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<title>kellinnelyのブログ</title>
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<title>船橋市の土地の値段の上がり具合；</title>
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<![CDATA[ <br> 船橋市の土地の値段の上がり具合；<br><br>50年前に、ここ船橋市に越してきました。<br><br>もう50年も経ってしまったか！！　と思うこの頃ですが、当時、昭和41の購入価格を<br>古い書類をひっくり返していたらでてきました。<br><br>土地の価格、一坪\20､000-で、８０坪、１６０万円、家屋は、平屋30平米で、約２００万円<br>とあります。　銀行から融資を受けており、親父の給料が、\49,000とあります。<br><br>360万円あまりで、家を購入し、その価格は、親父の月給の約７２ヶ月分、年収の7倍です<br>そのままでは、銀行のローンの審査は通らなっかたです。　しかし、当時は、工場を経営<br>していましたので、頭金が、２００万円ほどあって、残額、160万円ほどが、ローンの返済<br>になったのです。　<br><br>今、この家を同じ土地に立てようとすると、考えました。<br><br>土地の価格は、べらぼうで、１坪80万円、昭和41年の40倍、家はいろいろオプション<br>がありますが、同じ間取り、設備で大雑把に 3000万円は、かかると思われます。<br>家は、当時の１５倍で、土地の値上がりが、ずば抜けています。<br><br>土地が　６４００万円、家が３０００万円、合計で９４００万円は、もう一般サラリーマン<br>では、手の届かないところへ行っています。<br><br>１９８０年代のバブル期には、土地の価格が、１５０万円ほどで売買されていました。<br>隣のアパートは、その金額で、農家のてから不動産屋に流れていました。<br><br>まさに、土地だけは、狂乱価格と言っていいと思います。　狂った市場でした。<br><br>勿論、<a href="http://xn--r8jj9984ag7i2ob790g.biz/" target="_blank">屋根葺き替え</a>の費用もうなぎのぼりに高騰しました。<br><br><br>バブルは、１９９７、８年頃から始まって、１９９０年にはじけるまで、約２年<br>狂乱は、続きました。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kelllinenely/entry-11920725239.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Sep 2014 08:29:54 +0900</pubDate>
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<title>英会話　個人授業</title>
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<![CDATA[ 個人授業；<br><br>　学生のとき、英語部に所属していた私は、３年のとき、コリーンという<br>米ワシントン州生まれの日系３世の英語教師に英会話を週１で習って<br>いた。<br><br>テキストなどない、フリートークで、結構面白かった。<br><br>彼女は、日本語が全く話せない３世でしたが、日本のことはおばあさん<br>から、聞いていて、少しは日本の文化も知っていた。<br><br>この米国と日本の違い、誤解についての話が面白く、米国人の人情<br>や気質、習慣に興味を持った。　また、男５人で、受講していたのだが<br><br>このコリーン。　女優ばりに、Good Looking、Good Styleそれでいてとっ<br><br>ても優しかったので、毎週会うのが楽しみだった。　<br><br>私の英語力は、貧弱ではあるが、初めて社会人になって商社に勤めた<br>とき、英語を使う機会が多く、苦労もしたが、英語部で、少しは度胸が<br><br>できていたので、なんとか、仕事をこなすことができた。<br><br>今でもつない語学力だが、なんとかやっている。<br>（なんとかやっていけるのがいけないのか、あまり勉強する気が<br>起こらない。　だからビジネス英語も上達しないのか？？）<br><br>まあ、とにかくこの美人英語教師との１年間は、良く話したし、最高の<br>授業であった。　<br><br>どこかで、会うことができたら、食事でもしたいと願う、この頃である。<br><br>リフォーム<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/hihinnely/diary/201301250000/" target="_blank">耐震工事をした我が家</a>でもいい<br><br>以上
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<link>https://ameblo.jp/kelllinenely/entry-11460479852.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Jan 2013 09:20:36 +0900</pubDate>
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