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<title>髪結床の浮世床</title>
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<description>私、髪結床（かみゆいどこ）が感じたあれやこれや。</description>
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<title>ビバ！歌謡曲～「五番街のマリーへ」</title>
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<![CDATA[ <p>ビバ！歌謡曲です。</p><p>今回は</p><br><br><p>「五番街のマリーへ」</p><br><br><p>です。</p><br><br><br><br><p>作曲：都倉俊一　　作詞：阿久悠　　歌唱：ペトロ＆カプリシャス</p><br><br><br><br><br><br><p>さて、ペトロ＆カプリシャスと言えば７０年代高橋真梨子が在籍したグ</p><p>ループとしても有名です。当時は割りとお洒落なグループだったので、</p><p>位置付けとしては、フォーク・ニューミュージック系に属すると考える</p><p>方もいらっしゃるかも知れませんが、さにあらず。</p><p>作曲都倉俊一、作詞阿久悠と来れば、これはもうれっきとした歌謡曲</p><p>と言えるでしょう。何しろピンクレディーを創り上げたコンビですから。</p><br><p>さて、このペトロ＆カプリシャスのヒット曲と言えば、やはり「ジョニィへ</p><p>の伝言」とこの「五番街のマリーへ」ということになるでしょう。他にも</p><p>ありますけど、正直それほど大した曲はありませんねぇ。</p><br><p>この２曲のヒット曲に共通して言えること、それは「リスナー巻き込み</p><p>型」の歌詞であるということです。</p><p>「ジョニィへの伝言」はタイトルからしてそうですが、街を去っていく女</p><p>がジョニィへの伝言を頼むという歌詞。誰に頼むかと言えば、それは</p><p>貴方、この曲を聴いている貴方に頼むのです。</p><br><p>「ジョニィが来たなら伝えてよ　二時間待ってたと　割と元気よく出て行</p><p>ったよと　お酒のついでに話してよ　友達なら　そこのところ　うまく伝え</p><p>て」</p><br><p>何と貴方はジョニィの友達なのです。彼女とジョニィがどういう関係か</p><p>細かくはこの歌からは分かりませんが、何かの事情で彼女はこの街</p><p>を去るのです。二時間待っていたが、ジョニィは来ない。仕方ないか</p><p>ら、友達の貴方に上手く伝えてくれ、心配しないでと、そんなところで</p><p>すね。</p><br><p>何とも凄い歌詞の構成じゃないですか。さすがは阿久悠。</p><p>聴いている人を歌の世界の登場人物に仕立て上げるという他に類を</p><p>見ないリスナー参加型というジャンルです。</p><br><p>そして「五番街のマリーへ」</p><p>こちらはその第２弾です。「ジョニィへの伝言」が好評だったからか、</p><p>この曲も同様にリスナーが巻き込まれます。</p><p>「五番街へ行ったなら　マリーの家へ行き　どんな暮らししているの</p><p>か　見て来て欲しい」</p><br><p>はい、今回も貴方は頼まれごとをされてしまいます。</p><p>貴方は五番街まで出向いて、マリーの家を探さなければならないの</p><p>です。五番街は古い街なので昔からの人が住んでいるから、そういう</p><p>人たちに聞いて、マリーを探して欲しいということなんですね。</p><br><p>この歌ではちょこっとだけ事情が明かされます。</p><p>「マリーという娘と　遠い昔に暮らし　悲しい思いをさせた　それだけが</p><p>気がかり」</p><p>はい、昔の女なんですね、マリーは。</p><p>その彼女が今幸せなら、家には寄らないで欲しい。五番街は近いけれ</p><p>ど、とても遠いところなんだ、そんな気持ちを察して、悪いけれど行っ</p><p>て来てくれ、と、まぁ、そんな頼みごとを浪々と歌われるわけです。</p><br><p>この歌詞、もう職人芸ですよね。上手すぎる。</p><p>「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」、どちらも名曲ですけれど、</p><p>私が「五番街のマリーへ」の方を取り上げたのは、単純にこちらのメロ</p><p>ディの方が好きだというだけの理由です。シンプルで童謡のようなメロ</p><p>ディが美しいバラッドです。</p><p>両方とも魅力的なメロディですから、人によって分かれるところでしょう。</p><p>これまたさすが都倉俊一といったところでしょうか。</p><br><p>ちなみにこの曲のタイトルは「五番街のマリーへ」です。「へ」が付きま</p><p>す、最後にね。</p><p>「五番街のマリー」ではありませんので、お気をつけ下さい。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p><br></p><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p><br>
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<pubDate>Wed, 25 Nov 2015 21:57:54 +0900</pubDate>
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<title>ビバ！歌謡曲～「裸のビーナス」</title>
