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<title>kaze-syachiのブログ</title>
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<title>就職について困っています</title>
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<![CDATA[ <p>資格をいかして就職を試みました。</p><p>医師にも確認すると、週１日の６時間は認めると言われました。</p><p>持っている資格で希望している職種は正社員でフル勤務の募集しかありませんでした。苦労して取得したのにも関わらず使い道がなく途方に暮れています。</p><p>取得した資格の関係するほかの募集も探しましたが、関東の端なので勤務地が遠くて通勤に時間が取られそうです。</p><p>そもそも、週１ですと見つかりません。就労継続支援も検討しましたが、作業内容が合わないのではないかと考えています。</p><p>&nbsp;</p><p>精神障がい者（特に統合失調症）の認定を受けて中途採用で復帰された方々は、どのような資格を持っており、どのようなペースでお仕事されているのかを知りたいです。</p><p>是非、ご参考にさせて頂きたいのでコメントor参考にできるブログなどありましたら教えて頂ければ幸いです。よろしくお願いします。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12859151437.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jul 2024 17:09:29 +0900</pubDate>
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<title>６.生活にリズムが出てきた段階での勉強法</title>
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<![CDATA[ <p>冒頭に書いた通りのタイトル上は最後のブログです。</p><p>&nbsp;</p><p>発症当時は、大量の酒と安定剤、睡眠剤を飲んで14時間ほど寝る生活を送っていましたが、このブログの前の方法を取り入れてからは午前中に起きれるようになりました。時折、10時間ほど寝ることもありますが、基本的に８～９時間で睡眠時間は足りています。</p><p>取得したかった資格に未練を捨てきれなかった僕は体調が安定してきたこともあり、もう一度挑むことにしました。</p><p>そろそろ違う道も考えましたが、妻と親のすねかじりでは終われないという決意で勉強に取り組みましたが当然最初は勉強ができませんでした。悲しいくらいに集中力というものが欠如していました。</p><p>かなり焦りましたが、冷静に自分と会話しました。どのくらいなら集中力が続くのかと。最初はわずか15分です。</p><p>膨大な勉強をわずか15分かよとは思いましたが、代わりに毎日続けることにしました。毎日15分です。</p><p>すると時間が少しづつ伸びていき調子がいいと休憩なしで30分は耐えられるようになりました。僕にとっては大きな進歩です。</p><p>当然、ストレスを感じると幻聴やフラッシュバックで意識が逸れます。それでも毎日30分をやめなかった。30分に耐えられない時は途中で中断し、ウオーキングや瞑想、簡単な家事をして勉強から離れる時間を設けました。</p><p>&nbsp;</p><p>9か月ほどひたすら続け錆びた脳を動かし続け時には安定剤でマイルドにしてリラックスをしながら、じっくりですが確実に前に歩いていきました。</p><p>試験本番は時間制限があるので、かなり心配でしたが、自分を信じて挑みました。試験中も色々と脳の中でありましたが、割愛します。</p><p>手ごたえはなかったです。付き添ってくれた妻に「来年は確実に受かる。だから、来年も受けさせてくれ」言いましたが、その年に運よく合格していました。</p><p>合格発表の日は把握していなかったので、その日は夫婦でバーで飲んでいました。</p><p>帰宅した僕は焼酎で飲みなおそうかと考えていると、妻が泣き出したので、また何か傷つけたのかと思い焦りました。</p><p>そうすると、「合格してたよ！」と言われ信じなかった僕は受験番号を確認しました。</p><p>間違いなく僕の受験番号あり、涙が止まらずこの瞬間を支え関わってくれた全ての人々やモノ、事象に感謝しました。</p><p>&nbsp;</p><p>合格した要因には、妻からの偉大な支えや両親に妻の母、たったひとりの親友。試験前に身体を整えてくれた接骨院、大好きな小説家やアーティスト、スピリチュアル的なことを言えば土地神などキリがなく、僕が知らないだけで僕を支えてくれた色々なものがあるでしょう。</p><p>この病気になってから、ずっと孤独だと思っていました。でも人はひとりで生きていけない。どうしていけばいいのか。