<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>私が5歳の頃に母が宗教入信して感じてきたこと、体験した事。行き当たりばったりの愉快で楽しい毎日。</title>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/k20120210/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>幼い頃から母の宗教入信で起きた様々な事。今は、こんなに沢山の事を学べて母にありがとうと思えてます。世の中の生きにくさに気付き、自分たちの本来の力とは？という視点から、友人と共にNPO法人設立。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>#18/高校を卒業後母と韓国へ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>相変わらずの日々に、いい意味でも悪い意味でも慣れきってた。</p><p><br></p><p>またいつ父にばれて、怒鳴り声が、暴力が、と、ひやりひやりとしながら。</p><p><br></p><p>時々起こる父の怒り爆発日。</p><p><br></p><p>時々、そこにじいちゃんも加わり、気付くと母の顔にアザ、泣いてる姿。</p><p><br></p><p>父がお婿さんで、じいちゃんと仲悪かったのもあって、2人でお母さんを同時に、という事はなくて、時間差だった。</p><p><br></p><p>まず父が母がまだ宗教を続けてる事に気付き、怒鳴ったりして、それがじいちゃんに聞こえて、</p><p><br></p><p>あ、まだやめてなかったのか！！と気付き、</p><p><br></p><p>父と母がひと段落した次の日、父が仕事に行った後あたりに、じいちゃんが来て、母をぶつ。みたいな。</p><p><br></p><p>怖かったし、もどかしかった、苦しかったけど、瞬間瞬間に飲み込んで処理したふりをして。</p><p><br></p><p>次の日になればまた同じ毎日がやって来て、平気でいれた。</p><p><br></p><p>私が父やじいちゃんの暴力を受けていたわけではないから、その怖さはなかった、痛い思いをしていないし。</p><p><br></p><p>（じいちゃんにぶたれたのは子供の時の1回だけだったけど、その時の恐怖や怒りは30歳くらいまでひきずった。それは、ばあちゃんの事もずっと暴力と怒鳴るところを小さい頃からみてたから、それを許せないのもあった、ばあちゃん大好きだから）</p><p><br></p><p>でも、あの怒鳴り声や音は、本当に逃げたくて逃げたくてどうしようもなかった。</p><p><br></p><p>母に対して、さっさと辞めてくれと思ってたし、母を誘った人の事、宗教自体にも、その教祖に対しての憎しみ、憎悪みたいなのは常にあった。許せなかった。</p><p><br></p><p>思い返すと、私たち家族よりも宗教を優先して時間を割いてる母の事が1番許せなかったかもしれない。</p><p>寂しかったし、悔しい思いが強烈で。</p><p>宗教優先で、迎えに来てくれなかった時、宗教優先で、お金は私たちに使ってくれなかった事、</p><p><br></p><p>母なのに？私の母なのに？親なのに？</p><p><br></p><p>答えは出ない、解決しないまま、19歳になったある日、</p><p><br></p><p>母から韓国に一緒に行って欲しいと言われた。</p><p><br></p><p>ゆみには、見てほしい、知ってほしい、同じ女だし、ゆみにしか言えない、みたいに言われた。</p><p><br></p><p>宗教の本拠地、韓国。</p><p><br></p><p>矛盾してるけど、憎たらしい母だったけど、同じ女同士だし、</p><p><br></p><p>母がなんで宗教にすがってるのか、その理由は感じてたし、母の妹が亡くなった事も凄く強烈だったから、母も、母なりに苦しんでる、苦しい、もどかしい気持ちがあるのは、みていて分かってはいたんだよね。だから、行ってあげないと、みたいに思ったんだと思う。</p><p><br></p><p>母の幼少期のトラウマや親に愛されなかった事、寂しかった事が根本にあるのは分かってたから、</p><p><br></p><p>お願いされて、かわいそうになっちゃって断れなかったし、母がなんでこんなにはまってて抜け出せないのか、私は知る必要があると思ったから、</p><p><br></p><p>行って確かめようと思ったんだよね。</p><p><br></p><p>どんな場所でどんな人達がいるのかって。</p><p><br></p><p>本場ではどんな事が行われてるのか。</p><p><br></p><p>それと、あとは単純に韓国に行ったことがなかったから、行ってみたかったのもあった。</p><p><br></p><p>好奇心かな、若かったし。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>こうして、久しぶりに昔の事を思い出して書いて、なんの意味があるのか分からないんだけど、</p><p><br></p><p>誰か、同じような体験した人っていると思うんだよね。</p><p><br></p><p>そういう人の、なにか力になれたらいいなぁって思う。</p><p><br></p><p>今その渦中の人もいるだろうし。</p><p><br></p><p>だからって、リアルに、どんな助けができるのかは分からないんだけど。</p><p><br></p><p>でも、同じような人がいるんだ、って知れるだけで気持ちが楽になったりするもんなんだよね、不思議と。</p><p><br></p><p>私は、誰にも話せなかった事、少し苦しかったし、話しても分かってもらえないと思ってたし、恥ずかしいと思ってた。</p><p><br></p><p>母は母だし、大切な事には変わりないんだけど、憎たらしい！って気持ちもあって、あべこべっていうか。</p><p><br></p><p>思いっきりクソババアって言ってたのに、思ってたのに、他人に言うには、可哀想っておもったり。</p><p><br></p><p>むかついても、母だから。</p><p><br></p><p>でも、同じような境遇の人になら話せてたかなって。</p><p><br></p><p>理解してもらえるって、分かってたら話せて楽になれる部分もあったかなって。</p><p><br></p><p>それは、私の勝手な思いなので、置いておいたとして。</p><p><br></p><p>今日も、ただ書いてみた。</p><p><br></p><p>次は、韓国に着いてからの話を書いてみる。</p><p><br></p><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12715059556.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Dec 2021 10:51:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>#17/母の宗教ルーティン</title>
<description>
<![CDATA[ <p>まだ紹介してなかったなぁと思い。</p><p><br></p><p>宗教入ってて、教会に行けば、ひたすら講義講義講義という名の缶詰状態にして洗脳。</p><p><br></p><p>教会の中には抗議担当する偉そうな人がいて、先生みたいな感じで慕われてて、その人が黒板とか使って抗議したり、</p><p><br></p><p>ビデオだったり、あとは教祖が話してるビデオとか。</p><p><br></p><p>段階によって、分けられて洗脳されてたんだよね。</p><p><br></p><p>それで、お昼の休憩とかあったのかな？って。</p><p><br></p><p>思い返してみると、昼ご飯に保育室って言われる子供達が預けられる部屋に戻って来てなかったと思う。</p><p><br></p><p>だから、オニギリとかもたされてたんだよね。</p><p><br></p><p>教会にいる時はそんな感じで。</p><p><br></p><p>家ではね。</p><p><br></p><p>順不同。</p><p><br></p><p>▷私が小学生の頃は、真冬でもお風呂で水をぶっかけてお祈り。お風呂でそのまま。そのうちしなくなってた。みなくなった。</p><p><br></p><p>▷空いてる時間にお祈り。立ったり、しゃがんだらして、手を大きく広げて上で輪っかを作って〜みたいな、よくあるあるな動きを数分間。</p><p><br></p><p>▷ひたすら家族の名前をノートに書く</p><p><br></p><p>▷何故か姓名判断の勉強（多分、今思うと勧誘に役立つから覚えろって感じだったんだと思う、そういうところから相手の懐に入っていく的な。でも母は悪気全くなく信じているし、相手の為になると思ってるので全力で。なんだかなぁです）</p><p><br></p><p>▷断食（朝だけ食べないとか、１日食べないとか、定期的にやれと言われたらやっていた感じ）</p><p><br></p><p>▷とにかく少しでも性的な？シーンのテレビは文句ぶーぶー言いながら、とんでもない！！！とか言ってチャンネルをかえる</p><p><br></p><p>▷ご飯食べる前にお祈り（父は大反対だったので、父のいない時とかに一人でボソボソ言いながらしてて、私たち子供たちに強要する事はなかった）</p><p><br></p><p>▷とにかく自分にお金をかけない、食事にもお金をかけない。それが、子供達にも、となって来て、辛かった。少しでもお金を浮かせて、教会に持っていく事ばかりに集中していた。</p><p><br></p><p>▷家にいる時は、常に宗教の教典みたいなものや会報を読んでいた。</p><p><br></p><p>▷専業主婦だったので、午前中から出かけ、常に教会に通う。</p><p><br></p><p>▷勧誘活動</p><p><br></p><p>▷教祖の写真をみて、お祈りして泣く</p><p><br></p><p><br></p><p>こんな感じです。</p><p><br></p><p>書き出すと結構色々やってたな〜</p><p><br></p><p>で、高校生頃からは、とにかく性の事、</p><p><br></p><p>結婚するまでは純潔を守りなさい！！！って</p><p><br></p><p>結婚する前に遊ぶから人は堕落したんだとか。</p><p><br></p><p>とんでもない過ち、とか</p><p><br></p><p>性に対して凄くうるさかった。</p><p><br></p><p>イコール、そういう人は地獄におちるに値する、みたいな感じだったから怖かったし。</p><p><br></p><p>恐怖を植え付けられたんだよね。</p><p><br></p><p>それも、子供の時からテレビのシーンでもチラチラ言ってたから、結構その後私は引きずったし歪んでたから、刷り込みって本当にあるなと実感してる。</p><p><br></p><p>ちょっと何かあると、私地獄におちちゃうのかもしれない、って思う事もあって。</p><p><br></p><p>誰かにすがりたくなった時期も確かにあって。</p><p><br></p><p>神様がいるなら、本当に助けてほしいです、天国にいきたいです、とか思った事もあった。</p><p><br></p><p>小学生の時の私、結構ひどかったから。</p><p><br></p><p>いじめもした事あるし。縄跳び切っちゃったり。</p><p><br></p><p>友達を馬鹿にしたりもしたし。</p><p><br></p><p>そういう時があったから。あー私地獄いきじゃん、とか思ってた時期もあった。