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<title>manのブログ</title>
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<description>登校渋り、不登校、受験、闘病記録です。</description>
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<title>復活に向けて</title>
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<![CDATA[ <p>3学期が始まり、少し期待はしましたが、</p><p>当然のように母子登校＆塾は自習室へ向かうものの、こちらも母子登校<img alt="悲しい" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/596.png" width="24"></p><p>それでも、学校、塾に通い続ければ、何かアクシデント的にチャンスが巡ってくる！！と</p><p>信じてやり抜くことに決めました。</p><p>&nbsp;</p><p>その間、やはり4年の男性教師との相性は相変わらず良くなかった為</p><p>「来年以降の担任には女性をお願いしたい」</p><p>「来年、近所の仲の良いお友達と同じクラスに配慮してほしい」</p><p>この2点をスクールカウンセラー経由で学校にお願いしました。</p><p>&nbsp;</p><p>塾に関しては、自習室がちょうど授業の部屋と隣り合わせであったため、</p><p>いつも、お友達が娘の様子を気にしておしゃべりしに来てくれていました。</p><p>そして、1か月程したころ、業を煮やしたお友達が</p><p>「一緒に授業受けようよー」と娘のリュックと娘をつれて教室へ連れていくという事件が<img alt="おねがい" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" width="24"></p><p>それをきっかけに、教室への道が徐々に開けていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>学校は、T先生が積極的に関わってくださり、</p><p>4年生が終わるまでにママを朝お家に帰してあげよう！！という目標を立ててくださりました。</p><p>そして、2月ごろから朝、母と登校し、朝礼中にT先生と合流出来次第、</p><p>T先生と二人で私を下駄箱まで見送ってくれるようになりました<img alt="おねがい" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" width="24"></p><p>9月から5か月もの間、一日中学校に張り付いた生活から、</p><p>ついに朝の30分程度の滞在で自宅に帰ることができる生活になりました<img alt="アップ" draggable="false" height="16" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/173.gif" width="16"></p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12824004135.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Oct 2023 21:27:20 +0900</pubDate>
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<title>年末の出来事</title>
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<![CDATA[ <p>9月からの小学校母子登校、10月からの登塾拒否。</p><p>小学校では、給食を食べることを拒否したため、</p><p>給食費は払うものの、一度も食べない状態でした。</p><p>それでも、支払い続けたのは、何かのキッカケがあるかもしれない期待感でした。</p><p>&nbsp;</p><p>朝一緒に登校し、私は、別室へ。</p><p>休み時間のたび、時には授業中にも</p><p>私の存在確認、会いたくなったからという理由で娘は別室へやってきました。</p><p>そのたび、T先生が一緒に帰ろうと連れ戻しに来てくださるの繰り返し。</p><p>&nbsp;</p><p>T先生はたびたび、</p><p>「お母さん、お家に帰らせてあげようよ。」と声掛けしてくださるも</p><p><img alt="ぶー" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/054.png" width="24">「イヤ！！」という状態。</p><p>&nbsp;</p><p>私も体はしんどかったですが、</p><p>学校に登校している方が、穏やかでいられたため、腹をくくって</p><p>ずっと小学校に滞在していました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな年末。</p><p>給食が、お雑煮の日がありました。</p><p>いつものように、給食を食べたくない娘は給食準備中に帰宅の準備<img alt="しょんぼり" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/076.png" width="24"></p><p>私も一緒に帰ろうと迎えにいったとき</p><p>T先生が</p><p>「今日の給食はお雑煮だよー。食べて帰ろうよ！」と声掛け。</p><p>すると、なんと娘が</p><p>「お餅好きだし、食べて帰ろうかな…<img alt="ポーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/040.png" width="24">」と。</p><p>こんなきっかけあるんだと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこから、年明けになり、娘の滞在時間は伸びてゆくことになります。</p><p>&nbsp;</p><p>塾に関しては、学校優先でしたので、完璧に通わせることは諦めていました。</p><p>ただ、年末最後の塾の日、</p><p>「いつも心配してくださる先生方に年末の挨拶だけでもしにいかない？」</p><p>という私の提案に、あんなに行き渋ってた娘がすんなりうなずきました。</p><p>そして2か月ぶりの塾の受付。</p><p>時間はもちろん生徒みんなが帰った後の夜遅くです。</p><p>娘はとても嬉しそうでした。</p><p>そのとき、先生から</p><p>「年明けから、授業のクラスに入る練習で、同じ時間に自習室来てみない？」</p><p>とお声をかけていただきました。</p><p>娘は「それなら行けそう」と<img alt="ニコニコ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>そして、こちらも年始から、本当に塾の授業時間に自習室へ向かうこととなります。</p><p>&nbsp;</p><p>年が明けて、いろんな停滞していたことが少しずつ動き出しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12823859605.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Oct 2023 20:26:34 +0900</pubDate>
