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<title>かりあげ先生のミネラルオアシス　感謝館</title>
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<description>カリスマ整体師かりあげ先生がミネラルの重要性をナビゲーションする</description>
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<title>シンノオル医療について（2）</title>
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<![CDATA[ <h2 id="content_1_0"><a name="kd00a99e" id="kd00a99e" class="anchor"></a></h2><p>（何故に電子科学生活研究が必要か）</p><p>第二次世界戦争までは、物質の究極が原子であるということを基礎とした科学であって、</p><p>未だ完全に電子科学を基礎とする程度には発達していなかった。</p><p>しかるに電気科学の発達により、</p><p>原子が陰・陽両電子の完結されたものであると究明されたことは、</p><p>申し上げるまでもなく、</p><p>すでに幾多の事実となって現れている。</p><p>ものの究極が原子であろうと、電子であろうと、</p><p>別段たいした変化のあるものではなかろうと考えられようが、</p><p>決してそうではないのである。</p><p>電子というものは動的物質であり、</p><p>陰電子と陽電子とは相反するエネルギー（力）を帯び、</p><p>相対峙して常に動的存在である。</p><p>一方原子は、その陰・陽両エネルギーの相完結されている物質の単位であるから、</p><p>原子を基礎とする場合には静的物質と見ることができるのである。</p><p>このように電子を基礎として考えるときは、宇宙間には静的な物質は有り得ないのである。</p><p>従って、宇宙間に自然に発生する力の根源は、電気であることも論がない。</p><p>それなのに、我々の教育は未だ電子的観念がなく、</p><p>すべての物質は静的存在である如く認識されている。</p><p>そのために、我々が飲・食する総ての物質が、静的なものであるやに誤られているが、</p><p>電子科学の信念から考えると</p><p>空気や水は勿論、どんな食物でも</p><p>片時も動（変化・腐・新陳代謝等）いて居らぬものはあり得ないのである。・・・</p><p>一滴の水、一口の食物も勿論、どこの筋の運動である力でも、</p><p>電子科学的変化なくしては我々の生命はないのである。</p><p>これが、電子科学生活研究の必要なるゆえんである＝「電気の定義」原子を構成している電子（陰電子）が他の力を受けた時、</p><p>その受けた力によって移動し、その受けた力を失う。</p><p>この失われる力が電気である。</p><p>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『シンノオル医療について（2）』 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）</p><p><br class="spacer"></p>
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<pubDate>Sat, 12 Sep 2009 22:25:04 +0900</pubDate>
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<title>シンノオル医療について</title>
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<![CDATA[ （人体にシンノオル電流を通すとなぜ健康になるのか）<br><br>人体に平流の種類の電流を通ずると、<br><br>（＋）極のところから電流が組織液を通って（－）極の部位に向かって<br><br>全面的に流れる。<br><br>その間において、組織液は電気分解されて<br><br>（＋）極の方には陰性の遊離原子が集合し、<br><br>（－）極の方には陽性の遊離原子が集合する。<br><br>この陰、陽の両原子はそれぞれ適度に適所において、<br><br>他の原子と結合して、<br><br>有害なるものは排泄され、<br><br>有用なものは吸収されるという、<br><br>変化し易い新陳代謝（食物が糖に、糖が肉に、肉がまた血となって消費するように、変化の道程を医学では新陳代謝という）<br><br>が得られるのである。<br><br>このことは、シンノオル電療前後を比較してみると、<br><br>その体から排泄する尿の比重がいずれも減少して居る事実によって証明される。<br><br>治療前の尿比重より治療直後の尿比重の方が例外なく低下することは、<br><br>その尿内に遊離原子のガス状態が多いことの証明である。<br><br>この遊離原子がイオンエネルギーを放出して、<br><br>新たな物質が構成される。<br><br>これすなわち新陳代謝の強化を物語るものである。<br><br>理論物理の上から考えるならば、<br><br>ガス状態の原子は個体状態の原子よりも分離しやすいことは勿論である。<br><br>それは、<br><br>ガス状態の水素と酸素とから出来て居る液体である水の中においてのみ、<br><br>ものが変化し易い事実でも明らかである。<br><br>我々人体に最も有用である、水・塩・脂肪・蛋白などそのいずれもが、<br><br>水素・酸素・塩素などの気体原子が主であって、<br><br>個体原子は極めて少数であるから、<br><br>ほとんどすべてが電解によって容易に遊離し得るものである。<br><br>従ってまた、遊離原子が他の原子と結合しやすいことも、<br><br>当然なのである。<br><br>しかも、<br><br>肉体の殆ど全部が水のバケモノと考えてもよいほど、<br><br>水分が多いのである。<br><br>その水分は、水素・酸素なる両気体原子が、<br><br>他の何物かの支持によってのみ液体化して居るものであることが明白である以上、<br><br>生きられない方がむしろヨッポド難しいことではあるまいか。<br><br>病者、医学者ともに反省せねばなるまい。<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『シンノオル医療について』 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10313142854.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Aug 2009 12:57:04 +0900</pubDate>
