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<title>遺書　という名の日記</title>
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<description>決して「今すぐに死にたい」とか「死ぬ」とかいうことではありません。でも、自分自身が遠からず死ぬと考えた時に、「目に止まってくれたら」と思っての独り言です。</description>
<language>ja</language>
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<title>自殺の報道</title>
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<![CDATA[ <p>また有名人の方が自ら命を絶たれた，との報。</p><p><br></p><p>朝から聞いてきぶんのよいものではありません。</p><p>もちろん、その方を応援してきた方や近しい方にとっては想像して余りあるものだと思います。本当に、心からお悔やみを申し上げるとともにご冥福を祈りたいと思います。</p><p><br></p><p>ちなみに、今回のケースでも「SNSによる誹謗中傷」が取り沙汰されています。「他者を傷つける発言は良くない」というのは全くその通りですが、多くの人は「傷つける意図はなかった」と思います。無意識の悪意とでも言えるのかもしれませんが「他者に攻撃的な言葉を吐くことで、辛うじて生きている人」が世の中にはたくさんいると思います。それを肯定することはできませんが、それぐらい生きるこたは辛いことだと私自身は思います。</p><p><br></p><p>精神医学では「適応としての疾患」という考え方があります。「辛い状況を乗り越えるために心の病気になる」というもので、「心の病気になったら、辛いことから解放される」というわけではないですが、自殺する前に病気になれたことで、一寸、命を長らえることができている人がいる、と私は考えています。</p><p>自殺した人とこころの病気になった人。私は「こころの病気になった人」の方がギリギリ生を手放さず踏みとどまれている、、と感じます。</p><p><br></p><p>「だから何」ということではありませんが、「辛いニュースには距離をとって」と言っておきながら、電話番号だけを伝えて責任を果たしたような気分になるマスコミ、「辛いニュースには距離をとって」と書いておきながら類似したニュースを何度も表示するスマートフォン。</p><p><br></p><p>それぞれにメリットはありますが、少なからぬデメリットもあります。「いのちの電話」や「相談ダイヤル」にかけても、精神科や心療内科を勧められるだけです。（それが大事でもあるのですが）</p><p><br></p><p>精神科の治療は「受診したら解決」ではなく「そこからが次のはじまり」でしかないことを思うと、本当に人の生き死にのニューさは取り扱いが難しいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12811865823.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Jul 2023 07:59:02 +0900</pubDate>
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<title>薬のチカラ</title>
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<![CDATA[ <p>心の病気は難しい。</p><p><br></p><p>というか、病気でなくてもヒトの気持ちというのは、そもそも簡単ではない。</p><p><br></p><p>自分がどう思っているか、というのは自分でもよくわからないことがあるし、躊躇いや不安といった「素直に自分の感情だけを信じることが難しい感情」も併存するので、自分自身にとっても難しい。</p><p><br></p><p>心の病気と、心の病気の治療というのは、これもまた難しい。薬を飲んだから問題が解決することはないし、「しんどさを生む症状を少し緩和する」というだけで、問題そのものを薬が解決してくれるわけじゃない。</p><p><br></p><p>とはいえ、医師の指示を無視して、わたしはこう治療する」なんてことを決めららら人は決して多くないと思うほど。</p><p><br></p><p>私自身、抗うつ薬をどんどん減らしているが、思ったよりは状態が悪化していない。それはきっと、仕事を休んでいるからでもあると思う。</p><p><br></p><p>仕事を休み始めて4ヶ月目。</p><p>今も診断は確定せず、なんら治療が進んでいない気がする。体力も意欲もどんどん低下している感じ。「何かしなきゃダメだ！！」みたいな強迫観念は減ってきたけど、その分、「何かしよう」という気力も減っている感じがする。これは、よくなっているのかな？？という不安もあって。</p><p><br></p><p>このプロセス自体が「仕事を休んで治療をしているプロセス」なのかもしれないけど、「休んでいるのに全然休んでいる気がしない」というフラストレーションもある。</p><p><br></p><p>というか、50前にして「私はやっぱり発達障害でした」という新しい属性が発動するとは。（正しくは、診断がついた、というだけで長らく発達障害と共に生きてきたのだが）</p><p><br></p><p>そんなこんなで、「既にわかっていると思うけど、父ちゃんはこんなやつだったのよ。知っていても知らなくても良いんだけど」という気持ちです。</p><p><br></p><p>いつも、このブログは寝る前に書いているので、眠剤が聞き始めると文章も滅裂になるし、何を書いたかも覚えていないワヤクソな文章で申し訳ない。</p><p><br></p><p>父ちゃんもこんなにジタバタして生きているんだ、という記録でした。</p><p><br></p><p>（昨夜、投稿する前に寝落ちしてしまったので、今日は珍しく朝に投稿しました）</p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12811303478.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Jul 2023 06:17:56 +0900</pubDate>
