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<title>30才からの俳優生活</title>
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<description>日々の暮らしを綴っていきます。</description>
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<title>身体。９</title>
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<![CDATA[ 少し暖かくなったので、ランニングに行くのが億劫でなくなってきました。<br>このブログを始めてから、自分が億劫なんて使うことがわかったというか、そういうふうに思っていたんだなと少し驚いています。<br><br>ランニングといっても速く走るとか負荷をかけて持久力をつけるとか、そういうことがメインの目的ではありません。<br>最初は運動不足の解消とか、持久力とか、スポーツ寄りの発想から始めたような気がしますが。<br>始めてから、ランニングすると肩のこりがほぐれていくような感じがありました。<br>揺することで、凝ったところをほぐしている、みたいな。<br>そのあと一時期は、ほぐすのと強度を増すので、けっこう激しい運動にした時期がありました。<br>ダッシュを加えたり、ペースをあげたり。<br>そうすると、走れないタイミングが続いたりしたときに、復帰するのがきついんですね。<br>体力落ちたみたいに感じるし。<br><br>去年の１２月に足を怪我したこともあり、２ヶ月弱は走る機会を持てず、久しぶりに再開して、ちょっと考え方というかやり方を変えたんだと思います。<br>呼吸と姿勢に気をつけて走ることが多くなりました。<br>ペースは無理にあげない。<br>ダッシュは面白い試みだったと思うので、またいつかやりたいと思いますが。<br>あと、声に出して読むをやったあととかに走るときは、そのときに変化している身体のままで走るようにするとか。<br>ほとんど競歩みたいになるときもあるし、ペンギンみたいなよちよち歩きみたいになるときもある。<br>傍から見たら不格好な走り姿だと思います。<br>上半身の姿勢に気をつけると、足とか腰とかお腹のあたりまで意識回らないんですね。<br>で、足とか無意識にしてると頑張っちゃうから、そこはなんとなくで走らせないようにする。<br>そうすると、これまで使ったことのない身体になるから、筋肉とかうまく連動しないようで、すごく変なことになる。<br>ただ、身体の芯というか、保つべきところは保つ。<br>舌を上顎につけることをしていれば、僕の場合はだいたい保てている気がします。<br>わりと難しいんですけど。<br><br>ランニングもそうやって、自分の新しい身体感覚と出会っていくのが面白いです。<br><br>あと、発声・滑舌にしてもそうだけど、昨日できたことが今日できなくてもあまり気にしない、昨日良くできたことをなぞらない、昨日の自分を目標にしない、今日の自分とやりとりする、ということが大切だと思います。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11824923481.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Apr 2014 02:34:26 +0900</pubDate>
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<title>身体。８</title>
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<![CDATA[ 声に出して読むことにだいぶ慣れてきて、身体の状態が少しづつ変わってきていることを感じています。<br>前より声が出しやすくなった感じもします。<br>それで、カラオケに行ってみました。<br>一人カラオケ。<br>結構よくやることなので、もう割りと平気です。<br><br>カラオケで前にあった症状はいくつかあります。<br>声を喉で？作ってしまう。<br>そうすると声が嗄れるのが早いです。あと、声の太さみたいのも感じられない気がします。<br>あごが疲れてしまう。<br>これは分からない人には全然分からないと思うのですが、思ったように口が開けられなくなってくるんです。そうすると声をうまく響かせられなくなる感じもします。<br>サビの部分であっぷあっぷになる。<br>高音や大きい声を出すようなときに、力が入ってしまって、声が裏返ってしまって、と歌いきれないんです。<br><br>で、今回行ってみて、多少改善されてきたのが分かりました。<br>舌の位置を正しくすることで、口を頑張って開けようとか顎を動かそうとかがなくなってきました。<br>歌っている最中に、身体をゆるめることが少しできるようになりました。<br>そうすると息も吸えるし、ゆるめられると分かったぶん使えるんですね、筋肉を力ませるじゃなく使うっていう感覚。<br>腹式呼吸をしようとしてお腹を膨らませようってんでなくて、ゆるめたところに入ってくる感覚。