<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>フクモモの部屋</title>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/kappadaisakusenn/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>医師であり、ADHDで悩むパートナーの旦那であり、4歳の子供のパパであり、数ヶ月の赤ちゃんが産まれ、男性で医師なのに一大決心で育児休暇を10ヶ月とることになったフクモモの日々を共有いただければと思います。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>産後３  ～妻退院、おまめちゃんNICU生活 　おまめちゃんに会えない日～　</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200404/23/kappadaisakusenn/88/31/j/o3648273614738745106.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200404/23/kappadaisakusenn/88/31/j/o3648273614738745106.jpg" width="420"></a></p><p>産後１，２で新生児のおまめちゃんはNICUへ入室となってしまいました。そして妻は無事に退院できましたが、おまめちゃんは退院できず、病院におまめちゃんは残ることになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　産まれてすぐにずっとそばにいてあげられないことで、わが子が寂しい思いをしていないか、心配でした。</p><p>　しかし妻の思いは想像以上でした、、、、</p><p>&nbsp;</p><p>　妻は退院してから母乳をあげるためにNICUに1日2～3回通う必要がありました。普通の産後のお母さんでもすぐに動くのは辛いことが多いと思いますが、ADHDで体力もない妻としてはぐったりでした。普通の考えだと、赤ちゃんを病院でみてもらっているので、会いに行く時間以外は休めていいのでは？と思ってしまいますが、妻には会えない苦しみの方が強かったようです。行く度にもう退院できるのか、あるいは病状が悪化っしていないか不安で仕方なく、ちょっとした変化に一喜一憂し、精神的にも消耗していました。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな中妻が38℃の発熱をし、授乳を一度スキップしました。夕方の授乳時には熱が下がっていたため、お豆ちゃんに会えるのを楽しみに病院に行きました。すると感染の可能性がある人をNICUに入れるわけにはいかないということで、産婦人科の受診が必要となりました。明らかな乳腺炎であれば入室できるという期待がありましたが、他の感染が否定できないとのことでその日の面会は禁止されました。第三者からすれば、NICUに入る様な弱い赤ちゃんに感染を持ち込む可能性がある人は、絶対に入れてはいけないことは理解できます。ただ熱は1回だけ上がって他の感冒症状等なく妻も元気で、妻は納得できません。僕は長女の迎えがあり一度病院を離れていましたが、妻が納得できずNICUの扉の前で泣き崩れてしまい、スタッフの説明ではその場を動かず大変なことになっていると報告が来ました！！</p><p>&nbsp;</p><p>　心理士さんやソーシャルワーカーさんも対応に動いてくれ、NICU師長さんも対応してくれていました。様々な方が丁寧に対応してくださり、なんて優しいのだろうと感動しましたが、それだけ妻が切羽詰まった反応をしていたということでもあります。僕が現場に到着すると椅子に座りうつむいて涙を流している妻の姿がありました。「なんで熱が出たなんて言ったの？」と僕に食い下がってくる妻。さすがに熱があって黙っているのはルール違反だし、他の親がそうしていて自分の赤ちゃんが感染したら絶対にその親を許せないという思いは普通なら理解できると思っていました。ただ妻はADHDという持病があり、その本質は視野が狭くなるところにあるようです。思いが強くなれば成る程周囲のことは見えなくなってしまいます。危うくNICUの門前で夫婦げんかしそうになりましたが、しかたないことと理解してもらうしかなく、号泣する妻を支えながらNICUを後にしました。今回のことがあって周囲のスタッフは危機感をもってくれたらしく、当院の精神科受診やカウンセリング調整、自宅でのサービス利用等の調整が一気に進みました。第一子の時では思いつかなかったし、知りもしなかった調整ができ、今後に向けて環境を整えられるきっかけとなりました。やはり総合病院は心強いし、自分がこの病院の職員で良かったと感じられました。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12587196296.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Apr 2020 23:07:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>産後２  ～あかちゃんと一緒に退院できるか～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>通常だと母親と産まれたあかちゃんは一緒に退院します。妻も当たり前のようにそれを信じていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12575304163.html" target="_blank">「産後１」</a>で出産当日夜間にNICUに入ることになってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200310/20/kappadaisakusenn/0f/f6/j/o5120384014726050418.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200310/20/kappadaisakusenn/0f/f6/j/o5120384014726050418.jpg" width="420"></a></p><p>　NICUにおまめちゃんが入り、翌日から妻は3時間に1回授乳のためにNICUに行くことになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　通常の産後の母はもっと頻繁に授乳するため、その途中で搾乳しないと母乳の出が悪くなってしまいます。