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<title>かたつむりの遠出のブログ</title>
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<title>精進料理とヴィーガン料理</title>
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<![CDATA[ <p>私がヴィーガンになって３年余り。ある人から借りた精進料理の本を読んで気付いたのが精進料理はヴィーガン料理とほぼ同じということ。私が毎日作っている料理には肉、魚介類、卵、乳製品がなく、その代わりとして大豆やひよこ豆、海藻類が主なたんぱく源になっている。</p><p>精進料理は仏教の戒のひとつの不殺生や僧侶の修行のために調理される料理で、動物性の食材を使わないのはもちろん煩悩を刺激するネギ類の野菜も使わない。一方ヴィーガン料理も肉魚卵乳製品などの動物性の食材は使わないが、動物保護や環境保護、健康を目的として提唱されている。動物保護の面からは、動物を肉にするために殺処分する行為を目のあたりにすることで動物への残虐行為をしたくないということ、環境保護の面からは家畜を飼育するために土地畑の広域占領や森林伐採による環境破壊と牛のおならやゲップによる温室効果ガスの大量発生など地球規模の環境問題に解決の道をみつけようとしている。</p><p>特に動物保護の面では家畜に特化して２００９年からポール・マッカートニーが「ミートフリーマンデー」（月曜日には肉を控えよう）という運動を始めたと言うニュースを知って嬉しい。私がヴィーガンになろうとしたのも家畜の屠殺場面の残虐さに堪えられなくなったからだ。</p><p>人間が人間を殺すことは残虐だと禁止されていてそれなりに法律的罰則があるが、動物を殺して食べることは人間にとって必要、当然のこととして禁止どころか、感謝して動物の命をいただきましょうなどと、生命に対する尊厳の意味をすり替えたことばでもって、我々が持っているはずの殺生に対する憐みの情に封をするかのように常に奨励されている。動物への罪意識は何もない。人間以外の動物も同じ地球の空気を吸って同じように感性があり喜怒哀楽も有ししかも人間と同じように痛みも恐怖心もある。それを思った時私にはもう肉を食べることができなくなった。肉は食べなくても生きていける。人間に必要な食物成分は肉以外から十分取れる。</p><p>&nbsp;</p><p>私にはヴィーガン料理の知識はまだあまりないが、これまでたんぱく源とカルシウムなどを大豆と海藻類に頼ってきた。</p><p>買ってきた大豆とひよこ豆を圧力鍋で柔らかく煮て袋に小分けして冷凍室に保存しておく。使う時は一度煮てあるので常温で解凍が早くすぐ使える。豆腐、がんもどき、油揚げ、高野豆腐、おから、ゆばなど豆腐の加工品を使い分ける。</p><p>豆乳も常備品だ。豆乳から作るヨーグルトや豆乳のホイップクリームを買ってきて作る生クリームは絶品だ。卵なしのマヨネーズもネットで作り方をみて作ったがとてもおいしく作れる。チーズとバターはまだこれからの挑戦だ。</p><p>鶏のから揚げは鶏に代えて高野豆腐で作る。とてもおいしい。鶏肉は味付けなしではそう美味しいものではなく味付けることで旨みがでるし、大方の肉もほぼ味付けをして食べることを考えると料理はある意味特に肉に関しては調味料の味を味わっている部分もあるのではないかと思う。この点からも肉は本当に必要なのだろうかと思っている。</p><p>ハンバーグもハンバーグ風になってしまうけれど煮た大豆をつぶしてひじきやこんにゃく、長いもなど加えてできる。</p><p>たんぱく質の量は実は肉類より大豆の方が多いと言われている。大豆の摂取量を増やし畜産業より大豆の自給率を高めてほしいというのが今の私の希望だ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kagyu-33/entry-12777699805.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Dec 2022 12:42:00 +0900</pubDate>
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<title>森美術館で現代美術鑑賞</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221101/11/kagyu-33/b0/79/j/o0120016015196559110.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="160" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221101/11/kagyu-33/b0/79/j/o0120016015196559110.jpg" width="120"></a>　写真は「アロカヤサラ」モンティエン・ブンマー作</p><p>六本木ヒルズの森美術館に展示してあるのは「地球がまわる音を聴く」と題してウェルビーイング（健康的に生きる、幸福）をテーマにした１６人の作家の作品。作家がそれぞれに自分の生き方を表現している。私は今まで現代美術は日常的な素材を意味ありげに配置して自分の自然観、人生観、世界観を押し付けている独りよがりな美術に思えてあまり好きではなかったが、きょうの作品群は違ってみえた。悲痛な心の叫びを文や映像で表したもの、心の中にうごめく何かわからないものを身近な素材で形作ってみて自分を知り解放した作品や自分を取り巻く自然や社会との関係をじっと静かに見つめ長期間かけて形にしていった作品など心を打つものが多かった。作家たちがその作品に自分の身を投じ埋め込み、作品と一体化しているのが感じられた。ここで私は、芸術は自分から始まりその表現のための手段素材は自由に選べるのだという簡単な事実を目のあたりにして、芸術のための芸術ではなく自分の心を救い自分の存在を確かめるための手段だったものが他の人に共感を与え、美的感性を満足させるものならばそれは芸術なのだろうと改めて芸術とは何かという問いに一つの答えを見つけた気がした。</p><p>　タイの作家モンティエン・ブンマーの「アロカヤサラ＝自然の呼吸」という作品は金属製の箱に薬草を塗りいくつも家の柱のように積み重ね、箱の中にも薬草が入っていていい香りがした。箱と箱との間に立つと香りに包まれた自分がやさしい人になっていく。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kagyu-33/entry-12772308688.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Nov 2022 16:15:14 +0900</pubDate>