<br>この感覚は昔、演技始めたころとか、全然分からなかった。<br>ゆるめるってのも難しくて、ゆるめるには正しく緊張していないといけないですね。<br>糸が張っている状態のような。<br>で、ゆるんでも芯は残っておかないとダメ。<br>力まず緊張するってのは難しいですね。<br><br>身体を改善しようとしているときは、歌ったときに前より下手になるときがあります。<br>音程が取れないとか、変な響きのきれいじゃない声が出るとか。<br>僕はそれを気にしないことにしています。<br>全然使っていなかった部分を使おうとしているんだから、うまくいかないのは当たり前と思ってます。<br>ちっとも油を差していなかったチェーンがギシギシいうように、身体も声も同じことと思ってます。<br><br>無駄な力が入らないようにすることは大事だと、多くの本でも書かれています。<br>でもそれを体験するのは、難しいです。<br>注意深く自分の身体と付き合っていくしかありません。<br>僕なんかは、誰か人に教えてもらったり、他の人と一緒に身体的なワークショップとかを受けても、自分の身体がやっぱり他の人と違う感じがして、訳わかんなくてイライラしたり投げ出してしまうことがありました。<br>だから、自分にとって信用できるものを選びとって、自分のペースで自分の身体と向き合うことです。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11824746047.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Apr 2014 21:38:03 +0900</pubDate>
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<title>日常。７</title>
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<![CDATA[ 今年は花粉があまり飛んでいないのか、ずいぶんと楽です。<br>バイクに乗るとき以外は、外に出るときもマスクをしないで過ごしています。<br><br>温かい日が多くなってきました。<br>この時期の、夜の生ぬるい空気が好きです。<br>夏の前の湿気を多く含んだ夜の空気も好きです。こっちのほうがわくわくする感じがします。<br>いまは、冬の寒さの緊張が解けてく感じ。<br><br>行動の範囲が狭いなぁと思います。<br>ほとんどバイトか家か。バイトのない日も最寄りの駅近くか隣駅くらいまでしか行きません。<br>ランニングではもう少し遠くまで行くんだけど、だいたい夜だし身体に集中してるから、周りを眺めたりとか別の体験はできない。<br><br>いまの生活はわりと安定していると思うのだけど、少し退屈になってもきます。<br>もうちょっと出掛けてみるようにしようかなぁと。<br>バイトの前にどこか行くのは、バイクのこともあるし、億劫です。<br>だから月曜から水曜まで、この主にブログを更新しつつ、家で課題をやり、のんびりする時間を、外で使うようにしたらどうだろう？<br><br>バイクを停められるようなところがあれば、交通費はほとんどかからないと考えていいし、１日１食くらい外食しても週に３日くらいなら大丈夫。<br>というか３日も全部出かけるか分からないし。<br>最近タバコをまた辞める期間に入っていて、おいしくなかったり習慣で吸ってるだけになったりしたときに辞めるのですが、支出が結構減ります。<br>お菓子も食べるときはよく食べちゃうんだけど、ついでに制限して。<br>その分、家のご飯をちゃんと、おいしく、豊かに食べよう。<br>何を食べたか、それがどんなだったか、っていうのも書き留められたらやって。ご飯好きなんだけど、あまり観察してなかったし。<br><br>とか。<br>そんなことを考えています。<br><br>自分がこれまで感じなかった、感動しなかったことに、心が動くように。それが細かく具体的になるように。<br>個人的な体験をどんどんしていこう。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11824722568.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Apr 2014 20:32:43 +0900</pubDate>
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<title>日常。６（鑑賞）</title>
