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<title>kanana-cさんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>チャゲ兄頑張ろう～</title>
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<![CDATA[ 仙台の公演からかなり時間も経ってるけど、チャゲ兄に力を貰って頑張ってる!(^^)!<br>この間は布袋さんのライブも行ってきた(^_^)<br>ジャンルは違っても、布袋さんは震災後によく歌詞を聴いてみたら、、、スッゴく良い曲を歌ってて、、一気に聴き入ってた(^_^)<br>生きるをテーマにしたロック、、ハマってます。<br>けど、今の布袋さんは、昔の自分は自分じゃないって否定してて、、悲しいなぁ、、<br>チャゲ兄のロックは一番最高だけどね！<br>子供の頃からずっと大好き(*^^*)<br>これからもずっとずっと応援していく!(^^)!
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-11948973655.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Nov 2014 18:57:32 +0900</pubDate>
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<title>コメントにもよるけど、、</title>
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<![CDATA[ 返信する気にならないコメントもあったりと、、、<br>理解してくれてるコメントならばいいのだけど、それ以外は疑問に思ってしまう、、。<br>あんなことがあっても、3年以上経った今、私たちは一生懸命なんとか生きてる。<br>あの場にいた人たちなら皆、震災が風化することはない、、。<br>今は別な県の内陸にいるため、学校の対応等でも、かなりの風化を感じる時がある、、。<br>あの震災を経験した子供や、親への対応に、かなり無神経な言葉を言う先生もいたりもする、、。教育委員会のほうで、なんとか先生達への教育もしっかりとしてもらいたいものだと、最近感じる。
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<pubDate>Wed, 27 Aug 2014 03:57:32 +0900</pubDate>
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<title>コメントについて</title>
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<![CDATA[ 私の書いたブログに面白いとか、そういう書き込みが多いけど、何を面白がっているのかわからない。<br>書いた内容をよくわかっていないんじゃないかと、、。<br>書いていたのはもう3年も前なのに。<br>あの時の実際の状況をリアルタイムで書いていた内容に、何が面白いの？？<br>実際に震災を知らない人が多すぎる。その内容を面白いと言う気持ちが全くわからない。人が亡くなったあの状況がそんなに面白く感じるの？？<br>無神経なコメントに震災の風化というよりも、わかってない方が多いんだなと、しみじみ感じる。<br>津波直後の場にいた人なら、面白いとなんか感じないはず。<br>こんなコメントをする人たちにこそ、あの現場を見ておいてほしかったと思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-11915765253.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Aug 2014 03:27:31 +0900</pubDate>
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<title>CHAGEさんの明日の郡山チケット</title>
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<![CDATA[ 誰か一枚でも余ってる人いませんか、、<br>私仙台の時残業で、会場に着いたときにはもう終わっていて泣き崩れました、、<br>震災で津波で全て失って亡くなった旦那の分まで仕事して子供たち育てるため、、、<br>言い聞かせても、CHAGE&amp;ASKAは私の心の支えで、、いろいろあっても音楽は消えない、、<br>聴き続ける。<br>どうしてもCHAGEさんに伝えたい気持ちがたくさんあります。<br>私は待ってる。<br>郡山チケットはまだないけど、ダメもとで郡山に入ります。会いたい。今のCHAGEさんに伝えたい。<br>誰か余ってる人いたら、お願いします。
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<pubDate>Sat, 24 May 2014 19:38:43 +0900</pubDate>
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<title>私の地域は</title>
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<![CDATA[ 壊滅的だった、、<br><br>自衛隊も警察も来ない…<br>生きてる可能性がなければ助けはいらないっていうの<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/177.gif" alt="！？" class="m"><br><br>それでも、助けてほしくて、体だけでも家族のところに帰りたがってる人がたくさんいる。<br><br>探してるのは家族だけ…<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/177.gif" alt="！？" class="m">どう見ても、人が足りなすぎた…<br><br>私も必死に探した…。<br>遺体安置所にも何度も通った…。<br>人なのに…まるで物みたいに扱われてるのが許せなかった…<br>袋に入れられて…引きずられて…あの状況で、、しかたがないことなのかもしれないけど、、<br>生きていた人を…もっと、大事にしてあげてほしかった…。<br><br>同時に、旦那がここに来るなんて考えたくなかった…<br>どうしても自分が先に見付けてあげたかった…<br><br>袋になんか入れてほしくなかった…<br><br>現場に戻って朝から夜まで必死に探した…。<br><br>歩いても歩いても、不思議と足が疲れなかった…。