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<title>ミどリコの星空</title>
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<description>科学 地球の環境問題 燦爛たる遺産</description>
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<title>銀河の観測史</title>
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<![CDATA[ <p>  夜空に見える天体には恒星や惑星などの点光源の天体と、それらとは異なって雲のように面積を持って広がった天体とがあることが古くから知られていた。後者には現在で言うところの散開星団・球状星団・散光星雲・銀河など様々な天体が含まれているがその正体は長く明らかになっておらず、星雲 (nebula) と総称されていた。</p><p>  1600年代初めに望遠鏡が発明されるとイタリアのガリレオ・ガリレイは自作の望遠鏡で様々な天体を観察し、それまでの宇宙観を覆す多くの発見をした。その一つに天の川が恒星の集団であることを発見したことが挙げられる。この数年後の1612年にはドイツのシモン・マリウスが我々の銀河系の隣の銀河であるアンドロメダ銀河 (M31) を初めて望遠鏡で観測しているが、当時の望遠鏡ではこの銀河の個々の星を分解することはできなかった。</p><p>  <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100313/00/keaidela/37/9a/j/o0260026010448764725.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" height="220" alt="ミどリコの星空" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100313/00/keaidela/37/9a/j/t02200220_0260026010448764725.jpg" width="220" border="0"></a><br>1755年にはドイツのイマヌエル・カントが太陽系からの類推を元に、天の川はたくさんの恒星が重力で回転している天体で、これを内側から見ているために天球上で帯状に見えているとする説を提案した。さらにカントは、星雲のうちのいくつかは我々の天の川と同様の天体が遠方にあるものではないかと指摘し、それを指して島宇宙と称した。</p><p>  1764年から1784年にかけてフランスの彗星捜索家シャルル・メシエは、星雲と呼ばれていた雲状の天体を彗星と区別するためにメシエ・カタログと呼ばれる星雲のカタログを発表した。この時代でも星雲はもっぱらその形態で分類されるにとどまり、その性質の違いや距離などについてはまだ分かっていなかった。</p><p>  1788年にイギリスのウィリアム・ハーシェルは夜空の星々の数をあらゆる方向について数え、暗い星ほど距離が遠いという仮定を用いて恒星の空間分布を求めようと試みた。その結果、恒星は天の川に近い領域ほど数が多いことを発見した。これによって、カントが唱えていた通り天の川は我々の太陽系を含む円盤状の恒星集団（銀河系）であるらしいことが明らかになった</p><p>  1840年代にはイギリスのロス卿が口径72インチの大望遠鏡を建設し、これを用いて様々な天体のスケッチを残した。彼はりょうけん座の M51 が渦巻状の姿をしていることを発見した。彼は星雲の中に同様の渦巻状の天体が数多く存在すること、一方でそのような特徴を持たない楕円形のものもあることを発見した。</p><p>  20世紀に入ると、ハーシェルの研究を引き継いで我々の天の川の形とその中での太陽系の位置とを正確に決めようとする試みが行われた。1920年にはオランダのカプタインがハーシェルの手法をより洗練させた観測を行い、銀河系は直径約15kpcの楕円体で太陽はそのほぼ中心にあるとする説を唱えた。一方、アメリカのシャプレーは、球状星団の空間分布がいて座の方向に集中していることから、銀河系は直径約70kpcの平らな円盤で太陽はそのはずれに位置すると主張した。実際には星間塵による光の吸収の効果を考慮していなかったため銀河系の大きさについての推定はどちらも正しい値ではなかったが、太陽系が円盤状の銀河系のはずれにあるというシャプレーの描像は今日でも正しいとされている。</p><p> <br>  紫外線で見たアンドロメダ銀河 (M31, NGC224)また20世紀には、ロス卿が見出した渦巻星雲や楕円型の星雲の正体も明らかにされた。1912年にはケフェイドと呼ばれる変光星の絶対的な明るさと変光周期の間に一定の関係があることが発見されていた。この周期-光度関係を用いると星団に含まれるケフェイドを観測すれば星団までの距離が測定できることとなる。