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<![CDATA[ ここ最近は１周間に１本、映画を借りて見ています。<br>『レオン』は少し書きました。<br>そのあと、『ベンジャミン・バトン　数奇な人生』『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーPart2』を観ました。<br><br>『ベンジャミン・バトン』は老人の８０才の身体で生まれてきて、年とともに肉体が若返っていく男の人生を描いた作品です。<br>肉体は逆行するけど、脳や心は普通の人のような経過をたどるのが、とてもドラマチックに人生を浮き上がらせます。<br>ベンジャミンは若返っていくし、周りは年老いていくから、愛し合った女性と同じ時間を過ごせるのも長くありません。<br>子どもができたけれど、ベンジャミンは一緒に過ごしていける夫を探すべきだと彼女の元を離れます。<br>ともに年をとっていくのは当たり前だけど、それはとても幸せなことなのだと思いました。<br><br>ブラッド・ピットの、居方が好きでした。佇まいというか。<br>悲しいとき、その悲しみを表現しているというより、ただその状況を見ている、どうしようもなさに身を任せているような、そんな目や身体がとても良かった。<br>それは、ブラッド・ピットの演技力、想像力がなせるものなんだろうな。<br>「そこにいること」ってのは、その周囲の状況が想像できて、その場に浸れていないといけないのかもしれない。<br>その想像の世界の先を未来を想像できて、その想像の世界の今があるんだな。<br>過去があって今があるのもあるだろうけど、やっぱりなんか人は未来を考えて生きているものだと思う。<br><br>『ゴッドファーザー』は、言わずと知れたマフィア映画の傑作らしいですね。初めて観ました。<br>マーロン・ブランドの名前は、アドラーの本でも出てきますし、アドラーの一番の弟子みたいなことが言われています。<br>wikiを見てみると、色々問題のあった人みたいですけど。<br>しかしビト・コルレオーネはすごかったです。<br>ため息の吐き方ひとつで感情というか、情感が伝わってきます。<br>派手なことはしていません。<br>何もしていないように見えるときの、行動っていうのを探っていくのも面白いかもしれないと、今書きながら思いました。<br>アル・パチーノのレストランでの殺しのシーンは見てるこっちもものすごく緊張しました。<br>これも決して派手な感じはないです。焦っている感じとかを出していますという感じもなくて。<br>何なんでしょう。<br>裏切りは許さないとかファミリーを大事にするのとか、カタギに手を出さないとか、イタリアンマフィアの世界も面白く観ました。<br>とても面白い、良い映画でした。<br><br>『ゴッドファーザーPart2』は、前作のその後とビトがファミリーを作っていく最初を描いたものでした。<br>コルレオーネファミリーの、ビジネスとしては成功していっているのに、ファミリーとしてはうまくいかなくなっていくのが、とても暗く悲しく感じられました。前作が好きだったのは、ビト・コルレオーネという人の暖かさもあったのだと思いました。<br>ロバート・デ・ニーロの声の感じはマーロン・ブランドの声の感じに似せていて、声を作っているのだけど真実味があるってすごいなと思いました。<br>日本だと、他の国は分からないのだけど、声優さんの感じってやっぱりちょっと違うから。<br>声だけの表現っていうのと、そうじゃないのとで、やっぱり違うんでしょうね。<br>見てる側からしてそうなのかもしれない。<br>アニメとか漫画とかって、そのキャラが何を見てるのかってあんまり考えない気がするけど、映画とかはそういうものを考える。<br>俳優とか声優とか自身の演技体、性質というよりも、媒体の違いからくるものなのかもしれないですね。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11824473617.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Apr 2014 14:45:18 +0900</pubDate>
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<title>演技。１１</title>
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<![CDATA[ 色のついたものを、それが置かれている周囲の状況と一緒に語る。をやっていきます。<br><br>・３段のキャスター付本棚の白<br>足の部分に黒い４つのついた少し横長の本棚。<br>横幅はだいたい９０cmくらいで奥行は３０cmくらい、高さは７５cmくらい。<br>木製で中の板はそれほど重くない。<br>本棚内側の側面に小さな穴がいくつかあって、中板の高さを変えられる。<br>プラスチック製の小さな支えのタブを４点差し替えて、板の位置を変えるという具合だ。<br>表面には組み立て時のパーツを示す数字のシールがいくつか貼ったままになっている。<br>木製の板に薄い壁紙のようなものを貼った塗装で、それが白い。<br>それぞれの板の広い２面とせまい４面では少しそのシートが違って、白の感じが違う。<br>４面のほうが紙質が多少厚く、盛り上がって見える。色はつるんとしている。<br>広い２面は紙は薄いが、表面の加工が少しざらついた感じになっている。<br>本棚のなかには何も置かれていない。<br>部屋の壁紙の白より明るい。清潔な感じの白。<br><br>・自分の部屋のティッシュボックスカバーの白<br>イーゼルの筆置のところに開かれている、ティッシュの箱より一回り大きな木製の箱。