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<title>心理検査は治療の一部</title>
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<![CDATA[ <p>心理検査というのは精神科や心療内科では、とても重要な検査です。</p><p><br></p><p>血液検査やエックス線写真などで確認することが難しい精神疾患にさの診断や状態増のアセスメントに用いられます。（精神疾患の中にも、脳梗塞や脳腫瘍などの疾患、甲状腺機能や神経の異常によるものもあるので、精神疾患でも身体疾患との鑑別は非常に大切です。）</p><p><br></p><p>そんな中で、ここのところロールシャッハテストや知能検査など様々な金利検査を受けることになり、色々と感じることがありました。</p><p><br></p><p>「自分には思考や行動に一貫性がないな」と思ったり「こんなに極端な考えを持つのは少し他の人とは違う傾向だな」など、素人の考えながら思ったりします。</p><p><br></p><p>今の私の見立てでは、私はうつ病ではなく発達障害であるという感覚。そして、周囲の状況に不必要に気を使い過剰適応する側面と、それが限界に達し反動で易怒的になるような気がしてきました。</p><p><br></p><p>そんなに周囲の人に気を使う意味もないし、そんな「無理な適応の仕方」をしようとするから、勝手にストレスを溜めていくようにも思います。</p><p><br></p><p>そんな気遣いをせずに、自分が思うように振る舞うことができたらと思います。</p><p><br></p><p>でも、それこそが最も難しい。</p><p><br></p><p>みんな、意識・無意識を問わず自分を律して、自分を抑えて生きているわけで心の病気があるからといって、好き勝手に振る舞って良いわけでもないですし。</p><p><br></p><p>でも、ここ最近、心理検査を受けることで少しずつや自分のことを知る」ということができつつあるように思います。</p><p><br></p><p>その分，どんどん自分が弱くなっていく感じもあるのですが・・・。考え方によっては「無理な力をかけなくなった」「虚勢を張ることができなくなった」と言えるのかもしれません。</p><p><br></p><p>こんな感じで、なんとか生きています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12810748790.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Jul 2023 06:03:03 +0900</pubDate>
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<title>原因を探す</title>
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<![CDATA[ <p>主治医が変わり、診断を見直そうということになった。</p><p><br></p><p>こころの病は、患者の主観と強く結びついているため、患者にとっても周囲の人から見ても困ることもある。</p><p><br></p><p>意欲が低下していたり気力がない状態の人を見て「やる気のない人だ」「積極性に欠ける」と感じる人もいる。そう感じて当たり前でもある。人間は自分の見たこと、感じた方を基準に周囲の状況を類推する。もちろん、初見の印象だけではわからないこともあるが、自分の主観を排除して周囲のことを客観的に捉えることなんて出来やしない。</p><p><br></p><p>自分がうつ病だと思っていたことが、発達やパーソナリティの偏り（もしくは障害）に起因する二次的なものだとしたら、原因にきちんと把握し対応する必要がある。</p><p><br></p><p>例えば、風邪の症状が10年続いていたら「これは風邪じゃないな」と感じる。10年というのは一つの例である。ただ、10年もその状態が続くと「自分の基本性能は風邪を引いている状態なのではないか？」と思ってしまうかもしれない。</p><p><br></p><p>「これまでの診断が間違っていた」とも言えるかもしれないし、「ようやく正しい診断に辿り着いた」とも言えるのかもしれない。精神科の診断は曖昧な部分を持っていて「診断名が変わったら治療が変わる」というわけではないし、「診断名が変わったら、症状が改善される」わけでもない。だから、精神科の診断にはある種の胡散臭さがあるのだろう。</p><p><br></p><p>そんなこんなで新しい主治医のもと、様々な心理検査で原因を探っていくとのこと。今より生きやすくなるならばありがたいが、この悶々とした想いが消えるようには思えない。やはり自分はめんどくさい。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12809757224.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jun 2023 00:42:49 +0900</pubDate>
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<title>精神科・心療内科における主治医の存在</title>
