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<title>えこのブログ</title>
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<title>2022/08/19</title>
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<![CDATA[ <p>けっこう苦しい。</p><p><br></p><p>私は、瞬間的に段取りを考えられる。わりと要領良く処理できるし、情報の吸収速度も速い。いくつかのアイテムをかけ合わせて工夫するのも人より得意だと思う。これは、腹を立てたり、寂しくなったり、虚しくなったり、諦めたりしながら、辿り着いた自己評価の一部だ。<br></p><p><br></p><p>簡単そうに、ラクそうに、軽々と捌いて見えるかもしれないが、綱渡りみたいなアクロバティックな動きの連続だ。素早くできるのは、綱渡りでショートカットをしているからだ。だから、少しのズレがめちゃくちゃ恐ろしいし、要領が悪い人を見ると不安でたまらなくなり、強いストレスを感じ、やがて怒りを覚える。</p><p><br></p><p>自分が比較的要領が良い結果、自ずと自分より要領が悪い人にはそこそこの割合で遭遇するから、よく腹を立てている。とくに同業者には相当厳しい。やって当然のことを何故やらない？知って当然のことを何故知ろうとしない？工夫することもせず何故できないと言う？と思う。ソフトの特性を踏まえていないセンスがないデータ構成や、全体像を捉えてないようなスケジュールを立てる人には、残酷な気持ちになる。結構厳しく評価するし、はっきりと表に出す。</p><p><br></p><p>こんな私であることに、私は後ろめたく感じている。「性格に難があるから結婚できないんだな」「性格がきついから独り身なんだな」と私の頭の中の世間が囁いている。こんな私だから私は出来ることが増えた訳だし、こんな私が男性ならば、難がある性格と評価される想像は今よりはしなくて良かったかもしれない。</p><p><br></p><p>できれば、尊敬できる人と一緒に仕事をしたい。</p><p><br></p><p>難しいからイヤだと言って、色んなツールを掛け合せて格段にスピードが上がるやり方を試す前にギブアップした上司や同僚を冷めた目で見ていた前職。今度は比較的賢い人たちが集まる会社に行ったけれど、やっぱり似たようなことを言われるものだから、ようやく私が異質だと知った。</p><p><br></p><p>私の尊敬できる人には数パターンあるけれど、頭の良さを活かして地に足をつけたままで、必要性と好奇心で新しいことに取り組む人は輝いて見える。そういう人は知ったかぶりをしないから、知りたいことは知らないと言うし、その項目はたまたま情報が入ってないだけで、目の奥にぎっしりと書庫があるように感じる。</p><p><br></p><p>なんで人は知ったかぶりをするんだろう。その話題を話したそうな相手に寂しい思いをさせないために、知ったかぶりをするのは悪いことではないと思うけれど、自分を虚飾するための知ったかぶりは嫌いだ。情報をそれぞれ独立するトピックスとして扱う人もつまらない。情報は複数掛け合わせることで立ち上がるさらなる情報の複雑さ、大きさ、密度が大事だと思っている。そもそも自分のための知ったかぶりは、会話に含まれる情報は薄いし、説明したいと思う相手の気持ちも、知る機会もおじゃんにしているように思う。</p><p><br></p><p>私は、要領の悪い人には腹が立つし、知ったかぶりをする人には心が冷えるような感覚を持つ。ついでに会話が成立しない人が嫌いだ。そして強い不安の果てに自己嫌悪に陥る。</p><p><br></p><p>上司には「ちゃんとしてくれ」と言ったけれど影響がない。私は自己嫌悪で十円ハゲができそうになったのに、まだまだ足りないようで驚いた。私のほうが、段取りと工程は意識したままで動けるから、状況によっては指示系統を逆転させてほしい。せめて視野狭窄気味で手足になる癖がついているんだから、そこから脱却してほしい。</p>
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<pubDate>Fri, 19 Aug 2022 22:03:26 +0900</pubDate>
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<title>2022/08/07</title>