どう感謝をすればいいのか。自分のできる範囲で一生懸命生きることだと思います。</p><p>資格を取ってからは、理由があり、まだ資格を生かした仕事はしていませんが来年度から働こうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>統合失調症という個性？ハンデ？でどこまで行けるのかを自分の足で確かめてみたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>つたない文章ではありましたが、一旦終わりです。あまり需要がない内容で申し訳ありませんでした。</p><p>見てくれた方々には感謝です。あまり文字数が長くはなってはいけないと、症状や過ごした生活面は省いているところもあります。もし、ここをもう少し知りたいなどありましたらお答えはできる範囲でお答えします。</p><p>今後はわかりませんが、どこまで働けてどうなるかを試してみます。</p><p>障害をオープンなのかクローズなのかでも大きく変わると思うので、経験者の方がいれば相談したいです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>このブログの最後に、当事者の皆さんへ。自分の生きたい道を社会的に公認されているならば、傍にいてくれる方々と相談しながら進んでいってください。常に発信する必要はないですが、感謝の念は持ち続けてください。</p><p>ご家族の方へ。通常と違い、とまどうことも多くあると思います。正直、私たちは一般の「普通」ではないかもしれません。でも、考え、想い、一生懸命に生きています。疲れた時はレスパイトしてもいいのです。でも、見捨てないでください。</p><p>&nbsp;</p><p>もし、誰からの力も借りず孤独に治療中の方へ。頼れる人がいない。行政サービスや病院が合わず、親切ではないと思うこともあると思います。でも、あきらめないでください。求め続け、できる範囲で頑張っているうちにいい人に出会うこともあります。その時に、物凄い勢いで進みましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>明けない夜がないように、背中を押す風が吹かないことはありません。自分で選んだ道、選ばれた道、どう歩くかは自分です。</p><p>&nbsp;</p><p>ありがとうございました！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12843491162.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Mar 2024 19:19:44 +0900</pubDate>
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<title>５.薬が安定してきた頃からの日々の生活の送り方</title>
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<![CDATA[ <p>前回にて書きましたが、統合失調症の薬は三年ほど同じものを服用しています。変わったのは睡眠薬くらいです。</p><p>&nbsp;</p><p>今回は薬が決まり、日々の生活の送り方に向き合った一面を書きます。</p><p>&nbsp;</p><p>薬が決まったといえども症状は依然強かったです。</p><p>幻聴、フラッシュバック、味覚障害、心臓が重い、他人からのどう見られているかの恐怖、謎の太ももの痛みと脱力です。</p><p>&nbsp;</p><p>どのように解決したかを簡単に言うと、よく眠り（薬の力を借りても）、よく食べ、適度な運動（一日３０分のウオーキング）、そして自己と向き合い、瞑想をするです。</p><p>&nbsp;</p><p>ここからはオリジナルなのでふ～ん程度の認識でみてください。自分にあう治療法があると思うので、日々それを考え試してみてください。</p><p>&nbsp;</p><p>幻聴に関しては起きてからの内容で音楽にて書き換えます。今はサブスクリプションで聞き放題なので重宝していますが、とにかく好きな曲を集めその日の脳の状態で合う曲を探しています。自分でもよくわかりませんが、僕の場合は幻聴に対して音楽で塗り替える手法を取っています。</p><p>フラッシュバックは認知行動療法の本を買って、苦労しながら読みました。そして、暴露療法を取り入れました。</p><p>あえてフラッシュバックになるものに近づき、どのように自分が感じ、何が嫌なのかをとことん詰めました。外の刺激でもそうですし、内なるものに対してもです。</p><p>ここでは、割愛しますが僕は全てのフラッシュバックに向き合いました。そして、ひとつひとつ丁寧に向き合いました。そして潰していきました。これには膨大な時間とエネルギーを使いましたが、幸運にも時間だけは大量にありました。</p><p>今でもフラッシュバックの芽は出ますが、その都度潰しています。</p><p>ちなみにもう一回やれと言われれば、無理です。