当時、いわゆる渦巻星雲が銀河系内の天体か銀河系外の天体かについては依然として明らかになっておらずこれをめぐって1920年にシャプレーとカーティスの間で公開論争が行われたほどであったが、1924年にハッブルがアンドロメダ銀河 (M31) の中にケフェイドを発見し、それによってM31までの距離が約90万光年であると計算された（その後、ケフェイドに2つの種族があることが判明したためこの距離は現在では約230万光年に修正されている）。この値は当時知られていた銀河系の大きさに比べて十分大きな値であったため、M31が銀河系外にある天体であることが確定した。これによって、M31と同様の渦巻銀河は全て銀河系外の天体であるという描像が定着した。</p><p>  このような歴史的事情を反映して、かつては銀河も星間ガスからなる星雲(nebula) も共に「星雲」と呼ばれ、両者を区別するために銀河系外星雲/銀河系内星雲などと呼ばれていた時期があったが、現在では両者は 銀河(galaxy) /星雲(nebula) として呼称の上からも明確に区別されるのが普通である。</p><p>  1944年には、オランダのファン・デ・フルストによって中性水素原子が波長21cmの電波（21cm線）を放射することが明らかにされた。この電波は星間吸収の影響を受けないため、これを用いて銀河系全体の水素ガスの分布と運動が調べられるようになった。その結果、我々の銀河系にも渦巻構造があることが明らかになった。現在では電波望遠鏡の発達により、銀河系外の銀河の水素ガスの分布も調べられている。</p><p>  1970年代になると、水素の21cm電波観測から得られた銀河の回転速度が銀河の外縁部近くでも遅くなっていないことが分かり、電磁波で観測される銀河の質量をはるかにしのぐ質量が銀河全体に分布していることが明らかにされた。この「見えない質量」をダークマターと呼ぶ。ダークマターの正体については様々な説が出されているが現在も明らかになっていない。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/keaidela/entry-10480369917.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:19:51 +0900</pubDate>
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<title>近代自然科学成立の歴史と方法論</title>
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<![CDATA[ <p>     自然を対象とした学問としては、確かに古代ギリシャ時代以来「自然学」があった[2]。またヨーロッパ中世にはスコラ学があり、「自由七科」という学問分類の内の「クアドリウム（四科）」には、天文学も含まれていた。だがそれらの方法論は基本的に近代自然科学のそれとは異なっていたと言えよう。</p><p>近代自然科学の方法論は、仮説と実証である。</p><p>     今では近代科学のものとして広く認知されているこの方法論の萌芽は、ヨーロッパで近代西洋科学が成立する以前から、各国の伝統的科学・技術の中に、分散的にではあっても、すでに存在していた。たとえば、実際の有用性・有効性を経験的に確認して、それを合理的に改善していくことをしなければ、火薬や羅針盤の発明・発達は不可能だっただろう（中国の科学）。</p><p>     現在考えられているような自然科学（近代自然科学）は、17世紀のヨーロッパの自然哲学者（ケプラー、ガリレイ、ニュートン等）の天文現象との格闘により確立した[3]。</p><p>     実証を支える精密な実験、実験解析方法の進展。理論を展開する土台となる数学手法の構築。オープンに科学の成果を交換しえる場の登場（ロンドン王立協会、フランス科学アカデミー等）。また同時期に学術雑誌が登場し、ジャーナル・アカデミズムが確立した。新たな知識は、公開の場で討論され鍛え上げられていくようになり、科学成果は、発見者の占有物ではなく万人の知的共有財産となることになった[4]。このように知識が効率的に共有されるシステムが築かれたことが、その後、科学知識が膨大に蓄積されていく原動力となった。これらすべてを可能たらしめるシステム全体が近代自然科学の営為である。</p><p>     このように近代自然科学は、すでに築き上げられた知識の体系を指すのと同時に、方法論、システム全体も指す。 すなわち、近代自然科学とは、ギリシャの自然哲学のように、ある天才哲学者の頭脳が紡ぎだしたもの、ではない。あるいは中世のスコラ学のように、精緻な理論構築物ではあるが実証精神（実証主義）を欠きがちなもの、でもない。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/keaidela/entry-10427691734.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Jan 2010 23:57:26 +0900</pubDate>
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<title>神話と信仰</title>