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<title>『宇宙の生』について</title>
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<![CDATA[ 前述した如く、宇宙の「生」は七色の虹を現わす気体の波動であるとの構想を基礎として、<br><br>我々人間がどう生きて居るのであるかを究めねばならないのである。<br><br>さきにも述べた現代医学の生理学においては、<br><br>人間の生命は宇宙の「生」の一部分にしか過ぎぬと書いてある。<br><br>そうしてその宇宙の「生」が明らかにされて居らぬが、<br><br>シンノオル医学においては、この宇宙の「生」は気体の波動であり、<br><br>この波動は虹を現わす七種の波長のものであって、<br><br>その内の紫色を現わす気体の波長こそ宇宙の「生」である、<br><br>と主張しているのである。<br><br>また、種苗の先端に持って居る朝露に、<br><br>この宇宙の「生」である七色の虹を示して居る事実から、<br><br>宇宙にある気体は絶えずものの差が平均しようとする働きから波動を起こして居り、<br><br>太陽・月・地球三体の、引力の差が平均しようとする現象から起こる自然現象が、<br><br>虹を現わすのであるとも主張するものである。<br><br>さて、シンノオル医学として人間の生命を究めるには、<br><br>電気の定義、自然の電気、原子の陰・陽などについて充分の基礎常識が必要であるから、<br><br>本書の当該項を今一度熟読されたい。<br><br>宇宙間、どんなものでも引力がある。<br><br>人間の肉体でも、皮膚の外部にある気体を吸引して居ることは論がない。<br><br>その肉体の引力の届くところまでが、その人の肉体の外郭であると、<br><br>シンノオル電子科学では主張して居るのである。<br><br>この肉体外郭の気体層は、七種類ないしそれ以上の波動を持って居る。<br><br>その一つの波でも常に陰・陽の力の動きを持って居ることは、<br><br>虹の現われで否認は出来ない。<br><br>このように幾田の力を受けつつも、<br><br>肉体の凝結力はそれに対抗して肉体を支持して居るのである。<br><br>我々の生きて居る真理の考え方には、これまでいろいろの観かたがあった。<br><br>すなわち、すべてのものは微細な生物の集合体から成り立って居ると考え、<br><br>正しい細菌（生かそうとする菌）と、その反対の正しくない細菌（生かすまいとする菌）とがあり、<br><br>この二様の細菌の集合によって我々は生きて居るのである、<br><br>という考え方。<br><br>またいろいろの神経があって、<br><br>その神経の働きの相反する変化が繰り返えされ、<br><br>その働きがもととなって生物は生存するものだ、<br><br>という考え方。<br><br>また、筋が運動を起こすと、その運動によっていろいろの分泌が起こり、<br><br>またその分泌液によって、筋の反対運動が起こる。<br><br>かくしてその運動の継続によって生物は生きて居るのである、<br><br>という考え方、などである。<br><br>ところが、人間の知識が発達して、このいろいろの見方も変化して来た。<br><br>これまで物質は、究極するところは92種の原子から成り立って居るのであるとされていたが<br>、<br><br>科学の進歩によって、その単位と考え来った原子も。<br><br>これを更に分割することが出来るようになったことなどである。<br><br>新しい原子も発見されたし、<br><br>どんな原子でも陽核電子との陰・陽関係の集結によるものであることが判明し、<br><br>証拠立てられるにも至った。<br><br>この科学的な進歩に伴って、当然人体生理に対する考え方も改められるべきであろう。<br><br>そして今、この電子論を基礎とした生理の根幹を、ここに究めようとするものである。<br><br>我々の生命を存続するためには、食物を必要とする。<br><br>その食物が、唾液を混じて糖化するのも物質の変化であり、<br><br>糖化した液体が、血管にあっては血液となるのも物質の変化である。<br><br>血管の末梢において、動脈血管から細胞間に出て血が肉となり、<br><br>また細胞間より静脈血管の末梢に吸収される際の、<br><br>將液の原子が血液となるのも物質の変化である。<br><br>呼吸器において、気体を吸収して血液となし、<br><br>或は、呼吸器の血管の末梢より血液を気化して排出するのも、<br><br>皮膚の表面において、汗の孔より細胞の原子を気化して排出したり、<br><br>人体外部の気体の原子を、汗の孔に吸収して液化するのも、<br><br>すべて物質の変化である。<br><br>しかしてその物質の変化する理論は、いずれも自然に発生する電気現象であり、<br><br>またそこにおけるイオン化原子の発生も、自然現象であることは疑いない事実である。<br><br>前にも説明したように、<br><br>物質は他の力を受けて、そこに電気を発生する。<br><br>その電気によって物質は破壊され、イオンエネルギーを発生する。<br><br>そのイオンによって、他の物質が出来る。<br><br>これが医学でいう、「新陳代謝」なる力の科学なのである。<br><br>橋田医博の生理学の結論に見ても、<br><br>「在来の生理学は、栄養と生長の如き、生命現象の重要な方面の記述が欠けて居る」<br><br>ということを明らかに告白されて居る。<br><br>生体の活動は、すべての器官の働きの現われであるように説明されてあるが、<br><br>各機能・各器官の活現象そのものが、生命ではあるまいと思う。<br><br>すべての器官の活動を起こす原動力（自然の電気）、そのものが生命であると信ずる。