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<title>えんぴつマンのブログ</title>
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<description>ものづくりに関すること、京都匠塾に関すること、または、まったく関係ないことを書きますよ。</description>
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<title>木と少女が与えてくれたヒント</title>
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<![CDATA[ <p>先日、とてつもなく大きな衝撃を受けました。</p><p>&nbsp;</p><p>できごと自体はちいさなちいさな事なのですが、</p><p>ぼくの心の問題に大きな大きな変化を与えてくれたひとまくでした。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくは最近、哲学やアドラー心理学に関する本を読んでいます。</p><p>また、とある先生にならって、自分のことを見つめなおさせてもらう機会も多くなっています。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中、</p><p>&nbsp;</p><p>ご近所の小さな女の子と近くの神社にお散歩に行った時のことです。</p><p>&nbsp;</p><p>「神社の大木に抱きついてみよう！」</p><p>&nbsp;</p><p>ということになり、二人で抱きつきました。</p><p>大木に耳を当て、「何が聞こえる？」</p><p>と聞いてみると</p><p>&nbsp;</p><p>その少女は、</p><p>&nbsp;</p><p>「『大好きだよ！また来たね！』って言ってるよ」</p><p>&nbsp;</p><p>と答えてくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>すごい！と思いました。</p><p>この子は、自然界や社会から「祝福されている」と感じているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>一方のぼくには、とてもじゃないけどそんなメッセージは聞こえてこない。</p><p>「都合のいいときだけ頼りにきたんか？」とか</p><p>「それで頑張ってるつもりなんか？」とか</p><p>聞こえてくる。</p><p>&nbsp;</p><p>これは、とりもなおさず、ぼくが自分のことをどのように捉えているかを反映しているのだと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくは、今まで『自己肯定感』が圧倒的に低かったのだと痛感しました。</p><p>自分では、結構ポジティブで、自分のことを好きだと思っていましたが、実は全然そんなことないのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>自分のできる部分、得意な部分だけを認めていたのです。</p><p>だから、「何でもできなければならない」と思い込んでいたし、</p><p>できない自分、不得意なことをする自分のことは、受け入れていなかったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>これは情けない。</p><p>&nbsp;</p><p>できない自分、だめなところ、苦手なことを含めて、まるまる自分のことを認める、愛しむ。伸びしろを楽しむ。</p><p>これが、本当の「自己肯定」だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくは、いままで、こういった部分の自分を嫌って、受け入れず、無いことにしていたのかもしれません。</p><p>だから、人との会話の中で、こういう部分に触れられると、ムキになったり、腹を立てて相手のせいにしたりしてきたのだと思います。</p><p>そして、他の人のすごい部分を素直にすごいと認めることができていなかったようにも思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ほんとによい気づきをもらいました。</p><p>人との付き合い方、心のとらえ方がちょっと変わったように思います。</p><p>そして、すごく気が楽になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>みなさん、これまでどうもすみませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自分の弱点（できない部分、苦手な部分など）を承認し、愛してあげると、</p><p>自己肯定感がアップします。</p><p>&nbsp;</p><p>自己肯定感がアップすると、</p><p>自分の周りに起こるいろんなできごとを、楽しく捉えらえます。</p><p>できない自分の伸びしろを面白がれます。</p><p>他の人のできない部分も愛せます。</p><p>自分よりできる人への嫉妬がなくなります。</p><p>自分よりできる人のことを素直にすごいと思えます。</p><p>&nbsp;</p><p>こんなことを思いながら、自分の在り方を日々模索しています。</p><p>&nbsp;</p><p>みなさんも木に抱き着いて、</p><p>「何が聞こえる？」</p><p>やってみてください。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12603688024.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Jun 2020 15:33:41 +0900</pubDate>
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<title>自分のことから見つめ直そ</title>