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<![CDATA[ <p class="text" jquery1262190253203="136"><span class="inner-text" property="encyclopedia:summary" jquery1262190253203="137"><font size="2">  太陽と月以外の天体である星の信仰は、古代世界ではとくにギリシア、ローマやバビロニア、インド、中国、メキシコのマヤなどがよく知られているが、各地の先住民族でも多少は行われており、サン人（かつての俗称「ブッシュマン」）やエスキモーおよびイヌイットなどでは、星は死んだ人間の霊がなったものと信じられている。またアメリカ先住民やポリネシア人などでは、天の川、北斗七星、宵（よい）の明星、明（あけ）の明星など、目だつ星だけが神話や俗信の対象となった。</font></span></p><p class="text" jquery1262190253203="136"><span class="inner-text" property="encyclopedia:summary" jquery1262190253203="137"><font size="2"><br></font></span></p><p class="text" jquery1262190253203="136"><span class="inner-text" property="encyclopedia:summary" jquery1262190253203="137"><font size="2">  太陽の通路としての黄道（こうどう）を中心にいくつかの束をなしている恒星の群を星座といい、中国では宿（しゅく）とよぶが、ギリシア神話のおおぐま座・こぐま座などの話で知られるように、これをいろいろな神や英雄、動物などの姿に結び付けて神話や俗信を語ったりする風習は、もともとはバビロニアの占星術が源泉となっている。占星術は、恒星とは動き方の違う5惑星（火、水、木、金、土星）や彗星（すいせい）、日月などの色や動き、またそれらと恒星の座との関係が帝王や個人の運命、さらには国家や社会の運勢にまで影響するという観想から生まれた卜占（ぼくせん）法であり、この発達とともに天文観測の技術や天文台、そして後の天文学が生まれた。バビロニア、中国、朝鮮の新羅（しらぎ）、マヤなどでは、天文台とともに占星台も設けられていた。バビロニアの12の星座（十二宮）や中国の二十八宿の星は、占星術と結び付いて尊崇されていた。日本では、星辰信仰は奈良時代以前から陰陽道、宿曜道（すくようどう）などを通じて盛んとなり、とくに北斗七星は寿命をつかさどる神として、北辰とか妙見とかよばれて尊崇されている。朝鮮でも北斗は古くから寿命の神とされ、七星堂、七星岩などの聖壇で安産祈願などに信仰されている。 <br></font></span></p><p class="text" jquery1262190253203="150"><span class="inner-text" jquery1262190253203="151"><br><font size="2"><br></font></span></p>
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<pubDate>Thu, 31 Dec 2009 01:04:25 +0900</pubDate>
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<title>環境</title>
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<![CDATA[ <p>地球の環境問題が深刻化して、どうやらCO2が増えてるのがいけないらしい。</p><p>って誰かは知らないけどつきとめて、どうやらその可能性がたかいらしい。</p><p>だけどCO2なんか問題じゃねぇ！と言い出す人もいて真実は見えず振り回されるばかりです。</p><p>終わって見なきゃわからないのかな。</p><p>そりゃおかしいでしょ。</p><br><p> 環境っていろんな意味があってオレの大学時代の先生は園芸出身ってだけで建築環境工学っていう授業をやらされてるのです。</p><p>建築環境工学ってのは照明とか音響とかね。 </p><br><p>オレが変わったのかは正直わからないけど変わったのだとしたらそれは環境の仕業でしょう。 </p><br><p>千葉に来たこと</p><p>メールやめてたこと</p><p>プロジェクト等が忙しいこと</p><p>留学生が多いこと</p><p>女の子と過ごす時間が増えたこと</p><p>電車でどこまでもいけること</p><p>知らない人とすれ違う回数が爆発的に増えたこと</p><p>授業料の支払いがきついこと</p><p>ロフト付きの家に住んでること</p><p>チャリに乗ってること </p><p>全部環境の変化。</p><br><p>コレだけじゃないけど日々過ごす場所が変わるだけでこんなにある。