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<title>神学を学ぶ</title>
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<description>趣味で神学を勉強しています　時事評論はしません</description>
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<title>映画「教皇選挙」を観る　ー　衝撃の結末　！</title>
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<![CDATA[ <p><br>　話題の映画「教皇選挙」を観てきた。結末は<strong>衝撃</strong>的でここで触れるわけにはいかない（1）。是非ご自身でご覧いただきたい（2）。</p><p>　映画のメインテーマは実はあまりはっきりしない。<span style="text-decoration: underline;">信仰と権力の戦い</span>ともいえるし、<span style="text-decoration: underline;">時代の変化</span>への適応か・妥協か・拒否かとの争いともいえそうだ。カトリック信徒にとってはなじみ深い<strong>コンクラーベ</strong>の話だが、宗教映画、宣教映画とは言えない。ストーリーの展開はスリラー的で、映画としても一級の作品のように思えた。2時間余の長作だが一瞬も飽きさせないストーリーン展開だった。</p><p>　この映画は現在のヴァチカンが時代の変化にどう対応しようとしているのかをコンクラーベを中心に描いているのだが、全体が完全な<span style="text-decoration: underline;">室内劇</span>にもかかわらず、ストーリーの展開が見事なので飽きさせない。チャンバラやドンパチやクルマとセックスばかりの映画に飽きた方には久しぶりに映画らしい映画を観たという感慨を残してくれるだろう。</p><p>　カトリック信徒としてはいくつか印象に残ったシーンがある。第一は「<strong>亀</strong>」が表現するイメージだ。亀が聖書の中で直接的に描かれている場面は思いつかないが、一般的にいえば、少しずつゆっくりと成長・発展するイメージが思い浮かぶ。現在のカトリック教会が、過激な変化でもなく、かといって<span style="text-decoration: underline;">トリエント時代</span>に戻るのでもなく、ゆっくりと前向きに変化しつつあることを暗示しているのかもしれない。または、亀が亡くなった教皇のペットだというのなら、亀を池に戻すのは教皇の路線が続くという暗示なのかもしれない。<br>　第二の印象は新教皇が選ぶ「<strong>イノケンチウス</strong>」という教皇名だ。どのイノケンチウス教皇を意味するのかはわからないが、現在の教皇様がフランシスコを教皇名として選んだときと同じような驚きを与える。ヴァチカンの変化をシンボライズしているのかもしれない。それにしてもインターセックスの教皇はあり得ないだろうが、カトリック教会における女性の地位の向上を示そうとしているようだ。<br>　第三は教皇の候補者としてアメリカ、メキシコ、アフリカ、イタリア系の枢機卿（3）らが描かれるがアジア系は登場しなかったと思う。現在の信徒数で見れば、カトリックは南北アメリカとアフリカの宗教だ。ヨーロッパの、白人の世界のものではない。だが、歴史的に見て、黒人の教皇が生まれるのは少し先のことだろう。<br>　第4は、映画の結末とも関係するが、この映画は、現在のカトリック教会が、LGBTQ,移民、環境などの問題にどう対応しようとしているのかを暗示したいようだ。この映画はアメリカのカトリック枢機卿への批判が強いが、アメリカではどう受け入れられるのだろうか。<span style="text-decoration: underline;">アカデミー賞脚色賞</span>にとどまったのもわからなくも無い。現在のJDバンス副大統領が福音派からカトリックに改宗した（新たに洗礼を受けたのか堅信だけだったのかはわからない）のは35歳の時だったという。</p><p>　ということで、見てきたばかりで印象が整理できていないが、クリスチャンなら見ないわけにはいかない映画だと思った。</p><p>【ローレンス枢機卿】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/cd/90/j/o0640036015584770733.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p><br>注<br>1　この映画はフィクションだろうが、フランシスコ現教皇が原作者や映画監督たちの念頭に置かれているのは間違いないだろう。幸い、映画とは異なって、フランシスコ教皇様は回復なさっているという。原作は数年前のベストセラー小説らしい。<br>2　キーパーソンはベニテス枢機卿だということが最後に判明する。<br>3　枢機卿と司教の違いがわからないと、コンクラーベに集まったのがなぜ（この映画では）103人なのかわかりづらい。</p>
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<pubDate>Mon, 24 Mar 2025 18:15:35 +0900</pubDate>
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<title>今や恵みの時、今こそ救いの日　ー　2025年四旬節黙想会</title>
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<![CDATA[ <p><br>　今年の四旬節黙想会は3月16日にもたれた。悪天候にもかかわらず多くの方が参加されたようだ（1）。参加された方のお話と、当日配布された講話のレジュメを参考にしながら少しだけ記録しておきたい。</p><p>　黙想会の指導司祭は谷脇慎太郎神父様。説教はあまり得手では無いと仰られていたが（2）、心温まる講話だったという。</p><p>　講話ではまず、四旬節とはなにかという説明から入られた。「<strong>40</strong>」という特別な数字の意味の説明は詳しかったという。また、四旬節中の典礼では、アレルヤは一切唱えない、グロリアは歌わない、葬儀ミサは行わないなど、気をつける点を指摘された。四旬節中の勧めは「祈り・節制・愛の行い」だという。</p><p>　黙想会のテーマは、「<strong>今</strong>を生きている私たちは、<strong>まだ</strong>ではなく、<strong>すでに</strong>恵みに与っている」というものだった。