<br><br>この原動力こそ、物質の変化ある原理に外ならない。<br><br>そしてその物質の変化は、<br><br>以上繰り返し述べ来たった気体中か、液体中においてのみ行われ得る、<br><br>電気現象とイオン現象とに外ならない。<br><br>以上の如く、電子論における物質変化の真理を基礎として、<br><br>我々の肉体について生命の根幹を求めるなれば、次の三つが考えられる。<br><br>一、食物なる物質を口を経て胃に送り、口中ならびに胃中において、幾つかの原子は少なくとも、体温というエネルギーに触れたことにおいて、そこに電気を発生し物質は破壊され、イオンを生ずることによって物質の変化が起こる。<br><br>二、皮膚の汗の孔に液体が現われ、この液体に太陽のエネルギーが触れる。このエネルギーによって肉体を構成する物質は破壊され、そこにイオンが生じ、この電気現象とイオン現象とによってそこに物質の変化が起こる。<br><br>三、鼻腔または口腔より空中の諸原子を吸収し、それを肺において液体化し、そこにまた肺血管内の不必要物質を気化して排出する。ここにも、物質の変化が起こる。<br><br>電子理論を基礎として我々の肉体の生理現象を案ずるならば、<br><br>以上の三ヶ所において活力を生ずる電子論以外に、物質の変化する根幹を認むることは出来ない。<br><br>しからばこの三ヶ所の電気現象こそ、<br><br>われわれが生命（いかされ）て居る根幹であることは、疑いのない事実である。<br><br>それらは左の如く、簡潔に云い表わすことが出来る。<br><br>すなわち、人間の生命は、<br><br>一、胃腸内に起こる自然の電気現象<br><br>一、皮膚面に起こる自然の電気現象<br><br>三、呼吸器に起こる自然の電気現象<br><br>の三つの力であるといえるのである。<br><br>この三つの力が宇宙の「生」とはどんな順位につながって居るのかを考えるならば、<br><br>宇宙の「生」なる体外気体との直接関係は、<br><br>第一位 皮膚面に起こる電気現象<br><br>第二位 呼吸器に起こる電気現象<br><br>第三位 胃腸内に起こる電気現象<br><br>である。<br><br>しかし第三位の力は、前記二つの力によって失われる物質の補給であるから、<br><br>前記二つの力あって初めて、必要なのであることを知らねばならぬ、<br><br>ということが出来る。<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『人間の生命』について 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10310942691.html</link>
<pubDate>Fri, 31 Jul 2009 09:06:46 +0900</pubDate>
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<title>『育児の衛生』について＜その2＞</title>
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<![CDATA[ （大自然に即した赤ん坊養育）<br><br>その上に誰が決めたか、<br><br>赤ん坊には赤い着物を着せる習慣が昔からある。<br><br>また一般に、女の児には赤い着衣、男の児には白い着衣という習慣もある。<br><br>これも、理にかなった習慣である。それは、<br><br>●女の体は、男の体より陽性であり<br>●男の体は、女の体より陰性である<br><br>ということから考えると、<br><br>光線に対しては、男の児の方が女の児より強いことになるから、<br><br>光線に対して弱い女の児には赤を経て弱い光線を与え、<br><br>光線に対して強い男の児には白を経て強い光線を与えるということになる。<br><br>そしてまた、男の児でも弱い児には赤い着衣を着せるなど、<br><br>実に昔からのアリノママは有り難い。<br><br>次に赤ん坊は体温が高く変化が激しいから、<br><br>体温による放散が多過ぎるので風邪を引くという考えは、<br><br>一方を見てその裏が見えない考え方である。<br><br>なぜ、「自然」は赤ん坊の体温を高くするのか。<br><br>それは体温が高ければ放散が多くなることが当然で、<br><br>その当然の必要が赤ん坊にあるということなのである。<br><br>それが、赤ん坊のアリノママである。<br><br>つまり、放散が多ければ、そこに多くの力が発生する。<br><br>その力によって栄養を吸収するという、<br><br>赤ん坊に最も必要な発育力がその裏に発生する。<br><br>そしてその力に比例して、適当な栄養となるべき食糧を適当に吸収するのであって、<br><br>風邪を引くどころか、そこに宇宙循環の法則に叶う健康が恵まれるのである。<br><br>また、体温の変化が激しいものも自然の結果であって、<br><br>この変化が健康を調節してくれる自然現象である。<br><br>たとえば、大人の体に少し位悪い食物が入っても大した害にはならぬし、<br><br>それを排出するにも大した力は必要でないが、<br><br>赤ん坊は少しの悪いものでも直ちに影響するから、<br><br>そこに体温の変化も激しくなるというように、当然の結果なのである。<br><br>しからばどうすれば、その力に比例する適当な衛生が行われるかという問題であるが、<br><br>それは赤ん坊には母親の乳の最も淡いものを泣けば与え、<br><br>その量は飲むだけ与えればよいのである。<br><br>それが自然のアリノママであるから、<br><br>それ以上の考え方は絶対に必要がないのである。<br><br>そこで注意すべきは、<br><br>赤ん坊は純なものであるから、その意欲にまかせて「泣けば与える親の乳」でよいのであるが、<br><br>母親の意欲だけで母親を守って居れば決して淡い乳にはならない。<br><br>なぜなれば、母親はお産という大厄で脳細胞に出血が出来て居るなどのことがあり、<br><br>産後の母親は脳の動きが衰えて居るから、<br><br>体に必要があっても意欲にそれが現れないことが多いのである。<br><br>意欲の如何にかかわらず、<br><br>小便・汗・呼吸・乳によって失われる水分を、<br><br>絶対に飲まねばならぬとの真の衛生を忘れてはならない。