<br>白に近いクリーム色で、木の色がそのまま使われている。<br>軽い材質の木で、木目はあまりはっきりしない。<br>表面は木を紙やすりでしつこく削ったあとの、やわらかいざらつきがある。<br>あたたかみがある。<br>筆置には、ペンとチョークが積まれている。<br>イーゼルは黒板の面を向けていて、友だちがチョークで書いた絵が少しぼやけて残っている。<br>筆置の下は、４０cmくらいの高さの空間で、木の枝かつるの固いのかで編まれたゴミ箱が置いてある。<br>ビニールをかぶせてあって、その周りにはビニール袋がいくつか散乱している。<br><br>・自分の部屋のカーテンの白<br>幅１５０ｃｍくらいのカーテンレールに付けられている、白い縦に編み込んだ模様がついたカーテン。<br>完全に遮光するタイプのカーテンは付けられていないが、その白いカーテンだけでほぼ透けない。<br>机がすぐ際のところまである。<br>窓が縦長で、サイズが合っていないから、下３０ｃｍくらいは足りてない。<br>その窓の半分くらいまで机がきているので、それはほとんど目立たない。<br>日当たりが良く、外の光で色合いなど感じが変わる。<br>机の前に座ってパソコンのモニター越しに見ることが多い。<br>カーテンの右隣、少し上には備え付けのエアコンが設置されている。<br>また、エアコンの下には、取っ払った収納のふすまが、机との間に立てかけられている。<br><br>・洋型４号の封筒の白<br>主に文具類の入った高さ１５ｃｍ幅１５ｃｍ奥行２０ｃｍくらいの薄いダンボールでできた箱に入っている。<br>その箱は木目調で、濃い目の、黒が少し混じったような茶色だ。ダークブラウン。<br>洋型４号の封筒の前には、濃い肌色くらいのクラフトペーパーの封筒がある。<br>周りには、鉛筆の箱や、筒状の色鉛筆入れ、竹とんぼ、小学校のころとかによく使っていたアラビックヤマトの液状のり、オレンジのキャップだ。鉛筆の箱には、三菱鉛筆と印字されていて、白と緑と黒がはっきりした色で使われている。<br>また、黒いはさみの持ち手の部分が見え、色ペンが何種類かある。水色の小さな鏡もある。<br>三角定規と分度器の入った定規入れも見える。小さな懐中電灯の、手に巻けるような黒いひもだけが、箱の外に垂れている。<br>箱のすぐ手前には、パールっぽい水色のダストキャッチャーがある。<br>右隣は本棚で、左隣にはくすんだ青に近い水色の筆箱。その手前に小物を入れた灰皿が２つ。<br>そもそもこれらが置かれているのは、３段のウッドラックの一番上だ。<br><br><br>さて、これ、パソコンに打ち込む前に、紙にペンで書いて最初やっているんですが、打ち込みながら、反省というか感想が出てくるんですね。<br>最初は、そのものが大きかったのもありますが、３段のキャスター付の本棚は、周囲の状況というより、ほとんどそのものについてのメモになってます。<br>で、これ今年に入って買ったけど、結局使ってなくて出してあるもので、心が動かないなと思いました。<br>つまらない物だということ、それは自分に見えるもので、僕の中に存在するもの、想像力のひとつなんだろうと思います。<br>この本棚は、ただ今使い道がなくて置いてあるだけで、それが当たり前になってしまっていて、特に何の感想、感動もなかったけれど、それ自身を見て行ったり、周囲のものと一緒に見ようとすると、つまらない物だってことが、特に使われるでもなくただ置いてあるだけってことを、それに愛着もないってことを、ひょっこり思い出したのだろうと思います。<br>本棚のなかには何も置かれていない、って情報は、重要ですよね。これ自分ではなかなか気づかないでいましたが、この本棚を知らない人にとってはとても特徴的なことですね。<br><br>ティッシュボックスカバーは、少し小さいこと、それ自体に語る情報の少ないこともあって、少し周りの状況を見ることができました。<br>友だちの書いた絵の残っているイーゼルっていうのが、僕にとっては心が動く１つの要素なんだなと思いました。<br>また、周囲の状況を語ることで、ティッシュボックスカバー自体やその周囲が絵で、視覚的な具体的なイメージとしてやはり浮き上がってくる感じが増したように思います。<br><br>カーテンの、窓とサイズが合っていないっていうのも、特徴的な情報ですね。<br>それに、この白いカーテンは、一般的には完全に遮光するような厚いカーテンの後ろに付けられるようなレースカーテンのようなものなんですが、それをそれだけで使っているのも特徴的です。<br>透けて見えないけど、光はそれなりに透すから、好きで使っています。遮音性もけっこうちゃんとしているし。<br>カーテンは壁面にあるものだから、壁の状況、エアコンなどのことが語られると絵が出来てくる感じがありますね。<br><br>洋型４号の封筒は、今回やった中で一番小さいのと、周りのものが多いところにあったので、それ自体というより、その周囲のことを多く書けたと思います。<br>この順番で描写していって、最初はそのダンボールの箱とその中しか見えていなかったのが、最後にその隣を見て、もっと引いてウッドラックのことを書くと、感じが変わりますね。<br>置かれている状況と、語り手が、僕が切り取った世界がどんなものかがその語り、描写によって変わってくる。<br>違うものが見えてくるというのもあるし、逆に何を重点的に見せたいかでも変わってくる。<br>寄りで拡大して見るのと、引いて状況のなかで見るのとで違う。<br><br>状況が違えば、「見る」というアクションも同じようでいて、違ってくる。<br>「３段のキャスター付本棚を見る」でも、中に本が入れられて、使われている状況だと、「見る」のも違ってくるんだろうな。<br>洋型４号の封筒の白さを伝えるためなら、周りのものの色をもっと描写すると良いのかもしれない。
