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<title>雑踏で夢見る</title>
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<description>世界の多様性を理解するために</description>
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<title>寝れない理由</title>
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<![CDATA[ <p>もうあさ７時だというのに全く眠気が来ない。最近はそんな日が続いている。まだ僕は、半周後れの地球の地にいるのだろうか。それは先週まで。今は確実に日本にいて、今日卒業式をむかえようとしている。そんな日だから眠れないのだろうか。いや卒業式そのものは、僕にとってたいした出来事ではない。決して、大学生活がくだらなかったり、思い出したくもないような苦い経験をしたり、ああ嫌だ、ということを表現したいのではない。今の自分を形成するさまざまなモノに出会ってきた。そしてそれらに懐疑的であると同時に感謝をしている。だったら、なぜたいした出来事ではないのか。</p><p>いよいよ「不自由」から「自由」へと身を移すことになる。きっとそのことが僕を興奮させているのだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10081605827.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Mar 2008 06:52:03 +0900</pubDate>
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<title>No.1</title>
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<![CDATA[ <p>「一番以外はビリ」</p><p>そう言い放つ永守重信日本電産社長。</p><p>　</p><p>「車載モーター、世界首位目指す」（京都新聞１２月７日紙面）</p><br><p>この見出しには、しびれた！！</p><br><p>主力の精密小型モーターは世界No.1のシェアを誇る。</p><p>自動車用モーターは世界シェア４位。これをNo.１にするという。</p><p>３位や２位を目標に据えるのではない。</p><p>「２番は限りなくビリに近い」と考えるからである。</p><p>この目標に向けて滋賀に開発拠点を設けるために約１００億円の投資をする。</p><p>さらにM&amp;Aも積極展開するという。</p><p>２０１０年には同事業を現在の３倍にする計画をすでに発表している。</p><p>今回の発表はさらなる長期的計画に基づいたもである。</p><p>「２０１０年１兆円企業」の夢はもはや叶うべくして叶うのであろう。</p><p>この会社が見ているのは、もっと先である。</p><p>永守社長がホラと言う「２０３０年１０兆円企業」は確かな光として</p><p>向かうべき方向を示しているのであろう。</p><p>今後注目すべきであることは言うまでもない。</p><br>
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<pubDate>Fri, 07 Dec 2007 12:25:43 +0900</pubDate>
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<title>決断までの道のり</title>
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<![CDATA[ <p>ゼミ長としての役割もそろそろ最小限に留めなければならない。もはや秋学期は始まり、春学期の最後の最後までもつれたゼミのシラバスは進行している。どうも納得がいかないと常々心に潜めていた苛立ちも結局どこで表面化したらよいのか探り当てることができず、とうとう今日まできてしまった。完全に自分のせいであると思う。もしかしたらそのときからゼミ長という仕事に本気で取り組んでいなかったのかもしれない。そうであれば、ゼミのメンバーには非常に申し訳ないことをしたな、とも思う。ただ自分の浅はかな考えの通り物事が進まず、苛立っていただけなのだ。そして彼らに屈するはめになる。当然の結末だったのかもしれない。そして僕の存在がゼミに大きな変化や貢献を与えることは極めて小さくなったものと思われる。その悔しさを「辞める」ということで慰めようとしている自分に嫌悪感を抱かずにはいられない。ああ、どんな顔でみんなに、先生に会えばいいのだろうか。先生には「辞める」をほのめかす内容のメールを送った。この件に関して決して人のせいにはしてはいけないし、自分で解決すべきことであると思う。完全に辞めるとは宣言していない現在、しばらく考えてみようと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10050515773.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Oct 2007 19:33:38 +0900</pubDate>