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<title>年末までの日々</title>
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<![CDATA[ <p>当時渋る娘に</p><p>「何がしんどいの？」と何度も聞いていました。</p><p>&nbsp;</p><p>答えはいつも</p><p>「ママがいないから寂しい<img alt="ぐすん" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/061.png" width="24">」でした。</p><p>&nbsp;</p><p>10月に入ると、心配した周囲のママから</p><p>「気分転換に週末遊ぼう<img alt="！！" draggable="false" height="16" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif" width="16">」とお誘いが入りますが</p><p>遊びにいくことすら「ママついてきて<img alt="ショック" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/053.png" width="24">」</p><p>&nbsp;</p><p>不安症、母子分離不安…何か投薬がないのかな…焦りました<img alt="ガーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" width="24"></p><p>ところが、過去の記事でも書いていますが、病院では否定されました。</p><p>&nbsp;</p><p>塾に渋り出した途端、落ち着いてペースができたように見えていた学校への渋りが増しました。</p><p>朝、玄関でうずくまる。</p><p>私が手を引っ張って強引に連れ出す<img alt="えーん" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/018.png" width="24"></p><p>塾も、行く直前で部屋の隅でうずくまるのを、私が手を引っ張って強引に連れ出す<img alt="えーん" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/018.png" width="24"></p><p>朝も夜も怒号が飛び交う日々でした。</p><p>&nbsp;</p><p>塾は、当時コロナで、オンライン授業の対応があったため、</p><p>数週間でオンラインへと切り替えました。</p><p>もう朝も夜も私の気力と体力が持たなくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>「学校も塾も、行きたいけど行けない<img alt="ショック" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/053.png" width="24">」という娘に</p><p>どのように対応したらよいのか。</p><p>&nbsp;</p><p>当時、当然ながら塾は辞めさせようと夫婦でしょっちゅう話していました。</p><p>行かないなら辞めさせる！と脅したことすらありました。</p><p>結局、辞められませんでした。それは親の責任だったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>塾を辞めたら、学校へ行く？</p><p>学校へ行けないなら、塾で勉強だけでも。。。</p><p>中学受験、できたらさせたい。。。</p><p>&nbsp;</p><p>当時こんな考えがぐるぐるしていました。</p><p>もしかして、スパッと塾を辞めていたら、もっと早く普通の生活に戻れていたのかもしれません。</p><p>今も、この決断だけは、何が正しかったのかわかりません。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、当時の私達夫婦は、塾を辞めさせるという決断ができませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>学校は朝一緒に行って、下校まで私も校内に滞在、</p><p>帰宅してオンライン塾を一緒に見て、終わったら宿題を見る。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな日々を年末まで2か月程過ごしました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12823247873.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Oct 2023 09:59:52 +0900</pubDate>
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<title>登校渋りと中学受験</title>
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<![CDATA[ <p>学校への登校渋りが始まって1か月ほど経った10月。</p><p>助けてくれる先生方の存在もあり</p><p>これからどうしていくべきか？と模索する日々でした。</p><p>&nbsp;</p><p>当時娘は、中学受験に特化した進学塾へ小3の2月から通塾していました。</p><p>最初は低空飛行だった成績が、</p><p>親の介入（これがよくないのですが<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24">）により、</p><p>やればやるほど成績が上がり、小4の夏休みにはクラスアップも果たしました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、このクラスアップと同時に訪れた娘の登校渋り。</p><p>クラスアップの連絡を受けた時、</p><p>学校の登校渋りが始まった直後だったため、</p><p>とても複雑な気持ちになったことを記憶しています<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>私は、学校の渋りには、塾のしんどさが影響しているのだろうと感じていました。</p><p>なので、学校の状況が改善するまで塾を一旦お休みするという話もしていましたが、</p><p>娘が首を縦には振りませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>9月中は学校は渋りを見せるけれど、塾には行くという状況でした。