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<![CDATA[ 今日、20代の若者がぼくのオフィスに相談に来られました。<div><br><div>最近、会社を辞め、これから起業したいと考えているが、まだ自分にはどんなことができそうかわからない。特に専門的な技能もない、と言う。</div><div>以前の会社では、主に事務方をしており経理や資金計画などを作ることはできるとのこと。</div><div><br></div><div>さて、どうしたものかと思って話を聞いていましたが、どうやら彼は、「自分に出来ること」「出来そうなこと」から思考がスタートしており、</div><div>対して自信を持てるものがない、と言うところで思考がストップしてしまっている様子。</div><div><br></div><div>「何がしたいのか？」</div><div>「自分はどんなことをhappyと思えるか？」</div><div>という問いを立てて自己分析したことがない。</div><div>そして、特別なスキルや誰にも負けない何かがないとスタートを切れないと思い込んでいる。</div><div><br></div><div>「言うとくけど、誰にも負けないスキルなんて誰も持っていないよ。オリンピックの金メダリスト以外はみんな誰かに負けるねん。」</div><div><br></div><div>だけど、だからといって得意なことがないわけではない。</div><div>世界一じゃなくても、日本一じゃなくても、地域一じゃなくても、「得意です」と言ってええんやで。という話をしました。</div><div><br></div><div>だから、まずは自分がやりたいことをリストアップすること。</div><div><br></div><div>それと、大体のことは自分はできるんだ。</div><div>と、自分の評価をやり直してみることをお勧めしました。</div><div><br></div><div>と言いながら</div><div>『わー！人に偉そうに言うけど、ぼくももう一回ちゃんと自己評価しよう。』</div><div><br></div><div>と思い直した、本日の出来事でした。</div><div><br></div><div><br></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12598633753.html</link>
<pubDate>Fri, 22 May 2020 00:20:15 +0900</pubDate>
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<title>うちのスタッフすばらしい！</title>
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<![CDATA[ <p>いま、外へ向けた活動がなかなかやりにくくなっている中で、<br>うちの職場では、自分たちの活動内容や、<br>これから大事にすべきことといった内省（雑談）に<br>時間を使うことが多くなっています。<br><br>うちには優秀なスタッフたちがいます！<br>こういう内省の時間にも、とてもよい話が聞けるので、<br>自慢げにご紹介したいと思います。<br><br>「これから我々はどんな事を大事にしてして成長して行くのか？」<br>というテーマで話している時<br><br>スタッフのＴ君は、<br>「僕ら若者にとって大事なことは勇気だと思っています。<br>その勇気につながるのが、思い出。<br>で、勇気がいる時にどんな思い出が頭に浮かぶかというと、一生懸命頑張った時の思い出なんです。<br><br>だんだんと歳を重ねると、学生の時とか若い頃のことってよっぽどじゃないと思い出せなくなって来てるじゃないですか。<br>その中でも思い出せる事とか、<br><br>あるいは、今年1年何があったかなぁ？<br>とか考えた時に、<br>やっぱり自分が一生懸命やったことが思い浮かんできて、<br>それが後押ししてくれる気がするんです。<br><br>だから後から振り返って、オレはこれ一生懸命やった！<br>と思える思い出をどんだけたくさん作るかが大事やと思ってます！<br>なので、いつもそうなるように今の時間を使う。」<br><br>すごいなぁ！と思いました。<br>Ｔ君に大事な事を思い出させてもらった気がします。<br><br>こんな時ですが、ぼくも一つひとつの事を<br>一生懸命にやり、<br>ちゃんと未来のぼくを後押ししてもらえる思い出にしてあげたいです。<br><br>よい思い出作っていきましょう！<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12594584432.html</link>
<pubDate>Mon, 04 May 2020 16:49:31 +0900</pubDate>
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<title>友人の死が教えてくれたこと</title>
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<![CDATA[ <p>先日、友人が亡くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>山の仕事をする人で、木に関する事業や市民活動を一緒にした仲間です。</p><p>数年前に森林組合から独立し、個人的に地域の方から依頼を受けて、</p><p>山の手入れをする仕事をしていました。</p><p>地域のこと、子どもたちのこと、自然環境の未来のことをとても熱心に考え、</p><p>行動する人でした。</p><p>39歳。</p><p>ぼくより若いのに順番を抜かして逝ってしまいました。</p><p>仕事中の山の事故でした。</p><p>&nbsp;</p><p>林業という、いつも危険と隣り合わせの仕事現場にいながら、いつもひょうひょうと</p><p>している彼は、ある意味ぼくのあこがれの人でした。</p><p>&nbsp;</p><p>時節柄、お別れの式は家族だけで行われましたが、お焼香だけの一般参列は許されたので、</p><p>最後の姿を拝みに行かせてもらいました。