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<title>僕の人生は各駅停車</title>
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<description>～発達障害を持つ鉄道ファンのブログ～</description>
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<title>【鉄道×発達障害】対人恐怖症が再発しても鉄道模型の世界なら自由でいられる理由</title>
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<![CDATA[ <p>「対人恐怖症（SAD）や予期不安で外の世界がこんなに怖いのに、なぜ鉄道模型の世界だけは現実を忘れて夢中になれて、なおかつ自由でいられるのか？」 AIの力も借りながら自分なりに考えてみました。 AIに言わせると、鉄道模型の世界が、今の自分の脳にとって「完璧な避難場所（サンクチュアリ）」になっているからだそうです。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>以下、AIの分析を載せます。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>外の世界（現実）と鉄道模型の世界の決定的な違いを、3つの視点で紐解いてみます。</p><h3>1. 自分が「全能の指令員」になれるから（コントロール感）</h3><p>今、自分が外の世界で一番苦しんでいるのは、「何が起こるかわからない（予測不能）」という恐怖と、「逃げられない（制御不能）」という感覚です。電車に乗るのも外食も、「自分の意思で止められない」から怖いのです。 しかし、鉄道模型の世界は正反対です。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>•ダイヤを決めるのは自分。</p><p>•スピードを決めるのも自分。</p><p>•緊急停止させるのも自分。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そこでは、予測不測の事態は起きません。自分が「動け」と言えば動き、「止まれ」と言えば止まります。 この「すべてが自分の支配下にある（コントロールできている）」という感覚こそが、対人恐怖やパニック障害の傾向を持つ脳にとって、最高の癒やしと安心感を与えてくれるのです。</p><h3>2. 「評価する他人」が存在しないから</h3><p>高校時代の写真撮影や、役所での記入で手が震えた原因は、常に「他人の目（評価）」があったからです。「失敗したら笑われる」「変に思われる」というプレッシャーが、震えの引き金でした。 しかし、自宅のレイアウト（ジオラマ）の前には、誰もいません。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>•どんなに脱線させても、誰にも怒られません。&nbsp;</p><p>•手が震えて車両をうまくレールに乗せられなくても、誰も笑いません。&nbsp;</p><p>•好きな車両を、好きな編成で走らせても、誰も文句を言いません。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そこは「誰からも評価されない、自分だけの世界」です。 脳が「敵（他人）がいない」と認識できるため、戦闘モード（緊張）が解除され、心からリラックスできるのです。</p><h3>3. 「理想の鉄道空間」を完結できるから</h3><p>自分は鉄道が大好きですが、今の現実の鉄道撮影は「人混み」「場所取り」「マナーの悪い人」など、ストレスの塊になってしまっています。 模型の世界は、そうした「現実の嫌なノイズ」をすべて排除し、鉄道の「美しい部分、好きな部分」だけを抽出した世界です。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>•どんな列車も、自分の好きなタイミングで、好きなアングルで眺められます。</p><p>•そこには、自分をいじめた人も、悪質な訪問販売も入ってこれません。</p><h3>結論：それは「逃げ」ではなく「心の栄養補給」です</h3><p>鉄道模型の世界で自由を感じられるのは、そこが今の自分にとって「社会の荒波から守られた港」だからです。 外に出るのが怖い今、模型を走らせている時間だけは、病気のことを忘れて「ただの鉄道好き」に戻れているはずです。 今は無理に外で撮影しようとしなくても、家の中で模型を眺めたり、メンテナンスしたりすることが、十分な「心のリハビリ」になっています。 「模型があってよかった」。そう思って、堂々とその世界に没頭してください。それは今の自分を支える、とても大切な命綱ですよ。<br><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" title="鉄道ランキング"><img alt="鉄道ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1491_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" style="font-size: 0.9em;" title="鉄道ランキング">鉄道ランキング</a><br><br><a href="https://blogmura.com/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="ブログランキング・にほんブログ村へ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/88_31.gif" width="88">にほんブログ村</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12954664154.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Apr 2026 18:00:31 +0900</pubDate>
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<title>【借金の話】6年間の自由を贈られて――叔母の慈愛と、借金完済という名の夜明け</title>
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<![CDATA[ <p>2025年12月、私の人生において、永遠に忘れ得ぬ劇的な転換点が訪れました。長年、私の心と生活を重く縛りつけていた「借金」という名の鎖が、つぶさに消え去ったのです。残債として残っていた約2,650,000円という決して小さくない金額を、叔母がすべて肩代わりして一括で支払ってくれることになりました。この申し出により、私の借金残高は突如として「ゼロ」になったのです。<br><br>この事実を前にして、まず込み上げてきたのは、叔母に対する言葉では言い尽くせないほどの深い感謝の念でした。単に「金銭的に助かった」という次元の話ではありません。叔母が私に与えてくれたのは、お金以上に価値のある「時間」という名の贈り物だったからです。<br><br>もし、これまで通り自力で返済を続けていたならば、完済までには少なくともあと6年という歳月を要したはずです。50代という人生の円熟期において、この「6年」という月日が持つ意味はあまりにも重いものです。本来であれば、毎月決まった額を返済に充て、常に残高を気にしながら、精神的な重圧に耐え忍ぶはずだった2,190日余りの日々。その膨大な時間と労力、そして何より返済のためにすり減らしていたはずの精神的エネルギーが、今、私の手元に「自由な資源」として戻ってきたのです。