</p><p>この中のどれがいけなかったのかがわからないし、自分がどんな風に変わったのかもわからない。</p><p>じゃああそこに帰れば元に戻るのかな？</p><br><p> オレだけじゃなくてあなたの環境も日々変化してるはず。</p><p>そしてあなたも変わってるはず。 </p><br><p>ここ最近じゃ変わらないことに精一杯ですよ。</p><p>変わらないというか戻るというか。</p><p>あのころの自分はあなたを笑わすことができたのに今はどうにもできてない。</p><p>いつも通りを心がけて、直すとこは直してってやってけば笑ってくれると思ったんだけどどうなんでしょう？</p><p>ゴールまで行ってみないとわかんないもんなのかね？</p><br><p> 義務ではないのです。</p><p>責任なんかもないんです。</p><p>楽しくないと意味がないと思うんです。</p><p>おれは頑張ってるつもりでも届かないこともあるみたい。 </p><br><p>だから無理しないで。</p><br><p> もっと気持ちい人になりたいや。 </p>
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<pubDate>Sun, 20 Dec 2009 22:46:20 +0900</pubDate>
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<title>色彩環境学</title>
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<![CDATA[ <font size="2">街の中にある色を意識して見てみよう。<br>そんな企てがあって、参加した。<br><br>コンパクトカメラを持って、気になる色合いを探してみる。<br><br>私はどうもくすんだディープトーンや伝統色が好みのようだ。<br>ふっふふ。<br>色彩で心象を分析する色彩心理学もあるけどあまり突っ込んでこないでね。<br><br>パステルカラーや蛍光色というような鮮やかなのもいいけれど、しみじみ眺めて気持ちいい色合いが好きだ。そうでなければ極端に彩度を落として微細に感じる色調の方が落ち着く気がする。どちらかというと、リズムのあるモノトーンの方が強烈過ぎる多色彩より楽しい、と感じているのかもしれない。<br><br>季節は冬で、イルミネーションやクリスマスムードたっぷりな街。暖かな色合いが多い中、環境視点で眺めると、季節を問わず配色された、色によるメッセージをなんとか読み取れる。<br><br>危険色、喚起色、そんな色合い、そんな意味で、フーンフーン。<br>色に意味があるんだね。<br><br>食は赤、美容はボルドー、青は誠実・信頼、エキスパートは看板に書かれた文字とその色合いで、どんな企業なのかなんとなくわかるそうだ。その日は日曜日で、歩行者天国になっていた銀座で、色の灯らない信号機をしみじみ眺めた。<br>赤も青も黄色もない、それでいてどの色が灯っても違和感のない、あるいは目立つ色合いとは、このような色なのか。環境にとけこませるかそこから浮き立たせるか、その中間で調和させるか。不思議なものだ。意識してみるとその意図や目的がずいぶんあって、なるほどな、と唸る。<br><br>我々は緑色を言葉で表す時、「あお」というふうにすることがある。私の甥は青信号をグリンと呼ぶ。「青だ」という事はわかっているのだが、あの色は彼には緑にしか見えず、だからといってそのたび「緑」と言うとなんだかまわりに違和感を憶える。それにまた、「みろり」って間違えて言っちゃって笑われるかもしれない。だからグリンにしたようだ。私もグリンに賛成だが、もう少し小さい声で言ってくれると嬉しいな。グリングリン連発するのも控えてほしい。<br><br>さてそのグリンだかみろりだかが、なぜ「青」と称されるのか。理由は様々くっつけられるだろうけど、色彩環境学のエキスパートの説では中国からの影響を受けた時代の名残で、緑は卑しい色だったそうだ。だから、信号機の青緑色は緑に属するのに語感と意味を兼ねる「青」と言うようになったのだとか。古い文語体を現代語に訳する時に正しい意味合いと色に対する理解があれば青緑色と訳されていたかもしれないな。省略大好き日本人は別の名前の色を作り出していたのかもしれない。結局「あお」になってたりしてさ。<br><br>色の不思議はなんとなく感じてはいるが、身近に引き寄せたくない気もしていた。何故だろう。色とはモノのカタチを困惑させるものであるからだと思う。色づくと、その本質が見えなくなってしまう気がしていた。<br><br>でもそんなことはない。そこから色彩を抜き取って強引なモノトーンにしたがるのは自由だが、色を見落としてはいけない。あれも強烈な言語なのだ。<br><br>似合う色と好きな色。<br>それが違うのは、それに対する向き合い方と理解が不十分だからなのだ。<br><br>色について、もう少し詳しく知りたくなってきたので、少し情報を集めてまた考えてみたい。色を感じる視覚、そのエキスパートはばっさりこう言った。<br><br>「目は、外に飛び出た脳の一部です。」<br><br>見る事と考えること学ぶ事、憶える事がかなり密接なのはだからなのかも知れない。