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<![CDATA[ <p>「ビバ！歌謡曲」の３回目です。</p><br><br><p><br></p><p>今回は「裸のビーナス」</p><br><br><br><br><p>作曲：筒美京平　作詞：岩谷時子　歌唱：郷ひろみ</p><br><br><br><br><br><br><br><p>デビューしてからしばらくの間の郷ひろみというのは、類稀なるシン</p><p>ガーだと思っています。誰でもご存知の通り、彼の声はちょっと変わ</p><p>っています。その上、その頃の彼は男っぽさのない、中性的な魅力</p><p>の少年であり、その風貌に似つかわしい様な歌い方をしていました。</p><p>要は「なよなよした歌い方」だったということです。</p><p>そのため、あの変わった声がより際立っており、ちょっと二人といない</p><p>魅力的なシンガーだったと考えています。</p><br><p>しかし、デビューしてどれくらい経ったころからでしょう、彼もやはり男</p><p>の子から男に変わります。彼自身も「なよなよした歌い方」なんて嫌</p><p>だと思ったでしょう。その頃から彼は正に男性シンガーとなるのです。</p><p>まぁ、アイドルから大人の歌手へという段階よりは一歩手前でしょうけ</p><p>ど、そういう変貌を遂げます。</p><p>そして、彼は普通の歌手になってしまった。今だにその声はちょっと</p><p>変わっているけれども、それほど魅力的なシンガーではなくなってし</p><p>まった、そう感じています。</p><br><p>デビュー曲「男の子女の子」から「誘われてフラメンコ」あたりが全盛、</p><p>その後「なよなよ」と「普通」の混ざり合った時期を経て、「あなたがい</p><p>から僕がいた」の頃にはすっかり普通の歌手になっていました。</p><br><p>その全盛期の彼のシングルはどれも素晴らしい。</p><p>私は敢えてその中から「裸のビーナス」を選びましたが、名曲は多い。</p><p>「花とみつばち」「花のように鳥のように」「君は特別」「小さな経験」な</p><p>どなど。その頃の作品群の中でベストを選べと言われればかなり票</p><p>が割れるところでしょう。世間的には「よろしく哀愁」の人気が高いか</p><p>も知れません。</p><p>しかし、私はコレ！「裸のビーナス」を推します。</p><p>「よろしく哀愁」は名曲ですけど、郷ひろみの歌唱としては割合と「な</p><p>よなよ感」が薄く、ちょっと普通に近いのです。それでは不満。</p><br><p>初期の郷ひろみのシングル曲は外国曲のカバーを除けば全て筒美</p><p>京平作品です。これは私の好みなんですが、この「裸のビーナス」は</p><p>最後歌が終わってエンディングのところでイントロに戻るんですね、こ</p><p>いう構成が好きなんだな、私は。自分の曲でもそういうのが多いから。</p><p>また、正直詞の方は何でもいいんです。岩谷さんごめんなさい。</p><br><p>これは、郷ひろみというシンガーのほんの一時期にしか存在しなかっ</p><p>たこの世で唯一と言ってもいいほどの魅力を堪能する曲です。</p><p>もう彼自身ですらこの魅力を出すことは出来ないし、仮に今これをコ</p><p>ンサートで歌っても普通にしか歌えません。まぁ、あの年でなよなよ</p><p>歌ってたら気持ち悪いし（笑）。</p><br><p>だからこそ、ＣＤでこれを聴く意味はもの凄く大きい。</p><p>是非、皆さんに楽しんでもらいたい。</p><p>今は廃盤になっていますけど、昔４枚組みのシングルコレクションが</p><p>ありました。それを古レコード屋とかで入手するのがお勧めです。</p><p>それなら、大人になってからの彼も楽しめるし、全盛期の彼、すなわ</p><p>ちデビュー直後の彼も満喫出来ます。</p><br><div class="res"><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p><br></p><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p><p><br></p></div>
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<pubDate>Tue, 24 Nov 2015 23:39:30 +0900</pubDate>
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<title>ビバ！歌謡曲～「古い日記」</title>
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<![CDATA[ <p>ビバ！歌謡曲の２回目です。</p><p>今日は</p><br><br><br><p>「古い日記」</p><br><br><br><p>です。</p><br><br><br><p>作曲：馬飼野康二　作詞：安井かずみ　歌唱：和田アキ子</p><br><br><br><br><br><br><p>この歌はとても有名でしょう。</p><p>しかし、意外とこの「古い日記」というタイトルと歌の中身が一致しない</p><p>人も多いのではないだろうか？</p><br><p>以前、私がレコーディングのためスタジオにいると、そのエンジニアと</p><p>いうか、私のプロデュースをしている人のところへ電話がかかってき</p><p>ました。そのスタジオの側には音楽学校があって、そこの生徒もよく</p><p>そのスタジオを利用しているのだ。その音楽学校からの電話だった。</p><br><p>そこの生徒さんが和田アキ子の「あの頃は～　ハッ！　二人とも～」</p><p>っていう歌を歌いたがっているんだが、タイトルを知らないか？という</p><p>内容だったのだ。</p><p>そう、その生徒さんは、その歌を歌いたかったのだが、タイトルを知ら</p><p>ない。音楽学校の先生もタイトルを知らない。そして電話を受けたその</p><p>プロデューサーの方もタイトルを知らなかった。私が、それは「古い日</p><p>記」だよと言って問題は解決しました（笑）。</p><br><p>この歌の歌詞一番はこうです</p><br><p>あの頃は　二人とも　何故かしら　世間には</p><p>すねたよな暮らし方　恋の小さなアパートで</p><br><p>このように歌詞を書くと、多くの人がメロディを追えると思うのですが、</p><p>何故かタイトル「古い日記」というのが出てこない。