</p><p>&nbsp;</p><p>それが10月入ってすぐ、娘を塾に送った直後</p><p>「しんどいといっているから迎えに来てほしい」と塾から電話が入ります。</p><p>迎えに行くと、9月に学校に行き渋り出した時と同じ表情、同じ空気の娘が座っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>「これは、やばいかな」</p><p>直感でした<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>そこから、塾も渋るようになり、</p><p>学校への母子登校に加えて、夕方塾に行き渋る娘の対応まで加わり、私自身は更に追い詰められました<img alt="えーん" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/018.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>中学受験をしようと決めたのは私達両親でした。</p><p>多感な中高時代を内申点に囚われることなくのびのびと過ごして欲しい<img alt="おねがい" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" width="24"></p><p>こんな理由でした。</p><p>学校も塾も行けないとなった時、真っ先に思ったのは</p><p>「塾はプラスアルファであり、学校優先<img alt="びっくりマーク" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/634.png" width="24">」というスタンスでした。</p><p>&nbsp;</p><p>その為、塾を一旦休会しようかと声掛けをしましたが、</p><p>小4ながら、この塾に通う意味をしっかり理解し出した娘は、</p><p>「休みたくない。辞めたくない<img alt="ショック" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/053.png" width="24">」</p><p>だけど、行き渋ってろくに授業を受けず、宿題もやる気が出ず…</p><p>こんなこと言いたくはありませんが、学校とは違って決して安くはない月謝が発生している状況<img alt="ガーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>学校、塾、そして、その不安からくる強烈な不眠状態となり</p><p>気づけば私の体重は5キロ落ちていました<img alt="悲しい" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/596.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12823244491.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Oct 2023 09:29:57 +0900</pubDate>
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<title>学校での協力の輪が広がってゆく</title>
<description>
<![CDATA[ <p>10月に入ると、</p><p>&nbsp;</p><p>朝、みんなより少し遅れて別室へ登校。</p><p>そこへ、T先生が迎えに来てくれて、教室へ移動。</p><p>私は別室待機というスタイル。</p><p>それでも、当時母子分離不安のような症状があり（病院では否定されていますが）</p><p>休み時間や、授業の合間に、私がいるか確認しにやってくることもしばしば<img alt="えー" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/011.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>自宅がそう遠くはなかったので合間で帰れたのですが、</p><p>いつ舞い戻るかわからない娘を前に、ずっと別室に張り付く日々。</p><p>&nbsp;</p><p>授業中に校内をウロウロ散歩することもありました。</p><p>すると、校内には、様々な先生がおられることに気づき、</p><p>お手すきの先生を見つけては</p><p>&nbsp;</p><p>「今、娘がとても大変な状況で。空き時間や、見かけることがあれば声をかけてやってください」</p><p>&nbsp;</p><p>と言って回っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこから、様々な先生方が娘のことを気にかけてくださるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、気にかけてもらえることがうれしかったのは親である私の方かもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>やはり、母子登校中、とても不安でしたし、とても疲れていました<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>一人で別室に待機して変わらぬ景色を眺める日々に絶望することもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなとき、様々な先生方が、話しかけてくださることになったことで、かなり自分も前向きに</p><p>この生活に向き合おうとおもえるようになりました<img alt="ニコニコ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>別室に私がずっと待機していると知った同級生のママが</p><p>栄養補助食品や張るカイロを差し入れしてくれたこともありました<img alt="えーん" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/018.png" width="24"></p><p>どうしても、しんどくて自宅の前で固まってしまった娘を</p><p>車で学校まで送ってくれたママもいました<img alt="えーん" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/018.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>母子登校は、決して母子だけでは乗り越えられないものでした。</p><p>当初、娘が生き渋っているのが知られることが恥ずかしいことだと隠していた期間がありましたが、</p><p>困っているので助けて欲しいと発信できると、支援の輪が広がることがあるを知ってほしいです<img alt="ニコニコ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12821380127.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 16:32:59 +0900</pubDate>