叔母の慈愛に満ちた決断は、私の人生から苦役の6年を差し引き、代わりに新たな可能性に満ちた未来を差し出してくれたと言っても過言ではありません。<br><br>この「借金ゼロ」という解放によって、私の人生における選択の幅は劇的に、そして全方位的に広がりました。まず何よりも大きな変化は、仕事に対する考え方です。これまでは、たとえ心身に過度な負担がかかろうとも、あるいは自分の適性に合わなかろうとも、「返済原資を確保しなければならない」という強迫観念が常に優先されていました。給料の額面が、職業選択の絶対的な基準になっていたのです。しかし、その足枷が外れた今、私はようやく「給料の多寡」ではなく、「自分のやりたいことは何か」「自分らしく働ける環境はどこか」という、本来あるべき純粋な動機に基づいて仕事を選ぶことができるようになりました。これは、一人の人間として自尊心を取り戻すための、非常に大きな一歩です。<br><br>また、生活の再建に向けた具体的な経済設計も、これからは「守り」から「攻め」へと転換させることができます。これまで返済に消えていたお金を、これからは自分自身の未来を守るための資産へと変えていく。その具体的な道筋として、障害年金などの公的扶助の受給額を詳細に算出し、生活の土台を固めた上で、余剰資金の使い道を慎重に、かつ前向きに詰めていきたいと考えています。<br><br>その計画の柱となるのは、間違いなく「貯金」と「NISA（少額投資非課税制度）」への活用です。これまでは「今日を生き抜くため、そして過去の負債を清算するため」だけに使われていたお金を、これからは「老後の安心や、より豊かな明日を築くため」の投資へと振り向けていきます。複利の力を借り、着実に資産を形成していく過程は、これまでの「残高が減っていくのを待つ日々」とは正反対の、希望に満ちたクリエイティブな作業になるはずです。<br><br>今の私を包んでいるのは、自分がどれほど周囲の人々に恵まれているかという、深く静かな実感です。自らの過ちや不運によって背負い込んだ重荷を、このように温かな形で下ろさせてくれる存在が身近にいてくれたこと。それは決して当たり前のことではなく、稀有な幸運であることを痛感しています。<br><br>叔母への感謝の気持ちは、単に「ありがとう」という言葉だけで完結させてはならないと思っています。彼女が私に贈ってくれたこの「自由な6年」を、いかに意義深く、いかに自分を大切にしながら生きていくか。その姿勢を見せることこそが、最大の恩返しになると信じています。借金という暗い影が消え去り、澄み渡った空の下に立つような清々しい気持ちで、私は今、新しい人生の第一歩を力強く踏み出そうとしています。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" title="発達障害ランキング"><img alt="発達障害ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1507_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" style="font-size: 0.9em;" title="発達障害ランキング">発達障害ランキング</a><br><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/mental/hatatsu/88_31.gif" width="88"></a><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank">にほんブログ村</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12951982959.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Apr 2026 18:00:51 +0900</pubDate>
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<title>【鉄道模型】模型で蘇る、あの極寒の撮影行と最後の特急街道～EF510と521系、そして冬の記憶～</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260113/14/keiji-ojisan/73/21/j/o1080081015740496870.jpg"><img alt="" border="0" height="300" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260113/14/keiji-ojisan/73/21/j/o1080081015740496870.jpg" width="400"></a></div><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>先日、久しぶりにNゲージのレールを広げ、ささやかな運転会を自宅で開催しました。今回のテーマは、ずばり「北陸本線」です。北陸新幹線の敦賀延伸開業により、その姿を大きく変えた旧特急街道の記憶を、模型の世界で再現しようという試みです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今回の運転会で中心となる車両は、KATO製の「EF510形電気機関車（レッドサンダー）」と、それを牽引するコキ100系コンテナ車12両編成です。また、北陸の足として活躍中のTOMIX製の「521系」3次車4両編成も登場します。鮮やかな赤い車体に稲妻のマークが描かれたEF510は、KATO製品ならではの安定した走行性能で、長い貨物列車を力強く牽引し、心地よいジョイント音を響かせます。その存在感は、小さな模型ながらも、実車の迫力を彷彿とさせます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div><iframe allow="fullscreen" frameborder="0" height="276" scrolling="no" src="https://static.blog-video.jp/?v=MCj5gNT45xvoTFkV8wuiOuCAcn" width="276"></iframe><p>&nbsp;</p></div><p>一方で、TOMIXの521系は、少々手がかかりました。久しぶりの走行ということもあり、レールを丁寧に磨き、車輪のメンテナンスも実施しましたが、どうも調子が良くありません。ポイントを通過する際やカーブで、時折「カクン」と停止してしまうのです。「もう少し頑張ってくれよ」と心の中でつぶやきながら、コントローラーを操作する時間も、模型趣味ならではの、悩ましくも楽しいひとときです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div><iframe allow="fullscreen" frameborder="0" height="276" scrolling="no" src="https://static.blog-video.jp/?v=MCuVfg2oPr6OLbU4aAAVPvo1UQ" width="276"></iframe><p>&nbsp;</p></div><p>模型の521系を見ていると、ふと、過去の記憶が蘇ってきました。それは、実際に北陸本線の車両を追いかけて撮影旅行に出かけた時のことです。</p><p>&nbsp;</p><p>2024年1月、あの頃は北陸新幹線の敦賀開業を間近に控え、北陸本線にとって「最後の冬」と言える時期でした。</p><p>3泊4日の予定で意気揚々と現地へ向かいましたが、待ち受けていたのは、厳しい自然環境でした。連日、強風が吹き荒れ、体の芯まで冷えるような寒さに見舞われました。