<br><br>この摂取水分量の判定は、少なくとも排尿量の二倍であるから、<br><br>たとえば約180ｃｃ小便が出たなれば、<br><br>次の小便までに必ず約360ｃｃ以上の水分を飲む義務があることを、<br><br>承知せねばならぬのである。<br><br>それなのに現代医学は、<br><br>牛乳ならどんな牛乳でもその濃度には関係なく、<br><br>生後何日には何倍にと一様に淡めて赤ん坊に与えることをすすめ、<br><br>母親の乳はどんなに濃くてもそのままでよいという不自然、<br><br>しかも赤ん坊の体力如何にかかわらず、一定時間に一定量（しかも濃度の一定でない）を与え、<br><br>不自然に着衣を多く着せて<br><br>太陽の恵みとその体力とを無視した養育法と、<br><br>誤れる衛生と医学とによって不自然極まる育てかたで病を造り、<br><br>またその病の症状が自然の現れであることに気付かず、<br><br>症状を押さえて急性なる病を慢性に導き、<br><br>恵まれた強力なる赤ん坊の皮膚機能を衰えさせて居るのであることを心掛けせねばならぬ。<br><br>赤ん坊が生後百五十日くらいを経過すると、鼻汁とよだれが出ることは<br><br>誰でも知っている事実である。<br><br>赤ん坊が母の体内にある間に母親の体内の不必要な物質、<br><br>平たく言えば体毒を先天的に受け入れて居ることも当然であり、<br><br>それらの不必要なものが赤ん坊の頭部にもある。<br><br>その頭部の不必要なものを自然に、鼻汁やよだれとして排出するのである。<br><br>すなわち、体内にあってはよくないものを捨てる自然現象である。<br><br>しかしこの自然現象である鼻汁やよだれを排出することは、<br><br>体力がつかなければ排出し得ないのである。<br><br>現代医学でも生後百五十日経過して鼻汁やよだれを出すことを認めているが、<br><br>赤ん坊が弱いと百五十日経過しても鼻汁を出し得ない。<br><br>ところが世の母親の多くは、鼻垂れ子供は弱いと誤認して居る。<br><br>この鼻汁やよだれを出し得ない赤ん坊が、後で眼や鼻や耳などの病を起こし易いのである。<br><br>そのはなはだしいものは、脳の働きまで悪くするものがある。<br><br>耳だれ・中耳炎などのよく起こる子供を気をつけてみると、<br><br>納得出来る場合が多い。<br><br>近ごろの母親はそれに気がつかず、<br><br>かえって鼻汁を出すと何でも風邪を引いたといって投薬する。<br><br>その結果、ますます頭を悪くする向きが少なくない。<br><br>「自然」が不必要なものを鼻汁やよだれで捨ててくれる、<br><br>との感謝をもって赤ん坊を丈夫に育てて欲しいものである。<br><br>シンノオル療法を生後直ちに赤ん坊に行うと、<br><br>二十日くらいで鼻汁やよだれを盛んに排出する事実から見ても、、<br><br>体力さえ旺盛であれば百五十日経過せずとも<br><br>体毒が鼻汁やよだれに出るのであることは間違いのない事実である。<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『育児の衛生』について＜その2＞ 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！
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<pubDate>Wed, 29 Jul 2009 08:43:23 +0900</pubDate>
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<title>（母乳の出ない原因）『育児の衛生』について＜その１＞</title>
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<![CDATA[ 子を産んで乳が出ない、<br><br>そんな不自然なことはないのであると強く私は主張する。<br><br>それは母親の不自然、不合理な衛生感の結果である<br><br>と強く認識して貰いたい。<br><br>母体内の組織液および血液が酸過剰だからである。<br><br>酸の性質は、凝結性が強く、分離性が弱い。<br><br>だから物質が変化する過程に、都合の悪いことが生じるのは当然である。<br><br>そこでまず、<br><br>如何にすれば、母体の組織液や血液の酸性度が淡くなるかを考えてみると、<br><br>母体から排出される水分より、多くの水分の摂り入れを行なうこと以外に適当な方法はない。<br><br>このことは誰にも理解出来る、ごくあたり前のことである。・・・<br><br>子供のためにと、栄養優先にして、酸性度の高い食事をすれば、<br><br>母体の酸性度は弱くなるどころではなく、<br><br>かえって酸性度が強くなって、<br><br>せっかく出始めた乳まで出なくなるのが当然であるから、<br><br>子を持つ母親は、排尿量の二倍半くらいの水分を、<br><br>必ず摂り入れることに頭を切りかえねばならぬ。<br><br>排尿量が増えて来ても、<br><br>その量の倍量の水分の摂り入れを継続すれば、<br><br>必ず乳が充分に出る。<br><br>そのよく出る乳、すなわち、淡くなった乳を、<br><br>時間にかかわらず、泣く時はこれを与える、<br><br>というように頭を切り換えること。<br><br>現代医学の方では、<br><br>意欲なき水分の摂り入れは胃液が淡くなり、<br><br>消化も悪くなって、栄養が悪くなるというが、<br><br>それは誤りである。<br><br>お産をすると、頭の働きが悪くなり、<br><br>脳の感覚が悪くなれば、<br><br>意欲の感じも悪くなるのであるから、<br><br>意欲によらず、排出水分に比例して、<br><br>意識的に水分を摂取し、<br><br>合理的な衛生を行わなければならない。<br><br>（自然に即した赤ん坊の養育）<br><br>日本人は、とかく幼児に着物を着せ過ぎる。<br><br>その理由として、赤ん坊は<br><br>○体温の変化が多く、従って体力の消費が多い。<br><br>○皮膚が弱いから、風邪を引き易い。<br><br>という二つの考えから、<br><br>その保健のために行われることであるが、<br><br>そこに「自然」という偉大なものの介在を主としない、<br><br>大きな誤ちがある。