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<title>母子登校模索</title>
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<![CDATA[ <p>母子登校を続ける私たちに</p><p>不登校を支援する先生方との面談の設定がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>放課後、夫婦で面談に伺いました。</p><p>ちょうどこれも母子登校をして1か月程経ったころでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで年配の女性の先生から</p><p>&nbsp;</p><p>「娘を見ていて、ここから改善する兆しが見えない。</p><p>　少し休ませてはどうか？</p><p>　休ませるのが嫌ならば、毎日朝から無理やり登校するのではなく</p><p>　本人が受けたい授業だけ来てはどうか？</p><p>　そうすることで心身が元気になってくるのでは。」</p><p>&nbsp;</p><p>と提案がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>確かにそのころ、母子登校が1か月を超えてきて、出口が見えなくなっていたため</p><p>娘と相談して、明日からは好きな科目に行こうかとなったことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>すると娘が選ぶのは、図工・音楽のみ<img alt="ガーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" width="24"></p><p>5時間目だけだったり、3，4時間目だけだったり。</p><p>休ませるという意味ではよいのかもしれませんが、</p><p>娘が自宅に長くいることになり、</p><p>心の中では行ってほしい私と、行きたくない娘の衝突も激化することに<img alt="メラメラ" draggable="false" height="16" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/037.gif" width="16"></p><p>&nbsp;</p><p>少し様子を見ましたが、どんどん学校から遠ざかっているようにも感じ、</p><p>やはり、朝からいく事に我が家はこだわることにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>また、1か月の母子登校を通して、</p><p>娘の担任の配慮のなさ、クラスで頻繁に怒鳴る声を聞いたとき、</p><p>この先生の下では復帰は難しいかなと感じていましたが、</p><p>やはり、担任の先生への不満は言い出せませんでしたし、言ってはいけないと思っていました<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>1か月たったころから給食を食べることも拒否するようになり、</p><p>給食の準備中に娘を自宅へ連れ帰るようになりました。</p><p>給食費、払ってるのにな～ってずっと思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12821377918.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 16:14:43 +0900</pubDate>
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<item>
<title>新たな先生との出会い</title>
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<![CDATA[ <p>朝、二人で登校し</p><p>娘は教室、私は別室待機。</p><p>そして、私が本当に帰ってないかちょくちょく娘が確認しにくる<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>そんな生活でいつしか、私は、少しのおやつと温かいお茶、本を持って</p><p>別室に長時間待機する生活になっていました。</p><p>もちろん、午後の仕事は続けていたため、</p><p>そのままお昼無しで仕事場へ。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が学校に滞在できることには満足していましたが、</p><p>体力的には限界でした<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>9月の登校渋りから、私が極度の不安に陥り不眠となり、</p><p>睡眠薬が手放せなくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、担任は素知らぬ態度<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>そんなとき、ふらふらと授業中の校内を歩いていたとき、</p><p>一人の先生から声をかけられます。</p><p>&nbsp;</p><p>T先生、私と同年齢で、所謂加配の先生で、娘の学年付きの先生でした。</p><p>とても話しやすく、私の不安を聞いてくださり、娘の支援を引き受けてくださりました。</p><p>&nbsp;</p><p>この先生との出会いが今後の娘の復活に大きく作用することになります<img alt="おねがい" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12820314806.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Sep 2023 18:50:20 +0900</pubDate>
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<title>病院との関わり</title>
<description>