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<![CDATA[ <p>数年前の高校時代の部活の集まりで、男の先輩から「相変わらず、やりたいことだけやってるんでしょ？」と面白そうな顔で訊ねられ、他の男の先輩には苦い顔をされた。</p><p><br></p><p>じつは、むしろ高校時代はやりたくないことを、さもやりたいことかのように振る舞っていた。自分の強い意志のもとで自由に動いて見えることが、他の色々と比較して優先度が高かったからだ。弱い性格からくる弱い立場で物欲しそうにおもねる姿は、攻撃の対象になると考え、特に男性が自分をターゲットにすることを恐れていた。成人後の集まりで苦い顔をされる結果になったものの、当時の目的は達成した訳だが、今振り返るとやはり間違っていたと思わざるを得ない。</p><p><br></p><p>私にとって中学時代は苦行でしかなく、見た目が綺麗で派手な女子や頭の良い男子に虐められていた。自分の性格の悪さと攻撃性と、その割に気が弱く、変わり者であったことが原因だろう。</p><p>高校時代は平和だが楽しくはなく、男子は3年間継続して信用せず、女子にも警戒を怠らない姿勢だったが、女子についてはやがて気を許した。</p><p>大学時代は、高校時代に男性から攻撃されることがなかったこともあり、男性を憎む気持ちは消えたが、今度はコンプレックスに苛まれた。高校時代から外見に恵まれた友人が多かったが、大学に入ると更に美しい人や、センスの良い人が周りに増えた。私は当時太っていて野暮ったく、そんな私と美人とでは男性の扱いは雲泥の差だった。今は痩せて小綺麗になったと思うけれど、それでも未だに男女混合で集まる場があれば逃げ出したくなる。</p><p><br></p><p>中学時代から社会人となって家を出るまで、家庭では会社と政治の全力の悪口が大音量でひっきりなしに聞こえ、もしくは聞かされ、会話は今ひとつ噛み合わず成立しないという環境だった。会話の内容を片っ端から忘れる割に、尋問のように矢継ぎ早に質問されるのも、自分への興味の薄さや、個別の人格へのリスペクトを感じられず苦しかった。カウンセラーのように聞き役に回ることが多く、我慢することもままあったが、歯向かうこともあったため性格の悪い子と思われていた。「おそらくある程度は事実なんだろうが、そんなことを言われる筋合いはない」という感想は持てず、「性格が悪い自分を自分はどう受け入れるか」を考えていた。</p><p><br></p><p>家族ともうちょっとまともなコミュニケーションがとりたかった。たとえば悪口は怒声かつ大音量ではなく、多少冗談めかして柔らかい口調で言うなんてことも出来たはずだ。私は家庭を持つのが怖い。自分の体感のみで相手の体感の度合いを判断して、相手の訴えや苦しみを些事だと切り捨ててしまうかもしれない。悪口をずっと言う相手に家庭を感じてしまうかもしれない。相手がずっと悪口を言っている状況に、疑問を持ちながらも相手の感情の大きさに負けて、むりやり順応してしまうかもしれない。私自身も相手の会話を片っ端から忘れて、噛み合わない会話をして虚しい気持ちにさせてしまうかも…。</p><p><br></p><p>普通の素直な感性は大事にした方が良いと、今の私は思っている。そして、なるべく感じたことを言葉に変換する癖をつけることだ。周囲の人や、自分を救うことに繋がると思う。恐怖や怒りや自分への情けなさを笑いながらでしか表現できなかったり、悲しみを感じる回線を切ったり、五感の感度を鈍らせたりしてはいけない。素直であることや、純粋であること、物事の美しさを見出すこと、人の思いやりに気付き、それらに有難みを感じることは、斜に構えて警戒して馬鹿にして見下すことより、遥かに難しく大切だと考えている。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12757571289.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Aug 2022 19:13:27 +0900</pubDate>
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<title>2022/08/06</title>
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<![CDATA[ <p>特定の誰かに興味を持つことはもちろんあるけれど、人の感性パターンの幅広さを知りたい気持ちがかなりの割合を占めている。だから、個別の人をそれぞれ深く知りたいと思う。仲の良い先輩に「物事への許容度は高いけれど、その動機としては優しさというより、どちらかというと興味や好奇心にあると思う」と言われたことがある。本当にその通りだ。</p><p>そもそもなぜ興味を持っているかというと、自分や他者の目から自由になりたいからだ。私自身も、私以外の人も同様に、自分が自分であるが故に見えない世界があり、自分が自分であるが故に歪めてしまった世界があるらしいが、どのくらい歪められているのだろう。そして、人の感性の違いによって生じる溝をおおらかな心で受け止めたい。</p><p><br></p><p>そもそも私は物事全般に興味を持ちやすい質であり、人に対して特別に強烈に興味を持っている訳ではない。</p><p>どうやら私の好奇心は人よりかなり旺盛らしいと、数十年生きてきて理解するようになってきた。知ることによってジャンルを超えて色んな物が自分の頭の中で掛け合わされて繋がっていく様を見るのは快楽以外の何物でもなく、その風景を通して見る外界の世界の面白さを味わうと止められなくなる。</p><p>その風景づくりの一部としての人への興味である。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12757347746.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Aug 2022 14:46:10 +0900</pubDate>