<br><br>まず母体から外界に出たときは、「赤ん坊」といわれるように、<br><br>実に全身が真っ赤である。<br><br>この赤という色について考えても、<br><br>赤は陽の極であるから、<br><br>太陽の光線は、この赤色を通じると、<br><br>弱い光となることは、<br><br>写真の現像などの処理に赤色硝子を使用することに見ても、<br><br>明らかなところである。<br><br>今まで母の体内にあって、光線の直射を受けなかったものが、<br><br>太陽光線の直射を受けなければならぬことになり、<br><br>この直射光線に耐えられるように、皮膚が赤色になっているのである、<br><br>という自然の現れであることが判れば、<br><br>自然の恵みは理解されて、その偉大さがうかがわれるであろう。<br><br>であるから、<br><br>赤ん坊の光線の吸収力が弱いことも判る。<br><br>そう考えると、<br><br>赤ん坊は裸にして置いてもよいわけである。<br><br>そこに着物なる物質が恵まれなくとも差し支えないほど、<br><br>自然の恵みは偉大なのである。（つづく）<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『育児の衛生』について＜その１＞ 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10308267794.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Jul 2009 10:16:45 +0900</pubDate>
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<title>宇宙の生について（2）</title>
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<![CDATA[ 一、次に宇宙の経済の字義を字源に求めるならば<br><br>経の字は＝ノリ（常理常法）いつも変わらぬ道理。<br><br>上下、南北の方、物事のすじ道等の字義であり、<br><br>済の字は＝荘敬の貌。すなわちおごそか。<br><br>多クシテサカンナ貌また威儀多き貌。<br><br>スクウ、タスク。<br><br>一、済の字を分析して究めれば<br><br>シ「水扁」に斉である。<br><br>斉の字は＝タダシ（正）、タイラカ（平）、ヒトシ（等）、トトナウ（整）等である。<br><br>これにより済の字を案ずれば、<br><br>▽水＝「正」タダシク「整」トトナッテ「平」タイラカに「等」ヒトシク荘敬な貌である。<br><br>このように究めれば、<br><br>宇宙の経済とは＝常理常法、<br><br>いつも変わらぬ道理に従って、<br><br>水が「正」タダシク「整」トトナッテ「平」タイラカに荘敬の貌でめぐりて、<br><br>とどこおりないことである。<br><br>一、この宇宙の法則と経済とで、ゆるぎなく運行して居る、<br><br>太陽・月・地球の三体の間に<br><br>七色の虹を現わす気体の波動こそ<br><br>医学の言う宇宙の「生」であり、<br><br>そうしてこの運行のどこにも水が介在して居ることが考えられるであろう。<br><br>▽かさねて言う、<br><br>太陽・地球・月の三体おのおのの引力で、<br><br>おのおのの周囲の気体層に相異なる気体の波動が出来る。<br><br>▽月の気体層には最も短い波長の波動。<br><br>▽太陽の気体層には最も長い波長の波動。<br><br>▽地球の気体層には太陽と月との中間の波長の波動。<br><br>が起るのである。<br><br>一、この三体の波長の差で気体の動きが起り、<br><br>気体の動きは三体に自転を起こさせて、<br><br>そこに三の二倍の六種の波長の波が発生する。<br><br>一、この六種の波長の波動のすれあいで<br><br>紫の色を現わす波長の波動が起るのである。<br><br>一、これが太陽を中心とした宇宙が<br><br>「生」きて居る力の根源であると考えることが出来る根拠である。<br><br>一、この宇宙の「生」が、ゆるぎなく繰り返されて居ることは、<br><br>宇宙の法則と経済との完結のたまものである。<br><br>一、そうして、その宇宙の法則も宇宙の経済も、<br><br>太陽・月・地球の三体の運行を完成させるには、<br><br>そこに水（もしくは水の変化したもの）がなくては行えない事実から<br><br>これを案ずるなれば、<br><br>太陽・月・地球の外に水なくしては<br><br>宇宙の「生」もまたあり得ないと言えるのである。<br><br>一、この宇宙の「生」なる力によって、<br><br>植物でも、魚類でも、鳥、ケダモノ、どんな生きものにも、<br><br>生命があることは当然の常識である。<br><br>だが、この生命ということが、<br><br>ハッキリと科学的に理解されて居らぬのである。<br><br>一、生命は勿論もの（物質）ではなく、力である。<br><br>一、力を認識するにはまず力学的常識が必要である。<br><br>一、現代の力学では、力の原因は空虚であるとして居る。<br><br>一、だが、私はこれを否定する者である。<br><br>一、何となれば、空虚は瞬間発生してたちどころに消滅する現象であって、<br><br>決して存続しないのであるから、<br><br>力の原因はその空虚を発生する原因であると主張して居るのである。<br><br>一、そうして、現代においては、<br><br>総ゆる物質の原子は電気を帯びた粒子の結合である、<br><br>と決定して居るのである以上。<br><br>一、ものの差は電子数の差である。<br><br>一、電子数の差が力を発生すると考えることが当然である。<br><br>生命を科学的に認識するには、<br><br>電気の定義に基づいて自然に発生する電気（以下自然の電気と言う）の認識が絶対に必要である。<br><br>何となれば、<br><br>どんな物質でも原子から出来て居り、<br><br>その原子は陰と陽との電気を帯びた微粒子の結合体であり、<br><br>この原子が他の力を受ければその受けた力によって電子が移動して、<br><br>そこに電流を発生するという理論が科学的に証明されて居る今日では、<br><br>二つの物質ないしそれ以上の物質が同時にどんな力に触れても、<br><br>そこに電気力が自然に発生することは電気の定義で当然の事実であろう。<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 宇宙の生について 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10306184214.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2009 09:22:39 +0900</pubDate>
