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<title>0歳児パパ　肺がん闘病中</title>
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<description>2020年6月肺がんステージ4と診断され闘病を開始しました。現在妻、0歳娘の3人生活。私のステージで5年生存率は20%~40%。長期の生存は厳しいとされていますが、体力も落ちず脱毛程度の副作用でここまで来れております。</description>
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<title>要介護　監視計画スタート　2月21日（日）</title>
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<![CDATA[ <p>怒涛の１０日間であったが、火曜日もしくは水曜日の退院で先生方には進めて頂いている。</p><p>&nbsp;</p><p>妻、両親は、当然、突然倒れた私を自由にさせることはなく、当面監視が必要だろうと頭を悩ましているところだ。</p><p>&nbsp;</p><p>本日、父親の７４歳の誕生日、めでたい日ではあるが、我が家にて４３歳息子の介護と監視に関する話し合いがスタートした。私もLINE電話で、病院ロビーから参加した。</p><p>&nbsp;</p><p>話の大筋としては、監視することはできないため、妻が仕事等で私が1人になる時間帯は、我が家に母親が様子を見に来るということになった。</p><p>&nbsp;</p><p>43年間かなり自由にやって来た私にとって、今更母親の監視下に置かれるなど、耐え難い、苦痛、拷問である。しかしさすがの私も今回ばかりは、ノーとは突き返せない。今年70歳を迎える母親も40代息子の介護が先に回ってくるなど夢には思わず、良い迷惑だろう。面倒見てもらっている身分だが、ガンマナイフの治療が落ち着くまでは、ある程度言われることを聞かざるを得ない状況であろう。</p><p>&nbsp;</p><p>昼過ぎから皆で病院に見舞いに来ると言って来たが、お断りをした。昨日病院でクラスターが出たようで、病院スタッフ等ピリピリしている感じが伺え、1階のコンビニまで行くのも控えるように言われている。私は濃厚接触者ではないが、今日はさすがに近寄らない方が良いと感じた。</p><p>&nbsp;</p><p>両親が帰り、妻と再び電話で話をした。どうしても、1人になる時間をなくすとか、監視カメラを設置するなどの話になり平行線になる。できる限りの備えをしたい妻と、飲み薬に期待をしてある程度気楽にやりたい私と、なかなか折り合わない。それどころか私が安易に死にたがっているのではないか？とまで言ってくる始末。</p><p>&nbsp;</p><p>私は本人が受け入れないものをどんなに強いても上手く行かないと思う。治療にしても、介護にしても、まず本人の意思であろうし、私は自分の意思をまず大事にしたいと思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>決してリスクの高いことを自ら選択している訳ではない。むしろ助かった命を大事にしたいと思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>妻のできる限りのことをしたいという気持ちに応えることも非常に大事だと感じてもいる。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sun, 21 Feb 2021 20:28:05 +0900</pubDate>
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<title>主治医面談　2月19日（金）</title>
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<![CDATA[ <p>本日は私、妻、主治医2人よる4者面談を14:00に行った。</p><p>&nbsp;</p><p>これまでと重複するが、脳MRI画像の解説を中心に、来週の退院日、ガンマナイフの予定などについて説明を受けた。</p><p>&nbsp;</p><p>妻は私をどの程度期間、観察するのが良いかが、気になるようで、主治医に尋ねた。</p><p>&nbsp;</p><p>概ね1か月でどうかとの話であった。根拠は全くないそうだが。。</p><p>けいれんがしばらくの期間起きなければ、今後もしばらく起きないだろうと仮定できる。リスクは低いと判断できるが、勿論ゼロになることはない。</p><p>&nbsp;</p><p>周りの家族が、時間を作って私を観察することに、私は断固賛成できないが、主治医も似たようなお考えであった。</p><p>&nbsp;</p><p>20:00頃ウトウトしていると、主治医が簡易な防護服とフェースシールドを付けて病室を訪ねて来た。院内のスタッフで感染者がでたようで、他階の行き来などを控えてほしいとの依頼であった。</p><p>&nbsp;</p><p>入院中にコンビニを取り上げられると非常に辛いものがある。一旦陰性となっているのであれば、入院患者だけに制限を強いるべきではないと、強く思う。</p>
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<pubDate>Fri, 19 Feb 2021 21:41:13 +0900</pubDate>