そうかもしれない、と感じていたにも関わらず、言葉ではっきりそれを言われてハッとしたし、同時にとてもスッキリしたように思う。<br><br>同時に何か大事な事を忘れているような気がしてドキドキした。<br><br>色の暗示、色の表現、五感も意味も含めて、私はたいへん不成熟である。<br>まだ、身につけていない習慣や常識が多くて落ち込みそうになる。<br>気持ち良く、気分よく、というのには理由がある。<br><br>その、大きな理由に私はまだ気付いていないかもしれない。それが、怖いのだ。<br>知ったら、何の事はない杞憂なのかもしれないけれど、気付かずにいる事が怖いのだ。<br><br>読み取れない言語で、私をまちがって翻訳しないで。<br>そんな気分なのだ。<br><br>うーん、書ききれないな。<br>もう少し寝かしてから、手をつける事にしよう。うふふ。</font>
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<link>https://ameblo.jp/keaidela/entry-10414829297.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Dec 2009 18:13:53 +0900</pubDate>
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<title>宇宙</title>
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<![CDATA[ 自分を含め、「対象」は、どの時空にも現れる異物である。「対象」自体はその効力が発現しなければ、まったく害をなさないが、一度、その特殊な能力を発動させてしまえば、ブラックホールのように全ての時空間を飲み込んでしまうようだ。実際、いくつもの時空が消滅し、その痕跡は泡のように弾けていた。<br>　さまざまな時空間を含めたものを超宇宙というならば、時空の消滅自体おかしいものではないらしい。しかし、それを阻止しようとするアシュラナと、自然であるがままにさせようとするサクローナたちは管理か、自然体という思想の違いで、抗争を続けている。つまり、サクローナはアシュラナたちから自然志向として寝返った者であり、「対象」の抹殺を阻止するか、もしくは、「対象」を殺しても本来あるべき姿にしようと目論んでいる。<br>　この世界では自分は時空の安定を求めるアシュラナに抹殺されかけた。だが、自分の能力をある程度安定化できるようになり、その皺寄せが別の「対象」を活性化させた。サクローナが介入する以前であったので、事なきを得たが、それ以降はサクローナが見せざる神の代わりに自分の力を解放させようと攻撃を仕掛けていた。<br><br><div class="wiki">　目の前に現れた中心の男性は、鈴音のささやきから「対象」であると分かる。もっとも、自分の体が反応しているので、感覚からは理解していた。<br>　ほぼ三〇メートル離れ、二つの集団は闇夜に降り注ぐ町の光に浮き上がっていた。互いの顔を見分けることができないが、ただ、その雰囲気はしっかりと把握できた。<br>　背後からは優子が近づき、自分と背中合わせになる。これ以上、サクローナの出現はないと踏んだため、四人のうち二人は鈴音とミセリが受け持ち、後部を含め、流れ弾をよける役割を優子に与えていた。<br>　鈴音とミセリは出現してからは短い言葉だけを吐き、自分に対しての気遣いもできないほど張り詰めていた。<br>「優子さん。これから、どうなるの？」<br>「分かりません。しかし、動かないでください。守備ができなくなります」<br>「そうね。でも、この状態はいつまで続くの？」<br>　こんなときでも優子はまじめに考えて、一ヶ月という時間をはじき出していた。<br>「それは勘弁して欲しいわね。それより、胸が苦しいけど、どうしようか……」<br>「遠山さんは『対象』ですから、別の感覚があるのでしょう。でも、私たちには、どうすることはできません」<br>　彼女は最悪の事態が起これば、自分を含めて抹殺しなければならないと言い、そうならないことを祈った。<br></div><br><div class="wiki">　夏の終わりが徐々に近づき、野原に生えた草からも、自分たちをからかおうとする虫たちが頬や足元を掠めていく。一匹の蚊が腕に止まったが、優子に押し留められて、血を吸わせた。<br>「いつまで続くの。いい加減に終わって欲しい」<br>　苛立ちが重なるに連れて、自分の中で憎しみが起きる。<br>「遠山さん。蚊に刺されているのは皆同じです。それ以上に重要なことがおきているんです。蚊に刺されるよりも、この世界が終わるかもしれない、そんな状況です」<br>「よく、そんな平然と話せるわね。信じられない」<br>　目を凝らせば、確かに、蚊や虫たちが自分たちやミセリ、それにサクローナたちにもたかっているようだ。物音は自分たちの会話以外聞こえず、飄々たる風が舞っている。<br>　自分の前にいる「対象」はそのエネルギーを制御できるのか、徐々にボルテージを上げて、自分たちにその影響を及ぼそうとしていた。