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<title>宇宙の生について</title>
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<![CDATA[ （宇宙の考え方）<br><br>一、生活の研究は、生命の研究から（生命を科学的に知らないで生活して居ることは無意識生活である）。<br><br>一、生理学では、人間の「生」を宇宙の「生」の一部分にしか過ぎぬとしている。<br><br>一、宇宙の「生」は物質ではない力であろう。<br><br>一、力はものの差が平均する自然現象から発生する。<br><br>一、力が発生する自然現象を宇宙の運行に求めれば、<br><br>太陽・月・地球の三物体の引力と、<br><br>おのおのの物体との間に気体を形成して居るもろもろの原子と、<br><br>肉体を形成して居る原子との間に、原子間のものの差が出来る。<br><br>一、太陽・地球・月三体の周囲の気体においては、<br><br>それぞれ相い異なる気体層に別々の波動が起っている。<br><br>一、月は一番小さいから、引力も一番弱い。<br><br>従って気体に起る波長も一番短いわけである。<br><br>一、地球は月よりも大きいから、その引力も強く、<br><br>周囲に起る気体の波長も月の周囲のものよりも長い。<br><br>一、この二物体の引力の差で、地球は月を吸いつけている。<br><br>一、月・地球の両物体が一対となった引力が、<br><br>太陽の引力におよばぬところから、<br><br>そこに両物体が一対となったまま、<br><br>太陽の周囲を循環して居るのが太陽系の三物体の宇宙である。<br><br>一、地球の周囲の気体層の運行についてこれを見ると、<br><br>我々が住んでいる地球の表面と考えて居るところには<br><br>気体が充満して居る。<br><br>この気体層は上下に運動をして居り、<br><br>この上下運動層の気体の波動は三段に重なっていて、<br><br>その波長も各段とも相い異なって居る。<br><br>その三段の上下運動の気体層の上空の気体層は<br><br>横に運行して居るのであることまでは、<br><br>今日の科学で確実にされて居るのである。<br><br>一、太陽・月もまた<br><br>地球と同じ状態の気体層をそれぞれの周囲に保持して居るであろうことは想像される事実である。<br><br>して三体の周囲の気体の波長は、<br><br>それぞれの引力によって起るのであるから<br><br>太陽・地球・月の三体共に等しくないと考えられる<br><br>（この三体の周囲に起る気体の波動はそれぞれの引力差と、運行する力の差で起るものである以上）。<br><br>その波動の相違は三つの二倍すなわち六数であることも考えられる。<br><br>一、またこの六つの力からすべてを綜合する一つの波動が起る。<br><br>これが太陽系の宇宙に七色の虹を認める真理であろう。<br><br>この七色を現す気体の波動こそ、宇宙の「生」である。<br><br>一、この宇宙の「生」は<br><br>陰・陽相対真理である宇宙の法則と、<br><br>宇宙の経済とによって、<br><br>ゆるぎなき宇宙の運動として継続されて居るのである。<br><br>一、宇宙の法則とは、<br><br>宇宙には何一つ等しいものは無く<br><br>この等しくないものが相い互いに平均しようとする自然現象で、<br><br>そこに電気が発生してものを破壊し、<br><br>そこにまたイオンが発生して、<br><br>ものが結ばれたりするのである。<br><br>一、宇宙の運行が時々刻々とゆるぎなく継続されて居る。<br><br>宇宙の法則と経済とは、どんな妙技であろうか。<br><br>この点から科学的なメスを入れねばならぬ。<br><br>一、まず我々が使って居る、<br><br>法則並に経済なる文字の意義を知らずして、<br><br>その真理を科学しようとすることは矛盾して居ると信ずるから、<br><br>ここにそれを究めることとする。<br><br>一、法則の意義を字源に求めれば、<br><br>法の字は＝ノリ、おきて、定め・きまり等であり、<br><br>則の字は＝おきて、すじみち・自然の条理等である。<br><br>また法の字を分析すると、<br><br>シ「水扁」に去るのである。<br><br>すなわち、<br><br>▽地水＝陽の気に触れて地を去り、天上して雲水となる。<br><br>▽雲水＝陰の気に触れて雲を去り、降りて地水となる。<br><br>宇宙の法則とは＝おきて自然の条理に従って<br><br>水が陰・陽の力で循環するの意であると知ることが出来る。<br><br>（つづく）<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 宇宙の生について 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10304755331.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jul 2009 09:14:41 +0900</pubDate>
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<title>衛生の意義</title>