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<title>内定式</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">昨日、来春入社予定の会社の内定式に出席しました。６月の懇親会以来の同期が集う場である。63名の仲間、今回はグループ会社の仲間も参加していたので108名。まだ確かではない彼らとの関係性だが、仲間と呼ぶことは重要であろう。いくつもの、いや限りの無い可能性を潜めた柔軟かつ強固なものを見出すことにおもしろさを求める集団だからである。きっと大きな夢に向かって本気で邁進する集団となり得るからである。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><font size="2">創業者であり現在最高顧問の講話に全身を傾ける。「就職をするということ、社会人になるということ、それは人生における大変曲点である。」</font><br><br>この２ヶ月程は就職とか「働く」ということに考えを深めることは少なかったように思う。インドに行ったけど、将来的にはそこで働きたいと思ってはいるものの、ビジネス的な発想は皆無であった。何かを動かしてやろう、彼らの考え、行動を変えてやろう、それよりはありのままを楽しみたい、そこに身を沈めて今ある色彩を眺めていたい、そのような心理状況にあった気がする。それが決して間違ったことであるとは思わないし、そこから多くの発見をしたし、様々な感情も抱いた。ただこうして振り返ったときにもの足りなさを感じたり、ある意味もっと欲張っておけばよかったと思うということは、やはり充分な情熱を胸の前に持つことができなかったことであろう。インドという国のために、そこで生活をするあらゆる人のために、というところが欠けていたのかもしれない。この点に関してすでに済んだことだから忘れてしまおうという話ではないので、じっくり考えてみようと思う。残り半年の学生生活を、仕事観を形成するための時間として意義あるものにしようと思う。現実を多方面から精確に捉え、ときには発想を転換しながら、光明射す行方を探ろうと思う。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10049457867.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Oct 2007 20:44:12 +0900</pubDate>
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<title>インドから帰国</title>
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<![CDATA[ <p>しばらく更新が滞っていました。２３日までインド旅行から帰ってきました。インドから環境的にブログが更新できなかったわけではないのですが、どうしても書く気が起こらず、とうとう今日という日になってしまいました。</p><br><p>それではここでは旅の総括をすればいいのか、と思われますが、それは何だか気が進みません。１ヶ月にわたるインドの旅をとりわけ特別な意味をもたない日の日記として表現することには少し違和感を覚えます。誠に勝手ですが、数少ない勝手にできる場ということで、ご容赦ください。インドに居るときも奔放にやってましたので未だその心地いい感覚が抜けていないのかもしれません。その一方で、勉強をしないといけないと再認識し、昨日は１日図書館に入っていました。このちぐはぐなところが自身の意思の弱さや感受性の鈍さを表しているんだと思います。非常にくやしい思いも多く経験し、その整理に時間を要することは確かなように感じます。</p><br><p>また機会を見計らって、インドの報告をしたいと思います。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10048739630.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Sep 2007 04:34:24 +0900</pubDate>
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<title>満喫？</title>
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<![CDATA[ <p>　昨晩、マンガ喫茶というところに初めて行き、一泊しました。一泊と行っても、マンガを読んだり、プレステ２をしたりで一睡もしてませんが・・・。</p><br><p>　最近、「ネットカフェ難民」という言葉が格差社会、中でも若年者におけるそれを象徴する現象として話題になっている。マンガを読んだり、オンラインゲームをしたり、マッサージ機に座ったり、とりわけ彼らにとっては睡眠をとったり、こうしたことがおよそ１５００円～２０００円でできる。今の僕の財布事情から判断すると決して安いとは言えないが、ここを睡眠をとるため、つまりホテル代わりとして使うのなら安いのかもしれない。これは「最低限の睡眠」の域を出ないということは、昨晩感じたことである。</p><p>　現に２３時という早い時間帯から個室の電気を消して、扉の下にある隙間から片足を出して眠っている人がいた。ちなみに昨晩訪れたところには、イスの部屋だけでなく、フラットタイプの部屋が用意されていた。僕は寝る目的ではなかったが後者を利用した。もし睡魔襲ってきたときには、横になりたかったからだ。イスで寝たときの寝起きは実につらいもので、なぜか手足は痺れ、しばらく身動きがとれないし、持病の腰にも負担となる。そのフラットタイプの部屋は、横になっても十分手足を伸ばせるスペースがあった。これならイスで寝るよりは体は楽であろうと思った。それにしても足を廊下に出して眠っていた人は一体どんな姿勢で寝ていたのだろうか。