><u>月6日　一番 霊山寺・別格一番 大山寺から八十八番&nbsp;大窪寺・別格二十番&nbsp;大滝寺、日本百名山 石鎚山</u><br>・4月30日、逆打ちの3巡目は恒例の年末ではなく山登りもするので、ゴールデンウイークにスタートしました。代々木の旧新宿BTから夜行高速バスの徳島ドリーム1号で出発しました。<br>・5月1日、明石海峡大橋を渡り、早朝の6時30分に徳島駅に到着しました。高徳線の列車で坂東駅、4回目の参道を歩いて、四国八十八箇所札所<span style="text-decoration:underline;">一番霊山寺</span>に着きます。いよいよ3巡目逆打ちが始まります。納経帳を買い込んで最初の般若心経を唱え、1ページ目に納経していただきます。<br>順打ちなら二番極楽寺、三番金泉寺と進みますが、今回は逆打ちなのでいきなり結願の寺をお参りして、そこから逆向きに札所を辿ることになります。連続する札所を横目に山を登って<span style="text-decoration:underline;">別格一番 大山寺</span>、別格二十箇所の逆打ちもここから開始です。いつものことながら、ゴールデンウイークは暑さに慣れていないため歩きはとてもきつく、大山寺の登りも倒れそうになりました。安楽寺や法輪寺の門前を過ぎて、この日は市場町の旅館八幡に泊まりました。<br>・5月2日、快晴の暑さ、切幡寺下から打戻りの切幡道の長い車道を進みます。13時近くにようやく<span style="text-decoration:underline;">八十八番 大窪寺</span>到着、逆打ちのご挨拶をする気分でお参りします。水分補給をたくさんして歩を進め徳島県から香川県に入って、大滝寺の登り口、塩江温泉 樺川荘本館にたどり着きました。温泉と美味しい食事が嬉しいです。<br>・5月3日、8時20分とゆっくり時間、荷物は置いて納経帳や地図だけを持って身軽に出発します。2度目の登り道、順調に2時間強で登り切り、八重桜咲く<span style="text-decoration:underline;">別格二十番 大滝寺</span>に到着します。思いがけず護摩の火祭りが行われていて、山伏とお坊さん、一般大衆が大きな護摩火の周りを祈りながら巡ります。吉野川沿いの街の眺めがよく、2時間近く長居してしまいました。来た道を急いで下り、宿からクルマで塩江温泉バス停まで送っていただきました。ここからは山登りに向かうため、おへんろはわずか3日間で打ち止め、それぞれの一番から八十八番・二十番まで歩いてきて逆打ちのスタートラインに立っただけ、本番はこれからです。バスで高松駅に出て、予讃線に乗って伊予西条駅に到着、駅近くのビジネスホテルに泊まりました。<br>・5月4日、伊予西条駅からバスに乗り11時過ぎ石鎚山ロープウェイ駅、10分ほどで成就ロープウェイ駅、山の上はガスにまかれています。ゆっくり登って奥前神寺にお参りし白石旅館に入ります。石鎚神社成就社にお参りし納経していただきました。展望台など回りましたが雨が降り出したので宿に戻ってのんびり時間を楽しみました。<br>・5月5日、快晴の7時半、石鎚山登山に出発です。試しの鎖と二の鎖は頑張って、一の鎖と三の鎖は怖いので巻き道を登って石鎚山 弥山山頂、勇気を振り絞って天狗岳まで往復しました。成就社まで下り、宿で荷物を受け取って14時40分ロープウェイで下り、バスで伊予西条駅、予讃線・瀬戸大橋線で岡山駅、21時40分夜行高速バス京浜吉備ドリーム号で出発しましたが、山陽道渋滞で美作ICから中国道経由となり、他にも所々で渋滞して2時間遅れで新宿に着きました。</li><li><u>2回目　2015</u><u>年（平成27</u><u>年） 12</u><u>月25日～2016年（平成28年）１</u><u>月2日　八十七番札所 長尾寺から別格十六番 萩原寺</u><br>・12月25日、2016年9月に60歳の定年を迎える前、最後のおへんろになります。<br>始発電車で家を出て、青春18キップを使って東海道線・山陽本線・瀬戸大橋線の鈍行列車乗り継ぎ旅を楽しんで、19時38分、高松駅に到着しました。さすがに長い列車乗りで疲れましたが、駅前はクリスマスイルミネーションが眩しく、少し歩いてホテル川六エルステージ高松に泊まりました。<br>・12月26日、中新町まで歩いてバスに乗り今回の出発地、塩江温泉には9時半に着いて、2巡目に歩いたへんろ地図にない道を逆方向に歩き始めました。朝は快晴でしたが曇ってきて冷たい西風が強い中、<span style="text-decoration:underline;">八十七番 長尾寺</span>、にお参り、先を急ぎます。高徳線沿いの道を進み志度の街中、<span style="text-decoration:underline;">八十六番 志度寺</span>、琴電沿いの道を歩き牟礼から五剣山の登りを急ぎ、16時55分、納経時間ギリギリ、夕闇の<span style="text-decoration:underline;">八十五番 八栗寺</span>にたどり着きました。展望台から高松の夜景を眺め、札所門前の岡田屋旅館に泊まりました。<br>・12月27日、壇ノ浦に向けて下り橋を渡って屋島の登りは大汗をかいて、<span style="text-decoration:underline;">八十四番 屋島寺</span>、快晴の五剣山や壇ノ浦、屋島山上の眺めが素晴らしく気持ちよい空気感です。屋島を下り国道11号を歩き、高松市中心街の琴電瓦町駅脇を過ぎ、市街を外れて南に向けひたすら進むこと約3時間、<span style="text-decoration:underline;">八十三番 一宮寺</span>に到着しました。素朴な札所をお参りした後は、北西方向に五色台を目指して郊外の道をジグザクに進みます。逆打ちなのでへんろマークや道しるべを振り返って確かめながら、鬼無駅を過ぎて、<span style="text-decoration:underline;">別格十九番 香西寺</span>に着きお参りしました。夕方で静かだけど正月は賑わいそうなお寺です。お寺の方に教えてもらって、近くのイオンモールからシャトルバスで高松駅に戻り、高松センチュリーホテルに泊まりました。<br>・12月28日、高松駅からのバスを香西北町で降り香西寺に戻って歩き始めました。五色台の登りで何度かへんろ道を見失って戻ったりしたけど、それほど時間ロスなく <span style="text-decoration:underline;">八十二番 根来寺</span>に着きました。立体的な造りと門前の鬼の像が印象的な札所です。寒々とした山上の林間の道を進み、ここも正月は人で一杯になりそうな <span style="text-decoration:underline;">八十一番 白峯寺</span>をお参りします。五色台を下り、おだやかな冬の日、松が立ち並ぶ立派な佇まいの&nbsp;<span style="text-decoration:underline;">八十番 国分寺</span>を訪れます。疲れていても先は長いので、国道や川沿いや線路わきの道を急ぎ足で進み、到着した&nbsp;<span style="text-decoration:underline;">七十九番 天皇寺高照院</span>は白峰宮境内にひっそりと立つ札所です。あと一カ寺、坂出の街を突っ切ってひたすら歩き16時40分 瀬戸大橋が眺められる高台の <span style="text-decoration:underline;">七十八番 郷照寺</span>に着いて納経してほっとしました。寒くて疲れて早く温まりたいところを頑張って、宇多津駅前のホテルサンルート瀬戸大橋に辿り着きました。<br>・12月29日、快晴の気持ちよい冬の日ですが、昨日までの疲労が残って重い足取りでスタートしました。丸亀市内を突っ切って多度津の<span style="text-decoration:underline;">七十七番 道隆寺</span>を打ち、初めての道を歩いて、本堂が国道わき、大師堂が線路を渡った奥に立つ <span style="text-decoration:underline;">別格十八番 海岸寺</span>をお参りします。ここからは讃岐平野の広々とした田舎道を進み <span style="text-decoration:underline;">七十六番 金蔵寺</span>をお参りした後は、善通寺を翌日にして真っ直ぐ琴平を目指しましたが、宿が見つからずに2時間かかって、この日に泊まる時知らずの宿にたどり着きました。疲労と時間がないのとで満濃池を歩いて往復は無理なので、宿のクルマで送っていただきました。人っ子一人いない夕景の満濃池、鮮烈な光景ですが、脇にひっそりと佇む <span style="text-decoration:underline;">別格十七番 神野寺</span>、来てよかった、という実感を持ちました。空身で元気が出て、琴平に向けての帰り道は夕暮れから夜に移る空気の中、気持ちよく歩けました。<br>・12月30日、土讃線琴平駅まで送っていただき、善通寺駅まで一駅列車に乗って歩き始めました。国道をワンタッチしてから街中を進み、まさに、四国八十八箇所の総本山ともいうべき貫禄と威厳を持った<span style="text-decoration:underline;">七十五番 善通寺</span>、正月準備が進む立派な本堂と御影堂を参拝して、歴史的な街並みのお店で有名なカタパンを買います。部分入れ歯ではとても噛めないので、ゆっくりと口中で柔らかくして食べました。ほどなく <span style="text-decoration:underline;">七十四番 甲山寺</span>、一転してこじんまりとした素朴なお寺です。ここもわずかな距離で <span style="text-decoration:underline;">七十三番 出釈迦寺</span>、捨身ヶ岳禅定を見上げる整ったお寺、上がった道を下り、<span style="text-decoration:underline;">七十二番 曼荼羅寺</span>、眠りを誘うような静寂の札所です。国道を渡り池やら高速道路やらを進み、しばらく山道を辿ると俳句茶屋を過ぎて、<span style="text-decoration:underline;">七十一番 弥谷寺</span>に着きます。階段を登って本堂をお参り、靴を脱いで大師堂をお参り、変化に富んだ楽しい札所でした。ここからも長い道のり、緩やかに下って国道11号に合流、ひたすら歩いて、2時間半で <span style="text-decoration:underline;">七十番 本山寺</span>、広々とした捉えどころのないお寺、五重塔は修理中でした。次の札所はあきらめたので、川沿いの道をのんびり歩いて観音寺の街に入り観音寺グランドホテルに宿泊しました。<br>・12月31日大晦日、おへんろ歩きは最終日です。