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<title>karate-no-michi-2000のブログ</title>
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<title>不合格発表</title>
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<![CDATA[ またまたご無沙汰してしまいました。<br><br>40数年前なので随所の記憶はありませんが……<br>高校受験合格発表の日<br><br>合格受験者番号貼り出しなんてのは、<br>間違いなく合格しているという自信がある<br>者が意気揚々と行くものであって<br><br>そうでない者はどうすれば良かったんだろう？<br><br>ドキドキワクワクするでも無く、受験高校に向かう<br>道すがら、今頃になって後悔している事が頭の中を<br>駆け巡り、その事ばかりに占領されていた。<br><br>多分、1番早くに行って人数が少しはけたのを見計らい<br>絶対に無いであろう自分の番号を追った。<br><br>当然の如く無かった。<br><br>周りが合格の歓喜の声を上げていたかどうかも<br>思い出せない。わかっていた事とは言え<br>その時はやはり茫然自失となっていたのだと<br><br>今でも覚えていることが3点<br><br>消え入るように正門を出て自宅へ戻る道中<br>自転車で走りながら電柱に自己流空手の<br>正拳突きをぶちかました。<br><br>2点目は家に着くや否や今は亡き父に<br>不合格の報告をした。刹那、父の目に泪を<br>見た。おそらく父の泪は後にも先にも<br>あの１回しか覚えが無い。<br><br>そして3点目は布団にくるまり<br>一日中泣き明かした。<br>本来なら合格、不合格に限らず<br>中学の担任の先生に時間で報告を<br>しに行くことになっていたのだが<br>到底、皆の顔など見れるはずも無く<br>行けなかった。<br>（同男子公立高校には同じ中学であと3人不合格<br>になってしまったのだが他の皆も行けなかったはず）<br><br>確か家の亡き母はそういう点は生真面目で代わりに<br>行って担任教師に伝えたと記憶。<br><br>合格者に囲まれて、家の母に既に　合格ある私立高校の方に行くんでしょ？<br><br>ってあっさり言われたと……<br><br>確か　その春休みは外に出る気持になれず、ずっと布団の中にいた。<br><br>確か合格した悪友が途中、家に籠もってばかりでは良くないから<br>気にせず外の空気を吸いに遊びに行こうと玄関まで来ていたが<br><br>当時の自分は嗤いに来たのだろうとしか捻くれた考えしか持つ<br>事が出来なかった。<br><br>確か担任教師では無く学年主任の先生が不合格の4人に電話をして<br>慰めも含めた面談を一同に介して自宅に呼びたい旨の連絡があった<br>……母が電話を受けてくれ　その日時を聞いた。<br><br><br>どうしようか……また友人も懲りずに2回目の外への誘いをしてきた……<br><br><br>行くべきか行かないで後悔ばかりに浸って泣き明かすのが良いのか？……<br><br>考えていた……続く
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<link>https://ameblo.jp/karate-no-michi-2000/entry-12746408711.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Jun 2022 09:37:21 +0900</pubDate>
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<title>虚ろな高校受験日</title>
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<![CDATA[ ここのところバタバタと……<br><br>連休で1週間、空手道場は休みに<br>合間。仕事、ウォーキング🚶　筋トレ💪と<br><br><br>話は４０年以上前に遡る……おっ恐ろしい😓（そんなに昔か～）<br><br><br>今も受験の朝の日は憶えている。受験高校のすぐ近くにある<br>神社で友人と手を合わせた。もう一人。小学生が一緒で<br>中学が別だった同級生も神頼みしていた⛩️<br><br>試験は苦手な数学で最初から躓いていた記憶だ。<br>比較的得意な歴史も事象を年代別に並べ替える問題で<br>迷った。<br><br>英語のヒアリングも聞き取れていたのか？