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<title>私の自分史</title>
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<description>私の人生、中の上？下？</description>
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<title>順風満帆</title>
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<![CDATA[ <p>中学生になり、</p><p>勉強、部活、それなりに励んでいた。</p><p>先生にもクラスにも恵まれ、学校生活が楽しかった。</p><p>学校の行事にも積極的に参加。</p><p>委員も、最初こそ体育委員だったが、</p><p>それ以降はずっと学級委員。</p><p><br></p><p>中学2年の時に、部活中、</p><p>足首の靭帯を損傷。</p><p>完治には一ヶ月半かかった。</p><p>時期的に、部活のレギュラー争いの段階で、<br></p><p>争いからは脱落してしまい、</p><p>私の人生、初めての屈辱だったと思う。</p><p><br></p><p>それでも、楽しく有意義に過ごした。</p><p><br></p><p>テストに関しては、</p><p>だいたい８０点台はキープしていた。</p><p>なので、受験も自分の希望通りに挑戦できた。</p><p><br></p><p>私はお嬢様でも、裕福な家庭でも無い、</p><p>ごくごく一般家庭なのに、</p><p>私学を選んだ。</p><p>当時、公立と私学のお金の違いなんて、</p><p>全く知らなかった。</p><p>親も、私学行くなら、ここ以上じゃないと行かさないと、条件を出して来たが、</p><p>そこはクリアした。</p><p>結果、一般家庭の娘が、私学でもお嬢様が多い学校へ通う事となった。</p><p>これも、親に頭が下がります。</p><p>よく、行かせていただきました。</p><p><br></p><p>高校生となり、</p><p>初めての生活圏内から遠方への通学。</p><p>色んなワクワクとドキドキが入り混じりながらの、</p><p>高校生活スタート。</p><p><br></p><p>私学なだけあって、</p><p>敷地は広いし、校舎も立派。</p><p>とにかく学校の佇まいから違っていた。</p><p>最寄駅から通学路には</p><p>可愛い制服に身を包み、</p><p>キャッキャと女子高生が溢れている。</p><p>そんな中の一員だった事を、</p><p>今思い返せば、少々気恥ずかしい様な。</p>
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<pubDate>Mon, 04 Jul 2022 11:49:21 +0900</pubDate>
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<title>一人っ子スタート</title>
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<![CDATA[ <p>弟の一連の行事が終わった。</p><p>私は、小学2年生途中から、</p><p>兄弟の居ない、一人っ子がスタート。</p><p><br></p><p>両親は、</p><p>寂しい素振りを私に一度も見せた事は無く、</p><p>今まで通りの様子を貫いてくれていた。</p><p>胸中、辛かったに違いない。</p><p>頭が下がる思い。</p><p><br></p><p>それを子供ながらに分かっていたのか、</p><p>なんとなく汲み取っていたのか。</p><p>私は両親を喜ばせたい一心で、</p><p>色んな事に頑張った。</p><p>私の負けず嫌いという性格のせいもあったのか、</p><p>勉強、習い事、スポーツ共に、</p><p>両親を喜ばせる、心配させない結果を残していた。</p><p>よく、周りの人から、</p><p>どうやったら◯◯ちゃんみたいに育つの？</p><p>と、よく質問されたそう。</p><p>少々、口が悪い、</p><p>友達と小競り合い等はあったものの、</p><p>私はとにかく、</p><p>色々頑張って、楽しく有意義な日々を過ごしていた。</p><p><br></p><p>父がそろばん教室をしていたので、</p><p>当たり前の様にそろばんを習っていたが、</p><p>これも負けず嫌いの性格と、</p><p>そろばん自体が好きだったのと相まって、</p><p>競技大会に出場するまでになり、</p><p>大阪では3年連続学年一位、4年生では段取得、</p><p>と結果を残した、</p><p>スポーツの方は3年生から、</p><p>学校の子供会でキックベースボールに所属。