早朝、朝食前に宿を出て、<span style="text-decoration:underline;">六十九番 観音寺、六十八番 神恵院</span>、二つの札所、四つのお堂を一気にお参りします。日が出て明るくなりよい気分で、銭形を眺め、琴弾八幡宮をお参りして宿に戻りました。<br>改めて出発して <span style="text-decoration:underline;">六十七番 大興寺</span>にお参り、しっかりとしたいいお寺です。しばらく行くと雨、もう少しなのにと思いながら、14時前に <span style="text-decoration:underline;">別格十六番 萩原寺</span>、どんよりとした鉛色の風景、人の姿がない寂しさですが、立派な佇まいのお寺、今回はここが打ち止めの札所です。改めて心を込めて般若心経を読みましたが、歩きはまだ終わりません。1時間強歩いて予讃線豊浜駅が歩き完了地点です。列車の接続が悪くて丸亀駅に着いたのは3時間後、丸亀プラザホテルで年越しの夜を過ごしました。<br>・2016年1月1日元旦、初日の出を丸亀城で見ようと早めに宿を出ましたが、少し遅れて瞬間は見えず、でも元旦の賑わいを味わって丸亀駅に向かいました。坂出、岡山と乗り継いで福山駅からバスに乗って、以前から訪れたいと念願していた鞆の浦にやってきました。たっぷり歩いて堪能して福山駅に戻り、18キップで東京を目指します。途中、さくら夙川駅から福男で有名な西宮神社で初詣、乗り継いで大垣からはムーンライトながら。<br>・1月2日、5時5分に東京、更に乗り継いで群馬の実家に辿り着いて本当の完了でした。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12712039833.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Nov 2021 13:32:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その8　-坂東三十三箇所 観音霊場</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ４<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目　に続くへんろ旅シリーズ４は、④坂東三十三箇所 観音霊場　です。<br><br>④ 坂東三十三箇所 観音霊場 日帰り歩き旅<br>　・これまで四国、西国を回ってきましたが、地元関東の坂東三十三箇所観音霊場を、埼玉の自宅から19回の日帰り旅を繰り返して、徒歩とランニングで回りました。</p><ul><li><u>1回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 3</u><u>月5日</u><u>　坂東一番観音霊場&nbsp;杉本寺から、四番 長谷寺</u><br>・2005年年末から2006年年明けまでの四国遍路2巡目2回目区切り打ちの後、3月から坂東三十三箇所巡礼を日帰りの繰り返しで回ることにし、この日片瀬江ノ島から鎌倉駅に来ました。自動車道を歩いて、<span style="text-decoration:underline;">一番札所 大蔵山杉本寺</span>、茅葺の素朴なお寺から坂東三十三箇所観音霊場の旅は始まりました。納経帳を仕入れて納経していただき、ハイランドの住宅地を越え逗子に出て、<span style="text-decoration:underline;">二番札所 海雲山岩殿寺</span>、13時まで待って納経。30分で交通量の多い県道の脇だが入れば静かな、<span style="text-decoration:underline;">三番札所 祇園山安養院田代観音</span>。さらに進み賑やかな鎌倉の街に入って、これは大寺、<span style="text-decoration:underline;">四番札所 海光山長谷寺</span>、巨大な長谷観音をお参り。板東は西国と同じように所々に入山料が必要な人が集まる観光の大寺が存在します。それも個性、メリハリがあって楽しいです。極楽寺、鎌倉山を歩いてJR東海道線 藤沢駅、ここから電車で帰りました。</li><li><u>2回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 3</u><u>月21日</u><u>　坂東五番観音霊場 勝福寺、七番 光明寺</u><br>・春うららかな春分の日、神奈川県の札所をお参りします。<br>小田急線 足柄駅に10時ころに着いてから酒匂川を渡って、子供の声が響く生活の中のお寺、<span style="text-decoration:underline;">五番札所 飯泉山勝福寺飯泉観音</span>をお参り。広い境内、素朴なお堂、いいお寺です。<br>そこを出て曾我丘陵を越え中井町に入り、4時間ほど気持ちよく歩いて、金目川のほとり、<span style="text-decoration:underline;">七番札所 金目山光明寺金目観音</span>に着きました。こじんまりとしているが立派なお堂が並ぶかっちりしたお寺です。その後は小田原厚木道路の側道をひたすら歩いて、1時間40分くらいで小田急線愛甲石田駅、電車で帰りました。</li><li><u>3回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 4</u><u>月8日</u><u>　坂東九番観音霊場 慈光寺</u><br>・埼玉の札所は走って回ることにしました。毎週土曜日はランニングなので、この日は納経帳を担いで11時半に家を出て、高麗川、毛呂、越生を過ぎ都幾川を遡り山の中腹まで登って、3時間半超で<span style="text-decoration:underline;">九番札所 都幾山慈光寺</span>にたどり着きました。桜は散り初め、春の花が咲く山のお寺、素敵でした。15時半、山を下り頑張って1時間少しでJR八高線 明覚駅から帰りました。</li><li><u>4回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 4</u><u>月9日</u><u>　坂東六番観音霊場 長谷寺、八番 星谷寺</u><br>・埼玉を走った次の日、連日の板東札所巡り、この日は神奈川県の2カ寺を回ります。3/21に電車に乗った小田急線 愛甲石田駅に戻り、ぼんやりとした春の光の中、9時過ぎ歩き始めました。七沢森林公園、順礼峠と常緑樹の濃い緑、新緑の淡い緑、山桜のピンクと色彩豊富な道を歩いて、白山展望台から山を下りて、12時前に<span style="text-decoration:underline;">六番札所 飯上山長谷寺（飯山観音）</span>に着きました。春の日曜日、大勢の人の中で遠慮がちにお経を読みます。桜まつりのステージではフラダンスで盛り上がっています。<br>国道246で中津川を渡り、座架依（ざかえ）橋で相模川を渡り、毎日通勤する海老名駅の一つ手前、座間駅にほど近い、線路わき、街中の整ったお堂が並ぶ札所、<span style="text-decoration:underline;">八番札所 妙法山星谷寺（星ノ谷観音）</span>に着きました。こちらは人の姿のない静寂のお寺、ゆっくりお経をあげます。毎日通勤で見かけていた札所にようやくお参りできてうれしかったです。座間谷戸山公園を越えて相武台前駅から帰りました。</li><li><u>5回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 4</u><u>月22日</u><u>　坂東十番観音霊場 正法寺、十一番 安楽寺</u><br>・快晴の一日、埼玉県内の札所は頑張って走ります。ハイカーでいっぱいのJR八高線 明覚駅を8時40分出発、10時に緑豊かな山のお寺、<span style="text-decoration:underline;">十番札所 巌殿山正法寺（岩殿観音）</span>に着きます。3度目ですがキチンと巡礼で訪れたのは初めてなので、しっかり納経してお参りしました。<br>東松山の街を抜け、吉見丘陵を越えて12時前に着いた、<span style="text-decoration:underline;">十一番札所 岩殿山安楽寺（吉見観音）</span>も2度目ですが、新緑の木々の間にお堂が並ぶ札所の景色は厳格なものを感じ、引き締まった思いで般若心経を声を出して唱えます。疲労が大きいのでどこまで行けるか心もとないですが十二番を目指して走りだしました。<br>高尾橋で荒川を越え、桶川からは旧中山道を歩いて、上尾駅前からは走って、17時20分、<span style="text-decoration:underline;">十二番札所 華林山慈恩寺</span>に這う這うの体でたどり着きました。納経時間を過ぎていてお願いしましたが納経はしてもらず残念でしたが、変わりなくお経をあげお祈りをいたしました。8時間以上も走って歩いてここまでたどり着けたので満足、東武鉄道野田線豊春駅から帰りました。（慈恩寺は一年後の2007年4月8日、大宮から岩槻経由で幸手の権現堂桜堤に走っていく途中、お参りして納経しました。）</li><li><u>6回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 5</u><u>月3日</u><u>　坂東十三番観音霊場 浅草寺、十四番 弘明寺</u><br>・ゴールデンウイーク真っ只中、浅草と横浜弘明寺をランニングでつなぐという、トリッキーな巡礼を企てました。地下鉄浅草駅から9時過ぎ、大観光地の、<span style="text-decoration:underline;">十三番札所 金龍山浅草寺</span>をお参り、アジア系の観光客でごった返す浅草寺で、場違いな気分で般若心経をあげ、仲見世を過ぎて走りだしました。江戸通りから中央通り、新橋駅から第1京浜・箱根駅伝1区、品川駅から旧東海道、大森で箱根1区に合流、六郷橋を渡って神奈川県に入り、鶴見、横浜駅東口を過ぎ、GW真っ盛りのみなとみらいを過ぎて桜木町駅で走れなくなり、大岡川沿いを歩いてかんのんロードというアーケード街を通って、初夏の日差しが眩しい、<span style="text-decoration:underline;">十四番札所 瑞応山弘明寺</span>に到着しました。商店街に密着した庶民のお寺、ここも人の姿は多いので小声で般若心経をあげ、今回もよく走って歩いた、と満足して、京浜急行 弘明寺駅から帰宅の途につきました。</li><li><u>7回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 5</u><u>月5日</u><u>　坂東十五番観音霊場 長谷寺、十六番 水澤寺</u><br>・今回は群馬県の札所を巡ります。実家が群馬県沼田市なので、そこからJR信越線北高崎駅に向かい、快晴のこどもの日、8時45分歩き始めます。