<![CDATA[ <p>母子登校を続ける中、</p><p>やはり気になるのは、娘が何か疾患があるのではないか？</p><p>カウンセリングを受けさせるべきでは？</p><p>の2点でした。</p><p>&nbsp;</p><p>母子分離不安、起立性障害、パニック障害あらゆる可能性を考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>学校から紹介された病院の小児科へ通うことになったのは10月初旬。</p><p>娘の母子登校が始まって1か月程経ったころです。</p><p>&nbsp;</p><p>まず身体検査⇒オールクリア<img alt="ニコニコ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png" width="24"></p><p>娘とドクター二人での聞き取り⇒問題見当たらず</p><p>親との面談⇒うーん。。。状況を聞いてはもらえるけれど、納得の答えはない…<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>最も懸念した母子分離不安に関しては</p><p>&nbsp;</p><p>「分離不安の子どもは、親と離れて、ドクターと二人1時間もしゃべらない。」</p><p>と否定されました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、</p><p>本人の好きなことを認めて、親が変わること。</p><p>これに尽きるというようなことを言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>病院には、安心のため1か月に一度程度ここから半年ほど通うのですが、</p><p>特に何か変わったかかというとなかったように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、当時娘は4年生。</p><p>自分のことを自分の言葉でしゃべるというには幼く、</p><p>カウンセリングというものが体をなしていなかったように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>病院にいったことで、様々な可能性を否定され、</p><p>結局親の手探りの生活は続きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12820313168.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Sep 2023 18:36:04 +0900</pubDate>
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<item>
<title>母子登校をすると決めた理由</title>
<description>
<![CDATA[ <p>娘の学校には、不登校に対応する担当になっている教員の方がおられました。</p><p>しかし、公立は常に教員不足。</p><p>その先生も、普段の業務の片手間で対応してくださる感じで、</p><p>結局当てにはできませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>当初その不登校担当の教員から</p><p>「娘を少しゆっくり休憩させてはどうか？」と説得を受けていました。</p><p>つまり、生き渋るなら、無理に親が連れてこず、家にいたらどうか？と。</p><p>&nbsp;</p><p>迷いました<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>諦めたら、楽になるだろうなと。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなとき、4年から不登校気味で6年になった女の子が母親と共に</p><p>週に一度宿題を提出しにくるという場面に遭遇します。</p><p>その子は、お母様が無理やり連れてくることをせず、自宅にいて、好きなことをさせた。</p><p>でも、この2年間一度も教室に向かうことはなかったとのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>その女の子が娘の2年後のように見えました。</p><p>&nbsp;</p><p>この出来事をきっかけに、私は、とにかく娘に付き添うんだと決めることになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>つきそい続けることはとてもしんどいことでしたが、</p><p>今、復活した娘を見ているとあの時の決断は間違っていなかったんだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その後娘が私無しで登校するのは</p><p>5年の最後の修了式の日です。</p><p>実に1年半母子登校をし続けました。</p><p>&nbsp;</p><p>ここから、まだまだドラマは続きます。</p><p>でも、このドラマの結論は明るいです<img alt="おねがい" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12820039452.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Sep 2023 18:11:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>どんどん状況が悪化していく</title>
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<![CDATA[ <p>夏休み明けに行き渋りが始まった娘。</p><p>なんとか説得し、毎朝私の自転車の後ろに乗せ、</p><p>一緒に登校する生活がいつしか始まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>娘の友人関係は壊れておらず、教室では楽しそうに過ごせました。</p><p>ただ、娘の目の隅から私の姿が見えなくなると、</p><p>「どこかに行かないで。帰らないで。」と懇願するように。</p><p>つまり、娘を学校に滞在させるためには、</p><p>私も学校にとどまらなければならない母子登校が始まります。</p><p>&nbsp;</p><p>今では、「行かない子どもを認める」という考えが浸透してきているようですが、</p><p>それが我が子になると将来が怖くて認めることができませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>当時私は週3でお昼からのパートをしており、</p><p>滞在できる時間まで滞在して、給食を食べる娘を見届けて、</p><p>（母親の給食はもちろんありません）午後から食べずに仕事に向かう日々。</p><p>ただ、私が仕事で離れると娘が「置いていかないで」としがみつくようになったため</p><p>娘を一旦自宅に連れ帰り</p><p>当時、コロナで在宅勤務だった夫に娘をお願いしてそのまま出勤するという日々を</p><p>9月から年末までの4か月送りました。</p><p>&nbsp;</p><p>年末私の体重は5キロ減っていました。</p><p>行けない不安から、不眠も続き、睡眠薬に頼る日々。</p><p>どん底だと思いました<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>娘のことに寄り添いたいけれど、</p><p>「なんでいけないの？」と娘を責める自分もいて、</p><p>家の中は毎日戦争状態でした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ke7878/entry-12820036874.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Sep 2023 17:49:43 +0900</pubDate>
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