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<title>k3000のブログ</title>
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<title>矛盾を受けとめる</title>
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<![CDATA[ 笑うことっていうのはすごいことだと思う。<br><br>笑うということはものごとに矛盾があって<br>それを受けとめるということ。<br><br>矛盾を受けとめるのってすごくないか？<br>普通は存在するとことがおかしく思うはずだろう？<br><br>それなのに人間は矛盾を受け入れる。<br>そこには愛があるのかなあ。<br><br><br>動物は笑うことはできないが人間は笑うことができる。<br>つまり人間は唯一矛盾を認められる存在であるということ。<br><br>笑え、<br>意地でも笑って生きろ
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<link>https://ameblo.jp/k3000/entry-10529082390.html</link>
<pubDate>Sat, 08 May 2010 12:55:46 +0900</pubDate>
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<title>なぜ情報を信じるのか？</title>
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<![CDATA[ googleとかの検索サイト、はてなブックマークやその他の情報サイトからは、<br>自分の興味にあったページへ自由にアクセスできる。<br>ものごとへの賛同・批判・意見や対処方法など膨大な情報が詰まっている。<br><br>なにか困ったことがあっても、適当に検索したら、<br>必要な情報を受け取って解決できる環境にある。<br><br>googleマップで近くのコンビニを検索して町へ出たら、<br>実際にそのコンビニへたどり着けるだろう。<br>確かに大体の書いていることは正しい<br><br>受け取った情報を実際に検証してみて本当に正しいと判断できた場合には、<br>この情報は信頼できるものと思うだろう。<br><br>けれどその信頼は時に崩れることもある。<br>googleは多くの人が信頼してるからかもしれないけれど、<br>けれど時たま、更新されていなくて情報が古いこともあったりする。<br><br>今まで正しくて、信頼できてたからってこれからずっと、<br>絶対に正しいと言い切ることはできないはず。<br><br>その道の専門家でも間違ったことをいうのだから。<br>素人の情報などあまり当てにならないはず。<br>特にネットでは誰が書いているのかがわからないのに、<br>ましてや人を騙そうとしている人たちもいるかもしれないのに。<br><br><strong>けれども受け取った情報が正しいと信じてしまう。<br>これはなぜなんだろう？</strong><br><br>多分、受け取った情報を信じるほかないからだろう。<br><br>人間の知識には限界があるから全ての分野においての専門家になることはできない。<br>だから自分の専門外の知識については教えを請わなければならない。<br>それは仕方のないことだ。<br><strong>そこで大事なことは、受け取った情報が正しいかどうかだ。</strong><br><br>けれどこの点は矛盾していて、<br>情報が正しいかどうかを専門家でない人がどうやって判断するのか、という疑問が浮き出る。<br>専門家が苦労してやっと判断できるくらいなのに、素人が正しいかどうか判断できるワケがない。<br>だから信じるしかないのかもしれない。<br><br>けれど自分で判断せず信用しきっているのもどうかと思う。<br>これは情報を右耳から左耳へと流していることと等しいのではないか？<br>多分情報を受動的に扱ってはダメだ。流されてしまうぞ。悪くいえば洗脳されるぞ。<br><br><br><br>受け取った情報を自由に判断・解釈する権利が平等にあるはず。<br>信じるな、とは言わない。けれど持っている権利は力だ、惜しまなく使おうと思う。<br><br>この記事も正しいかなんてわからないけれど。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/k3000/entry-10517283666.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Apr 2010 08:55:03 +0900</pubDate>
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<title>勝ち負け</title>
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<![CDATA[ 世界にひとつだけの花が嫌いだ。特にサビの「No.1にならなくてもいい」というところ。<br><br><br>確かにNo.1になるのは難しい。<br>甲子園で最終的に優勝するのは1校しかない。そう思うとNo.1になるのって努力だけでは難しい、運も必要。<br>だから人生は基本的に諦めさせられることがほとんどなんかな。確かに子供のときの夢を実現できている人は少なそうだしな。<br><br><br><br>でも勘違いしてはいけないのが生きてること自体が競争だということ。<br>日々どれだけの人が苦しんで死んでいることか。<br>そして今生きている人はその人らを踏みつけて生きているんだ、悪気はないんだろうけど。それを踏まえて日々精進しなくてはならないな。<br><br><br>そもそもある程度セールスが保障されてる(はず)人がそんなこと言ったって説得力ないよな。<br>ハングリースパイダーは好きだけど。<br>
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<link>https://ameblo.jp/k3000/entry-10433170936.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jan 2010 09:17:22 +0900</pubDate>