とても穏やかな顔で眠っていました。</p><p>彼には、奥様と、四人の子どもがいます。長男は高校生になったばかり。</p><p>一番下の子はまだ、未就学児です。</p><p>ぼくは、お焼香をしながら、心の中で思わず「なにやってんねん」とつぶやいていました。</p><p>&nbsp;</p><p>その後、もともと家族ぐるみでよく知っていたので、その場におられた奥様とも少し言葉を交わしました。</p><p>&nbsp;</p><p>「たいへんでしたねー」　と話しかけると</p><p>&nbsp;</p><p>奥様の目は泣き腫れていましたが、しっかりとした口調で、</p><p>&nbsp;</p><p>「でも、ちゃんと全部段取りして死んでいったんです。こちらがまったく困らないように。</p><p>だから深い愛情を感じています。彼はかっこいいです！」</p><p>&nbsp;</p><p>と言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>ハッとしました。</p><p>すごいなこいつ！</p><p>残された家族にこんな風に言ってもらえるってほんとに立派だと思いました。</p><p>「なにやってんねん。」と思った僕が恥ずかしい。</p><p>ぼくは、死んだあと、残された家族にこう言ってもらえる準備を何もしていない。</p><p>まったくしていない。</p><p>こっちこそなにやってんねん！</p><p>&nbsp;</p><p>いつ死んでも良い覚悟で仕事していない。まったく準備できてない。</p><p>&nbsp;</p><p>確かに、彼は林業という比較的死亡リスクの高い仕事に就いている分、そういう意識が高いのはあるのだろう。</p><p>しかし、どんな仕事、どんな生活でも、常に万が一ということはあり得る。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくもそういう覚悟と準備をしっかりしていこうと思う。</p><p>死んだあと、みんなを困らせないように。ちょっとでも「かっこいい。」と言ってもらえるように。</p><p>&nbsp;</p><p>ほんとに偉い人でした。ゆっくり休んでください。</p><p>合掌。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12590106391.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Apr 2020 19:15:45 +0900</pubDate>
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<title>4月1日ですが、ウソではないと思いたい</title>
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<![CDATA[ <p>ご報告です！<br><br>この度、「総務省　地域人材ネット」という<br>人材リストに名を連ねさせていただくことになりました。<br><br>他の登録者の皆さんを拝見すると実に壮々たるメンバーであり、その中にこんななりで混ぜてもらって良いのかしらと思いつつ、、<br>推薦してくださった京都府の職員さんや応援してくださる南丹市の職員さんの後押しもあり、<br>無事に審査を通過して、本日4月1日付で登録・公開されることとなりました！<br><br>みなさん本当にありがとうございます。<br>こんなご時世ですが、僕にできることを、誠意を持って頑張っていきたいと思います。<br>今後ともどうぞよろしくお願いいたします。<br><br>https://www.soumu.go.jp/ganbaru/jinzai/<br><br><br>https://www.soumu.go.jp/main_content/000674469.pdf</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12586381827.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Apr 2020 16:30:08 +0900</pubDate>
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<title>クジラククサ　～木と気と手の赴くままに～</title>
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<![CDATA[ <p>ものづくりの話をしたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今までも、自分の感覚や手に任せてつくるということをやっていたつもりでしたが、</p><p>&nbsp;</p><p>「誰かに気に入ってもらえるように」とか</p><p>「同業者から見たら、ここ恥ずかしいな～」とか</p><p>&nbsp;</p><p>いろんな雑念が入りながら作っていたように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>近頃、ちょっと開き直って、</p><p>「作りたいものを作りたいように、手の向くままに作ってやろう！」</p><p>と思っています。</p><p>そうすると、時間を忘れて、どんどん進めてしまいます。</p><p>今年から、ククサづくりにはまっており、楽しく作っています。</p><p>&nbsp;</p><p>雑念から解放されて、好きなようにやってやろう！</p><p>と思うと、とても気分が晴れやかで、自分が満足いくように作る心地よさを</p><p>かみしめている今日この頃です！</p><p>&nbsp;</p><p>先日完成したククサは、試作中に「クジラ」が頭に浮かんだので、</p><p>なんとなくクジラっぽいものができたように思っています。</p><p>ちょーどよい仕上がり具合です。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200327/19/kaltyo/2e/65/j/o2592172814734705155.