</p><p><br></p><p>母と一緒にいて、私も少なからず洗脳されてたんだよね。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12711071727.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Nov 2021 10:05:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>♯16/高校3年間をざっくりと。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>高校に入学してから、親への反発心が強くなったなぁ。</p><p><br></p><p>今思い返すと、恥ずかしい事もあるんだけど、</p><p><br></p><p>自分なりにバランスとってたんだなぁと思う。</p><p><br></p><p><br></p><p>なんと言っても、中学とは違う地域に通うってだけで、私にはドキドキだったし、凄く怖かった。</p><p><br></p><p>一人行動ができない、不安で怖くて無理、だったから余計にきつかった。</p><p><br></p><p>それも、いざ高校に通ってみてから気付いた。</p><p><br></p><p>一人で電車に乗るとか、まず、あの人がうじゃうじゃいる駅に朝向かうのもまぢでしんどかった。</p><p><br></p><p>一人で朝電車に乗るとか、なんかカッコいいし憧れたけど、とにかく怖くて無理だった。</p><p><br></p><p>何が怖いの？先輩？誰かに何かされたの？言われたの？</p><p><br></p><p>ううん。分からないけど、とにかく人が多いのが無理、一人が無理だった。</p><p><br></p><p>だから、好きでもない中学の同級生の輪に混ざり、あなた達に興味あります〜友達だよね〜の雰囲気をつくり、絶対に一人で駅にいたくない、駅から高校へも絶対に一人で行きたくなくて。</p><p><br></p><p>どうにか、どんな時にも一人にならないように、目星つけてコミニュケーションとってた😂</p><p><br></p><p>だから？すげー気を使って疲れてたなって、思い返すとよくやってたなって思う。</p><p><br></p><p>話を合わせて、笑ってみたり、あいづちしたり、合わせて遊んでみたり。</p><p><br></p><p>それ、見抜かれて、</p><p>話ちゃんときいてんの？とか、興味ねぇだろ、とか言われる事もあったな〜あいつ、するどかったな😂</p><p><br></p><p><br></p><p>よくやってたと思う。どんだけ一人でいるの嫌だったのか。それは、高校卒業してからも続いた。</p><p><br></p><p>一人で服も買いに行けないから、私が車出すから買い物一緒に行こうって、生活リズム同じの子がいたから、いつもその子を誘ってたな。</p><p><br></p><p>嫌な事言われても全然我慢できたし。一緒に行動してくれて都合いいから、我慢出来たのかな〜</p><p><br></p><p>他にも、とにかく、行動全部だったかも。</p><p><br></p><p>電車もだし、外食とかも、とにかくいっぱい😂</p><p><br></p><p>それを思い出すと、今の自分が本当に凄いと思えるわ😂一般的にいう普通すぎる事なのに。</p><p><br></p><p><br></p><p>で、そんなだから？高校3年間、孤独感が半端なくて、いつも誰かを探してた。一人で行動できないってのもあったけど、信頼しあえる人が欲しかったのかなぁ。</p><p><br></p><p>親との関係がもっと信頼できるものだったら違ったのか？今となっては、それも経験で、今の私がいるから、今は恨んだりしてない。当時は恨んでたけど😂</p><p><br></p><p>今は、ただただ、両親や家族に感謝しかない。今私が存在できてる事が全てだから、どんな経験も必要だったんだという事が腑に落ちまくってる♡</p><p><br></p><p><br></p><p>あの宗教のゴタゴタがなければ、普通の家庭だったわけだし。何もなければ、両親は普通に仲良かったし、両親の愛情はちゃんと感じてたし。</p><p><br></p><p>で、父の事大好きだったけど、少し反発した時期があったんだけど。それは、もう少し母に寄り添ってほしいという気持ちもあったから。同じ女性として、母の苦しみにも寄り添ってほしかった。</p><p><br></p><p>それでも嫌いにはならなくて、結局父には色々話せたし、謎の信頼感がお互いあった事は、父の愛情の深さのおかげだったなって感謝してる。どんなに怪しい言い訳をしても、父はいつも笑ったりして、バレバレなんだよ、と言いたげなんだけど、怒りはしないでいてくれて。</p><p>それが、あの時期の私には凄く有難かったんだよな〜。</p><p><br></p><p>で、きっと母と私が二人の間でもっと信頼関係を築けたら、孤独感はそこまで感じなかったのかもな〜って、自分も母親になってから気付いた。</p><p><br></p><p>どこかのグループに属するのはめんどくさくて。</p><p>ヤンキーっぽい子か、おとなしい子、っていう結構極端な学校だったような気がするんだけど</p><p><br></p><p>私はどっちにも当てはまらないし、属するのも好きじゃなくて。</p><p><br></p><p>属してもいいんだけど、なんかやたらとルール？みたいなのがあるのが嫌で。</p><p><br></p><p>女子特有の感じ。</p><p><br></p><p>あっちのグループには行くなとか、集まりには参加しろとか、お泊まり会にも参加しろとか。</p><p><br></p><p>そういうのに属したくなかった。</p><p><br></p><p>上っ面でやってるフリして付き合う時もあったけど、それが楽な時もあって。</p><p><br></p><p>でも、本当はさみしかったし、つまらなかった。</p><p><br></p><p>でも、幸い、高一の時に素敵な出会いがあって共通の趣味をもった仲間に出会えたのが、本当に救いで、クラスは2年からかわっちゃったんだけど、それでも支えだったし、その子たちのお陰もあって高校卒業できたと思ってる。みんな、遅刻や単位ギリギリ、本当にギリギリだったのによくやったよね。今でも親友だなんて、凄い運命だと思ってる。</p><p><br></p><p><br></p><p>私の辛かった気持ちを聞いてくれ、な内容になってて申し訳ないんだけど、とりあえず高校の時の事を思い出したままに書いてみた。</p><p><br></p><p>同じように親が宗教してて辛かった人、色々経験した事、感じた事を共有して、それが癒しになったらと思います。</p><p><br></p><p>私も自分の記憶をほじくって書いてみるのは結構癒されるもんで。</p><p><br></p><p>あー、もうあの時の感覚、癒えてるわぁ〜とか気付いたり。</p><p><br></p><p>同じような境遇の人がみてくれてたとしたら、なにか共有できたらいいなぁって思う。</p><p><br></p><p><br></p><p>で、高校の時の母は相変わらずでした。</p><p><br></p><p>高校の時で、母が入信してからもう10年以上経っていたので、色々と慣れていた。</p><p><br></p><p>私自身が、辛いという気持ちを</p><p>誤魔化す事、隠す事、家族みんながそれぞれに。</p><p><br></p><p>それがとにかく楽だったから。</p><p><br></p><p>波風をたてない。</p><p><br></p><p>ひっそりと、宗教には触れないように。</p><p><br></p><p>特に私は凄く、そこに注力してた。</p><p><br></p><p>父との会話では特に。宗教の話にならないように、向かないように。</p><p><br></p><p>それは、父にも忘れて楽になって欲しかった。もう、忘れてしまおうよ、それが楽だよ、って思ったりしてた。</p><p><br></p><p>兄や弟はどうだったのかは、憶測でしかないんだけど。</p><p><br></p><p>男の子には男の子なりに、母に思うことはかなりあったとは思う。</p><p><br></p><p>不器用で言葉にできないけど、心がしんどいのは感じてたし。</p><p><br></p><p>家族みんなそれぞれが、それぞれに沈黙しつつ、霧が晴れなくてすっきりしなくて、視界が悪い感じだったと思う。</p><p><br></p><p>高校3年間の間には宗教の事での大きな事は起きなかったと思う、確か。</p><p><br></p><p>父もかなり諦めモードって感じだったし、本当にもううんざりで、宗教に対してとにかく疲れてたと思うから、10年もすったもんだしてたら、疲れるもんね。</p><p><br></p><p>考えたくもなかったと思う。</p><p><br></p><p>で、私は母に結構反発してたな〜クソババア！とか言ってたし。</p><p><br></p><p>迎えに遅れた時も、宗教に行ってて遅く来た事があって、それが非常に許せなかったんだよね。怒りと悲しみで、地面を蹴飛ばして、地球にヒビ入れてやろうと思ったり😂</p><p><br></p><p>地球爆発してくれよ、と思ったり😂</p><p><br></p><p>もう全て一気に終わらせてくれって。</p><p><br></p><p>自分が自殺するのは、怖いからムリだし、家族が悲しむのも嫌だから、なら、地球が爆発すれば、みんな一緒だからいいじゃん、とか。</p><p><br></p><p><br></p><p>いい加減にしてくれよっていう気持ちは伝わらないし、話にならないしで、どうにもこうにもならなくてむしゃくしゃするし、親子なのに、なんで分かんないの！！ってとにかく、悔しさとか悲しさとか憤りで爆発しそうだった。</p><p><br></p><p>それでも、波があったし、なるべく穏やかでいたかった。</p><p><br></p><p>気持ちの置き所が忙しかった。</p><p><br></p><p><br></p><p>それで、あるあるだと思うんだけど、憂さ晴らしでピアスをあけるようになった。</p><p><br></p><p>思春期あるあるかなと。</p><p><br></p><p>ピアッサーの方が怖いから、安全ピンでやってた。</p><p><br></p><p>痛いのが苦手だから、リスカとかはできないへたれであった。</p><p><br></p><p>何度もやろうとしたけど、無理。うん、私には無理だ。と😂</p><p><br></p><p>タトゥーもなんどもやりたくてめちゃめちゃ調べたけど、ヘタレでびびって無理でした。</p><p><br></p><p>その後、２０歳ちょい前から4年くらい付き合った人が入れてたから、オソロで白いタトゥー入れたかったからまた再熱したんだけど、白ならパッと見、全然分からないからって事だったんだけど、やらなかった。</p><p><br></p><p>結局痛いよなってのと、親がかなしむのが浮かんだため。</p><p><br></p><p>髪の毛の色もそんな感じで。</p><p><br></p><p>ピアスと髪の毛の色で、憂さ晴らし😂</p><p><br></p><p>でも、高校があほみたいに厳しかったので、顔にしたピアスは透明のピアスで隠して、耳も、検査が頻繁にあって厳しかったから透明のピアスして。</p><p><br></p><p>髪の毛ももちろん厳しかったので、夏休み春休み限定で。</p><p><br></p><p>今思うと、私なりにバランスとってたんだなって思う。</p><p><br></p><p>ぶつけようの無いフラストレーションを、そういう事に向けるしかなかった。他になかったから気軽だったんだと思う。