妻もNICUで授乳する合間に搾乳していました。でもいろいろ大変なんです。普通にみえたり、ほかの人ができないようなこともできてしまうため周りの人には理解されないことが多いですが、ADHDを患った妻はほんとに大変なんです。</p><p>&nbsp;</p><p>　まずは妻に体力がないことです。前回の第一子出産後もしばらくほんとの寝たきり、途中からハイハイで移動、しばらく赤ちゃんを立ってだっこできない状況が続いていました。普通に歩けるようになるのですら数ヶ月かかりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　通常の母親はすぐに赤ちゃんの世話をしたり、歩いて生活しているようですが、妻は歩くとふらついてしまい車椅子で移動させてもらいました。看護師さんにはどうしたのかビックリされたようですが、妻にとっては前回の寝たきり生活を考えるとせめて車いすを利用することで体力の消耗を防ぎたいという思いもあったのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　授乳も体力があるお母さんは夜間もずっと3時間毎にあげに行くようですが、妻は夜間は休める様にしてもらいました。それでも妻の感想としては「出産直後に無理しすぎた」というものでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　それに産後病室ですごすというのも妻には負担だったようです。病室の周囲の人は赤ちゃんが病室にいてそれぞれ世話をしてスキンシップをとっているのに、自分は一瞬しかあえないというストレスがありました。妻が赤ちゃんを入院中に世話をする体力と精神力はないと思っていたため、僕としては偶然にもNICUに入室して授乳以外面倒みてもらえたのは妻の体を休ませるよい機会になったと思っていました。ただ妻はまったくそういう考えはなく、赤ちゃんと離れているし、心身ともに大変で早くおまめちゃん（あかちゃん）とずっと一緒にいれるのを夢見ていたようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　NICUに入ったおまめちゃんは小さなお口に酸素マスク、肉眼では見えない細い血管に点滴をしていただき糖分の補充をうけて過ごしていました。このまま低血糖、低酸素が続いたらと思うと息が詰まる思いでした。最悪なことが起きるイメージは常に頭によぎり続け、離れませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　最初傾眠がちで、常に眠そうで、反応も鈍かったおまめちゃんですが、徐々に少し泣くようになりました。元気に泣けるのがわかるだけで、胸が熱くなりました。本当に大切な存在です。</p><p>&nbsp;</p><p>　体力がなく、精神的にもつらい中妻は授乳、搾乳を頑張り続け、徐々におまめちゃんの酸素投与量は下げられ、糖の点滴も量が減り、4日目には酸素も点滴もなくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　うまくいけば妻の退院と一緒におまめちゃんも退院できる可能性もありました。</p><p>&nbsp;</p><p>　妻の退院前日に担当の先生から話がありました。期待とは裏腹に、おまめちゃんは退院せず数日は様子をみてしっかり大丈夫なのを確認してから退院がよいとのことでした。低血糖はもう平気でしたが、呼吸を休んでしまうことと薬の離脱症状と思われるぴくつきが残っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　妻は無事に退院できましたが、赤ちゃんと一緒に退院できなかったことがとても辛かったようです。なんでこんなことになったのか、自分の薬が悪かったのか、自分の年齢が悪かったのか、何が悪かったのかと思い詰めているようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あかちゃんが病気の時はそれが軽いものであっても、不安になり、辛くなりますね。妻にとっては自分が退院し、おまめちゃんが病院に残る状態は、もしかしたら一生退院できないのではないかと思うくらいの事であったようです。</p><p>&nbsp;</p><p>明日からはNICUに通う日々が始まります....</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12581194445.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Mar 2020 20:08:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>パパの手料理で初節句</title>
<description>
<![CDATA[ <p>みなさんこんばんは♪</p><p>&nbsp;</p><p>医師ですが、パパ業、ADHDの妻の介助、家事に追われるフクモモです。</p><p>&nbsp;</p><p>大変な出産、産後の話の途中ではありますが、今日うちは初節句のお祝いをしました<img alt="ニコニコ" draggable="false" height="16" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" width="16"></p><p>&nbsp;</p><p>実は長女の時には初節句のお祝いができませんでした。仕事、家事育児、妻の辛い状態、親との絶縁状態のこともありお祝いできるような状態ではなく長女には申し訳なかったです<img alt="ぼけー" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/060.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今回はなんとか両方のおじいちゃん、おばあちゃんが来られることになり、我が家で初節句のお祝いをしました<img alt="音譜" draggable="false" height="16" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" width="16"></p><p>&nbsp;</p><p>折角なので、パパ頑張りました。