高崎の街を抜け、緩やかに上って榛名山麓、箕郷町の<span style="text-decoration:underline;">十五番札所 白岩山長谷寺（ちょうこくじ、白岩観音）</span>に10時30分に着きます。群馬で生まれ育っていますがこのお寺は初めて、素朴な里のお寺、でも朱塗りの観音堂が美しい札所です。<br>そして、鳴沢湖から箕郷町中心部を抜け榛名山をめぐる広域農道から相馬ヶ原駐屯地を過ぎて水沢街道に合流し、15時前に、<span style="text-decoration:underline;">十六番札所 五徳山水澤寺（水澤観音）</span>に着きました。この日も祝日、伊香保温泉が近いので観光客で賑わっていて般若心経はやはり小声に。でもしっかりお祈りしてふるさと上州の名刹を後にします。山裾に向かって林道を下り、渋川駅から実家へ戻りました。</li><li><u>8回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 9</u><u>月10日</u><u>　坂東二十一番観音霊場 日輪寺、二十二番 佐竹寺</u><br>・前の日の9日土曜日、茨城県北の札所を巡ろうと始発電車で出発しましたが、池袋駅で納経帳を忘れたことに気づき、改めて翌日、始発で出発しました。上野から常磐線、土浦から水戸まで特急に乗り、水郡線に乗り換えて遠路はるばる9時前に常陸太田駅にやってきました。すぐに歩き始めて、9時20分、<span style="text-decoration:underline;">二十二番札所 妙福山佐竹寺</span>、道路わきにひっそりと建つ質実剛健のお寺をお参りします。<br>さらに歩いて水郡線瓜連駅、11時40分の列車に乗り常陸大子駅で降ります。12時50分のバスで発、八溝山の麓、蛇穴バス停に13時35分着いて、林道、山道を汗を垂らして登り、14時35分、<span style="text-decoration:underline;">二十一番札所 八溝山日輪寺</span>にようやくたどり着きました。山のお寺、遠かった、という思い、時間がなくて八溝山山頂まで行けなかったのは残念でした。バスとローカル線で帰らなくてはならないので急いで下りますが、バス停近くでご夫婦のクルマに乗せていただきました。栃木県那須町の方で、東北本線の駅まで送ってくださるとのことでありがたくお言葉に甘えました。明るくて気さくな方々で、途中、黒羽町の雲巌寺をお参りしたりして、那須塩原駅で降ろしていただきました。感謝です。思いがけず東北本線ですっと帰ることができました。</li><li><u>9回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） 11</u><u>月23日</u><u>　坂東十七番観音霊場 満願寺</u><br>・始発電車で出発する予定でしたが、寝過ごして2時間遅れで栃木の札所を訪れます。JR武蔵野線と東武鉄道日光線を乗り継いで、9時26分、栃木駅に着きました。蔵の街や巴波川沿いの遊歩道をしばらく歩き、自動車道を栃木ICを過ぎて山に入ると紅葉がきれいですが、石灰工場の埃っぽさと頻繫に通るダンプカーが不快、それから逃れるように、ノンストップ、スピードアップして札所を目指します。13時、<span style="text-decoration:underline;">十七番札所 出流山満願寺</span>、紅葉が美しい山中の立派なお寺、祝日の観光のお寺、ここでも般若心経は遠慮がちになってしまいます。帰りはバスにしたかったのですが時間があるので歩き始め、10km以上歩いてバス停梓で乗り込みやれやれ、栃木駅からは東武鉄道で帰りました。</li><li><u>10回目　2007</u><u>年（平成19</u><u>年） 11</u><u>月23日</u><u>　板東十八番観音霊場 中禅寺</u><br>・前の年、9回で18札所を回りましたが、連休中の祝日、1年ぶりの板東札所歩きです。浅草駅から東武線に乗って9時15分、快晴の東武日光駅に着きました。紅葉シーズンは過ぎたといっても連休の人出はすごいです。日光連山は雪化粧ですがここは暖かく、気持ちよく歩き始めます。自動車は下り専用の第1いろは坂を登り華厳の滝を眺めて、12時45分、中禅寺湖畔の<span style="text-decoration:underline;">十八番札所 日光山中禅寺（立木観音）</span>に着きました。湖を渡る風は冷たく、日光白根山は雪景色、湖畔は波が凍り付いて晩秋から初冬の厳しさです。拝観料に見合わない、造りはいま一つのお寺ですが、周囲の絶景と札所として来ることに意味を見出しました。足尾を目指しますが、阿世潟峠まではいい道がありますが、そこからの下り道はガイドブックにも出ていない、地形図表示を信じて進みます。峠から男体山と中禅寺湖の最後の眺めを背に下りますが、案の定、山道は途切れてしまい、15時を回っているので少し焦りますが冬枯れの明るい樹林帯の道なき道を下って林道に下り立ちました。一安心ですが、林道は打ち捨てられた道の様相を呈していて、しかも長い、列車の時間と落ちる夕日と競争するように16時30分頃から走りに走って、夕暮れの足尾の山村風景も見る余裕なく、間藤駅で17時15分、発車直前のわたらせ渓谷鉄道に飛び乗りました。これを逃せば1時間15分、夕闇の山間の小駅で待つことになるので大いに安堵しました。汗を引かせるためにシャツ1枚になって、初乗りの車窓を楽しみたかったのですが、見えるのは駅の明かりだけです。相老駅で下車して上毛電鉄 天王宿駅から西桐生駅、歩いてJR両毛線桐生駅から実家に帰りました。</li><li><u>11回目　2007</u><u>年（平成19</u><u>年） 12</u><u>月24日</u><u>　坂東十九番観音霊場 大谷寺</u><br>・年末の3連休、四国遍路に出発したかったのですが、連休明けが仕事で休めなくなり短縮四国遍路の元気もなく楽な列車旅に変更したので、この連休はせめて板東札所を回ることにしました。栃木から茨城の札所を目指し、前回と同じ、浅草駅から東武電車で栃木駅乗り換えで9時20分東武宇都宮駅、すぐ歩き始めて早足で、10時40分、大谷石の岩壁に囲まれた<span style="text-decoration:underline;">十九番札所 天開山大谷寺（大谷観音）</span>に着きました。奇岩と朱塗りの門や観音堂がマッチしていて美しいお寺です。帰りは歩かずにバスでJR宇都宮駅に戻り、西明寺目指して歩きます。南東方向に進み、晴れ晴れとした眺めが広がる沈下橋の喜楽橋で鬼怒川を渡ります。歩道が狭い国道121を歩き益子駅に着いたのは16時25分、日も沈み寒々として暗くて寂しい駅です。今日はここで打ち止め、真岡鉄道で下館に出てJR水戸線、東北本線で帰りました。</li><li><u>12回目　2008</u><u>年（平成20</u><u>年） 1</u><u>月27日</u><u>　坂東二十番観音霊場 西明寺、二十三番 観世音寺</u><br>・始発電車で家を出て早朝の冷たい空気、朝日の光の中、東北本線、水戸線、真岡鉄道を乗り継いで1か月前に打ち止めた益子駅に着いたのは8時51分、冬晴れのきりっとした野を過ぎ丘を登り丘陵の中腹にある<span style="text-decoration:underline;">二十番札所 独鈷山西明寺</span>には9時45分、本堂や三重塔がいい具合に古びていいお寺です。すぐ上の権現平からは日光連山や益子の街、関東平野が見渡せて爽快です。<br>丘陵を下り茂木町を過ぎ、仏の山峠を越えて茨城県笠間市に入り、笠間稲荷前の賑やかな通りを過ぎて、14時35分 <span style="text-decoration:underline;">二十三番札所 佐白山観世音寺</span>、笠間稲荷とは対照的な小さな本堂一つの素朴なお寺です。靴を脱いでお堂に上がりご本尊の前でゆっくりとお経をあげました。ありがたくお茶をいただいて癒されました。お正月モードが残る笠間稲荷神社にもお参りして、15時55分 JR水戸線笠間駅、水戸線、東北本線で帰りました。</li><li><u>13回目　2008</u><u>年（平成20</u><u>年） 10</u><u>月13日</u><u>　坂東二十四番観音霊場 楽法寺、二十五番 大御堂</u><br>・体育の日、天気が良いので急遽出かけました。3回連続の東北本線、水戸線乗り継ぎで11時14分岩瀬駅着、すぐに出発、関東鉄道筑波線廃止の跡地のサイクリングロードを快適に歩き、12時半、<span style="text-decoration:underline;">二十四番札所 雨引山楽法寺（雨引観音）</span>に着きます。七五三の子供など多くの人出、観音堂と多宝塔と庭園の立派なお寺、なぜか本堂に入ってお坊さんたちと唱和して般若心経を上げました。<br>県道からサイクリング道路を時速6kmで早歩きして、真壁の街で小休止、酒寄から筑波山中腹の道を登り、筑波山神社門前町に入り、16時35分、<span style="text-decoration:underline;">二十五番札所 筑波山大御堂</span>に着きました。神社の手前のこじんまりとした本堂をお参りします。もう夕方、夕日がきれいなつくば道を下り、満月と金星と木星が輝く道を、暗くて寂しい歴史の街、北条の街まで歩きます。北条仲町のバス停で18時19分バスに乗り、土浦駅から19時07分常磐線で帰りました。</li><li><u>14回目　2008</u><u>年（平成20</u><u>年） 11</u><u>月30日</u><u>　坂東二十六番観音霊場 清滝寺</u><br>・冬晴れの日曜日、年末の四国遍路のトレーニングで板東札所歩きで出かけました。JR武蔵野線南流山駅からつくばエクスプレスに乗って9時50分、つくば駅着、歩き始めます。筑波大学の4年生の時住んだアパートを懐かしんで探してみましたが、30年前は新築だったが現在は人が住んでいるのか廃墟のようになっていてショックを受けました。そのあと山に向かって歩き、筑波山に連なる尾根の中腹、<span style="text-decoration:underline;">二十六番札所 南明山 清滝寺</span>に着きます。こじんまりとした素朴なお寺、本堂の向こうは青い空と紅葉、鮮やかだがうら寂しい風景です。土浦駅まで歩いて常磐線で帰りました。</li><li><u>15回目　2009</u><u>年（平成21</u><u>年） 2</u><u>月1日</u><u>　坂東二十八番観音霊場 龍正院、二十七番 円福寺</u><br>・北風が冷たい日曜日、京成電鉄で京成成田駅、乗り換えてJR成田駅から滑河駅に9時20分に着きます。駅から歩いてすぐに、<span style="text-decoration:underline;">二十八番札所 滑河山龍正院（滑河観音）</span>、県道わきの地味な佇まいだが大きくて立派な本堂、茅葺の風情がある山門です。