</p><p><br></p><p>それでも、ピアスはもっと開けたいと思って、とにかく調べまくってたり。</p><p><br></p><p>やる事なかったんだろうね〜そういう、どうでもいい事に集中できてたのは、良かったのかもしれない。</p><p>犯罪とか、他人を傷つる方向に行かなくてよかった。</p><p><br></p><p>あとは、高一からハマったバンドのライブで発散出来てたのも大きかったな。</p><p><br></p><p>かなりハマっておっかけだったし、そういう夢中になれる事があってよかったなって思う。</p><p><br></p><p>家族に意識を向けなくて済んでたのは、救いだった。</p><p><br></p><p>逃げてただけなんだけど、そういう時間が必要だったと思うし。</p><p><br></p><p><br></p><p>当時は母のせいで苦しくて辛くて、普通の家族だったらって何度も思ってたんだけど。</p><p><br></p><p>今では、本当に思わないの。</p><p><br></p><p>綺麗事とかじゃなくて。</p><p><br></p><p>親の影響で、障害のあるような性格になったのかもしれないし、</p><p><br></p><p>一人で行動できないっていう事に関しても、親と、あとは特に一緒に住んでたじいちゃんのトラウマとかが重なって、ちょっと異常だったっていうか</p><p><br></p><p>そこまで？？？っていうか、ギャグみたいな感じだったんだけど、</p><p><br></p><p>それも当時は嫌だったんだけど、</p><p><br></p><p>そんな自分だったから、経験してこれた出来事全てに感謝しかないんだよね。</p><p><br></p><p>で、そんな母が親だったから、</p><p><br></p><p>普通の家族では経験する事がなかったような事を沢山経験して、不思議な絆ができたり、色んな事を共有して、各々、凄く成長したと思う。</p><p><br></p><p>考えたり、感じたりしなきゃいけないことが多すぎて。</p><p><br></p><p>母に対してだけじゃなくて、母を囲む家族それぞれの在り方とか、もう色々な事が絶妙なバランスで。</p><p><br></p><p>母の宗教の事も、私自身の事も、高校の時の事なんて、その後の私の人生の中で、へのかっぱで。</p><p><br></p><p>自分を知る為の貴重な3年間となったわけでした〜</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211023/14/k20120210/f2/f5/j/o1078144015020046763.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211023/14/k20120210/f2/f5/j/o1078144015020046763.jpg" border="0" width="400" height="534" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12705634304.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Oct 2021 14:36:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>#15/私高校生になる。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>母の宗教の事は相変わらず同じような日々。</p><p><br></p><p>いいも悪いも、大きな変化はなく、母が宗教に入信してもう10年も経っていたんだなぁ。</p><p><br></p><p>そして私は中三になり、特に目標もなく、父の考えの元、</p><p><br></p><p>とりあえず高校くらいは卒業しとかないとだぞ！</p><p><br></p><p>と、言われて育ったので（父はそこにコンプレックスがあったので、私たち三兄弟は、高校だけは卒業しろよとさんざん言われて育った）</p><p><br></p><p>勉強が、本当に出来なかった私は行ける高校がかなり限られていて。</p><p><br></p><p>父が塾に行かせてくれて夏期講習とか通ったけど、いつも友達のを丸写しするだけで、やってるふりだけどんどん上達した感じだった。</p><p><br></p><p>そういう所、子供の時から器用にこなしてたんだよね。ずる賢いよね。でも、それが私だった。</p><p><br></p><p>学校の先生にここなら、大丈夫でしょうとすすめられるままに受験して受かって通う事に。</p><p><br></p><p><br></p><p>中学の時には部活をしていたり、狭い地域の学校だったし、かなり田舎だったしで刺激が少ない中にいたし、年齢的にも性格的にも、母の事を除けば平和だった中学時代とは違って、</p><p><br></p><p>高校に入ると、色んな人がいたし、刺激が凄く増えて、一言でいうと大変だった。</p><p><br></p><p>母の宗教とは関係のない話が増えそう。</p><p><br></p><p>きままに、思い出して書いてるのであしからず。</p><p><br></p><p>少しずつ思い出して書いていこうと思う。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12692781312.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Aug 2021 23:06:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>♯14/父の入院</title>
<description>
<![CDATA[ <p></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210629/10/k20120210/a4/23/j/o1024136514964635877.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210629/10/k20120210/a4/23/j/o1024136514964635877.jpg" border="0" width="400" height="533" alt=""></a></div>相変わらず続く母の教会通い。<br><br>中学に入ると、私は部活に入ったので帰宅が17時過ぎ。<br><br>私が帰宅してもまだいない事もあった。<br><br>母は素直だけど頑固な人。<br><br>もう母の宗教での家族のいざこざにも慣れていた。<br><p>慣れるしかなかったし、ただ早く時間が過ぎるのを、耳を塞いで、自分で『あーあーあーあー』とか声を出して聞こえないようにして誤魔化してた。</p><p><br></p><p>当時は部屋がなくて、めちゃめちゃ家が狭かったから、両親のその争いごとは、真隣の部屋、襖を挟んだだけのところだったから、全てが丸聞こえだった。</p><br><br>どうしようもなく嫌で辛くても逃げ場がなかったから。<br><br>それは、今となっては外に出れば聞こえなかったんじゃないかと思う事もあるんだけど、結局私にとって家の中が安心だったのかもしれないし、外に飛び出す勇気、自分の心を守るよりも、<br><br>誰も悪くない争い、父も母もどちらも悪いわけではないから、外に逃げ出す行為が気分を害するっていうか、余計にどちらにとっても耐え難い事に感じるかもしれないと、そんな風に思ったような気もする。<br><br>父も母も私達を愛してるからこそって感じてたし、母に対しては可哀想だと思ってたし。<br><br>父も母の事も、側にいて守りたかったみたい。今になってその時の心情を思い出すと気付く事が増えてきたなぁ。<br><br>母は典型的なインナーチルドレンだったから、私はもうその事に気付いてから、誰も悪くないのに、<br><br>『なんでうちなの？』っていつも神様に聞いていたよ。<br><br>でも、その頃は答えは分からないままで、母のいう宗教の神様が本物なら、早く私の願いを叶えてよ！！！！って怒りまくってた。<br><br><p>嘘つきじゃねーかよ！！いつになったら叶えてくれるんだ！！！！ってとにかく怒ってた。</p><br><br><br>海みたいな感じだった。<br>荒波の日もあれば、凪の時もあった。<br><br>そんな毎日でも、力強く生きていたと思う。<br><p>兄弟と、ばあちゃんがいてくれたお陰だと思うし、私はかなりのファザコンだったから、父がいるってだけで嬉しかったのも救いだった。</p><br>テストの点数が悪過ぎて怒られた時はクソって思ってたけど、その思いを分かってたからわだかまりみたいなのもは出来なかった。<br><br><p>そんな毎日のある日、父がお腹が痛いといい、その痛さが尋常じゃない痛さだったらしくて色々検査する事になって、結果尿管結石を患ってる事が分かり、通院で対応出来ないから入院になったんだけど、</p><br><br>私自身がさみしいという事、じいちゃんが怖いから、父がいないと守ってくれる人がいないという心細さから、本当にめちゃめちゃ辛かった。<br><br>父も自営業者で、父にしか出来ない仕事ばかりだったから、それを止めなきゃならない事で父自身もとても辛そうで。<br><br>それに、結石の治療も本当に辛そうで、『出産と同じ痛み』と言われてるらしくて、<br><br>時々襲われる痛みに耐えて、その合間に治療してる父を見舞う事も私はめちゃめちゃ辛くて、涙をみせないように必死で堪えて、帰りの車の中で泣いてた。<br><br>泣いてた、っていうか、涙が勝手に出てきた。<br><br>この時期は特に、兄と弟の体が早く大きくなって、強くなって、じいちゃんに勝てるようになってくれーって凄く思ってたなぁ。<br><br>本当にじいちゃんが怖かったんだなぁ。懐かしい。<br><br>その間も母は、前にも増して一生懸命に通ってた。<br><br>父が入院したから。<br><br>それは、母のお布施的なものや、祈り？みたいなもの、信仰心が足りない、先祖供養が足りないから、そういうことが起きてるんですよ、という事なのだ、<br><br>母のやってる宗教は、全ての出来事に、そうやってあれやこれやとこじつけて、色んなものを奪っていった。<br><br><p></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12683436840.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jun 2021 10:30:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>#13/その後の活動はというと。</title>
<description>