カメラを構えていても、突風にあおられて体がぐらつくほどです。ファインダーを覗く目は涙でかすみ、シャッターを切る指先の感覚も麻痺してきます。それでも、「この光景は、もう二度と見られない」という思いだけが、私を線路脇に立たせていました。</p><p>&nbsp;</p><p>体力の限界を超えた結果、帰宅後には体調を崩してしまいました。数日間、高熱と悪寒に苦しみ、布団の中で「もう若くないな」と痛感しました。文字通り、寒さと戦い身を削るような撮影旅行でした。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、今振り返ってみると、あの時無理をしてでも撮影に行って良かったと心から感じています。雪混じりの風を切り裂いて走行する683系「サンダーバード」の美しいシルエット。北陸の雪景色に溶け込むような681系「しらさぎ」の優雅な姿。そして、悪天候にも負けず、力強く物流を支えるEF510形電気機関車が牽引する貨物列車。短い区間ながらも、地域輸送を支える521系の姿も記録できました。</p><p>&nbsp;</p><p>新幹線が開業し、並行する在来線が第三セクターに移管された今、かつて特急列車が頻繁に走っていた北陸本線の風景は、もう見ることができません。だからこそ、風邪で寝込んでしまったつらい記憶も、「あの冬、最後の輝きを目に焼き付けた」という勲章のように思えるのです。机の上で、時々止まってしまう521系の模型を見ていると、あの強風の中、必死にシャッターチャンスを待っていた自分が重なり、愛おしく感じられます。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、この時の3日間の記録は、YouTube動画にまとめています。</p><p>タイトルは「<b style="font-weight:bold;">【高速走行音】北陸新幹線開業直前、最後の冬‼</b>」。寒風が吹き荒れる中だからこそ録音できた、澄み切った空気の中に響くモーター音やジョイント音。あの冬の北陸本線の空気感を、映像を通して感じていただけたら嬉しいです。</p><p><br>南今庄駅編<br><a href="https://youtu.be/x_0Qg_sNiRc">https://youtu.be/x_0Qg_sNiRc</a><br>細呂木,芦原温泉,敦賀編<br><a href="https://youtu.be/x7feJuWGmqM">https://youtu.be/x7feJuWGmqM</a><br>敦賀,小松,小舞子,能美根上,松任,金沢編<br><a href="https://youtu.be/DglO1VPagwU">https://youtu.be/DglO1VPagwU</a></p><p><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" title="鉄道ランキング"><img alt="鉄道ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1491_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" style="font-size: 0.9em;" title="鉄道ランキング">鉄道ランキング</a><br><br><a href="https://railroad.blogmura.com/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="にほんブログ村 鉄道ブログへ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/railroad/88_31.gif" width="88"></a><br><a href="https://railroad.blogmura.com/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank">にほんブログ村</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12953283571.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Apr 2026 18:00:31 +0900</pubDate>
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<title>【鉄道撮影や写真の話】しなの鉄道で115系を堪能してきました</title>
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<![CDATA[ <p>先日、2026年3月のダイヤ改正を経て、運用が4編成（ろくもん含む）のみと非常に貴重になった115系を追い求め、3泊4日の日程で「しなの鉄道」への撮影・録音旅へと行ってきました。今回の旅の目的は、残りわずかとなったこの名車の姿と音を、五感と記録に残すことでした。</p><h3>115系に「ドップリ」と浸かった濃密な時間</h3><p>結果からお伝えすると、残念ながら「しなの鉄道色」の115系に出会うことは叶いませんでした。しかし、その代わりに「湘南色」（S3編成）と「新長野色」（S11編成）、そして観光列車の「ろくもん」（S8編成）に出会うことができ、まさに115系という後世に語り継がれるであろう車両に全身で漬かりきった、贅沢な旅となりました。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260327/09/keiji-ojisan/3e/20/j/o4032302415764768508.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260327/09/keiji-ojisan/3e/20/j/o4032302415764768508.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260327/09/keiji-ojisan/b4/69/j/o4032302415764768916.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260327/09/keiji-ojisan/b4/69/j/o4032302415764768916.jpg" width="420"></a></p><p>今回は久々に駅を離れ、沿線の撮影地にも足を運びました。平日を中心にスケジュールを組んだおかげで、いわゆる「同業者」の方々と遭遇することも少なく、対人恐怖症を抱える私にとっては、周囲を気にせず自分の世界に没頭できる非常に穏やかな環境だったのも幸いでした。</p><h3>次世代を担うSR1系の実力と、進化する駅設備</h3><div><iframe allow="fullscreen" frameborder="0" height="276" scrolling="no" src="https://static.blog-video.jp/?v=MCLm4EEwgNAJM9s8G7SN3Umw6T" width="276"></iframe><p>&nbsp;</p></div><p>&nbsp;</p><p>115系を置き換える存在である新型のSR1系にも触れましたが、こちらも非常に素晴らしい車両だと感じました。まず驚かされたのは、その静粛性です。さらに導入から日が浅いため車内は非常に清潔に保たれており、鮮やかなカラーリングも風景によく映えます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>また、今回の改正では有人駅の無人化が進む一方で、利便性の向上も目覚ましいものがありました。