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<title>シコウ実験</title>
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<description>人間考えなきゃ始まらない。だが時に人間は自らの思考に没頭し、自ら動き、試行することを忘れる。変化とは、思考と行動の結果。故に二つの「シコウ」が、車の両輪のように必要なのだ。…というのはさておき笑日々の思考雑感を適当に描く自己満足blog。</description>
<language>ja</language>
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<title>降り注ぐ雨に、靴は濡れて</title>
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<![CDATA[ 家路に向かう足は、ただただ凍える。<br>私は、自分の無力を不運を、悔いるしかなかった。<br><br><br>条件が悪かったと言えばそうなのかもしれない。<br><br>ただ、<br>私の無計画性、いやむしろ配慮の不足と<br>彼女たちの感じているけだるさが共鳴して<br>久しぶりに残念な一日になってしまった。<br><br>昨日のうちに、思いつくだけの配慮をし<br>今日もしっかりと気を配っていれば<br>お互いにとってもっとマシな一日になっていたろうに。<br><br>しかし今日の私は<br>体調と天候の不良に気を落とし、<br>それでもがんばろうと心掛けたが。<br><br>そこへ向かうことが間違いであるかのような雰囲気を、彼女たちから感じ、<br>自分の存在が気にかけられていないのではと考え、<br>徐々に気力を失っていった。<br><br><br>「楽しかった」とは言ってくれた。<br>信じたいとは思う。<br>ただ私は、その言葉に疑問を抱かざるをえない。<br><br><br>これほど”落ちる”のは、本当に久しぶりだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/keeponthinking/entry-10394460702.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Nov 2009 22:10:45 +0900</pubDate>
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<title>運命ですか</title>
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<![CDATA[ ついに「スラムドッグ＄ミリオネア」を借りることに成功した。<br><br>レンタルビデオ屋に10回程度見に行っても全て貸し出し中だった、この作品。<br>もはやビデオ屋での確認は日課になりつつあったところに、<br>やっと借りることができた。<br><br><br>全体としては、非常にエンターテイメント性の高い作品だと感じた。<br>基本的には、ミリオネアに参加する主人公と、過去の回想の主人公の視点が交互に入りまじり、物語が進んでいく。<br><br>回想場面は中々におもしろい。<br>生々しい、しかしながら妙に微笑ましいスラムの描写からはじまり、そこから一転、宗教紛争の描写に転じつつ、舞台となるインドの裏側を描いていく。<br>体に火をつけられ、悶える人間などを登場させるあたり、非常にリアルだった。<br>同様に、ギャング（のような組織）のもとでの生活シーンの中で、より多くの金のために子どもが残虐に利用される描写なども、その裏側のうちの一つであろう。<br><br>しかし打って変って兄弟がインドを旅するくだりでは、娯楽的な描写が多かった。<br>中でもおもしろかったのが、タージマハルで兄弟をとっちめる警備員に対し、アメリカ人の旅行客の取った行動。<br>警備員の暴行に対し、「これがインドの姿だ！」とはき捨てる主人公。<br>対して車のパーツを根こそぎ奪われた彼らは、警備員をいなし、案内をしてくれた主人公に<br>「ならアメリカの姿を見せてあげる」と、ドル紙幣を手渡すのである。<br>これには、インド人の自虐と皮肉のセンスを感じ、少し笑ってしまった。<br><br>このようにしてプラスとマイナスの描写を織り交ぜ、疾走感を持ってインドの姿を描きながら、回想編は進められていくのだが、その節々に、ミリオネアの「答え」となるキーワードが潜んでいる。<br>インドのスターに、襲撃してきた相手が祀る神、百ドル札の顔。。。<br>それらはすべて、彼の人生にあったもの。<br><br>最初私は、ミリオネアの問題そのものにギミックがあるのかと思っていたが、そういう類の物語じゃなかったんだこれは。<br><br><br>すべては、運命。<br>彼はミリオネアで勝つ運命だった、ただそれだけのこと。<br><br>そこに至るまでの、子ども時代からの生活、ヒロインとの出会い・別れ・再会、兄弟の確執そして絆。<br>それらがすべて、主人公をミリオネアの台に導き、勝利させた。<br>司会の小細工や、警察の尋問などでは、その運命を妨げることはできない。<br><br>おおよそこんなことが、この作品のメッセージとして捉えられた。<br>だけど主人公の運命も、主人公の行動の結果でしょ、だからそれは意志の力じゃないの、<br>でもそれも含めて運命とかそんなんなのか、<br>てかそもそも主人公はミリオネアで勝とうなんて思ってないんじゃ、<br>的な話を書こうと思ったが、眠いので続きはまた気が向いたら書こうかしら。<br><br>しかし、<br>至るまでにどんなに曲がりくねった道を進もうとも、そこに至るという意思こそが、相当の結果を生む<br>ということは、真実なんじゃないかなぁと思う。<br><br><br>とりあえず、最終問題に正解する場面はテンション上がった。<br>やっと至った、てな感じで。<br>あと、最後にダンスが来たあたり、やっぱりエンターテイメントなんだなあと思った。<br>座頭市もあんなんだったよな笑<br>