<br>成田空港アプローチの飛行機を見ながら、歩を進めて、12時45分佐原駅、水郷の観光地の空気を少し味わって、13時30分香取駅、香取神宮も鹿島神宮も近いし、銚子に向けてもっと歩きたいのですが、観音様に会いたいので電車に乗り、銚子駅から街中をあるいて、<span style="text-decoration:underline;">二十七番札所 飯沼山円福寺（飯山観音）</span>をお参り、観光のお寺ですが本堂も五重塔も豪壮でとても立派なお寺です。納経は街を5分くらい歩いた本坊で行います。銚子電鉄かんのん駅で名物のたい焼きを買いたかったのですが予約以外はダメ、諦めて歩いて銚子駅に戻ります。千葉県の最初の札所を回れてよかったです。JR成田線、常磐線を経由して帰りました。</li><li><u>16回目　2009</u><u>年（平成21</u><u>年） 4</u><u>月5日</u><u>　坂東二十九番観音霊場 千葉寺</u><br>・花曇りの日曜日、思い立って昼近くなってへんろ旅に出ました。東京から総武線で13時55分に千葉駅、千葉の中心部を歩いて14時40分、<span style="text-decoration:underline;">二十九番札所 海上山千葉寺</span>、子ども連れの家族が遊び立派な本堂とイチョウの木、街中のお寺です。今日はこの札所だけですが、次を目指して先に進みます。大網街道を歩いて赤井の十字路を右折、4車線の広い通りをひたすら歩き、京成電鉄終点のちはら台駅に16時45分に到着、次回はここから歩き始めるわけではないのですが、こんな事でもない限り来ることがない道を歩き駅にきて、それなりに満足でした。ここから先に行っても仕方ないので、この駅で京成線に乗って帰りました。</li><li><u>17回目　2009</u><u>年（平成21</u><u>年） 4</u><u>月29日</u><u>　坂東三十番観音霊場 高蔵寺、三十一番 笠森寺</u><br>・ゴールデンウイークの初日、早起きして新宿駅から高速バスで快晴のアクアラインを通り8時木更津駅に到着します。ここから房総半島をほぼ横断するので一生懸命に歩いて、まずは10時55分、<span style="text-decoration:underline;">三十番札所 平野山高蔵寺（高倉観音）</span>に着きます。かずさアカデミアパークの近く、先進の雰囲気のなか、小さな丘の上に静かに立つ歴史観強いお寺、魅力的なお寺です。<br>JR久留里線の横田駅近くまでは気持ちよく歩けましたが、国道409は歩道なくダンプカーがたくさん通り不快、4-5kmは走って14時25分小湊鉄道牛久駅を過ぎ、16時05分、<span style="text-decoration:underline;">三十一番札所 大悲山笠森寺（笠森観音）</span>にたどり着きました。小高い丘の上、岩山の上、太い木で組み上げた舞台造りの観音堂が辺りを見下ろしています。房総の地味な山の中にこんなすごい建物があるなんて。むしろ京都の清水寺より凄みを感じます。急な階段を登ってお参りします。この後、三仏寺投入堂の鬼気迫る木組みのお堂を見たとき、この笠森観音堂を思い出しました。<br>歩き出したのが16時40分、日が落ちていく中疲れた身体にむちうって、18時45分、茂原駅にたどり着きました。外房線から京葉線を通って帰りました。</li><li><u>18回目　2010</u><u>年（平成22</u><u>年） 5</u><u>月4日</u><u>　坂東三十二番観音霊場 清水寺</u><br>・1年ぶりの板東札所へんろ旅です。外房線の茂原駅、前回打ち止めた駅に10時04分着、房総半島東部の穏やかな風景の中を、長生村、睦沢町、いすみ市と歩いて、13時55分、<span style="text-decoration:underline;">三十二番札所 音羽山清水寺（清水観音）</span>に着きました。山の上の地味ですがお堂や山門がきちっと揃ったいいお寺、聞こえるのは風の音と鳥の声だけ、静寂です。<br>野の道を東に歩き三門駅近くで国道128に出て南下、16時に大原駅に着きました。外房線、総武線と乗り継いで帰りました。坂東三十三箇所観音霊場もあと1カ寺です。</li><li><u>19回目　2010</u><u>年（平成22</u><u>年） 8</u><u>月1日</u><u>　坂東三十三番観音霊場 結願の寺、那古寺</u><br>・夏休み、暑い1日、行きたかった神社と坂東三十三箇所結願の寺を訪れます。我孫子から成田線で成田、鹿島線で水郷の長い橋を渡って鹿島神宮駅に10時03分、参道を辿って鹿島神宮にお参り、11時55分に香取駅に戻って次の列車までの55分間に、猛暑の2kmを走って香取神宮を参拝、帰りも走って汗まみれで香取駅から冷房の列車に乗りました。行きたかった鹿島神宮、香取神宮をお参りできてよかったですが、もっと快適な季節にゆっくりと再訪したいです。<br>千葉駅を経由して16時26分、那古船形駅に着きました。落ち着いて歩いて結願の寺に来たかったですが、歩きようがない場所にあるので列車で来てしまいました。クルマ通りの激しい道を歩いて、16時25分、<span style="text-decoration:underline;">坂東三十三箇所結願の寺、補陀落山那古寺（那古観音）</span>に到着しました。道路わきの山の中腹、館山の海を望む場所に立つ地味なお寺、でも2006年から足掛け4年、19回の日帰り旅を繰り返してたどり着いた結願のお寺です。<br>賑やかな大寺から素朴な小寺まで色々な個性のある三十三箇所を訪れることができてよかったです。それに並んで、生まれ育った関東地方の、これまで行ったことのない様々な場所を、歩いて、走って、見て、空気を感じて、とても有意義な19回の旅でした。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12698700753.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Sep 2021 20:28:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その7　-四国遍路2巡目の7回目結願、高野山</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ３<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場に続くへんろ旅シリーズ３は、③四国八十八箇所 2巡目　です。<br><br>③四国八十八箇所 2巡目、順打ち・区切り打ち<br>　・別格札所二十カ寺を含め計108カ寺、完全徒歩で回りました。</p><ul><li><u>7回目　2011</u><u>年（平成23</u><u>年） </u><u>12</u><u>月28日～2012</u><u>年（平成24</u><u>年） 1月2日　八十四番札所 屋島寺から別格二十番結願 大滝寺、四国八十八番札所結願の寺 八十八番大窪寺、お礼参りの別格一番 大山寺、一番 霊山寺</u><br>・12月28日、この日まで仕事が終わらず、今回も4日間と短期のへんろ旅となりました。新宿の、代々木駅横の旧バスターミナルから、夜行高速バスに乗ります。<br>・29日、45分遅れて8時、人でいっぱいの岡山駅到着、瀬戸大橋を渡るマリンライナーで9時17分、この年の1月2日以来の高松駅に着いて、結願を目指す2巡目最後の歩きへんろが始まりました。雲は多いが穏やかに晴れて暖かい旅のスタートです。高松市街を抜け国道11号を過ぎ屋島の街から汗をかいて登り、八十四番屋島寺、屋島山上のきれいに整った札所、お経をあげます。壇ノ浦を挟んでに五剣山の岩山が高く、それに向かって屋島を下り川を渡って汗をかいて緩やかに上っていくと五剣山の中腹、八十五番八栗寺、振り返ると高松の街と屋島の眺めが素晴らしく、このお寺も山の中の落ち着いた佇まいで好ましいです。お参りして山を緩やかに下り国道11号をしばらく行くと志度の街並みを過ぎ、やや荒れた雰囲気、五重塔が豪壮な八十六番志度寺に着きます。お参りして街を抜け車道を進み長尾の街中の親しみやすい八十七番長尾寺、日が落ちかかって雲が赤く静かな夕景のお寺です。17時、お寺の前の新築でピカピカの民宿に入りました。<br>・30日、今日はへんろ地図には載っていない大滝寺へ直行する道を地形図で探しておいたので南に真っ直ぐ、小さな峠を越えて田舎道を歩き、今日の宿、塩江温泉樺川荘本館に着きました。ここからは山の上の大滝寺に向け長い林道の往復となります。ザックを預けて身軽になって、川を遡り、点在する荒れた民家脇を通り、傾斜が次第にきつくなるつづら折りを登って、別格二十番結願の寺 大滝寺にたどり着きました。雪が残りしんしんと冷える標高900mの山の上、厳しいところに別格結願の寺は立ち、ここは徳島県、吉野川流域の家並みを見下ろします。先ほどは高松の街がよく見えて、ここは讃岐と阿波の両方を見下ろすお寺であることを実感しました。出石寺も仙龍寺も箸蔵寺も、そしてこの大滝寺も別格二十カ寺は厳しくも素晴らしいところにどっしりと立っており、苦労して訪れる価値のある札所ばかりです。大変ですがぜひぜひ回るべきです。<br>帰りは登ってきた道をすっすっと下って樺川荘に17時前に戻り、ゆっくり温泉に浸かって疲れを取りました。<br>・31日大晦日、8時過ぎ寒さ厳しい国道を歩き始めます。多和辺りから日が差し暖かくなった道を緩やかに上って、11時、四国八十八箇所結願の寺 大窪寺に着きました。快晴、女体山の岩と木々が青空に映えます。2回目の結願、前回は別格二十か所を回らなかったので女体山の険しい登りを越えて裏側からの大窪寺ですが、今回は表から。大晦日で人出は多いが静かで穏やかなお寺です。前回もそうでしたが、結願という感慨は少ないのです。まだこの先、別格一番大山寺、一番霊山寺まで歩いて輪を完成させ、次回にはなりますが高野山まで訪れて大団円、ということになるので、ここはまだ通過点、というあいまいな気分です。前回は與田寺、引田、大坂越え、卯辰越えから直接霊山寺でしたが、2巡目の今回は切幡寺道を進みます。幅広い県道を淡々と進み切幡寺下、お礼回りなので十番切幡寺から二番極楽寺はお参りしないので県道12号沿いの旅館に16時前の早い時間に着いて、大晦日の夜のテレビをゆっくりと楽しみました。<br>・1月1日元旦、新年の朝ですが朝食に雑煮もおせちも出なかったので正月気分はなく、テレビで初日の出を見てふつうに出発します。広い自動車道を歩いて安楽寺の先からへんろ道を登り、11時、別格一番大山寺。人の姿はちらほら、静かで寒々しい山の寺です。山を下りまっすぐ一番を目指します。14時半四国八十八箇所一番札所霊山寺、これで八十八箇所、別格二十箇所札所の輪がつながって、七回目で2巡目遍路が完結しました。さすがにこの有名なお寺に来ると、元旦の初詣の人々とクルマが賑やか、華やかです。袋に貯めていたお姿を整理するため、お姿帳を手に入れました。<br>高野山まで歩き通したいので、本当なら徳島港まで歩き切りたいのですが、日和ってしまい、JR高徳線と鳴門線の分岐の池谷駅で打ち止め、列車で徳島駅の一つ先、阿波富田駅まで行って近くのビジネスホテルに宿泊しました。