<![CDATA[ 母の妹が亡くなってから、ますますはまっていく母。<div><br></div><div>先祖供養が足りてない、だから妹が犠牲になった、という感じなのだ。</div><div><br></div><div>だからイコールもっとお金を、と。</div><div><br></div><div>直接そうは言わないけど、そういう風に誘導してる。</div><div><br></div><div><br></div><div>小学生の私にはそんな事が起きてるなんて、どういうカラクリなのか分からないまま、</div><div><br></div><div>とにかく、父と母、祖父と母の喧嘩(母が暴力でねじ伏せられる)が起きない事をいつも願っていた、祈っていて、抜け出せない、逃げ場のない不安の中に常にいる感じだった。</div><div><br></div><div><br></div><div>協会に通い初めてからずーっとはぼ変わらないペースで通う母。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>確か、記憶だと、母の妹が亡くなる前後に、母は宗教の本拠地である韓国に、父に内緒で行ったことがあった。</div><div><br></div><div>私は母がどこに行ったのか知っていたから、隠すのに必死だった。</div><div><br></div><div>また喧嘩がおきないように。</div><div><br></div><div>なのに、母って少し抜けてるんだよね。</div><div><br></div><div>お土産買ってきちゃって、それで自爆して、父にばれたんだよね。</div><div><br></div><div>案の定、喧嘩。</div><div><br></div><div>喧嘩、というか、喧嘩になってないか。</div><div><br></div><div>母がぶたれる、って事。</div><div><br></div><div>喧嘩とは言わないか～今気付いた。</div><div><br></div><div>喧嘩って、激しく言い合う、とか</div><div>お互い殴り合う、とかだよね？</div><div><br></div><div>教えてGoogle。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>喧嘩じゃないよな。</div><div><br></div><div>父と母の価値観が違いすぎたし、なにを言っても宗教を辞める気がない母に対して、どうしようもない怒りを爆発させないとどうにもならなかった父が、</div><div><br></div><div>話しても話し合いにならない、</div><div><br></div><div>母は口で説明するのが苦手だから、父の質問に無言になっちゃうか、もしくは、いつか分かること(私は間違ってないから、時がくれば、私が正しいことが分かるんだから待っててよ！みたいな意味合い)、だから私は間違ってない、みたいに言うくらい。</div><div><br></div><div>だから、</div><div><br></div><div>話がすすまない、</div><div><br></div><div>辞める気はない、</div><div><br></div><div><br></div><div>だから、</div><div><br></div><div>父:ふざけんな！！！ボッコーンッ！！バシバシッ！！ドゥクシッッ！！</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>と、なり、泣く母。</div><div><br></div><div>荒ぶる父。</div><div><br></div><div>子供たち(兄、私、弟、チーン、あーまたか、、、みたいな)</div><div><br></div><div><br></div><div>この韓国に母が行ったのも、結構お金かけて行ったわけで。</div><div><br></div><div><br></div><div>２回目韓国に行ったのは私が17.8歳のとき。</div><div><br></div><div>その時は、なんと私も同行したのだが、、</div><div><br></div><div>その時の方がもっとやばくて。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「特別にこれをさずける」</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>みたいな感じで、とんでもない白いツボを買わされたの。</div><div><br></div><div>買わされたんじゃなくて、</div><div><br></div><div>母曰く、誰でも受け取れるものじゃない。</div><div><br></div><div>特別なもの。</div><div><br></div><div>みたいに真面目に言ってるわけ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>は？？？？？？？なんだよね。本当。</div><div><br></div><div><br></div><div>役者してんの？ってくらい笑</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>あー、なんて真面目なんでしょうかうちの母は。</div><div><br></div><div><br></div><div>そのツボ、２つも買いましてね。</div><div><br></div><div>何百万円したんでしょう。</div><div><br></div><div>したんですよ。</div><div><br></div><div>これの資金原はうちのばーちゃーん！！</div><div><br></div><div>この話しは後程詳しくするとします。</div><div>大体ざっくり話しちゃったけど。</div><div><br></div><div><br></div><div>そんなこんなですよ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>私は小学校を卒業して、中学生になりますが、5歳のあの日から、ずーっと繰り返されて、出口の見えない母の宗教との生活。</div><div><br></div><div>みんな、それぞれに、ずーっと繰り返しの毎日を過ごしただろうし、それぞれに大変な事って違って、色々あったよね。</div><div><br></div><div>私の場合は、宗教の悩みだっただけ。</div><div><br></div><div><br></div><div>中学生になったらなったで、私にとって人生で３本の指に入るであろう、とてもショッキングな事がおこったのでした～</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>続きはまた～</div><div><br></div><div>今日も最後まで読んでくれたそこのあなた！</div><div><br></div><div>ありがとう！愛してるよ！</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12659058867.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Feb 2021 12:20:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>#12/亡くなった母の妹の話。</title>
<description>
<![CDATA[ 母と母の妹は３つちがいだったかな。<div><br></div><div>家から車で20分くらいのところに嫁いでいた。</div><div><br></div><div>頻繁にうちに遊びに来ていた。</div><div><br></div><div>母の妹は、お姑さんとうまくいっておらず、凄く肩身が狭くて辛かったみたいで、その事で泣いてるのもみたことがあったし、幼いながらにかわいそうだなって、いつも思ってた。</div><div><br></div><div>私が３年生になり、寒くなってきた頃だったかな、</div><div><br></div><div>母の妹は、体調を崩しはじめた。</div><div><br></div><div>腹痛や頭痛を訴えはじめ、同じ敷地内にあるばあちゃんちに泊まる事が何度かあって。</div><div><br></div><div>でも、母の妹には女の子が２人(当時5歳と3歳)いたし、お姑さんがよく思わない、どうしようって、その時も泣いてたなぁ。</div><div><br></div><div>それで、ある日、ばあちゃんちに泊まってたら急にお腹が痛くなって、夜中に救急車を呼ぶことになって。</div><div><br></div><div>で、そのまま検査入院になったんだけど。</div><div><br></div><div>何日か入院して色々調べたけど、どこも悪いところはなくて、退院してきたんだけど。</div><div><br></div><div>亡くなってから気づいたのは、母の妹は、精神的に参ってて、嫁いだ先にいたくなかったけど、そんな事言えなくて、体にきちゃって、そうしないと実家に戻って来れなかったんだよね。</div><div><br></div><div>その事に誰も気付いてなかった、っていうか、、そういう時代だったっていうか、、</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>辛いなら、戻ってきていいんだよ。離婚していいんだよ、娘たちも連れて実家に戻っておいで。</div><div><br></div><div><br></div><div>とか、</div><div>そんな柔軟さは当時誰もなかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>母の宗教は、離婚もしちゃいけない事だし。</div><div><br></div><div>ばあちゃんも、亡くなったじいちゃんも、離婚なんてあり得ない！って人だったから。</div><div><br></div><div><br></div><div>母の妹は、体調崩して、どこもわるくないのにお腹が痛くなって救急車で運ばれる程、追い詰められていたのに。</div><div><br></div><div><br></div><div>それで、それからは、一旦嫁ぎ先に戻ったんだけど、子供が２人いるし。</div><div><br></div><div>でも、またすぐにお腹が痛いとか、体調がわるいとかで、ばあちゃんちに戻ってきてた</div><div>。</div><div><br></div><div>それが私が３年生後半から４年生になった、くらいの時に起きて。</div><div><br></div><div>それで、最初に検査入院した時に、心療内科すすめられて、心療内科から、精神病院に入院は数ヶ月の間に起きた出来事だった。</div><div><br></div><div>精神病院に入ると、薬を強制的に沢山とらされていた。</div><div><br></div><div>２ヶ月くらいで退院してきたと思うんだけど、その時点でもう、私の知っている母の妹とは違う人っていうか、私は凄く違和感感じて近づくのが怖くなっていた。</div><div><br></div><div>それからは、処方された薬を飲み続け、時々通院する感じでいた。</div><div><br></div><div>話し方や、動き、あとは今思うと薬の副作用で、ずっと寝ていたし、体がむくむようになっていった。</div><div><br></div><div>その間、子供たちとは別にされていた。</div><div><br></div><div>私にとってはいとこの女の子２人だし、としも近かったから、かわいそうだなぁって思ってた。</div><div><br></div><div>時々遊びに来て、母の妹がずっと眠り続けている布団に近づいて行って、そっと布団に入っている姿が、今思うと本当に切ない。。</div><div><br></div><div>まだ、5歳と3歳だったんだもんなー、、</div><div>凄く凄く凄く寂しくて、ずっと我慢してたと思う。</div><div>そうだよね、我慢しなきゃならなかったよね、、</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>当時は、誰も何も知らなかった。