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<title>こうたろうの宝物</title>
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<description>光陰矢の如し。悔いのない人生歩んでいます。</description>
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<title>懐かしい声</title>
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<![CDATA[ 思いがけない贈り物に戸惑う<br>ドキドキしながら開封する<br>懐かしい世界がそこにあった<br>優しい気持ちがそのまま胸に染み込む<br>懐かしい声と会話する<br>興奮気味に話す<br>互いの時間を大切にして生きていく
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<pubDate>Thu, 30 Dec 2021 12:05:13 +0900</pubDate>
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<title>学生時代のこと</title>
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<![CDATA[ 虐めは犯罪です。内容も理不尽で心身ボロボロにされます。<br>私も中学3年間は、まさに生き地獄でした。<br>耐えがたい苦痛です。虐めをした側は忘れても受けた方は一生忘れることはありません。名前も顔も性格も仕草も言葉遣いも全て覚えているのです。<br>私の場合、突き飛ばされたりお金を取られたり座布団に画鋲があったりしました。怪我をすれば嘲笑し、それでいて私にできて自分たちができないことは鬼の形相で攻めて来ます。教師に相談しても無駄です。<br>次第に人間不信になっていきました。<br>そんな私を救ってくれたのは図書室にある本でした。<br>いろんなジャンルを読んでいくうちに落ち着いてくるのです。<br>虐めに対して同級生は、誰も止めようとせず見て見ぬ振りをする人もいました。<br>消えてしまいたいと何度も何度も思いました。その度に「死んだら負けだ」と姿なき声が聞こえてくるのです。確かにそうです。死んだって同級生は涙なんか流さない。人間の血が通った人はほんの一部の人。<br>高校の時は、シカトです。挨拶しても無視。クラスの連絡事項を電話でした時私だけ飛ばされました。<br>修学旅行なんか行きたくなかった。行って後悔しました。楽しい思い出なんてひとつもない6年間。唯一誇れるとしたら「皆勤賞」を授与したこと。卒業生の中でたった6人の中で名前を呼ばれました。
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<pubDate>Fri, 04 Sep 2020 09:06:00 +0900</pubDate>
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<title>心情</title>
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<![CDATA[ <p>生きることは死ぬことより辛い</p><p>死ぬことは生きることより哀しい</p><p>辛いよ</p><p>哀しいよ</p><p>せつないよ</p><p>誰に話しても伝わらない</p><p>翼があったら憧れの国へ行けるのに</p><p>下を向かないで</p><p>前を向いて歩こうよ</p><p>ゆっくりでいいから</p><p>どこからかそんな声が…</p>
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<link>https://ameblo.jp/kan7-be2/entry-12511449764.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Aug 2019 08:07:39 +0900</pubDate>
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<title>願いごと</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 21:01:02 +0900</pubDate>
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<title>風になりたい</title>
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<![CDATA[ <p>風になってどこか遠くに行きたいな</p><p>哀しみも悔しさもなくて</p><p>それで人生楽しいならいいじゃない</p><p>風になって外国へ行って</p><p>いろんなこと知りたいな</p><p>それで人生楽しめるならいいじゃない</p><p>風になって世界の平和を守りたい</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kan7-be2/entry-12409308732.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Oct 2018 13:01:31 +0900</pubDate>