<br>自信なかった。<br><br>国語の作文は今でも憶えている。｢水｣について記述せよと……<br>ありきたりの文章だったと……<br><br>水は人間にとって必要不可欠なものだ……<br>大昔は……なんて下りで書いたと思う。<br><br>どの教科もしっかり出来たという感覚がなかったので<br>弁当の味も感じなかった……（今は亡き母がおそらく願いを込めて作ったはずだ）<br><br><br>試験は終わった。受験勉強を努力してきたなら取りあえず安堵感に包まれたはず。<br>自分は……当日になって勉強を疎かにしてきた事を後悔した。<br><br><br>一緒に受験したあの一度無視しあった友人に試験大丈夫だったんだろう？<br>って聞かれた。何も答えられなかった。<br><br>卒業式があった。その次の日が発表だ。<br><br>確か一人だけ第２ボタンをと間接的に渡した事だけは憶えている。<br><br>おもえば……<br><br>俺の多感な中学３年間は何に熱中してきたのか？<br><br>淡い恋心か？部活動で活躍する事か？　普段はおちゃらけてるが<br>しっかりと試験対策していてテストの順位で驚かせる事か？<br><br>それら皆、思っていただけで、実行も実現も出来なかったものだ。<br><br>受かった気になっていて高校に入ってから実現したいことをあれやこれや<br>妄想していて現を抜かしていただけだったのだ。<br><br><br>発表の当日の朝の空気感は一生。忘れないだろう<br><br>続く……
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<link>https://ameblo.jp/karate-no-michi-2000/entry-12741183926.html</link>
<pubDate>Thu, 05 May 2022 21:26:55 +0900</pubDate>
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<title>今もたまに思い出す悪夢</title>
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<![CDATA[ 暫くぶりの投稿になります。<br><br>世紀の格闘技ファン必見の勝負は両者怪我による<br>痛み分け（ドクターストップによる引き分け）となり<br>何とも言えない結果に呆然とした。<br><br>でもすぐ現実に引き戻される。<br><br>受験日までもう間がない。<br>今一度、５教科の受験問題を解いてみた。<br><br>あれっ　これ忘れてるぞ！　あれ　これはわからないぞ！<br>あれ～　これは合ってると思ってたら答え違っている～<br><br><br>格闘技戦が気になって当日までしばらくの期間、勉強に全然<br>身が入ってなかったのだ。<br><br>1度、現実を知り、不安感に苛まれると焦りしか産まない。<br>抜けているところを網羅するには既に時間が足りなかった。<br><br><br>受験の前日、眠れたのか眠れなかったのか思い出せない。<br><br>申し忘れたが、些細な事で無視し合っていた悪友とは<br>確か、冬休み明けて仲直りした。（心の中で実は泣いていた）<br>しかしながら、言い訳に過ぎないがこの事も勉強に手がつかなかった<br>もう一つの原因だった。<br><br><br>当日、校舎に入る前に受験者一同　体育館に整列し<br>受験者一人一人の確認の点呼がされた。<br><br>私の名前等を確認する番がきた。<br>確認係の眼鏡を掛けた先生を見て、直ぐに両親の知り合いの先生だと<br>気付いた。因みにこの先生の息子さんは同学年の同じ中学で高校受験は県内屈指の進学校を受験していた。<br><br>先生はわたくしと目が合うなりコクリと頷いた。<br><br><br>もう、ここまで来たら、どうあがいても仕方ない。<br>やるだけだ！　そう覚悟を決めて試験会場の教室に向かった。<br><br><br>今も　本当にたまにではあるが、この高校受験の夢を見て<br>ハッと目が覚める（流石に最近は無いが）<br><br>『あ～夢だったんだな。もう現実に高校受験する事はないんだな』<br><br>そう思う。<br><br>結果はおわかりであられよう……<br><br>長くなるので次回に続きます。
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<link>https://ameblo.jp/karate-no-michi-2000/entry-12739209060.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Apr 2022 18:28:33 +0900</pubDate>