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200327/19/kaltyo/2e/65/j/o2592172814734705155.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200327/19/kaltyo/82/8f/j/o1673113414734704903.jpg"><img alt="" height="285" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200327/19/kaltyo/82/8f/j/o1673113414734704903.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200327/19/kaltyo/48/e8/j/o2592172814734705313.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200327/19/kaltyo/48/e8/j/o2592172814734705313.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>木は、それぞれに表情があるので、その木と向き合いながら、木と気と手の赴くままに</p><p>削ってやろうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、まったく同じものはできませんが、</p><p>もし、同様のものが欲しい！と思っていただいた方は、</p><p>下のショップをぽちっとのぞいてみてください。</p><p><a href="https://16studio.base.shop/">https://16studio.base.shop/</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12585204644.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Mar 2020 19:34:28 +0900</pubDate>
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<title>春からの心構えとちょっと宣伝</title>
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<![CDATA[ <p>そんなわけで、</p><p>&nbsp;</p><p>近頃、大人が子どもに接するときの心構えとか、先を見通した影響力とかをよくよく考えるようになりました。</p><p>それは、自分の子どもだけでなく、自分の周りにいる子どもたち全般に言えることだと思います。</p><p>子どもたちは、大人がどんな風にふるまうのか、自分にとって、目指したい大人は誰なのかじーっと見ています。</p><p>よい影響を与えられる大人になりたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>『影響』とは、けっしてコントロールしようとすることではなく、子ども達が自分で考えられる状況・バトンを渡した上で、</p><p>「ぼく」という人間ならば、こんな判断するよ　という事例を紹介して見せるだけ。</p><p>という『小さな影響』をもたらすのがよいと思っています。</p><p>それを見て、子ども達が自分で判断し、行動する。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな「横の関係」を作っていきたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>それを踏まえ！4月8日からはリニューアルした「ツ・クール」を再開したいと思います。（宣伝）</p><p>ツ・クールも今年から11年目に突入します！！</p><p>&nbsp;</p><p>ツ・クールとは、子ども向け（小３～中３）のものづくり教室です。</p><p>月に3回、水曜日の夕方に集まって、主に木を使ったものづくりをやります。</p><p>今までと変わった点を２つ紹介します。</p><p>&nbsp;</p><p>★これまでは、こちらで考えたみんな同じ作品課題をみんな一斉につくるという形式でしたが、</p><p>これからは、子どもたちが作りたいと思うものを作ります。</p><p>&nbsp;</p><p>《思いをことばに》 → 《ことばをイメージ（スケッチ）に》 → 《イメージを図面に》 → 《図面を形に》</p><p>&nbsp;</p><p>という流れで、ゆっくりと子どもたちの思いを育てていきたいと思います！</p><p>&nbsp;</p><p>★これまでは、学習タイム と ものづくりタイム　の２時限構成（120分）で行っておりましたが、</p><p>これからは、ものづくりタイムだけを９０分実施し、その中で必要な学習知識も盛り込むというスタイルで行います！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ものづくりに関する技術と知識を育てつつ、やっぱり子どもたちが自分が考えたことを形にすることができるんだ！</p><p>という勇気と自信を身に着けるための時間にしていきたいと思っています！</p><p>どうぞよろしくお願いします！</p><p>&nbsp;</p><p>【ツ・クール概要】</p><p>時　：　月３回（水曜日）　17：30～19：00　（90分間）</p><p>場所：　京都府南丹市園部町船岡長畑52-3　おいでーな川辺（旧川辺小学校）　３３教室</p><p>月謝：　6,000円/月</p><p>入会金：　3,000円</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/10/kaltyo/02/0f/j/o1654234014733507004.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/10/kaltyo/02/0f/j/o1654234014733507004.