</p><p>上級生のチームに呼ばれたり、</p><p>自分の学年ではショートで４番。</p><p>運動会のリレーや徒競走では１番。</p><p>これも、活躍できた。</p><p>学校生活では、</p><p>通知表に関しては、図工、家庭科以外は、</p><p>最上判定を受けていた。</p><p>クラスでは、良くも悪くも中心的な存在。</p><p>懇談では、一つ上の学年でもやっていけるぐらいの、存在です、とも言われたそう。</p><p><br></p><p>自分で言うのも何ですが、</p><p>小学校時代はとても有意義な時代だったと思う。</p><p>弟の後押しがあったのか。</p><p><br></p><p>そう思うと、どこで、へこたれたのか。。。</p><p>人間とは、本当にわからない生き物ですね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kat141826/entry-12751159784.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jul 2022 10:48:39 +0900</pubDate>
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<title>いっぱいありがとう</title>
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<![CDATA[ <p>眠った様な弟は、</p><p>家の布団に寝かせて、</p><p>母から教えられて、</p><p>死水の儀式をしました。</p><p><br></p><p>そこから、家の中には、</p><p>代わる代わる、私が知ってる人も知らない人も、</p><p>弟とのお別れをしに来て下さった。</p><p><br></p><p>いつ、どの様に寝たのかも、何も記憶に無い。</p><p><br></p><p>翌日、葬儀を行う近くの集会所に移動。</p><p>私は、小学校の制服を着たまま、</p><p>ずーっと過ごしていた。</p><p>お通夜前に、</p><p>私の小学校の担任の先生と校長先生が来られた。</p><p>校長先生は、体の不自由な弟の小学校探しを、</p><p>熱心にお手伝いして下さっていた矢先の事だった。</p><p>担任の先生は、私の通知表を持って。</p><p>ちょうど終業式に当たる日だったのか。</p><p><br></p><p>夜になり、</p><p>溢れんばかりの弔問客の方々が</p><p>いらっしゃって下さった。</p><p>両親の友人から、ご近所さん、弟が訓練で過ごした学園の保護者さん方、私の友達の親御さん、</p><p>とにかく、小さな子供のお通夜で、ちいさな集会所に、こんなに人が来るのかと、葬儀屋さんが驚かれていたそう。</p><p>とても愛されていた弟だったんだろう。</p><p>とても親しまれた、愛された両親なのだろう。</p><p>この事は、誇りに思う。</p><p><br></p><p>お通夜の間、私は、</p><p>親戚のお兄さんお姉さんに、</p><p>ご飯の支度や、寝る支度、</p><p>お世話になっていた。</p><p>両親は、弔問客の方々のお迎えに忙しかった。</p><p><br></p><p>明くる日、お葬式も、</p><p>またまた葬儀屋さんが驚かれた様。</p><p>たくさんの方々に愛されて、見守られて、</p><p>旅立てたのかな、と思う。</p><p><br></p><p>この後、火葬場に向かうのだが。</p><p><br></p><p>後になって聞いた話。</p><p>弟は双子として生まれた。</p><p>そのもう1人の方は、残念ながら、</p><p>お腹の中で亡くなってしまっていた。</p><p>その亡骸を、父親が火葬場でお願いしたそう。</p><p>もちろん、地元の火葬場なので、</p><p>今回の弟と同じ場所。</p><p>昔訪れた火葬場の番号と、</p><p>弟の番号が同じであったと。</p><p>父は驚きを隠せなかったと。</p><p>偶然であったとしても、</p><p>双子の絆が残っていたのか、迎えに来てくれたのか、</p><p>と、驚きと共に少し安堵もした様。</p><p><br></p><p>お骨揚げも無事に済み、</p><p>無事に天国に行けたかな。</p><p><br></p><p>それから、私の人生、</p><p>空を見上げる回数が増えた様な気がする。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kat141826/entry-12750812472.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jun 2022 11:05:56 +0900</pubDate>