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<title>ぐるっとパスで森鴎外記念館へ</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221017/13/kagyu-33/1a/05/j/o1966262115189671825.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="213" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221017/13/kagyu-33/1a/05/j/o1966262115189671825.jpg" width="160"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221017/13/kagyu-33/13/d4/j/o1420189315189672021.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="213" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221017/13/kagyu-33/13/d4/j/o1420189315189672021.jpg" width="160"></a></p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">ぐるっとパス（東京とその近郊の美術館・博物館が無料または割引で入館できる２カ月間有効のセット券）で文京区の森鴎外記念館に行った。５０年ぐらい前に読んだきりの作家に少なからず郷愁を覚えて思い立ち、千駄木界隈のどことなく古めかしい街並みに癒しを感じながらゆっくり歩いて行った。鴎外の居宅跡に建てられた館は新しくスマートな造りだが館内は明治の面影ばかり。私が思い出すのは「高瀬舟」「舞姫」「即興詩人」「山椒大夫　」「渋谷抽斎」などでそう多く読んではいない。小説の印象は明治時代の様相が色濃く表現されていること、語彙の豊富さに辞書を引きながら読んだこと、物語性の楽しさ、時代や環境に抗えない人の悲しさや無念が後に尾を引いて残ったこと、そしてそれらが淡々と美しい文章で書かれていることなどだ。鴎外に限らず漱石や芥川、川端康成、太宰治などこの時代から昭和初期にかけての数多くの小説家の文章には流れるような美しさがあると私は感じている。勝手な思いこみだが、彼らには漢文の素養があるからかもしれない。漢文は中学と高校で学んだだけだが、私は漢文には自然や人生を静かに豊かな語彙で流れるように歌う品のよさがあると感じていたが、それがこの時代の小説家たちの感慨の底にも流れているような気がしている。田舎の中高校生だった頃に作家たちの住む東京ははるか彼方の地だったのに鴎外が執筆していたというこの館に入ると、時代の移り変わりの速さに何も心に浮かぶものもなくただ息をしている自分を感じただけだった。館を出ると地図の掲示板で近くに漱石の旧居跡があることがわかったのでここにも行ってみた。ロンドン留学から帰って３年間住み「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」などもここで執筆したという。ネコハウスと言われているようだが、道路脇に記念碑が立っているだけだった。右の写真がネコハウスの猫達。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kagyu-33/entry-12769867599.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Oct 2022 16:43:58 +0900</pubDate>
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<title>「動物と肉」？？「２０２２動物感謝デー」に行く</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">「動物と肉」「その間にある屠殺という残酷」</b></p><p>　１０月１日上野公園で催された公益社団法人日本獣医師会主催の「２０２２動物感謝デー」を見に行った。不忍池の水上音楽堂から弁天堂あたりまで池に沿ってペットフードや救助犬の仕事、動物看護学校の紹介、マイクロチップ装置の援助など動物のための展示ブースが並んでいた。一つのブースで食肉処理場で検疫の仕事をしている獣医師さんに話を聞いた。「家畜は人間に人工的に産ませられて大切に育てられるが、必ず殺されて人間に食べられる運命にある。家畜は我々と同じように生き物であるという観点からそのことに疑問をもつことはないか」という私の問いに「家畜は食べ物だから食べて当然。人間は肉を食べなければ生きていけないしそれに肉はおいしい」「家畜と他の動物は違います。」という返事をもらった。本当に肉は必要なのだろうか。私はこの３年間ほぼヴィーガン。ほぼというのは人からのいただき物や時に買って食べるお菓子などに乳製品や卵が入っているので完全ではないからだけど。至って健康だ。</p><p>　並んだブースの一番端の池のフェンスに肉にされるために殺されている屠殺場の家畜たちの写真パネルがたくさん張り付けられていた。ヴィーガンの人たちの活動だという。かわいそうな哀れでならない家畜の姿。写真とともに掲げられている言葉からも動物たちの恐怖や痛みが聞こえてくる。「動物と肉。その間にある屠殺がどれほど残酷かご存知ですか」「肉食やめよう。動物食べなくても生きていけますから」「感謝していただく？人工授精、引き離される母子の叫び、生涯に渡る拘束、殺される時の涙、吹き出す大量の血。これを見ずして一体誰に何に対して感謝しているというのだろうか」これらはみな動物の解放を訴えている。そして作家トルストイの言葉のパネルも。「この世に屠殺場がある限り戦場はなくならない。