夕食も朝食もバイキングで豊富な種類の美味しい料理が並び、お遍路が終わった満足感をたっぷり味わいました。<br>・2日、和歌山港行きフェリーが出る徳島港フェリーターミナル目指して歩きます。ところが気が緩んだのか、曲がるところを気づかずに真っ直ぐに行ってしまい、800mを10分で走って戻り8時のフェリーにギリギリ間に合って乗せてもらいました。出航は1分遅れ、申し訳ありませんでした。船旅は楽しく徳島の街も四国の山も美しく北風は冷たく、2時間で和歌山港着、ここは歩いてつなげようと思い、和歌山城を通ってJR和歌山駅まで歩いて本当の打ち止め、歩きは完了です。JRで和歌山市駅に出て南海電車で住吉大社初詣、ここは桁違いの雑踏、難波から天王寺辺りをぶらぶらして20時近くの新幹線で帰りました。</li><li><u>番外　2012</u><u>年（平成24</u><u>年） </u><u>12</u><u>月28日～2013</u><u>年（平成25年） 1月3日　高野山奥之院</u><br>・12月28日、午前中仕事をして一度家に帰り、新宿から高速夜行バスで発。<br>・29日、大阪駅に1時間半遅れの7時半着、7時44分大阪駅発、天王寺発の紀州路快速で9時22分和歌山駅到着、この年の1月2日、和歌山港からここまで歩いたので、歩き繋いで高野山を目指します。東口から、晴れて暑いなか、へんろ道でもない自動車道を歩き始めます。県道9号をひたすら歩き12時前に岩出の街を過ぎ、16時20分、かつらぎ町妙寺のへんろ宿でもない旅館に入りました。<br>・30日、高野山登りの今日は朝から雨、一日中雨の予報、つらいが仕方ないと諦めて、ポンチョとロングスパッツの雨装備で、ご主人のクルマで慈尊院まで送っていただきました。お参りして8時40分、町石道を歩き始めます。雨引山も丹生都比売神社も雨の中、一気に歩きます。12時10分の矢立茶屋は閉まっていて軒下で休み、ここからは急な登りになって14時過ぎ、高野山大門に登り切りました。とりあえずほっとしましたが、一気に気温が下がり風も冷たくなって雨も強くなって、まだ先があるので進みます。壇上伽藍、根本大塔をお参り、金剛峯寺ではびしょ濡れの靴を脱いでお堂に上がり納経します。さらに歩いて、寒くて暗い雨の奥之院に16時に着きました。弘法大師御廟にお経をあげ納経していただいて完結、2巡目四国八十八箇所＋別格二十箇所遍路、完了しました。雨の町石道が辛かったので満足感、充実感が今一つでした。<br>17時近くになって宿坊持明院に入りました。暗くて建物もお庭も見えないので残念ですが、部屋に入れば暖かくて快適、風呂に入り温まって、精進料理をお腹いっぱいいただいてゆっくり休みました。さすがに洗濯機はないので洗濯できなくて残念です。<br>・31日、早朝の目覚め、外は雪で薄っすら白くなっています。濡れたものもすっかり乾きました。7時から朝のお勤め、寒くてロウソクの明かりだけの本堂、正座してお経を聞くのはいいものです。8時半出発、晴れて雪が飛ぶ寒さの中、金剛峯寺辺りを回って女人堂をお参り、不動坂を下って10時前に極楽寺駅に着きました。急坂を下る南海電車の車窓を楽しんで九度山駅に降り立ち歩きます。慈尊院から、昨日、宿のクルマに乗せていただいた道を歩いて繋ぐために、紀ノ川を渡ってJR和歌山線妙寺駅に12時過ぎに着いて歩きが完結しました。ここからは年末年始の大阪の旅が始まります。<br>列車の時間があるのでバスで橋本駅に出て南海電車で河内長野、近鉄に乗り換えて古市、誉田八幡宮や古市古墳群を歩いて近鉄河内松原駅から阿倍野橋経由で御堂筋線江坂のビジネスホテルで、大晦日の夜を過ごしました。<br>・1月1日元旦、天王寺からJR関西本線王寺駅、歩いて、信貴山 朝護孫子寺に登り初詣です。奥之院、信貴山城址、高安山から生駒山縦走コースを歩いて、暗峠、生駒山上、生駒聖天 宝山寺で再度の初詣、石畳の道を下って近鉄 生駒駅。江坂のビジネスホテルに戻りました。<br>・2日、正月の大阪をたくさん楽しむため、市営地下鉄乗り放題のエンジョイエコカードを購入して、地下鉄全線の終点駅を乗り降りしました。<br>夜行高速バスで埼玉に帰り着いたのは3日、8時でした。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12695674555.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Sep 2021 14:41:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その6　-四国遍路2巡目の5回目、6回目</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ３<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場に続くへんろ旅シリーズ３は、③四国八十八箇所 2巡目　です。<br><br>③四国八十八箇所 2巡目、順打ち・区切り打ち<br>　・別格札所二十カ寺を含め計108カ寺、完全徒歩で回りました。</p><ul><li><u>5回目　2009</u><u>年（平成21</u><u>年） </u><u>12</u><u>月25日～2010</u><u>年（平成22</u><u>年） 1月3日　四十八番札所 西林寺から別格十五番札所 箸蔵寺まで</u><br>・12月25日、新宿からの高速夜行バス、オレンジライナーえひめ号で出発。<br>・26日、7時10分、曇って薄暗くうすら寒い松山市駅着、伊予鉄道で久米駅、じゅんかんバスで高井北バス停、少し歩いて、8時20分四十八番西林寺。前回、この年の元旦に納経できなかったこの札所から四国遍路2巡目5回目の旅は始まります。しっかり納経してバスで来た道を逆に辿って、四十九番浄土寺をお参り、今日は松山市近郊の密集した札所群を回ります。20分で住宅地から少し離れた五十番繫多寺に着きます。冬空、寒々しいが静かないいお寺。さらに住宅地を歩いて、五十一番石手寺、ここは観光の寺、観光地道後温泉の領域、人が多く賑やか、日が出て穏やかな冬の日になってきました。ここから2回続けてきた道後温泉本館、賑やかなアーケードを過ぎて、市街地の東側、北側の大きな通りを歩いて、山を越えれば瀬戸内海、という位置にある五十二番太山寺、ここは大ぶりなお寺で本堂までさらに上る雄大なお寺ですが先を急ぐ気分が先に立ちます。次は、街中のこじんまりしたお寺、五十三番円明寺。これで松山市近郊を打ち終えてこの日の宿を目指します。堀江からは海岸沿いの道を急ぎ、伊予北条の市街地を抜け、太陽と競争して明るいうちに鎌大師の峠越えをしたかったが、月明りの道をトボトボ歩いて、18時過ぎ、浅海の民宿にたどり着きました。<br>・27日、ぽかぽか陽気の瀬戸内海沿いの国道をひたすら歩きます。途中遍照院をお参りして11時過ぎには今治市域に入って五十四番延命寺を打ちます。冬の日が温かく気持ちの良いお寺です。さらに今治の中心地に向かい、五十五番南光坊、広大な大山祗神社の敷地の中の札所、ここからは今治駅前を過ぎまっすぐ郊外に向かい、五十六番泰山寺、西日がまぶしい清潔なお寺です。ここから南東に向きを変え川を渡り山すその五十七番栄福寺、次々と札所が続きます。静かで穏やかでこじんまりとした好ましいお寺です。国分寺まで行きたいと気持ちは焦り、急いで登って汗だくだくになって五十八番仙遊寺、山の上の静かな札所でゆっくりしたいが、なぜだか先を急いでしまいます。走るように下って、下っても走るように歩いて、16時50分、納経時間終了10分前に五十九番国分寺に着いて無事納経できました。昨日は松山市近郊、今日は今治市近郊の札所をたくさん回ってたくさん歩いて、疲れましたが満足感いっぱいでした。この日の宿は、伊予桜井駅から予讃線で一駅、伊予三芳駅近くの旅館でした。<br>・28日、列車で伊予桜井駅に戻り7時50分歩き始めました。国道から狭い道を辿って派手な装飾の世田薬師にお参り、前の日に泊まった伊予三芳駅近くを通って、丹原の街をかすめて登っていきます。汗をかいて石段を登って別格十番興隆寺 到着、汗が冷えて寒いですが、出石寺のような山の上の立派なお寺をお参りします。さらなる高みに五重塔がそびえ立つ素敵な札所です。山を下りて西に向かうと、小山を背に道路わきに立つ小さなお寺、別格十一番生木地蔵正善寺に着きます。横峰寺登りは次の日にして小松の三か寺をこの日打つのでややのんびりと歩き、六十一番香園寺、立派な鉄筋コンクリート造りの本堂がそびえ立ち、コンサートホールのような内陣にお参りします。20分で六十二番宝寿寺、さらに20分で六十三番吉祥寺、と続けて国道11号とJRの線路わきの札所を打ち、少し戻って伊予小松駅近くのビジネス旅館に入ります。この宿は夕食がものすごく、野菜たっぷり、2-3人前はあろうかという寄せ鍋、おいしくてぺろりと平らげました。<br>・29日、横峰寺往復なのでザックを置かせてもらい、どんよりとした曇り空、軽装で山に向かいます。前回は大頭、湯波から登りましたが、今回は伊予小松からピストン、林道から山道を辿り3時間弱で六十番横峰寺に着きました。雪が舞いお堂や木々は雪景色、ここでも登りで汗をかき、札所に着くと汗が冷えて寒いです。このお寺、森厳という形容詞がぴったりの山の清々しさ、厳しさいっぱい、苦労して登る価値のある札所です。下る途中、民宿のおかみさんと会話をして、勧められて経営する民宿に泊まることにしました。13時半に前日の宿に着き、荷物を今日泊まる宿に移動させました。すぐ近くでした。この日はもう少し進みます。下に降りたら晴れてきて、午後の穏やかな日差しの中、人家が続く道を約1時間、勇壮で迫力のある、六十四番前神寺に着きます。雲に隠れて見えませんが、石鎚山の豪壮さを感じさせる札所です。さらに歩き、西条市の南側の山すそを辿って、JR中萩駅でこの日は終了、列車で伊予小松駅に戻り、荷物を置いた民宿に戻り、泊まりました。<br>・30日、伊予小松駅から中萩駅に戻り8時過ぎに歩き始めました。国道11号線と並行した車道のへんろ道を進みます。途中、新居浜の、忘れられたような古ぼけたアーケード街が印象的、国道に合流して市境の低い峠を越え四国中央市に入りました。国道と別れて伊予土居駅近くの、別格十二番延命寺に着きますが、この日は疲労感、倦怠感で歩くのが辛い日でした。延々と国道に並行したへんろ道は続きます。伊予三島の街に入り、16時に予約したビジネス旅館に入りますが、直前の30分間、次の日の大荒れ天気の予兆のような土砂降りの雨、食事がないので近くのコンビニで食料を買い込みゆっくり休みました。<br>・31日、前日は寒冷前線通過の大雨、夜からは冬型の気圧配置の大雪、でも街を抜け山道を登るころには雪は止み、雪を踏んで六十五番三角寺に登り着きます。雪に覆われたお堂が美しく、振り返って瀬戸内海を見れば晴れ間と白波と製紙工場の煙が真横にたなびき、空からは雪が降りしきる壁、ドラマチックな光景でした。納経所の方の勧めで山道はやめ、林道を通って緩やかに堀切峠を越え旧新宮村に入りますが、雪景色の美しさが感動的でした。家一軒ない秘境感たっぷりの下りと新宮ダム湖沿いの道を辿り、石段を登り、ひっそりと、でも質実剛健の大きな舞台造りの本堂が斜面に立つ、別格十三番仙龍寺にたどり着きました。