これは、こうした部屋があったとしても寝心地はよくないということを表しているのかもしれない。また、もしかしたらその部屋だけ、極端に狭かったのかもしれない・・・。</p><br><p>　あと想像していた以上に静かで、驚きました。至るところに「Be quiet!お静かに」の表記があった。これは夜に限ったものではなさそうで、昼間にこのマンガ喫茶に入っても一言もしゃべってはいけないようだ。昼間から寝に来ている人がいるのか？と思ってしまったが、単に集中してマンガを読んだり、他の作業に興じることができるようにするための配慮であるのだろう。</p><p>　またひと月に一度ぐらいは通いそうです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10043408797.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Aug 2007 04:27:35 +0900</pubDate>
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<title>fire works</title>
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<![CDATA[ <p> <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/dc/08/10027929535.jpg" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/dc/08/10027929535_s.jpg" border="0"></a> </p><p>昨日、第56回亀岡平和祭保津川花火大会に行ってきました。花火大会にわざわざ行って花火を観るなんてことは、ここ数年なかった。だから昨日は久々の体験に少しばかり興奮していた。花火大会とはこういうものだという明確な記憶がないので、かつてのものと単純に比べることはできないが、比較的冷静に視覚的・聴覚的な感受ができたと思う。ただ、それにしても花火を理解するのは難しいものだと感じた。</p><br><p>それぞれの花火が印象的なのだが、それは散火と同様に消えていってしまう・・・。</p><p>頭に焼き付けようとしている間に新たな花火が上がって、その前の花火は煙にかき消されていく・・・。</p><br><p>それが花火というもので、記憶なんてきっと残らないものであり、</p><p>それが作品としての芸術性なのかもしれない。</p><br><p>多くの人は、ひとつひとつの花火に感動をし、歓声をあげる。一つ気になるのは、花火を作る人、花火をあげる人にとって、どうなれば作品を観客にみせる上で上手くいったと言えるのか、である。これは全く想像できないのだ。花火は案外、柔なところがあって、少々の風で向きを変えたりする。確か、ドラえもん花火は顔を横に向けていたなあ。なぜかそんな遊び心であげたであろう花火の不完全性が頭に残ってしまう。これは、上における芸術性の言及と通じるところがあるのではないだろうか。</p><br><p>今回の花火大会の名称に「平和」とあるが、花火をあげるときに聞こえる火薬の爆発音は全然平和的じゃないと感じた。大砲を放ったり、爆弾が弾けたような音にも聞こえてくる。このような音は、このような機会に限り、誰かを傷つけるためでなく、多くの人の心を穏やかにするために、使われるならよいかもしれないし、それが主催者側の想いなのかもしれない。他では聞きたくない音だね。大きな音でびっくりもするし。</p><br><br><p>写真：河川敷の公園に集合的に出店されていた露店。ざっと１００店はあると思われる。明るさが際立っている。実際に下り立ってみたかったが、人の多さに断念。来年こそ、と意気込む！</p>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10042575848.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Aug 2007 00:31:02 +0900</pubDate>
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<title>VISA申請</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/95/ec/10027792345.jpg" target="_blank"><img style="WIDTH: 220px; HEIGHT: 149px" height="149" src="https://stat.ameba.jp/user_images/95/ec/10027792345_s.jpg" width="220" border="0"></a> </p><p> </p><p>　今日、大阪にあるインド総領事館に行った。観光VISAを取得するためである。上の写真は、インド総領事館が入っているビルの入り口の案内版である。正面玄関にあったインド国旗は、風に吹かれることもなく、さびしげに佇んでいた。大阪の夏の空気にインド国旗もさすがに疲れたのだろうか。</p><p>　受付は平日の１０：００～１２：００の間だけ、しかも夏休みでインドへの旅行者が増えると会って、申請にかかる時間を考慮し、受付開始直後に訪れた。案の定、数十人のVISA申請者がおり、彼らもこの夏休みにインドへ行くのか、今はまだ他人だけれども、インドで会ったときにはきっと友達のようにしゃべり、情報交換なんかをしたりするんだろうな、と考えてみる。申請は「おそらく」うまくいった。これで僕のパスポートには４枚目のインドVISAが貼られることになる。観光VISAは半年有効で、その間何度でも訪問可能なのだが、いつも一回しか行けてなくて少しもったいない気もする。きっと今回も一回しか行けないのだろう、と思う気持ちも「可能性」を捨てたようでもったいないのでやめよう。</p><p>　さて、受け取りだが翌日以降１６：００～１７：００。非常に短いのだ。この扉の狭さがまたインドへの好奇心をかりたてるのかもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10042389845.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Aug 2007 15:41:49 +0900</pubDate>