～～たとえいかなる書物に、動物を食ったり殺したりすることが罪悪でないと書かれていようと～～動物をも我々人間と同じように憐れんで、これを殺したりしてはならないということが、人間の心の中に書き記されているのである。」レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉も。「動物を殺すことは人間を殺すことと同じである。人間がこのことを認識する日はいつ来るだろう。」シュバイツアーの言葉も。「生きとし生けるものすべてに慈愛の輪を伸ばすまで、人は自身の中に平穏を得ることはできない。」ガンジーの言葉も。「国の偉大さ、道徳的発展はその国における動物の扱い方でわかる。」ポール・マッカートニーは「もし屠殺場の壁がガラス張りだったら、みなベジタリアンになるだろう。～～。」このパネルの彼らは実際に屠殺場を見たか、想像力の豊かな人たちです。私たちは彼らのようにもう少し想像力を働かして動物たちの家畜たちの生き物としての喜び悲しみ恐怖痛みを人間と同じように感じ取らねばならないと思う。今日は大きな一日だった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
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<link>https://ameblo.jp/kagyu-33/entry-12768017237.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2022 15:35:52 +0900</pubDate>
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<title>さいたま市動物愛護ふれあいセンターに行く</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220926/13/kagyu-33/7c/58/j/o3120416015180009289.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220926/13/kagyu-33/7c/58/j/o3120416015180009289.jpg" width="220"></a></p><p>動物愛護管理法では毎年９月２０日から２６日は動物愛護週間と定められている。コロナ禍で３年ぶりという、さいたま市の動物愛護ふれあいセンターで開催されている動物愛護フェスティバルに２３日の祝日に行ってみた。フェスティバルとあって動物と子供の触れ合いが主で乗馬体験（ポニーと）、犬とのふれあい、犬のしつけかた教室など、楽しいプログラムだ。ちょっと気になったのが動物専門学校生による犬のデモンストレーション。７～８頭の犬を走らせてトンネルくぐりをやらせたり３～４本のポールの間をジグザグに廻らせたり、見ていてサーカスのアクロバットをさせているかのようだった。見学者は写真を撮ったり手を叩いたり。見世物風であり犬にとって過酷な試練のように見えてこれは私には容認できなかった。しかもこれを一日に二回やるという。</p><p>動物のかわいい面だけを伝えるのが愛護ではないし愛護週間の意味でもないはずだ。動物愛護（指導）センターの仕事をきちんと知らせ動物の現状を考えてもらうべきではないのだろうか。このフェスティバルのテーマはただ犬はかわいいよと言ってるだけで実情は隠されたまま。各自治体の動物愛護センターで殺処分されている犬と猫は年間４万頭という。飼育放棄されたり迷子になった犬猫などが保護された後飼い主が見つからなかったり保護センターの保護能力を超えた場合が殺処分されている。ペットブームで大量生産並みにブリーダーに産まされた子犬子猫が全国に広がるペットショップで販売され安易な気持ちで飼い棄てる無責任な飼い主たちのこれら一連の行為の行き先が殺処分だ。暗いもの悲しいもの嫌なものは避けたいが、動物の置かれた現状を少しは考え及ぶための一週間にできないものだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kagyu-33/entry-12766325383.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Sep 2022 13:50:39 +0900</pubDate>
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<title>幸福の木に花が咲いた</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p style="text-align: right;">家の玄関横にある幸福の木に花が咲いた。正式名デラセナと言うらしい。白い小さい花が集まってミャンマーのパゴダ（仏塔）のような形をして木のてっぺんにまっすぐ咲いている。２１年目にして咲いた花にのけぞるほど驚いた。この木に花が咲くなんて思いもよらなかったから。１０数年に一度しか咲かないらしい、幸福の木の名の通りおめでたい花のようだ。蕾に気がついてから１０日間ぐらい、この間幸せな出来事は起こらなかったが花が咲き枯れるまでを見ながら幸せな気分で過ごした。花という美しいものが目の前に突然現れ、色彩と鮮やかな色、形を見せるのはいつも幸せと不思議感にとらわれる。</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220920/12/kagyu-33/61/f7/j/o3120416015177259929.jpg"><img alt="5~6ｍのデラセナの木の上に咲いた花" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220920/12/kagyu-33/61/f7/j/o3120416015177259929.jpg" width="220"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kagyu-33/entry-12765150196.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Sep 2022 17:25:36 +0900</pubDate>
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