</p><p>&nbsp;</p><p>まずは離乳食中の子供のためにマッシュポテトを利用したちいさなちいさなひな人形</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/79/54/j/o3648273614721484148.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/79/54/j/o3648273614721484148.jpg" width="420"></a></p><p>まあ整ってはいないですが、そこそこかわいくできたかと。人参とほうれん草を練りこんで色をつけました。</p><p>&nbsp;</p><p>8か月のおまめちゃんは夢中になって手を出してすぐにでもつぶしそうでしたが、気に入ってくれてよかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>大人たち用としては定番の（といっても初めてお祝いの食事作りましたが）はまぐりのお吸い物</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/76/de/j/o3648273614721484099.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/76/de/j/o3648273614721484099.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>ちらし寿司で作ったケーキ</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/2a/ba/j/o3648273614721483946.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/2a/ba/j/o3648273614721483946.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/9b/e2/j/o3648273614721484122.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200301/21/kappadaisakusenn/9b/e2/j/o3648273614721484122.jpg" width="420"></a></p><p>ちらし寿司で作ったケーキは、まるいケーキ型で作るようにクックパッド先生には書いてありましたが、うちは小さな型しかなく、今回ちぎりパンを作る型がちょうどよい大きさだったので流用してみました。</p><p>&nbsp;</p><p>なかなか好評で、普段小食の両家おじいちゃん、おばあちゃんみんなちらし寿司お替りしておりました<img alt="合格" draggable="false" height="16" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/304.gif" width="16"></p><p>&nbsp;</p><p>なれないお祝い料理でしたが、喜んでもらえてよかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>子供たちよ、パパこれからも頑張って料理するね。育ってくれてありがとね<img alt="星" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/089.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12579016889.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Mar 2020 22:11:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>妊娠中・授乳時の薬剤について　情報と一部の男性も気を付けること</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200221/22/kappadaisakusenn/2d/f1/j/o0640047414716795795.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200221/22/kappadaisakusenn/2d/f1/j/o0640047414716795795.jpg" width="420"></a></p><p>御覧いただきありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>医師ですが、パパ業、ADHDの妻の介助、家事に追われるフクモモです。</p><p>&nbsp;</p><p>前回「<a href="https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12575304163.html" target="_blank">産後１</a>」で早産の新生児が薬の影響による可能性のある呼吸不全（呼吸をさぼってしまう）を起こしてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>薬ってどういう影響が起こるかわからないので妊婦さんと授乳中の方にはいつもいつも気を使います。</p><p>気を使っても使い過ぎではないですし、すべては予想できません。</p><p>正直言うと普段の自分の診療を考えると妊婦さん・授乳中の方には極力薬を出したくありません。それは薬の処方がなくても奇形や胎児の合併症、新生児の異常は起きやすいのに、薬を処方していると薬のせいにされることが多いからです。気持ちはよくわかりますし、薬を処方する場合は妊婦さん・授乳中の方に情報提供して、積極的に自分で決めてもらえるようにしたほうがよいと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>おくすり１００当番の「妊娠と薬」のページが信頼できる情報が多く役に立ちます。</p><p><a href="http://www.okusuri110.com/kinki/ninpukin/ninpukin_00top.html">http://www.okusuri110.com/kinki/ninpukin/ninpukin_00top.html</a></p><p>&nbsp;</p><p>授乳中の薬剤の影響の項目もあり参考になります。