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<title>異種格闘技戦（当時、高校受験３週間前）</title>
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<![CDATA[ 中学３年の夏になると、途端に受験が近づいて来ているのを<br>意識する。<br><br><br>部活動を引退し学年の全ての生徒が各々の目標とする高校<br>を意識しだす。<br><br><br>しかし、自分にはもう一つ（一つは途中で部活動を退部した<br>ので今まで時間にゆとりがあった）勉強に身が入らない理由があった。<br><br><br>空手以外で好きな格闘技　いや、人そのものだ。<br>どういうわけか当時、アントニオ猪木さんの大ファンであった。<br>おそらく、プロレスの興行を盛り上げる為に『世界異種格闘技戦』<br><br>と名打って、柔道やぼボクシング、マーシャルアーツといった<br>異種の競技の強者達とアントニオ猪木が連戦連勝して、<br>その熱い闘いを視聴者にもろに見せつけてくれたからだ。<br><br><br>特にこの試合は特別で、個人対個人よりも、アントニオ猪木代表の<br>新日本プロレス　対　私が当時、敬愛した極真会館（空手）のウイリーウイリアムス<br>の団体同士の　ひいてはお互いのファン同士の意識的抗争と呼べるくらいに<br>ヒートアップしていった。<br><br><br>他の細かくこの闘いを解説している投稿を読んだ事があるが、（試合内容については<br>その方達に任せることとして）<br><br>当時、格闘技ファンの同級生は多くは無かったが　それでも猪木が勝つ！ウイリーウイリアム<br>がハイキックを決めて勝つ　など意見が別れ対立抗争的な話と化していった。<br><br><br><br>その試合が組まれるのが年明け２月２７日だった。確か公立高校選抜入試が３月１２日で<br>合格者発表が15日、その前日が卒業式だったはずだ。<br><br><br>おバカな自分はまだ出ていないお化けを恐れるように、毎日のように頭の中で試合展開を<br>想像し、極真空手に勝って欲しいがアントニオ猪木には勝ってもらいたい。否……<br><br><br>結局、受験勉強に手が付かなくなった。<br><br><br><br>そんなわけで、春先よりは模試の順位結果上がったものの聞かれて他言できる<br>順位でなかった（315人定員数で年内で260~270位ぐらいだったはず）<br><br><br>知ってか知らずか悪友でいつも一緒だった同じ部活の同級生が<br>ストレートに何番だった？結果表見せろよ！<br><br>自分が拒むものだから、余計に突っ込まれた。<br>余りにもしつこいので、自分も意地になり絶対に結果表を見せなかった。<br><br><br>相手は　意地になる自分を見て、当然に順位で優っている確信があるので<br>余計にしつこさが増して……ついには自分が切れてしまった。<br><br>それが冬休み前の出来事、これを機に口を聞かなくなった。<br><br>受験日が近くなって来ている中で、負のスパイラルが起こっていた。<br><br><br><br>冷戦が続く中で、こちらも意地張り過ぎたなという意識もあったが<br>そこは中学生。お互いに先に謝って関係修復する事が出来なかった。<br>（周りの女子が心配してくれたが……）<br><br>そのまま　受験生に取って大事な冬休み期間に入っていった……<br><br><br>続きます……
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<link>https://ameblo.jp/karate-no-michi-2000/entry-12737796750.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Apr 2022 19:38:49 +0900</pubDate>
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<title>うつつを抜かしていた大バカ一代（中学３年）</title>
