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<title>生きる意味を考えたINTJ-T</title>
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<description>「自分の存在価値」について10歳くらい考え続けています。私と同じように「生きる意味」に苦しんでいる人の助けになったら嬉しいです。</description>
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<title>チャットGPTと【人の価値　自分が生きる意味】　を考えてみた③　INTJ-Tの独り言</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>●前回の記事（概要はコチラ）</p><p>&nbsp;</p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" contenteditable="false" style="display:inline-block;max-width:100%"><a class="ogpCard_link" data-ogp-card-log="" href="https://ameblo.jp/k2232mb/entry-12870770738.html" rel="noopener noreferrer" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" target="_blank"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">『チャットGPTと【人の価値　自分が生きる意味】　を考えてみた②』</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">&nbsp;●前回の概要（記事はコチラ）&nbsp;『チャットGPTと【人の価値　自分が生きる意味】　を考えてみた①』人生とは何かを考え続けていました。自分の判断基準の根幹となる…</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img alt="リンク" class="ogpCard_icon" height="20" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%" width="20"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">ameblo.jp</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img alt="" class="ogpCard_image" data-ogp-card-image="" height="120" loading="lazy" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241010/09/k2232mb/85/b8/j/o1024102415496118136.jpg" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)" width="120"></span></a></article></div><p>&nbsp;</p><p>前回の記事では「誠実、愛情、友情、勤勉、努力」等の価値観でさえ、時代や時の情勢により重要度が変化していくことを説明しました。</p><p>&nbsp;</p><p>よってこれらの価値観は、自分のアイデンティにすることは適切ではなく、実は「自分」が「人間社会」で生きていくための＜ツール＞でしかない。あくまで方法論であり、これを軸に考えると裏切られたりして自分が大損する恐れがあると述べました。<br><br>そして「自分」と「人間社会」の間で生じるトラブル（人間関係）は全て、ありもしない正義を基準に行われている。ということを述べました。</p><p>&nbsp;</p><p>今回の記事では、「自分」の中心に置くべき価値観は何なのか？　について説明します。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br><span style="font-size:1.4em;">●「自分」の中心に置くべき価値観は何か？</span><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241010/09/k2232mb/85/b8/j/o1024102415496118136.jpg"><img alt="" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241010/09/k2232mb/85/b8/j/o1024102415496118136.jpg" width="420"></a><br>「誠実、愛情、友情、勤勉、努力」などの価値感は、私の求める「不変的な正しい価値観」＝「絶対の正解」にはなり得ないという事になります。<br><br>「誠実、愛情、友情、勤勉、努力」などの価値観は、「自分」と「人間社会」の境界線でツール（交通手形）のように存在しているのだと考えるべきです。<br><br><br>交通手形を持っていると「人間社会」の中で称賛され生きていける可能性が高くなるが、状況によっては引っ込めた方が良い。ということです。これらの価値観は不変の真理ではなく、ツールに過ぎないのです。<br><br>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br><br><br><br>では、何を自分の中心にして考えればよいのか？他人は利用するだけ、信じられるのは己のみ。<br><br><br>このような考え方になってしまうのも、理解できますが、これはこれで辛いです。この考え方で上手く生きていける人達は問題ありませんが、私はこのように割り切れません。<br><br>先ほど説明したとおり、そもそも人は社会的な生き物である以上「自分」と「人間社会」との繋がりを完全に遮断することもストレスになります。</p><p>&nbsp;</p><p>結局「人間社会」とは折り合いをつけないことには生存出来ません。