</p><p>&nbsp;</p><p>また医療従事者用ですが産婦人科ガイドライン産科編2017も参考になります。</p><p><a href="http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2017.pdf">http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2017.pdf</a></p><p>&nbsp;</p><p>医師のほとんどは自分の診療する科で使用する薬剤の一部の情報しか副作用・妊婦・授乳への影響に関して知りません。大枠は知っていて、知らないものやあやふやな知識は確認しながら診療しております。薬剤師さんによるチェックも頼りになります。</p><p>&nbsp;</p><p>授乳の影響は赤ちゃんが小さい数週間の間が特に影響でやすいようです。</p><p>&nbsp;</p><p>妊娠と薬のページをみていると「男性が使用した薬の影響」というあまり意識していなかったけれど、男性としては気にしなくてはいけない部分がありました。女性ばかりが気にしていればよいわけではないのですね。不勉強でした。ただ薬の精子への移行は少なく、影響が出るものは限定的とのことで少し安心しました。普段使用する薬ではあまり影響なさそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ癌や痛風、うつ病、抗ウイルス治療が必要な人、リウマチの人などでは使用している薬によっては影響があったり、しばらく休薬しなくてはいけないということで一部の人では注意が必要そうです。</p><p>&nbsp;</p><p>でも基本的には妊娠・出産した女性ばかりが辛い症状があっても赤ちゃんのためにと薬を使うのを控えていたり、不安をかかえながらの使用で精神的につらいことが多いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>やっぱり妊娠・出産・育児において男性がいくら努力しても女性の辛さには到底及ばないですね。</p><p>&nbsp;</p><p>世の中のお母さま方本当にお疲れ様です。そしてありがとうございます&lt;m(__)m&gt;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12576844452.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Feb 2020 07:00:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>産後１　～ひとまず安心のはずが～</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200218/11/kappadaisakusenn/be/56/j/o0640042714715016425.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200218/11/kappadaisakusenn/be/56/j/o0640042714715016425.jpg" alt="" width="640" height="427"></a><div><br></div><p>&nbsp;</p><p>妻の思い描いた「理想の出産」とは真逆に近い「現実の出産」となりましたが、一体感がある感動の出産となりました。</p><p>早産ではありましたが、食後の診察では問題なく、妻とおまめちゃん（あかちゃん）は一緒に産後の数日を過ごして一緒に退院となるはずでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　出産当日苦しくも幸せで、妻が産む状況としては入院後ベストなタイミングで産まれてきてくれたおまめちゃん（胎児ネームをそのまま赤ちゃんの名前として使わせていただきます）。出産直後は問題なく経過していました。</p><p>　妻はADHDという精神的病気とそれに伴い、自分の両親から理解されなかったことによるトラウマや性格への影響があります。ADHDが元にあることはこれまで受診していた3つの精神科では診断がつかず、今の病院に移って初めて診断がつきました。精神障害者手帳２級をもっています。精神科で薬剤コントロールして、やっと注意力をすこし維持し、不眠や不安定な状態への対応をしていました。5種類以上ある薬剤を妊娠中も飲み続けなければなりませんでした。胎児への影響や授乳時の影響はもちろん考えました。僕も医療者ですので薬剤の胎児や乳幼児への影響は普段では過剰なほど意識しながら診療をしています。医学的に胎児・授乳に対する薬剤の影響は添付文書や海外の指標（オーストラリアやアメリカ、WHO）を参考に判断します。妻が内服していた薬は胎児・あかちゃんに影響がないとは言えない部類の薬でした。必要性が少なければ中止すべき薬といえます。</p><p>　ただ辛い妊娠生活を乗り越えるには必要でした。かかりつけの精神科の先生も薬剤継続での妊娠出産を提案していました。薬剤を中止して精神状態が悪化した場合は妊娠継続・出産・その後に悪影響があるというのが、かかりつけの先生の考えであったと思われます。僕も妻の病状が酷かったころのことを考えるとかかりつけの先生の判断に賛成でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　出産当日にある薬剤のおまめちゃんへの影響の可能性に関して懸念があることを小児科医師から説明がありました。薬を止めておまめちゃんの世話をしたり愛情をあげたりできないのなら逆にお豆ちゃんに悪影響になり、妻と赤ちゃんの関係性も悪くなる可能性が高く、薬は基本続けながらみることにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　産後すぐは問題なかったおまめちゃんですが、僕と長女が帰宅後の夜間に呼吸状態が悪化しました！</p><p>　</p><p>　早産の影響か薬の影響か不明でしたが、呼吸状態が悪くなり出産当日の夜間にNICUに入院となってしまいました。先生の説明がよかったのか、夜中に妻一人でその状況を把握して僕にメールしてくれました。妻は病気と生い立ちの影響から精神的負担がかかるとすぐに混乱してしまうのですが、今回は違いました。