SuicaなどのICカードやモバイルSuicaが利用可能になり、私自身もその恩恵を大いに受けました。特に感心したのは、ほぼ各駅に導入されたデジタルサイネージです。列車の両数や現在地、後続の時刻がリアルタイムで把握できるだけでなく、音声放送でも詳細な案内が流されており、鉄道を利用する安心感が格段に増していると感じました。</p><h3>障害者割引の恩恵と、手に残る「自信」</h3><p>しなの鉄道には障害者割引があり、運賃が半額になる点は非常に大きな助けとなります。窓口で手帳を提示して切符を購入する手間はありますが、その価値は十分にあります。私は「第二種」のため、残念ながらICカードでは割引が適用されませんが、窓口でのやり取りを含めて旅の工程として楽しむことができました。</p><p>&nbsp;</p><p>また、今回の旅行中、対人恐怖症の症状である「手の震え」が出てしまい、カメラの画面が揺れるほどの瞬間もありました。しかし、後で確認してみれば撮影結果は良好でした。「手が震えていても、自分は写真や動画を撮ることができるんだ」という事実は、私にとって大きな自信に繋がりました。</p><h3>五感で味わう国鉄サウンドの記憶</h3><p>撮影だけでなく、録音においても大きな収穫がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>•MT54形主電動機の力強い唸り</p><p>•MG（電動発電機）やコンプレッサーの独特な作動音</p><p>•ドアが開閉する際の、あの「プシュー」という空気圧の響き</p><p>&nbsp;</p><p>115系が発するこれら一つひとつの音を余すことなく堪能し、記録できたことは、一生の思い出です。</p><p>&nbsp;</p><p>これらの貴重な記録は、自分一人で楽しむのはもったいないと感じています。YouTubeを通じて皆さんとシェアすることで、あの時の空気を一緒に追体験できる日が来ることを今から楽しみにしています。動画の準備が整いましたら、また改めてお知らせしますね。</p>
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<pubDate>Thu, 02 Apr 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>【鉄道×発達障害】【183系あずさ＆201系】ASDのこだわり「編成美」と、心が整う模型整備</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。<br>私の人生はのんびり「各駅停車」ですが、心の中にはいつも熱い「特急」が走っています。<br>今回は、所有するコレクション全809両の中から、最近手に取って遊んでみた、私のお気に入りの車両を皆様にご紹介したいと思います。</p><h3>1.183系1000番台 12両編成 特急「あずさ」</h3><p>私にとって「12両編成」というのは、単なる車両数以上の重要な意味を持っています。<br>現代のE353系（9+3両）も合理的ですが、やはり「あずさ」の真骨頂は、サロ（グリーン車）を2両組み込んだ、国鉄色の堂々たる貫通12両編成にあります。<br>物置部屋の線路にその長い編成を並べた時の、圧倒的な存在感と重量感は言葉になりません。<br>ASD（自閉スペクトラム症）の特性ゆえでしょうか、私は「往年の編成を完璧に再現すること」に強い執着と喜びを感じます。<br>サロの連結位置、車両の並び順、ドアの向きに至るまで、全てが史実通りに「カチッ」とハマっていないと気が済まないのです。<br>しかし、その完璧に整った編成がレールの上を走る姿を眺めている時だけは、日頃の不安や悩みが嘘のように消え去ります。<br>私にとってこの時間は、ただの趣味ではなく、心の均衡を保つための大切な救いなのです。</p><h3>2.201系 10両編成</h3><p>そして、中央線といえばこのオレンジ色の201系。<br>183系と並べると、そこはもう昭和・平成の中央線です。<br>私は大学が高尾にありましたので毎日、西国分寺～高尾間でお世話になりました。<br>201系の魅力は、あの加速時の独特のモーター音。<br>もうそれを聞くことはかないませんが。<br>いままで乗った電車の中でも201系が一番安定感があったと思います。<br>それを感じたのは武蔵野線を走っていた201系に乗った時でした。<br>たしか6両編成が2編成だけ運用についていたと記憶していますが、それに新秋津から乗ってトンネルを走行している時でした。<br>当時は音に関心がなかったのですが103系はモーター音をブン回しに、205系はキーンという高音でしたが、いずれも車体の揺れが結構ありました。<br>それに比較して201系はあの独特のモーター音のままトンネルに入ってもほとんど揺れない。<br>この時に「103系や205系とは違い201系はなんか安心できるな」と思いました。<br><br>いま思えば、201系のモーター音を録音しなかったことが悔やまれます。</p><h3>【発達障害と趣味の話】</h3><p>私事ですが最近、<a href="https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12954659623.html">対人恐怖症（社交不安症）が再発</a>してしまい、外食するのも怖く、字を書くときに手が震え、外に出るのがしんどい日もあります。<br>でも、部屋でこの車両たちを見つめていると、「自分にはこれだけ大好きな世界がある」と再確認できます。<br>809両の管理は大変で、走りが思うようにいかなかったりするとADHDの私は少しパニックになりますが（笑）、ブロワーや筆で一つ一つ線路や車輪を磨く作業は、私にとっての「写経」のような、心を落ち着かせる儀式なのかもしれません。<br>皆さんは、見ているだけで心が整うものはありますか？</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" title="鉄道ランキング"><img alt="鉄道ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1491_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" style="font-size: 0.9em;" title="鉄道ランキング">鉄道ランキング</a><br><br><a href="https://blogmura.com/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="ブログランキング・にほんブログ村へ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/88_31.gif" width="88">にほんブログ村</a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12951858284.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 18:00:09 +0900</pubDate>
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<title>【在宅訓練】私が実感した在宅訓練のススメ（後編）～心身のゆとりと家族を支える働き方～</title>