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<title>コロナ患者が近くに　2月18日（木）</title>
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<![CDATA[ <p>朝10:00ステロイドの点滴を開始。入院から続けてきたが明日から飲み薬に代わり、退院に向かって動き出し始める。</p><p>&nbsp;</p><p>昼過ぎ。退院した患者に陽性者がいたとの一報が入ってきた。入院患者、職員に対し、一斉PCRを行うことになったとの連絡であった。（私はおそらく今回で8回目のPCRか。）</p><p>&nbsp;</p><p>私自身、濃厚接触者でもなんでもないが、近くで出たとのことで、念のため検査をするようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>症状や思い当たる節もないため、全く心配などしていないが、行動に制限が掛かることに危惧している。唯一の楽しみ、病院のコンビニ散策。</p><p>&nbsp;</p><p>来週退院までの限られた息抜きなのであるから。。</p>
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<pubDate>Thu, 18 Feb 2021 19:18:31 +0900</pubDate>
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<title>再婚してほしい。妻への思い　2月17日（水）</title>
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<![CDATA[ <p>妻は私より9歳若く、長女とまだ長い人生が残っている。</p><p>&nbsp;</p><p>今の時点では直近のことしか考えつかないであろうが、チャンスがあるのであれば、再婚して仕切り直してほしいと思っている。長女に理解のある方が現れるのであれば、私は非常に安心だ</p><p>。</p><p>正直なところ私は生きるのが、1年から2年。意思疎通できる期間に関しては半年から1年ではないかと想像している。</p><p>&nbsp;</p><p>私が死んで何年かは少々の蓄えと保険で賄えると思うが、長女のこともあり何十年先も見据えて行動してほしいと願っている。（必ずしも再婚がすべてではないと思うが、選択肢の一つとして前向きに考えてほしい）</p><p>&nbsp;</p><p>ブログを読まれた方に偽善とお叱りを受けるかもしれないが、私の正直な気持ちである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 17 Feb 2021 23:59:58 +0900</pubDate>
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<title>兄貴とオンライン電話　2月17日（水）</title>
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<![CDATA[ <p>私は3人兄弟の長男で兄貴はいない。</p><p>私が勝手に兄貴と呼んでいるのだが、音楽関連のお店で知り合い、大阪勤務時代からすでに10年近く親しくしていただいている方だ。結婚式の2次会進行もして頂き、夫婦で良くして頂いている。</p><p>&nbsp;</p><p>木曜日に私が倒れた際、妻も彼に相談等していることを把握していたため、連絡を入れてくれていた。</p><p>&nbsp;</p><p>22時頃、お気遣いのＬＩＮＥを頂いた。タイミングがよさそうだったので、そのままオンライン通話を行った。発症時の様子、今後の治療予定、現在の体調などを報告し、緊急事態宣言明けには飲みに行こうとお話しできた。現時点で、何も症状はないので、退院後は交際関係等も制限する予定はない。ころなに関する世間の動きを見ながらになるであろうが、不摂生にならない程度は良いのではないかと思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>兄貴からの情報によると、こないだまで良く行っていた音楽のお店はクラスターが出ているとの噂だ。私は最近出入りを控えていたが、お世話になった方々も感染したのではないか？とのことであった。</p><p>緊急事態宣言明けには早速行きたいと思ってはいたが、少々慎重にならざるを得ない。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 17 Feb 2021 23:17:47 +0900</pubDate>
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<title>造影MRIの結果説明　2月16日（火）</title>