不安は強かったでしょうが、おちついて状況を把握し対応したようで、陰ながら感動していました。おそらく今までの妻であればすぐに混乱して電話を僕にして、すぐに僕が向かって落ち着かせないとだめだったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　NICUに入る様な赤ちゃんに関する知識や経験がないため、僕は最悪の自体と、なんともない一時的な入室の可能性の両方を頭に描き、自分の心を整理していました。</p><p>&nbsp;</p><p>　おまめちゃんは傾眠傾向があり、呼吸もたまに休んでしまい、体内の酸素が足りなくなる瞬間があり不安定でした。早産の影響か眠剤などの影響か不明とのことでした。薬剤性の可能性は十分あるとは思いましたが、妻にその可能性が高いと伝えたら、おそらく妻は自分に責任を感じ苦しみ、薬を全部止めると言う気がしました。おそらく伝え方を間違えればそうなっていたと思います。そして薬を急に止めた妻はコントロールがつかなくなり、子育て離脱あるいは死のうとしたと思います。担当医師が原因不明と言ってくれて助かりました。原因がわからない方がいいことがあると、今回自分が経験して初めて知りました。普段は原因がわからない病気は怖くて仕方ないので、必至で原因を究明して治療に役立てますが、今回は原因究明は担当医に任せて、妻と僕は無理に原因究明の話をしないようにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>　NICUに自分の赤ちゃんが入るなんて想像していませんでした。おまめちゃんはか弱く、長女の時に比べて明らかに活気がありません。泣く声がするとほっとする程泣きませんでした。</p><p>　前回産後の時期は妻にとって壮絶に辛い日々であったと何度も妻が言っていました。周囲からみても限界を越える状態でした。今回もダメージがあり辛い中、それに加えて赤ちゃんがNICUに入院していなければならない状況です。自分が援助できる状況とは言え、妻もおまめちゃんも乗り越えられるか不安な状況となってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>次に続く........</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12575304163.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Feb 2020 12:40:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>現実の出産　メモ５　～今日産まれるのか？、過去の分娩を思い出しながら～</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200205/19/kappadaisakusenn/17/da/j/o2449163214708278023.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200205/19/kappadaisakusenn/17/da/j/o2449163214708278023.jpg" width="420"></a></p><p>いつもみていただいている方ありがとうございます。</p><p>育児休暇中の男性医師のフクモモです。</p><p>&nbsp;</p><p>前回「現実の出産　メモ４」では誘発による陣痛が強くなり、その日のうちにうまれるかどうかの瀬戸際の状態でした。</p><p>&nbsp;</p><p>続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　陣痛が強くなり、「もうむり」「やめて」と叫びながら陣痛に耐えています。おそらく誘発の点滴を止めれば痛みも陣痛もなくなる可能性があります。今だけを考えれば、止めてあげたい気持ちもありました。</p><p>その後さらに陣痛が数回きて妻は悶絶し、発狂していました。今頑張れないなら明日はもう体力がないと考えていた自分としては、全力で妻の辛さに寄り添いました。助産師さんも緊迫した状況にも常に冷静に対応してくださりました。辛いのはわかっていますが、なんとか今日産まれてほしいと祈りました。</p><p>&nbsp;</p><p>　助産師さんの診察で子宮口は全開に開いていました。緊急で分娩台に移動することになりました。あんなに混乱状態の妻でしたが、ベテラン助産師さんの誘導し、一瞬で分娩台に移動できました。激しい陣痛でしたが、数回だけで頭が出てきました。いつのまにか周囲には医師数名と助産師4～5名、その他スタッフもいて大勢で息を合わせて妻を支えてくれました。頭が出てきて息まなくても分娩がすすむようになり、妻にすべてのスタッフと自分は息を合わせます。これから何度か辛い陣痛を繰り返すのだろうと考えていると、あっけないくらい一瞬で第二子は誕生しました。長女の出産に時間がかかった記憶が鮮明に頭に残っていたため、陣痛が来てからこれ程早く産まれてびっくりしました。妻が必至に、死ぬほど頑張っている状況と、それを自分を含めた周囲の人が一丸となって支え、本当に輝いて、天使のようにみえる存在がそこに産まれ、感動しました。こんなに感動したのは初めてだと思えました。長女の誕生ももちろん感動しましたが、その時は初めての経験で緊張が強く、感動を味わうよりも妻と赤ちゃんの無事を確認することで精一杯だった気がします。今回は長女の出産時の経験のおかげで、冷静に全力で妻も自分も出産に集中し、やりきった感覚がありました。</p><p>後日妻は日記でこう書いています「強い陣痛が来てわけがわからない状態で、分娩室まで歩かされ、何回かいきんで、パニックになり、いきむタイミングがわからなくなり普通に呼吸してたら産まれた。自分で泣いていた。生きていてよかった。」</p><p>&nbsp;</p><p>　早産でもあり産後すぐに小児科Drにより赤ちゃんの診察がありました。その診察は短い時間でしたが、妻には長く感じたようです。なにか異常があったのか、すぐに赤ちゃんに会えるのか、このまま引き離されないか、様々な感情があったことを後日妻から聞きました。無事に診察を終えて、赤ちゃんは妻も胸に戻ってくることができました。カンガルーケアで1時間もの間、時が止まったかのような、夢を見ている様なゆったりした時間が流れました。