</p><p>&nbsp;</p><p>残りの症状は、日々の生活を見直しました。起床後に音楽をかけながら幻聴と向き合い、ウオーキングを行い、自然の移り変わりを肌で感じ、風と光と緑に身をゆだねてみるのです。</p><p>心臓とふとももは、ただの運動不足でした。</p><p>ウオーキングは必ず同じ道を通ります。毎日、同じルートだと日々の変化がわかるようになるので都会にお住まいでも徐々に気づくのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>最後に瞑想です。瞑想と聞くと胡散臭いと思われがちです。僕もそうでした。</p><p>たまたまネットフリックスを開いていると、なぜかオススメに上がってきたのでなんにでも縋ろうとしていた僕はすぐに試しました。全エピソードが８つありましたが効果を実感したのは最初のエピソードでした。基本らしいのですぐにできて三日くらいで効果を実感しました。</p><p>幻聴とフラッシュバックでダメージを負った脳に睡眠以外で休息を与える目的で行いました。</p><p>個人的な感覚としては、わずかな間ですが脳に空白ができる感じがします。その時に何も思わず何も感じず、ただ時間が流れる瞬間があり僕にとっては貴重な時間でした。</p><p>今はネットフリックスを解約したので、瞑想の呼吸法だけ取り入れてます。</p><p>&nbsp;</p><p>統合失調症の当事者の方へ。自分だけがなぜこんな病気に？と思い込むかもしれませんが、否定しないでください。受け入れるのも大事なことだと思います。ゆっくりでいいのです。自分に合う対処法があるのを祈っています。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12843367452.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Mar 2024 19:34:21 +0900</pubDate>
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<title>４.医師との相性。薬の処方にも差があると感じました</title>
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<![CDATA[ <p>前回書いたクリニックから転院して、今のクリニックになったお話です。</p><p>&nbsp;</p><p>症状の悪化から仕事を辞めて引きこもるようになりました。自分自身ではコントロールが効かなくなり自死まで考えるようになりました。大きな理由としては、幻聴に悩まされたことです。そして、職場で対応できなかった自分が恥ずかしかったからです。訳が分からない状態にて、「死ね」という言葉が延々と響きます。寝ても覚めても同じ言葉がなり続けます。</p><p>限界が来ていました。</p><p>紆余曲折があり、妻から最後の転院をお願いされます。これで無理ならこれ以上病院には行かなくてもいいと言われて、最後のつもりで受診しました。</p><p>転院先の医師は、医師とは思えない格好で第一印象は、ここもダメかもしれないと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、力のない僕の声をゆっくりと丁寧に聞き取りながら寄り添ってくれました。</p><p>まずは生活面が心配だろうからと失業保険と障害者年金の手続きを進めるように教えてくれました。</p><p>そして、肝心の治療です。医師ははっきりと「統合失調症です。」と伝えてくれました。</p><p>その時、初めて自分の診断名がわかりどこかホッとしたこと覚えています。適応障害ではないと疑っていた僕はこれで治療に臨めると安易な気持ちでいました。</p><p>ここから、急激に薬が変わりましたが、週に一回の通院でいろいろな薬を試しました。統合失調症に効く薬から安定剤に漢方薬と様々な薬を試して自分に合う薬を模索していったのです。</p><p>医師は粘り強く、忙しいながらも時間のギリギリまで症状を感じ取り、次なる薬を処方してくれました。</p><p>そして、診察の最後には「いつでも来ていい。死にたくなったらタクシーを使ってでもクリニックに来てください。」と言われて、この医師を信じよう。少なくともこれ以上悪くなることはないと思い続けました。</p><p>&nbsp;</p><p>一か月ほど、様々な薬を試した結果「レキサルティ」に落ち着きました。当時、幻聴は酷かったですが、それが一番体に合っていました。今でも飲み続けています。今でも幻聴はあります。ストレスを強く感じ、疲労が重なると酷くなります。</p><p>恐らく一生続くものだろうけど、日常生活を送れるぐらいには落ち着いています。まだ、無職ですけどね。</p><p>&nbsp;</p><p>私たちは弱いです。自身で言うのもなんですが繊細で敏感です。でも、それは仕方がないのです。生まれ持った才能なのです。弱ければ、鍛えればいい。筋肉のように強くなるかもしれない。ならなければその考えと手法を捨てればいいのです。