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<![CDATA[ 気体中に湿気が多い場合か気体中の流通悪しき場合、<br><br>または労働による場合の外の発汗は異常発汗であり、<br><br>排尿は夜間より昼間の方が多量であることが健康で、<br><br>夜尿が多い場合は不健康と考えることが出来る。<br><br>排便は一日一回硬からず形態ある心地よい排便が健康体である。<br><br>このほかに調節力の異変によって、<br><br>これらのメートルに異変を生ずる例外があることも忘れてはならない。<br><br>発汗・排尿・排便が常態を失った時は<br><br>必ず脈・呼吸・体温のつり合いの変化を見て、<br><br>どの力が病んで居るかを確かめて善処せねばならぬ。<br><br>脈・体温・呼吸のつり合いに対する病の考え方が衛生の根本である。<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 衛生について《その2》 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10301491887.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Jul 2009 09:46:41 +0900</pubDate>
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<title>衛生について</title>
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<![CDATA[ （「陰」と「陽」）<br><br>さてこれまでに、<br><br>宇宙の力と我々が生きて居る力とについて説明し、<br><br>力はものとものとの差が平均しようとする自然現象で起るという説明もして来たが、<br><br>このものの差を表わすものに<br><br>陰と陽との言葉（文字）を私は使って居る。<br><br>陰とか陽とか言うことは易学上の用語だけだと考えられて居るが、<br><br>最近では、ものの分析でも、物質分析と力（イオン）分析とが出来るようになり、<br><br>たとえば塩を分析すると、<br><br>塩素原子とナトリウム原子とになる。<br><br>そうして塩素原子は陰イオン（力）、<br><br>ナトリウム原子は陽イオン（力）を生じて居ることが明らかになって居る。<br><br>この塩素原子とナトリウム原子とを比較すると、<br><br>塩素は陽の物質、<br><br>ナトリウムは陰の物質である。<br><br>そうして陽の塩素が陰イオン（力）を出し、<br><br>陰のナトリウムが陽イオンを出して、<br><br>塩が結合されて居ることが判る。<br><br>ところでこの陰と陽との定義が完成されて居らぬので<br><br>私は次のように定めて居る。<br><br>陰陽とはものの比較の表現であり、<br><br>性質から言えば、<br><br>陽の性質は凝結性・収縮性があり、<br><br>陰の性質は放散性・分離性がある。<br><br>凝結性の強弱の比較では、<br><br>強いものが陽で、<br><br>弱いものが陰である。<br><br>この陰陽を基礎として、<br><br>・酸はアルカリに比べて陽で、アルカリは酸に比べて陰である。<br><br>・強酸性は弱酸性に比べて陽で、弱酸性は強酸性に比べて陰である。<br><br>・強アルカリは弱アルカリに比べて陰で、弱アルカリは強アルカリに比べて陽である。<br><br>この陰陽の性質から次の通俗的な陰陽の言い表しが出来る。<br><br>・重い原子は軽い原子に比べて陽で、軽い原子は重い原子に比べて陰である。<br><br>従って次のことが言える。<br><br>・重い物質は軽い物質に比べて陽で、軽い物質は重い物質に比べて陰である。<br><br>・濃い液体は淡い液体に比べて陽で、淡い液体は濃い液体に比べて陰である。<br><br>・湿ったものは乾いたものに比べて陽で、乾いたものは湿ったものに比べて陰である。<br><br>以上がものの陰陽であるが、<br><br>このものが相接する時は、性質の差だけそのものの力にも差がある。<br><br>このものの差と、その力の差は常に陰陽相反して居る。<br><br>このことは塩素とナトリウムで説明した、<br><br>陽の塩素が陰イオンを出し、<br><br>陰のナトリウムが陽イオンを出すことでも明らかである。<br><br>また凝結性のもの（陽の物質）は引く力が強く、<br><br>放射性のもの（陰の物質）は押す力が強いことも勿論である。<br><br>押す力が陽で引く力が陰であるから、<br><br>陰の物質は陽の力を出し、<br><br>陽の物質が陰の力を出すことも理の当然である。<br><br>この理によると<br><br>すべての原子の内で水素はどんな原子よりも陰性の原子であるから、<br><br>どの原子との間にも水素は常に力が発生することも明白なことである。<br><br>また我々が生存し得る力は<br><br>この陰陽差によって起る生気力と物質変化力と調節力との三つの力のつり合いで<br><br>血の動きが、心臓・肝臓・脾臓・腎臓などの臓器を働かせるのであることも、<br><br>原子理論から争うことの出来ない事実である。<br><br>（衛生の意義）<br><br>我々の体には、<br><br>脈が多くなったり、<br><br>熱が高くなったり、<br><br>呼吸が激しくなったり、<br><br>汗に異状が出来たり、<br><br>尿の出がよくないとか、<br><br>便の出が悪いなど<br><br>の変化を認めることがある。<br><br>この脈・体温・呼吸・発汗・排尿・排便の変化は<br><br>前に申し出た三つの生きる力のどれかに関係がなくて起る筈がない。<br><br>この関係を知らずに生命は衛れないことも当然である。<br><br>我々人間は生をこの世に受けて、<br><br>自分で生き得るために、<br><br>その生きる力の変化を明らかに示す<br><br>大切な脈・体温・呼吸・発汗・排尿・排便<br><br>という六つのメートルを自然から授かって居る。<br><br>この六つのメートルを監視して、<br><br>その変化に応じて生命を衛ることが衛生の基本である。<br><br>であるから衛生ということは、<br><br>自分が生存する上の第一の義務であり<br><br>権利であることを確信せねばならぬ。<br><br>そうしてこの三つのメートルのつり合い（均衡）は、<br><br>体温37度の時、<br><br>脈数70、<br><br>呼吸数17乃至18位で、<br><br>体温1度を増毎に脈数10を増し、<br><br>呼吸は常に脈の4分の1を保つことが健康体である。<br><br>呼吸数がつり合いを失って居る時は呼吸器の生気力の異変で<br><br>（腹の筋が硬くて強い呼吸の出来ないための呼吸数の変化など例外はあるが）、<br><br>脈数の不つり合いは消化器の異変である。（つづく）<br><br>（冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 衛生について《その1》 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10300162725.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jul 2009 08:34:46 +0900</pubDate>
