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<title>Junkoの30代セミリタイア・アメリカ生活</title>
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<description>元外資系投資銀行ウーマン、30代後半でセミリタイアし、アメリカ・カリフォルニア州で第2の人生を始めました。</description>
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<title>ダンス・オーディションでいつもできることができなくなっちゃう</title>
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<![CDATA[ <p>オーディション、今までの人生で何かのオーディションを受けにいくことって全くなかったのに、2年前にダンスを始めてからオーディションという言葉が急に身近になった。昨日は上級者向けのオーディションに無理やり（笑）参加して、今日はこれから初心者・上級者全てのレベルのオーディションに行く。オーディションってすごく奇妙なモノだなぁって思う（笑）。</p><p>&nbsp;</p><p>スタジオに出向いて、教えられた振り付けをその場で覚えて、その後自分でその振り付けをパフォームする。毎日クラスでやっていることなのに、身体中が、そして心もマインドも全部いつも気にしないようなことに敏感になって、そっちにものすごいエネルギー使っちゃって、ダンス自体に必要なエネルギーが枯渇する。何でだろう。いつもできることができなくなっちゃう。</p><p>&nbsp;</p><ul><li>周りへの意識がすごく敏感になる。他の人が違う動作をしてうるだけで、「え！？私間違って覚えた？」ってすごい困惑する。その人が間違っているかもしれないのに、自分を疑って困惑して、結局教えられた振り付けを全部忘れちゃったりする。Insecurityに支配される。</li><li>選ばれたい欲望、承認欲。クラスではそんなのこと考えないでダンスをしているのに、オーディションになると、「自分も選ばれたい」って無意識に思ってしまうから、そこにエネルギーを消費してしまう。昨日の上級者オーディションでみんなに「私のそのレベルじゃないから」って自分は選ばれなくてもいいってそう言い続けていた。多分そう口にださないと、承認欲が顔をだして私を支配しそうで怖かったから。でもオーディションの最中に感じたのは、「あ、見られてる、ちゃんとしなきゃ、これができるって証明しなきゃ」という自意識。どんなに自分で抑えようとしても、オーディションで「認められたい」って思っちゃうのは多分、誰にもコントロールできない無意識にあるんだと思う。</li><li>繊細さんは、周りを敏感に感じ取ってしまうから、周りのnervousまで感じて背負ってしまう。あの子の不安、あの人の競争心、全部が感じられてもうウルさいくらいで、自分のダンスに集中できない。そうすると、それをブロックしようと防御機能が働く。その防御機能は自由にダンスしたい自分の身体も固く不自由なものにしてしまう。</li></ul><p>&nbsp;</p><p>ああ、今も身体と頭がふわふわしてもう既に集中力が低くなっているのがわかる。きっとそういうものなのかもしれない。同じことを求められているのに、ダンスをただするだけなのに、「オーディション」という言葉が、場所が、すごく奇妙なモノにしてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>大丈夫って自分に言い聞かせるのはもうやめよう。「みんなそうだよ」って言い訳考えるのもやめよう。意識が敏感になるし、集中力も低くなるし、いつもできることができなくなるし、周りの間違いに惑わされて自分もできなくなったりする。今はそれでいい。それで「オーディション」が好きじゃないって思ってもいい。それでぐったり疲れてもいい。認められたいって思ってもいい。承認欲を怖がって否定しなくてもいい。結果受け入れられなくてガッカリしてもいい。今はこのままでいい。初めてステージに立った時もうそうだった。今はもうステージに慣れて緊張もしなくなったしダンス自体に集中できるようになったから。だからなるようになるんだと思う。今はオーディションで色々敏感になって色々できなくってもいいんだと思う。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200119/14/junko-oclife/3f/ee/j/o0891056014698607638.jpg"><img alt="" height="264" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200119/14/junko-oclife/3f/ee/j/o0891056014698607638.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/junko-oclife/entry-12568082907.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jan 2020 05:00:55 +0900</pubDate>
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<title>本レビュー：「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる 「繊細さん」の本 by 武田友紀さん</title>