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<![CDATA[ 時はあっという間に流れ（この歳になると光陰矢のごとしをを実感する）<br>中学３年生の受験生になっていた。<br><br>相変わらず、部活の無い生活に、積極的姿勢の無い数学塾通い、一人空手の物真似事も飽き<br>加えて初恋の女子にも振られ　この頃は本当にやみくもに時間が過ぎてしまっていた。<br><br><br>春の運動会の予行練習、短距離走で横並びになって順番を待っていると、他のクラスの友人が<br>「おい！ファイトソングオヤジいつから受験勉強始めた？」と（その質問はこいつはもう始めている）<br><br>答えに困った自分はそのまた隣の友人に同じ質問を投げた。　　すると……<br>「俺は去年の秋からだよ」（は、早い😓　こいつはもう準備してたのか）　で最初に聞いてきた友人に<br><br>「で、言い出しのお前はいつから受験勉強始めたか？」って聞くと　「俺はねぇ３年になったのでこの４月からだよ」<br>と……（えぇ～ということは２年の秋は準備良すぎるが、まだまだ受験体制にはなってないだろうと考えていた方も<br>既に始めてたとは……）<br><br><br>その後、少し焦って何人かに質問した。すると同じ高校を目指していると思われた友達<br>異口同音に、既に始めていた、もしくは最近始めたの答えになった。<br><br><br>ただし当時、自分の中に根拠の無い自信があり、記憶力は負けないぞという部分で<br>俺に限っては、後で集中して実行すれば大丈夫。という命取りの選択をした。<br><br><br>受験に関しては本番までに行われる模擬試験、数回で実は最初の結果は定数圏外<br>だったのだ。<br><br><br>今、思い出すと各模擬テストの約２週間前から５教科全体を取りかかり試験に<br>臨んでいたかと。回を重ねる毎に順位は少しずつ上がっていった。<br>２回目で定員後方に滑り込み、年内の最終の模擬試験（本番３ヶ月前くらい）では<br>定員のホントにちょうど真ん中であった。<br><br><br>そこで思ったのが315人定員で150番代、後ろには半分強がいる。このペースで<br>大丈夫だと　　『おいおい何を根拠に、あくまで模試だろ！このバカタレ！』と<br><br>当時の自分に言えるなら、そう言うだろう。<br><br>受験も空手の試合も　日々の努力そして自分との戦い<br><br><br><br>そんなことも分からなかった当時の自分<br><br>続く……
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<pubDate>Fri, 15 Apr 2022 09:58:38 +0900</pubDate>
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<title>空手道場が無い❗（当時は）</title>
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<![CDATA[ さて、マンガ　「空手バカ一代」を読んだ私は、完全に<br>実戦空手の創始者　大山倍達（このマンガのモデルとなった方）先生になりきり<br><br>→このマンガが若者に大ヒットして　実際の東京にあった　極真空手の道場には<br>　　稽古希望者が後を絶たず押し寄せた<br><br>学校の廊下で跳び蹴りしたり<br><br><br><br>中学校のすぐとなりにある公園併設の山に行って木を拳で叩いたり<br><br>はたまた、学問の神様　菅原道真公を奉る神社に行き境内裏に<br>積み上げてあった瓦を手（チョップのように手刀にして）で割っていた。<br><br>ハタから見たら……<br>完全にいかれている人だったであろう。<br><br>気が付いた時には鍛えてもいないのに硬い瓦に打ちつけるものだから<br>手が大袈裟に言えばブヨブヨに倍くらいになってしまっていた。<br><br>でも、バスケを辞め、苦手な数学の為に通い始めた塾（元教師が３人だけに教えていた）<br>の代わりに小学６年から通っていた英語塾（こちらも少人数制）は得意教科だからと<br>勝手に辞めてしまった。勉強嫌いは困ったものである。<br>（ただし、この行為と態度が後の高校受験結果に響くことになるとは知るよしも無い）<br><br><br>さて、空手の方だが、ひとり物真似をしてても、当然強くなった実感なぞあるわけ無い。<br>では実際に習いたい！段階としてはそうなる。しかしながら、当時は実戦空手を<br>提唱する空手道場など自分の街には無かった。おそらく伝統派の道場すらあったようには<br>思えなかった。<br><br>でもそれから少し期間をおいて、中学２年の冬だったろうか……数学の塾の自転車での帰り道<br>いつも通る角の家のブロック塀に　１枚の看板が設置されていた。<br><br>しかも、その内容は空手道場稽古生募集看板だったのだ。それに募集しているのは<br>あのマンガの極真空手であった！<br><br>しかも、募集コピーが自分に取っては衝撃的だったのだ。