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<title>眠れる獅子は眠らない</title>
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<description>一回一テーマで自分の考えを書いたり、自分の人生を共有できればと思います。</description>
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<title>「僕は入院中の2年間で２回しか病院の外に出る事を許されなかった。」</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>21才～23才の2年間をサウジアラビア・東京・福岡の病院で過ごしました。</p><p>僕にとって一番辛かった事は、2年間でたった2回しか病院の外に出れなかった事です。</p><p>21才～23才友達の多くは大学や社会人として日々を送っている年齢です。僕は病院に入る前は毎日起きたら違う場所、違う国にいる日々を過ごし自由に生きていました。</p><p>その生活と入院中の落差に僕の頭は終始混乱していました。</p><p>不思議なことに自分の許容を超えた出来事があると人は自分の行いを振り返ります。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、宝くじが当たれば日頃の行いが良かったからとか、</p><p>カラスのフンに当たれば罰があたったんだよとかそういう感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ部屋の僕の斜め前の男性は不倫した罰があったのかなと言ってましたし、そうゆう人は多いと思うんですが、</p><p>&nbsp;</p><p>僕はいくら考えても、浮かばないんですね。罰の理由が、それは僕がいい人というわけではなく、手足を失うぐらいのわるい事してきたかな～って考えてもやっぱ、ないんです。普通の人なんで笑</p><p>&nbsp;</p><p>だから僕は前向きに生きれたのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>もし僕が自分に後ろめたさの残る人生を歩んでいたら、</p><p>僕にはこの事故の言い訳ができた</p><p>でも僕は今までの人生を自分に嘘つくこなく正直に生きていたから、</p><p>言い訳する事なく、僕は後ろを振り返らずに進む事ができた。</p><p>&nbsp;</p><p>正直は自分の為なり。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">答えは一つじゃないと思うから、誰かに×をつけられても、僕は僕の解答用紙をしまわない。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/kaoru1008t/entry-12632369037.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Oct 2020 20:43:00 +0900</pubDate>
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<title>働くまで ～虎穴に入らずんば虎子を得ず～ 　</title>
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<![CDATA[ <p>　大分県のリハビリ施設を出た後、1 年間埼玉県にある国立職業訓練校に行きました。</p><p>寮があったので、そこに入り、車 いすで初めて看護師さんやヘルパーさんのいない生活をしました。 　&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>職業訓練 校で HTML・CSS・JavaScript・Illustrator・Photoshop 等の Web デザインに必要な技術を学びました</p><p>。初めてのプログラミング経 験で初めは戸惑いましたが、勉強しながら徐々にのめり込む事が出来 ました。</p><p>&nbsp;　職業訓練校に通い 10 カ月目ぐらいから就職活動が始まりました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>初めての就活で障碍のある自分の話をちゃんと聞いてくれる人がいるのか不安でしょうがなかったです。案の定、僕の障碍は重いらしく、 見た目だけで断られることもありました。</p><p>300 件近い求人をみて車い す可能な求人は 30 件ほど、そこから自分のスキルで受けられる会社 は 10 件。</p><p>&nbsp;</p><p>ほとんど受けてみるも良い返事はもらえず、最初に就活を 初めてから 4 か月がたつ 2 月の頭、日本マイクロソフトの求人が職業 訓練校全体に配られました。</p><p>その求人は魅力的で、「2 年契約で、働き ながらマイクロソフトの IT トレーニングを受けることができる」と書 かれていました。すぐに訓練生の話題となりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな話をして いると、一人の同じ障碍の男性が話を遮り、恨むように言いました。</p><p>&nbsp;「何の話してんだ？　現実みろよ！　俺らみたいなの誰もとるわけな いだろ」。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は、危うくその言葉を鵜呑みにし、いっそ就職活動なん てやめてしまおうかと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>一緒にいた友達はショックで、し ばらくその場で俯いていました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　部屋に戻り今までの事を思い返してみました。