お経をあげる内陣は底冷えの寒さ、出石寺と並んで、今回のハイライトとも言える札所でした。林道を登って堀切トンネルを越えると、新宮村と打って変わって柔らかな雰囲気、そんな中に別格十四番常福寺椿堂があります。華やかでひっそりと、納経所の奥さんもほんわかと、お菓子を接待いただいて心が和みました。今日の宿はまだ先、国道に合流して境目トンネルを抜け、延々歩を進め暗くなって阿波池田の街に入りました。ここまで歩けるか不安でバスやタクシーを調べましたが、しっかり歩けて18時過ぎ、大晦日の、駅近くの旅館に入りました。歴史と古さが紙一重の建物で、阿波池田の街も、地味だけどほんわかしたイルミネーションがあったりして、歩き切った安堵感で満たされました。年越しそばなど夕食も豪華、大晦日の夜をゆっくりテレビを見て過ごしました。<br>・新年2010年1月1日元旦、箸蔵寺を往復して今回のへんろ旅は打ち止めです。この日は雪模様、池田の街を抜け、吉野川を渡り、ロープウェイ脇の山道を登り、かなり下からお寺の領域、石段を延々登り、別格十五番箸蔵寺に着きます。初詣の人は多いが横殴りの雪、納経所から本堂、御影堂も石段の上、雪が冷たく下りは滑りそうで、初詣ののんびり気分を期待しましたがまったく当てが外れました。気を付けて石段や参道や山道を下り、来た道を戻って宿で荷物を回収して阿波池田駅、これで今回の四国遍路2巡目5回目のへんろ旅は完全打ち止めとなりました。安堵感、満足感、達成感、いつものことですが、この瞬間が最高です。<br>駅の食堂で昼飯、終わった後の娑婆のメシはうまい。阿波池田から土讃線、予讃線、瀬戸大橋線、山陽線を鈍行で辿る列車旅を楽しみ、神戸のビジネスホテルに宿泊。<br>・2日、神戸の街散策、北野異人館街、生田神社、南京町、メリケンパークなどを歩き、新幹線で名古屋、街を少し歩いてムーンライトながらで、3日早朝埼玉の自宅に帰りました。</li><li><u>6回目　2010</u><u>年（平成22</u><u>年） </u><u>12</u><u>月28日～2011</u><u>年（平成23</u><u>年） 1月2日　六十六番番札所 雲辺寺から八十三番番札所 一宮寺まで</u><br>・12月28日、この年も仕事の関係で年末押し詰まってからの出発になりました。21時20分新宿から京浜吉備ドリーム号で岡山に向かいます。<br>・29日、渋滞や事故で2時間遅れ、9時20分に岡山駅にようやく到着しました。マリンライナー乗って丸亀から特急南風5号で、この年正月を迎えた阿波池田駅に着いて、懐かしむ間もなくタクシーに乗り込んで、ようやく歩き初めポイントの白地郵便局に着いたのは11時35分、2時間弱遅れで歩き始めました。冬の穏やかな舗装道路の登りをハイペースで汗をかいて歩きます。2時間で六十六番雲辺寺、雪がうっすら積り寒々とした山の上の立派なお寺、正月飾りの色だけが鮮やかです。萩原寺に向けて急いで下りますが、いつも焦って歩いている、無理な計画を立てるからこうなります。下りきって、別格十六番萩原寺、素朴で親しみやすいお寺、でもゆっくりできず次の札所で納経したいので16時に出て、急ぎ足と走り足で、六十七番大興寺に飛び込んだのは16時55分、納経所に飛び込んで納経していただき、ゆっくりお参りしました。暗くなったへんろ道を進みますが、神恵院、観音寺は最終日に電車で来ることにして、観音寺駅まで歩いてワンタッチしてから宿を目指します。本山寺近くのビジネスホテルに入ったのは20時近くでした。<br>・30日、7時30分、雨を恐れつつ暗い曇りの朝、七十番本山寺にお参り、五重塔が高くそびえる大ぶりなお寺。雨が降りだす前になるべく先へ、と思って急ぎますが、30分くらいでしっかり雨が降り出し、ポンチョで国道11号をひたすら歩き町道に曲がって次第に登って、七十一番弥谷寺、石段を登って本堂、大師堂をお参り、納経します。ずっと雨、山道を歩き池の脇を通って少し国道を歩き善通寺の札所密集地帯に入っていきます。七十二番曼荼羅寺、いいお寺なのに雨、10分ほどで七十三番出釈迦寺、こじんまりとした清潔なお寺、奥之院が高い山の上によく見えます。善通寺の街に背を向けて別格を目指してまっすぐ歩き瀬戸内海沿いの別格十八番海岸寺、お参りして道路と線路をまたいで本坊で納経、海岸辺りでのんびりしたいが今日も先を急ぎます。ようやく雨がやんで途中でポンチョを脱いで街を目指したらみぞれ交じりの雨と強風でびしょ濡れ、16時近くで七十四番甲山寺、ようやく夕方の晴れ、16時40分、大きな大きな桁違いの大きなお寺、七十五番善通寺、御影堂、本堂をお参り。宿は琴平なのでまだ先、遅れる旨電話したら、10分ほど歩いたところで宿のご主人夫妻が迎えに来てくださいました。明日歩けばいい、と割り切ってありがたく乗せていただき、思いがけず早く暖かい宿に入れて感謝です。風呂にゆっくり入って温まり、美味しいご飯をたっぷりいただき大満足でした。<br>・31日大晦日、冬の風、冬の青空、9時前に別格十七番神野寺、満濃池が朝日に輝き薄っすら雪、冷え冷えとした冬の寺、風の音だけ、森閑とした佇まい、素敵なお寺です。観光地ですが、大晦日の朝、私一人です。琴平に戻り国道を歩いて、善通寺の街の前日にクルマに乗せてもらった地点にワンタッチしてから、次を目指します。街中から郊外の道を辿り、七十六番金蔵寺、しっかりと整った札所です。北風の中を進み多度津の街中の、七十七番道隆寺をお参り、そして賑やかな自動車道で丸亀の街、宇多津の街を抜け、七十八番郷照寺に着きます。丘の中腹のいろいろ整ったお寺、瀬戸大橋がよく見えます。大晦日のお参りの人が多く元旦は賑わうのでしょう。そして坂出の街中の旅館に入ります。今年も大晦日と元旦をへんろ旅先で迎えました。テレビを見て少し華やかな気分になって休みました。<br>・1月1日元旦、雑煮やおせち料理をいただいて少し正月気分になって歩き始めます。坂出の街を抜け、七十九番高照院天皇寺に着き、白峰宮の前のこじんまりとした本堂、大師堂をお参りします。初詣の人も数人で静か。JRと川に沿った道から国道11号に合流して緩やかな峠を越え国分の街中を歩くと、八十番国分寺、松が立派なお寺、10時過ぎなので初詣客で賑やかです。次は五色台の登り、上がって舗装道路と山道を歩いて八十一番白峯寺、露店も出て派手でにぎにぎしい元旦の札所ですが、ひっそりとお参りしてひっそりと先を急ぎます。五色台山中の山道をすっすっと急ぎ八十二番根香寺、階段を下って登る立体的で、森厳とした山のお寺です。14時過ぎから、高松市街を見下ろしながら冬枯れの五色台を下り山裾の別格十九番香西寺、立派な本堂が印象的でした。今日も納経時間を気にして先を急ぎます。高松市郊外の素朴な道々を、へんろ地図と道しるべに従って曲がり曲がり、鬼無駅辺りから雨が降り始め雨具を出す余裕なく濡れながら、1時間半で10km以上を歩いて走って、17時5分前に八十三番一宮寺に着きました。暗くなって納経をし、本堂・大師堂をお参りし、これで一日が終了、ホッとして高松市中心部の宿に向けてゆっくりと歩きます。栗林公園を過ぎてJR高徳線をくぐったあたりのビジネスホテルにチェックインしました。コンビニで夕食を仕入れて元旦の夜のテレビを楽しんで休みました。<br>・2日、回れなかった神恵院、観音寺を目指して電車で観音寺に向かいます。快晴の正月2日、ゆっくりし過ぎて駅までばたばた走って、高松駅から7時45分のマリンライナーに飛び乗りました。のんびりと列車を楽しんで坂出で乗り換えて9時前に、初日29日にワンタッチした観音寺駅に着いて、春のような穏やかな街を歩きます。30分くらいで、六十八番神恵院、六十九番観音寺をお参り、ゆったりのんびり気分で2か所で納経し、4か所でお経をあげて完了しました。観光気分で展望台から寛永通宝を眺め、琴弾八幡宮を初詣、琴弾公園を海岸散歩して駅に戻ります。これで完全終了、12時55分の高速バスに乗り込み、苦労して歩いた道々を快適な座席から眺めて、淡路島、明石海峡大橋を快適に走り18時過ぎJR難波着、新幹線で埼玉まで帰りました。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12692355610.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Sep 2021 16:46:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その5　-四国遍路2巡目の3回目、4回目</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ３<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場に続くへんろ旅シリーズ３は、③四国八十八箇所 2巡目　です。<br><br>③四国八十八箇所 2巡目、順打ち・区切り打ち<br>　・別格札所二十カ寺を含め計108カ寺、完全徒歩で回りました。</p><ul><li><u>3回目　2006</u><u>年（平成18</u><u>年） </u><u>12</u><u>月23</u><u>日～12月31</u><u>日　三十三番番札所雪蹊寺から四十番札所観自在寺まで</u><br>・12月23日、東京駅23:55発の夜行列車ムーンライトながらで出発、24日大垣、米原、相生、岡山で乗り継いで、児島から特急南風で土佐山田、高知駅。路面電車とバスで、前回打ち止めの長浜バス待合所に戻ってきました。歩いてすぐ、15時前に三十三番雪蹊寺をお参りします。ここでも前回1999年、7年前の猛烈な豪雨の記憶が鮮明で、穏やかな冬の午後、三十四番種間寺、汗をかくような夕日の道を辿り、ここでも前回の茶色の水がごうごうと流れる仁淀川ではない、ゆったりとした仁淀川を渡って、高岡町内の旅館に泊まりました。<br>・25日、朝食前6時からヘッドランプを点け空身で歩きはじめ、三十五番清滝寺を夜明け前にお参りしました。仁淀川方向からの朝日と高岡の街並みを眺めお経をあげ、7時に納経して宿に戻ります。朝食をいただき、塚地峠を山道で越え、太陽きらめく宇佐の海を宇佐大橋で渡り、三十六番青龍寺、古びた石段を登ってお参りします。山道を登り奥之院をお参りしてから、横浪スカイラインを歩きます。左側に見える太平洋の光り輝く波が豪快、しかしスカイラインは上り下りが多くて歩くには疲れます。須崎の街に入って、別格五番大善寺をお参り、お年寄り向けの斜向エレベーターのある小高い丘の上です。お寺の門前の旅館に入ります。NHKのお遍路ドラマの撮影に使われたとのこと、素敵な建物でした。超和風の豪華な食事ですがクリスマスということでケーキを付けていただいて超感激でした。<br>・26日は雨の朝、ポンチョと雨具ズボンで国道56号線をひたすら歩き、大坂遍路道から七子峠に上がり、さらにノンストップで国道を歩いて窪川の街に入り、三十七番岩本寺。天井絵に見入りますが、雨は止まず元気が出ません。片坂の下りもジメジメして気分はよくないが、とにかく歩いて17時佐賀温泉に着いて洗濯して温泉入って泊まりました。