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<title>大君お空に行っちゃった</title>
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<![CDATA[ <p>意識の無い状態で、</p><p>今思えば人工呼吸で命がやっと繋がっていた状況だったのかもしれない。</p><p>後に聞くと、</p><p>弟の内臓は凄いスピードで蝕まれていったそう。</p><p>苦しかったのかなぁ。</p><p>せめて、痛い思い苦しい思いしてなければなぁと、</p><p>心から思う。</p><p><br></p><p>入院から一週間前後。</p><p>いつもの様にお見舞いへ父と向かう。</p><p>夕方だったか、気持ち良く晴れていて、</p><p>夕陽が病院へ差し込み、</p><p>私は弟の部屋に長く入っているのが</p><p>難しかったので、</p><p>下のフロアで自分なりに時間を潰していた。</p><p>当時、私は小学2年生。</p><p><br></p><p>すると、父が私の所にやって来て。</p><p>静かに私にこう言った。</p><p><br></p><p>「大君、お空に行っちゃった」と。</p><p><br></p><p>私はそれを聞くなり、</p><p>父にしがみついて、泣きじゃくった。</p><p><br></p><p>父はその後、「大君に会いに行ったろう」と</p><p>私を病室へ連れていった。</p><p><br></p><p>弟に覆いかぶさる様に泣き崩れる母、</p><p>その頃、母の姉夫婦も病室に到着した。</p><p>母の姉の言葉をよく覚えている。</p><p>体の不自由だったので、</p><p><br></p><p>「天国で、いっぱい走り回るんやで！楽しい事いっぱいするんやで！」と。</p><p><br></p><p>私はただただ、涙を流しながら、その光景と弟を、</p><p>見続けていた。</p><p><br></p><p>聞くと、</p><p>亡くなる寸前に、</p><p>片方の目から涙を流したそう。</p><p>最後の最後まで、頑張ってやたんやね。</p><p>ありがとう。</p><p><br></p><p>帰り、弟は母に抱かれて、私と父と、</p><p>タクシーで家に戻った。</p><p>大好きだった父の車で帰りたかったやろうに、</p><p>と母はその時だけは正気に戻って、父に吐き出した。</p><p><br></p><p>いつもなら、</p><p>入院しても元気になって帰って来てくれたのに。。。</p><p><br></p><p>私は、この入院から、弟が家に帰るまで、</p><p>記憶がほぼ無い。</p><p>記憶力はいい方なのに。</p><p><br></p><p>大君、本当に本当にありがとう。</p><p>今も忘れた事無い。</p><p>私の壮絶な手術も、大君が助けてくれたのかな。</p><p>ずっとずっと、見守っていて下さい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kat141826/entry-12750668441.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Jun 2022 14:31:12 +0900</pubDate>
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<title>いつもとは違う入院</title>
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<![CDATA[ <p>小児科専門の病院への入院となった。</p><p>そこへ、かかりつけの病院の先生が、</p><p>個人的に駆けつけてくれて、</p><p>入院先の先生と、弟の体の特徴なんかを、情報交換してくれていたそう。</p><p>今考えれば、頭が下がる思いです。</p><p>入院中、何回も、バイクを飛ばして、</p><p>来てくださっていたと聞きました。</p><p><br></p><p>弟は、</p><p>いつもなら、病室で、点滴こそ繋がれてるものの、</p><p>笑顔で元気な様子だったのが、</p><p>この入院の時は、</p><p>病院に入った時点で意識が無かったそう。</p><p>そして、ナースステーションには、</p><p>弟の急変にいつでも対応できる様に、</p><p>弟の顔が常に写されていた。</p><p>そして、ピッピっとなる、心電図の音。</p><p>子供ながらに、いつもと全然違う、これは何？</p><p>弟の病室へいっても、弟は寝てるだけ、大好きな母親も、どんな時でも元気なのに、</p><p>少し元気が無い。</p><p>親戚の人がお見舞いに来る度に、</p><p>泣いている。</p><p>なんか怖い、もう病院おりたくない！！</p><p>と、内心思っていた。<br></p><p><br></p><p>そんな中、入院から二日か三日後だったか。