<br>探して探して、私が一番最初に迎えに行ってあげたかった…<br><br>旦那に何度もメールした…。見てないかもしれないけど、伝えたいことがたくさんあった…。<br><br>3月14日の10時頃…旦那がみつかった…<br><br>最初に見つけたのは、地元の消防団の人…<br>自分が見つけてあげられなかった悔しさ…<br>それでも、必死に見つけてくれた消防団に感謝した…。<br><br>すぐ現場に行った。<br>けど地元の消防団がいなくて、場所がどこかもわからない…。探した…<br>いない…。<br><br>携帯の連絡手段もなかなか使えない状態で、わからなかった…。<br><br>やっと旦那に会えたのは、午後3時頃…一番嫌だった、遺体安置所での再会でした…<br>警察官に案内された先に…袋があった…<br><br>開けた瞬間…検死をされ…裸にされた旦那がいた…。<br>寝てるみたいだった、、。顔や体に傷があった…。<br>確かに旦那がいた…。<br><br><br>あんなに私たちの心配ばかりして…家の心配して、、自分がこんなことになって、、<br><br>どうして…<br><br>涙が止まらなかった…<br><br>これから私はどうやって生きて行けばいいの…<br><br>手を握ってあげた…<br><br>抱き締めてあげた…<br><br>子供と一緒に、旦那のところに行きたかった…<br><br>他人には怒られてしまうけど、、そこまで精神的に落ちた…。<br>不思議と、死ぬってことが簡単に思えた…<br>
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-10933826741.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Jun 2011 06:29:48 +0900</pubDate>
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<title>3月11日</title>
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<![CDATA[ 私は仕事を早退して、子供を病院に連れて行ってた…。そこであの大地震に遭った…いつもなら診察は終わっていて、あとはカルテを受けとるだけの時でした…普通なら家に帰ってる時間。地震のあとしばらく病院の指示で帰れなくなった。<br>家族が心配だった。携帯電話も繋がらない…<br>頭の中で、上の子は学校…下の子は、保育園…居場所を確認した。旦那は仕事中…。<br><br>病院が終わったら、一旦すぐ帰る予定だった。<br>3時34分、旦那から着信があってすごくホッとした。いつも私たちの心配ばかりしてくれて、メールや電話は頻繁にくれた…。<br>『大丈夫？子供たち迎えに行く？<br>今、家心配で見に来たよ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/323.gif" alt="ニコニコ" class="m">中はガチャガチャだけど、大丈夫。ちゃんと家は建ってるから<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/324.gif" alt="ガーン" class="m">』<br>そのあと2分くらい話した。<br>そのあと、旦那は戻ってきてはくれませんでした…。海からかなり離れてるのに、まさかあんな大きな津波が来るなんて誰も思わなかった…。<br>無線警報器も壊れてしまっていたらしくて、直前に戻った旦那は、大津波警報も知らずにいた…。<br>海から3、4キロの所まで十何メートルの高さの津波が来た、、あんなに家も木も建ってた景色が、、まったくの更地みたいになった…たくさんの人が、みつかった…<br>電話を切った直後に、車のナビから大津波警報の文字が見えた…。怖くなって旦那に電話をした…。<br>地震の影響か…なかなか繋がらなかった…。<br>まさかそんなことあるわけがない…なんだか胸騒ぎがした…。だけど今話した安心感もあった…。<br>私は、病院が終わってすぐ旦那との約束通り子供たちを迎えに行った。<br>そして、山側の実家に行った。<br>いつまで経っても電話が繋がらない不安…<br>旦那の職場に行ってみた…帰ってない…電話も繋がらない…<br><br>家に行こうとした。けど周りに止められた、、<br>夕方薄暗くなってから、やっと家を見に行こうとした。<br><br>家から2、3キロ離れた辺りに、地元の人が集まってた…。周りは杉の木が建っていて先が見えなかった…<br><br>『ここから先…何にもないんだ…家も一軒も建ってない…木も何にもない…更地のようなんだ…少し行くと、ここから見えるはずのない海が見えるんだ…』<br><br>一瞬、理解ができなかった…。朝まで普通に生活してて、朝みんなで家を出て、、、家がない、、？<br><br>そんなわけないと思った…<br>その先に行こうとした…。地元の人に止められた…。『膝まで海水にぬまるし、もう暗い…明日にならないと、行ってもどうにもできない…』<br><br>旦那が心配で心配で…<br>いつもはすぐ連絡があるのに、その日はなかった…。<br>5時6時7時8時9時…いつもは帰る時間になっても、連絡がなかった…<br>いつも、私たちのために早く帰ってくれる旦那が…そんなわけなかった…<br><br>その日、帰って来なかった…。<br><br>次の日、朝から家の場所に行った。本当に何にもなかった…海水で前に進めなくなった…<br><br>人が、、そこら中に転がってるような状態…悪夢を見てるみたいだった、、<br><br>昨日までの景色がなかった…。<br><br>津波が来たのは、3時40分頃…旦那からの着信が、3時34分、、、<br>どうにか家から離れていてほしいと思った…。<br>旦那を探して歩いた。<br>ボロボロ涙が出て、名前を叫んで歩いた…病院、、避難所…<br>考えなくなかった、家があった場所…遺体安置所…<br><br>どこにもいない…。<br><br>次の日も歩いた…。私の地域には始め、自衛隊も警察の手もなかなか届かず、待ってる人がたくさんいるのに…腹が立った、、<br>探してるのは、家族も家もなくなって、泣きながら探してる地元の消防団、、家族を探す人、、<br><br>そこら中で、家族の名前を呼ぶ声が聞こえた…。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-10933770875.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Jun 2011 05:05:54 +0900</pubDate>
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<title>どうして</title>