</div><div><br></div><div>みんな医者の言いなりだし、それが全てだと思って疑いもしなかった。</div><div><br></div><div>他の方法をさがしたり、考えたり、そういう事がいっさいなかった。</div><div><br></div><div>体調わるかったら、病院、病院、病院、薬、薬、薬、だけ。</div><div><br></div><div><br></div><div>それで、薬を飲み続ける日々。</div><div><br></div><div>どんどんどんどん母の妹は、私の知っている母の妹じゃなくなっていった。</div><div><br></div><div>どんどんどんどん怖くて、近づけない人になっていった。</div><div><br></div><div>そして、５年生になったある日、</div><div><br></div><div>母の妹は、ばあちゃんち(私の実家)で呼吸困難になり母とばあちゃんが救急車を呼んだけど、そのまま病院で亡くなった。</div><div><br></div><div>たった１年半くらいの間に。</div><div><br></div><div>(精神病院や薬を否定したいわけじゃないです、近くで毎日みていて、とても違和感がありました)</div><div><br></div><div><br></div><div>それから、母は毎日のように泣いていた。</div><div><br></div><div>２人姉妹だった唯一の妹が死んだんだもん、しかも自分の目の前で。</div><div><br></div><div>泣くよね、辛かったよね、、</div><div><br></div><div>それで、ますます、宗教にはまっていった感じ。</div><div><br></div><div>唯一、そういうどうしようもない気持ちを癒してくれる場所、拠り所になったんだよね。</div><div><br></div><div>しかも、それプラス、母は残された子供たちに対しても凄く色々悩んだりしてきて、それも結局全部宗教の教えに繋がっちゃって。</div><div><br></div><div>もー、本当になんでもネタにしてお金や、母の気持ちを引っ張るのやめてもらっていいですか？</div><div><br></div><div><br></div><div>それで、母は、もっと私がしっかりやらなきゃ！！私は選ばれてしまったんだから、やらなきゃいけないの！！って燃えちゃって😅😅</div><div><br></div><div>辛いけど燃えるタイプらしい。</div><div><br></div><div>笑えないんだけどね🤣🤣</div><div><br></div><div>選ばれた、とか言ってるけど、その人何者なの？って思うから聞いたんだけど、</div><div><br></div><div>母いわく、凄い人、なんだって🤣🤣</div><div><br></div><div>なんか、純粋過ぎて笑ったよー</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>今回は、母の妹が亡くなった事が、母の宗教に対する気持ちを加速させたってことが言いたかったです。</div><div><br></div><div>他の宗教や、宗教自体を否定したいとか、そういう事ではなくて、こういう宗教って、どうなの？って</div><div><br></div><div>人の弱味に漬け込んで、お金をどんどん巻き上げる事が宗教なの？って</div><div><br></div><div><br></div><div>今も宗教勧誘があるみたいです。</div><div><br></div><div>自分が大切にしたいことはなんなのか、これを読んだ人になにか気付きになれば嬉しいです🌈</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12653932487.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Feb 2021 14:09:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>#11/引き続き母の宗教活動。</title>
<description>
<![CDATA[ ３年生になった。<div><br></div><div>相変わらずな母であった。</div><div><br></div><div>親戚を巻き込んでの脱会騒動も落ち着いていたと思う。</div><div><br></div><div>母はどんなに父やじいちゃんに言われようが、親戚の人たちに白い目でみられようが、知ったこっちゃないって感じだった。</div><div><br></div><div>あの真っ直ぐさにモヤモヤしていたと思う。</div><div><br></div><div>私や、私たち家族への真っ直ぐさじゃなかったから。</div><div><br></div><div>宗教の方が、その信じさせられている神の存在の方がとても大切にしているように感じてたと思う。</div><div><br></div><div>でも、当時はそんな私の本当の気持ちを言葉にして母に伝える事が出来なかった。</div><div><br></div><div>抱き締めほしい、とか</div><div><br></div><div>甘える、とか出来なかった。</div><div><br></div><div>私の性格もあると思うけど、子供らしい子供じゃなかったと思う。</div><div><br></div><div>母も親にされてないし、自分の子供への愛情表現が苦手だったと思う。</div><div><br></div><div><br></div><div>お父さんとは寝たいけど、お母さんと寝たいとは思ったことないかもしれない。記憶から消したのかな？本当に父大好き娘だった。</div><div><br></div><div>じいちゃんの一件があってからは、本当に父しか私を守ってくれる人はいない、と思ってたし、頼れる人が父しかいなかったし。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>私がどれだけお父さんとじいちゃんが母がまだ協会に通ってることを必死に隠してあげてると思ってるの！！って、気苦労もあったな。</div><div><br></div><div><br></div><div>時々お父さんが聞いてくることがあったから。</div><div><br></div><div>「お母、まだあそこ行ってるのか知ってるか？」とか</div><div><br></div><div>じいちゃんも、昼間に母の車がないと私のところに来て、</div><div><br></div><div>「またあそこに行ってんじゃねーのか」とか</div><div><br></div><div><br></div><div>じいちゃん嫌いなのに私のところに聞きにくるから、それも凄く嫌で寝てるふりして無視をすることも何度もあって。</div><div><br></div><div>そのたびに、母に対して「くそやろーふざけんな早く帰ってこい」って思ってた。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>それに、もう誰の喧嘩の声も怒鳴り声も聞きたくなくて、だいたい</div><div><br></div><div>「知らないよ」「分からない」って答えてた。</div><div><br></div><div><br></div><div>あー、私何やってるんだろう。とか</div><div><br></div><div>ごまかしてるの辛いよとか</div><div><br></div><div>表現する方法が分からなかったんだよね。</div><div>小学生のあの頃の私は。</div><div><br></div><div><br></div><div>今なら</div><div>「私何やってるんだろう」</div><div>「これは正しいの？」</div><div>とか、誰かに話せたり、自分の中でもっと処理ができてたと思えるんだけど、、</div><div><br></div><div>当時は小学生で、そういう事を考える事が出来なかった。</div><div><br></div><div>それで、私は次第に母に対して八つ当たりするようになっていった。</div><div><br></div><div>八つ当たりっていうのが正しいのかな？</div><div><br></div><div>例えば、母は口うるさかったんだけど、</div><div><br></div><div>(今ならそれが、何故なのか理解できる。宗教で色々言われてる家族の在り方などがうまく実践できてないとか、お布施みたいな集金のお金どうやって工面しようとか、母なりの悩みが毎日毎日協会に行ってたからプレッシャーとか、母なりのストレスがあったんだと思う)</div><div><br></div><div><br></div><div>で、ちょっとでも母が私になにか言ってきようもんなら、</div><div><br></div><div>私は、、、</div><div><br></div><div>なんと、、、</div><div><br></div><div>外に出て</div><div><br></div><div>「うるせークソババアー！！！！」</div><div><br></div><div>と、大声で怒鳴り散らしていたのだ。</div><div><br></div><div>母は、凄く近所の目を気にする人だから、</div><div><br></div><div>「やめなさい、みっともない、恥ずかしい！」</div><div><br></div><div>みたいに言われた。</div><div><br></div><div>でも、それが、その言葉が、また私の気持ちを逆撫でして(私の事よりも、またそうやってまわりの目を気にして💢💢💢💢)みたいな</div><div><br></div><div>もっともっと叫びまくってた。</div><div><br></div><div>でも、母を目の前にして叫ぶんじゃなくて、</div><div><br></div><div>ただただ、あっちの方に向かって叫んでいた。</div><div><br></div><div>それしか出来なかったんだと思う。</div><div><br></div><div>面と向かって言うこともあっても、それじゃすっきりしなくて、とにかく外に出て叫んでた。</div><div><br></div><div>あー、今思うと、私頑張って自分をコントロールしてたんだなって思う。</div><div><br></div><div>ああやって、自分の感情を調整してたんだろうなぁ。</div><div><br></div><div>小学生の抵抗。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>母が宗教をやめるつもりがないのを凄く感じてたから、宗教と、それを創設した人たちが死ねばいいのにって思ったり、</div><div><br></div><div>そしたから、母は脱会してくれるんじゃないかって、小学生っぽい考えしてたな。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>で、相変わらず、通い続ける母の姿に見慣れていた。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>そういえば、私が小学校低学年の間だけでも、母は他にも色々買わされていたし、私と兄の学資保険も勝手に解約して全額あちらさんに渡していたりした。