</p><p>&nbsp;</p><p>　ゆったりしすぎて、長女の預かりを正式にお願いするのを忘れ（出産がなければ預かりはお願いしないため）ていて、ママ友から連絡がきていたことにやっと気がつき、ぎりぎり正式な依頼をして長女を預かってもらいました。危なかったです。その後落ち着いたところで長女を迎えに行き、病院に再度戻ってきました。長女は面会できないためガラス越しに赤ちゃんの頭のみ遠目にみましたが実感がわかないようでした。それよりも妻に会えることの方がうれしかったようです。ママ友の家で待っている間に書いたお手紙を長女が妻に渡します。そこには「ママ、ありがとう」と書かれていました。長女は妻が入院して、しかも朝から夜まで妻にあえず、勝手のわからないママ友の家にいって不安があったと思うのに、「ありがとう」という言葉！本当に良い子で、涙が出ました。</p><p>&nbsp;</p><p>　妻は出産という大仕事を終え、衰弱しきっており長女は短時間のみ面会し帰宅しました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12573008013.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Feb 2020 19:44:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>現実の出産　メモ4　～緊急転院から翌日、陣痛誘発が始まる。今日産まれるか？～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>つわりや様々な体調不良に耐えてきた日々、「理想の出産」を夢見て耐えてきたはずが、一瞬で崩れ去った夢、前期破水で緊急転送となった長く苦しい1日の翌日が幕を開けた。</p><p>&nbsp;</p><p>..入院翌日</p><p>　前期破水による切迫早産で入院した翌日、お母さんが入院した不安でいつも以上に幼稚園に行く準備に時間がかかる長女。焦りながらもなんとか幼稚園に行く集合場所に連れて行き長女といったん別れしました。今日は偶然にも幼稚園の保育参観の日でした。ただ妻は早ければ午前中から子宮収縮薬を使用した分娩誘発が始まる予定でした。下手をすると保育参観中に産まれる可能性もある状況でした。出産のイベントに比べたら長女の保育参観はリスクを冒してまで参加するものではなかったかもしれませんが、長女の精神面・母親と離れた不安を考えると極力見に行きたいと思いました。朝の診察で緊急の帝王切開が今のところないのを確認し、保育参観に参加することにしました。パパへの歌（パパ、パパ、つよいつよいパパ・・・）や、パパと一緒に歌に合わせて踊る場面もあり、お母さんは来れないけれど、せめて自分がいてあげられて良かったと思えました。ただお母さんの入院の影響は強く、七夕の織り姫作成中にうまく作れずに泣き出す場面もありました。なんとか僕の作った弁当を食べ、その後無事にお別れができました。（幼稚園生レベルだとお別れの時に泣き出す子供が多いです）</p><p>　保育参観中に妻から分娩誘発が遅れておりまだ誘発剤が始まっていないことでした。産まれるとしても数時間は余裕があるとのことでなんとか保育参観は最後まで見守ることができました。</p><p>　</p><p>　近い病院でなかったら保育参観に行くのは無理だったと思われます。忙しい業務の中、かかりつけでない妻を受け入れてくれて当院産婦人科には感謝しております。ありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>　昼頃に誘発の点滴が始まった。自分は幼稚園から走って弁当だけ買い4分で食べ、必要と思われる妻の物品をバタバタと準備し、病院に向かいました。病院につくと、妻は分娩待機の部屋にいました。ある程度定期的にお腹が張る段階になっていましたが、痛みはまっだ出ておらず、陣痛はまだ始まっていませんでした。誘発による陣痛は非常に痛いと噂で聞いたことがあったのでこちらもびくびくしながら様子を見ていました。徐々にお腹の張りが強くなり、陣痛と言える程度の痛みが出てきました。お腹の痛みが出るたびに助産師さんが腰をさすったり、おしりを押さえたり、なれた手つきで援助してくれます。自分も2回目で、しかも前回は自宅分娩であったこともあり、積極的に介助に入りました。背中をさすり、足をマッサージし、息を逃がす声をかけました。分娩誘発の点滴速度はMAXになる。痛みはある程度ありますが周期は長く、夕方の診察では子宮口の開きも小さく今ある点滴が終わったら今日の分娩誘発は終了とのことでした。陣痛の痛みと張りで消衰した妻に、「また明日頑張りましょう」と医師から声かけがありました。自分としては今日の妻の状況を考えると明日再度分娩誘発に耐えられる体力と精神力があるとは思えませんでした。妻は体力がなく、これまで1日無理をすると1～2週間体調と機嫌が悪くなり、ほぼ寝たきりになることを何度も経験していました。誘発剤の点滴での腹部の張りと痛みが強く、「今日産まれないなら点滴今終わりにしてもいいですか」と妻が言いたそうな表情でした。ただ助産師さんは陣痛のすすみから今日産まれる可能性はまだあると考えていたようです。残りの点滴が終わるまでは頑張る方針となりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　あきらめかけていたとき、陣痛間隔が狭まり、痛みが強くなってきました。妻の表情が苦悶様となりました。激しい痛みに「もう無理」「やめて」「耐えられない」と叫ぶ妻。ほんとに混乱状態で</p><p>した。言葉通り「もう無理」な程つらいことが伝わってきました。これで今日産まれなかったら体力だけでなく、精神的にも産むことが困難となり、最悪帝王切開で出産し、その後妻は自分の体力・精神力のなさに苦しみ、この妊娠出産を後悔するんだろうと、暗い気持ちが頭をよぎりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　長女の時の出産とその後が妻にとっても僕にとっても人生で最大の辛さをもたらしました（後日記載したいと思います）。そんなトラウマを胸に現実の妻の現状を見守りました,,,,,,,,,,,,,,,,</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>(オギャー、オギャー）？すみません、赤ちゃんが泣いて、妻から寝かしつけするように指令が出たので今日はこのあたりで。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12571988687.