<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>カズマックのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/kazumac0922/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/kazumac0922/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>なりたい、超えたい。</title>
<description>
<![CDATA[ 誰にしもあると思うのだが、憧れの人がいてその人のようになりたいってね。<br><br>その気持ちは悪いことではなくて良い事なんだけど、それで自分は成長できるかってとこに考えてみる。<br><br>まずはその人同じことをする、真似をするだろう。<br>最初はそれで良いんだけど、そこに自分らしさは生まれるだろうか、新しい発見はあるだろうか？<br><br>それでその人のになれるかもしれないし、一生追い付けないかもしれない。仮になれたとしてもそれはじぶんだろうか。<br><br>ここでなりたいという意欲より、超えたいという意欲に変えてみると、これはスタートは一緒なんだけどその過程で自分で工夫するようになる。そうすることで自分らしさはが出てくる。単なる真似事じゃなくなるから、考える力がつき自分の成長に繋がる。<br><br>この気持ちの違いは後の自分に大きな差を作れるんじゃないだろうか。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kazumac0922/entry-11913484412.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2014 10:44:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>見返り</title>
<description>
<![CDATA[ <br>人に何かモノを与える。<br>言葉なりゲームや部品なり様々なモノ。<br>好きな人にプレゼントする等々。<br>大抵の人はそこに見返りを求めている。<br><br>人はなぜ見返りを求めているのか？<br>それは、相手を満足させるのではなく、自分が満足したいという気持ちが見返りを求めているということではないだろうか。<br><br>そこで気持ちにすれ違いが起きるから「俺はこうしたのにお前はそうなんだ」と<br>自分の価値観で相手を見てしまい、苦しむことになる。<br><br>俺が思う見返りとはあげた側が求めるのではなく、もらった側からあげた側に感謝の気持ちとして行動で返すものだと思う。<br><br>ようはお客が「客は神様だ」と言っているのと同じ、客が言うのではなく店員が言うのが筋。<br>自分のエゴを押し付けているに過ぎない。<br><br>あげたモノをどうするかを、決めるのは相手、上げた人が決めることではない。<br>どうせ決めるなら、取引条件をつけりゃいいだけ。<br><br><br><br><br>　　　　　<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kazumac0922/entry-11891308212.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Jul 2014 10:45:19 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