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<title>2022/07/29</title>
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<![CDATA[ <p>結婚したいと思った。</p><p>結婚ってそんなに素敵なの？と思うけれど、結婚していない状況は苦しい。欠陥品みたいに感じてしまう。ちがう、そう判断するのは早計だ。だって、よく考えてみてほしい。結婚に関連するカテゴリと自分がマッチしないからといって、全方向ダメみたいな考えは極端ではないか。</p><p>それにしても、まわりが着々と伴侶を見つけて行く様を見るたびに去来する、この、得も言われぬ嫌な感覚は一体なんだろう。この嫌な感覚から逃れられるだけでも結婚には価値があると感じてしまう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12755958984.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Jul 2022 21:49:16 +0900</pubDate>
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<title>2022/04/12</title>
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<![CDATA[ <p>病院には行きたくないので、断薬を積極的に行っている。が、最近ちょっとミスが増えた気がするし太ってもきたもので、「よもやここまでか…？いやいやそんなことはない」と冷や汗をかいている。難しい。ほんとうに難しい！</p><p><br></p><p>経験上、太るとミスが増える傾向があるようだから、一概に自分の脳にはコンサータが必要不可欠かどうかは断言できない。ただし体型維持にはコンサータが必要不可欠…かもしれない。</p><p><br></p><p>私は今の自分の体型がわりと気に入っている。顔が大きくて、首が短いことに目を瞑れば、縦長でメリハリもあって服がそれなりに映える。あくまでもそれなりに、だけど…！</p><p><br></p><p>ファッションで外見をコントロールすることは、「客観性もあるし、バランス感覚もありますよ。社会性や社交性もそれなりに持ち合わせています」と無言で表明するものであり、世を渡るための通行手形であり、それなりに重要視をしている。センスで仕事をしている節もあるため、外見でバランス感覚を示して、周りの人に安心していただく必要があるとも考えている。「この人がそう言うなら、ひとまず一般的にはそういうものなんだろうな」「任せておけば野暮ったくはならないだろう」くらいの安心感は醸し出しておきたい。</p><p><br></p><p>太ると服の当たり外れの落差が激しくなるので、服選びがハードモードになる。体型に個性が出てくるから、モデルさんの着こなしが軒並み参考にならなくなってくる。</p><p><br></p><p>とりあえず、コンサータには（なるべく笑）頼らず、筋トレなどで痩せたい。それでもミスが改善されないなら、私にはやっぱりコンサータがいるのかもしれない。（でも病院には行きたくない…！）</p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12737113654.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Apr 2022 22:29:32 +0900</pubDate>
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<title>2022/04/09</title>
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<![CDATA[ <p>今回も心療内科に行ってきた。</p><p>この病院では、どうも自分の情報の開示サービスをするサービスマンになっている気分になる。以前は半ば協力する気持ちで一応の自己開示をしていたが、この度は初めて止めてみた。毎回変わる相談員さんであるが、今回は御髪の乱れた気弱そうな女の方だった。</p><p>事前に決めていたこともあるし、なんとなく相手方のほうがむしろお疲れに見えて、いつにも増して空々しいカウンセリングになりそうだったから、そのようにしてみた。</p><p>「変わりないです」「平和です」「問題ないです」「大丈夫です」と伝えたら、1分ちょっとでカウンセリングが終了した。先生にも同じように対応した。サービスマンを一旦休止した私の目はおそらく笑ってなかった。口は笑顔の形を作っていたけど、残念ながらマスクをしているから努力むなしく（本当に努力したなら目も笑えるはずだが…笑）傍目から見たら単なる真顔である。</p><p><br></p><p>彼らには、おそらく攻撃的で性格に難がある認知の歪んだ人に見えているだろう。私は基本的にサービスマンなので、貼られたラベルに沿った行動を取ってしまいやすいことを経験上知っている。