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<link>https://ameblo.jp/keeponthinking/entry-10391688282.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Nov 2009 03:08:25 +0900</pubDate>
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<title>才</title>
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<![CDATA[ 自分を超えた圧倒的な存在を知ったとき、人は何を感じるのか。<br>恐怖？畏怖？あるいは嫉妬？<br><br>いや、私の場合は高揚感、あるいはスカッとした痛快な気分であった。<br><br><br>会ったときからただならぬ”可能性”は感じてきた。<br>彼女の論理性、分析力、そして好奇心は、言うまでもなく他者から抜きん出ていた。<br><br>そのポテンシャルをよりヴィヴィッドな形で知った今、<br>全てがつながり、その素質を再認識させられた。<br><br>言うならば難解な数学の問題を解きほぐしたときのような、そんな感覚。<br><br><br>彼女は恐らく小さい頃から、好奇心に駆られ、<br>知らず知らずのうちに自らを研磨していたのだろう。<br><br>そうして内に蓄積された才が、彼女の様々な部分から湧き出しているのである。<br><br>比べて自分の未熟さ、愚かさには目も眩みそうなものであるが、<br>今はそれよりも、すばらしいものを垣間見た充実感に満たされている。<br><br>そして私もまた好奇心に駆られ、<br>彼女の行く末を見届けたい、<br>あわよくば一枚噛んでみたいと思うのである。<br><br><br>過去に手にした、小さいながらも、まだ私を惹きつける栄光。<br>それを受け継ぐのは彼女だろうか、<br><br>いや、むしろ彼女に手渡したい。<br><br>願わくは、<br>彼女の才を恩師たちが見留め、大いに助長せんことを。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/keeponthinking/entry-10387882838.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Nov 2009 01:18:05 +0900</pubDate>
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<title>彼方</title>
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<![CDATA[ ゆっくりと旅行に行って、旅館の部屋で夜風に吹かれながら、物理の勉強をしたい。<br>そんな願望を、密やかに抱いている今日このごろだ。<br><br><br><br>今日はとある中央官庁の説明会に足を運んだ。<br>大学二年からお邪魔しているところなので、もはや慣れたものだ。<br>人事の二人のうち片割れは、一年前から知り合いなので、和気あいあいとお話することができた。<br>だが、さらに二年前からお世話になっていた方は、もう異動してしまわれたらしい。<br><br>赴任地は、エジプトと聞いた。驚いた。<br>しかも、なんと別の国際機関で働く奥さんも一緒らしい。<br>何でも赴任が決まった時に、奥さんの配属先も変えてもらったのだとか。<br>なんちゅうバイタリティだ笑<br><br>しかし、なんと羨ましいことだろう。<br>エジプトから人材の要請が来て、それに抜擢されるだけでもすごいことだ。<br>だがそこからさらに、夫婦の幸せにも手を伸ばし、つかみ取った。<br><br><br>この、手を伸ばす、ということ。<br>これがなかなかできないものだ。<br><br>「どうせダメにきまっている」と、空高くあると思いこみ、下を向いてうずくまってしまう。<br>仮に見上げることはできても、手を上にかざして、また溜息をつく。<br><br>しかし、背伸びしても届かないならば、<br>梯子をもってくればよいし、誰かに肩車をしてもらってもよい。<br>何かひっかけ棒のようなものをもってきて、つつき落としてもいいのだ。<br><br><br>届かないならば、方法論を考えろ。<br>今の自分で足りないなら、何を以て足りるようになるか、考えろ。<br>そしてそれを手に入れてこい。<br><br>こんな単純なことが、<br>目的のために方法を設定し、実行するということが、<br>自分に不足していた最たるものだったのだ。<br><br><br>今さっき、エジプトに行かれたあの人に、メールを送ってみた。<br>自分の進路の報告と、将来への決意と計画。<br><br><br>「高みへ登るために、私は今、梯子をこしらえ始めた」<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/keeponthinking/entry-10386370164.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Nov 2009 00:27:47 +0900</pubDate>
