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<title>介護に追われてのブログ</title>
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<description>ついに介護がはじまりました。しかし、分からないことばかり。しかも介護保険の情けなさに、希望を見出せない、しかし何とか生きている。この国の保険制度は、おかしいと思いません？？</description>
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<title>今日も全開の暴れ方</title>
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<![CDATA[ <p>昨夜、ほとんど眠れず、今日もこの時間、やっと沈静化。今日はグーでバンバン殴られた。本人はすぐ忘れちゃうからいいけど、殴られたほうは、結構こたえる。いくらぼけてるからって、あんまりひどいのは、、、。あ～眠い。ほとんど眠れない日々、、、明日は精神障害者手帳の発行される日、はたして何級だろう。これによっても随分変わるんだよなあ。</p><br><p>だめだ、疲労困憊。</p>
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<pubDate>Thu, 14 Feb 2013 01:27:11 +0900</pubDate>
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<title>認知症との日々</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font size="3">父がおかしいなと思い始めたのは、昨年頃からだった。物忘れもひどくなり、よく怒るようになっていた。小さなことで、やたら怒る。ゴミ捨てがうまくいかなくて怒る、何をしていたのか自分でもよくわからなくなり始めていたのか、それに対してのいら立ちだったのか、やけに怒りっぽくなっていった。この頃からおかしいと思い始め、何度も病院へ行くように両親に進めたが、行かなかった。最初は笑い飛ばしていた。僕もなんとなくしか言わなかった。でも、段々と症状は悪くなっていっていた。親戚からも行くようにと電話で説得も受けていた。そんな中、親族が亡くなり、葬儀の中、親族の前でおかしな行動をオープンにしてしまったことがあった。喪主のあいさつが終わり、出棺の際に、霊柩車から離れず、話そうとする手を振りほどき、「うるさい！」と暴れてしまった。このとき、「あ～あ、たけちゃん、おかしくなっちまったな」と言われました。笑いながらその場を取り繕いながら、これは本当にまずいな、と思いました。そしてこの頃から、母に執拗に病院へ行くよう、説得をし、やっとの説得で日本医大の無料の診察を受け、図形の書き写しのテストなどを受けましたが、ほとんどできず、認知症だという判断になりました。しかしここまで来ても、母は次の行動に移せず、認知症専門の外来へいくことを拒みました。自分の夫がおかしいということを認めたくない、その一心で、その一心が致命的となってしまいました。この段階で早期の治療を受けていれば、今ほどひどくなることはなかったのではないかと、今でも後悔でなりません。</font></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin">認知証専門の外来は混んでいます。予約をしても一カ月以上先になることがほとんどだと思います。そして、予約が取れたとしても、そこへ本人を連れていくのは、並大抵のことではないのです。まだ、正気のほうが勝っていますから、自分がそんな病院へ行くなんてあるわけがない！頑として聞き入れません。これをあの手この手で説得し、半分だますようにあやしながら行きました。</span><span lang="EN-US"><font face="Century">2014/6</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin">、新横浜医療総合センター、こちらで簡単な話をし、その場で</span><span lang="EN-US"><font face="Century">CT</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin">の予約をし、またここから１ヶ月後</span><span lang="EN-US"><font face="Century">CT</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin">、その結果が１ヶ月後、すごく時間がかかりました。この間にもすごいスピードで、父の認知は進んで行きました。診察結果を頂く日に、「もしかしたら、要介護２だったりして！」なんて母と言い合っていました。半分冗談でした。その時、父はまだ、先生の質問に間違えながらも、「今日の朝ご飯はなんでしたか？」「うちは朝はパンなんですよ」「パンのほかには？」「え～と、なんだったかな」といいながら、おかしくなりがらも、会話が成り立っていました。その後、先生からの説明と、頭のＣＴの写真は、目の前を真っ暗にしました。一瞬にして「やはり」「あ、あのとき」「え、この先は？」いろんなことがめぐりました。よくあるドラマのように、本当に一瞬でした。前頭葉、側頭葉の縮小、海馬の縮小、記憶等の障害がある事を言われました。そして出た介護度が３か４。そこまでのランクにも驚きましたが、要介護２かな、ぐらいに思っていたので、３なんてどんなもんだろう？どうしたらいいんだろう？どうなっちゃうんだろう？そればっかりが頭の中に浮かびました。この頃から介護について調べるようになりました。国、県、市、行政のサービス、認知症とは？誰が助けてくれるのか？この先は？すべてが？でした。しかし、本を読んでもよくわからないのです。わかることは、ランク付けされると、受けることのできるサービスの種類と、ケアマネージャーというものを決めるということでした。でもそのマネージャーを決めるにはどうしたらいいのか、サービスを受けるにはどうしたらいいのか、費用はどうなっているのか、読めば読むほどわからなくなりました。ガイドブックなんて、わかる人が書いているから、わからない人のためには書いてない、なんていいますが、その通りで、理解するには、どこかに電話をしなくてはいけません。しかし、認知症のことで電話するということがとても勇気が要りました。しかも病院以外のところへ相談するということが、とても恥ずかしいというか、電話では難しいな、地域ケアプラザへ行こうと思いました。また、これも実際、行くには勇気と時間が必要で、行くのに２週間ぐらいかかってしまったような気がします。そして、実際に行ったときには、係の方に熱心に話を聞いてもらったときに、涙がこぼれ出ました。</span></font></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font size="3">このとき、既に父の容態は、かなり進んでおり、一人にしておくことは、かなり難しくなってきていました。おしっこがうまくできなくなり始めていました。これは母には相当つらかったのではないかと思います。粗相をするたびに、母は怒っていました。それに対して父も激しく怒っていました。恐らく父は自分自身にも怒っていたと思います。そういったことが分かりながらも、防ぐことができないもどかしさ、なんとも気まずい時間の始まりだったと思います。</font></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span lang="EN-US"></span></p><p><font size="3" face="Century"> </font></p><p></p>
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<pubDate>Wed, 13 Feb 2013 01:19:51 +0900</pubDate>
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