</div><div><br></div><div>買ってたものは、他にも宗教絡みの化粧品、私と兄の印鑑(その印鑑があると、色んな事から守ってもらえますよっていうやつ)あとは、これまた偽物なのかなんなのか、胡散臭い絵画。</div><div><br></div><div>この間にも、祈願書？(正式な名前があったけど忘れてしまった)</div><div>その祈願書は、ことあるごとに買わされて書かされていた。</div><div><br></div><div>細長い紙切れで、１枚あなたの気持ち次第です。(だいたい3000円～10000円くらいだった)</div><div><br></div><div>書く内容によって、自分の気持ちの金額を払うかんじ。</div><div><br></div><div>大きな願い事なら10000円、</div><div>小さな願い事なら、</div><div><br></div><div>みたいな。</div><div><br></div><div>ここまでで、すでに300万前後は使っていた計算になるかな。</div><div><br></div><div>でも、他にも母のことだから、献金という形で渡していたと思う。</div><div><br></div><div>過ぎた事だからもういいんだけど、</div><div><br></div><div>どんだけ必死だったんだよ、って思うよね。</div><div><br></div><div>母は、もっと両親に愛されて育ちたかった。</div><div><br></div><div>母には妹がいたんだけど(享年37)</div><div><br></div><div>妹とももっと仲良くしたかったそうで。</div><div><br></div><div>それに、父とじいちゃんに仲良くして欲しかった。</div><div><br></div><div>子供たちには健康に幸せになってほしい。</div><div><br></div><div>っていう、心の隙間、さみしさとかに、</div><div><br></div><div>ちょうどすっぽりはまっちゃったんだよね、宗教が。</div><div><br></div><div><br></div><div>え、待って母よ。</div><div><br></div><div>私、今凄いさみしいし、なんで毎日家にいないで、私たちと過ごさないで、あなたが子供の頃に感じてたさみしさとか、暴力の怖さを、そのまんま感じさせられてるよ？？</div><div><br></div><div>あなたが脱会したら、解決するんですけど？？</div><div><br></div><div>ややこしくしてるのはあなただよ？？</div><div><br></div><div>って。</div><div><br></div><div>言う隙間もないくらい、のめり込んでいたしね、</div><div><br></div><div><br></div><div>その事に誰も気付いてなかったし、母の話を落ち着いて、母の言い分を聞くという発想も、当時は誰もなかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>それが一番母がしてほしい事だったと、30年近くして家族みんなが認識することになる。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>それに、今で母入信から30年経つけど、</div><div><br></div><div>去年おととし？あたりにやっと母の口から聞くことができた</div><div><br></div><div>「私しかいない、この家を救えるのは、私しかいないって、宗教の神様に使命されてしまったの。私にはそういうお役目があると、使命されたの」</div><div><br></div><div>みたいに言ってて。</div><div><br></div><div>それで、私は、その言葉が凄くドッカーン！！！</div><div><br></div><div>そうだったのかー！！！</div><div><br></div><div>😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭</div><div><br></div><div>だったのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>どういう事かというと。</div><div><br></div><div><br></div><div>だから、母は必死にやってきたのだ。ということ。</div><div><br></div><div>騙されてるなんて疑いもせずに、あの宗教に入信してから、ずーっとそうやって言われ続けてきた。</div><div><br></div><div>だから、それに忠実に、素直にそうだと信じ、そうしてきた、と。</div><div><br></div><div><br></div><div>ぽかーん。。。。</div><div><br></div><div><br></div><div>なんだけど、</div><div><br></div><div>これなんだ、と</div><div><br></div><div><br></div><div>聞いたときで、すでに宗教入信から30年近くなっていた時だったから、</div><div><br></div><div>なんか、今までの辛いこと嫌なこと、許せなかったこと、とかそういういやーな感じの感情が</div><div><br></div><div><br></div><div>ぽかーん、って。</div><div><br></div><div>なった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>高校生の時、嘘ついて夜遊びしたとき(女の子だけでしょうね？って言われたけど、男の子もいたとき)</div><div><br></div><div>母は、いつも私の言う通りに信じてくれた。</div><div><br></div><div>父にはバレバレだったんだけど、父はそれを母に告げ口したりしないし、友達みたいに父と過ごした時間ぎ多かったし父には本当の事を言うことが多かったな。怒ったりしないってわかっていたんだよね。</div><div><br></div><div><br></div><div>19才の時に、彼の家に泊まりに行くようになって、それも、母には嘘ついてたのに、いつも信じてくれてた。</div><div><br></div><div>思い返すと、母ってそういう人なんだよなーって。</div><div><br></div><div>その宗教の教えが、その宗教の神様が、結婚相手を決めて結婚することが、一番の幸せ、みたいな教えで、しかも、それまでに男女の関係になってたらダメなの。</div><div><br></div><div>男女の関係をもつことは罪深く、間違ったこと、という教えだったので、とにかく、母はそのことについて、私が女の子だったから、そればかり小さいときから言われていて。</div><div><br></div><div>今思うと、それが結構トラウマになってたって気付いた。</div><div><br></div><div>でも、私も偉いっていうか、なんだかんだ、母が私のことで傷ついてほしくなくて、嘘ついてたなんて、甲斐甲斐しいよね🤣</div><div><br></div><div><br></div><div>母の信じてる事を否定するのがかわいそうとか、色々母に気遣いしてたな。</div><div><br></div><div>母は間違ってるけど、一生懸命だったから、傷付けたくなかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>で、それで夫婦喧嘩になるもの嫌だった。</div><div><br></div><div>父は、彼がいてもうるさく言う人じゃなかったから、別にばれてたし、いいんだけど。</div><div><br></div><div>そういう時、いつも、</div><div>「お父さん、なんで娘にもっと厳しく言わないの！」とか、言うときがあって。</div><div><br></div><div>そうすると父は</div><div>「うるさい、自分で言え」って感じだったの。</div><div><br></div><div>それは、私に興味がないとかじゃなくて、父も私を信じてくれてたんだよね。</div><div><br></div><div>娘の選択を信じてくれてた。</div><div><br></div><div>ま、私かなり頑固だったから、父もなにか言ったところで聞くわけないとわかっていたんだよね🤣</div><div><br></div><div><br></div><div>で、そうなると母は、夫婦なのに意見を合わせてくれないことが気に入らなくて、それも宗教の教えで。</div><div><br></div><div>それで、喧嘩になると、だいたい話しは母の宗教の事になっちゃってた。</div><div><br></div><div>そういう無駄な喧嘩になるのも嫌だったから嘘ついてたこともあったな。</div><div><br></div><div>話が脱線しまくってしまった😅</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>次回は４年生編は、母の亡くなった妹が登場します。</div><div>それに、母が協会に行って何をしていたのかのある日のルーティンも、紹介したいと思います。</div><div><br></div><div>それではまた😊</div><div><br></div><div>今日も読んでくれた方、ありがとうございます🌈</div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12652654385.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jan 2021 11:16:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>明けましておめでとうございます！</title>
<description>