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<title>ためしがき</title>
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<![CDATA[ 【序】<br><br>日常に浮かんでは消える、<br><br>どうでもいい妄想。<br>非合理的な思考。<br>たまにハッと気が付くこと。<br><br>それを書きとめたら、一体どうなることやら-----<br><br><br>という"思考"のもと、ブログ発足を"試行”した。<br><br>といっても、特に今すぐ書いておきたい主張があるわけでもなく。<br>とりあえず場所だけを用意してみることにしたわけだ。<br>後の管理は、明日起床した以降の自分自身に委ねることにする。<br><br>そもそも、意味ありげなことを記せるのかすら怪しいが笑<br>だが、「意味なんて終わった後から付与されるもんだ」と、<br>幾分か年下の人間に教わったばかりなので、<br>そこも別に考えなくていいのかも知れない。<br><br><br>…と、ここまで書いて思ったが、<br>こういう誰に配慮するわけでもない自己満足な文章表現ってのは、<br>なかなかいいもんだ！<br><br>mixiは知り合い程度の人間が見るってこともあるしな。<br>ここなら、全然知らん人か、こんな私の断片を多少は理解してくれる人が見るだろうから。<br>っつっても、常にコメントしづらい日記を残すことに定評はあるのだが笑<br><br>文語調（一部改変）が、やはり一番フィットするようだ。<br><br><br><br>【振幅を持つ日常】<br><br>人生山あり谷ありが一番面白いものだ（もちろん谷に墜ちる日には考えようがないが）<br>しかし、荒波を好まず、穏やかな水面に安住したがるのも、また一つの側面ではある。<br><br>ゆえに、何か水面に波を立てる（振幅を発生させる）計画を思いついても、<br>惰性という名の引力が、水面の隆起を抑えようとする。<br>何もないのが、やはり”楽”ではあるしな。<br>人も原子も、低いエネルギー状態を好むという点では同じなのか。<br><br>だが、楽な生活に”楽しみ”はない。<br>楽しみは一つの結果であり、そこに至るまでの行動（と、それに付随する面倒、苦労）が必要であるからだ。<br><br>だから、変化を好む好奇心、または日常への不満が惰性の力を超えたとき、<br>束縛状態を逃れるエネルギーが生まれ、冗長なパターンの外の、新しい行動を発生させる。<br><br>しかしながら、当然高エネルギー状態は不安定だ。<br>だから、当然行動の結果がどのように転ぶかは、予言できない。<br>波が発生しても、位相、振幅の大きさがわからないような状態だ。<br><br>だからこそ、何度か波を起こすことで、波の感覚をつかんでいく。<br>自分が何を目指し、そのために何が必要なのかを、突き詰めていく。<br><br><br>…とまあ、それが人生の理想の生き方なわけだけども。<br>現在、水面はほぼ穏やかなわけで笑<br><br>だから次は何で波を起こしてやろうかと画策中。<br>たまに一瞬揺れ上がったりして楽しいけど、それは自分で揺らしてるわけじゃないし、<br>依存してもダメだから、やっぱ自分で何かやらないといけませんな。<br><br>もちろん、目の前にある大学の研究は、しっかりとこなさなくてはいけない。<br>半年前の自分に申し訳ないしな。<br>研究の中で波が起こればなお良いこと。<br><br><br>さて、いよいよ収拾がつかなくなってきた笑<br>けど、こう書いたことで明日以降、何かの足しになるかもしれない。<br><br>そうだ、これ書いておこう。<br><br>「力に翻弄され、意志と手足で動けなきゃ<br>　屈辱と後悔しか、残らない」<br><br>きっと今の彼はこれを唄えないでしょうなー。。<br>むしろ今だからこそ、このフレーズ（あるいはTryという歌そのもの）が重みを持つのかもしれない。<br><br><br>（強引に）おわり<br>
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<link>https://ameblo.jp/keeponthinking/entry-10384109015.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Nov 2009 01:19:28 +0900</pubDate>
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