役に嵌れば抜け出すのに時間がかかる。</p><p><br></p><p>この病院は治療方針も苦手であれば、この病院に通う自分も苦手であると改めて感じた。</p><p><br></p><p>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー</p><p>断薬について</p><p><br></p><p>今のところ断薬により副作用の食欲不振がなくなったことで体重増加したが、それ以外は大きな問題はないように感じる。一度18mgを飲んでみたが、「気のせいかもしれないけど少し集中できるような…？」という程度だった。その程度の差でも必要な時がないとは限らないし、どうしても集中したい状況なら飲んでもいいかもしれない。ただ今の病院に行くならば、その程度の差なら珈琲を飲んで凌いで良いと思った。それでも完全に薬が手に入らない環境にしてしまうことに大きな不安があるから、もう少し様子を見ることにする。</p><p><br></p><p>それはそうと、今までコンサータはADHDの人でないと効果がない薬だと思いこんでいたが、別にADHDの人でなくとも一定の効果があるのだろう。できないことができるようになるのと、できることがよりできるのでは、後者は効果を実感しにくいだけで効果がない訳ではないのだと思う。コンサータを処方してもらうために個人カードと身分証明書が毎回必要な理由は、患者として処方されたコンサータを市場に流されないためだと聞いたことがある。ということは、誰が飲んでも一定の作用があるのではなかろうか。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12736460682.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Apr 2022 11:31:24 +0900</pubDate>
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<title>2022/03/31</title>
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<![CDATA[ <p>私の、自分への認識が、自分を縛る。自分への認識を形作るものとしては、自分が内面でどう考えているかより、外界に対してどういう言動をしているかというところが強い影響があるようだ。</p><p><br></p><p>本当に優しい気持ちが湧いてきたとして、その気持ちのままに素直に言葉を発しようとすると、過去の自分の言動を帳消しにする目的で良い人ぶっているように感じることがある。どうにも据わりが悪く、結果として黙ってしまうことがある。もしくは黙る代わりに、過去の自分の言動に合致するような言動を取ることもある。</p><p><br></p><p>自由でありたい。心が自由であるためには、自分を好ましく愉快なものだと認識していたい。だから、行動はある程度道徳的かつ利他的である必要があると思っている。まだまだできていないから、苦しい時が多々ある。</p><p><br></p><p>難しいのは自分のためだけに利他的であるという感覚でもないところで、人のために何かを行うことが単純に楽しいという感覚も同じくらいあるのだけど、その辺を書き出すと収集がつかないから控える。</p><p><br></p><p>ーーーーーーーー</p><p>ちなみに2週間ばかり完全に断薬している。まずは1ヶ月前から2週間かけて薬の量を半分に減らして、次のステップとして2週間薬なしで過ごしている。何となく3日に1回くらいは日頃は飲まないコーヒーを飲んで、カフェインを摂っているものの、特別にコンサータが必要な感覚はない。食は細くなくなったのが唯一最大の困りごとかもしれないが、それだけと言えばそれだけである。</p><p><br></p><p>あの病院に通いたくないと思ったから、断薬を決行したのではあるが、そういう心境になった原因の１つとしてホルモンバランスの影響もありそうだから一応予約日をずらすことにした。</p><p>予約日をずらす際に病院へどれだけ電話しても繋がらず、直接出向いたら実に平和に仕事をしていて（もとい暇そうに仕事をしていて）不信感がつのる結果となった。</p><p><br></p><p>ホルモンバランスでネガティブになっている時期に予約日を変更しているし、この文章を書いているのも多大にホルモンの影響を受けているもので、次回は普通にストレスなく通院できるかもしれない。そんなことになれば、今よりもっと、ホルモンバランスによる自分の言動の変化を激しめに見積もる必要があるかもしれない。</p>
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<pubDate>Thu, 31 Mar 2022 23:03:54 +0900</pubDate>
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<title>2022/03/11</title>