<br>・27日、遅い朝食を待たずに出発、一転晴れて波が煌めく土佐佐賀の海岸を進みますが、昨日の頑張りがたたり疲労がきつい。でも四万十大橋、伊豆田トンネルをペースを変えずに歩いて17時過ぎ、まともな時間で下ノ加江の民宿にたどり着きました。へんろ地図の距離標記によれば、3日連続で1日40km以上歩いたことになります。疲労がたまるのは当たり前ですが、たくさん歩ける自分が誇らしくもあります。<br>・28日は一転して快晴の朝、大岐海岸の砂浜は白い波とサーファーの姿、岬目指して足摺岬半島の東側を南下します。以布利遍路道は歩きにくい道、無理に歴史の道を歩くより少々遠くても自動車道を歩くほうが良いのでは、と思いました。岬に近づくにつれ南っぽい照葉樹林が増えたように思います。植物の知識ゼロなので定かではありませんが、室戸岬に向かう道とは明らかに雰囲気が違います。三十八番金剛福寺、濃い緑と青い空、白い雲、その中にお堂が立ち並ぶ、自然と歴史の調和の妙という実感です。足摺岬灯台はすでに午後の光、冬の風吹きすさぶ、白い波が寒々とした冬の海です。岬を回ると正面から冬の風を受け歩きにくい、山道もきつい、中ノ浜からの山道にも時間がかかって、17時過ぎに土佐清水市内の民宿に入りました。<br>・29日、西風に雪が混じる冬の寒さの中を大月目指して歩き始めます。ここから先が関東の人間から見れば四国の西南の端っこ、最も遠い僻遠の地。1巡目の三原村越えも山深い、最奥のへんろ道でしたが、今回の月山神社回りの道は2車線の自動車道路が通り人家もある地帯ですが、自分にとって正に秘境、今回のハイライトです。竜串を過ぎると国道321号線は海沿いの出っ張りの地形を貫くトンネルの連続、これが開通する前、一つ一つの岬を律儀に回る道を辿ることの大変さを想像しつつ歩きます。雪交じりの西風も収まり暖かな快適な歩き、緑濃い叶崎に立つ素朴な灯台がいつまでも心に残る素敵な風景です。<br>大浦で国道を離れ山道のへんろ道を辿り、番外霊場月山神社に着きました。やや荒れた感じの神社ですが雰囲気たっぷり、人の姿なく風の音とカラスだけ、本堂と大師堂に般若心経を上げましたがお寺なのか神社なのか、月光石を見てさあ納経、というところですが、寺務所にも自宅にもどなたもおらず納経できませんでした。番外まで回る今回の2巡目で月山神社が最も訪れたかった札所だったので残念でした。（ちなみに3巡目は前日に電話を入れてしっかり納経していただきました。）<br>海岸に下りるへんろ道は歩かずに舗装された林道を行き合流した国道321号をひたすら歩き大月町中心街の民宿で泊まりましたが寒々とした宿で、高知県でも冬は寒い、暖房があまり効かなければかなり寒い、と思い知りました。<br>・30日、大月の寒い朝を抜けて宿毛湾沿いの道に来ると暖かい冬の日がいっぱいです。宿毛の街から打ち戻って三十九番延光寺をお参り、正月飾りが美しい明るいお寺。宿毛に戻り市街地を抜けて松尾峠を登ります。山すそを辿って最後にグッと登って高知県と愛媛県の県境、松尾峠、汗をかいてやれやれ気分です。長大だった高知をようやく打ち終わり、これも長くて広い愛媛に入ります。関東からの視点で言うと、家に向かっていく、帰っていくへんろ道が始まった、という安堵感を感じました。一本松の街を抜け、まっすぐな国道56号を夕日に向かって歩き、18時過ぎ御荘町のビジネスホテルに入りました。近くのコンビニで夕食と朝食を買い込み、おへんろ最後の夜をくつろぎました。<br>・31日、実質歩きは昨日で終了なのでゆったり気分で7時に宿を出てすぐ近くの四十番観自在寺をお参り。打ち止めのお祈りを心を込めて宿に戻る。ゆっくりと9時に宿を出てのんびり大晦日の城辺の街を歩き、バスセンターからバスに乗りました。苦労した松尾峠みちをあっという間に逆行して宿毛駅、土佐くろしお鉄道に乗って、この数日間、苦闘したへんろ道をあっという間に逆行して若井駅、ここでJR予土線に乗り換え四万十川の車窓の眺めを楽しみ北宇和島駅、予讃線に乗り換えて19時前に松山駅に着きました。毎度のことながら、へんろ歩き完結の後の安堵感と満足感いっぱいの鉄道旅、最高の楽しさです。路面電車で道後温泉、本館神の湯に浸かり、22時35分の快速ムーンライト松山で、1月1日元旦の京都6時44分着、東寺に初もうで、京都から東海道線を乗り継いで群馬の実家に帰りました。</li><li><u>4回目　2008</u><u>年（平成20</u><u>年） </u><u>12</u><u>月26日～2009</u><u>年（平成21</u><u>年） 1月2日　別格六番札所 龍光院から別格別格八番札所 文殊院</u><u>まで</u><br>・3回目から1年空いて2年ぶりの4回目へんろ旅です。仕事の関係で出発日が遅く、12月26日、会社から直接東京駅へ向かい、初めての寝台特急、サンライズ瀬戸で出発しました。<br>・27日、坂出で特急しまんと5号、松山で宇和海5号に乗り継いで宇和島に11時31分着、慌ただしくバスに乗り換えて、12時50分前回打ち止めた観自在寺前の平城札所バス停に降り立ちました。遠路はるばる、という感じで出発点に着き慌ただしく観自在寺にご挨拶して歩き始めました。国道56号を急いで歩いて柏坂を急いで登って下りても、国道56号に合流したときには17時を回り暗くなっていました。何を考えていたのか、宇和島まで歩く決心をして予約していた岩松のビジネスホテルをキャンセルして、国道をクルマのヘッドライトとヘッドランプを頼りに必死に歩きました。なぜ夜にこんなに歩くのか、と我ながら不思議に思いながら、21時過ぎに宇和島の街に入りビジネスホテルを予約して夕食をとり21時50分宿に入りました。なぜこんな無茶をしたのか、とにかく先を急ぐ、たくさん歩く、このことに価値を見出していた、と言うしかありません。この無理が次の日にたたることになりました。<br>・28日、宿を出てすぐに、別格六番龍光院をお参り。12月9日に火災にあったとのことで本堂の屋根に大穴が開いていて驚きました。そして、ここからが苦労の始まりです。脚の痛みだけでなく全身疲労で足が前に出ない状態、ゆっくり歩いて四十一番龍光寺、朦朧気分でビタミンドリンクを必死に飲んで四十二番佛木寺、膝裏の腱が痛く、明らかに昨日の無茶歩きの報いでしょう。穏やかな冬の日ですが気分は最悪でした。どうにか歩いて歯長峠の急坂を越え、10㎞強の距離に３時間以上かけて15時過ぎ四十三番明石寺にたどり着きました。もうひと頑張り、卯之町の歴史の街並みの中にある江戸時代からの建物という旅館に入りました。ゆっくり休んで脚の筋肉痛の治療をして休みましたが次の日歩けるか大いに不安でした。<br>・29日、出発しましたが、歩けないほど痛くなって途中の集会所のようなところで、行けるのか断念か考えこんでしまいました。でもどうにか歩けるようになって、歩道のない鳥坂トンネルをこわごわと抜け、札掛から出石寺に向かう方向に左折しました。明日に列車で伊予平野駅にきて登ることにして、大洲の街に向けて歩きました。大洲城やおはなはん通りを回って大洲駅近くのみすぼらしい旅館に15時半に入りました。スーパーで夕食、朝食を買って休みました。<br>・30日、荷物を宿に預けて、大洲から伊予平野まで列車に乗って出石寺に向けて歩き始めます。ようやく足の痛みも治って順調に歩けたのが嬉しいです。舗装道路と山道を登り別格七番出石寺に着きます。寒風吹きすさぶ山の上の立派なお寺、人の姿は全くありません。今回の難所の札所に登れてほっとしました。下りは大洲へ直行する道を選び、15時前に宿について荷物を受け取り、国道56号を順調に歩き、道路わきの別格八番十夜が橋永徳寺をお参り、ここは大型店が立ち並びクルマが行きかう環境、おそらく四国札所の中で最もやかましいお寺でしょう。先を急いで暗くなった17時40分龍王温泉に到着、温泉にゆっくり浸かり疲れを取りました。足痛で半日くらい遅れましたが、途中断念を免れ歩き続けることができてよかったです。<br>・31日大晦日、朝は暖かい日でしたが、国道379号線を歩いて大瀬あたりから冷たい風、雪が飛ぶ天候に悪化しました。この日は調子が上がらず順調な歩みではなく時間がかかります。突合からは鴇田（ひわた）峠へんろ道に入り落合から国道を離れ1車線の道、途中から山道を登り下坂場峠を越えます。緩やかに下り登って鴇田峠を越えるころには本降りの雪になっていました。疲れ果てて17時近くに四十四番大宝寺に着くころには周囲は真っ暗、真っ白、前夜予約した民宿に断られ焦りましたが、納経所で紹介してくれた民宿には入れて一安心でした。今回の旅で一番美味の夕食をいただけてありがたかったです。大晦日の夜のテレビをへんろ宿で見るのも乙なものです。<br>・1月1日元旦の朝は雪景色、歩道に積もった雪が凍っていて歩くのは不安です。峠御堂トンネルを抜けしばらく行って山道に入ると新雪となって歩きやすくなりました。最後は車道を歩いて、四十五番岩屋寺、青空と岩壁と木々の雪、新しい年の新鮮な風景です。この日のうちに松山まで行きたいので不本意ながら嵯峨山でタクシーを拾い民宿まで急ぎました。ザックを回収して国道33号線を三坂峠目指して歩きますが、歩道に雪ががりがりに凍っていて歩きにくいのでクルマに注意しながら車道を歩いたりして急ぎます。14時過ぎに三坂峠を越えて雪の山道を下りますが、松山市街と瀬戸内海が見渡せて、太平洋から瀬戸内海へ、長い旅をしてきたな、と感慨にふけりました。山を下りて四十六番浄瑠璃寺、こじんまりとした親しみやすいお寺ですが、もう16時、納経終了時間が迫る中、できるだけ松山市内に近づきたい、と先を急ぎます。四十七番八坂寺はすぐ近く、夕方の薄暗い空気ですが初詣客がちらほら、少し華やかな雰囲気です。次の札所まで納経しておきたいと10分で歩き番外九番文殊院に17時ちょうどに飛び込み、まず納経していただきました。4回目の区切り打ちの札所はここで打ち止め、ゆったりと丁寧にお参りしました。しかし歩きは次の札所で打ち止めとするので、暗い道を1時間弱歩いて四十八番西林寺について本当の打ち止めとしました。次回はここのお参りからスタートします。歩き終わったらなるべく歩きたいのでバス停を探しまして、窪田小学校前バス停を発見し乗車、いよてつ久米駅前でバスを乗り換えてJR松山駅に19時40分、路面電車で道後温泉、40分間という短い時間で本館神の湯に入浴して松山駅に戻り、22時40分、快速ムーンライト松山で帰途に着きました。<br>2日、6時44分京都着、祇園へ行き八坂神社での改めての初詣、朝早くて人は多くないがメジャーな正月2日を味わい、京都駅から東海道線で名古屋駅、名古屋で2泊して、4日、中央西線、塩尻経由で埼玉に帰りました。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12690545127.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Aug 2021 15:33:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>へんろ旅の遍歴その4　-四国遍路2巡目の1回目、2回目</title>
<description>