たった一言<br><br><br>「若者よ！強くあれ！」と<br><br>極真空手の文字は　大きく　極真カラテ　と片仮名表示され、これがまた更に心を引いた。<br><br>よし！母親を説得して英語の塾代の代わりに行かせてもらうぞ！<br>と勝手な論理が心の中で展開していたが……<br><br><br>道場の場所は自分の住む街の隣の隣町で行けるとしたら親が必ず車で送迎しなければならない<br>距離で、母は免許を持っておらず、父は大工職人で叔父と一緒に小さな建築会社を営んでいたため<br>帰りも不規則だった。<br><br>通うのは……ムリ……だ～…<br><br>そう思って意気消沈した。<br><br>勉強も空手熱も一気に冷めていった（勉強しないのは本来空手熱と関係ないのだが）　<br><br><br>続く……<br><br>
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<pubDate>Wed, 13 Apr 2022 01:48:27 +0900</pubDate>
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<title>バスケから、どういうわけか空手の道へ？</title>
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<![CDATA[ 歳がバレるが中学時代しかも高校受験期にかけて<br>インベーダーゲームが世の中を席巻していた。<br>小さな町はどこへ行っても先客がいてゲームに<br>ありつけない。仕方なく学校規則で禁じられている<br>喫茶店☕に３～４人で駆けつけて、レモンスカッシュ<br>を一杯だけ頼みマスターに煙たがれながらもゲーム<br>に興じた。<br><br>いや😅これを言いたかったのではない。<br><br>中学入学時まで遡るが、部活動の勧誘が入学と同時に行われ<br>私は小学校の1個先輩で少しだけ顔見知りの方にスマートに誘われて<br>バスケット部に入部した。動機はその先輩が尊敬できる凛々しく、勉強も運動も<br>出来る人に声を掛けて頂いた事と単純に背が伸びるかなっていう２点。<br>強いて言えば小学校最後にバスケットをモデルにしたポートボールを経験したからかも<br><br>体育館練習で雨の心配も無くできていいよなバスケと軽く考えていたが実際には<br>各部活動との兼ね合いで、しかも女子部もあり、バレーボール部と交替での使用となっていた(T^T)<br><br>しかも自分の通っていた中学は昔の城跡につくられていたので、半分は小さな山になっていた。<br>外練習（週の半分は）ではまず半分の山の周りを５～６周走り、その後、ダッシュ走を１０本<br>あとは代々引き継がれている補強運動を行い、どういうわけか締めのトレーニングが階段の<br>上り下り往復10本だった。中学生にしてはまあまあのハード練習だった。<br><br>で何故(?_?)空手に繋がって行くかと申すと、2年生になり、受験の為、３年生が抜けると<br>1年間我ら２年生の天下がやって来て楽しい仲間ともしやスターティングレギュラーはルール上５人だけだが<br>今の調子ならギリギリレギュラーかもって。<br><br>ところがそうは問屋が卸さなかった。いつの世も現実は厳しいのである。<br>野球部員でエースを目指していた体格も良く、勉強も出来るという輩が転部してきた。<br>聞けば肩を壊し野球を断念せざるを得なかったという事とだが、確かに投げ方も球も違うがバスケなら<br>なんも問題ないんかいって🙎本人では無いから勝手はいえないけど、野球部員で残ってたら日の目を<br>浴びる事無いから移って来たというのが正解だろう！<br><br>目論見通りなのか、顧問の先生の信頼は絶大なものになり､いつの間にかキャプテンになり、努力も<br>足りなかったであろう。運動神経が劣り、背はあってもヒョロヒョロだった自分はレギュラーからは完全に脱落した。<br><br>私が当時、前向きでレギュラーであろうが無かろうがバスケが好きでいたら、レギュラーでない部員の方が倍くらいいるのだから<br>受験期前の夏休み前まで部活をしっかり納め、あとは完全に高校受験の為の勉強に切り替えられていたに違いない。<br>なのに２年の秋初めに、やはり不満を抱いていた友人と共に退部した。<br><br>1度はスッキリしたが、いざ辞めてしまうと授業終了後､皆それぞれの練習場に飛び出して行くのを尻目に数少ない帰宅部に<br>なってスゴスゴと学校を後にしていた。<br><br>ある日､一人､街の大手スーパーのテナントに入っている書店にふらっと入ってみた。マンガを読むのは小学校から<br>大好きだったので１巻から全て揃ってそうなマンガを選んでいると、1冊のマンガの表紙に目を奪われた。