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<title>Mewの子育て日記</title>
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<description>息子との生活で起きるおもろいこと、気づくことなどなど徒然なるままに記そうかと</description>
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<title>自分のためにリブログ　”とある若者と共に死にかけました。”</title>
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<![CDATA[ <p><br><iframe class="reblogCard" data-ameba-id="10-feet-takuma" data-entry-id="11402668304" frameborder="0" height="234px" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" scrolling="no" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/10-feet-takuma/entry-11402668304.html?reblogAmebaId=kabuki10cinder" width="100%"></iframe></p>
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<pubDate>Fri, 24 May 2019 11:25:32 +0900</pubDate>
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<title>Animal ABC</title>
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<![CDATA[ <p>ちょっと前まで恐竜一本槍だった息子だが、NZ＆AUSの旅に行ってからというもの動物・爬虫類・海洋生物に夢中になっている。同時にお絵かきにも遅ればせながら夢中。</p><p>先日も動物ABCをオリジナルで作っていて驚いた。YoutubeなどでAnimal ABCなどを見ていたし、恐竜に夢中だった時はDinosaur ABCを見ていたので、ある程度は知っていたが、こんなオリジナルを作れるようになっていることに驚いた。というのも、活字でみてはいない（はず）ので英語の綴りを知っているわけではないはずなのに、動物等の英語の頭文字が全部あっていたのだ。これは英単語の音とアルファベットの音の一致に気づいているということで、綴りの法則をある程度わかっているということだからだ。フォニックスも何も教わってないのに勘でわかるって・・・幼い子どもの理解力と応用力に驚いた。</p><p>まぁそれ以前にアルファベットを書けること自体にもかなり驚いたのだが。</p><p>もちろん左右反対になっていたり、間違っているところはたくさんなるが、自分で適当にやった割にはずいぶん良くできてる、と感心。ことさらに教えなくても、ほっといても、自分がやりたいことはできるようになるのだなぁ、と感心している。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190516/14/kabuki10cinder/4b/0f/j/o4032302414410828459.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190516/14/kabuki10cinder/4b/0f/j/o4032302414410828459.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>ここから先は自分の覚書としてAからZまでなんの動物を書いたかの記録。</p><p>Alligator &nbsp;Bat &nbsp;&nbsp;Cow &nbsp;&nbsp;Dingo &nbsp;&nbsp;Elelphant &nbsp;&nbsp;</p><p>Fish &nbsp;&nbsp;Gallimimus &nbsp;&nbsp;Hadrosaurus &nbsp;&nbsp;Iguana &nbsp;&nbsp;Jaguar</p><p>Kangaroo &nbsp;&nbsp;Llama &nbsp; Moose &nbsp;&nbsp;Newt &nbsp; Owl</p><p>Pygmy spermwhale &nbsp;&nbsp;Quale &nbsp;&nbsp;Riojasourus&nbsp; &nbsp;Shark &nbsp; Turtle</p><p>Unicorn &nbsp;&nbsp;Velociraptor &nbsp;&nbsp;Whale &nbsp;&nbsp;Xenotasosaurus &nbsp; Yak</p><p>Zebra</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sun, 07 Apr 2019 21:51:20 +0900</pubDate>
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<title>Rachel Khoo's Kitchen Notebook</title>