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<![CDATA[ <p>こんな楽しくないブログを見てくれてありがとうございます。</p><p><br></p><p>この4月から休職し、メンタルと体調を整えているところなのですが、職場の産業医から「本当にうつ病なのか」といった感じ（書式そのものは見ていないので推測です）の意見具申が主治医に複数回あり「そこまでいうなら光トポグラフィーなり、何らかの検査をしてみては」との話になり、セカンドオピニオンで医療センターを受診しました。</p><p><br></p><p>と思っていたのですが、、、</p><p><br></p><p>どうやら医療センターから「今後はウチで見ますので」的な返事が来たそうで、なぜか受診先も主治医も変わることになりました。</p><p><br></p><p>今日、1ヶ月ぶりに元々のかかりつけの心療内科に行ったら「今後は医療センターで診てくれるそうなので、そちらにお願いします」と言われました。</p><p><br></p><p>いまのクリニックに代わって一年と少し。</p><p>それなりには関係が気づけているように思っていたのに。。</p><p><br></p><p>「お医者さま同士のお約束」とか「マナー」みたいなものがあるかもしれませんが、本人に何も伝えずに今後の受診先や主治医が突然変わるのは良い気がしません。。。</p><p><br></p><p>なーんか、色々な意味ですっきりしない6月です。</p><p>今後の休職が認められなかったら、仕事に戻れるかな。「死ぬ気で働け」みたいに言われたら、本当に死にたくなるほどやってしまう（本人談）ので、休むことにも日々罪悪感で苛まれています。</p><p><br></p><p>ふぅー。。</p><p>私のこれからは、どうなるのかな</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12807797973.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jun 2023 01:03:19 +0900</pubDate>
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<title>「うつ状態ではあるけれど、うつ病ではないような気がします」</title>
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<![CDATA[ <p>「病気について、客観的な指標を出してほしい」というリクエストを受けて、光トポグラフィー検査を受けるか、セカンドオピニオンを受けるか、考えました。</p><p><br></p><p>とりあえず、今までと違う医師に見てもらうのも一つかな、と思って大きな病院の精神科を受診。</p><p><br></p><p>出てきた言葉が、このタイトル。</p><p><br></p><p>メンタルクリニックにかかり始めて足掛け15年近く。</p><p><br></p><p>これは病気のせいなのか？</p><p>これは治療薬の副作用なのか？</p><p>薬が効きすぎているのか、薬が足りないのか？</p><p>それとも自分の我慢が足りないのか？？</p><p><br></p><p>などなど、モヤモヤと考えながら生きています。</p><p><br></p><p>大きな病院の精神科のドクターの言葉。</p><p>「こういう言い方をすると語弊がありますが、診断名を何にするかで患者さんの辛さが変わるわけではない」と言われ、確かにそうだな、とも思う。</p><p><br></p><p><br></p><p>「あなたが、これからもうつ病の人として生きて行く必要はないような気がします。というと、落胆される方もいらっしゃるので難しいところなのですが」と言われました。</p><p><br></p><p>確かに複雑な気分。</p><p>とりあえず「自分のしんどさが、どこからきているのか」を教えてくれるなら何よりです。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12806645373.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Jun 2023 04:48:09 +0900</pubDate>
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<title>精神疾患の境目</title>
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<![CDATA[ <p>こころの病気は誰にでも起こりうる。<br><br>家族や友達などの「重要他者の喪失」や「耐えられないほどの苦痛やストレス」を感じると、病気になる。<br><br>ある意味では「心が折れた」と思われるかもしれないが、病気になることで、なんとか自分の気持ちを踏みとどまらせよう、という防衛反応でもあるように思う。<br><br>でも、既に書いたかもしれないが「病気に見えない」という自分の主観に拘泥して、他者の状況を自分の尺度で図ろうとする人のいかに多いことか。<br><br>鬱なんだったら、遊びにも行けないはず。<br>具合が悪いのに出かけられるのはおかしい。<br><br>そんなことを平気で言う人がいる。<br>しかも、かなりの数。<br><br>しかし、大腸がんの患者でも人工股関節が入っている人でも「パッとみてわかる」なんてことは、そうそうない。それなのに、自分の価値観と自分の見たこと、に頼りすぎる人は医療職者でも沢山いる。<br><br>俺はここのところイライラが止まらず、また薬が増えた。本当に薬好きな人みたいだ。こちらとしては「楽になるため“病気の影響を減らすため」と思っているのに、それがわかってもらえない。</p><p><br></p><p>試しに、俺が飲んでる薬を全部飲んで社会生活を送ってみろ。飛ぶぞ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12804150463.html</link>
<pubDate>Mon, 22 May 2023 22:31:04 +0900</pubDate>
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<title>生きていると感じる</title>