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<![CDATA[ <p>病院に行くたびにストレスが溜まることが発端で、そもそもADHDか疑っていることもあり、断薬を目論んでいる。完全に真っ白とは思わないが、僅かなADHD的傾向に外的要因が加わってADHD的な症状が表れたのではないかと考えている。</p><p><br></p><p>断薬については、唐突に薬を断つと薬ありきで回っていた身体がいきなりの薬不足に驚くと聞いて（実際に試すと確かにそんな感じもあったので）まずは半量に減らした。とりあえず半量は余裕らしく、今のところは何の障りもない。</p><p><br></p><p>本当にあの病院には行きたくない。サービスしている気分になる。カウンセリングできる情報提供サービス、悩みを聞いた気分にして差し上げるサービス…そんなサービスなんてしたくない。</p><p>効率至上主義というか、業務を細分化してローテーションにして流れ作業にした上で、とりあえず薬を出しておけば手軽だし大量に人も捌けるし儲かると思っているでしょ…。</p><p><br></p><p>分野によっては私も賛成することだろう。ただし、ここは心療内科である。たしかに心療内科はほかの病院と違って、変化や効果が傍目には分からないし、人によって必要な時間はまちまちだ。まともに向き合っていたら徒労感も凄まじいことは想像できる。</p><p><br></p><p>それは置いておいて、嫌なものは嫌だ。ここに行かなかったら、おそらく断薬までは考えなかったから、そういう意味では良かった気もする。</p><p><br></p><p>嫌なものは嫌だと思う理由にホルモンバランスもありそうだから、影響を受けにくい日に予約日をずらして様子を見つつ、多少は我慢して薬の量をきっちりなくして、あの病院とは縁を切ろう。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12731343869.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Mar 2022 17:23:39 +0900</pubDate>
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<title>2022/03/03</title>
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<![CDATA[ <p>いつぞやからか、次第にそうなったのか記憶にはないが、矛盾が矛盾なく同居できるのが人間なのだと受け入れることにした。私は一言で言い表せられない自分の性格が苦手だったが、それについては諦めた。そういうものだと思うことにした。</p><p><br></p><p>それは良いとしても、やっぱり自分の性格を変えたい。<br></p><p>自分の好きなものや言動や振る舞いが妥当かどうかを、周りの反応で確認しているところも、要領が悪い人に苛ついたり、おおらかに物事を受け止められないところも、苦しみを生み出している。</p><p><br></p><p>苦しい！苦しい！！</p><p>自業自得じゃないかしらとか、このくらい直せるでしょ？とか、そういう言葉がチラついて、余計に苦しい。</p><p><br></p><p>誰にも言えまい。いや、言うこともあるけど、分からないだろう。経験上、無理をせずにいい方向に落ち着かせることはできるはず。</p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12729871336.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Mar 2022 13:33:41 +0900</pubDate>
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<title>2022/02/26</title>
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<![CDATA[ <p>転院するならばどこが良いか探してみたが、立地やその他条件を鑑みてもちょうど良い病院は見つからなかった。</p><p>今の病院を選ぶに至った当時の自分の判断は妥当だったと思う。</p><p><br></p><p>ベルトコンベアを流れるモノみたいな気分になる病院に行く方が、むしろ精神衛生に悪いと感じる私としては、ADHDを引退して病院通いを止めようという気持ちになっている。貴重な土日の一部を毎月こんなことに使いたくない。薬を断ってみよう。ものは試しだ。</p><p><br></p><p>断薬でポンコツになるなら、転院しよう。仕方あるまい。</p><p>多少傾向があれど、ブラック20％くらいの明度高めな灰色だと今は考えている。きっとなんとかなる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/k8232010/entry-12728945854.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Feb 2022 12:22:25 +0900</pubDate>
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