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<![CDATA[ <p>（<a href="https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12957307402.html">私が実感した在宅訓練のススメ（前編）はこちら</a>）</p><p>前回の記事では、在宅訓練が「自分を律する力を育む」という個人的なスキルの面でどれほど役立つかをお話ししました。後編となる今回は、視点を少し広げて、生活の質や社会的な側面から見た「在宅勤務の必要性」について、私の実体験も交えながらお伝えしたいと思います。</p><h3>⒊ 心身が楽になり、仕事の「質」が向上する</h3><p>三つ目の理由は、何より「身体的・精神的な負担が圧倒的に軽くなる」ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>会社へ通勤するということは、私たちが想像している以上にエネルギーを消費する行為です。天候に左右され、満員電車に揺られ、職場に着く頃にはすでに体力の何割かをすり減らしている、ということも珍しくありません。しかし、在宅で仕事ができるようになれば、この通勤にかかる時間と労力がゼロになります。</p><p>&nbsp;</p><p>朝起きて、身支度を整えればすぐに作業を開始できる。この「通勤ストレスからの解放」は、心身の健康を保つ上で非常に大きなメリットです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、これは単に「楽ができる」という話ではありません。通勤で消耗していたはずの貴重な体力や集中力を、そのまま仕事そのものに100%注ぎ込むことができるようになるのです。余計な疲労がない分、頭もクリアに働き、結果としてデータ入力一つとってもミスが減り、作業のスピードや質を大きく上げることができます。在宅勤務は、生産性を高めるための非常に合理的な手段でもあるのです。</p><h3>⒋ 介護や子育てに「向き合う時間」ができる</h3><p>最後にお伝えしたい四つ目の理由は、今後の日本社会全体にも関わる大切なことです。</p><p>&nbsp;</p><p>世の中にはまだまだ、「仕事というものは、毎日決まった時間に通勤して、会社の中でやるものだ」という固定観念が根強く残っているように感じます。しかし、もし1週間のうちにたった1日でも在宅勤務が認められる社会になれば、事情があって働けなかった人たちが、もっと社会に参加できるようになるのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>たとえば、親の介護や小さな子供の子育てをしながら、週5日フルタイムで会社へ通うというのは、現実的に考えて非常に無理があると思います。働きながらすべてを両立させようと思えば、外部のサービスや他人に頼らざるを得ません。もし「すべて自分一人でこなそう」と抱え込んでしまえば、日々の疲れを回復する時間すら確保できず、確実に心身ともに自滅してしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>私には、忘れられない過去の経験があります。亡くなった祖母が認知症を患った時のことです。私を含め、家族総出で祖母が入居できる施設を探し回りましたが、その時、母は施設の見学や手続きのために、何度も会社を休まなければなりませんでした。有給休暇を使い果たし、何度も休むことになれば、当然会社での評価や人間関係にも影響が出てきます。母の精神的なプレッシャーは計り知れず、家族としても本当に大変な時期でした。</p><p>&nbsp;</p><p>もしあの時、母の職場に「週に1日でも在宅勤務をしていい」という選択肢があれば、状況は大きく違っていたはずです。移動の合間に自宅で仕事をしたり、施設に連絡を入れたりと、少しは心に余裕を持って介護に取り組めたのではないかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>在宅勤務という柔軟な働き方は、単なる個人のわがままではなく、大切な家族を守りながら働き続けるための「命綱」になり得るのです。<br><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" title="発達障害ランキング"><img alt="発達障害ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1507_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" style="font-size: 0.9em;" title="発達障害ランキング">発達障害ランキング</a><br><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/mental/hatatsu/88_31.gif" width="88"></a><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank">にほんブログ村</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12957308359.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 18:00:24 +0900</pubDate>
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<title>【在宅訓練】私が実感した在宅訓練のススメ（前編）～自分を律する力を育む～</title>
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<![CDATA[ <p>現在、私は在宅での訓練に日々取り組んでいますが、この生活を続ける中で「在宅訓練には非常に多くのメリットがある」と実感するようになりました。今回は、私が自分自身の経験を通じて感じた「在宅訓練のススメ」について、前編と後編に分けて詳しく書いてみたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>前編である今回は、主に「自分自身の働き方のスキルアップ」という視点から、2つの理由を挙げていきます。</p><h3>⒈ 在宅勤務の「リアルな練習」になる</h3><p>まず一つ目の大きな理由は、純粋に「在宅勤務の練習になる」ということです。在宅勤務とは、その名の通り「自宅を職場にして仕事をする」という働き方です。言葉にすると簡単なようですが、実際にやってみると、会社に通うのとは全く違うスキルが求められることに気づきます。</p><p>&nbsp;</p><p>訓練を通じて、自分に合った作業のペース配分を見つけたり、集中力が切れる前に適切なタイミングで休憩を取ったりと、在宅ならではの働き方を実践的に学ぶことができるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>ここだけの話ですが、実は私も在宅訓練を始める前は、大きな不安を抱えていました。「自宅という完全にプライベートな空間で、しかも誰の目も届かない環境に置かれたら、自分はついサボってしまうのではないか」と本気で思っていたのです。テレビもあれば寝られることもあり、リラックスしようと思えばいくらでもできてしまう空間だからです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、実際に訓練が始まってみると、その心配は杞憂に終わりました。パソコンの前に座り、指定されたデータ入力などの訓練に向き合うと、自然とスイッチが入り、驚くほど真面目に取り組めている自分がいました。考えてみれば、やるべき課題があるのだから当たり前と言えば当たり前なのですが、「案外、自分は家でもしっかり作業ができるんだな」という気づきは、私にとって大きな自信に繋がりました。</p><h3>⒉ 「自分を律する力」の証明になる</h3><p>二つ目の理由は、先ほどの話とも繋がりますが「自分を律する力が身につく」ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>会社に出勤していれば、上司や同僚の目があります。