<br><br>いや、その劇画タッチは見たことあるぞ！<br>小学校４年生の頃、恐る恐るページをめくるも引き込まれてしまった「恐怖新聞」「うしろの百太郎」　　つのだじろう先生が描かれた空手マンガだった。<br><br>この男は実在する　という原作者　梶原一騎先生の書いた言葉から始まり　一瞬にして前の敵、左右の敵　計３人を突きと蹴りで倒すシーンに度肝を抜かれた。<br>当時、他の男子も、おそらくこのマンガを手にし初めてページをめくった瞬間、自分と同じ衝撃を受けたのだろうと…<br><br>営業時間は朝10時開店で夜８時までの営業だったが休みの日は一日中、読みふけって、時にボロボロと涙を流して読んだ。<br><br>空手を極めるとこんなにも超人的に生まれ変われるものか❗当時は夢ともうつつともつかず本気で思っていたのだ…<br><br>続く…<br>✳️完全に回顧録みたいになってしまい恐縮です。もう少し述べたい事まとめてから記述するように努めていきます。<br>　宜しければまたお願い致します。<br><br>　
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<link>https://ameblo.jp/karate-no-michi-2000/entry-12736921234.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2022 19:05:36 +0900</pubDate>
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<title>はじめの一歩　　</title>
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<![CDATA[ こういうの苦手な自分が敢えて戯言でも発信してみようと思い至って初めて投稿させて頂いた。<br><br>自己変革しなければ！自己啓発が大事だ！　なんて言葉に心動かされる部分あったが　最終的には　周りに踊らされずマイペースで変化する事に鈍感であったが為に自己が潰れずに<br>済んだなんて話（具体的生物は忘れたが下手に環境変化に対応しなかった為に種族として永く存続している記事も読んで）に最終的には思考が傾く人間。<br><br>最近終了したドラマでファイトソングなる連続恋愛ドラマを観た。清原果耶さん演じる主人公のしていた競技が空手で、仕事はハウスクリーニング業だった。<br>｢おっ！これは自分と同じライフスタイルだな！」そこだけですけど共通点。しかもこっちは壮年期のもうかなりのオッサン。<br><br>ちなみにドラマの空手はオリンピックで採用された伝統空手と言われるもの。自分が20年以上継続稽古している空手は直接打撃制のフルコンカラテと言われるもの。大きな違いは柔道のように組手と呼ばれるものでいうと前者は寸前で止めて攻撃を繰り出す。後者は直接打撃する。言わば空手と称するが　似て非なるもの　　なのでどっちが良いか悪いかという論点にはならない<br><br>なので空手を始める上で、たまたま入門先がこうだったというのもあるだろうが　選択するとしたら違いを知って興味度合いで結局決めるのかもしれない。<br>高校生の頃、3ヶ月だけ空手部に入ったのだが、当てる当てないよりも始めてみてやはり自分には興味の高ぶりが無かったのが辞した理由（最も今後述べさせていただく話を知れば当時の私は何をやっても途中下車する人間だった。ただ短い期間だったが伝統派空手って姿勢をつくるのに腰を随分低く落としたり、足幅広くとったり、突きもスピード重視でインパクト手前に力込めたりと<br>かなり息が上がってしまった。<br><br>空手に興味と憧れ抱いたのは中学2年に遡ります。<br>はじめの一歩としてはここまでにしておきます。また続きを投稿させて下さい。大きなことなぞ言える自分ではございませんが　空手とかお掃除の仕事とか興味ある方がいらしたら是非お願い致します。恥ずかしくも、いい歳になってもファイト持って遅咲きを目指す（遅すぎかも…）そんな心境です。<br><br>では。<br>
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<link>https://ameblo.jp/karate-no-michi-2000/entry-12736277490.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Apr 2022 09:53:04 +0900</pubDate>
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