<br>　間合い――その言葉が適切か分からないが、徐々に鈴音たちと敵との間隔が詰められてくる。それは、自分の心のエネルギーも含めて、前方とぶつかり合い、徐々に体から静電気のようなふわりとしたものが出て、周囲の物体を固まらせていく。<br>　今まで蚊に吸われていたが、そのような感覚もなくなった。<br>「優子さん。ちょっと苦しくなってきた」<br>「そうですね。私もこの感覚はつらいです」<br>　二つの「対象」が醸成する磁場・電場などを含めたエネルギー場には障害が起き、近くの電気がそれに反応して消灯する。ブレーカーがひとつひとつ飛んでいくような感じで、周囲には暗がりが広がり、徐々に暗闇に空か星が降り注ぎだした。<br>　もし、都会で星がきれいに見られるなら、このような日であろう。エジソンの死を悼んで消灯したアメリカのように、この日本でも暗がりが広がりつつあった。<br>　上を向いて星座をめでることが許されるなら、上を向いていたいが、現状では戦いの真っ最中であり、少し目を動かしただけで、不安を胸に抱いていた。<br></div><br><div class="wiki">　どれくらい経ったのか、星の光と車のライトが交差する。いまだに戦いの前哨戦が行われるだけで、実際の物理的な戦闘は行っていない。どちらかが仕掛けようとするが、アシュラナ、サクローナ共に実力が逼迫していると思っているようだ。<br>　唯一、自分の感情を吐露できる優子に尋ねても、汗がにじみ出たことだけで、前方のサクローナに対する感想は聞けなかった。<br>　時間は容赦なく過ぎていき、また、停電の影響で生じた町の混乱が救急車やパトカーのサイレンを通じて伝わってくる。復旧作業が行われているようであるが、流れ出るエネルギーによって通信や電気の供給が妨害されていた。<br>　張り付いた足元を少しだけ動かし、背後にいる優子へこの対峙がいつまで続くのか、再び尋ね、他のアシュラナが救援に来るのかと小さな声で問いかける。<br>「分かりません。ただ、この状況を流したとしても、数時間では来ないと思います。それはサクローナたちにとっても同じだと思います」<br>　彼女の意見を聞くが、既に飽きが出てきていた。戦闘中ということが分かるが、強圧的な雰囲気にも慣れてしまい、別の行動を起こしたくなっていた。優子は自分を押し留めようとするが、その危険を顧みず、前へ出て行きたい気分になる。<br>「遠山さん。多分、幻影だと思います。人を含め、不自然な電波があれば、気分がおかしくなってきます」<br>「そういう、優子さんはどうなの？」<br>「これと同じ事を経験しています。だから、動かないでください」<br>　自分は優子を信じ、土をえぐるようにして足場を固めて、時間が過ぎるのを待った。<br></div><br><div class="wiki">「以上<a href="http://ameblo.jp/promontory23/entry-10408340608.html" target="_blank">「アシンメトリー・スピリット　＃３５」</a>より<br></div>
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<pubDate>Sat, 19 Dec 2009 18:01:23 +0900</pubDate>
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<title>Cynical Re:actor　英語翻訳</title>
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<![CDATA[ <p>Cynical Re:actor<br>→冷笑的な俳優<br><br><br><br>I'm sick and tired of you.<br>I'm tired of your indecisive ways.<br>You're a waste of time for me<br>…Can't you see that?<br>→私は、あなたにうんざりしています。<br>私は、あなたの決心のつかないやり方にあきています。<br>あなたは、私のための時間の浪費です…あなたは、それを見ることができませんか？<br><br><br><br><br>I know I said things that<br>I didn't mean to say…,<br>but I truly love you.<br>→私が言ったことは、言うつもりはありませんでした・・・<br>しかし、私は本当にあなたを愛しています。<br><br><br>Love is everythings,you know.<br>But,it's all over now…<br>You understand,don't you?<br>→愛はすべてのものなんでしょう?<br>しかし、それは現在、終わっています…<br>あなたはわかるんでしょう?<br><br><br><br><br><br>――――――――<br><br><br><br><br><br>You know,honey? He does many<br>things for me…<br>more than you'll ever.