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<![CDATA[ <p>私が気に入っているイギリスBBCのテレビ番組</p><p>レイチェル・クーのキッチンノート</p><p>これを録画しておいて観るのを楽しみにしている。</p><p>レイチェルという若い女の子（料理人でフード・ライターらしい）が色んな所で色んな人に会って色んな食べ物を食べ、そこから発想を得てレイチェル中の新しいレシピーを作り、その料理を作って見せるというもので、これが非常にイギリスらしくて自然な感じで私好み。しかも彼女が使う道具、衣装、食器類などなどいちいちかわいい。</p><p>ここまでは番組の回し者かというくらいの宣伝みたいになったが、本題はここから。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、５歳の息子がこれを見て以外にも食いついてきた。</p><p>その日以来、毎日のように保育園に行く前なども「どうしても見たい」などと言って朝から見たりしている。</p><p>これを見ながら彼が言うことが面白かったので書いておく。</p><p>&nbsp;</p><p>レイチェルがロンドンの手作りジャムのお店に行った時は、</p><p>「いつもいいところ行っていいな〜、レイチェル・クー！」と羨む。</p><p>&nbsp;</p><p>料理は基本レイチェルの自宅（という設定かな？それにしてはリアルに家っぽいがわからない）でするのだが、彼女の家を見て</p><p>「すごいキレイだね〜、レイチェル・クーのお家。イギリス行ったら遊びに行きたいな〜。１階建てなら助かるな。だって落ちる心配がないもんね〜。階段でふざけて落っこちるかもしれないからね〜。」</p><p>だと。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、レイチェル・クーと必ずフルネームでいうとこ。レイチェルクーという不思議な名前みたいで笑える。</p><p>いつもいいところ行っていいな〜、は子どもだから許す。</p><p>遊びに行きたいな〜、もまぁ子どもならあるかな、と思う。</p><p>しかし、平屋だと助かるな〜、はいかがか！</p><p>自分が住んでるとこも２階なのに！</p><p>視点がわけわからん。</p><p>5歳児はおもろい。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 24 Jan 2019 20:20:03 +0900</pubDate>
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<title>スピノザの「真理」</title>
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<![CDATA[ <p>子育てとは間接的にしか関係ない話だが、あまりに強烈なインパクトを持って私の子育て生活の中に現れたので書き記したいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>NHK教育の「100分de名著」と言う番組でスピノザ著『エチカ』第4回を見た。</p><p>「自由」がテーマの第3回を一瞬見たのだが、その面白さに驚いて第4回を録画しておいたものだった。</p><p>この第4回のテーマが「真理」だった。</p><p>&nbsp;</p><p>真理について、一般的には「これこれこうだから、これは真理である」と第３者にも分かるように説明できるものが真理だと考えられてきた（デカルトが「我考えるゆえに我あり」と言ったのがそれ）が、スピノザは「真理自体が語りかけてくる」のだと言う。</p><p>ここで東工大の國分先生がわかりやすく解説してくださる。</p><p>そして伊集院さんが具体的な例として「子どもを授かった友達が、子どもは本当にかわいい、と言う。それは想像できるが子どもを持たない自分としては本当にわかってはいない。でも子どもを実際に持った時、初めてそれ、つまり子どもはかわいい、と言う『真理』を得る」ということを言ってくれる。</p><p>&nbsp;</p><p>この「スピノザの言葉（え？）」</p><p>「國分先生の言葉（あ〜！）」</p><p>「伊集院さんの具体例（それね！）」</p><p>の３段構えでくるから非常にわかりやすい。</p><p>&nbsp;</p><p>このお話をどんどん進めていくうちに、私がこれまでずっと体験してきたことが重なった。</p><p>それはつまり、子育てもそうなのだが、「経験から真理を得ることの尊さ」を強調しているようだったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、何事にも遠回りしてきた人生だったように思う。</p><p>と言うのも、大学を卒業して教職についたが3年で契約更新されず、失職。</p><p>若かったし、これ幸いと貯めたお金でイギリス留学。</p><p>帰国し、再度教員として就職。しかも同じ学校。</p><p>そこで3年勤務したが今度は自分が「教員には向いてないんじゃ？」と辞職。</p><p>パソコンインストラクタのバイトを1年。</p><p>派遣社員として英語力（当時TOEIC955）を活かして働こうと思ったが、実務経験がないくせに英語だけできる元教師などは必要とされず、ことごとく面接で落っこちた。そこで、派遣会社の担当の方に「英語と関係ない一般の事務仕事の経験をさせてください。」