<![CDATA[ 年末から、年明けてからも、なんとなくすっきりしない感じが続いていたけど、とても私らしく生きています。<div>明けましておめでとうございます。</div><div>今年もよろしくお願いします😊🌈<br><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>ちょっと自分の気付きを、唐突ですが書きます。</div><div>自分の整理用。</div><div><br></div><div>～～～～～～～～</div><div>好きな事ばかりして生活していて、不安になったり、好きな事ばかりしていていいのかな？</div><div><br></div><div>でも、やっぱり好きな事ばかりしていていいんだ！！やっぱり、それでいいんだ！って涙が出てきて、なんだか書きたくなったので、書くことにしたました。</div><div>自分のために、自分のことを。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>2012年前後から、私は長男を出産して子供と過ごす時間が増えていくなかで、子供と関わることで、沢山自分に対しての疑問や、心の浮き沈みがわいてくることに気付いて、それがなんなのか知ろうとして、自分がなんなのか知ることでしか、楽になれないと思って、とにかく知りたくなった。</div><div><br></div><div><br></div><div>・個性学という、統計学をもとにしたもので、まずは自分の個性を知り、近い存在の個性を知り、子供、夫、両親、兄弟、じいちゃん、ばあちゃん。それで、子供の時に両親に対して思っていたモヤモヤがかなりスッキリしたり、整理できた。個性はもってうまれたものだから、なかなか変えるのは難しいから、理解できれば、受け入れる事ができる事に気付いて、とても気が楽になった。</div><div><br></div><div>夫とも、簡単に言うと真逆の個性だったので、お互いに理解がしにくい理由も分かり、なるほどな、と、とても気が楽になった。</div><div><br></div><div>どうしようないこともあるという事に気付き、連続講座だったんだけど、本当に毎回沢山の気付きがあり、子育てに関して、自分の子供の頃の引っ掛かっていた生きにくさ、夫との関係など、とにかく楽になり、かなり生きやすくなって、出会えて良かったものだった。</div><div><br></div><div>絶対というものはないと思うんだけど、私はとても参考になった。</div><div>個性学という存在と、その講座を受けた時に出会った皆さんにもとても救われたし、とても学びになった。</div><div><br></div><div><br></div><div>それでも、まだ生きにくさが時々顔を出して、もっと自分を知りたかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>思いのままに、色々出会っていったものを試していった。</div><div>基本的には、信頼できる人から紹介してもらう事がほとんどだった。</div><div>それは、私の性格も関係していると思う。</div><div>疑り深いし、自分が信頼してる人を、とても信頼するタイプなので。</div><div><br></div><div><br></div><div>その後、</div><div><br></div><div>・前世をみてもらう</div><div>・支柱すいめい(漢字が分からなくてすみません)</div><div>・インド占星術</div><div>・バシャールと交信できる人にみてもらう</div><div>・シータヒーリングを受ける</div><div>・宇宙人と交信できる人にみてもらう</div><div>・カードリーディング色々</div><div>・ダウジング</div><div>・宇宙の力をダウンロード</div><div>・シータヒーリング、基礎、応用講座を受ける</div><div>・アットゾーン講座を受ける</div><div>・アクセスバーズを受ける</div><div>・アクセスバーズ講座を受ける</div><div><br></div><div>などなど。</div><div>忘れてるものもあると思うし、同じ人に何度もみてもらったり、名前を忘れてしまったものもある。</div><div><br></div><div><br></div><div>お金も時間も、結構かけて。</div><div><br></div><div>なのに、なんかスッキリしなくて。</div><div><br></div><div>私、なにがしたいんだっけ？？？？</div><div><br></div><div>結果がついてきてないじゃん、って</div><div><br></div><div>落ち込んだ、自分を責めて苦しくなったり。</div><div><br></div><div>楽になるために、生きやすくなるためにこんなにしてるのになんでいまいちスッキリしないのなんでー！！😭😢😂って</div><div><br></div><div><br></div><div>子供の頃も、とにかく両親や家庭環境が結構辛くて、恨んでいたので、自分はなんでこんな環境にうまれてきたのか？なんのためなのか？ともんもんと悩んでいたけど、母が宗教をしていて、それを嫌っていたので、</div><div><br></div><div>神様がいるなら、もう母が宗教に関わらないようにして下さい。やめさせて下さい。</div><div><br></div><div>ってお願いしたりしてた。</div><div><br></div><div>母がその宗教にとっての神様が一番正しい、みたいに言っていて。</div><div><br></div><div>じゃあ、私の願いを叶えてよ。って思ってた。</div><div><br></div><div>母はいっぱいお金をかけていたし、お金をかけてるのに、全然誰も幸せになってないし、混乱しまくってるのが理解出来なかったし、矛盾してて苦しかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>で、母の信じてる神様、私の願い叶えてくれないじゃん、馬鹿馬鹿しい。と思ったりしてた。</div><div><br></div><div>やっぱり嘘じゃん、神様なんていないし、母も、母の信じてる宗教も、嘘だ、って思ったり。</div><div><br></div><div><br></div><div>子供の頃からそんな感じで、目見えない神様や、思いや、願い、そういう事に凄く複雑な思いがあって。</div><div><br></div><div>神様を信じたいけど、信じちゃいけないとか</div><div><br></div><div>目に見えないものを信じても報われないとか</div><div><br></div><div>そういうのに関わるとよくない</div><div><br></div><div>私が母や母の信じてる宗教に対して思っていた不信感みたいな気持ちを、私も誰かに思われたら嫌</div><div><br></div><div><br></div><div>などで、上に書いたような前世をみてもらう、以下の事は、子供の頃から興味はあったけど、ずっと避けていた事だったんだけど。</div><div><br></div><div><br></div><div>でも、子供がそこに導いてくれたように感じている。今は。</div><div><br></div><div>おかしいかもしれない。</div><div><br></div><div>おかしな事を言ってると、矛盾してると思う人もいると分かっていますが。</div><div><br></div><div>不思議。言葉で説明するのが凄く下手なので、うまく文章にできないけど、</div><div><br></div><div>目にみえないこと、を信じるしかないっていう小さな小さな出来事が、１つ１つと起きて</div><div><br></div><div>子供の頃の私が思っていた思いを少しずつとかしていった感じ。</div><div><br></div><div>個性学や、インド占星術、支柱すいめい、とかはちゃんとした統計学だし、知ってる人も多い、いわゆる一般的な占い、みたいな感じだと思うから怪しい、とか思う人は少ないと思うんだけど。</div><div><br></div><div>だから、私もやってみよ～って思ったところがあるし。</div><div><br></div><div>怪しいのを避けていたから。</div><div><br></div><div>母の事を軽蔑したりしていた自分がいたから。</div><div><br></div><div>自分も軽蔑されると思っていたんだと思う。</div><div><br></div><div>意識してはないけど、子供の頃からの根深い癖みたいなもので、染み付いてしまった感じ。</div><div><br></div><div>でも、途中で気付いたんだよね。</div><div><br></div><div>私を軽蔑するなら、してもいいし、それがどうしたの？私が私らしく生きることが大切、私の自分の選択を自分が一番信じよう。みたいな。</div><div><br></div><div>そんな感じで少しずつ気付きがあって、ちょっと怪しい！？と思ったり、色々複雑な感情がわいてくるヒーリング系とか、スピリチュアル系にどんどん、自然と近づいていった。</div><div><br></div><div>知れば、全然怪しいとかじゃなくて、科学的な事なんだという事も知って。</div><div><br></div><div>ちゃんと説明できるんだと知っていった。</div><div><br></div><div>波動を測定できる機械があることを知り、遠隔で治療できる事も知り、</div><div><br></div><div>子供の不調を通して、それを信じざる終えない事が起きたり。</div><div><br></div><div>ホメオパシーや、体のことなども、並行して学んでいった。</div><div><br></div><div>病院、医者に頼らずとも、方法が沢山あることを知り、それも目にみえない存在と凄く近いものだと感じ、普通だし、当たり前だと分かっていった。</div><div><br></div><div>母の事も、嫌いだったじいちゃんの事も、許せるようになっていった。</div><div><br></div><div>そして、子育ても、夫に対しても、友達に対しても、その人をそのまま受け入れる事ができるようになっていった。</div><div><br></div><div>子供にはとくに、こうなってほしい、こうしてほしい、と私の願望をおしつけがちだったけど(今も出てしまうときがあるけど)でも、そうじゃなくて、その子のもっているものをみたい、伸ばすお手伝いをしよう、と思うようになって。</div><div><br></div><div>とにかく、気を張って頑張って立派に育てなければ、勉強やスポーツを頑張ってやらせなければ、と思って必死になっていた時があって(長男が１歳半～２歳くらいまで)、</div><div><br></div><div>その時は、なんだか息子の本質をみていなかったんだと気付いた。</div><div><br></div><div>周りからの評価を、親として、母としての評価を気にしていたし、気負っていたと思う。</div><div><br></div><div>違うじゃん。それってなんのため？</div><div>息子のため？違うじゃん。って。</div><div><br></div><div><br></div><div>唯一無二の、１人、としてこの世にうまれてきた意味を考えたりなんか、してなかったのかな。</div><div><br></div><div>してるつもりだったんだけど、ちょっと違ってたよね。</div><div><br></div><div>今は、息子たちのお陰で気付けたから、</div><div><br></div><div>とにかく、好きな事をして、自分らしく、心のままに育っていって欲しい。</div><div><br></div><div>そう考えると、私もとても穏やかな気持ちになる事に気付いた。</div><div><br></div><div>勉強しな、勉強しな、あれしたら？これしたら？スポーツはしないの？習い事しないの？あれはこれは？</div><div><br></div><div><br></div><div>大丈夫。</div><div><br></div><div>子供たちは大丈夫。</div><div><br></div><div>夫も同じかな。</div><div>好きな事をして欲しい、縛りたくない。</div><div><br></div><div>私もそうして欲しいし、それがいいと思う。</div><div><br></div><div>私のこんな気付きと、今の考えが誰かにとっての正解じゃないし、私の気付きと考えは変わるかもしれない。</div><div><br></div><div><br></div><div>前は、変わることはださい、みたいな</div><div><br></div><div>恥ずかしいとか、一貫性がなくて、信用できない、と思ってた自分がいた。