<br>→ダーリン、あなたは知っていますか? <br>… 彼は私のためにあなたがかつてするより多くのことをします。<br><br><br><br><br>I know you gave me lots of<br>precious memories…but<br>I know he is the one.<br>→多くの大事な思い出を私にくださったのを知っていますが、<br>私は、彼がものであることを知っています。<br><br><br><br><br><br>You still see me sometimes,<br>you know?<br>→あなたはまだ私を時々見ているんでしょう?<br><br><br><br><br>I don't think I get over you,<br>aed I might not get along<br>with him in the future…<br>you never know.<br>→私は、私があなたの上で得て、<br>あなたが決して知らない未来に…<br>彼と共に得ないかもしれないと思いません。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>ナイトメアのCynical Re:actorで外国人の女性？が言ってる歌詞、<br><br>というかセリフを翻訳してみた。<br><br>言葉になってないのもある笑<br><br><br>いやー、かっこいいね。</p>
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<pubDate>Sat, 19 Dec 2009 17:54:03 +0900</pubDate>
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<title>科学世紀１</title>
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<![CDATA[ <p>暖かい春の日差しに包まれるなか、大学構内のカフェテラスはたくさんの人でごった返していた。<br>おしゃべりを楽しむ人、勉強を教えあう人、国際問題を論じる人。<br>そういった人々を少女は窓越しに眺めていた。<br>そこにはいつもの日常があった。<br>場所の風景というものはそう簡単には変わらない。<br>何年経とうともその土地の面影がどこからか感じられるものなのだ。<br><br>科学世紀と呼ばれる現代においても大学の様子は昔と変わらない。<br><br><br>「おくれてごめん！」<br>泉里(みさと)が喫茶店に入って来たとき、和(のどか)はすでに席に座っていた。<br>注文をとりに来たウェイトレスにアイスティーを注文すると、向かいに腰を下ろした。<br>「いえ、お構いなく。私も今来たところです」<br>笑いかける和の前には暖かな湯気を立てる珈琲が置かれている。そのカップの隣に三日月形に水滴がついていることに気がついた。<br>ずいぶん待たせてしまったようね。<br>その水滴は先ほどまで熱いカップが置かれていたこと示していた。きっと待っている間に一杯目は飲み干し、私が来たことに気がついてもう一杯頼んだのだろう。<br>和は水滴に気がつくと恥ずかしそうに笑ってナプキンでぬぐった。<br>和の礼儀正しく、相手の気を遣ってくれる態度が泉里は好きだった。最近こういうちょっとした気遣いをしてくれる人が減った気がする。<br>私はどうだろうか。<br>自問自答してみる。<br>人にいつも礼儀正しく接しているかと言えば、そうしていないときのほうが多いだろう。<br>最近は年齢の差を飛び越えて砕けた言葉で話すことが多い。<br>もちろん、親しみだ。と、言えばそれまでだけど、本当にそれだけだろうか。<br>どこか、相手を見下すために使っていないだろうか。<br>もしかしたら、敬語をあまり使わなくなったのは相手が上、自分が下という構図に嫌気がさしたのかもしれない。相手が自分よりも上であることを意識したくなくて、その緊張を和らげるために砕けた言葉で話していたのかもしれない。<br>特にこんな能力主義の世界では。今の社会は年齢もキャリアも関係ない。ただ重視されるのは個人の能力のみだ。そんな社会で生きていくには人に弱みを見せてはいけない。そんな恐れもあるのかもしれない。<br>しれないばっかりだな。<br>私は運ばれてきたアイスティーを一口飲んだ。<br>和も私に合わせてコーヒーを一口すする。<br>今の世の中は難しい。どんなに技術が発達しても人が根本的に持つ競争というのは決してなくならないのだろう。だからその競争を生き抜くには、人に頼ったり、人に弱みを見せてはいけない。<br>でも、私は和の何も考えていない、温かな微笑みが好きだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/keaidela/entry-10414813364.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Dec 2009 17:48:45 +0900</pubDate>