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<pubDate>Wed, 09 Apr 2014 13:40:49 +0900</pubDate>
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<title>身体。７</title>
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<![CDATA[ 新書を読む、という課題が前の演技のときに出ましたが、その前から続けている『森の直前の夜に』を読む。<br>ここ最近はやはり１時間くらいで終わっています。約３０ページ。<br>でも、良い基礎トレみたいになっていると思います。<br><br>読んでいるときの姿勢とか、声の響きとかは、少なくとも自分にとっては変わってきている。<br>それとランニングがが相まって、少し楽に声が出せるようになった気がします。<br>前は、舌の位置とか姿勢を保つために力を入れていたのが、その筋肉が動くようになって、そうしたら、無駄な力が抜けて道が通ったみたいな。<br><br>息を吸うのも少し変わってきました。<br>声を出したあと、ゆるめることができるとある程度勝手に息が入ってくるようになった気がします。<br>ゆるめるって感覚も、こういうことなのかな、という感じで、最初はわからなかったんですが。<br><br>だからこそ、そろそろ、本に戻ってもう少ししっかり読んで、質を高めていく方向にも進めていきたいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11823752697.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Apr 2014 21:31:18 +0900</pubDate>
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<title>演技。１０</title>
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<![CDATA[ 残している課題はいくつかありますが、第４回に進みたいと思います。<br><br>いまは、週末が忙しく、週頭にこのブログを書いたり、課題をやることがとても多いです。<br>この生活が結構定まってきて、多少飽きてしまっている部分はあります。<br>とはいえ、やり始めたら面白くできることが多いです。<br>ただ始めるのを億劫がる悪い癖が、特に週末疲れてしまって、休みだ、遊びたい、のんびりしたいと思ってしまうから、顔を出してきています。<br>自分が飽きないためにも、新しいところを進んでみたいと思います。<br><br>第４回は、筋肉と身体というワードがよく出てきます。<br>前に少し触れていましたが、「外に向かった身体でいること」が必要だと言います。<br>自分の外側の世界に向かうことが大切だということです。<br><br>声も同じと言います。そして、「演技者としての声」が必要ですと。<br>聞き手に理解されるように。効果的な声のトーンなど、声を使いこなせるように。<br>こういう技術のこと、言葉としては理解してしまえるから、わかった気になってしまうのだけど、聞き手に理解される声、しゃべりってのはどういうことだろう？<br>それのヒントは、ジブランの課題だったり、相手が誰かとか、状況はどんなか、ってところなのだろうけど。<br>それに、自分が舞台とかを見て、この人のセリフは何かこういう感じを受けるな、ということを分析してみるのも良いのかもしれない。<br><br>声を鍛えるエクササイズとして、新聞の社説を朗読すると良いとアドラーは言います。<br>新聞を取っていないし、あまり読んでいないけど新聞の文章を舐めてるところが僕にはあるので、積極的にやりたいと思えません。<br>ただ、自分とは違う、自分にはない考えを誰かに伝える、という点から見ると、面白いと思います。<br>アドラーは、１回目は普通の声で、次は５メートルほど離れた相手に、というように、徐々にその範囲を広げていき、常に観客がいることを意識してやりなさいと言います。<br>会話とかでなくてもとから説明するために書かれたような文章を読むのは、相手に伝えるとか説得する、それこそ説明する、ということに主眼を置けば、良いエクササイズになるかもしれません。<br>なので、新書を朗読することにします。<br><br>演技することは何かをすること、アクションをすることだ、とアドラーは言います。<br>今あなたがしていることは何？　