<br><br>よって、ここからは「人間社会」と折り合いをつけながらも、「自分」を裏切らない「不変的な正しい価値観」＝「絶対の正解」<br>を探していきます。<br><br><br><b style="font-weight:bold;">▼自分の中心に置くべきは<u style="text-decoration:underline;">「自分」という存在の真理</u>である</b><br><br>まず重要なのは「自分」と「人間社会」の間の境界線上にある価値観（愛情etc…）よりも、境界線の前に「自分」がいるという事実認識です。<br><br>「自分」を「人間社会」から完全に切り離したと仮定し、まず最初に自分が何をするか？を考えます。</p><p>&nbsp;</p><p>他人が存在しなくても「自分」がやることは、食事、睡眠、排せつ、等になるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>つまり生存するために必要な行動を起こすと思われます。</p><p>&nbsp;</p><p>他人が存在しない以上、文化的な行動は起こす必要性もなくなるので、ただ生存のために必要な行動をとることになると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>更に突き詰めて考えると、「人間社会」が無くなった時「自分」は「死なないように生きる」行動を起こすという事です。<br><br>つまり「自分」の「絶対の真理」は何かというと<b style="font-weight:bold;">「生きる」</b>。ということになります。<br><br>これが絶対の真理です。<br><br><br>まず最初に人は、気づいたら「生きて」います。そして必ず「死」にます。コレが人生の絶対であることは疑いようがありません。<br><br>よって「自分」の中心に置くべきは「自分は生きている、そしていつか死ぬ」という真理を理解することです。<br><br>これを「自分」の中心に置くと、<b style="font-weight:bold;">「人間社会との境界線に必要な価値観」よりも先に「自分は生きるために行動するor死ぬ」</b>という選択肢が現れます。<br><br>ここで「死ぬ」を選択できる人は、ここまで読むことも無いと思いますし、それを選択すると最早何も考える必要がないので、「死ぬ」という選択肢は検討しません。<br><br>「自分」の中心に置くべき価値観は「生きるために行動する」＝「不変的な正しい価値観」＝「絶対の正解」という結論になりました。<br><br><br><b style="font-weight:bold;">▼「人間社会」を生きるためのスキル　について</b></p><p>&nbsp;</p><p>「自分」の中心に置かれることが多い物に、価値観でなく「スキル」などもあると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>＜「自分」はこんなこと(スキル)が出来るから価値がある＞という考え方です。</p><p><br>人は「人間社会」から完全に離脱することは難しいという事実があります。（不可能ではありませんが）</p><p>&nbsp;</p><p>多くの場合は、生きていくには「自分」のみでは、生きていけないことから、必ず「人間社会」に通ずる有益な「何か」を持つ必要に迫られます。</p><p>&nbsp;</p><p>それが、社会に通じる有益な何か（スキル（お金稼ぎ、特技））となります。</p><p><br>これらをしっかり持っている人は、「人間社会」で称賛され生きやすくなります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>人が「人間社会」で生きていくには、どうしてもこれらを駆使して、存在価値を示していく必要性に迫られます。</p><p>&nbsp;</p><p>これも「価値観」と同様に、<b style="font-weight:bold;">「自分」の価値を測る指標になってしまう</b>。ことが多いです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>例えば</p><p>&nbsp;</p><p>「仕事が早いから素晴らしい＝遅いから価値が無い」</p><p>&nbsp;</p><p>「特別な知識があるから素晴らしい＝知識が無いと馬鹿」</p><p>&nbsp;</p><p>「身体能力に優れていてかっこいい＝運動音痴はダサい」</p><p>&nbsp;</p><p>「お金を稼げる人は偉い＝貧乏は悪」</p><p>&nbsp;</p><p>このように、多くの人が悩む原因の一つでは無いかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>つまり「何かしらのスキルがある＝自分には価値がある」と、スキルが自分の中心に来てしまうのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>しかし歴史を振り返っても、正しいと言われる（価値観）は絶えず変動するように、</p><p>&nbsp;</p><p>（スキル）においても、時代の変化や環境の変化により、求められるものが変わっていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>だから絶対的な（正しい価値観）（絶えず有益なスキル）は存在せず、状況により正解は変わるということです。<br><br>最近だと、AIの台頭によりホワイトワーカーが不要になると言われています。<br><br><br>「「自分」には(価値観,スキル)があるから「人間社会」で生きていて良いのだ＝「自分」の価値（アイデンティ）」としてしまうと、それが状況によって揺らぐことになります。</p><p>&nbsp;</p><p>やはり「価値観」と同様に、「スキル」を自分の中心に置くのも、生き辛いと感じる根源になってしまいます。</p><p><br><br><br><span style="font-size:1.4em;">▼「自分」と「人間社会」の関係性</span><br><br>まとめると<br><br>①我々はまず最初に「生きるために行動する」という選択肢を選んで、<br><br>②そこに、「人間社会」が関わってくるので、円滑に生きるために、境界線上に存在する価値観（誠実、愛情、友情、勤勉、努力）を交通手形として使っていく。