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<title>いつでも笑顔で</title>
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<![CDATA[ <p>初めて会った日</p><p>憶えているだろうか</p><p>知らない顔がそこにあった</p><p>嬉しい時はみんなで笑い</p><p>悲しい時はみんなで泣いていた</p><p>いつの間にか大人になって</p><p>みんな離れ離れ</p><p>&nbsp;</p><p>ひとりぼっちは</p><p>寂しく哀しい</p><p>誰かの支えもない日々</p><p>ひとりで泣いて</p><p>過ごしたあの日々よ</p><p>泣いて泣いて</p><p>声を殺して泣き続け</p><p>やがて涙も枯れ果てた</p><p>&nbsp;</p><p>人は支え合って生きていく</p><p>泣いて笑って楽しんで</p><p>それが人生だから</p><p>仲間がいるから笑える</p><p>言葉交わさなくとも理解できる</p><p>いつまでも笑顔で</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kan7-be2/entry-12382387130.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Jun 2018 08:54:50 +0900</pubDate>
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<title>第3の試練</title>
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<![CDATA[ <p>前にも書いたように私には、いくつかの試練がありました。</p><p>病気の事もそうですが、中学・高校でも悲しくて辛くて悔しくてどうしようもなくて、それでも慰めてくれる人はいなくて、居場所がない6年間を過ごしました。</p><p>子供の頃から本が好きで、図書室にいるだけで救われたような気がしたのは私だけかもしれません。でも、現実はそうじゃない。病気は治らない。そのせいで、これからも苦しさは続く。神様は、何故私にこのような試練を与えたのだろうと思う事があります。</p><p>そんな思いを抱きながら、自宅と病院を行ったり来たりの日々が続いたある日。</p><p>外来担当医からMRI検査を受けるよう言われました。検査当日は、投薬以外(抗てんかん薬)は絶飲食。朝早めだったので助かったと思ったのもつかの間。</p><p>診察室に入ると、険しい顔をした担当医が画像とにらめっこ。</p><p>私に気づいて、挨拶もそこそこに開口一番。「PET検査受けて下さい。悪性の疑いがあります」</p><p>えっ？悪性？でも、合併症の中に悪性末梢神経鞘腫瘍(あくせいまっしょうしんけいしょうしゅよう)がある事は知っていました。硬いしこりあるいは皮下にできた線維腫が急に大きくなった場合は、早めの処置が必要です。発生頻度は2〜5%と言われています。小児では極めて稀で、20歳以降の成人になってから発生します。私の病気は、侮れない難病です。</p><p>検査当日は、静脈から検査用の薬(FDG)を投与します。FDGというのは、ブドウ糖に近い薬剤です。その後は、約1〜2時間くらい個室で休みます。体全体に行き渡るようにするためです。検査が終わるまで絶食でした。水分は、水または甘みのないお茶。手洗い以外は、できるだけ安静にと言われました。</p><p>看護師が呼びに来られたら検査室へ。所要時間は、約30分。検査後は、着替えを済ませて会計なのですが、難病で検査を受けているため公費全額負担となりました。検査結果は、担当医から説明を受ける事になりました。初めての体験で疲れました。</p><p>8年前の出来事でした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kan7-be2/entry-12372822099.html</link>
<pubDate>Wed, 02 May 2018 08:41:03 +0900</pubDate>
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<title>理解しあえる社会に</title>
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<![CDATA[ <p>難病と共に生きていくためには、周囲の理解が不可欠です。</p><p>車椅子だからって、邪魔者扱いにしないで下さい。エレベーターに乗ろうとしたら、いつもドアを閉められます。十分スペースがあるのに…</p><p>私の病気は、個人によって症状が違います。良性腫瘍が皮膚の表面あるいは皮下にできます。ある人は、顔一面にあるため誰も近寄らないと言います。医療機関に行けば、待合室で、好奇の目で見られる。</p><p>私の場合は、びまん性腫瘍のため両足の太さが違う。色も違う。</p><p>世の中には、いろんな病気があるけど健康な人には理解できないよね。その人自身じゃないもの。だけど、社会はひとりでは成立しない。協力が必要。</p><p>これって小学生でも理解できるよ。荷物重そうに持ってる人がいたら、手伝ってるよ。</p><p>差別はダメ！いじめは最低だ！</p><p>わかってほしい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kan7-be2/entry-12372782730.html</link>
