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<title>幻覚症の家族と暮らす</title>
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<description>幻覚症の家族との生活。脳腫瘍の手術の後、統合失調症と酷似した幻覚症という病気になった叔母との生活を綴ります。</description>
<language>ja</language>
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<title>記憶が曖昧になっていた</title>
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<![CDATA[ 実は、残念なことに叔母はガン保険に入っておらず、手術+入院費を私の母が一旦負担することになりました。<br><br>母は、母の父母(私の祖父母)の介護もしており、高校生の私の生活も支えなければならないので大変そうでした。<br><br>入院には色々とお金がかかり、お見舞いに来てくれた人や病院の方にお礼も沢山しなければなりませんでした。<br><br>私の家は父親がいない為、叔母の手術により金銭的に苦しくなり、高校生の私はバイトを始めました。<br><br><br>叔母はバイトに行く私を見て不思議そうな顔をしていました。<br>脳腫瘍の手術の影響で、母にお金を工面してもらったことを覚えていなかったのです。<br><br>「私は手術の前や後の記憶があったり無かったりするから、お金を出してもらったかはわからない。覚えてない。」と叔母は言っていました。<br><br>母と私は、一番つらいのは病人だからと思い、「そっか...」と言って何も言いませんでした。<br><br>本当はちょっと悲しかったです。百万円いくかいかないかの金額でしたが、ありがとうくらいは言われるかなと思っていたので、夜中に家の近くのスーパーの暗い駐車場に車で行って泣きました。<br>叔母には心配かけないようにと涙は見せないようにそうしました。<br><br><br>この時は、叔母の「覚えていない」という言葉を、これから何度も聞くことになるとは思っていませんでした。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kaoruundead/entry-12242140613.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Jan 2017 00:26:35 +0900</pubDate>
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<title>幻聴という症状</title>
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<![CDATA[ <br>「幻聴」<br>叔母は &nbsp;げんちょう、という症状でした。<br><br>「お前は怠け者だ！」<br>「アッハッハッハッ」<br><br>叔母には、このような声が<br>起きている間ずっと聞こえていたそうです。<br><br>もちろん周りの人には聞こえません。しかし、叔母にとっては現実の声のようにはっきりと聞こえて、恐ろしかったそうです。<br><br>今は、エビリファイという精神薬を飲んでいるので幻聴はたまにしか聞こえないと言っています。(私と母は時々、叔母が突然暗い表情で不機嫌になるので、「あ...今もしかしたら幻聴が聞こえていたのかな。」と思う時があります。)<br><br><br>脳腫瘍の手術の後、病院に入院していた時に幻覚症を発症した叔母は、「入院不適応」と言われ、私たちの住む家に、半月あまりで帰って来ました。<br><br>退院したばかりの叔母は、幻聴と幻覚のせいでストレスからうつ状態になっており、「もう死にたいって思う」と言ったりして元気が全くありませんでした。<br><br>以前は、休日に音楽など聞いてドライブしたり、おとなしい性格ながらも普通の人だった叔母は、手術後には目が絶望したような、光のない真っ黒な目をした暗い人へと変わっていました。<br><br>私と母は、話をよく聞いてあげること、常に優しい口調で語りかけること、なんでも食べたい物を食べさせることなどを特に努力しました。<br><br>二ヶ月経つと、少しずつ薬が効いてきて、食欲が元に戻りました。時々、ニコッとする事もありました。<br><br>しかし、この精神病との付き合いは、まだまだ始まったばかりでした。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kaoruundead/entry-12242136568.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Jan 2017 00:08:11 +0900</pubDate>
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<title>脳腫瘍の手術のあと</title>
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<![CDATA[ 私の伯母が幻覚症になったのは、今から７年前でした。<br><br>朝、隣で寝ていた伯母が突然「うーうー！」とうなされているようなうめき声を出しました。<br><br>顔がぶるぶるとけいれんし、口から少量の泡を吹きながらうめいていました。<br><br>当時高校生だった私は、近くにいた母を呼び母が伯母の名前を何度か呼びました。<br><br>数十秒後、何事も無かったように伯母は目を覚ましましたが、自分がけいれんしていたことは全く覚えていませんでした。<br><br>その日、自宅近くの脳神経専門の病院へ行き伯母はMRI 検査を受けました。<br><br>検査のあと、母は医師に呼ばれ結果を伝えられましたが、伯母はショックを受ける可能性があり朝にけいれんを起こして脳が疲れているので後日結果が伝えられました。<br><br>検査結果は「脳腫瘍」が五センチ×五センチの大きさになっており、精密検査と手術が必要との事でした。<br><br>伯母は比較的健康で、３０代だったので私たち家族はショックでした。<br>ショックでしたが、これから病気と闘っていく伯母のことを協力して支えていかなければと全員が思いました。<br><br><br>数ヵ月後、手術は無事に成功し、懸念されていた後遺症(左手足が動かせなくなる)なども軽いものらしくこれからリハビリをしていけば手術前に近いレベルまで改善すると言われました。<br><br>私たちの住んでいる地域では一番の病院で手術が成功し、あとは入院しながら抗がん剤治療が始まる予定でした。ですから私も、このままいけばまた普通の日常が戻ってくるだろうと、心配しつつもわずかに希望が見えていました。<br><br><br><br>ある日病室へ見舞いに行くと、伯母が私に「看護師さんからいじめられている」とまだ動かしづらそうな片言の言葉で言われました。<br>まだ手術の後で手も足も動かしにくいので、悲しくて少し被害妄想的になっているのだと思い<br>「皆優しい看護師さんたちだよ。どんなふうにいじめられているの?」と否定しつつ聞きました。<br><br>すると伯母は「ずっと見張られているし、嫌な言葉でいじめる」「トイレに行く度にアハハと、笑われる」と涙を流しながら言いました。<br>私は母に相談しましたが母も看護師さんたちは皆親切なのでそんなことをするとは思えないと言い、少し疲れているのだろうと話していました。<br><br>それが後で「幻聴」という症状であるとは母も私も知りませんでした。<br><br>つづく<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kaoruundead/entry-12209125655.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Oct 2016 00:30:20 +0900</pubDate>
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<title>幻覚症の家族と暮らす</title>
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<![CDATA[ <br>はじめまして。<br>私はcocoa(ココア)と申します。<br><br>幻覚症という病気の家族と暮らしています。<br>統合失調症と酷似した病です。<br>統合失調症(とうごうしっちょうしょう)とは、脳の病気です。<br>昔は「精神分裂病」という病名だったそうです。<br><br>病気を持つ家族と、どのような生活を送っているか、今まで起きた出来事や感じた事を記録していきたいと思います。<br><br>興味のある方に読んでいただけたら嬉しいです。<br>よろしくお願いいたします。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kaoruundead/entry-12165568370.html</link>
<pubDate>Mon, 30 May 2016 13:24:37 +0900</pubDate>
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