</p><p>&nbsp;</p><p>リハビリの先生が毎 日トレーニングに付き合ってくれたこと、PC を教えてくれた先生や、 手術をしてくれたお医者さんや命を支えてくれた看護師さん、僕が何 かを諦めることは、今まで僕に力をくれた人や技術を裏切ることにな ると思い、もう一度勇気を出して就活してみようと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>何よ りも、両親の笑顔がもう一度見たかったので。 　</p><p>&nbsp;</p><p>そして僕は、日本マイクロソフトの面接を受け、吹っ切れた気持ち で自分の思いを全部話しました。入社が決まった瞬間は、汗をかくこ とと同じくらい自然な涙が出てきました。</p><p>&nbsp;</p><p>マイクロソフトでは、良い 人達に恵まれ、次から次へとくる未知の難題を何とか乗り切ることが 出来ました。大きな成長のできた2年間でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaoru1008t/entry-12626649827.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Sep 2020 01:59:41 +0900</pubDate>
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<title>リハビリ ～死中に活を求める～</title>
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<![CDATA[ <p>　「あなたの息子さんは一生歩けません。」</p><p>&nbsp;</p><p>医者が放った言葉が、その 時一緒に聞いていた母の心をどれだけえぐったか、その後の母の態度 で僕は知ることになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>入院中の手足が動かせない僕に母は言 いました。</p><p>&nbsp;</p><p>「全部、あなたのせい」「あなたを殺して、私も死にたい」。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;その言葉の意味を知りたくなかったので、深く聞くことは出来ません でした。</p><p>ただその日から、僕は母を避けるようになりました。 　</p><p>&nbsp;</p><p>リハビリは想像以上に過酷で根気のいるものでした。</p><p>足は完全に動 かせない、残った手はわずか 0.25 ㎏の一番軽い重りも持てなくなって しまっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;−僕の人生は終わった。−&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　何度も頭によぎるその言葉をかき消すようにハードなリハビリで体 をいじめました。</p><p>夜はその痛みで眠れないほどでした。</p><p>&nbsp;</p><p>死んでてもお かしくない事故、「生かされたのなら、答えがあるはず。もう一度母 さんと仲直りできるチャンスも、頑張れば、頑張れば、頑張れば、希 望がみえるだろうか」</p><p>&nbsp;</p><p>夜、病院のベッドで自分の涙も拭えない体と 知りながら、日中溜め込んだ感情が溢れ出るのを止めることができま せんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>毎日 9 時～ 5 時まで時間いっぱいリハビリをし、どこに も行けず、翌朝 9 時までベットから降りられない生活が約 2 年続きま した。</p><p>&nbsp;</p><p>2 年間で病院の外に行けたのは、たったの 2 回。</p><p>&nbsp;</p><p>大学生でまだ 遊びたかった当時の僕の感覚ではとても耐えられるものではありませ んでした。僕はその間、友達の誘いや、好きだった人とのデート、兄 や親友の結婚式等、行きたかったイベントに一つも参加できませんで した。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ年の人達は、今頃何をしているんだろうか？　</p><p>体は動かなくとも頭は絶えず、社会に戻れる道を模索していました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　その後、大分県のリハビリ施設に入り、また 2 年間、残った体の機 能で自立するための訓練を始めました。</p><p>その頃には、当初 0.25 ㎏の重 りも上げられなかった腕の筋肉も、片腕で 15 ㎏まで持てるほど回復 していました。</p><p>大分での自立訓練は一人で生活するための訓練と手に 職をつけるための訓練がありました。</p><p>力はついたとは言え、指の動か ない腕で、着替えや洗濯、ベッドメイクにトイレ、以前とは違う一つ 一つの動作を獲得するのは困難を極めました。</p><p>手に職をつける訓練で は、まずは絵を習いました。手に装具をはめて、震える筆で一生懸命 描きました。絵のいい所は必ずしも完璧さが求められない所だと思い ます。ミロのヴィーナスのような違和感や不完全さが人を惹きつける こともある、自分にそう言い聞かせました。</p><p>&nbsp;</p><p>次に教えてもらったのが PC 操作で、手が不自由でもキーボードを打てる技術があることを初 めて知りました。取得できた資格は 1 年間で Word 3 級と Excel 3 級 だけでしたが、その後の僕の大きな自信につながりました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　大分の 2 年間で最も僕を成長させてくれた経験は、車いすマラソン の練習に打ち込めたことだと思います。