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<title>「現在に聞える創始者の講義」（2）より</title>
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<![CDATA[ 私共がお話し申し上げたいのは<br><br>“生きる真理”をまず知って頂かなきゃならんということです。<br><br>それを科学的に知って頂かなければならないということです。<br><br>大体、我々が“科学々々”と申していますが、<br><br>今日の人生のこんなに苦しんでいる状態は、<br><br>この科学に迷信しすぎていると私は考えます。<br><br>科学というものを迷信していては困る。<br><br>科学というものの意義を尋ねますと、<br><br>「科」という字は、限界であります。<br><br>限界とは物事をきわめるということで、<br><br>「学」は悟るということであります。<br><br>即ち、物事に限界を見つけて、<br><br>その真理を悟ることが、「科学」なのであります。<br><br>どんな科学でも自ずから限界があります。<br><br>従って科学には、絶対ということはありません。<br><br>「これは間違いないんだ。これは絶対のものだ」ということは、<br><br>科学としてはないと私は思います。<br><br>また、万能でもありません。<br><br>限界があるんです。<br><br>科学の限界は常に進歩いたしまして、<br><br>その真理の究極も常に変化することが当然であります。<br><br>しかしながら、<br><br>その科学に迷信している方が多いんだと考えます。<br><br>限界をつけて、<br><br>枝なら枝、<br><br>葉なら葉ばかりを究めておりますと、<br><br>その本当の生きている根本が解りません。<br><br>実に今の科学は、よく枝葉を研究しております。<br><br>それは物の学問でありますから、<br><br>枝葉なるものの学問は調べておりますが、<br><br>そのものを完全に生かしていくということ、<br><br>これがよく解っていただかなきゃいけない。<br><br>まず、我々の体について考えましても、<br><br>生きることを知らないで生きている位、<br><br>こんな意義のないものはなかろうと思います。<br><br>生きる真理が解らない。<br><br>あなた方はご病気をなさる。<br><br>どこへ行く、<br><br>医者に行く。<br><br>専門だから、あそこへ行かなきゃならん、<br><br>私は、それは間違っていると思います。<br><br>私は、七歳の時にはしかをやりまして、<br><br>現在の医学のためにはしかが追い込まれまして、<br><br>喘息になりまして、<br><br>小児喘息からつづいて三十年、<br><br>三十七歳になるまでやりました。<br><br>治りません。<br><br>その小児喘息が追い込まれた結果、<br><br>左の胸の肋間神経痛という病名を付けられました。<br><br>また、そうじゃない、<br><br>これは乾性肋膜だというお医者もいて、<br><br>お医者さん同士が喧嘩している。<br><br>「どっちでもいいんだ、治して貰えばいいんだ」と思いましたが<br><br>遂には治りません。<br><br>これを自分の専門である電気で治したことから<br><br>「私は医者から体を預かっているのではない。<br><br>自然から預かっているこの大切な体は、私が守らなければならん」<br><br>と決心をし、<br><br>私が医学を究める根本になったのです。<br><br>究めてみると何でもない。<br><br>医学の書物なんか見なくてもいい。<br><br>人間が何と何で生きているかということを究めればいい。<br><br>太陽の光線と空気と水と食物の、<br><br>この四つのもので生きておる。<br><br>これを一つ一つ試してみる。<br><br>食物が一番大事だと思って、<br><br>それでは食物を食べずにいたら、<br><br>何日死ねないでしょうか。<br><br>三週間食わずとも、<br><br>水さえ供給していれば、<br><br>水と塩さえなくならなければ<br><br>三週間や四週間では死ぬことはできません。<br><br>食物はこういうことですが、<br><br>水は三日これを失いますと、<br><br>あまりいい結果にならない。<br><br>光線と空気は、これを遮断しますと<br><br>たちどころに死ぬということからみると、<br><br>空気と光線とが一番我々の生命の親であるということが分ります。<br><br>その空気と光線とはどういう風にして我々を養っているか、<br><br>ということを究めればいいのです。<br><br>（月刊「シンノオル」・“シンノオル農法説明会”から<br>「現在に聞える創始者の講義」（2）より抜粋させていただきました）<br><br>本館　&lt;a href="http://mineraloasis.net"&gt;かりあげ先生のミネラルオアシス &lt;/a&gt;も宜しく！！<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kariagesensei/entry-10298875250.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jul 2009 08:41:27 +0900</pubDate>
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