とお願いし、ひたすらエクセルのデータ打ち込みをする３ヶ月契約の仕事をゲット。そこで上司に英語ができることが知られ、その会社で翻訳業務を含む事務を2年ほど続けた。</p><p>その会社で「正式に社員になって英語の仕事は全部任せたい。」というありがたい話と同時に私が結婚するのでもう働けない、ということに。会社の仕事になんの文句も無かった私は残念だったが、通える場所ではないところに引っ越すことになり、断念。</p><p>結婚したが、もともと無謀な結婚だったこともあり2年足らずで出戻り。</p><p>しばらくして中学校の産休講師としての働き口が見つかり、久々の教師を1年ほど続けた。</p><p>そこでこれまた何の文句も無く働いていたのに前の職場（学校）からお誘いを受け、３度目の正直となるかと思ってまた戻った。</p><p>そこでは本当に３度目の正直にしたかったのだが、すでに年齢は30代後半。そんな女を正社員（教員の世界では専任教諭）にはしたくなかったようで講師のままだった。</p><p>そんな折、私に２度目の結婚話が！</p><p>婚約し、結納まで済ませ、ダイヤモンドの指輪までもらった。</p><p>流石に上司に、またも辞職をせざるを得ないと伝えた。結婚相手は大阪在住だった。</p><p>ところがどっこい、これも私が「いや、待てよ！」となり破談。</p><p>上司には「やっぱり仕事続けられることになっちゃいましたが、どうしましょうか。」とふざけたことを伝えることになってしまった。</p><p>おおらかな校風でありがたかったのだが、何も無かったかのように引き続き働くこととなった。</p><p>しかし、こんなことをする女を選任にはますますできない、となった。（そりゃそうだ）</p><p>ずっと講師のまま働いていた。</p><p>そして何年かした時、私としてはいきなり、という気がしたが、専任にという話が来た。</p><p>心底びっくりした。</p><p>そして何と、それとほぼ同時に結婚が決まった。</p><p>今度は本当に結婚するやつ。</p><p>正直、学校としては「え〜〜〜！まじか！」だったと思う。</p><p>「歳も歳だし、２度も結婚失敗して、もう結婚や出産の心配も無いだろう」というのが学校の思惑だったのでは無いかと私は思っている。</p><p>しかし、まさかの結婚。</p><p>専任となり、１ヶ月で。</p><p>そして、2年後、まさかの妊娠。</p><p>3月で産休に入る予定だったのが1月に切迫流産、絶対安静。</p><p>そのまままさかのフェイドアウトで産休に突入。</p><p>3年の産休育休後、職場復帰するも、時短はおろか担任を外すという配慮もなしの100％復帰で、「私は何でこの子を産んだんだろう？」と。</p><p>誰にも言えず一人で悶々とした日々。</p><p>簡単いいえばプチ鬱だったかなとおもう。</p><p>病みに病んだ結果、「子どもはいつか私を必要としなくなるのに、必要としている今、私は仕事ばかりしている場合ではない」という結論に達し、迷いなく退職。</p><p>何と職場復帰して1年で退職してしまった。</p><p>校長にももちろん謝った。</p><p>私がいろんな人に謝り倒して済むならいくらでも謝ると思った。</p><p>後悔「０」。</p><p>これだから女はいらん、と言われそうだが、そうではないと私は思っている。</p><p>出産したら、誰かが子どもを育てなければならない。</p><p>それは普通親だ。</p><p>幼い子どのも親の私が（父親も同じだと思うが）、独身時代と同じ100％の仕事をすると家庭がどうなるかというのは、誰にでも想像できることだから、人の親を働かせるなら職場はそれくらい考えるべきだと思う。</p><p>ちょっと話が逸れた。</p><p>話を戻そう。</p><p>&nbsp;</p><p>とにかく、なんと言われようと私は自分が後悔したくない、自分の42歳で授かった子どもとの生活を後で悔いたくない、と思った。</p><p>自分の人生、誰もかわりに生きてくれないんだから自分で決めたいと思っていた。</p><p>それは、よく人から自由人と言われる私が、私的には非常に制約を受けていると感じながらその制約の中で自分の最良と思った道を歩んで来たことで、一つ一つの決断が本当の自分の経験に繋がってきた、ということだと思う。これ、いま気づいたけど、スピノザの「自由」の考え方と同じかも。人は私を「自由人でいいね。」というけれど、その度に私は「自分ではずっとすごい不自由を感じて生きてきたよ。」と答えている。</p><p>あ、また話がそれる、ってか逸れた。</p><p>戻る。</p><p>&nbsp;</p><p>こうしてみると、いろいろあった、本当に。</p><p>でも、何一つ無駄なことが無いと今は思える。</p><p>とんでもない遠回りで、例えば職場で最初に同期だった人たちとの差。</p><p>１発で良い結婚をし、家族を築いていった妹との差。</p><p>ここには書ききれないけど、私の人生、いっぱい寄り道や時間とお金の無駄遣いと思われることがある。</p><p>でも、これも全部経験。（高い代償は払ったが）</p><p>そこから得たものがたくさんあるし、見えて来たことも。</p><p>負け惜しみでも何でも無く、これでよかったんだと思える。</p><p>&nbsp;</p><p>経験する、ということ、経験からわかってしまう、ということ。</p><p>これは間違いなく真理だと思う。</p><p>スピノザのいう真理っていうのが、言葉で言い表せるものでは無く、真理そのものが語りかけてくる、というのが良くわかる。