</p><p>これは恐らく曲の歌詞の中に「古い日記」という言葉が出て来ないから</p><p>なんだと思います。</p><p>一番の歌詞からも分かると思いますが、この歌の主人公は「あの頃」</p><p>を思い出しているのです。全体的には、「あの頃はちょっとはぐれた</p><p>生活をしていたし、愛とかよく分からなかったけど、今よりも自由で</p><p>純粋だった」と主人公が昔を懐古する内容になっています。</p><p>ひょっとすると、引越しでもしていて、偶然「古い日記」を見つけて、当</p><p>時を振り返っているのかも知れません。</p><br><p>あの頃は　二人とも　他人など　信じない</p><p>自分たちだけだった　あとはどうでも構わない</p><br><p>あの頃は　二人とも　先のこと　考える</p><p>暇なんてなかったし　愛も大事にしなかった</p><br><p>あの頃は　二人とも　雨の日は雨に濡れ</p><p>今よりも　さりげなく　恋と自由に生きていた</p><br><p>まぁ、こういう歌詞が続々と出てくるわけですね。</p><p>しかし、何ともかっこいい歌詞ではないですか。そして、その歌のタイト</p><p>ルを「あの頃は」とかにせず、「古い日記」とするところが、天才「ずず」</p><p>ですねぇ。だから、この歌のタイトルはちゃんと覚えましょう（笑）。</p><br><p>で、この歌、メロディにもパンチがあるし、和田アキ子の歌唱も素晴らし</p><p>く、私個人としては、名作と言われる「あの鐘を鳴らすのはあなた」より</p><p>高く評価しています。残念ながら、紅白とかでは「あの鐘～」ばかり歌わ</p><p>れてしまって、あまり見向きもされません。この曲はアレンジをもう少し</p><p>今風に、というか、今の楽器でやれば相当ハードな曲になると思うのだ</p><p>が。</p><br><p>ちなみに、どこぞのお笑い芸人の物真似の印象から、</p><p>「あの頃は　ハッ！」って思っている人がいるかも知れませんけど、</p><p>「あの頃は」のあとに「ハッ！」は入りません。ヨロシク。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p><br></p><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p><p><br><br><br><br><br></p>
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<pubDate>Wed, 18 Nov 2015 23:41:18 +0900</pubDate>
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<title>ビバ！歌謡曲～「セクシー・バス・ストップ」</title>
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<![CDATA[ <p>と言うわけで、第一回「ビバ！歌謡曲」はこの曲、</p><br><br><br><p>「セクシー・バスストップ」</p><br><br><p>です。</p><br><p>作曲　ジャック・ダイアモンド　 作詞　橋本淳　   歌唱　浅野ゆう子。</p><br><br><br><br><br><p>この曲は聴いて頂くとすぐにお分かり頂けますが、７０年代ディスコ</p><p>サウンドをものの見事に取り入れて、それを日本的歌謡曲へと昇華</p><p>させたという名曲です。まぁ、１９７６年の作品ですから、流行ものを</p><p>狙ったのでしょうけど。</p><p>その上、そのメロディ展開はどこかチャイナポップ風であり、オリエン</p><p>タルムードが漂っています。</p><p>美しく、軽快で、ノリがいい。チョッパーベースが非常にいいです。</p><br><p>さて、このジャック・ダイアモンドという人。</p><p>聞いたことありませんね。</p><p>まぁ、それもそのはず、これは偽名です。正体はあの筒美京平氏で</p><p>すね。つまり、これは日本の歌謡曲のヒットメイカー、一説ではパクリ</p><p>キングと言われる筒美氏が、意識的にヨーロッパディスコのサウンド</p><p>を再現したものであるのです。それがわざとであるのは、あの偽名が</p><p>物語っているところですね。</p><p>これは実に見事。それこそ、英語の歌詞でも付けられれば、そうとは</p><p>気付かないくらいの精巧なダミーぶりには脱帽です。</p><br><p>ただ、編曲のクレジットは高田弘となっています。</p><p>この人はどんな人でしょう？</p><p>あのアレンジがその人の仕事ということなのだとしたら、一番偉いのは</p><p>高田弘ということになるが。</p><br><p>詞はね、正直何でもいいと思うんです。</p><p>それなりに雰囲気を壊さない程度のものであれば。これはもちろんそ</p><p>れを充分果たしています。</p><br><p>さて、歌ったのは浅野ゆう子です。</p><p>若い方は彼女がアイドル歌手だったことをご存じないかも知れませ</p><p>んね。もの凄いトップアイドルと言うわけではなかったけど、まぁ、誰</p><p>でも知っているくらいの存在ではありました。その後、消えたな～と</p><p>思っていたら、８０年代後半バブル期に狂い咲き、トレンディドラマの</p><p>女王となりました。不思議なものです。</p><p>印象に残っているのはマジックペンのＣＭ。</p><p>水着の上に白いジャケットを着ている彼女。</p><p>そこに右と左から２本のマジックで白いジャケットに落書きする。</p><p>そのジャケットを脱ぐと、片方はその下の白い水着にうつっているが、</p><p>片方は裏うつりしていない。そうです、裏うつりしないマジックペンの</p><p>ＣＭだったのです。そのために水着になっていた彼女。その後にあん</p><p>なブレイクすることがあるんですねぇ。</p><br><p>別に彼女歌が上手いっていうわけじゃありません。いわゆる、アイドル</p><p>の歌です。でも、まぁ、彼女の声とこの歌はとてもマッチしています。</p><p>タイトルの通り、セクシーな感じがどことなく漂います。</p><br><p>この曲には筒美氏の歌謡曲魂がある。</p><p>浅野ゆう子のアイドル時代が記録されている。</p><p>まぁ、それだけでも一聴の価値があります。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><p><br><br></p><p><br></p><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p><br>