僕がもう一度両親や友達を笑 顔に出来るとすれば、パラリンピックに出ることだと本気で思いまし た。訓練以外の時間は平日 6 ～ 9 ㎞、休みの日には 30 ～ 40 ㎞走りま した。ですが時速 3 ～ 4 ㎞しか出せない体では、参加する資格ももら えませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200922/01/kaoru1008t/cb/65/j/o1000060014823166394.jpg"><img alt="" height="252" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200922/01/kaoru1008t/cb/65/j/o1000060014823166394.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kaoru1008t/entry-12626649240.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Sep 2020 01:52:10 +0900</pubDate>
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<title>世界一周の旅 ～待てば海路の日和あり～</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;">　大学に行く日を減らし、テーマパークのスタッフ・派遣・ポスティ ングなどアルバイトの量をや増やして急ピッチで世界一周の費用を貯め ました。</p><p>&nbsp;</p><p>大学 3 年の夏、半年の休学を伝え、世界一周の船旅に申し込 みました。船での費用を全て振り込むと、手元に残った金額は僅か 5 万円程度でした。</p><p>横浜から 19 か国を経由し世界一周する、乗員・乗 客合わせて 1,500 人の巨大な客船。中世ヨーロッパの貴族が住んでて もおかしくない豪華な内装や、プール・露天風呂・映画館・フットサ ル場等があり、心が躍りました。</p><p>船に乗り込み、出発の日、乗客の家 族や友人達が大勢見送りに来ていました。</p><p>自分の父と母、数人の友人 も来てくれました。世界を見て、感じて、一回り成長して帰ってくる はずでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;−今思うと、この時が父と母が最後に見た、僕の立っている姿で した。− 　</p><p>&nbsp;</p><p>船に乗り世界を見渡す旅は何もかも想像を超えていました。</p><p>&nbsp;</p><p>延々と 続く果てしない海、並走するイルカの群れ、遮るもののない満点夜空。</p><p>&nbsp;縛られることのない時間。段々と近づく目的地、どの国も個性的で海 から眺める国々は、おもちゃのショーケースを見る子供のように、僕 の目を輝かせました。</p><p>&nbsp;</p><p>ベトナム・シンガポール・インドに寄港し 3 週 間が過ぎ、船内では夏祭りというイベントがありました、一日中船か ら降りられない日に縁日等が出て皆で楽しもうという日でした。</p><p>僕は 船を運営するスタッフから出し物を頼まれました。</p><p>すぐに船の大きい プールを使って「ウォーターボーイズ」をやろうと思いつきました。 しかし、その練習中に足を滑らし、水の張っていないプールの底に落下。</p><p>&nbsp;</p><p>首の骨を折り、頸椎損傷。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>−あっという間に夢が終わり、夢から覚めると僕は病院のベッド にいました。−</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200922/01/kaoru1008t/1e/20/j/o0956068414823164828.jpg"><img alt="" height="301" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200922/01/kaoru1008t/1e/20/j/o0956068414823164828.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kaoru1008t/entry-12626648193.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Sep 2020 01:38:21 +0900</pubDate>
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<title>お笑い芸人・大学編 ～井の中の蛙大海を知らず～</title>