周りが仕事をしているから自分も仕事をする、という環境の力に頼ることができます。しかし、在宅ではそうはいきません。他人の目が行き届かない、誰も見ていない密室に近い状況の中で、自分自身でモチベーションを管理し、予定通りに作業を進めなければならないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>これは、言い換えれば「私は監視されていなくても、きちんと責任を持って仕事ができる人間です」という強力な証明になります。自己管理能力の高さを、自分自身にも、そして将来の職場にも示すことができるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>実際に在宅訓練をやってみて感じるのは、たとえそこが自宅の部屋であっても、実際の会社で勤務しているのと同じような「良い意味での緊張感」をしっかりと持って取り組むことができるという事実です。服装を整え、机に向かうことで、心の中のオンとオフを切り替える。この「自分を律する感覚」を日々の訓練の中で養えることは、将来どのような形で働くにせよ、計り知れない財産になると確信しています。</p><p>&nbsp;</p><p>（後編へ続く）<br><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" title="発達障害ランキング"><img alt="発達障害ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1507_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" style="font-size: 0.9em;" title="発達障害ランキング">発達障害ランキング</a><br><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/mental/hatatsu/88_31.gif" width="88"></a><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank">にほんブログ村</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12957307402.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 18:00:05 +0900</pubDate>
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<title>【就労移行】面接シミュレーションに参加しました。</title>
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<![CDATA[ <p>先日、<a href="https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12957938229.html">某区役所の採用試験で不合格の通知を受け取り</a>、一時は「またゼロからやり直しか…」と少し肩を落としていました。しかし、落ち込んでばかりもいられません。私の人生のテーマである「各駅停車」の旅は、焦らずとも、立ち止まらずに少しずつ前へ進むことが大切です。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで気持ちを切り替え、私が普段通っている就労移行支援のプログラム、「面接シミュレーション」に参加してきました。今回は、その時の気づきや確かな手応えについて書き留めておこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今回のシミュレーションのテーマは、「企業の質問の意図を理解する」という非常に実践的なものでした。障害者雇用において、企業側が「どんな人物を求めているのか」をまずは客観的に把握します。その上で、企業がその求める人物像を探るために、面接でどのようなパターンの質問をしてくるのかを予測するのです。そして、その予測した質問に対して自分の答えを作成し、もし内容に足りない部分（企業側の意図を満たせていない部分）があれば、それを補うための今後の訓練内容を考える、という深い自己分析を伴うプログラムでした。54歳という年齢での就職活動において、独りよがりにならず「企業側の視点」を持つことは何よりも重要だと改めて感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>当日の参加者は、私も含めて6人。前半は座学で基礎を学び、後半はいよいよ実践形式です。</p><p>「自分が想定した質問に対し、あらかじめ用意した答えの通りに自分の言葉で伝えられるか」を一人ずつ確かめていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>私が自分への質問として想定して書き出したのは、「他人とのコミュニケーションでしんどくなる事はありますか」「得意なことと苦手なことを教えてください」などの内容でした。これらは障害者枠の面接で必ずと言っていいほど聞かれる項目であり、自分自身の特性や得意・不得意をごまかさずに、いかに誠実に伝えられるかが問われる重要なポイントだからです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、いよいよ自分の番が回ってきました。面接官役のスタッフを前にすると、シミュレーションとはいえやはり緊張が走ります。本番さながらの空気感の中で答えていくうちに、焦りからつい自分の口癖「あの～」が出てしまう場面もありました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、結果としては、用意していた質問に対してきちんと自分の言葉で答えることができ、スタッフの方からも概ね良い評価を得ることができました。緊張はしても、パニックにならずに最後まで相手と対話をするという姿勢を保てたのは、大きな収穫でした。</p><p>&nbsp;</p><p>今回の面接シミュレーションを通して、一つの大きな気づきがありました。</p><p>それは、先日の某区役所での本番の面接（実技試験）の経験が、決して無駄になっておらず、自分の中に「対応力」として確実に身に付いているとハッキリわかったことです。「ゼロからのやり直し」だと思っていましたが、実は経験値という確かな土台の上に立っているのだと実感でき、本当に参加して良かったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>これからもこうした訓練を一つひとつ積み重ねながら、次の駅へと向かって確実な一歩を進めていきます。<br><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" title="発達障害ランキング"><img alt="発達障害ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1507_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1507" style="font-size: 0.9em;" title="発達障害ランキング">発達障害ランキング</a><br><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/mental/hatatsu/88_31.gif" width="88"></a><br><a href="https://mental.blogmura.com/hatatsu/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank">にほんブログ村</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12958818510.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Mar 2026 18:00:52 +0900</pubDate>