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<![CDATA[ <p>仕事を休むことになって1ヶ月。</p><p>ようやく「休めている」と感じる。</p><p>もちろん心の中には「この休みの間に、あれもやって、これもやって」と欲張る自分もいるが、今はドラマや映画を見て感想を思い浮かぶことが、久しぶりの感覚だ。</p><p><br></p><p>ここ数年、あまり記憶がない。</p><p>見たテレビや映画も、その時その時には感じることはあったのだろうが、しっかり味わえていなかった気がする。もちろん，今の自分が正しいというつもりはないが。。</p><p><br></p><p>ちなみに病気休暇を取得するにあたって、産業医から主治医に連絡があったそうな。</p><p>「本当に診断は合っているんですか？私には鬱病には見えないんですが」と宣ったらしい。</p><p><br></p><p>産業医の先生様が何科の医師なのか知る気もないが、「私にはそう思えない」というのは、単に自分の不明を晒していることになると気づいていないようだ。精神科や心療内科の分野は「目に見えない」ものだからこそ扱いが難しい。その柔らかいものを握りつぶすような扱いをする奴は産業医である資格はないと思う。</p><p><br></p><p>もちろん「診断を確認する」という行為が彼にとっては役目の一つであるのは事実だが、その姿勢では患者は心を開かない。そんなことにも気づいていない事に寂しくなる。</p><p><br></p><p>そういえばプールでの運動は継続できている。</p><p>野菜中心の生活だからお腹が空いたりもあるけど、概ね悪くない状態で過ごせている。</p><p><br></p><p>でも、病気で休む人は、病人らしく過ごさないといけないのか？もちろん、海外旅行なんかが良くないのは当然だし、「回復するためにもらっている休み」である以上、療養に努める義務がある。</p><p><br></p><p>でも、今，ふと周りを見渡すと、自分よりもヤバそうな健常者がゴロゴロしているようにも思う。</p><p><br></p><p>そうなると、どこに照準を絞って「回復した」を目指すのかが難しい。</p><p><br></p><p>差し当たり、自分が死なないように生きていようと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12801118920.html</link>
<pubDate>Tue, 02 May 2023 00:05:31 +0900</pubDate>
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<title>きょうのできごと</title>
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<![CDATA[ <p>火曜日は市営プールがおやすみなので、水中ウォーキングのノルマから解放される。</p><p><br></p><p>今になって、楽しくもあるはずの運動が自分の心の枷になっていることに気づく。そりゃ、そうだ。体重は130kgオーバー。このまま行ったら、数年後にはなんらかの病気に鳴るのは間違いない。</p><p><br></p><p>というか、鬱がひどい時には「病気になりたかった」し「死んでしまいたい」と思っていた。だから、「健康になりましょう」みたいな言葉は鬱陶しいことこの上ないし、「好きなものを食って死んでやる」的な気持ちでいた。</p><p><br></p><p>この休みに入って、そういった気持ちが自暴自棄だったことに少しずつ気づいてきた。かといって、前向きな気持ちになる程ではなく、ふわりふわりとかろうじて生きている。</p><p><br></p><p>今日の昼食には、嫁さんの仕事が休みだったので子どもを連れてゴーゴーカレーを食べに行ってきた。サラリーマンの中で子供を連れて行くのは少し勇気がいったけど、喜んでくれてよかった。</p><p><br></p><p>昼にガッツリ食べた分，帰りは回り道して2時間くらい散歩して帰宅。</p><p><br></p><p>夕食はセロリと新玉ねぎのサラダ、味付けこんにゃく、キャベツの梅和え。</p><p><br></p><p>明日は、アボカドが熟してきたので、トマトとアボカドのカクテルサラダにしようかな。ご飯が残っているから，子供達の昼飯は焼き飯にでもしよう。</p><p><br></p><p>なんて、先のことを考えられるのは良い傾向。</p><p>「急がなくても遠からず死ぬんだから、焦らなくてもいいか」という気持ちに慣れてきたのも良い傾向です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12796911518.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Apr 2023 21:19:34 +0900</pubDate>
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<title>休職の開始</title>
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<![CDATA[ <p>昨年末のメンタルな不調を経て、「仕事を辞めよう」と真剣に決意したものの、家族の生活のためにも「今すぐには辞めない」という“先送り”というスキルを発動してみました。<br><br>この4月で今の職場は18年目。<br>病みながらでも頑張っている，とも言えるし、病みながらでも職を失っていないと考えれば、恵まれてもいると思います。<br><br>「休みたくても休めない」<br><br>ずっとそう思ってきました。<br><br>でも「クビになったら仕方ないから、今は休もう」と思えたことは小さくない前進だと思います。<br><br>「どっからどう見ても、うつ病には見えない」と今もよく言われます。でも、実際に10年以上の通院歴を持ち障害者手帳を持っている、立派な障害者なのです。</p><p><br></p><p>毎日、朝から市民プールに行き2時間の水中ウォーキング。</p><p><br></p><p>太っている体には水の中の方が心地よく、それでいて多くのカロリーが消費できるありがたい存在。</p><p><br></p><p>そんな生活を始めました。</p><p>まだまだ憂鬱感や焦燥感は消えませんが、なんとか生きています。<br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kangoseisin/entry-12796695855.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Apr 2023 14:33:03 +0900</pubDate>
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