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/10/kaltyo/b6/81/j/o1653234014733507071.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/10/kaltyo/b6/81/j/o1653234014733507071.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>★それから、ほぼ同様のコンセプトで大人向けのものづくりクラブも５月あたりから立ち上げたいと思っています。</p><p>これは土曜日で月１回～２回程度</p><p>木工の技術も学べますが、まずは、木をけずったり加工するときの心地よさを味わいながら、</p><p>ゆったりした時間を過ごすためのクラブです。「きらくらぶ」</p><p>&nbsp;</p><p>こちらもどうぞよろしくお願いいたします。</p><p>どちらも参加希望の方は、直接高橋までご連絡くださいねー。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12584661786.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Mar 2020 11:23:19 +0900</pubDate>
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<title>子どもとの時間は、自分を見つめる時間</title>
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<![CDATA[ <p>近ごろ、一連の社会の動きの中、子どもたちも学校がお休みで、ぼくもいろんな活動がキャンセルになり、なんとなく、子どもたちと過ごす時間が増えています。<br><br>めいめいちゃん（中1）と、パンチくん（小5）と過ごす時間はとても楽しい。<br>よく、こたつに3人並んで、いっしょに勉強したり、ゲームをしたりして過ごします。<br><br>彼らは今、どんどんいろんなものを吸収し、心の変化も多い時期であり、このタイミングで、こんなにたくさんの時間をいっしょに過ごせることはとてもよいことではないかと感じています。<br>（今もとなりでめいめいちゃんは大好きな歌を歌っています）<br><br>実は、今、ぼくと子どもたちとの関係が少しずつ変化していると感じています。<br><br>少し前まで、ぼくは、子どもたちを厳しく注意したり、叱ることがたまにありました。<br>それは、やはりぼくが自分の親父にそのようにされてきた真似をしてしまっていたこと、</p><p>（もちろん親父ほど激しくはないですが）<br>そしてこの社会の中で、<br><br>『子どもらを被害者にも加害者にもせずに<br>この街で暮らすため　まず何をすべきだろう』<br>（Mr.Childrenのタガタメより）<br><br>という思いが強かったこともあると思います。<br><br>しかし、近ごろのぼくはもう、<br><br>「彼らが考えることに任せよう」<br><br>という気持ちで彼らと過ごしています。<br>彼らは自分の良いこともそうでないことも<br>ちゃんと感じています。<br><br>被害者や加害者に、なるのもならないのも彼ら自身の問題です。<br><br>それを親だからといって、何かしらその辺りのコントロールをできると思っていることこそ、<br>まさにそのリスクを増やすのかもしれません。</p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">コントロールする、される関係ではなく、<br>友達のような対等な関係を築けばよいと思うのです。</span><br><br>すると彼らも、「パパが良いというかどうか？」というパパの判定とは関係なく、自分の判断で動くようになってきた気がします。<br><br>そうなると、ほんとにいっしょにいて楽しい。<br>勉強も自分がやりたいタイミングで<br>「パパ！この英語いっしょにやろう↗︎」（めいめい）<br>とか、<br>「後で数学教えてな」（パンチくん）<br>とか言って来てくれます。<br><br>ぼくはただ「はいはい」と言います。</p><p><br></p><p><br></p><p>人は、自分と自分の親との親子関係しか経験がありません。</p><p>だから、ついそれがスタンダードだと思ってしまうかもしれませんが、それを疑い、別の関係を築こうとすれば、大変面白く、これまでと違った親子関係の形が見えてくるのではないでしょうか。</p><p><br></p><p>ぼくは今、子どもたちとの関係の変化を楽しんでいます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12584040181.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Mar 2020 18:44:10 +0900</pubDate>
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<title>行動・反省日記による気づき</title>