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<![CDATA[ <p>ずっと小さい頃から何かがいっぱいいっぱいな気がして、一つ一つにひどく必死な気がしてた。そして同時に、何かすごく大きくて深いモノに抵抗して耐えながら生きているような気がしてた。それが何かわからないままずっと、理不尽だって自分や他人に腹を立てながら、一体何が理不尽なのかも言葉にできず。</p><p>&nbsp;</p><p>誰かと親密になる度に、その人の傷をすべて癒したくて自分のすべてを捧げてでも治してあげたくて、自分のことはいつも後回しになってた。だからいつもその相手に、その深くて絶対的な想いを理解してもらいたくて仕方なくなった。大抵その期待は裏切られた。何か願ってたわけでも欲しかったわけでもない。ただ、わかってほしかっただけなのに。</p><p>&nbsp;</p><p>今回、武田友紀さんの、「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる 「繊細さん」の本を読んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>そのよくわからない大きくて深いモノが、やっと肯定された気がした。彼女はその特徴（HSP: Highly Sensitive Person）を持つ人たちを繊細さんと呼び、その特徴を不都合で嫌なものとせず、毎日どうやったらその特徴を生かして生き生きと暮らしていけるかのTipを紹介してくれている。</p><p>&nbsp;</p><p>“相手の感情であれ仕事の改善点であれ、「気づいたことに半自動的に対応し、振り回されている」ということです。繊細さんが元気に生きるためには、この自動応答を切ることが必要です。気づいた時にわずかでも踏みとどまって「私はどうしたいんだっけ？」と自分に問いかけ、対応するかどうか、また対応するならその方法を、自分で「選ぶ」ことが必要なのです。”</p><p>&nbsp;</p><p>そう、今までの私の原動力は周りの選択だったのかもしれない。もっと成功したら、もっとたくさんの人の役に立てるんじゃないかって、もっと自分にスキルがついたら、もっともっと自分が稼いだら、もっとたくさんの人たちを助けられるんじゃないかって、それがもしかしたら大きな原動力だったのかもしれない。そこで辿り着いた「成功」はすごく辛くて孤独で悲しい場所だった。</p><p>&nbsp;</p><p>“感じる力が強いがゆえに、まわりの人のニーズや、「こうすべき」という世間の声に影響を受けやすくなっています。”</p><p>&nbsp;</p><p>一番難しいのは、無意識のうちにまわりの人のニーズやwantsをキャッチしまくって、知らないうちに分析して自分の中に取り込んでしまっているということ。だから今までずっと、それが「自分」のしたいことなのか「まわり」がしてほしいことなのか、区別がつかなくなってたんだと思う。もう色々が見えすぎて、気付きたくないモノまで気付きすぎて、何を選んだらいいのか全くもう絶望的にわからなくなっちゃったんだ・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>“「こうしたい」という本音をキャッチし、自分の本音を大切にすることで、繊細さんのつらさはどんどんラクになり、見違えるように元気になっていきます。”</p><p>&nbsp;</p><p>周りのために色々を察知して行動するのは多分大分上手になったんだと思う。小さい頃からずっとそればっかりだったから。特に日本の社会ではそれが求められるし、それを沢山する人たちを「優秀」と呼ぶから。自分をなくして他人のニーズのためだけに行動する能力が高い人たちを企業は求めたがるから。自分の本音をキャッチして自分がしたいことを自分で選ぶことが実は自分にとって正しい生き方だなんて、思ってもみなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>まだ学生の頃、外資系投資銀行でのポジションが決まったとき、嬉しかったし楽しみで仕方なかった。本当はあんなに沢山の報酬が欲しかったわけでも、まわりの「すごいね」が欲しかったわけでも、成功や名声が欲しかったわけでも、周りに自分の価値を証明したいわけでもなかった。ただ、誰かの役に立ちたいって、ただ自分のスキルを活かして企業さん達の助けになれたらって、本当にただそれだけだったのに。そこで働いていた人たちは、そんな純粋な私の動機なんて信じることなく、彼らの中で勝手に悪意的な私のイメージを作り上げ、それが私なのだと毎日毎日言い続けた。そんな期待に沿うような感じで、私はどんどん本来の自分から遠ざかっていったんだと思う。自分の本音なんて全く見えないくらい遠く遠く。</p><p>&nbsp;</p><p>できるかな、今さら、“自分の「こうしたい」をキャッチして、自分の本音を大切にして生きていく”こと。自分が本当に思うことやしたいことが、周りの思うことやしてほしいことにうずくまって、どれがどれだかわからなくなってる。「今日何が食べたい？」って聞かれても、自分が本当は何が食べたいのかわからなくて答えられない。今日のランチ、一人で1時間以上悩んで結局決められず、食べるのが面倒になってしまった。できるかな・・・でも、立ち止まって自分に「何がしたい？本当は今、私はどうしたい？」って毎日聞くことから始めたいって思う。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200114/06/junko-oclife/fc/8f/j/o1374219514695842781.jpg"><img alt="" height="351" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200114/06/junko-oclife/fc/8f/j/o1374219514695842781.jpg" width="220"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/junko-oclife/entry-12566723094.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jan 2020 15:05:17 +0900</pubDate>