</p><p>私は父と家で、もう寝ようかという時間だった。</p><p>母親から電話で、</p><p>大(弟)の息が止まった、すぐ来て！と。</p><p><br></p><p>父は気が動転していたのか、テレビつけっぱなし、鍵も開けっぱなしで、私には毛布だけ持って行けと持たせて、親密なご近所さんの所に行って、車を出してもらった。この時、弟が大好きだった父の車は、父が免停だった為出せなかった。</p><p><br></p><p>病院は、車で10分ぐらいの場所。</p><p>その時の記憶があまり無い。。。</p><p>ただ、廊下で母が、大が、大が。。。</p><p>と泣いていた事だけが頭に残っている。</p><p><br></p><p>早急に対応していただいて、</p><p>一命は取り留めた。</p><p><br></p><p>私はこの間、何をしていたのか。。。</p><p><br></p><p>父とまた家に帰ったが、</p><p>家の中の状態は連絡があった時のまんまだった。</p><p><br></p><p>その頃、ちょうど地元では夏祭りがチラホラ開催される時期だった。</p><p>毎年母に浴衣を着せてもらい</p><p>楽しみにしていた夏祭りだったが、</p><p>この年は、</p><p>父と2人だけで、はしゃぐ事もなく、</p><p>ただ行った、という感覚だけが残っている。</p><p><br></p><p>入院してから、一週間経っていたのか、経たなかったのか。</p><p>弟とサヨウナラの時が近付いていた。</p>
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<pubDate>Mon, 27 Jun 2022 13:54:28 +0900</pubDate>
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<title>弟の入院</title>
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<![CDATA[ <p>日々、知能の発育は障害が原因で、</p><p>ゆっくりとしたペースの成長だったが、</p><p>体は同じ年齢の平均よりは小さいものの、</p><p>それなりに身長も体重も増えて行った。</p><p>そうなると、歩行が自分でできない分、</p><p>両親の負担は想像に難くない。</p><p>自分の力で座る事もできないので、</p><p>簡単に車椅子にも乗せられない。</p><p><br></p><p>そこで、父は当時、車の免許を持っていなかったが、</p><p>一念発起で免許取得に動いた。</p><p><br></p><p>車の免許を取り、車を購入。</p><p>そこから、家族での移動がとてもスムーズになった。</p><p>弟は、車を大変気に入っていた。</p><p>車に乗っている間、ずっとハイテンション。</p><p>車では笑顔しか見た事が無い。</p><p>助手席に母に抱かれて座るのがお決まり。</p><p>暑い時は、クーラーの風の吹き出し口に、</p><p>自分の手をかざし、それを自分の頭に運んでいた。</p><p>その行動がとても滑稽で可愛くて、</p><p>未だに脳裏に焼き付いている。</p><p><br></p><p>それを、なんと私の息子もやっていた！</p><p>これは幼少の頃なら、誰でもする行動なのか？</p><p>懐かしいやら、愛しいやら、</p><p>これを見た時、私は胸いっぱいになった。</p><p><br></p><p>色んな面で、家族全員で、成長して行った。</p><p>そんな中、</p><p>弟がちょこちょこ入院する事が多くなった。</p><p>基本は、脱水症状。</p><p>風邪を引いてしまった時、</p><p>うまく調節ができないのか、</p><p>脱水症状を起こしてしまい、</p><p>痙攣を起こしてしまう。</p><p>その度に、入院を強いられた。</p><p>これは、母の看病が悪かった訳ではなく、</p><p>弟の体では仕方なかった事らしい。</p><p>母は常に一生懸命だったから、</p><p>少しの怠慢も無かったと思う。</p><p><br></p><p>これを何度も繰り返しているから、</p><p>私も段々、あ、これはまた入院や、と軽い気持ちで受け止めていた。</p><p><br></p><p>それがある日の痙攣は、いつもと違っていた事が、</p><p>私自身も分かったし、</p><p>両親は私なんかより、</p><p>何か構えた様子だった。</p><p>もちろん急いで救急車を呼んだ。</p>
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<pubDate>Sat, 04 Dec 2021 09:06:15 +0900</pubDate>
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<title>弟の成長</title>