</p><p>これがまだまだ途中の私の子育てにすごく繋がってくるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>話が少し戻って、私が退職し、子育て中心の生活が育休以来1年ぶりに始まった。</p><p>息子は3歳から4歳になるころ。</p><p>日々の成長が著しい。</p><p>それがいつも一緒にいるからよくわかる。</p><p>その前の1年間はそんな余裕なかった。</p><p>時間にも心にも余裕ができたので、今更ながら子育てについての本を読んだり、いろんな記事を読んだり、人のお話を聞いたりすることが増えた。</p><p>そんなことを読んだり聞いたりするたびに、日々息子との生活で思うことが出て来た。</p><p>それは、今私が読んだり聞いたりしてることは、私が何となくこうするのがいいんだろうな、と思ってしてきたこと、何と無くこうなんだろう、と考えてきたことの答え合わせだ、ということ。</p><p>&nbsp;</p><p>私の人生の中で得た経験や知識から、我が子に良かれと思ってして来たこと。</p><p>それは、何も特別なことはなく、人間の子どもってこうなんだろうな、だからこういう時はこうするのがいいんだろうな、という程度の考えや行い。</p><p>そういうものが、私の場合、後から「それ、正解！」「それ微妙！」などと、本ならその著者に、講演ならその話者に言われたような感じ。</p><p>&nbsp;</p><p>で、これの何がスピノザのエチカなのか、ってところで、（やっと）、</p><p>この「真理」というのが「語りかけてくる」ということ。</p><p>それは自然にわかってしまうということ。</p><p>それを感じたということ。</p><p>「本当のこと」というのは勝手に見えてくる、ということ。</p><p>それがその人がその知識を本当の意味で「真理」として得たということになる。</p><p>勝手にわかってしまうということだと思うのだが、それを実感したのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>それは、子育てがまだまだこれからの私がいうのはとんでもないことだとは思うが、自分がしてきたことには、たくさんの残念なことがあるものの、その一方でたくさんのよかったこともできていた。それは、経験から目の前の子どもにとって大事なこと、そうでないこと、というのが自然と見えて来たのだと思う。後付けで、いろんな本や講演でそれを言葉にしてくださったものと出会い、「あ、それでよかったんだ。」と他に認めてもらえた安心感のようなものを得たが、全てはそれまでの知識と経験から見えてきたことをしてきたのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>スピノザがいう「真理」というのが、私の場合は自分で真理を真理と明確に取り込むことができていなかったのかもしれないが、その真理について、デカルト的に理詰めで説明されたときに、「あ、そうだったな！」と答え合せができた感じ。スピノザの真理には答え合せは必要ないはずだけど（笑）</p><p>&nbsp;</p><p>とにかく、この100分de名著を見て、スピノザ、おそるべしと思った。</p><p>そして、何かと合理性や論理性を追求しているこの世界、ちょっとスピノザを見直す必要ありそうじゃないか、と思った。</p><p>まぁ、17世紀に言われちゃってるんだが。</p><p>特に子育てについてはそう思う。</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで書いて、なんだか私の人生のおさらいのようになっている。</p><p>まだおさらいするくらいには年取ってないが、48年も生きたからおさらいもよかったかも。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kabuki10cinder/entry-12429097901.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Dec 2018 01:03:28 +0900</pubDate>
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<title>はらぺこあおむし</title>
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<![CDATA[ <p>感受性が強すぎてすぐ泣く息子。</p><p>&nbsp;</p><p>はらぺこあおむしの本、子どもの鉄板本。</p><p>御多分に洩れず息子も好きなのだが、</p><p>はらぺこなあおむしが土曜日にたくさん食べすぎた後、</p><p>「おなかがいたくてなきました」</p><p>のとこで目に涙をいっぱいため、</p><p>日曜日に緑の葉っぱをたくさん食べて</p><p>「おなかのぐあいもすっかりよくなりました」</p><p>のとこでなぜか「え〜〜〜ん」と</p><p>大粒の涙を流して泣いてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>思うに、おなかが痛くなって「かわいそう」で涙がこみ上げ、</p><p>次のすっかりよくなったというくだりでホッとする。</p><p>そして、ホッとしたことで緊張の糸が切れて大泣き、ということと思われる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これと似た現象が、ほかにもあった。</p><p>サンデーモーニングで雪山に暮らすクマの親子の映像が流れた時のこと。