</p><p>&nbsp;</p><p>③「人間社会」で価値を認められるために（スキル）を活用していく</p><p>&nbsp;</p><p>というのが「自分」と「人間社会」の関係性と言えるでしょう。<br><br><br>つまり「①自分が生きる→②人間社会で円滑に生きるための価値観を用いる→③価値観に基づき有益なスキルを行使し貢献する」という流れになります。<br><br>このように考えると、<b style="font-weight:bold;">「自分」の中心に「生きるために行動する」</b>という選択を設定することが、「不変的な正しい価値観」＝「絶対の正解」である。</p><p>&nbsp;</p><p>と結論付けることができます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・</p><p>&nbsp;</p><p>「自分」の中心に「生きるために行動する」という選択を設定することに成功しました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、そもそも「生きる」ことに意味があるのか？　という問題が生じます。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の価値を他人に左右されなくなる理論は構築できましたが、自分の生存に価値があるのか？</p><p>&nbsp;</p><p>という問題について考える必要があります。</p><p>&nbsp;</p><p>次回の記事でそれらを説明したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで読んでくださりありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/k2232mb/entry-12870771960.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Oct 2024 21:20:02 +0900</pubDate>
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<title>チャットGPTと【人の価値　自分が生きる意味】　を考えてみた②　INTJ-Tの独り言</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>●前回の概要（記事はコチラ）</p><p>&nbsp;</p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" contenteditable="false" style="display:inline-block;max-width:100%"><a class="ogpCard_link" data-ogp-card-log="" href="https://ameblo.jp/k2232mb/entry-12870714836.html" rel="noopener noreferrer" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" target="_blank"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">『チャットGPTと【人の価値　自分が生きる意味】　を考えてみた①』</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">人生とは何かを考え続けていました。自分の判断基準の根幹となる不変的な正しい価値観を探していました。&nbsp;何故なら自分に存在価値が無いと思っていたからです。価値の無…</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img alt="リンク" class="ogpCard_icon" height="20" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%" width="20"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">ameblo.jp</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img alt="" class="ogpCard_image" data-ogp-card-image="" height="120" loading="lazy" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241010/09/k2232mb/85/b8/j/o1024102415496118136.jpg" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)" width="120"></span></a></article></div><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>前回は「世界」を3等分して考えるよう提案しました。</p><p>&nbsp;</p><p>「自然」「人間社会」「自分」の3等分に「世界」への認識を改めます。</p><p>&nbsp;</p><p>何故なら「自分」「人間社会」のみで世界が出来ていると捉えてしまうと、その関係が世界の全てとなってしまうからです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして「自分」「人間社会」でトラブルが生じ、修復が上手くいかないと、自分に存在価値が無いと考えてしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜなら「自分」と「人間社会」の間のトラブルは、人間関係によるものであり、（誠実、愛情、友情、勤勉、努力）などの価値観が重要視されるからです。</p><p>&nbsp;</p><p>昔の私もそうですが、多くの人はそれらの価値観を「自分」のアイデンティに置いている事が多いです。</p><p>&nbsp;</p><p>そうするとトラブルは何かしら価値観を傷つけ、アイデンティが棄損されることに繋がります。