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<title>雪の風車</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/c8/ec/j/o0800053310346090127.jpg"><img height="147" alt="keaidelaのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/c8/ec/j/t02200147_0800053310346090127.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/31/1b/j/o0800053310346089823.jpg"><img height="147" alt="keaidelaのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/31/1b/j/t02200147_0800053310346089823.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/4b/15/j/o0800053310346088626.jpg"><img style="WIDTH: 219px; HEIGHT: 147px" height="147" alt="keaidelaのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/4b/15/j/t02200147_0800053310346088626.jpg" width="219" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/97/b7/j/o0570085510346088116.jpg"><img style="WIDTH: 220px; HEIGHT: 330px" height="330" alt="keaidelaのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/97/b7/j/t02200330_0570085510346088116.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/36/3e/j/o0800053310346087864.jpg"><img height="147" alt="keaidelaのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/36/3e/j/t02200147_0800053310346087864.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/ec/32/j/o0800053310346086999.jpg"><img height="147" alt="keaidelaのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091219/17/keaidela/ec/32/j/t02200147_0800053310346086999.jpg" width="220" border="0"></a></p><div class="wiki">ただいまぁ<br></div><p><br></p><div class="wiki">むっちゃんこさむかったですよ。<br></div><p><br></p><div class="wiki">平日の昼間ということで、この雪の日にこんな所へやってきている人はあまりいなくて<br></div><p><br></p><div class="wiki">独り占め～♪<br></div><p><br></p><div class="wiki">幸せでした。<br></div><p><br></p><div class="wiki">子供みたいにはしゃいで、誰もいない雪原を走ってみました。<br></div><p><br></p><div class="wiki">15cmはあったかな。<br></div><p><br></p><div class="wiki">ランチの約束がなければもう少し長居をするんだけど・・・。<br></div><p><br></p><div class="wiki">まったく・・・・行き当たりばったりなので、よく友人に呆れられます。<br></div><p><br></p><div class="wiki">行動力だけはあるんです♪<br></div><p><br></p><div class="wiki">もう少し楽しみたかったな。<br></div><p><br></p>
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<pubDate>Sat, 19 Dec 2009 16:59:08 +0900</pubDate>
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