今あなたは何のアクションをしているの？<br>こういった質問を投げかけることで、「行動」に対して意識的になることが求められます。<br><br>周囲の状況をイマジネーションで作り、その中で行動すること。目的を決め、自分でできる形にして行うこと。<br>これが演技の基本中の基本だと言います。<br>クラスでは、この教室に入ってくるというアクションをしてください、というレッスンをやっています。<br>「この人物は演技の教室に来たんだ」と観客が理解できるアクションをしてくださいと言いますが、それってどういうことでしょう？<br>行動の本質と特徴をつかむことや、必要のないことをしないことが大切なようです。<br>教室の外と中では、状況・環境的に何が違うのか理解することも。<br><br>これは、ここまでで出された、やってきた課題と本当に地続きなんだなと思いました。<br>そして、やっていないとできない、ついていくのが難しいと思います。<br>だから、第４回が終わったら、出された課題のことに集中して取り組むべきなんだろうな。<br><br>クラスは続きます。<br>イマジネーションを使いながら、自分の身体をリアルに動かす訓練です。<br>例えば、ビンのふたを開けるという行動。普通の力で開くとき、ゆるい状態を想像して開けるとき、固く閉まったのを開けるとき。<br>また、針に糸を通すという行動。実際に本物を持って、次は糸だけ本物で針は想像、つぎは針だけ本物、さらに次は布も使って、その３つを実物と想像でそれぞれできるように。<br>どういった力とエネルギーが必要か、またそれを筋肉が記憶するまで練習しましょう、とアドラーは言います。<br>大変そうだ。。<br>「劇の中に出てくるものは、それぞれ一体何なの？　自分の想像力を使ってはっきり知ろう。それができなければ、私の演技はただの嘘でしかない」<br>これをメモするように言っています。<br><br>また、ものを見ることについて、ものを見たらその体験を心のなかで育てるように言います。<br>自分の中でイメージが鮮やかに、正確に見えている？　と自問すること。<br>何かを見て、その声を聞く、それを個人的な出会いとして、自分の心に留めることが大切だと。<br>具体的に個人的にものと出会いながら、かつ普遍的であることを求められています。<br>それはジブランの課題に伺えます。<br><br>第４回まで来て、約１ヶ月。<br>３月１７日からこのブログが始まって、いまこれを書いている時点では４月１５日。（だいたい１０日分くらい書けてませんね。苦笑。）<br>しかしまあ、１ヶ月やると、ちゃんとやんないと授業についていけない、みたいな、なんかそういうことが分かりました。<br>ということで、補習じゃないですけど、これまで出されている課題をちゃんとやっていく期間にします。４月中はそれに費やしても良いかもしれません。<br>時間がかかることをやっているんだから、開き直って、自信をもって時間をかけてやっていきたいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11823683647.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Apr 2014 19:09:51 +0900</pubDate>
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<title>演技。９</title>
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<![CDATA[ ジブランの課題をやっています。<br><br>最初は、自分の言葉を使ってわかりやすく書きなおす、ということでした。<br>作者の考えが自分自身の考えであるかのように、シンプルでストレートな言葉で。<br><br>それを書いていったときに、日本語の書き言葉と話し言葉の違いや、語尾が気になりました。<br><br>これが自分の言葉なのか？　と。<br><br>「どこで、誰に向かって、言うのか」を想像するのは、それは言葉を書く時点でなく、語るときの状況です。<br>書くときには、この課題ではそれはあまり重要でないのかもしれません。<br><br>でも一度、この課題を、「部屋で、彼女に宛てて」書いた手紙と想像して書いてみました。<br><br>書いたあとで、これはこれとして一つの形ではあるだろうけれど、少し課題から反れた気もしました。<br><br>ただ、作者の考えが自分自身の考えであるかのように、シンプルでストレートな言葉で、やれたと思います。<br>自分の言葉だったという感じも強いです。<br>伝えたいという気持ちも強くなりました。「この考えを伝えることはとても重要だ」と自分自身が実感できた手触りがあります。<br>「もしこの本が恋人へ向けた手紙だったら、僕はこう言いたい」ということ。ジブランではなく、「僕だったらこう言いたい」ということ。<br><br>だから、また今度は、誰に向かって書くというでもなく、もっとちゃんと書き直すということをしたいと思います。普遍的にということなのかな？<br>「私の体験として語る（書く）」というのはどうだろうと思ってます。<br><br><br>では、「彼女に宛てた」手紙として書いてみたものです。