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<![CDATA[ <p>私は、幼稚園、小学校と順調に成長し、</p><p>弟は弟のペースで成長して行った。</p><p><br></p><p>幼稚園の入園式、運動会にも、弟は参加。</p><p>バギーに乗せられて、</p><p>何か普段と違う場所に来ていると</p><p>雰囲気は分かっていたのか、</p><p>私や親を困らす様な事は無かった。</p><p>写真には、少し緊張しているのか、はたまたカッコをつけているのか？</p><p>いつもと違う弟の様子が忘れられない。</p><p><br></p><p>お風呂は、いつも、</p><p>父と私と弟。</p><p>父が洗っている間、浴槽の中で弟を支えているのは、私の仕事。</p><p>その時間は、3人とも、楽しく幸せな時間だった。</p><p>弟がお風呂を終えると、母が呼ばれて、</p><p>弟を迎える。</p><p>ある日、父と私が二人でお風呂に入ると、</p><p>当時ずり這いができる様になっていた弟は、</p><p>お風呂の扉を一生懸命叩いてきた。</p><p>僕も入れて欲しい、との合図だった様で、</p><p>父はそれが嬉しくてたまらなくて、</p><p>わざと私と二人先に入って、弟に扉を叩かせていた。</p><p>言葉を発せない弟は、声と扉を叩く行動で、意思表示をしていた。</p><p>弟もまた、自分の意思表示が理解されて嬉しかったのだろう。</p><p>とびきりの笑顔でお風呂に入っていた。</p><p><br></p><p>お風呂上がりに、テンションが上がっていたのか、</p><p>俗に言うイヤイヤ期だったのか、</p><p>母が注意しても全く聞かず、</p><p>ずっと服を着なくて裸ん坊だった時があって。</p><p>それが何日か続いて、母も困り果てて、</p><p>父に言うと、父がピシャリと怒って、</p><p>初めて弟に手を上げた。</p><p>もちろん、父はその手が相当痛んだと思う。</p><p>けど、</p><p>ここは叱らなければならないとこだったんだろう。</p><p>それからと言うもの、以前に戻り、入浴後素直に服を着てくれたそう。</p><p><br></p><p>これに関しても、全く普通の子と変わらない育て方。</p><p>なんなら、少し厳し目だったのかもしれない。</p><p>けどそれは、間違いなく愛であって、</p><p>普通の子として、ここは叱るべき所だと父が判断したのだろう。</p><p>その後の弟を見れば、</p><p>あれは大正解だったんだろうと思う。</p><p><br></p>
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<pubDate>Fri, 19 Nov 2021 22:39:22 +0900</pubDate>
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<title>弟との日々</title>
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<![CDATA[ <p>まだまだ幼い私にとって、</p><p>周りとの接触もまだまだ少なく、</p><p>普通とはどういう事か、</p><p>というのも分かっていなかったので</p><p>障害の事は把握できず、</p><p>と言うより、</p><p>初めてできた弟が障害児だったので、</p><p>それが当たり前の様な感じだった。</p><p>表情は至って、普通の子と変わらなかった。</p><p>笑うし、泣くし。</p><p>両親によれば、障害の酷い子は、表情も無かったりするけど、弟はそこは普通と何ら変わらなかった。</p><p><br></p><p>普通と違ったのは、</p><p>足にベルトを付けてるとか、</p><p>毎日、小さい部屋で母が弟の訓練を施していた事。</p><p>たまに、</p><p>泊まりで母と弟が居なくなったり。（訓練の為）</p><p>ずり這いがなかなかできない事。</p><p>それらの事は、もちろん、私には、</p><p>こういうもんだ、と認識された。</p><p>でもどこか、少し皆んなと違うのかな？？</p><p>みたいな事は幼いながら感じていたのかもしれない。</p><p>両親は、本当に計り知れない苦労をしただろうし、悔しかっただろうし、色んな感情が大変だっただろうなと、自分も子を持つ親になってから、心底思う。</p><p><br></p><p>私は、たった一人の弟であったし、そんな弟が本当に愛しかった。</p><p>だから、弱い子にも関わらず、</p><p>弟相手に真剣に兄弟喧嘩もしたし、</p><p>両親が早朝用事があって外出してた時には、</p><p>弟が泣いて目を覚まし、親が居ない事を認識して、</p><p>母がいつも弟に朝している事を、見様見真似でお世話したり。