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<title>参院選から三夜・・・</title>
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<![CDATA[ <p>　参院選から三夜が明けた。今回、僕は初めて投票に行った。もう２２歳になり、選挙権を有してからすでに２年が経過、その間、何度か選挙は実施された。しかしながら、僕は投票に行く機会を逸していた。３年前の参院選は、インド・ヴァラナシにいた・・・。自ずと機会が逸していたのではなく、言い訳をせず、意識的に政治、社会を見ることができていなかった、と表現するのが正しいかもしれない。こうした態度を省みると、恥ずかしい気持ちであり、悔しい思いである。また政策学部に所属し、政治や社会、そこでの諸現象に対する問題意識を持ちながら、国政および地方選挙における投票という基本的な社会関与さえできていなかったのである。「ようやく、目覚めた」なんて楽観的な発言は到底できようもない。</p><p>　今回の参院選の東京選挙区から当選した丸川珠代議員に対する批判は、まさに自分に対するものと受け止めるべきだと考えている。批判の内容は各メディアの報道をご覧いただければわかるだろう。それだけ政治や社会に対する関与を怠っていたことは厳しい批判の対象であり、その上でそれらを変えようとか、それらはどこか違うとか、一方的理想主義を訴えることは受け入れられないのであろう。それにもかかわらず、彼女が当選したということには、どういう意味があろうのであろうか。こんなことを言う資格は今の僕にはないであろうが、彼女を当選させるべきではなかったのではないだろうか。政治や社会との基本的な関係性を構築できていない人が、どれほど多くの国民の視線を共有しうるであろうか。本人のそうした自覚が、当選確実の際の表情ではないだろうか。これを機に国民との実際的関与を拡充され、活躍されることを期待する。もちろん、僕の態度にも言えることである。さらに意識的、行動的であろうと思う。</p><p>　</p><p>　あと、「自民党、歴史的敗北」「民主党圧勝」という報道。僕はあまり好きにはなれない。国政は勝ち負けなのか。僕の一票をそんな風に表現しないで欲しい。</p>
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<pubDate>Wed, 01 Aug 2007 11:53:31 +0900</pubDate>
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<title>オープンキャンパス</title>
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<![CDATA[ <p>　今日は同志社大学でオープンキャンパスが開催されます。そこで『就職活動体験記---世界に羽ばたく政策学部第１期生』という題目で体験授業を担当します。こうして大勢の前でしゃべることは久しぶりです。ただ一人でやるわけではなく、ゼミのメンバーと数人でやるので、僕がしゃべる時間は５分程度かな。１４時からというのに、気だけは早く１０時に学校へ着て日記を書いています・・・。高校生の姿がたくさん見えて緊張をする・・・。それにしても「世界に羽ばたく」とは、とんでもなく立派な題目を与えられたことに、やや抵抗を感じると同時にだいぶ緊張をしています。こうなると自分の受験生時代を思い出す余裕もありませんが、授業する立場としては忘れてはならない高校生視点をいかに持って、話すことができるだろか。</p><p>　就職先は決まり、そこで海外営業をしたい、中でもインドで働きたいと豪語していた私でも、世界へ羽ばたく準備は正直できてはいません。しかし、しゃべらなければならないのであれば、しゃべれます。素直にその準備をしていると言えばよいのだ。その準備に大学受験生と何らかの違いが示すことができれば、きてくれた人たちを納得させることができるだろう。そこで今回は、バシッと決めたいと思い、自分の発表のパートに関しては台本を用意しました。内容はさすがに授業前に公開はできませんが、結構まじめにやります。笑いの要素もいくつか入れる予定だけども、時給も発生するし、政策学部の営業の一環ということでしっかり仕事をしないといけませんしね。さあ、もう２、３度リハーサルでもしましょうか！！</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/k-tomoya/entry-10041432462.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Jul 2007 10:10:19 +0900</pubDate>
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