<br><br>僕があなたにすることを、（あなたは）申し訳なく思わないでほしい。<br>家事をしたり、プレゼントをあげたり、あなたのために使う時間を僕は惜しまないようにしたい。<br>あなたはそのために僕が我慢してる部分が多いんじゃないかと言うけれど、むしろ多少は望んでいるくらいだよ。<br>自分自身のためだけに生きたいって思わないし、我慢はお互い必要だと思うし、それは悪いことじゃない。<br>自分を受け入れてもらえることは嬉しいことだよね。<br>僕はあなたに、僕の気持ちやプレゼントや、毎日のくだらないあれこれを受け取ってもらえることが嬉しい。<br>もちろん、あなたが放っといてほしいときには、触れないでいるよ。<br>ただ僕は、そうやってあなたのためにすることが、とても自分にとって良いことだと思ってる。<br>自分を成長させてくれるようなことだと思ってる。<br>だからあなたには、申し訳ないとか思わないでほしい。<br>お互いがお互いにとって必要であるために、対等でいたいと思う。
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<pubDate>Sun, 06 Apr 2014 09:53:01 +0900</pubDate>
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<title>演技。８</title>
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<![CDATA[ 日常生活で見られる行動、アクションを観察し、言葉で説明できるようになっておく。（なにげない行動に見えるけれど、実ははっきりした意味がある、と伝えられるように）<br>をやって、第３回に進みたいと思います。<br><br>赤、青、白のものを状況の中において描写する、はちょっと意味が分からなかったので、ほっときます。残してる課題もあるけど、このまま止まってしまうと嫌なので進みます。<br><br>上の課題も、どういうことなのだろうと分からないところはありますが。<br><br>というか、意識して生活するのは難しい。<br><br>・扉を開けて通るとき、その扉を支えておく。→後ろの人も通れるように。<br>・開けにくい蓋にゴムをまく。→開けやすくするために。<br>・２人で歩いているときに並びを変える。→相手に歩道側を歩かせるため。<br><br>とりあえず、この３つ。<br><br>では、第３回に進みます。<br><br>演技すること（Acting）とは、何かをすること（Doing）、とアドラーは言います。<br>セリフを言うことが演技ではありません、と。<br>ここから数回の目標は、「人間の行いがどんなに複雑であっても、それをシンプルに、ストレートに遂行すること」。<br><br>ここまでの話でも、アドラーはセリフのことはほとんど言ってません。話すときには、シンプルな言葉を使ってとか、大きなサイズをもって喋りなさいとか。どうセリフを言うとかって話はほとんとしていないと思います。<br><br>アドラーはこのレッスンの初めに「椅子を見て」「電灯を数えて」というような指示を出しました。<br>意味のあるアクションには、着地点がある。目的となるものがある。ということを伝えています。<br>ただ「見て」「数えて」と言われても、何を見て何を数えていいのかわからず、あやふやです。<br><br>また、例えば、（僕の部屋だと、）「イーゼルを見つけて」というのと「カーテンの中で一番明るい部分を見つけて」だと、後者のほうが難しい。<br>というのは、着地点、目的となる対象物がより小さく絞り込まれているからだ、というようなことをアドラーは言っています。<br><br>そこから、何が目的かによって、動き方が決まる。目的によってアクションが難しくなったり、激しくなったりする。<br>何を「どう」演じるかだけを考えてもしかたない。「目的が何か」をはっきり知れば、そのゴールに向かって具体的に行動ができる。と言います。<br><br>さて、自然のものを持ってきてください、という課題は、それを見て、その特徴、自分に見えるものを相手に伝える、というレッスンをするためでした。<br><br>やってみます。<br>「楕円で、手のひらに収まるくらいの大きさ。片側にへたのようなものがある。茶色の斑点みたいなのに包まれて、皮は茶色。その斑点のところから、茶色のうぶ毛みたいな毛が生えている。細くて短くて少しだけ固いから、触り心地は少しざらつく。その斑点の薄いところは、暗めのグリーン。」<br>さて、どうでしょう？<br><br>僕が持ってきたものは、キウイでした。<br>冷蔵庫を開けたら、半分に切ったキウイがラップにくるんであって、あんまり見ないものだから、おっと思って。<br><br>この課題に対してもアドラーは、シンプルでストレートな言葉を使うように言います。<br>また、あなたの中に存在するものを見せて伝えなさい。あなたの感動が私に伝わるまで、表現のしかたを磨いてください。と。<br><br>あなたの中に存在するもの、ってのは、想像力のことなんだろうな、と思いました。