</div><div><br></div><div>そういうのが嫌いだったんだけど。</div><div><br></div><div>今はそれが辛い事にやっと気付けて。</div><div><br></div><div>私、自分で自分苦しめてたな、って。</div><div><br></div><div>柔軟でいいじゃない。</div><div><br></div><div>変わったっていいじゃない。</div><div><br></div><div>って。</div><div><br></div><div>ださい、恥ずかしい、一貫性がなくて、信用できないと誰が思うんだろう。</div><div><br></div><div>実際に思われた事もあったかもしれない。</div><div><br></div><div>残念に思われたかもしれない。</div><div><br></div><div>でも、それは分からない。</div><div><br></div><div>ごめんなさい、と謝りたいけど、それは分からない。</div><div><br></div><div>でも、そういうことをくよくよ考えていても仕方ないと気付けたら、凄く楽になって。</div><div><br></div><div>めちゃめちゃ楽しい自分が出てこれたんだよね。</div><div><br></div><div>人からの評価を怖がることをやめた。</div><div><br></div><div>とても勇気がいることだったみたい。</div><div><br></div><div>それで、それに気付くのが今になった。</div><div><br></div><div>もっと早く気付けばもっと楽に生きてこれたの？それも分からない。</div><div><br></div><div>全てタイミングがあると思うようになって。</div><div><br></div><div>それを少しずつ受け入れられるようになっていった、そう考えた方が自然だったし、納得できた。</div><div><br></div><div>今まで生きてきた遠回りだったかもしれない自分の経験も全て、黒い私のだっさい歴史も、今はとにかく感謝してるし、愛しい歴史。</div><div><br></div><div>その間に出会ってきた出来事、出会ってきた人たちも、全てが今に繋がってて、嫌だった出来事も、苦手だった人も、私から離れていってしまった人も、とにかく丸々全てって感じ。</div><div><br></div><div>とにかく、全部に感謝する事ができるようになった。</div><div><br></div><div>もっと早くにこの事に気付けていたら、もっと素敵な人生を歩んで来れたのかなと、思う時もある。</div><div><br></div><div>欲が深い、そんな自分を嫌になる時もあるけど、</div><div><br></div><div>私が私であるって事は変えられないんだから、</div><div><br></div><div>私が私を、どんな私も受け止めて、認める。</div><div><br></div><div>この事を、ぐるぐると考えがち。</div><div><br></div><div>自分をやめたくなる時もあって、こういう事をぐるぐると考えてしまう日もあるんだけど。</div><div><br></div><div>そういう全部を、まるっと認めて、許して、受け入れて、大丈夫大丈夫って。</div><div><br></div><div>私の内側から沸いてくる感情を否定しない。</div><div><br></div><div>それは私だから、無視しないで聞いてあげる。</div><div><br></div><div>本当はどうしたいの？</div><div><br></div><div><br></div><div>こんな感じに自分に丁寧に向き合ってきた。</div><div><br></div><div><br></div><div>コロナで子供たちが休みになった2020年３月からは、それが物凄く加速した。</div><div><br></div><div>家にいる時間が増えたから。</div><div><br></div><div>やることが減ったから、自分の時間が増えて、</div><div><br></div><div>少し前までは、色んな人にお願いしたりして外側に答えを求めていたんだけど、<br></div><div><br></div><div>人にも会えなくなった、外側よりも、かなり内側にグッと。</div><div><br></div><div>より自分を知っていけた。</div><div><br></div><div>制限がかかって、それのお陰でより自分の内側を知れて沢山発見があって、</div><div><br></div><div>まだこんな事で自分を制限してたんだ、って事もあって。</div><div><br></div><div><br></div><div>長くなっちゃったから、次回に続きます。</div><div><br></div><div>自分で自分を整理する作業中。</div><div><br></div><div>これを最後まで読んでくれる人はいるのかな？</div><div><br></div><div>こんな事を最後まで読んでくれた人に、ありがとうと言いたいです。</div><div><br></div><div>知ってもらえるというのは、私にとっては喜びです。</div><div><br></div><div>ありがとうございます😊</div><div><br></div><div>愛と感謝を込めて。</div><div><br></div><div>今日も素敵な１日になりますように🌈</div><div><br></div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12650999412.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jan 2021 10:50:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>#10/ふと気付くと頭が痛かった。</title>
<description>
<![CDATA[ ２年生になった。<div><br></div><div>田舎の学校で全学年１クラスだけだったので、担任が変わっただけだった。</div><div><br></div><div>学校生活にもだいぶ慣れて来てはいたけど、幼稚園から一緒だった子が私を入れて４人しかいなくて、仲良しは１人だけだったので、心細いと感じていた。</div><div><br></div><div>そんなある時、自分が頭が痛い事に気付く。</div><div><br></div><div>いつから痛かったのか、あまり思い出せないけど、気付いたら痛かった感じ。</div><div><br></div><div>ある日、学校で先生に伝えて。</div><div><br></div><div>そしたら、わりと気にかけてくれる先生で。</div><div><br></div><div>今日はどう？とか聞いてくれたりしてた。</div><div><br></div><div>保健室で休ませてくれたり。</div><div><br></div><div>ただ、何回もそれがあるから、先生が親に言ってくれて、母が学校に来て先生と話をしてた。</div><div><br></div><div>母に大丈夫？とか聞かれたんだと思う。母もしばらくは気にかけてくれていた。</div><div><br></div><div>その時は、なんだろうね？なんでだろうね？って、母も私自身も分からなかったけど、</div><div><br></div><div>今思うと、ストレスとかだったんじゃないかなって。</div><div><br></div><div>その頭痛は毎日のようにあって、２年生の後半まであったと記憶している。</div><div><br></div><div>先生が優しくて、とても助けられたと記憶している。</div><div><br></div><div>あの時の私、辛かったのによく頑張ったね。</div><div><br></div><div>その間もずっと母は変わらずに、協会に通い続けていた。</div><div><br></div><div>その間、親戚も巻き込んで、協会と縁を切る、という誓約書みたいなものを書かせるために、父が協会に乗り込んだり、</div><div><br></div><div>それまでの事を父がじいちゃんに話して、じいちゃんぶちギレて、母に物凄い暴力で押さえつけたりもあった。</div><div><br></div><div>父とじいちゃんは、基本的に交わらない存在だったけど、このままじゃまずいと思って、たまらずにじいちゃんに話したんだと思う。</div><div><br></div><div>その時の緊張感はまだ覚えているから、私も、子供ながらにとんでもないことになってるなと思ってたんだと思う。</div><div><br></div><div>庭で、父が母に飛び蹴りしてた映像も頭に焼き付いてる。</div><div><br></div><div>そんなに父やじいちゃんにボコボコにされてまで、やることなのか、行く場所なのか、</div><div><br></div><div>かなしいような、苦しいような、切なさも感じたし、母の味方をしたくなって、味方した時もかなりあった。</div><div><br></div><div>いつも、母は泣いていたし、それなのに、へこたれないで行き続けるもんだから、</div><div><br></div><div>私は、感情が迷子になった。</div><div><br></div><div>父が悪いの？</div><div><br></div><div>じいちゃんが悪いの？</div><div><br></div><div>母が悪いの？</div><div><br></div><div>その宗教が悪いの？</div><div><br></div><div>なにが正しいの？正しくないの？</div><div><br></div><div>まだこの頃は、部分部分しか知らなかったから。</div><div><br></div><div>分からない事が多すぎて、かなり混乱していた時だった。</div><div><br></div><div>３年生、４年生、と大きくなっていくうちに、聞かずとも感じたり、分かってしまう事が増えていった。</div><div><br></div><div><br></div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201221/11/k20120210/d6/7e/j/o0810108014869590713.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201221/11/k20120210/d6/7e/j/o0810108014869590713.jpg" alt="" width="810" height="1080"></a><div><br></div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/k20120210/entry-12645292065.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Dec 2020 11:18:25 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