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<title>バイリンガル、今まで日本語を使いたくなかった理由</title>
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<![CDATA[ <p>18歳の時まで日本語しか話せなかったのに、最近は英語の方がラクで、日本語は避けたいとさえ思ったりしてた。</p><p>日本のニュース、日本で流行ってる音楽やドラマ、日本に関する色々から全く興味を失っちゃったみたいに、ずっと。</p><p>しばらく日本語使ってなかったら、本当に話せなくなってた。</p><p>こっちで初めて会う人たちはみんな、私がアメリカ生まれアメリカ育ちだと思うらしい。</p><p>東京にチョコっと遊びに行ったとき、ホテルの人に「なんでそんなに日本語上手なんですか？」って驚かれた。</p><p>日本人ですって（笑）。</p><p>&nbsp;</p><p>もう何年もずっと「アメリカの方が合ってるんだね」「日本語使わないと忘れちゃうんだね」</p><p>そんなふうに周りも私の状態を肯定してくれた。だから今まで自分でQuestion（自問）することもなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>2020年になって、私は今年で40歳になるって思ったら、何故か30歳の自分が思い出されて仕方なかった。</p><p>まだ東京で暮らしていた自分。レインボーブリッジが見えるタワーマンションの高層階に住んでいた自分。今のこのアメリカ生活と全然違う生活を送っていた自分。</p><p>何故かひどく独りで部屋にこもりたくなって、もう10年以上聞いていなかった昔の宇多田ヒカルの曲が聞きたくなって、3日間浴びるように彼女の曲を聴きまくった。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200113/02/junko-oclife/f5/57/j/o1279046414695189268.jpg"><img alt="" height="152" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200113/02/junko-oclife/f5/57/j/o1279046414695189268.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>・・・で、気が付いた。彼女は私と同じバイリンガルだから、英語も日本語も歌詞に混ぜたりする。</p><p>だけど、彼女が歌う日本語があんまり繊細で深くて、わかってほしいのにわかってもらえない想いとか、モヤモヤするのに言葉にできないもどかしい感情とか、自分の中でずっと隠れていた繊細で純粋で深い感情が、いっぱい洗い出された気がして、泣けた。</p><p>&nbsp;</p><p>「ねぇそんなこと言ってるんじゃないのに」「本当はわかってほしいのにどうしてわかってくれないの」</p><p>&nbsp;</p><p>本当はずっと深く繊細に感じたかったのに、ずっとずっと何年も何十年も。</p><p>繊細でいることがすごく周りに面倒がられるからって、そして繊細な感情はあまりに敏感すぎてちょっとしたことで大きく傷つくからって、その繊細でナイーブな自分を分かって欲しいって思う度に裏切られるからって、私はある時その感覚を深く見えない心のクローゼットにしまいこんだ。もう自分で見えないくらいずっと深いところに。見えないところに隠したって、その感覚が自分の心から消えるわけじゃないのにね。</p><p>&nbsp;</p><p>英語ではそんな繊細でナイーブで深い感情を表現するのは難しい。日本語だからこそ表せるんだと思う。</p><p>・・・だから・・・。</p><p>ずっと日本語を避けていたのは、もしかしたら「アメリカが合っている」わけでもなんでもなく、私のdefensive mechanism（防御機能）。日本語を使わなければ、ずっと奥にしまったそんな繊細でナイーブな自分の感情と向き合わなくて済むから。クローゼットにしまいこんだ不都合なほど敏感で繊細な私の感覚。20代・30代と自分ごまかして向き合わずにきたけど、やっぱりこうやって何らかの形で私に訴えてくる。どんなに不都合でも理不尽でも、どんなに周りから否定されても、"本当の自分"からは逃げられない。</p><p>&nbsp;</p><p>だからこのブログを通して自分を記録していってみたいって思ったの、日本語で（笑）。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/junko-oclife/entry-12566450296.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Jan 2020 12:46:51 +0900</pubDate>
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