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<![CDATA[ <p>高校卒業後、それまで半年間にわたる両親への説得の末、松竹芸能 お笑い養成所に入りました。</p><p>理由は単純で「人の笑顔が直接見えるい い仕事」だと思ったのですが……お笑い養成所に入学するも 3 か月で、 スベる自分に耐えられなくなり挫折しました。 　</p><p>その後、半年浪人し大学入学。社会福祉学科に進みます。</p><p>&nbsp;</p><p>入った理 由は、自分と同じ考えの子を作らないようにしたかったから。</p><p>&nbsp;</p><p>［子供 の時に一緒に遊んでた知的障碍を持っていたミユキちゃんが、別々の 小学校に入学したことで自分とは違う人間なんだと思ってしまった。］&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　ですが、教科書通りの大学の講義に面白さを見いだせず、大学近く の老人会のボランティアに行き、一緒にラジオ体操やゲーム等で体を 動かしたり、両親がいなかったり、片親の子達に勉強を教える会に参加し、一緒に遊んだり してました。</p><p>また、知的障碍の方達の施設に泊まり一緒に踊ったり、 歌ったり、ご飯を頂いた経験はとても楽しい思い出です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それ以外の 大学生活のほとんどを映画と読書、アルバイトの時間に費やしていま した。</p><p>アルバイトは浅草で人力車に挑戦しました。</p><p>人と話すのが苦手 な自分を変えようとして挑むも、初めはボロボロ。走って、会話して、 雑学喋って、ボケて、笑わせる、1 年と 4 カ月。先輩方からハイタッ チで褒められたことも、お客さんに渡す物を忘れて土下座して謝った ことも全て僕を人間的に成長させてくれました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　大学 3 年目に入り、アルバイトでお金が貯まりだした頃、小学校 5 年生からの夢が沸き上がります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;ー世界一周がしたい。ー&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaoru1008t/entry-12626647600.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Sep 2020 01:31:17 +0900</pubDate>
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<title>中学・高校 ～鷹は飢えても穂を摘まず～ 　</title>
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<![CDATA[ <p>　中学生の時はスポーツ三昧で野球のクラブチームに所属し、学校の 部活はテニス部・サッカー部・野球部を 1 年ずつ経験しました。</p><p>&nbsp;</p><p>中学 2 年の時、所属していたクラブチームで、人生で初めて、いじめに遭い ました。パシリやリンチ、頭にジュースをかけられ下向く僕と笑う同級 生。</p><p>&nbsp;</p><p>毎日それに頭を悩ませていた僕は、気づけば自宅の２階の窓から コンクリートの道路を眺めて、現実から逃げようとしていました。 　</p><p>&nbsp;</p><p>都立高校に入学。</p><p>野球部に入部。英語の担任の先生だった恩師の秀海先生 に出会います。 　</p><p>&nbsp;</p><p>１年生の時は、いじめの経験からあまり目立ちたくなく、こっそり と学校生活を送っていました。 　</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、2 年生の時の担任だった秀海先生に学級委員と文化祭のリー ダーに任命されました。文化祭で行ったショーは大成功で、2 年生な がら文化祭のタイトルを総ナメしました。</p><p>この時に人前に出る事が大 好きになり、</p><p>3 年生の文化祭の時にはバンド・ウォーターボーイズ・ 気球の打ち上げをして、周りから「文化祭王」と呼ばれていました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaoru1008t/entry-12626647220.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Sep 2020 01:27:17 +0900</pubDate>
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<title>小学生編 ～笑う門には福来る～</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;">　小学生の時、特に大きな出来事はないですが、朝起きれば、楽しい 日常が始まるかけがえのない時期だったように思います。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>1 年生の時… 先生に言われ、泣きながら初めてキュウリを食べる。&nbsp;</p><p>2 年生の時… お昼ごはんの時、牛乳パックをラッパのように扱い、 エアーラッパで脚光を浴びる。</p><p>&nbsp;3 年生の時… 好きな人と廊下で肩がぶつかり、去り際に恋の発展 を予感させる。</p><p>&nbsp;4 年生の時… 器械体操を習う。猿よりも猿になる。</p><p>&nbsp;5 年生の時… クラスの係りでお笑い係りに任命され、週に１度、 ネタを披露する。</p><p>&nbsp;6 年生の時… 好きな人に「好きな人誰？」と聞かれるも「いやぁ……」 とチャンスを逃す。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　どれもとても小さな出来事ですが、今後重要な「小さな」ことだっ たように思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaoru1008t/entry-12626646749.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Sep 2020 01:22:13 +0900</pubDate>
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