</p><p>&nbsp;</p><p>親子でほぼ垂直に見える雪の斜面を登っていたら、</p><p>こぐまちゃんがその斜面を登り切れず滑り落ちていく。</p><p>めげずに頑張ってまた登るがまた滑り落ちる、</p><p>でも頑張る、を何度か繰り返し、最後には見事登り切って母グマに合流、</p><p>という応援せずにはいられない映像。</p><p>見ながら私と夫が「がんばれがんばれ！」と言っていたのだが、</p><p>５歳の息子は一言もなく真顔で凝視。</p><p>そしてこぐまちゃんが母グマに合流し、私たちがよかったよかったと騒いでいると</p><p>突然息子が「かわいそうだった〜〜〜〜ぁ」と号泣。</p><p>これも「かわいそう」から「よかった」のところで緩急が激しすぎ、</p><p>緊張の糸が切れたパターンと思われる。</p><p>&nbsp;</p><p>兎にも角にも優しいけれど感情移入がすぎて泣き虫すぎる息子。</p><p>泣き虫だけど、その優しさは持ち続けて欲しいと思う。</p>
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<pubDate>Wed, 19 Dec 2018 11:49:34 +0900</pubDate>
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<title>しまじろう</title>
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<![CDATA[ <p>保育園から帰宅直後、私が手洗いをしていると、</p><p>「さっきなんのDVD見てたかわかる〜？」</p><p>と嬉しそうに息子がきいてきた。</p><p>「わからない。何だった？」と聞くと</p><p>「しまじろう。久しぶりだった〜！」</p><p>とこれまた嬉しそうに答える。</p><p>ってか保育園でしまじろう見たことあったんだ、とそこにびっくり。</p><p>今までしまじろうの「し」も言ったことなかったので。</p><p>&nbsp;</p><p>それに続いて、</p><p>「おりこうだったよ〜、しまじろう。手洗いうがいちゃんとやったよ。」</p><p>としまじろうをほめる。</p><p>そして続けて、</p><p>「たいちゃんね、しまじろうのことずっと信じてるの。」</p><p>「しまじろう大好き。だっていい子だもん。」</p><p>としまじろうをほめちぎる。</p><p>&nbsp;</p><p>しまじろうによほど感銘を受けたのか、まだしまじろうの話が続いて、</p><p>「まぁトラなんだけどね。」ってここ強め。</p><p>「トラは好きじゃないんだけどね。だってコアラとか弱い動物を食べるもん。」</p><p>「まぁ肉食だからね。」と私。</p><p>&nbsp;</p><p>「だけど、しまじろうは雑食なんじゃないかな。ドーナツとか食べてたもん！」</p><p>ってここも強め。</p><p>&nbsp;</p><p>しまじろうのDVDを見たことがない私にはしまじろうがどんな役所なのか</p><p>いまいちわからないが、Benesseの幼児用教育DVDの主人公なのだから</p><p>まあなんとなく想像がつく。</p><p>きっと今日見たときは、外で遊んだ後でおやつのドーナッツを食べる前に、</p><p>きちんとうがい＆手洗いをして子どもたちのお手本となっていたんだろうな。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、息子の「信じてるの」という表現が気になる。</p><p>この間も水族園の亡くなった（と思われた）オキゴンドウについて</p><p>「オキゴンドウさん、あなたを信じてますよ。」</p><p>と言っていた。</p><p>そういう表現を使う場面は私は知らないのだが、</p><p>この「信じてる」の使い方がなんだか深い。</p><p>またこの表現を使うことがあったら息子本人に聞いてみたいと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kabuki10cinder/entry-12426760345.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Dec 2018 17:02:35 +0900</pubDate>
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<title>クリスマスプレゼント</title>
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<![CDATA[ <p>５歳の息子、恐竜に夢中。</p><p>師走も中旬。</p><p>クリスマスプレゼントの恐竜セットを楽しみにする日々。</p><p>&nbsp;</p><p>今朝、Dino ManiaというYoutube動画のクリスマスバージョンで</p><p>スピノサウルスがクリスマスプレゼントでインコをもらうという</p><p>よくわからないシーンを見たらしい息子。</p><p>その動画をみた直後に言った言葉、</p><p>「たいちゃんもクリスマスプレゼントがインコだったらどうしよう！」</p><p>&nbsp;</p><p>いや、それはないでしょ。</p><p>笑える。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kabuki10cinder/entry-12426511518.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Dec 2018 14:05:07 +0900</pubDate>