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<![CDATA[ <p>午前中は書きそびれていた日記などを、カレンダー、手帳を振り返り、時系列でまとめた。</p><p>&nbsp;</p><p>15:00から、2人の主治医からMRIの結果説明がおこなわれた。</p><p>脳転移の箇所は幸い1か所で、3cm程度。場所は右前頭葉のこと。福岡記念病院でガンマナイフを受けることをお勧めされた。私は以前から、脳転移の際は戸畑共立にサイバーナイフを受けることを視野に入れ、情報をを集めていたのだが、命を掛けて、遠方まで行くことはお勧めできないとのことであった。ガンマナイフは頭部4か所にネジでの固定が必要で、できれば避けたいと思っていた。</p><p>せっかくなので、私の家族の動きについても相談しておいた。この数日間で、私の監視をどうしようとか、仕事辞めて、誰かがずっと見ておかないといけないのでは？など両親、妻の間で話が始まっている。主治医たちは、すべてのイベントは防げないので、落としどころをどこに設定するかが、ポイントとのこと。私も監視ばかりでは、息が詰まるし、許されるなら職場にも普通通り行きたいと思っている。身内の誰かが、大きく生活を見直すようなことは起こってほしくないし、今まで通りの生活を送ってほしいと思う。また当面は一人での運転は控える方がよいとアドバイスを頂いた。</p><p>&nbsp;</p><p>眠ることに少々不安がある。大丈夫とは思うが、そのまま目覚めないのではないか？と頭をよぎり、寝つきが良くない。ナースコールの場所を念のため確認するのが日課となっているようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ここ数日間毎日思っているが、妻と見つめ合って、やり直す機会を本当に与えられたと思っている。家庭が崩壊するほど揉めていた訳ではないが、育児、家事に対する意見の相違があり、口論になること、微妙な空気が流れることが多かった。ここまでの事件があって初めてたどり着いた感はあるが、お互いを強く思えるようになったことは良かったし、遅すぎこともなかったと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/keitarou7243/entry-12657828343.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Feb 2021 23:40:16 +0900</pubDate>
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<title>日常再開　2月15日（月）</title>
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<![CDATA[ <p>病室にはいるが、この日から日常が戻り始めた。</p><p>昨日は妻、娘とのオンライン、友人達とのオンラインなど、夜は盛沢山であった。</p><p>朝一番に、会社のNさん、Tさんへ電話し、病状と今後のスケジュールなどを連絡。9:00からのブロック会議もオンラインで視聴した。特別に使命感があるとまでは言わないが、普段通りやっている方が、気も紛れ、時間も早く感じるため良いと思っている。そのうち人事部から休暇中のPCの使用について禁止と言われるのは、時間の問題と思われるが。。</p><p>夕方、9月の講演会についての打ち合わせが行われた。進行は私が予定していたが、Tさんに一任し、少々発言だけさせて頂いた。</p><p>16:00頃、MRIに呼ばれ、造影で脳MRIを撮って頂いた。夏は単純で撮像を行ったが、この時造影を行っていたなら今回のようにはならなかったのでは？と多少思うところがある。副作用もなく、20分ほどで、検査を終了した。</p><p>検査終了後、仕事でお付き合いのあったRI室のTさんを訪問し、結婚おめでとうと、最近の私の病状について報告した。何かあれば相談できる方だったので、大阪に行かれるとのことで少々残念だ。この時はタイミング悪く、ライバル社の社員が訪問中であった。他にも話をしたかったが、早々に切り上げた。</p><p>一連の移動する中で気づいたが、少々視力が落ちたようだ。日常生活に支障があるレベルではないが、このレベルで堪えて欲しいと願う。</p><p>夜は20::00と22:00の2回に分けて妻とオンライン。今後の私の監視をどうするか？余命どの程度か？と話をするが、妻は奇跡を信じたいとのことで、なかなか現実的な話には進んで行かない。</p><p>ステロイド投与の影響で目が冴えるようだ。就寝後も1時間おきに目が覚めてします。3:00以降は深い眠りに付くことができた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/keitarou7243/entry-12657821893.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Feb 2021 23:55:42 +0900</pubDate>
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<title>バレンタインデー2月14日（日）</title>