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<pubDate>Mon, 16 Nov 2015 22:30:13 +0900</pubDate>
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<title>ビバ！歌謡曲～序論</title>
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<![CDATA[ <p>私のブログのコーナーの一つ、「ビバ!歌謡曲」を振り返ります。</p><p>これから随時再掲載をしていく予定です。</p><p>宜しくお願いします。</p><br><br><br><br><p>歌謡曲というとどんな印象でしょう？</p><p>ロックやヒップホップはかっこいいけど、歌謡曲は古臭い？</p><p>もちろん、一口に歌謡曲と言っても、演歌あり、ポップスありとその</p><p>ジャンルは広いので、一つにまとめて語るのは無理があるのです</p><p>が、個々の音楽性はいざ知らず、歌謡曲と、ニューミュージックと</p><p>呼ばれたロック、フォークを総称する音楽とは明確に一線を画する</p><p>のです。</p><br><p>芸能界と音楽界と言ってもいいかな。</p><p>もちろん、両方とも双方が混じりあう形であるには間違いないが、</p><p>歌謡曲の芸能界的側面に対するアンチテーゼみたいな形でロック</p><p>やフォークがあったというのも一面真実でしょうから、大まかに言え</p><p>ば、そういう区分けになりますね。</p><br><p>私はロックが好きです。</p><p>自分でロックも創ります。でも、それをリスナーとして考えた場合、</p><p>一番好きなのは洋楽です、すなわち外国のロック。</p><p>そして、その次が日本のロックかというとそうではない。</p><br><p>歌謡曲の方が好き。アニメソングの方が好き。民謡の方が好き。</p><p>言うなれば、日本の音楽の中で、日本のロックはあまり好きではな</p><p>い音楽に属するだろうか。</p><p>全てがそうというわけではない。好きなバンドもたくさんいます。それ</p><p>にＣＤも買うし、楽曲も聴きます。</p><br><p>でも、私の中で日本のポップスと言えば、「歌謡曲」です。</p><p>決してロックやフォークではありません。</p><p>年代的には、丁度ロック、フォークといったニューミュージックが大き</p><p>く台頭し、既に市民権を得ていた時代でした。一方で、まだ歌謡曲的</p><p>なアイドルたちも活躍していた時代でもあり、私は少年時代どちらに</p><p>も触れることが出来たと言えるでしょう。</p><p>そんな中で、私の心を捉えて離さなかった音楽は、外国のロックと日</p><p>本の歌謡曲でした。まぁ、アニメソングもだけど。</p><br><p>それは恐らく洋楽に対する劣等感でしょうね、私の中の。</p><p>日本のアーティストがやることはどうしても外国のアーティストのフォ</p><p>ロワーみたいなものが少なくありません。８０年代、世界の音楽シー</p><p>ンをリードしていたのはイギリスやアメリカのミュージシャンであるこ</p><p>とは間違いなく、それらと日本のバンドを比べてはため息をつくような</p><p>少年だったのです。その上、日本のアーティストに対しては、自分が</p><p>創ったわけでもないのに、「お前らにはこんな真似出来ないだろ」くら</p><p>いのことを思っていました。</p><br><p>そんな思いから、日本のロックは自然と耳に入ってくるもの以外には</p><p>無理に聴くことは無かったでしょう。まぁ、今でもそういう思いはどこか</p><p>に残っていますが、私も丸くなりましたし、研究の意味もあって何でも</p><p>聴きますけど。</p><p>そこで、私にとって邦楽といえば、「歌謡曲」です。</p><p>ロック対決では洋楽に遙かに及ばなくても、歌謡曲は外国には存在</p><p>しないちょっといかがわしい音楽ということで、こちらの方が私にはし</p><p>っり来たのです。</p><br><p>そんな私が、現状の歌謡曲の衰退、滅亡？を憂い、過去の名曲たち、</p><p>と言うより、単に私のお気に入りの曲を紹介していくという新企画を</p><p>開始しようと思います。</p><br><p>それが、「ビバ！歌謡曲」です。</p><br><p>本日はその序論と言うことで、それではまたお会いしましょう。</p><br><br><br><br><p>髪結床オフィシャルＨＰ<a href="http://homepage3.nifty.com/kamiyuidoko/">http://homepage3.nifty.com/kamiyuidoko/</a> </p><p><br></p><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p><p>髪結床Ｗａｃｃａ<a href="http://wacca.tv/a/kamiyuidoko">http://wacca.tv/a/kamiyuidoko</a> </p>
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<pubDate>Sun, 15 Nov 2015 21:07:29 +0900</pubDate>