<pubDate>Wed, 02 May 2018 01:50:21 +0900</pubDate>
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<title>第2の試練</title>
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<![CDATA[ <p>30代後半から、入退院を繰り返しながら日常生活を送っていましたが、自転車に乗る事も公共機関を利用する事も出来なくなりました。</p><p>それでも外出は介助があればできるので、通信制大学で自分が興味ある事を学ぶようになり、車椅子を利用しながら講義を受けたりと充実していました。</p><p>そんな時、通院先の診療科で入院・手術の話がありました。入院期間は約1ヶ月の予定。</p><p>10年前の初夏の頃でした。</p><p>ところが、手術当日になってトラブル発生。右腰部に違和感があり看護師に伝え、間もなく主治医が飛んで来ました。「腫れてる…」</p><p>安静にして待つように言われ、どこかへ走り去り機械のようなものを持って戻って来ました。 よく見るとエコーでした。ベッドの周囲をカーテンで囲み(この時は4人部屋)、ゼリーを塗り画像を見ながら一言。「何だ、これは…」医師も看護師も絶句していました。私は、何かが起きた事は感じ取ったのですが、質問する前に慌しくなりお預けとなりました。</p><p>ベッドごと移動して、検査三昧。そして、両親が駆けつける。医師の説明。そして、私の元にも来られました。</p><p>「脊椎付近から内出血していて、塞栓をします。執刀医は…」と説明があり、一瞬頭の中は真っ白。輸血も必要でした。塞栓後、4時間は動かせないので手術は2日後となりました。個室へと移動してから、医師や看護師が出たり入ったりバタバタでした。</p><p>手術前日に手術室の看護師が来られ、手術についての説明。続いて、麻酔科医からの説明。最後に、執刀医からの説明と慌しく時間が過ぎて行きました。術後はICUで休んでからこちらの病棟に戻って来るとの事。ちょっと不安。でも、よく知ってる医師だから大丈夫と信じたい。翌日昼から手術開始。夕方、無事に終了。</p><p>ICUでは、ベッドのまま体重測定ができる。凄いなと思いつつ、看護師から「痩せちゃってるね」と。自覚はないのだけど…</p><p>洗髪も丁寧にして下さり、本当にお世話になりました。麻酔科医も手術の合間に様子を診に来られる。1週間ほどいました。</p><p>退院は、晩秋の頃です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kan7-be2/entry-12372780045.html</link>
<pubDate>Wed, 02 May 2018 00:45:15 +0900</pubDate>
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<title>最初の試練</title>
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<![CDATA[ <p>私に最初の試練が訪れたのは、16年前です。この頃になると、走る事が出来なくなり長距離は歩行も困難になっていました。</p><p>市内の病院で、左大腿部のびまん性腫瘍を切除する手術を受けました。術前に塞栓をしていたので、無事に終了しました。</p><p>塞栓というのは、簡単に言えば血管を遮断する事です。もし、何もせず手術をすれば手術室は血の海に化かしてしまいます。オーバーに聞こえますが、大出血を起こし生死も危ぶまれる状態になりかねません。</p><p>執刀医は、その事を案じて塞栓術を専門科に依頼し腫瘍切除を行ったのです。</p><p>しかし、術後の私は高熱との闘いでした。食欲はなく、寝られずの日々。</p><p>この状態が約1ヶ月続きました。</p><p>平熱に戻り食欲も少しずつ出てきた頃、皮膚移植の話が出ました。</p><p>塞栓をした場合、皮膚が壊死するので移植が必要となります。</p><p>移植後は、少なくとも1週間は身動きできません。</p><p>不自由はありましたが、順調に回復し退院に向けてリハビリも始まり、3ヶ月ぶりにシャワー。あくまでも流すだけですが…気持ちよかったです。</p><p>入院期間は、約半年。主治医は、医師なりたてほやほやでしたが親身になって治療して下さりました。退院は、新人医師と同じ日。医師は別の病院で研修だそうです。</p><p>退院後は、定期的に通院でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kan7-be2/entry-12372625075.html</link>
<pubDate>Tue, 01 May 2018 13:32:03 +0900</pubDate>
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