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Feb 2020 22:45:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>現実の出産　メモ3＋　～二人目の出産で問題になること～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　みなさんこんばんは、「<a href="https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12568851879.html" target="_blank">現実の出産 メモ3</a>」で書き忘れたことがあり、大切なことなので3＋としてここに記載させていただきます。</p><p>&nbsp;</p><p>　理想の出産を目指していた妻ですが、前期破水で緊急に総合病院に転送となり、長女に出産を見せたいという妻の夢が実現不可能になったことは前回お伝えしました。そんな激動の1日が終わろうとしていた時に大切なことに気が付きました。</p><p>&nbsp;</p><p>　夫の立ち合いは可能なので出産時自分は妻に付き添います。4歳の子供は付き添えません。その時ってつまり4歳の子供を見れる大人が誰もいないということです！子供が一緒に立ち会える助産院を選定し、それでも万が一のことを考え、子供が立ち会える関連病院も選んで通っていたため、子供が一緒にいれない状況を考えていませんでした。しかも予定日の1ヶ月も前で周囲のバックアップ体制も整っていませんでした。</p><p>　</p><p>　子供の預け先がみつからない！これかなり致命傷です。</p><p>　</p><p>　4歳児が一人で家で過ごすことができるはずもないですし、それで子供になにかあったら親失格です。両親に頼めばいいと言われると思いますが、実は妻のADHDの影響もあり長女の出産・産後のいざこざで妻と僕の両親の関係は修復不能な状態となっていました。緊急事態でも妻は僕の両親に助けてもらうのはいやがる状態です。妻と妻の両親の関係はというと、以前はだいぶ悪かったです。詳細は後日説明する機会を作りたいと思いますが、基本妻の精神状態が悪いのは親との関係性の問題がメインです。ADHDという病気があることで妻もその両親との関係も破綻寸前だったのです。その後いろいろあり、、、少し関係は良くなり、、、ただ今もちょっとしたことで関係が悪くなりますが、助けてもらうことはできる関係ではありました。そこで妻の両親にメールしてみました。でも明日は両親とも仕事で夜中でないと来られないとのことでした。産まれるのが明日か、明後日か、明々後日か不明な状態で、強引に明日仕事を休んでとはなかなか言えませんでした（今思うと言ってもよかったかもしれませんね）。幼稚園は延長保育がありますが、遅くても6時半まででした。その後をみてくれる人がみつかりません。</p><p>　</p><p>　子供の付き添いが禁止されているのであれば、病院で出産する子供の保育を引き受けてくれる制度があってもいいのになどと考えてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>　その他の案を考えなくてはいけません。妻と僕が考えたのはママ友の繋がりです。幼稚園への送りの集合場所には数人の子供があつまり、よく顔を合わせます。いろいろあって朝の送りをお願いすることもあるママ友に声をかけてみましたが明日は用事があって、出産が明後日になるようなら明後日は預かってもらえるようにお願いはできました。自分は明日預かってもらえる人のあてが他につかず、妻がつらいなかママ友に連絡し以前からつきあいがある一人のママ友が長女をみてくれることになりました。出産は急にあります。第一子が産まれる時は自分だけかけつければ良かったのですが、今回は長女のマネージメントも必要となり、それだけでも苦労しました。預かってくれる人がいなかったらどうしていたのだろうと今思ってもヒヤヒヤです。預かるのを了承してくれたママ友さん本当にありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>出産前後の準備って一回目でも二回目でもやっぱり大変ですね。</p><p>&nbsp;</p><p>これでやっと怒涛の「前期破水で緊急に総合病院に転送」の日を終え、翌日の話に入れます。</p><p>&nbsp;</p><p>ではまた「現実の出産　メモ４」で、、、</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12570465009.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Jan 2020 22:47:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>現実の出産　メモ3　～緊急転院、帝王切開の可能性、母と子の別れ～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>「現実の出産　メモ2」で、前期破水のため妻の理想と真逆の病院に搬送となった妻と病棟で再開</p><p>&nbsp;</p><p>つづき</p><p>&nbsp;</p><p>　産婦人科病棟に到着するとやさしそうな看護師さんと妻が座って話をしていました。妻は呆然とした表情で不安の色が隠せない。医師からの説明があり、本日は感染徴候もなく分娩誘発（薬剤等で出産できるようにすること）は行わず、明日の様子をみて誘発の点滴を始める予定にするとのことでした。心の準備ができていなかったので、今日すぐに胎児を出すと言われないかドキドキしていたので自分としては少し落ち着くことができました。</p><p>　ただ「胎児が弱っている徴候がある場合帝王切開を考慮する必要がある」とのとでした。「帝王切開」！妻は帝王切開にかなり抵抗を感じており、緊張した面持ちとなり、妻の受け止め方が心配になりました。ただ可能性は今の段階では高くないとのことで、妻はなんとか取り乱さずに自分を保っているようでした。医療現場を知るものとしては十分帝王切開になってもおかしくないと考えた方がいい状況と判断しましたが、今は良い結果になることを祈るしかありませんでした。</p><p>　</p><p>　長女はその場で説明を聞いていましたが、詳しくは理解できないようでした。それよりもお母さんが入院となり離ればなれでいなければいけないという現状を知って泣きました。「もうずっと会えないの？」「いなくなっちゃうの？」