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<title>自分で感動をつくる！！</title>
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<![CDATA[ 黒澤明監督「生きる」を見た。<br><br>---あらすじ---<br>30年間無欠勤だったワタナベは胃がんにかかり余命が残り少ないことを知る。<br>今までをなんとなく過ごしてきたワタナベはひどく落ち込みパチンコや酒を飲んでダラダラと遊んで過ごす。<br>しかし遊んでも遊んでも楽しくない、悲しくなるばかりだった。<br>そこに同じ役所の後輩が退社願いをワタナベに届け出る。<br>後輩が転職していきいきと人生を過ごしている姿にワタナベはどうすればそんなに楽しそうに生きていけるのか？訊いたところ、後輩の「ただ一生懸命働いてるだけよ」といわれる。その言葉を聞いたワタナベは本来自分の管轄外の仕事である公園の建設に取り掛かった。苦労の後に公園は完成するが、後日ワタナベの凍死したワタナベの遺体が公園で見つかった。<br><br>ワタナベの葬式で、公園をつくったのは誰の功績か議論をされる。めいめい勝手に自分たちの功績だという輩もいた。<br>逆にワタナベのおかげだと反論する者もいた。そうこう議論しているうちにワタナベが胃がんを自覚しているのではないかとわかり、酒も入ったせいか必死に余生を生きたワタナベを賞賛する形でになる。しかし、葬式では「感動した！これからは死ぬ思いでがんばろう！！」といっていた者が後日困ってやってきた市民をたらい回しにしていた。それに憤りを感じるものもいたがのも事実だが結局、市民はたらい回しにされた。<br>ワタナベのつくった公園では大勢の子供たちが元気にジャングルジムやブランコで遊んでいた。<br>---<br><br>他人が作ったもので感動できるというのは、それはすばらしいことである思う。<br>それは共感するという大事な感性だと思う。けれど自分で感動を作らないといけない。<br>なぜなら、他人のつくった感動体験ではすぐに忘れてしまうから。<br>人は忘れっぽいもので、どれだけ感動してもそれ忘れてしまう。<br>あれだけ好きだった人のことの、愛している人に対しての気持ちが変わることがあるんだから。<br><br>だから感動を継続するために、だから忘れないように胸に刻むためにも、自分で何か感動をつくるんだ！！<br><br>自分は実力ななくて、すごいものはつくれないかもしれない、<br>けれど小さな感動でもいいと思う。<br>プロセスが大事だとはあまりいいたくないけど、<br>やはり自分で作ることが、感動を与えてくれた人への恩返しになるんだと思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/k3000/entry-10432503120.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Jan 2010 11:58:03 +0900</pubDate>
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<title>嫉妬</title>
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<![CDATA[ よく嫉妬するのはいけないことだといわれてるけど僕はそれが未だに理解できない。<br><br><br>多分他人と比較するということから嫉妬心は生まれるんだろうけど、僕には比較しないことができない。<br><br><br>自分には実力や才能があるとは思えないし、必死で努力するほどの根性もない。けど理由のないプライドを持っていて、自分はまだまだいけるはずと思い込んでる。自分のことが大好きなんだろうな。自己中人間。<br><br>でも今はそれでいい気がする。今、僕が無理に嫉妬しない術を身につけてしまうとそれを言い訳にしちゃって努力を怠りそうだ。だから今のままでいいと思う。<br>その内に嫌にも諦めさせられるだろうから。<br>
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<link>https://ameblo.jp/k3000/entry-10431618995.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Jan 2010 08:46:40 +0900</pubDate>
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<title>自己再生産</title>
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<![CDATA[ ふと立ち止まって過去の自分を振り返ってみて、<br>昔と今の自分が変化しておらず、成長していないと感じる。<br>自分のなかでは新しいことにチャレンジしているつもりなのに。<br>過去の自分となんら変わっていない。<br><br>答えが出ないことに対して悩み続け、<br>同じことを何度も何度も考えては繰り返していく。<br>ちっとも前に進まない。<br><br>変わるのがこわいのか、めんどうなのか、<br><br>自己再生産を続けてる、<br>消費したもので、また同じものをつくる。<br>今までの自分を肯定し、堕落する。<br><br><br>変えることは難しいけれど、そんなんじゃダメだ！！<br>まだまだ若いんだから新しいことに挑戦しなくちゃ！！<br><br><br>とりあえず、今やりたいことをすべてやりきるくらいに必死に生きなければ。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/k3000/entry-10431432176.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Jan 2010 23:25:47 +0900</pubDate>
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