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<title>夏の歌と秋の歌（再）</title>
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<![CDATA[ <p>百人一首のような和歌</p><p>今では圧倒的に文学の世界に位置するものと捉えられることが多い</p><p>けれど、本来的には和歌はある程度節回しによって歌われるもので</p><p>あることは言うまでもありません。</p><p>かるた大会などの読手はそうして読むし、そもそも、だからこそ和歌</p><p>であり短歌と言うのだろう。</p><br><p>この百人一首を見てみると、１００首のうち恋の歌が４３首もある。</p><p>まぁ、昨今の流行歌にしてもラブソングが多数を占めていることを見</p><p>ると、今も昔も最大の関心事は恋愛ということか。</p><p>そこらへんは当たり前と言えば、当たり前だろうね。</p><br><p>恋の歌以外では、旅やその他の歌が２５首ある。</p><p>それ以外は季節がらみの歌ということになる。</p><p>季節の歌っていうのも現在と共通だと思う。</p><p>J－POPにおいても春になれば、桜の歌が増えるなんてことは普通</p><p>に起こることだ。</p><br><p>その中でも最も多いのが夏の歌ではないだろうか？</p><p>それこそ夏の歌を歌っているだけでも商売が成り立っているバンド</p><p>もいるくらいだから、夏は特別なのではないか。</p><p>ポップスの世界における夏、</p><p>それは自由で開放的で、恋が芽生える目くるめく季節。</p><p>もちろん、他の季節も季節ごとに歌われるけれど、夏の比ではない。</p><br><p>では、百人一首ではどうか？</p><p>夏の歌は何と４首しかないではないか。</p><p>実は春夏秋冬の中で最も少ないのが夏なのだ。</p><p>では、最も多いのは？</p><p>そう、秋なんですね。</p><p>秋の歌は１６首と圧倒的に多い。ちなみに春６、冬６ね。</p><p>つまり、恋の歌に次いで多いのが秋の歌ということだな。</p><br><p>ここが今昔の差。</p><p>やはり昔の感覚からすると、秋こそが「実りの季節」なんでしょう。</p><p>だからこそ、暑く辛い夏を乗り越えてやっと来た豊穣の季節をあり</p><p>がたがる。</p><p>一方で現代の感覚からすると、夏は暑いが故に夏休みがあって、</p><p>海に山にレジャーへ。当然、恋が芽生えることもあるかも知れない。</p><p>そして、秋を迎えると、それが夏の幻想であったと気付くのだ。</p><p>だから、秋は感傷的な季節になっている。</p><br><br><p>どっちがいい悪いじゃなくてさ、</p><p>その違いが面白いね。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p>
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<pubDate>Tue, 03 Nov 2015 21:45:28 +0900</pubDate>
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<title>私はついていけなかった</title>
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<![CDATA[ <p>映画「ソロモンの偽証」を観ました。</p><p>全く予備知識なしでした。</p><p>ただ、話題作ですし、大々的にレンタル開始になりましたから、</p><p>「じゃぁ、借りてみるか」と軽い気持ちでね。</p><br><p>前編・後編あわせると４時間を超える大長編だ。</p><p>一気に観ました。こういうのはそうするに限る。</p><p>原作はベストセラー作家・宮部みゆき氏だそうだ。原作は読んでませんし、彼女</p><p>の作品は全く読んだことが無い。と、言うより、推理小説、ミステリー小説の類に</p><p>あまり興味がないのだ、ジャンル的に好みじゃない。</p><p>だから、映画で観る方がいい。</p><br><p>さて、ここからは、ネタバレ入って来ますので、未見の方はお気をつけ下さい。</p><br><br><br><p>このストーリーの発端は学校の裏庭で死体が発見されること。</p><p>警察は自殺と断定し事件性を否定するが、その直後に怪文書が出回る。</p><p>「あれは殺人だ。私は目撃した。」という内容だ。犯人も学校の生徒３人を特定</p><p>していた。しかし、警察も学校もそれを無視した。と言うより、怪文書の内容の</p><p>不自然さゆえに狂言と見抜いていたし、その犯人は生徒であることまで突き止</p><p>めていたため、事を荒立てなかったというべきか。</p><br><p>しかし、怪文書の存在はテレビ局の取材などにより露見してしまい、生徒や父</p><p>兄らは学校や警察への不信感を募らせる。また、怪文書で犯人とされていた少</p><p>年たちは日ごろから素行が悪かったため本当に疑う人間も少なからず現われ</p><p>る。また、その直後、怪文書に関わったと思われる女子生徒が交通事故にあって</p><p>死んでしまう。ただ、事件は表向きには解決し、生徒たちはうやむやになったと</p><p>感じながらもに日常生活に戻っていく。</p><br><p>その半年後、割り切れない思いを抱えていた生徒たちが立ち上がり、独自にこ</p><p>の事件の裁判を開いて真実を追いかける、まぁ、そんなドラマだ。</p><br><br><p>ただ、この話はそれほど展開のしようがないのだ。</p><p>怪文書が狂言なのは初めからほぼ分かっているし、犯人も分かっている。</p><p>その一人は交通事故で死んでしまったが、そこに事件性は無い。</p><br><p>波乱があるとすれば、警察が自殺と断定した事件が殺人であった可能性だが、</p><p>登場人物を見渡すと、その犯人足り得るのはただ一人だけで、その少年が殺し</p><p>たか、自殺かと言う選択肢位しか残っていない。