と先の見えない状況にただただ泣いていました。基本的に面会ができないというのも子供には理解できなのでしょう、「なんでお母さんと会えないの」、「お利口にしているから」と自分が悪いから会えないと思ったのかさらに激しく泣きました。ディルームという家族・患者さんの休憩所みたいなところでなら会えるというので、「明日も面会に来るからお母さんに会えるからね」と説明しなんとか納得してもらい自宅に帰りました。家に着いたのは22時頃だったと思います。長い長い悪夢のような不安な1日が終わり、長女と自分はぐったりで、風呂に入ってすぐに寝ました。逆にぐったりしていた分、長女も何も考えずに眠ることができたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ僕は次の日に起こることがどちらに転ぶか不安で仕方ありませんでした。</p><p>赤ちゃんのことがメインではありますが、その関連でちょっと転び方を間違えると簡単に妻の精神状態が悪化するのがわかっていたからです。今後が読める出産だとしてもつらいのに、誘発による辛さ、帝王切開になる可能性、今日の病院転送での妻へのダメージも考えると、妻自身の体力・精神力が出産まで持つかどうか、、、などと考え始めると眠れないので、なるべく何も考えないようにして、今後の不安におびえる長女をだっこしながら寝ました（どんな状況でお眠れるのは得意技です）。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12568851879.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jan 2020 11:22:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>現実の出産　メモ2　～前期破水→理想の出産は夢に！→総合病院へ転院～</title>
<description>
<![CDATA[ <p>前回の記載から半年がたってしまいました。すみません。</p><p>壮絶な産前産後と日々の生活に追われていて更新できませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>前回長文すぎたと思い反省。ちょこちょこ更新しながら細く長く書いていければと思います。</p><p>今も赤ちゃんが何度も起きて妻はもう無理と言っており、ミルクをあげて寝かしつけ、次に泣くのを待ちながら記載しております。</p><p>前回のあらすじは<a href="https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12477073061.html">「現実の出産 メモ」</a>を参照ください。</p><p>&nbsp;</p><p>さて「現実の出産」の続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>切迫早産となった妻は、自分の勤務する病院に緊急搬送となりました。通院先の病院から僕の勤務する病院までは車で20～30分程度。妻は救急車でかかりつけの先生と一緒に移動しました。それを追いかける様に僕と長女は自家用車で移動しました。移動中長女は号泣して、「お母さん入院なの？、会えなくなるの？やだ！死んじゃう？」と混乱している様子が手に取るようにわかった。子供の気持ちを落ち着かせなければと思い、「今救急車を追いかけて病院に向かっているからまた会えるよ」「お母さんは入院だけどまた会えるから大丈夫だからね」「ぱぱと一緒にお母さん応援しようね」と慰める。普段なら不安なことがあるとすぐに泣いて混乱し泣き止まないのですが、長女は意外にも泣き止み、「ぱぱと頑張る」「いま救急車追いかけているの？」「救急車どこ？」と冷静に会話をすることができた。自分の心の焦りを自覚していたため事故を起こさない様に細心の注意と、子供の心の状態把握と対応を考えながら運転をした。普段の道が妙に長く感じられました。病院に到着すると職員用駐車場を使わせていただき、病院内に職員用ルートを通って侵入させていただき、救急外来の受付に声をかけました。すでに病棟に上がっているとのことで、産婦人科病棟に移動した。当院の産婦人科病棟は普段病院内の医師であろうが、他の職員・友人であろうが立ち入り禁止の領域となっています。面会は夫、親まで、子供もある年齢までは面会不能でした。子供はまだ四歳でまだ面会すらできません。子供の立ち会いを切望していた妻の希望とは真逆の状況でした。ただ自分としては母親の命とおなかの赤ちゃんの命優先なのは理解できるし、そうして欲しいと思いました。ただ妻がどう考えるかによって、今回の妊娠出産を一生後悔する可能性がありました。妻は病気があります。その病気の影響で何度となく、普通の考え方とは違うところで本人も自分も周囲も苦しんできました。</p><p>　妻はADHDという病気を患っています。詳しくは他のページで説明したいと思いますが、気になることがあると普通の人の100倍といっていいほど気にして気にして気にしまくってしまう病気です（ADHDのみんながそうではないと思いますが妻の場合はです）。妻が子供が立ち会える場所で出産したいと切望していたことを考えると、子供の面会すらできないという状況は最悪としか言いようがありません。ただ先ほども書いたように、母親の命とおなかの赤ちゃんの命が最優先で、その状況に対応するには当院への入院がベストであったし、その他の大きな病院よりもなれた自分の勤務する病院で対応してえもらえるのは利点が十分にあると判断しました。ただ今までの経験からすると、妻が子供が立ち会えないことを気にしすぎると、おそらく「こんな出産意味がない」とか「こんなことなら苦しい妊娠生活したのは意味なかった」とか言い出してもおかしくないと思いました。そんな最悪なシチュエーションにならないことを祈りながら救急車で搬送された妻と再会した。</p><p>　妻は呆然とした表情で椅子に座っていた・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>次に続く</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kappadaisakusenn/entry-12566093778.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Jan 2020 23:51:10 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