</p><p>どうせ、精神疾患の治療法はトライ＆エラーですからね。</p><p>療養中に色々なことを試しました。ほぼ無駄でしたが、今でも取り入れてるものもあります。</p><p>&nbsp;</p><p>最近知り合った人生の大先輩がおしゃっていました。「人生に無駄なことはないんだよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>では、失礼します。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12843364390.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Mar 2024 19:05:40 +0900</pubDate>
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<title>３.職場復帰なので病院を替える注意点</title>
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<![CDATA[ <p>風鯱です。暖冬と言われてましたが、南国出身の僕にはこたえる季節です。</p><p>今日は、体調が落ち着いたので新たに仕事就き、病院を替えた話をかきます。</p><p>適応障害と言われた僕は、ひたすらに休みました。パニックは落ち着きましたが、今度はボッーとする時間が多かったです。</p><p>少し元気になった僕は、学費と生活のために事務の仕事を始めました。土日が休みでしたので、市民病院に通えなくなり駅前のクリニックに通い始めました。</p><p>結論から言うと、失敗しました。症状が落ち着いていると言うと、薬を大幅に変更されました。適応障害だと思っていた僕は薬の変更や減薬になったので、よくなっているものだと喜んでいました。</p><p>しかし、徐々に精神がおかしくなります。仕事では言われたことが覚えられなくなりミスを繰り返します。脳にもやがかかったような状態で記憶力、思考力、会話力と全てが低下していきました。自信を失ったいた僕は更に自信喪失となり、仕事前になると吐き気や嘔吐を繰り返すようになりました。家庭では、仕事の疲労で何もできずに酒ばかり飲んでいました。酒を飲んでいた理由は仕事でミスをするという自分を忘れたいのと、酩酊しないと眠れなかったからです。このあたりから、幻聴が顕著になってきました。</p><p>クリニックでこのことを話しても、薬はかわりませんでした。生活を見直しなさいと言われましたが、その時の僕には無理な話でした。そもそも、薬が合っていないのでよくなるわけがありません。</p><p>&nbsp;</p><p>この話の最後になります。怖いとは思いますが、精神科に通っている方はご自身の病名をはっきりと認識しているほうがいいかもしれません。僕はこの後、急激に悪化します。何年もの時間を無駄にしてしまい、思い切って病院を替えるまで合わない薬を飲み続けていました。</p><p>薬に頼るのも良くないといいますが、僕にとっては薬は生活のベースです。薬で症状を落ち着かせることで、日々の生活が送れます。</p><p>病名の把握、医師との信頼関係（合う薬が見つかる可能性が高くなります）、日々の生活。</p><p>恐らく、統合失調症の前ほどのパフォーマンスは出せませんがなんとか生きています。大分、自信を失っていた時期でした。も一回同じことがあれば耐えられないと思います。皆さんもいい医師と薬に巡り合えることを祈っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12838477430.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 15:08:06 +0900</pubDate>
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<title>２．はじめての精神科</title>
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<![CDATA[ <p>どうも風鯱です。今回は初めて精神科を受診した話を書きます。</p><p>高齢者福祉でとことんメンタルをやられた僕は精神科を受診することにしました。</p><p>完全に頭が混乱していたので妻が探してくれました。</p><p>しかし、なかなか見つからずようやく予約が取れました。初診や紹介状がないと、ほぼ断られました。初診ならば2週間待ちと電話で言われ落胆する妻を見ながら、妻に対し申し訳ない気持ちと結構病んでいる人が多いのだとうっすら覚えています。</p><p>なんとか受診が出来たのは、地元の総合病院でした。必死だった妻は精神科と目についた病院は片端から電話をしてくれて、状態を説明し、本来は受診できないそうですが、受付から看護師、そして医師へと説明してくれて受入れをしてくれることになりました。</p><p>病院に到着して、問診表の記入は皆さん書くと思いますが自分の状況があまりわからないのです。