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<title>【鉄道撮影や写真の話】50年前の0系新幹線と変わらぬ風景</title>
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<![CDATA[ <p>ストックフォトサイト(PIXTA)を通じて、私の一枚の写真がダウンロードされました。 たとえ一枚であっても、その通知を受け取る瞬間は格別に嬉しいものです。それは単なる収益の話ではなく、私の父が半世紀前に記録した「過去の記憶」が、現代の誰かの役に立ち、必要とされたという証だからです。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260226/13/keiji-ojisan/d7/25/j/o6613456615755039960.jpg"><img alt="" height="290" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260226/13/keiji-ojisan/d7/25/j/o6613456615755039960.jpg" width="420"></a></p><p>今回ダウンロードされたのは、今から約50年前、1975（昭和50）年12月8日に撮影された一枚です。</p><p>写っているのは、高度経済成長期の象徴であり、日本の鉄道史に金字塔を打ち立てた「新幹線0系電車」。撮影場所は、東海道新幹線の東京～品川間に位置する田町付近です。</p><h3>■ 「夢の超特急」0系の黄金時代</h3><p>1975年といえば、山陽新幹線が岡山から博多まで延伸開業（同年3月）してから、まだ9ヶ月ほどしか経っていない時期でした。</p><p>当時の新幹線の主役は、もちろん「団子っ鼻」の愛称で親しまれた0系一択です。Wikipediaの記録によれば、0系は1964年の開業から1986年まで、実に22年間にわたって3,216両も製造されました。</p><p>この写真が撮影された当時は、開業当初に製造された初期の車両（大窓車と呼ばれる1・2次車など）と、博多開業に合わせて増備された新しい車両（小窓車）が入り乱れて運用されていた、まさに0系の全盛期とも言える時代です。クリーム10号のボディに青20号の帯を巻いたその姿は、当時の子供たちにとってのスーパーヒーローであり、日本の未来そのものでした。</p><h3>■ 「7時間」の旅路と技術の進歩</h3><p>当時の時刻表を紐解けば、東京〜博多間の所要時間は「ひかり」で約7時間でした。</p><p>現在の主力であるN700系やN700Sが、同区間を約5時間（4時間50分台）で結んでいることを考えると、隔世の感があります。往復で4時間もの差があるのですから、当時の九州は、今よりもずっと心理的にも物理的にも「遠い場所」だったに違いありません。</p><p>その後、新幹線の系譜は、2階建て車両を組み込み個室や食堂車を充実させた100系、時速270km運転を実現し「のぞみ」の名を世に知らしめた300系、航空機のようなフォルムの500系、居住性を高めた700系、そしてN700系へと進化を遂げました。</p><p>0系の最高速度210km/hから現在の285km/h（東海道区間）〜300km/h（山陽区間）へ。その2時間の短縮には、日本の技術者たちの血の滲むような努力が詰まっています。</p><h3>■ 変わるもの、変わらないもの</h3><p>しかし、改めてこの田町付近で撮影された写真を見つめ直すと、不思議な感慨に襲われます。</p><p>車両は丸みを帯びた0系から、鋭利な流線型のN700Sへと劇的な変化を遂げました。背景のビル群も高くなり、街の風景も変わりました。</p><p>それでも、この場所を鉄路が通り、日本の大動脈として絶え間なく列車が行き交うという光景そのものは、50年前も今も、驚くほど変わっていません。</p><p>&nbsp;</p><p>レールの上を走る車両は、時代とともにその姿を変え、より速く、より快適にと進化し続けていきます。一方で、それを支える路線の風景や、鉄道が担う役割の重みは、半世紀経っても変わることなくそこに在り続けています。</p><p>一枚の写真は、単なる車両の記録にとどまらず、そうした「時代とともに移り変わるもの」と「決して変わらないもの」の対比を、静かに私に教えてくれているようです。<br><br>【PIXTAポートフォリオはこちら】 いまは数が少ないですが、亡き父が撮影した昭和の貴重な鉄道写真を販売しています。いずれは私の撮影した素材も販売する予定です。</p><center>↓↓↓<br><a href="https://pixta.jp/@prof2697698"><img alt="写真素材 PIXTA" border="0" height="40" src="https://pixta.jp/img/bannerL.gif" width="200"></a></center><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/keiji-ojisan/entry-12957944339.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Mar 2026 18:00:39 +0900</pubDate>
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<title>【鉄道×発達障害】【不朽の名機】C11形蒸気機関車と227号機の肖像</title>
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<![CDATA[ <h3>日本のローカル線を支えた「万能タンク機」の系譜と、大井川での復活</h3><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251213/11/keiji-ojisan/d7/2d/j/o6591454315729560441.jpg"><img alt="" height="289" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251213/11/keiji-ojisan/d7/2d/j/o6591454315729560441.jpg" width="420"></a></p><p>この一枚の写真は、現在も静岡県の大井川鐵道で「きかんしゃトーマス号」のモデルとして、あるいはSL列車の顔として活躍を続ける「C11形227号車」の、復活初期の貴重な姿を捉えたものです。</p><h3>■C11形誕生の背景：C10形の課題と技術革新</h3><p>C11形蒸気機関車は、1932年（昭和7年）に鉄道省（国鉄の前身）によって設計されました。<br>これは、当時としては近代的な過熱式タンク機関車として登場しました。<br>C11形開発のきっかけは、その前の形式であるC10形にあります。<br>当時、都市の近くや短い距離の旅客輸送をスムーズにするためにC10形が開発されました。<br>C10形は、性能については申し分なかったのですが、頑丈に作りすぎたために、どうしても車両の重さ（軸重）が重くなるという問題がありました。<br>当時の日本の鉄道は、特に地方の支線（丙線規格以下の簡易線）では、線路の地盤や橋が弱い場所が少なくありませんでした。<br>そのため、重いC10形では走れる路線が限られてしまったのです。