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<![CDATA[ <p>本日バレンタインデー。病室のためあまり関係はないが、もちろん日常でも妻以外から最近はもらった記憶がない(笑)</p><p>朝1番に主治医のT医師と話ができた。改めて自分が倒れたことが未だ信じられないことを伝えた。</p><p>「不幸中の幸い。運びこまれたときのデータを見直したが、偶然が重ならなければ、間違いなく死んでいた」とのコメントであった。</p><p>夕食後、学生時代からの仲間たちと7人でLINE電話で話をした。今回倒れたことと、奇跡的に助かったことを報告し、2時間ほどのバカ話を楽しんだ。名残惜しかったが、21:00過ぎ消灯も近くなり、お開きとなった。</p><p>私は寝る準備を済ませ再度病室を抜け出し、妻、娘とテレビ電話。</p><p>娘に弟は欲しいか？と訊ねてみたところ、にっこり微笑んだ。</p><p>23:00頃床に着いた。寝入ってしまうことに多少恐怖がある。明日ちゃんと目覚めるだろうか？</p><p>ナースコールの位置を念のため確認し、就寝に入る。先日のけいれんが一騎に襲ってくれば、近くにあっても押すことはできないと思うが。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/keitarou7243/entry-12657687047.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Feb 2021 23:46:52 +0900</pubDate>
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<title>峠は越えた　2月13日（土）</title>
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<![CDATA[ <p>命の危険があったものの峠は越え、13日には一般の腫瘍内科の病棟に移れることになった。</p><p>10階東病棟の看護師の方々が迎えに来てくれた。3階の救命センターから出てくる患者はもちろん超重症患者のため、私の元気さをみて非常に驚いたとのことだった。まだ車いすましか許可されていないが、全然歩けるレベルまで回復している。</p><p>ということで、この日は安全をみて、ナースステーション近くの病室に配置された。緊急度は下がり、私の電話に妻も一安心してくれたようであった。</p><p>本日まで、トイレも車いす。明日から歩行が許可される予定。</p>
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<link>https://ameblo.jp/keitarou7243/entry-12657644364.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Feb 2021 23:15:12 +0900</pubDate>
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<title>目覚め　2月12日（金）</title>
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<![CDATA[ <p>11日（木）夕方から気を失ったようだが12日（金）朝7:00頃から目覚め始めた。</p><p>気管挿管されており言葉は発せない、痰、唾がたまり、パニックに陥る。定期的に吸い出してくれるが生きた心地ではない。</p><p>事の重大さを少しずつ感じ始め、きっと昨日飲みすぎたのだろうと、少し罪の意識を感じていた。</p><p>気管挿管されたまま、病院から妻に電話を入れてくれた。こちらから声は発せないが、妻は私に声を掛けただ良かったっと。泣きながら言ってくれた。無理させてごめんと謝り続けた。</p><p>私は随分正気を取り戻したため、筆談にて持ってきてほしいものなどを書いてお願いした。午前中には挿管も解除となり、鼻チューブまで緩和された。</p><p>昼過ぎから、妻、両親合同で説明いただける時間をもらえるとのことであった。この時すでに、おそらく脳転移があったのではないかと、薄々予想していた。</p><p>T医師、U医師合同で説明が始まった。頭部CTの画像をみながら解説してくれた。3cmほどの転移があり、これが脳を圧迫し、けいれんを起こしたものと説明された。予想通りの説明であったが、ショックであった。治療開始前から脳転移だけは、避けれるものは避けたいと思っていた。今後自分を保てなくなる、入り口に入ったことを受け止めざるをを得なかった。今後は福岡記念病院でガンマナイフを受ける方向で進めたいとのことで説明は終了した。</p><p>説明終了後、妻と2人の時間が取れた。妻は無理をさせてしまったと泣きながら謝り続けたが、私は逆に、つらい思い、心細い思いをさせただろうと、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。</p><p>振り返ると本当に恐ろしい出来事であった。祭日の木曜日でなければ間違いなく、在宅勤務中に命を落としていた。しかも、下記のどれかが欠けてもダメであっただろう。</p><p>祭日の木曜日。妻が休みだった。妻がとなりにいて異変に気付いた。夜でなく飲みすぎと判断されなかった。就寝中でなかった。風呂場でなかった。運転中でなかった。など。</p><p>良い偶然がたまたま重なり、生きながらえた。</p><p>最近は、育児、家事に関する意見の相違などもあり、言い合うことも多い時期であった。危うくお互いより添えることなく、喧嘩別れに終わってしまうところだった。今回を機に、お互い大きく歩み寄れるようになる。ここまでのことが起こって初めて気付けた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/keitarou7243/entry-12657639945.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Feb 2021 16:00:06 +0900</pubDate>
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