</p><p>結局、その少年は現場にはいたし、「死んでやる」という友達に対して冷たい言</p><p>葉を投げつけ、結果友達を自殺に追い込んだ形であったが、殺人事件ではなく、</p><p>警察の断定通り自殺だった。</p><br><p>私が不思議に思ったのは、警察が自殺と断定した事件の真実を生徒たちが追い</p><p>かけ、やっぱり自殺だったという展開だ。話としては現実的だが、前編・後編を</p><p>観た結果、結局何も変わっていないようにしか思えない。その上、ドラマ上の台詞</p><p>の数々から、自殺した少年はかねてより自殺願望があったし、見方によれば心を</p><p>病んでいたかも知れない。その彼の自殺について、いい加減な怪文書があった</p><p>というだけで無理矢理裁判をやって、やはり自殺でしたと結論付けるのだ。怪文書</p><p>で犯人扱いされた少年が行ったいじめなどに対する反省、怪文書を書いた少女</p><p>のやむにやまれぬ思い、その一方で、一緒に怪文書を出した友達への裏切りと</p><p>悔恨などが裁判によってもたらされ、一見解決ムードは漂う。</p><p>しかし、どうも自殺した少年の両親にとっては実に残酷なものだったのではない</p><p>かという後味の悪さがあったし、そこについては何のフォローも無かった。</p><br><br><p>原作については分からないので、細部に至るまでしっかり映画化したいというの</p><p>なら、前編・後編というのも必要なのかも知れないけれど、</p><p>このストーリーを描くだけなら、不要かつ冗漫なシーンが数多くあり、２時間程度</p><p>で良かったのではないか。何も２本に分ける必要は無かった。</p><p>無用に倍額を搾取する映画と感じた。</p><p>その上、ストーリー自体決して面白いとは思えないもので、</p><p>お昼過ぎから見始めて、見終わった時には夕方になっていたのが妙に悔しかっ</p><p>ったよ。</p><p><br><br></p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p>
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<link>https://ameblo.jp/kamiyuidoko/entry-12090827369.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Nov 2015 18:02:10 +0900</pubDate>
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<title>さて、やっていいことは何？</title>
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<![CDATA[ <p>え～、昨日は以前書いたブログを紹介しました。</p><p>漫画作品の実写映画化に関するものです。</p><p>基本的に漫画を実写映画にすることは反対です。</p><p>漫画は漫画として完成しているわけで、別にそれが実写になったところを見て</p><p>みたいなどと思うことは全くありません。</p><p>まぁ、作者はそういう思いがあるのかも知れませんし、商売でもあるのだから</p><p>それを促進するのを止める権利は私たちファンにはありませんけど、意見を</p><p>いう事は自由ですからね。</p><br><p>さて、そんな漫画の実写映画化は今なお続いていますね。</p><p>「暗殺教室」もなりましたよね、今度は「バクマン」もだね。「ちはやふる」もだっ</p><p>たかな。</p><br><p>どれも感心しませんけど、「バクマン」あたりはいい線かも知れません。</p><p>伝説の作品という訳ではないけれど、内容が濃いサクセスストーリーになりそ</p><p>うです。ただし、あれもかなりの長編だから、最初の方の漫画家になるまでの</p><p>部分を抜粋ってとこでしょう。</p><br><p>そこで私は思うのですが、そんなに人気漫画を実写映画化したいのなら、一つ</p><p>もってこいの作品があると思うのです。</p><p>それが、</p><br><br><p>「ULTRAMAN」</p><br><br><p>です。</p><br><br><p>御存知の方も多いでしょう、あの「ウルトラマン」を子供向け特撮から本格的な</p><p>ＳＦ作品へと再構築した漫画。確か2013年に「このマンガがすごい」ではＴＯＰ</p><p>１０にランクインしたはず。</p><p>舞台は現代の日本。かつて「ウルトラマン」の主人公として変身していたハヤタ</p><p>隊員も登場する、その息子が新作の主人公だ。</p><br><p>ウルトラマンであれば、そもそも実写が元ネタなわけだ、むしろ、漫画がその</p><p>設定自体を借りてきたのだから、遠慮なく実写映画化したらいいのではなかろ</p><p>うか。もちろん、ハヤタ役には黒部進氏を起用して。</p><br><p>ただでさえ、「ウルトラマン」であれば、ネームヴァリューもあるし、大人から子</p><p>供まで幅広い層が狙えそうだけど。まぁ、内容的にはちょっと子供にはキツイか</p><p>も知れんが。</p><br><br><p>「ULTRAMAN」だったら、支持するぞ。</p><p><br><br><br><br><br></p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p>
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<link>https://ameblo.jp/kamiyuidoko/entry-12089405175.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Oct 2015 23:38:04 +0900</pubDate>
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<title>やっていいことと悪いことがある(再）</title>
