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<title>jyaaaji2021のブログ</title>
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<title>”すき”について</title>
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<![CDATA[ <p>大人になると聞かなくなるね。見なくなるね。</p><p>聞いているつもりで、見ているつもりで。</p><p>実際なにをしているのかと言えば、評価と分類だね。</p><p>カテゴライズと言ってもいいかもしれない。</p><p>何を見ても、何を聞いても、評価、分類、評価、分類…</p><p>&nbsp;</p><p>酷くなるとカテゴライズすら、決め付け的になっていく。</p><p>なんとなしの予想。まぁ、あのぐらいかな。まぁ、その程度だろう。って。</p><p>ほとんど見る前から。</p><p>&nbsp;</p><p>あるいは逆に、自分が他人にカテゴライズされている事を知っているから、</p><p>喋っているフリをしているだけ。なんとなく、当たり障りないように。</p><p>要は付き合いだ。</p><p>&nbsp;</p><p>付き合いを”たのしい”とは言わない。</p><p>本当の意味で、聞いているか、本当の意味で、見ているか。</p><p>本当の意味で伝えているか？</p><p>問いたい。</p><p>&nbsp;</p><p>カテゴライザーの僕らは、間違わない。もちろん喧嘩なんてしない。</p><p>そりゃあね。上手に世の中歩こうと思えば”間違わない”ようにするよね。</p><p>間違えたくないもんね。確かに。聞いているフリをすれな、喋っているフリをすれば、安全だ。</p><p>&nbsp;</p><p>反復を経験と呼ぶ、経験は間違えを繰り返さないためにある。</p><p>仕事ってやつも、反復で経験を研いで行く作業だ。</p><p>社会ではどうやって勝つかよりも、どうやって負けないかが問われる。</p><p>その問いの答えは、感情との決別。あるいは主観との決別。”負け”の原因のほとんどは感情に起因するから。</p><p>欲と、恐怖。つまり、経済が、幽霊みたいに付き纏ってくる。</p><p>有頂天になったり、慌てふためいている態度、怒ったり、泣いたりするのはとても幼稚だ。</p><p>大人にならないといけない、そうしないとぶっ殺されるよ。社会に。</p><p>冷静に、冷静に、評価、分類、予想、プラン、とにかく、負けないために客観的になれ。踏み外しちゃダメなんだ。</p><p>資本主義においては、その考え方は正解かもね。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、人間同士って、そんなもんですか？</p><p>人と人は、なんのために存在しているの。</p><p>赤ペンでマルバツ付け合うためにいるんですかね。</p><p>人と人は、ただの経済ですか？</p><p>&nbsp;</p><p>まぁでも、そうかもしれない。</p><p>別にいいけどさ、経済でも。マルバツでもいいよ。</p><p>ただ、それだけだと”楽しくない”気がするのよ。</p><p>楽しいは大事だよ。</p><p>&nbsp;</p><p>子供の頃なんで毎日が楽しかったか、それはね、評価と分析なんか全然してなかったからだよ。</p><p>つまり、馬鹿だったから楽しかった。</p><p>&nbsp;</p><p>自分に降りかかることが、ただただ巨大で、荒々しくて、飲み込まれるだけだった。</p><p>大事件、大災害、大冒険。喜びも、悲しみも、怒りも、厳然としていて、リアリティがあって、革命的だった。</p><p>全然大したことないようなことが、本当にくだらないことが、光り輝いていて、絶望的で、憎々しくて、愛おしかった。</p><p>客観性なんか、なかった。</p><p>暴力みたいな主観で、ファンタジーを描いて、ゴーストに怯えていた。</p><p>爆笑して、大喧嘩して、人と深くコミットメントしていた気がする。</p><p>だから、簡単に”好き”になれた。</p><p>&nbsp;</p><p>「スタンド・バイ・ミー」</p><p>&nbsp;</p><p>あれ、爽やかなストーリーだと思う？実はかなりグロテスクだよ。</p><p>友達と、こっそり”死体”を見に行く話だぜ。（原作のタイトルは「死体」）</p><p>&nbsp;</p><p>なんで、星を見に行くじゃなくて、海を見に行くじゃなくて、”死体”なの？</p><p>ポイントはそこにある、</p><p>死体を見に行くのは”悪いこと”だ。悪いことは”親友”とだからできる。</p><p>君と一緒なら、できる。秘密の、悪い、ダメなことを。君と一緒なら。</p><p>&nbsp;</p><p>星を見に行くのは、海を見に行くのは、親友とじゃなくてもできる。</p><p>それは大人がやることかもね。正しいことは大人のやること。つまらないこと。安全なこと。</p><p>正しいことは、ただの付き合いだ。</p><p>&nbsp;</p><p>でも本当に楽しいことは、間違いを帯びている。危険を帯びている。</p><p>死体を見に行くのは親友とじゃないと出来ない。親友？あるいはふたりは恋人同士なのかもね。</p><p>恋人の方がしっくりくるな、それならほとんどラブストーリーだね。</p><p>&nbsp;</p><p>月明かりしか見えない暗闇でも、怖くないよ。</p><p>君だけは僕と一緒に踏み外してくれる、僕と一緒に間違えてくれる。</p><p>本当に、聞いてくれる。本当に、見てくれる。本当に、君を見ている。</p><p>だから僕のそばにいて。ダーリン、ダーリン、そばにいてね。</p><p>&nbsp;</p><p>すき。</p><p>&nbsp;</p><p>他は全部経済でいいけど、</p><p>”すき”だけは、積極的な”間違い”の中にあって欲しい、</p><p>”たのしい”は無垢で、少しグロテスクなエゴイズムだ。</p><p>&nbsp;</p><p>たのしいが可能なのは、彼らが子供だから？</p><p>そうかもしれないけど、それもやっぱり決め付けじゃないかな。</p><p>僕ら、そんなに大した経験してますかね？物事を評価、分類できるほどの。</p><p>５歳児が３歳児に威張るぐらいの違いしか、本当はないんじゃない？</p><p>30歳になったぐらいで、そんなに威張るなよ。</p><p>&nbsp;</p><p>だからむしろ今からでも、</p><p>積極的に間違えた方がいいですよ。怪我したって、いいじゃない。</p><p>それが出来ないのは、大人子供とかじゃなくて、ただ勇気がないんじゃない？それか体力、</p><p>行動する勇気とエゴイズムの体力が。</p><p>&nbsp;</p><p>勇気と残酷さがあれば”たのしい”は全然可能だ。</p>
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<pubDate>Sun, 14 Feb 2021 01:31:36 +0900</pubDate>
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