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<title>number apple のブログ</title>
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<description>心のブログ</description>
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<title>やる気</title>
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<![CDATA[ 今の仕事について1年が経った。<br><br>営業をしだしてからは、10か月弱。<br>毎日何となく仕事をしているが、『やる気』というものを失っている。<br><br>いいお給料をもらって、いい家に住まわせてもらえて、<br>今まで在籍していた会社の中で一番の環境である。<br><br>しかし、ここんとこ外回りをしていても、<br>寝てしまったり、ぼぉーっとしている時間が多い。<br><br>なぜなのか。<br><br>周りの環境がぬるいから？<br>それもあるだろう。<br><br>やってもやっていなくても大して変わらないから？<br>それもあるだろう。<br><br>ここ2か月くらい、自分の仕事に満足した記憶が一つもない。<br><br>お給料をもらっている以上、会社に利益をもたらさねば。<br>そう思う。<br><br>ただ、どうしても休憩ポイントを探しては、寝てしまう。<br><br>やるべきことがわかっている、やらなければならないことがわかっている。<br>にも関わらず、自分のリアルはこのような状態にある。<br><br>怠惰と言ってしまえば、それで済む話であるが。<br>なかなか、厄介な問題である。
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<link>https://ameblo.jp/kazuking3percent/entry-11338646816.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Aug 2012 21:23:36 +0900</pubDate>
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<title>あほ犬</title>
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<![CDATA[ 夜23:00くらいになると、<br>奇妙な声が聞こえる。<br><br>赤ちゃんの声？<br>女性の声？<br><br>とても不気味な雄叫びが聞こえてくる。<br><br>よく、耳を澄ませてみると。<br>人間の声でないと気付く。<br><br>そう。わんこの声だ。<br><br>かえってきたご主人さんと顔を合わした喜びで、<br>とてもわんこの声とは思えない声で。<br><br>彼は「おかえり」と言っているのだろう。<br><br>私も実家で犬を飼っていた。<br>私が家に帰ったり、かまいに行くと、<br>いつでも喜んで尻尾を振って、回転していた。<br><br>その時も彼と同じような声で吠えていたな。<br><br>その頃は、可愛くて何とも感じていなかった。<br><br><br><br>が、彼の声は違う。<br>実家で飼っていたわんこでもあそこまでの声ではなかった。<br>いや、多分似たような声だった。<br><br>でも、僕は彼の声を聞くたびに、彼だとわかっていても、<br>奇妙な声に感じてしまう。<br><br>その奇妙な気持ちをプラスに持っていく為に彼の声を聞くとこう言う。<br><br>「あほ犬がまた吠えている」と。
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<link>https://ameblo.jp/kazuking3percent/entry-11338636369.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Aug 2012 21:12:43 +0900</pubDate>
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<title>感謝すること～ヒヤリハットより</title>
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<![CDATA[ MR試験が終わって、4日が経ちました。<br><br>疾病がギリギリ去年のボーダーラインで、鬱な毎日でした。。。<br><br>最近、感謝することを忘れていました。<br><br><br>何気なく過ごしている毎日が感謝することでいっぱいなんです。<br><br>今日でいうと、外に放置してあった忘れ物がそのままの状態で見つかったり、<br>一通逆走を一歩手前で気づいたり。<br><br>仕事でいうと、上司から自分の仕事の仕方を指摘され、<br>初心に戻ることに気付かされたり。<br><br>うれしいこと、楽しいこと、幸せなことには感謝することは多いですが、<br>悲しいこと、凹んだことって、怒られたことって感謝することが少ないです。<br><br>本当は、一番大切なことなんです。<br><br>と、私は思います。<br><br><br>感謝。<br><br>毎日、ありがとうの気持ちを。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kazuking3percent/entry-11108093371.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Dec 2011 23:32:55 +0900</pubDate>
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<title>死の美学</title>
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<![CDATA[ 生きとし生けるモノに必ず訪れる「死」。<br><br><br>2011年現在、死に対してマイナスな考え方が一般的である。<br><br><br>死ということのマイナスイメージとは。<br><br>もうそのモノに会えない、話できない、酒を飲んで夜を明かせないなど、<br>それぞれの思いがあるだろう。<br><br><br>確かに「死」というモノ、辛く寂しいいたたまれない気持ちになることがナチュラルである。<br>それが、慣習化している。<br><br>誰もが当たり前だと感じている。<br><br><br>が、しかし。<br><br>「死」とは本当にマイナス的な意味を持つものなのか。<br><br><br>生きとし生けるモノに必ず訪れる「死」。<br><br><br>この「死」というものには美学があると思う。<br><br>そう、ルパンⅢ世のテーマソングの歌詞にある『男の美学』の美学である。<br><br><br>人間は生まれて、様々な喜び・悲しみ・怒り・驚き・感動…を体験して、土に還る。<br>生まれることも死ぬということも非常に尊いモノである。<br><br><br>その人間がどんな名誉を残したか、どんな失態を残したか、どんなに人を愛したか、どんなに人に憎しみを受けていたか、当人しかわからない。<br><br>だが、様々な思いを持ち生涯にピリオドを残す。<br><br>そのピリオドに対して、残されたモノはプラスなイメージを持っていいのではないか。<br><br><br>極端な言い方ではるが、死という出来事に対して、生という出来事くらい喜んだり祝福したりしてもいいのではないか。<br><br><br>生れ落ちて見事に人生を全うする『死の美学』に対して、誇りに思ったり、幸せを感じてもいいのではないか。<br><br>そんな風に私は思う。<br><br><br><br>ただ上記にある、死の出来事とは、殺人におけるそれや若くしての死は除く。
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<link>https://ameblo.jp/kazuking3percent/entry-11063450128.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Oct 2011 15:33:13 +0900</pubDate>
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<title>心の場所</title>
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<![CDATA[ 心ってどこにあるか知っている。<br><br>胸に手をあててみる。<br><br>でもそこには心は無い。<br><br>そこにあるのは心臓。<br><br><br>心は実際、頭ん中にあるんだ。<br><br><br>心の病。<br><br>それは、頭ん中の病。<br><br><br>だから、心の病は頭ん中の病を治すってこと。<br><br><br>とっても難しいようで、とっても簡単なような。<br><br><br>ちょっとずつ、考えてみる
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<link>https://ameblo.jp/kazuking3percent/entry-11060944900.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Oct 2011 22:00:52 +0900</pubDate>
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