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<![CDATA[ <p>何度も書いていることですけど、</p><p>漫画の映画化の波は止まりません。</p><p>１０年前はそれほどでもなかったと思うのだけど、特に最近は凄い数</p><p>の漫画が実写映画化されています。</p><br><p>基本的に面白い漫画を実写映画化するのには反対ですが、</p><p>それでも、どうしても映画化したい、やってみたいという思いが製作側</p><p>にあって、商売としても成り立つと考えればやむを得ないこととこちら</p><p>は見守るしかありません。</p><p>そして、必ずしもそれが失敗するとは限らないし、私だって何とか面白</p><p>いものになってほしいと思うのだ。</p><p>好きな漫画の実写映画版が原作の世界を守って面白い映画になって</p><p>いれば、私だってほっとするし、嬉しいのだ。</p><br><p>で、「宇宙戦艦ヤマト」や「あしたのジョー」の実写映画化について書い</p><p>た際にも少し触れましたけど、</p><p>実写映画化する場合、</p><p>上手くいく作品とそうでない作品、</p><p>いや、そうじゃないな、</p><p>「やっていいこと」と「やって悪いこと」っていうのがあると思うのです。</p><br><p>「やっていいこと」というのは、映画として上質だとか素晴らしい演出だ</p><p>とかそういう話ではありません。</p><p>その作品がどうであるか以前に、</p><p>「この漫画は実写映画化してはいけない」という強い意識があるものと</p><p>ないものがあって、その意識が弱いものは実写映画化に向いているし、</p><p>その意識が強いものは実写映画化には向いていない。</p><br><p>簡単に言ってしまえば、</p><p>漫画作品、あるいはアニメ作品が不朽の名作であったり、コアなファン</p><p>を今だに残している場合はその意識が強く、従って実写映画化にも強い</p><p>抵抗が芽生えてしまうし、ひいては原作である漫画作品への冒涜とファ</p><p>ンは受け取ることになるのです。</p><br><br><p>例えば、最近の例で言うと、</p><p>「のだめカンタービレ」「カイジ」「デトロイト・メタル・シティ」などは映画と</p><p>して成功するかどうかは別にして、抵抗感はそれほど強くない。</p><p>何故ならそれらは人気漫画ではあるけれど、今正に旬の作品であって</p><p>コアなファンと言ってもここ数年の話であるし、それほどの思い入れは</p><p>ないと思えるから。確かに上記漫画はどれも面白いけれど、その漫画</p><p>自体今後どういう風に残っていくかも分からない。時代が変わってすっ</p><p>かり忘れ去られる可能性だって無いとは言えない。</p><p>今制作中の映画「GANTZ」とか「岳　みんなの山」も同様ですね。</p><p>これらは今でも連載中ですから。</p><br><p>一方でこんな作品は抵抗が強い、</p><p>「デビルマン」「どろろ」「カムイ外伝」「北斗の拳」「ドラゴンボール」</p><p>巨匠達の過去の名作に手をつける。</p><p>これはかなり不味いね。どうしても永年のファン、まぁ、私も含めてね、</p><p>は抵抗感が強い。</p><p>そしていつも「だから言っただろ」という内容にしかならないのだ。</p><p>当然、「宇宙戦艦ヤマト」や「あしたのジョー」だってこの類だ。</p><br><br><p>本来は漫画を映画化ばっかりしていないで、オリジナルの脚本を書け</p><p>と言いたいけれど、どうせ無理なんだ。</p><p>今の映画人に漫画家たちのような面白い話を描けと言ったところで</p><p>土台無理な注文なんだ。</p><p>彼らは長年「何かを映画化する」ことばかりやってきて、オリジナル脚本</p><p>を書いてこなかったから、「それじゃぁ」と言ってすぐ書けるわけが無い。</p><p>一方、漫画家にとってはそれが当たり前のことだから、週刊連載を抱え</p><p>ながらでも、どうにかして面白いストーリーをひねり出して人気を獲得し</p><p>他よりも抜きん出ようとしてきたのだ。</p><br><p>そして映画界は何の努力もせずに面白い漫画を映画化しようする。</p><p>それも過去の不朽の名作まで掘り起こして映画化しようとする。</p><p>それで本当にクリエイターと言えるのだろうか？</p><p>今、黒澤明氏の「七人の侍」を漫画にしようとする漫画家がいるか？</p><p>小津安二郎氏の「東京物語」を漫画化しようとする編集者がいるか？</p><p>そんなことはしないし、そんなことは難しいと思うだろう。</p><p>多分、「東京物語」を漫画にすると言ったら、映画人たちだって「それは</p><p>止めた方がいいんじゃない、第一難しいよ」と言うんじゃないか？</p><br><p>そう、それは難しい。出来ないことではないが、極めて難しいのだ。</p><p>そんなことに挑戦するくらいなら、新たに面白いストーリーを考えた方</p><p>がいいと漫画家たちは思うに違いない。</p><p>「宇宙戦艦ヤマト」や「あしたのジョー」を映画化することはそれと同じ</p><p>くらい難しいことであり、それでも敢えてそれをやって失敗することは</p><p>不遜なことでもあると思う。</p><br><p>映画人は、多分漫画家たちが考えるように、</p><p>「それなら新たに面白いストーリーを考えた方がいい」と思って欲しい。</p><p>ところがそれが出来ない。</p><p>漫画家たちには簡単に出来ることが映画人には全く出来ない。</p><p>一体、このクリエイティヴィティとイマジネーションの差は何なのだ？</p><br><br><br><br><p>今も次の映画化する漫画を狙っているのではないだろうか？</p><p>例えば、こんなのだけは止めて欲しい、</p><br><p>「スラムダンク」実写映画化、</p><p>「ルパン三世」実写映画化、</p><p>「ベルサイユのばら」実写映画化、</p><p>「エースをねらえ」実写映画化、</p><p>「キャンディキャンディ」実写映画化、</p><p>そして、</p><p>「機動戦士ガンダム」実写映画化。</p><br><p>いくら何でもやっていいことと悪いことがる。</p><p>私はそう思うぞ。</p><p><br><br><br></p><p>と、これは随分と前に書いたブログです。</p><p>やってしまいましたねぇ、「ルパン三世」実写映画化。</p><p>酷いもんでした。</p><p>あれで打ち止めにしてほしい。<br><br><br><br></p><p><br></p><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kamiyuidoko/entry-10493796781.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Oct 2015 22:11:50 +0900</pubDate>