<br>アドラーは、イマジネーションとは「普段考えてもみなかったことを、ひょっこり思い出す」能力のことだと言います。<br><br>僕は、想像力のこと、その言葉、を少し違うものと考えていた気がします。<br><br>さて、クラスでは、空を見る、見て描写する、エクササイズをします。<br>描写するというのは、キウイでやったことのようなことです。<br>そのなかでアドラーは、今の空と２時間後の空は違う形でしょうね。状況が違えば、「雲を見る」というアクションも同じようでいて違ってきます、と言います。<br>この場合の状況は、時間ですね。<br>そして、自分の動きだけに集中してはいけない。周囲を見る、知る、想像することが必要だ、と言います。<br><br>赤、白、青のものを、それが置かれている状況と一緒に語るエクササイズも、その色の周りの世界を意識してもらうため、だったそうです。<br><br>（この課題については、ほぼこれだけしか触れられていません。そして、日常生活での行動の課題はまったく触れられず第３回はおわりました。）<br><br>今回は次週までの課題が新しくは出ませんでした。<br>これまでのことを続けつつ、アドラー自身が幼いころから俳優だった父に、人を見てまねなさい、と言われていた話を挙げているので、これも気をつけてやれるようにしたいです。<br><br>では、また地道に。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11819770949.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Apr 2014 12:21:15 +0900</pubDate>
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<title>身体。６</title>
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<![CDATA[ 発声・滑舌や身体トレーニングなどは、本に従ってやってみようという形式を今はとっていないので、なかなかレポートするのが難しいです。<br>細かな課題を設定しづらいし、それに対する自己評価もしづらい。<br>ただ自分が必要だ、やってみたいと思うことを地道にやっています。<br><br>舌の位置を矯正していくなかで、身体の変化がありました。<br>首や顎、口周りの筋肉、それの感覚の変化です。<br>顎や口周りは、これまで使っていなかったところが動いてきている感じです。<br>力を入れているという感覚より、舌の位置変えたらこっちも変わらざるをえないよーって感じで動いてます。<br>慣れないから変な感じです。<br>首は特に首の後ろ側が、これまで固まっていたのが伸びて、これまた前まで使っていなかった筋肉が動いている感じです。<br>これは最初のころ苦しくて、痛いし、ちょっと気持ち悪くなったりして、きつかったんですが、この方向に進むべしと思って続けていました。<br>まだまだ張りを感じたり、そこ自体は快適ではないです。<br>でも首の前とか横のあたりは、どこか無駄な力が抜けた感じはします。<br>何よりこうやっていくことで、滑舌も良くなったと思うし、声が楽に出るようになってきたと思う。<br><br>『森の直前の夜』を声に出して読む、は一度だけ最後、５７ページ目までいけました。<br>８ページから５７ページ、約５０ページ、１時間半くらいかかったと思います。<br>後半はかなり頑張って、とにかく最後までいってみようという感じでした。<br>体力的にも集中力的にも、グダグダでしたが。<br>３週間くらいか続けてきて、それでもやれて週４くらいか、２０ページくらいで切れていたスタミナや集中力が、３０ページくらいまでは続いてきた感じがします。<br>時間にして約１時間。<br>２０ページくらいから３０ページくらいまでで徐々に落ちていく感じです。<br><br>舌の使い方や身体の変化に応じて、向上していっている感じはします。<br><br>筋トレは以前していませんでしたが、最近はランニングに行けない日に、寝る前ですが、腕立て・腹筋・背筋をやるようになりました。<br>筋肉をつけるというよりも、姿勢をキープするためにやっている感じです。<br>気をつけていることを言葉に書くのが難しいので、ちょっとサボりますが、１つ挙げるとすれば、それぞれの筋トレのとき、他の部分は頑張らないようにすることを意識しています。<br>僕の場合は、どうも首に力を入れがちでした。あと、腹筋では太ももとか腰とかにも。<br>あと、呼吸をすること。それに伴って伸びたり変化する筋肉に意識を向けること。<br><br>そんな具合で続けています。
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<link>https://ameblo.jp/kanjo-jo/entry-11817276441.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Apr 2014 18:27:42 +0900</pubDate>
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