そうすると「自分」の存在価値まで引きずられて下がってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、まず最初は「自分」「人間社会」とは別に「自然社会」が存在すると認識してください。</p><p>&nbsp;</p><p>今回の記事で説明するのは「自分」「人間社会」の間で生じるトラブルは、実はそれほど重要ではない。という内容です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">●「自分」「人間社会」で起きるトラブルは全て「ありもしない正義」が理由となっている</span><br><br>「自分」と「人間社会」のトラブルとは人間関係によるものです。そこでは（どっちが正しい）ということを主張しあう戦いが生じています。<br><br>正しいことを理由に他者を批判することが許されるのが「人間社会」です。<br><br>他者が死に至っても、正しければ何を言っても良い、というルールが「人間社会」には存在します。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん極論ではありますが、芸能人のスキャンダルを見ていると、死んで当然。という意見をSNSで述べる人も存在します。実際に亡くなってしまう芸能人もいました。</p><p>&nbsp;</p><p>身近なところで言えばイジメなどは同じ構造です。社会生活が懸かっているのに、学校、職場などでは組織を追い出すほどのイジメが絶えません。<br><br>その際に持ち出される、正しさを担保するための価値観を「誠実、愛情、友情、勤勉、努力」などと言います。<br><br>しかしこれらの価値観は（発言している人）の立場や状況によって自在に変化します。<br><br>&nbsp;</p><p>▶例えば、女性に人権は不要である。<br><br>このような発言を現代ですれば、袋叩きに合いますが、日本でも戦前は女性に政治への参加権が無く、結婚し家に入れなければ一家の恥。と言われる時代がありました。少なくとも今の人権とは大きく異なる考え方です。<br><br>第二次世界大戦でアメリカに負けたために、価値観を変えたわけです。自由恋愛が推奨され、今では男女ともにヤッタ数を自慢しあう世の中になりました。<br><br>このように、自分たちの恋愛の指向性すら変化していくのです。しかも他人（アメリカ）の決めたルールに従う主体性の無さ。<br><br>▶例えば、日本人は勤勉である。<br><br>江戸時代の人間は（宵越しの金は持たない）という価値観があるように、お金への執着が少なかったと言われています。<br><br>火事が多く庶民派蓄財しても燃えてしまうという事実や、関西（京都）への対抗意識があったとも言われていますが、決して勤勉で長時間労働を好む人たちではありませんでした。<br><br>明治維新により西洋化を進めるためには、農業や工業などの様々な分野で生産性を上げる必要があり、そのためには国民が真面目に働く必要がありました。そのために使われたのが二宮金次郎です。<br><br>道を歩きながら本を読む。勤勉であることは素晴らしい。国民に勤勉を素晴らしいと思わせるために、利用されたのが二宮金次郎でした。<br><br>つまり、国力を上げたい政治家の都合で勤勉が大切であると思い込まされているわけです。<br><br><br>▶愛情、友情、誠実　これらが裏切られるところを見たことが無い人は、この記事をここまで読んですらいないでしょう。説明は不要ですね。<br><br><br>&nbsp;</p><p>このように正しいと言われる「誠実、愛情、友情、勤勉、努力」等の価値観でさえ、時代や時の情勢により重要度が変化していくわけです。果たしてこのような考え方を自分の中心に置くことが正しいことなのでしょうか？<br><br>「自分」と「人間社会」の関係を円滑にするためには、これらの価値観が重要であることは事実です。しかしそれは絶対では無いということも事実です。<br><br>つまりこれらの価値観は実は「自分」が「人間社会」で生きていくための＜ツール＞であり、アイデンティティにはなりえない。ということです。あくまで方法論であり、これを軸に考えると裏切られたりして自分が大損してしまいます。<br><br><br><br>つまり「自分」と「人間社会」の間で生じるトラブル（人間関係）は全て、ありもしない正義を基準に行われている。ということです。<br><br><br><br>ここまでよんでくれてありがとうございます。次の記事では「自分」のアイデンティを何に設定すれば良いのか？　について説明します。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/k2232mb/entry-12870770738.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Oct 2024 21:10:49 +0900</pubDate>
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<title>チャットGPTと【人の価値　自分が生きる意味】　を考えてみた①　INTJ-Tの独り言</title>
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<![CDATA[ <p><br>人生とは何かを考え続けていました。自分の判断基準の根幹となる不変的な正しい価値観を探し<wbr>ていました。</p><p>&nbsp;</p><p>何故なら<u style="text-decoration:underline;">自分に存在価値が無い</u>と思っていたからです。価値の無い自分には生きる意味が無いと思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>人付き合いはうまくいかない。職場は影口や悪口ばかり。責任逃ればかりする同僚や上司。</p><p>&nbsp;</p><p>恋愛を美談にしても、そこにあるのはグロテスクな欲望の塊。数少ない友人も悪人の口車に乗せられ、私を裏切りました。</p><p>&nbsp;</p><p>それらの経験が「自分に存在価値が無い」と思わせました。元をたどると4～5歳のころから親に（お前なんて生まれなければよかった）という言葉をかけられ続けた虐待の経験が、社会に出てからの不協和音の原因と言えます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これらの経験が、不安を生み自分の存在価値が無いと思う原因でした。