</p><p>とにかく心が落ち着かず、頭は「なぜ、こうなってしまったのか」という問いでいっぱいです。明日から仕事が出来るのか、出来ないならば、また職を変えるのか、どうやって生活をしていこうとグルグル思考がいっぱいでした。</p><p>そして、それに苦しくなりつつあった僕はこのまま混乱が続くならば死ぬしかないとも思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>妻に問診表を書いてもらい、心理士の方から心理テストのようなものを受けました。問いかけと絵を見て、それが何に見えるかというテストでしたが、正直歪んで見えて何か虫や飛んでいる悪魔が見えていました。心理士の方は不思議そうな顔で何度も問われるので、僕は正常ではないことを確信しました。当たり前の話ですが絵を見て虫や悪魔に見えるのはどうかしていたと思います。</p><p>ようやく、問診、心理テストを経て受診です。医師は穏やかそうな白髪の医師でした。落ち着く声でゆっくりと診察をしもらいました。その後、適応障害ですと診断名がつきました。「薬を飲んで休んでください」と言われ帰宅しました。</p><p>&nbsp;</p><p>前職で精神科の処方箋は、患者と医師で作るレシピのようなものだと言われました。</p><p>しかし、僕のような診断名もままならず突然に発症した場合はどのようにすればいいのでしょう。</p><p>僕はたまたま、妻が電話をしてくれて、たまたま病院が見つかりました。僕はあの状態で複数の病院に電話をかけることなど出来ません。僕のようなケースは稀だと思いますので、そこまで気にすることもないと思いますが、受診に関わるワンストップ窓口があれば安心だと思います。すでにそれが存在しているならば、僕の無知です。</p><p>次回は3番目の項目について書きたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>余談ですが、書くのが遅くなります。元日の地震やガザ地区、ウクライナなどのニュースを見て人知れず心を痛めています。</p><p>見なければいいかもしれませんが、一応社会の一員として、そこから目を背けることもできずにいます。</p><p>雪の予報が出ていますね。皆さんも体調には気を付けて、日々をお過ごしください。</p><p>最後に見てくれている人ありがとうございます。毒にも薬にもなりませんが、暇つぶしにしてください。では、また。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12837303243.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jan 2024 12:32:00 +0900</pubDate>
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<title>１.発症したと思われる原因</title>
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<![CDATA[ <p>僕の目指した国家資格は４年生大学を卒業し実習を経て、受験資格がもらえるものでした。特定の単位取得も必要です。</p><p>他にもいくつかのルートがあるようですが大学を選びました。</p><p>通信制の大学でしたが、時折大学での直接授業もあったので夜勤で１６時間勤務後の通学はとても眠かったです。</p><p>実習の段階で夜勤の仕事を辞めましたが、実習先での就職が決まりました。当時は大変有難い話でしたが、今となっては後悔をしています。</p><p>実習後の仕事は特別養護老人ホームです。重い認知症の方が主で利用者の数も多くショートステイも受け入れていたので、結構な人数だったと思います。（高齢者福祉系はここだけなので他所のところはわかりません）</p><p>&nbsp;</p><p>では、発症したきっかけです。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、想定していたよりも介護員の仕事にスキルが要求されることです。利用者の顔と名前を憶えるのは当たり前ですが、水分補給のお茶などにとろみをどの程度つけるのかなど慣れない仕事で大変でした。他にもトイレ介助やおむつ替えにお風呂など多岐に渡り、経験のない僕は四苦八苦でした。</p><p>とどめは、食事介助のせわしさです。時間が決まっているので急いで何人もの利用者に食事介助を行います。ベテランのように短時間で効率的な介助ができず怒られていました。前職で誤嚥性肺炎をよく見ていたので恐怖感がありました。</p><p>後、シフトがバラバラで夜勤以外は全て入りましたが遅番の次が早番などで遅刻をしてしまいました。</p><p>指導員も毎回変わり、一度つくと次からはひとりの時もありフリーズしていたことを覚えています。</p><p>特養での勤務はストレス過多であり、睡眠もうまく取れませんでした。段々と出勤が辛くなりました。</p><p>出来ない自分が悪いのですが、耐えていた心が壊れてしまいある夜に一瞬の幻覚を見てパニック発作と過呼吸が出てしまい、退職となりました。</p><p>その時は家の外に飛び出していたそうです。まだ幻聴も出ていませんでしたし、休めば落ち着くだろうと思っていました。</p><p>次回は初めての精神科です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12833784403.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Dec 2023 14:48:06 +0900</pubDate>