</p><p>私の友達にも、普通に紹介していた。</p><p><br></p><p>今の時代ならよくある事だが、</p><p>当時、障害児を普通に外出させる事も当たり前では無かった。</p><p>そんな中、両親は、電車にも乗らせたし、人混みの多い所にも、どんどん連れて行った。</p><p>海にも山にも旅行にも連れて行った。</p><p>海と山に囲まれた母の田舎にも、</p><p>病院の反対を振り切って連れて行った。</p><p>病院は、何かあっても対応できる病院が無いから‼️</p><p>と反対していたそう。</p><p><br></p><p>とにかく、</p><p>普通の家族と何ら変わらない事をやってのけた。</p><p>だから、尚更、私は弟を普通の子供と変わりなく、</p><p>受け入れられてたのかもしれない。</p><p>空いてる電車では、私と弟を座らせて、二人が寄り添って寝てる姿には、涙が出たと。</p><p>弟はもちろん、座れない。</p><p>だから、私に寄りかかる様に、親がうまく座らせてたのだろう。</p><p>両親にとって、普通の事が、これ以上無い喜びだったんだろうと思う。</p><p><br></p><p>両親が、何よりも凄いと思わされたのは、</p><p>弟ばっかり、私なんて。。。</p><p>という心境に一度もなった事が無かった。</p><p>これは、両親の努力でしかない。</p><p>普通の子でも、弟妹ができると、</p><p>赤ちゃん返りしたり、</p><p>ヤキモチ焼いたり、が普通の事。</p><p>それが一切、私には無かった。</p><p>我慢させられて辛い、も無かった。</p><p>とにかく、弟が居て幸せだった、喜びだった。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kat141826/entry-12710099955.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Nov 2021 11:06:40 +0900</pubDate>
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<title>人生の始まり</title>
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<![CDATA[ <p>今から◯十年前</p><p>母の田舎で、産まれる。</p><p>いわゆる、里帰り出産。</p><p>大きかったらしく、相当な難産と聞かされた<span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">。</span></p><p><br></p><p>両親にとって、第一子。</p><p>裕福な家庭では無かったが、</p><p>大事に育てられた。</p><p><br></p><p>私の下に2歳違いの弟が産まれた。</p><p>重度の障害児。</p><p>母は双子を妊娠していたらしく、</p><p>一人はお腹の中で亡くなっていたそう。</p><p>弟は出産事には元気に産まれたそうだが、</p><p>双子によくある、産まれて数時間の間に、</p><p>低血糖症になってしまったらしく、</p><p>すぐさま産まれた病院では診れない為、</p><p>1時間もかけて転院。</p><p>処置が遅かった為か、</p><p>処置が早くてもそういう結果になっていたのかは、</p><p>分からないが、</p><p>それが原因で脳に重度の障害を負った。</p><p><br></p><p>後に聞かされた話だか、</p><p>20歳までは生きられないと、</p><p>父は病院から告げられたと。</p><p><br></p><p>私は弟が産まれたばかりの事は、</p><p>記憶に無い。</p><p>これは、普通の事？？</p><p>2歳違いだと覚えていないものなのか？</p><p>当時、今の様に、手軽に動画が撮れる携帯がある訳でもなく、ビデオがある訳でも無く、</p><p>そんな状況であれば、記憶が無いのは普通なのか？</p><p><br></p><p>ただ、母が出産で入院した時に、</p><p>父方の祖父母に預けられ、泣きながら夜中電話した事は、強く記憶に残っている。</p><p>今思えば、母が大きいお腹抱えてる姿も記憶に無い。</p><p>嫌な事だけが、記憶に残っている。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/kat141826/entry-12709407375.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Nov 2021 19:41:42 +0900</pubDate>
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