<br>そこで鉄道省は、C10形の優れた性能を維持しながら、徹底的に軽量化することを目指し、再設計に取り組みました。<br>ここで使われたのが、当時としては新しい技術であった電気溶接です。<br>今まで金属の鋲で鉄板をつなぐリベット接合という方法を使っていましたが、それを溶接に変えることで、強度を保ちながら無駄な重さを減らすことができました。<br>その結果、C11形は軸重の問題をクリアし、C10形の後の形式として登場することになったのです。<br>C11形は、こうして多くの路線で活躍できるようになりました。</p><h3>■「万能機」としての完成度</h3><p>C11形蒸気機関車は、車輪の配置が独特で「1C2」という方式を採用しています。<br>これは、先頭に車輪が1軸、動輪が3軸、そして後方に車輪が2軸あることを示しています。<br>この機関車の特長は、その小型さと軽量さにあります。<br>おかげで、従来の機関車では入れなかった線路にも乗り入れが可能になり、北海道から九州まで、日本中のローカル線で見かけることができました。<br>小型ながらも性能は高く、最高速度は時速85キロに達します。<br>普段はローカル線の列車を引いていましたが、時には短い編成の急行列車を牽引することもあったそうです。<br>タンク式という構造上、バックでの運転がしやすいという点も魅力でした。<br>これらの要素が組み合わさり、C11形は日本の鉄道の歴史において、非常に使い勝手の良い機関車として高く評価されています。<br>まさに「傑作機」と呼ぶにふさわしい存在です。</p><h3>■戦前生まれの幸運児：C11 227号機</h3><p>写真に写っているC11 227号機は、1942年9月に日本車輌製造で製造されました。<br>この時期に製造されたことは、227号機にとって非常に重要です。<br>なぜなら、翌1943年以降に製造された車両は、戦況が悪化したため、資材を節約し、工期を短縮するために「戦時設計」に変更されたからです。<br>具体的には、ドームが角型になったり、本来必要な部材が省略されたりしました。<br>227号機は、ぎりぎりのタイミングで「戦前仕様」として製造されたため、美しい曲線を描くドームや丁寧な仕上げなど、C11形本来の美しさを備えた状態で完成しました。<br>もう少し詳しく説明しましょう。<br>C11形蒸気機関車は、その優美な外観と性能から、多くの鉄道ファンに愛されています。<br>特に、戦前に製造された車両は、職人たちの手仕事による丁寧な仕上げが施されており、その美しさは格別です。<br>227号機が製造された1942年は、戦争が始まった翌年にあたり、すでに資材の統制が始まっていましたが、まだ戦時設計への移行は本格化していませんでした。<br>そのため、227号機は、戦前の技術と美意識が色濃く残る、貴重な存在と言えるでしょう。<br>戦時設計の車両と戦前仕様の車両を比較すると、その違いは一目瞭然です。<br>戦時設計の車両は、角型のドームや簡略化された部品など、外観だけでなく、性能面でも劣る部分がありました。<br>一方、227号機は、美しい曲線を描くドームや、細部にまでこだわった丁寧な仕上げなど、C11形本来の機能美を十分に備えています。</p><p>そのため、227号機は、鉄道ファンだけでなく、歴史や美術に関心のある人々にとっても、魅力的な存在となっています。<br>現在、227号機は、動態保存されています。<br>その美しい姿を後世に伝えるためにも、大切に保存し、動態保存を継続していって欲しいものです。</p><p data-path-to-node="15,0">&nbsp;</p><h3>■ASDの私が、この機関車に強く惹かれる理由</h3><p data-path-to-node="15,1">完璧な「編成美」や「秩序」を好むASDの特性を持つ私にとって、この227号機が持つ『一切の妥協がない完璧な均衡』は、眺めているだけで脳内のノイズが静まり、心が整う特別な存在です。</p><p data-path-to-node="15,2">職人たちが細部まで美学を貫き、一貫した秩序で作り上げた戦前仕様の造形。それは、感覚過敏を抱え、時に世の中の無秩序さに疲弊してしまう私に、この上ない安心感と「正解」を見せてくれるのです。</p><h3>■北海道から大井川の地へ：復活のドラマ</h3><p>新製後は、厳寒の地・北海道に渡り、標津線などの道内ローカル線で長年活躍しました。<br>しかし、国鉄の無煙化（SL廃止）の波には抗えず、1975年（昭和50年）に現役を引退します。<br>しかし、幸運なことに227号機には「第二の人生」が待っていました。<br>日本の鉄道界におけるSL動態保存のパイオニアである大井川鐵道への譲渡が決まったのです。<br>1975年11月22日に入線し、整備を経て翌1976年（昭和51年）7月9日、ついにSL復活運転を開始。<br>以来、半世紀近くにわたり大井川鐡道のシンボルとして走り続けています。</p><h3>■1977年の記録</h3><p>今回ご紹介する写真は、1977年（昭和52年）8月1日に撮影されたものです。<br>これは、227号機が大井川鐵道で復活を遂げてから、ちょうど1年が経過した頃の姿になります。<br>現在の227号機は、キャラクターの装飾を施されたり、様々なイベントで姿を変えたりしていますが、この写真は、遠い北海道からやってきて再び火を入れられ、日本のSL復活ブームを牽引し始めたばかりの、純粋で力強い「素顔」のC11 227号機を捉えた貴重な記録と言えるでしょう。<br><br>【PIXTAポートフォリオはこちら】 いまは数が少ないですが、亡き父が撮影した昭和の貴重な鉄道写真を販売しています。いずれは私の撮影した素材も販売する予定です。</p><center>↓↓↓<br><a href="https://pixta.jp/@prof2697698"><img alt="写真素材 PIXTA" border="0" height="40" src="https://pixta.jp/img/bannerL.gif" width="200"></a></center><p>&nbsp;</p><p><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" title="鉄道ランキング"><img alt="鉄道ランキング" height="31" src="https://blog.with2.net/img/banner/c/banner_1/br_c_1491_1.gif" width="110"></a><br><a href="https://blog.with2.net/link/?id=2135210&amp;cid=1491" style="font-size: 0.9em;" title="鉄道ランキング">鉄道ランキング</a><br><br><a href="https://railroad.blogmura.com/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank"><img alt="にほんブログ村 鉄道ブログへ" border="0" height="31" src="https://b.blogmura.com/railroad/88_31.gif" width="88"></a><br><a href="https://railroad.blogmura.com/ranking/in?p_cid=11208268" target="_blank">にほんブログ村</a></p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 03 Mar 2026 18:00:15 +0900</pubDate>
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