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<title>「修羅の門」完結</title>
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<![CDATA[ <p>月刊少年マガジンで連載していた「修羅の門　第弐門」が完結しました。</p><br><br><p>人気の格闘技漫画。</p><p>千年不敗の古武術を受け継ぐ主人公が様々な格闘技と戦い、その強さを証明</p><p>するという物語です。</p><br><p>最初空手と戦い、国内での総合、アメリカに渡りボクシング編、ブラジルでの柔術</p><p>編へ展開し、そこでいったん連載終了となりました。</p><p>作者本人の文章によれば、ストーリー展開の中で主人公が試合相手を殺すに至</p><p>った経緯につき読者から批判があり、それにショックを受けて一旦筆を折ったとの</p><p>ことだった。</p><br><p>その後「海皇記」の長期連載を挟んで「修羅の門　第弐門」の連載を開始、今般</p><p>その第弐門が終了し、最初の「修羅の門」から通してストーリーが完結したと受け</p><p>とりました。</p><br><p>最後の対決は、一番最初に現われたライバル海堂晃だった。</p><p>他のファンの方がどう思ったかは分からないが、この作品はいつも思った通りの</p><p>ところへストーリーが向かっていった感がある。</p><p>これは決してストーリーが分かり易く安心して読めるとか、展開が読めてしまうと</p><p>か批判的な意味ではない。大きなストーリーの中で解決してほしいテーマを思った</p><p>通りに解決してくれるということです。海堂と最後に戦うことはファンにとっては約束</p><p>ですから、しっかりそこに来てくれたことは嬉しかった。</p><br><p>何と言ってもこの漫画の素晴らしいところは格闘技描写のリアリティです。</p><p>格闘技漫画と一口に言っても色々なタイプがあります。</p><p>同じく人気漫画のバキのシリーズ、あれも面白いですが、あそこに出て来るキャラ</p><p>はさすがに人間離れしている。</p><p>最も簡単な基準。「そんな攻撃を食らったら、普通人間は死ぬ」という攻撃を受け</p><p>ても、ニヤッっと笑ったりして、「全然効いてない！」とか言ったりしちゃう展開。</p><br><p>どんな格闘技漫画にもそういう部分がある。前述のバキシリーズは怪物的なキャラ</p><p>を登場させて、凄い攻撃を受けても死なない。そういう線引きをしたんだな。この漫</p><p>画の世界観をそういう風に設定した。</p><p>それはそれで面白いのだが、現実の格闘技とはある程度かけ離れてしまうので、</p><p>リアリティのある漫画とは捉えられない。</p><p>一方で最近は「オールラウンダー廻」のように徹底的に現実を描いた漫画が登場し</p><p>ている。これは格闘技を正にスポーツとして描いており、「対決モノ」でもなければ、</p><p>「バトルモノ」でもない。主人公も平凡なアスリートだ。</p><p>これは漫画としては興味深いけれど、格闘技漫画としての醍醐味には欠ける。</p><br><p>そうしたリアリティと醍醐味のバランスをいい具合にとっていたのが「修羅の門」</p><p>だったと思います。</p><p>もちろん、作品内に出て来る奥義が現実に可能だとは思わないけれど、だからと</p><p>言って、人間には不可能なほどジャンプしたりするような類のものではない。主人公</p><p>は確かにタフではあるが、当然、深刻なダメージはそれとして認識される世界観が</p><p>作られている。</p><br><p>そのリアリティがこの作品の核だと私は思ってます。</p><p>それがあったので、第一部終了から第弐門連載開始まで10年以上のブランクがあ</p><p>ったはずですが、それほどの違和感がなく繋げることが出来たのではないでしょうか。</p><br><br><p>第弐門の最後、「まだ終わらない」の旨のナレーションがありました。</p><p>まぁ、確かに新たな相手と新たな闘いも可能だとは思いますけど、それはもうやめた</p><p>方がいいと思いますね。今の時点で完璧な終わりかたしましたから、ここからの展開</p><p>は全部世界観壊すものしかないと思います。</p><p>なので、外伝である「修羅の刻」をいくつかやっていくだけでいいのでは。</p><p><br></p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p>髪結床ＭｙＳｐａｃｅ<a href="http://www.myspace.com/kamiyuidoko">http://www.myspace.com/kamiyuidoko</a> </p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kamiyuidoko/entry-12088268602.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Oct 2015 21:48:28 +0900</pubDate>
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