</p><p>&nbsp;</p><p>同時にその不安を解消するために「不変的な正しい価値観」を求めるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>「不変的な正しい価値観」を獲得すること≒「絶対の正解」を獲得したかったのでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の価値基準に（誠実、愛情、友情、勤勉、努力）等を持ったところで、意味がない。と思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜなら、世の中で大切と言われる（誠実、愛情、友情、勤勉、努力）等々の言葉は欺瞞・嘘だと思うような経験ばかりしてきたからです。</p><p>&nbsp;</p><p>＜正直者が馬鹿を見る＞という言葉のとおり、これらの価値観が裏切られることが多々あるからです。</p><p>ルール・モラルを犯し人を傷つけるロクデナシは世の中にたくさんおり、このような価値観が「絶対の正解」なわけが無いからです。</p><p>&nbsp;</p><p>だから私は矛盾の無い「絶対的な正解」＝「不変的な正しい価値観」を獲得したいと思うようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>それを基準に人生の判断をすることができれば（自分の行動に正当性を持たせることが出来るようになる）と考えたからです。</p><p>&nbsp;</p><p>正当性があれば「自分の存在価値」が無くなることは無いだろうと考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>異常な心理状態と思われるかもしれませんが、私はそれくらい生きることが不安でしょうがいのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして自然科学、哲学、歴史、脳科学、心理学、宗教、を勉強して以下のような形であれば納得できると知りました。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">結論から話すと「自分の価値は自然の価値と等価である」という結論でした。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>意味わからないと思いますが、詳細を説明します。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、自分の考える「世界」を「自分、自然社会、人間社会」の三つに分かれている。という風に考えます。</p><p>以下のようなイメージで「自然社会」「自分」「人間社会」と境界線を作るイメージです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241010/09/k2232mb/85/b8/j/o1024102415496118136.jpg"><img alt="" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241010/09/k2232mb/85/b8/j/o1024102415496118136.jpg" width="420"></a></p><p>＊イメージ図（AI作）</p><p>本当は円を3等分するイラストを作りたかったのですが、思った通りにはできませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ここで言う「自分」は自分自身のことです。</p><p>&nbsp;</p><p>「人間社会」とは「他人」を意味します。家族、友人、同僚、知り合い。等々の自分以外の人間を全て「人間社会」と定義します。</p><p>&nbsp;</p><p>逆に「自然社会」は人間を排除しても存在する残りの世界です。動物、植物、海山川、宇宙。等々の存在を全て「自然社会」と定義します。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>まず大切なのは、世界が「自分」「人間社会」のみで出来ていないという事実を把握することです。</p><p>&nbsp;</p><p>世界が「自分」「人間社会」のみで出来ていると捉えてしまうと、その関係が世界の全てとなってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>そして「自分」「人間社会」でトラブルが生じ、修復が上手くいかないと、自分に存在価値が無いと考えてしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜなら「自分」と「人間社会」の間のトラブルは、人間関係によるものが殆どであり、（誠実、愛情、友情、勤勉、努力）などの価値観が重要視されるからです。</p><p>&nbsp;</p><p>昔の私もそうですが、多くの人はそれらの価値観を「自分」のアイデンティに置いている事が多いです。</p><p>&nbsp;</p><p>そうするとトラブルは何かしら価値観を傷つけ、アイデンティが棄損されることに繋がります。そうすると「自分」の存在価値まで引きずられて下がってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、まず最初は「自分」「人間社会」とは別に「自然社会」が存在すると認識してください。</p><p>&nbsp;</p><p>次の記事で説明するのは「自分」「人間社会」の間で生じるトラブルは、実はそれほど重要ではない。という事を理解するための説明です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで読んでくださりありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>良ければコメントください。</p>
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<pubDate>Thu, 10 Oct 2024 16:44:39 +0900</pubDate>
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