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<title>雲とお日さまの戦い</title>
<description>
<![CDATA[ <p>快晴だったのが、今、にわかに曇って部屋が少し暗くなった。</p><p>すると息子が、</p><p>「急に暗くなったね。」と言うので</p><p>「雲が出たんじゃない。」と答えると、</p><p>「きっと雲がお日さまと戦ってるんじゃない。」</p><p>ときた。</p><p>全てを擬人化する才能、子どもならではだな〜。</p><p>毎日毎日こうして周りの自然現象などを相手に</p><p>怒ったりありがたがったりしている。</p><p>おもしろい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kabuki10cinder/entry-12424538677.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Dec 2018 12:39:46 +0900</pubDate>
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<title>羽毛はいらないんだ。</title>
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<![CDATA[ <p>息子の生活発表会（私の時代はお遊戯会だったなぁ）が行われる。</p><p>未満児クラスで「３びきのこぶた」（狼役なのに狼が怖くて泣いていたなぁ）</p><p>年少さんで「どうぞのいす」（ロバ役だったけど立ってニコニコしてただけだったなぁ）</p><p>と来て、今年は「桃太郎」。</p><p>立候補してキジ役。</p><p>恐竜（＆先史時代の生物）にはまっている息子は翼竜になりきって練習している様子。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな折、園から当日の衣装についての連絡があった。</p><p>連絡ノートにミニミニの紙が挟まれていたのだが、</p><p>息子が「それを読んで」というので読み上げた。</p><p>「白の長そでTシャツ、赤パンツを木曜日までに持って来てください」</p><p>&nbsp;</p><p>それを聞いて息子、</p><p>「羽毛はいらないんだ。…そっか。」</p><p>&nbsp;</p><p>近頃、恐竜の本やDVDで羽毛恐竜のことを知ったからだと思われる。</p><p>いや〜、さすがにママ、羽毛は用意しかねます。</p><p>と心な中で思ったのだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kabuki10cinder/entry-12417544452.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Nov 2018 08:18:29 +0900</pubDate>
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<title>poem</title>
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<![CDATA[ <p>『サラとダックン』というイギリスのアニメにハマっていたときのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>サラがお話の中で詩を詠む場面にインスパイアされ、</p><p>サラの詩をパクって独自の詩を詠む息子。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>快適で無敵で素敵なイス</p><p>のり巻きはいつものりを巻く</p><p>カブトムシは夜にエサを食べる</p><p>&nbsp;</p><p>快適で無敵で素敵な時計</p><p>音楽かけると　いつも踊る</p><p>カレンダーは12月まで　めくらせる</p><p>風船はわれるといつも　誰かを泣かせる</p><p>ほうきはいつも　床を掃除する</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>と、自分のイスの上に立って詩を詠んでから</p><p>私に向かって、</p><p>「素敵な詩でしょ〜？」</p><p>「全部素敵だった？」</p><p>と賞賛を強制する。</p><p>&nbsp;</p><p>バカ親としては、身の回りにあるものを手当たり次第に詩に入れ込んでくるあたりは大人には真似できない技だな、と感心してしまった。</p><p>目に入るものを何でもかんでも言葉にしていくって、結構難しい。</p><p>子どもの自由な詩の作り方に感動。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kabuki10cinder/entry-12411171909.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Oct 2018 15:53:32 +0900</pubDate>
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