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<![CDATA[ 旦那が死ななきゃなんないの…<br><br>あんな立派な人は他にいないのに
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-10933562151.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 23:09:48 +0900</pubDate>
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<title>癒された…</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110624/23/kanana-c/66/06/j/o0480064011310623483.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110624/23/kanana-c/66/06/j/t02200293_0480064011310623483.jpg" alt="kanana-cさんのﾌﾞﾛｸﾞ-P1000843.jpg" width="220" height="293"></a><br><br>尾瀬方面にドライブに行ってみてみつけた道路沿いの滝…<br><br>ほんとに癒される…。<br><br>南会津、良いとこだなぁ<br><br>ここのみなさん、本当にありがとうございます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/323.gif" alt="ニコニコ" class="m"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110624/23/kanana-c/fc/0b/j/o0480064011310623481.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110624/23/kanana-c/fc/0b/j/t02200293_0480064011310623481.jpg" alt="kanana-cさんのﾌﾞﾛｸﾞ-P1000859.jpg" width="220" height="293"></a>
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-10933555002.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 23:02:22 +0900</pubDate>
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<title>家庭環境…</title>
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<![CDATA[ 子供の頃の私は…祖母に対していつも、どうして同じ孫なのに、こんなに違うの？と思ってた…。<br>小学生時代だから、無理もないと思う…。<br><br>今思えば、確かに母の違う姉たちを可愛がるのも、わかる気がする、、。<br>けど、あまりにも度が過ぎた…。腹違いの姉たちはチヤホヤされ、私たちはけなされ続けた…。<br>母親がいるからいいだろう…という考え方らしい…姉たちはいないからかわいそう…という考えだったみたい、、。小さな私は…傷つきました。祖母はまったく私たちを傷つけたことを悪いと思ってはいない、、。<br>邪魔者扱いをし、けなし続け…私は存在を憎まれてた。<br><br>私の心の傷になって大人になった今も、消えずに残ってる…。<br>私は、突き放されて育てられて良かったて思ってる。1人で歩くことができる人間になれた…。<br>理解してくれた旦那と出会って、結婚し、子供もできた…。<br>それを、祖母や姉は、おもしろくなかったらしく…さらに嫌がらせされて…<br>旦那は私の心の支えだった。私を守る旦那も憎かったみたい…<br><br>口がうまく、他人からは良い人と思われる、祖母や姉、、いつも、私や母の噂を流された…。<br><br>旦那が亡くなって、、守る人がいなくなった私に今…追い討ちをかけられてる…。<br><br>変な噂を流され…誰もわかってくれない…。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-10933480761.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 21:44:26 +0900</pubDate>
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<title>家庭環境…</title>
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<![CDATA[ 私は、3人姉弟…。あとは腹違いの姉が2人。<br>私たちは父の再婚でできた子…<br>はっきり言って、ドラマのような今じゃ、ﾊﾞｶらしい昔の家庭環境…。  <br>嫁は奴隷…嫁なんだから板の間に座れ…嫁のくせに意見するな…<br>祖母と、父からの採算の仕打ちに、私の母はかなり苦労してた。<br>それに加えて、、前妻の子が2人も。祖母は姉たちに、母の悪口を教えて、私たちを、‘後から来た他人’と言ってました。<br>だから姉たちは、母に殴るは蹴るは、、母のみかたをする私にも。<br>フォークで叩かれて私が血だらけになっても…姉たちはとがめられることはなかった…。単なる姉妹喧嘩で済まされた、、。<br>完全に私たちは邪魔物扱い、、。父は祖母の言うなり…。<br>何をしてもとがめられることのなかった姉たちは、やりたい放題…守られすぎたために、1人で歩いたことがない。<br>仕事もせず、父や祖母からお金をもらって、、姉は何も言われなかった…。<br><br>私は高校を出てすぐに仕事に出た。私に対してはそれでも散々言われた。<br>本当は高校も私は実家から離れたかった。<br>あんな家にいたくなかった。けど父に騒がれ…出ることが出来なかった。<br><br>母に対して父は暴力をふるい…姉や祖母からも精神的な暴力…肉体的な暴力をふるわれた…。<br>母のみかたをする私も同じだった。<br><br><br>忘れられない辛い過去…。<br>それでも、近くにいてくれた母に感謝してる…。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kanana-c/entry-10933350879.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 19:15:00 +0900</pubDate>
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