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<![CDATA[ <p>先日書いたように、今年から「行動・反省日記」を書いています。<br><br>これによって、日々いろんな気づきを与えてもらえるのですが、その中でも近ごろちょっと面白い気づきがあります。<br><br>時々訪れる、怒りや苛立ちなどのマイナスの感情に対してリアクションをするとき、<br>どうやら、過去のぼくの嫌な思い出を反映しながらリアクションしている場合があるということです。<br><br>もちろんその瞬間に起こったことに対して気持ちが動かされるのですが、<br>なんというか、遠い昔、誰かにされて嫌だった反応の仕方とか、自分がしてしまったあまり良くない反応の仕方を<br>わざわざ真似したり、踏襲しているというケースがあると思うのです。<br><br>それに気づくと、ハッとします。<br>そして、それとはちがう反応の仕方をしようという気持ちになります。<br><br><br>どうやら、ぼくは親父の真似をしていることが多いのかもしれません。<br><br>ぼくは、自分の親父が怖くてたまりません。<br><br>もちろん親父にはいろんな大切なことを教えてもらい、感謝もしていますが、<br>親父は気に入らないことがあると、すぐに苛立ち、怒り狂います。<br>ぼくは、子どもの頃からいつも叱られて、怒鳴られて、殴られて育ってきました。<br><br>この嫌な反応方法を、わざわざ真似していたところがあるのではないかと思うのです。<br><br><br>ご迷惑をおかけしてすみません。<br><br>この気づきを生かし、日々訓練して成長していきたいと思います。<br>そして、周りの人々ともっと良い人間関係を気づいて行きたいなぁと思う今日この頃です。<br><br>よろしくお願いします。<br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12583470225.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2020 12:12:10 +0900</pubDate>
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<title>行動・反省日記　～山ちゃんの真似～</title>
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<![CDATA[ <p>ちょーひさびさの投稿です！</p><p>とある圧力団体から圧をかけられ、記事を書きます。</p><p>&nbsp;</p><p>最近、「自分を見つめる」、「反省をする」、「心を磨く」といったことにたいへん意識が高まっています。</p><p>思えば、ここ10年ほどのぼくは、いろんな団体や活動を立ち上げて、</p><p>ぐんぐん推進することの意識が高く、</p><p>自分のことをしっかり見つめるということをさぼっていたように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>いや、自分ではその都度ちゃんと振り返っているつもりでおりましたが、</p><p>どちらかというと、前に進むことばかりに意識が向いており、</p><p>ちゃんと立ち止まって、自分の振る舞いや、もっと良くするにはどうすべきだったのか、</p><p>という反芻作業は、ないがしろにしてきたのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>すると、どうなるかというと、</p><p>「これはこれでよい結果じゃないか」と考えたり、</p><p>うまくいかなかった部分の原因は、「自分ではなく、他者やまわりの環境のせいであった」</p><p>という心の処理を行う習慣が身についていたように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>それを、周りの人からは、</p><p>「いつもプラス思考の前向きな人」</p><p>と評価され、自分もそれで良い気分になっていたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>それが、</p><p>&nbsp;</p><p>最近、アドラー心理学、哲学に関する本を読んだり、いろんな人と話をする中で、</p><p>自分と人を幸せにするには、ちゃんと自分の中身を見つめなおして、もっと磨いていくべきだと強く思うようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで、2020年から、「行動・反省日記」を付けることを始めてみました！</p><p>大した内容ではありません。</p><p>その日の行動を書きながら、その日に起こったことをもう一度振り返りつつ、気になった場面で停止し、</p><p>もっとよい振る舞いや発言方法はなかったのか？と考え、思いついた別案を書いています。</p><p>&nbsp;</p><p>これが、とても面白い。</p><p>&nbsp;</p><p>基本的に記憶力が怪しい僕は、一日を振り返るだけでもなかなかの作業ですが、</p><p>その日、書くまでは、「あれはあれしか方法がなかった」「ぼくにはああするしかなかった」とか</p><p>「あれは、相手の問題だ」とか思っていたことが、</p><p>書きはじめてみると、「いや、他にも言い方あったかも」「いやぼくにもなんかできることあったなー」</p><p>と思いついたり、思い直したりします。</p><p>（あと、このときリアクションの天才・尊敬する山ちゃんならどう切り返すかなー？と考えたりもします）</p><p>&nbsp;</p><p>そうすると、反省（自責）の念も生まれますが、どちらかというと、「改善策が見つかってうれしい」という</p><p>気持ちが膨らみます。</p><p>試合に負けたけど、課題が見つかった喜びとでもいうのでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>これをはじめてから、今までよりも冷静にものごとに対処できるようになってきた気がしますし、</p><p>いろんな偶然のハッピー（セレンディピティ）が訪れてくれるような気もしています。</p><p>&nbsp;</p><p>結局、周りに起こることは、自分の投げた球が跳ね返ってきてるだけなんやなー。</p><p>と思います。</p><p>&nbsp;</p><p>（圧をかけられて、記事を書きましたが、そのおかげでぼくの気持ちはさわやかです。ありがとう！圧力団体）</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaltyo/entry-12583070870.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Mar 2020 18:45:04 +0900</pubDate>
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