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<title>わかりくいですね</title>
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<![CDATA[ <p>状況を書くつもりが、ただ文字の羅列でわかにくいので書き直します。</p><p>他の人のように上手く書けないので、そこはご了承ください。</p><p>&nbsp;</p><p>１.発症したと思われる原因</p><p>２.病院の受診のしにくさ（とくに初診で急を要する場合）</p><p>３.職場復帰なので病院を替える注意点</p><p>４.医師との相性。薬の処方にも差があると感じました</p><p>５.薬が安定してきた頃からの日々の生活の送り方</p><p>６.生活にリズムが出てきた段階での勉強法</p><p>&nbsp;</p><p>このような感じで書いていきます。どうしても一進一退の日々が続いたので話が前後する可能性があります。</p><p>発症から試験合格まで８年ぐらいかかっています。</p><p>僕の場合は診断名がわかってからが大変でした。診断名がわかり、仲の良かった友人や同僚も離れていき孤独感が増したり、何よりも出来てたことが出来なくなっていくのも辛かったです。</p><p>ポイントは焦らず、丁寧に日々の生活を送ることだと思います。嘔吐症、過度な飲酒、味覚障害が出て二年ほどは同じものを食べていました。現在は体調によって変わりますが、ほぼ発症前と変わらない食事内容です。</p><p>僕はフラッシュバックがとても強くて、ひとりでいる時間が長いのもあり幻聴とフラッシュバックに悩まされましたが、それの対応についても書きたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12833779933.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Dec 2023 14:05:48 +0900</pubDate>
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<item>
<title>統合失調症から国家資格を取るまでの過程</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして。風鯱です。日本の南から東京に来た田舎者です。</p><p>プロフィールにも書きましたが、統合失調症を患っており家族の力で社会復帰を目指しています。</p><p>少しながら良くなったので、どのように国家資格を受かるまでかをゆっくり書いていきます。</p><p>いちばん症状が重いときは、あまり記憶がありません。辛い作業ですが記憶の蓋を開けていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今、闘病中の方へ。大変に辛い状況だと思います。気持ちがわかるつもりです。僕もずっと孤独の気持ちでした。うまく言葉で病気が説明ができなくて歯がゆくて全く何もできない罪悪感や止まない幻聴に僕も相当苦しみました。</p><p>少しでも良くなることを祈っています。</p><p>&nbsp;</p><p>ご家族の方へ。この病気は理解が難しいと思います。僕も家族との関係にとても困りました。誰が悪いわけではなく、たまたまこの病気に家族がなってしまったのです。この病気は家族の助けがとても重要です。一番大切なのは寄り添ってくれることだと思います。少しづつ回復する病気だと思います。ただし完治はしないと言われています。</p><p>でも見捨てないでください。前よりできないことは増えると思いますが、必死に僕たちは生きようとしています。</p><p>それを見守り続けて頂ければ、何よりの幸せです。</p><p>&nbsp;</p><p>次のブログで僕の詳しい症状や発症した状況などを書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kaze-syachi/entry-12833645069.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Dec 2023 13:04:22 +0900</pubDate>
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