<![CDATA[ <p>•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ３<br>①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場に続くへんろ旅シリーズ３は、③四国八十八箇所 2巡目　です。<br><br>③四国八十八箇所 2巡目、順打ち・区切り打ち<br>　・別格札所二十カ寺を含め計108カ寺、完全徒歩で回りました。</p><ul><li><u>1</u><u>回目　2005</u><u>年（平成1</u><u>7</u><u>年） </u><u>11</u><u>月24</u><u>日～12月3</u><u>日　一番札所霊山寺から別格四番札所鯖大師まで</u><br>・四国八十八箇所1巡目は2003年12月に高野山奥之院満願で完了しました。続けて歩き旅した熊野古道中辺路・熊野三社詣出の熊野那智大社、一番青岸渡寺からスタートした西国三十三箇所観音霊場の旅も、2005年5月に谷汲山華厳寺で結願、次は四国遍路2巡目を完全な形で終えたいと、11月25日からのリフレッシュ休暇1週間を利用して1回目の巡礼の旅に出ました。<br>・私にはお遍路旅と並んで、日本百名山を登る登山旅も行っています。群馬県生まれの私は1971年中学3年の谷川岳登山を皮切りに、高校山岳部で、大学から社会人になってからはほとんど単独行で多くの百名山を踏破し、2015年、58歳での95座目石鎚山が現時点で最後になっています。残りの5山は幌尻岳や宮之浦岳など難しい山ばかりで、現在64歳、百名山完登はもう無理かなとほとんど諦めています。<br>四国の2山、剣山と石鎚山はこの四国へんろ2巡目と組み合わせて登ることにしました。まず徳島県の剣山は、2巡目1回目のこの旅で登りました。<br>・11月24日の夜行高速バスで、25日6時過ぎに徳島駅に着きました。すぐに徳島線の列車に乗って貞光駅、すぐにバスに乗って登山口のつづろお堂、お遍路の前に登山です。順調に上って見ノ越を過ぎ12時前に剣山の山頂に着きました。雪が舞う中、急いで下りて龍光寺をお参りしてバス乗り場の川上に着きます。結構疲れてしまいこの後の7日間のお遍路歩きがやや心配になりました。15時過ぎ木屋平村連絡バスに乗り、穴吹川の清流と鮮やかな紅葉を車窓から楽しみ、穴吹駅から徳島線で徳島駅に戻りました。市内で泊まりました。<br>・25日、四国遍路2巡目、1回目の旅が始まります。列車で板東駅、すぐに、4回目の一番霊山寺です。新しい納経帳と納札を購入し般若心経をお大師様へのご挨拶の気分で唱えて、2巡目へんろ道を歩き始めました。この道は1巡目の歩き直しに続いて2回目です。二番極楽寺、三番金泉寺、四番大日寺、五番地蔵寺と続けてお参りした後、別格一番大山寺に向けて登ります。ショートカットの山道が荒れていて苦労し舗装道路が長くて苦戦しました。2巡目は別格20箇所も回りますが一番から遠い道のりでした。四国の11月は暑くて大変です。山を下りて、六番安楽寺、七番十楽寺、八番熊谷寺と回り、九番法輪寺は納経時間ぎりぎりで飛び込んで納経できて一安心、もうひと頑張りして夕方の薄暗い道を歩いて切幡寺下の民宿で泊まりました。初日はたくさん歩いて10カ寺回りましたが、泊まる場所を考えると急ぐのも仕方ないです。<br>・27日、7時過ぎに長い石段を登って十番切幡寺をお参り。1巡目は阿波中央橋を通ってしまいましたが、今回はきっちりとへんろ道である広々とした吉野川の中洲を歩いて十一番藤井寺に着きました。ここから焼山寺に向け山越えです。気持ちは前へ前へだがしっかりと山を登り稜線を辿り柳水庵、一本杉庵から下って、また、登って十一番焼山寺までいいペースで歩いて山の上の札所をお参りします。また下って、1巡目は神山町への県道、1巡目の歩き直しで辿ったへんろ道の王ヶ峠をしっかり越えて、歩き遍路2人と一緒に山村を緩やかに下り植村旅館に宿泊。<br>・28日は、へんろ道を歩いて童学寺トンネルを越え別格二番童学寺、池の脇を辿りお堂が絶妙な配置で並ぶ素敵なお寺です。県道に戻り道路わきの十二番大日寺、冬とは思えない強烈な日差しの中、鮎喰川を渡り十三番常楽寺、住宅地を歩いて十五番国分寺、同じような風景の中を歩いて本堂工事中の十六番観音寺、そして穏やかな眠たげな歩みで十七番井戸寺、疲れたが2度目の地蔵越えでだいぶ歩いて中田駅近くのビジネス旅館に泊まります。徳島市周辺の札所密集地帯を3日で回りきって満足、急ぐのは仕方ないとは思います。<br>・29日は中田駅を過ぎて十八番恩山寺、立江駅近くの大ぶりな十九番立江寺は団体遍路と掃除する人で賑やかです。ここから内陸の山を目指して歩みを進めます。勝浦町から鶴林寺への道を見送り勝浦川を渡って坂本に着きました。この日に泊まるふれあいの里坂本、元小学校とのことで立派な建物です。荷物を預けて詳しい地図をいただいて山村を辿る道を歩いて山の上の別格三番慈眼寺、本堂は更に山の上、穴禅定入り口わきの本堂、下りて大師堂をお参りします。同じ山村の道を辿ってふれあいの里に戻り快適な一夜を過ごしました。<br>・30日は勝浦町まで戻り、山を登って二十番鶴林寺、山の上のこじんまりとしたお寺をお参り、山を下って那賀川を渡り、うっそうとした森林の川沿いの林道を辿り、登山口から山道を登り、立派な伽藍が立ち並ぶ二十一番太龍寺、登って下ってまた登ってここ太龍寺、ロープウェイ乗り場でシイタケ茶をいただいて休みました。またまた山を下り舗装道路を歩いて、ゆるやかな峠を登り下りして里の中の穏やかなお寺、二十二番平等寺に着きました。<br>勝浦町からの山越え三か寺を無事に打って充分に歩きました。前回声をかけてもらってお世話になった日和佐の善根宿に今回も泊めていただくため、JR牟岐線 阿波福井駅から列車に乗って日和佐駅に着き、事前に電話しておいたドライブインはしもとさんを訪ねました。8年前の前回はドライブインの庭に置いてあるマイクロバスに泊まり、食事はドライブインでの特別定食、風呂は近くの千羽温泉の立ち寄り湯、と素晴らしい一夜でしたが、ご主人曰く、当局の指導でマイクロバスは庭に置けなくなったということでクルマで1キロ先の国道沿いの広場においてあるマイクロバスに送っていただき夕食はお弁当、同宿者一名、風呂にも入らず眠りました。善意の宿なのにわがままで大変申し訳ないですが、前回は素晴らしかったです。<br>・12月1日、バスの宿から10分くらい歩いてJR北河内駅から列車に乗って前日に打ち止めた阿波福井駅に戻りました。前回は山中の国道55号を歩きましたが、今回は冬晴れで気持ち良い海沿いの由岐町を歩いて日和佐に戻り、華やかな三十三番薬王寺をしっかりお参りしました。ここからは国道55号を順調に歩いて牟岐の街を過ぎたやさか民宿で泊まりました。<br>・12月2日、国道を歩き、今回最後の札所、別格四番鯖大師をお参りします。親しみのお寺、ゆったり気分でいろいろなお堂を回りました。阿波海南、海部、宍喰を過ぎ、徳島県から高知県に入り、甲浦駅に14時前について、四国八十八箇所 2巡目の1回目を打ち止めました。苦労して歩いたへんろ道を、阿佐海岸鉄道とJR牟岐線の鈍行列車だけど一気に走って徳島駅に戻りました。満足感、達成感いっぱいの気分で夜行高速バスの最前列席で展望を楽しみ、翌日の早朝に新宿に着き、溜池山王近くの会社で少し仕事して家に帰りました。</li><li><u>2</u><u>回目　2005</u><u>年（平成1</u><u>7</u><u>年） </u><u>12</u><u>月24</u><u>日～12月29</u><u>日　二十四番札所最御崎寺から三十二番札所禅師峰寺まで</u><br>・1回目から僅か1ヵ月で、恒例の年末へんろに出ました。12月24日、自宅最寄駅から始発列車に乗って、18きっぷで東海道線、山陽線、瀬戸大橋線、予讃線、高徳線を乗り継ぎ23時過ぎに徳島駅に着いてカプセルホテルに入りました。<br>25日、徳島駅5時47分発の始発列車に乗って甲浦駅8時20分着、冬晴れの穏やかな海沿いの国道55号を歩きます。東洋大師明徳寺をお参り、前回キツイ道であった人跡未踏の2車線国道を、初日でもあり気分よく順調に歩き12時過ぎ佐喜浜、前回バスに乗ってしまった国道を引き続き快調に歩き室戸岬手前から登って、人の姿のない静寂の二十四番最御崎寺に着きました。疲れ果てて灯台を見る余裕なく、早々に山道を下り、民宿室戸荘に入りました。夜、星空と、暗く沈む森と、室戸岬灯台の二条の灯火が律儀に回転する、凄絶な光景を堪能しました。<br>・26日、西風と泡立つ海を見て室戸の街中、小高い丘の上、石段を登って二十五番津照寺を打ちます。さらに歩いて西の岬に登り、二十六番西寺金剛頂寺、立派なお堂、格式の高いお寺、でも人の姿はありません。前回はここからクルマに乗ってしまいましたが、今回は、借金を返す気分でようやく歩けます。国道55号線に降り、太平洋に突き出す室戸岬の西側、西風に向かって歩を進め、奈半利町の遍路駅奈半利でお接待をいただき、安田大橋あたりで水平線に落ちる夕日を眺め、禅師峰寺下のドライブインで泊まりました。食堂で夕食、軽トラで送ってもらった建物で宿泊、となりました。<br>・27日、宿泊棟から食堂に移り朝食、荷物を預かっていただき出発、舗装道路を、途中から山道をひたすら登り立派なお寺、二十七番神峰寺。お参りして神峰神社、空と海の展望台まできりっとした冬の空気の中登り、はるばる太平洋を望みました。<br>宿まで下りて荷物を回収して先を急ぎます。安芸の街、球場下で休憩し海岸遊歩道をひたすら歩き、手結港可動橋を眺め18時過ぎ野市駅近くの旅館で素泊まり。近くのスーパーで夕食、朝食を買い込みゆっくり快適に泊まりました。<br>・28日、歩き始めてすぐに、二十八番大日寺、小高い丘の上にある早朝の空気に包まれた静寂の寺、気持ち良い。途中へんろまんじゅうを買い歩きながら食す、うまい。前回は夏休みの台風の大雨の中歩いた道、今回は冬日の穏やかな道、二十九番国分寺に着いてお参りします。ここからは高知市の北側の自動車道を歩き、ぽかぽかの都会のお寺、三十番善楽寺、隣の一宮神社が大きく立派。そして高知市の東側を南下し、五台山を汗をかいて登り、三十一番竹林寺、修理の音がやかましいが我慢して般若心経を読みます。山を下りて歩いて太平洋岸に出て、山の上、三十二番禅師峰寺、浦戸湾や太平洋の豪快な眺望です。でも夕日になってきて先を急ぎます。前回暴風雨で恐怖を味わった浦戸大橋を暗い中渡り、19時過ぎの長浜バス待合所で打ち止めました。<br>今回は実質4日と短いへんろ旅でしたが、高知県の半分を歩きました。11月、12月とへんろ旅が続いたので年末年始は長めにゆっくり休もうと、2日間短縮して帰ります。バスで高知駅に出てサウナに入り、夜行列車ムーンライト高知で大阪駅、福知山から若狭を回り、敦賀から米原に出て東海道線を乗り継いで帰りました。</li></ul>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jun-560923/entry-12687175000.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Aug 2021 19:02:25 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