</p><p>1　「罪と何のかかわりもない方を、神は私たちのために罪となさいました」</p><p><br>&nbsp;①二十六聖人について<br>&nbsp;②神はわたしに偉大なわざを行われた（エリザベトを訪問したマリアの賛歌）<br>&nbsp;③わたしたちの価値観を転換することが十字架の救いのメッセージである（日常の一つ一つの出来事を信仰の視点で捉えること）</p><p>2　「神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません」</p><p><br>&nbsp;①捲く人と刈る人は別の人<br>&nbsp;②先人たちの信仰を思い起こす（3）<br>&nbsp;③今の私たちとの比較をする（4）<br>&nbsp;④私たちはすでに恵みに与っているというのがメッセージである（5）</p><p>【四旬節黙想会2025】</p><p>&nbsp;</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/96/fc/j/o0390064015584770724.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/fb/51/j/o0387064015584770730.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p><br>注<br>1　わたしは残念なことに出席できなかった。<br>2　横浜教区の司教秘書など教区事務局の仕事が多かったという。<br>3　先人とは、使徒・初代教会・諸聖人・殉教者・信徒たち・カクレキリシタン・再宣教後の宣教師や信徒たちのことだという。旧約の預言者や士師たちは含まれないらしい。<br>4　教会は歴史が積み重なってできた、過去は否定しない、ということのようだった。<br>5　教会はいつも復活の新しさに触れる必要がある。そのためには「勇気・力・若さ」が必要だという。</p>
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<pubDate>Sun, 23 Mar 2025 14:39:04 +0900</pubDate>
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<title>カトリックは内村鑑三をどうみるのか　ー　なぜお札の肖像にはなれないのか</title>
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<![CDATA[ <p>　わたしの所属教会の信徒の集まりである「アカシアの会」（1）で、M氏の報告があった。<br>テーマは「内村鑑三について」というものだった。長老のカトリック信徒が内村鑑三を論じるというのでわたしは是非お話を聞きたいと思った。テーマに惹かれてか多くの方が集まった。天皇誕生日の振替休日で教皇様の病状が案じられる中、15名もの方が集まった。</p><p>　講演としては、内村鑑三の『<strong>余は如何にして基督信徒となりし乎</strong>』（1895）（2）の内容紹介が中心だった。M氏が現役時代に作られたモデレーター・プログラムを配布されて、説明を加えるという形の報告だった。<br>　この本には内村の1888年のアメリカからの帰国までが描かれており、彼の数度にわたる「<strong>回心</strong>」の経緯が記されている。M氏は丁寧に内村の前半生を説明された。<span style="text-decoration: underline;">不敬事件</span>など内村鑑三のその後の人生については触れられなかった（4）。</p><p>　M氏は、内村鑑三は「尊敬に値する人」だが、彼の主張や行動を全面的に肯定しているわけでは無いと言っておられた。とはいえ強く私淑している印象を受けた。第二バチカン公会議以前の日本のカトリックの世界を知る者として、内村鑑三に学ぶことが多かったのであろう。M氏によるとカトリック信徒で内村鑑三を論じる人は多くは無いという（5）。</p><p>　質疑応答は多岐にわたる論点を巡ってなされた。例えば、</p><p>①内村鑑三は<span style="text-decoration: underline;">代表的日本人</span>として「西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮」の5人を挙げているがそれはなぜか。内村は<span style="text-decoration: underline;">愛国心</span>や<span style="text-decoration: underline;">ナショナリズム</span>をどうみていたのか。<br>②カトリックの若松栄輔氏の『内村鑑三　ー　悲しみの使徒』をどう評価するか。つまり、井上洋治師や遠藤周作氏が強調した<span style="text-decoration: underline;">母性重視の霊性論</span>が内村鑑三に本当にあったのか。<br>③キリスト教の中核観念は「愛」ではなく「<span style="text-decoration: underline;">謙遜</span>」だという内村鑑三の主張をどう評価するか。かれは儒教や仏教をどうみていたのか。<br>④<span style="text-decoration: underline;">無教会主義</span>とはなにか。教会を持たない無いキリスト教があり得るのか。教会の<span style="text-decoration: underline;">階統制</span>に抵抗したのか。<br>⑤内村鑑三の思想は「上州人」（群馬県人）の気質を反映しているというがどういうことか。内村の「行動よりは内省」は気質なのか。</p><p>　などなど質問はつきなかった。どれも簡単な答えがある質問ではないが、M氏が穏やかに応答しておられたのが印象的だった。別の機会に講演の続きを期待して閉会した。</p><p>　最後に教皇様のご回復を祈って皆でお祈りをした。以前の「<strong>主祷文</strong>」と「<strong>めでたし</strong>」を使った。昔の文語体のお祈りだ。この世代の人々にはこちらの方がまだなじみがあるのだろう（6）。</p><p>【配付資料の表紙】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/2c/41/j/o0390064015584770721.jpg"></p><p>注<br>1　当教会の「アカシアの会」という名称の信徒の集まりは長い歴史を持つようだ。高齢の信徒の集まりなので神父様は出席されないようだ。主に婦人会中心に運営されていると聞いているが、実際には男性信徒も出席しているようだ。基本は相互の交流で、毎回どなたかが話題を提供しておられるようだ。<br>2　現在の紙幣の肖像は、渋沢栄一・津田梅子・北里柴三郎に変わった。福沢諭吉の時代が終わったことが印象的だ。だが内村鑑三は選ばれなかった。<br>　　　　　（1984）　　　　（2004）　　　（2024）<br>・１万円：福沢諭吉　→　　福沢諭吉　→　渋沢栄一<br>・５千円：新渡戸稲造　→　樋口一葉　→　津田梅子<br>・１千円：夏目漱石　→　　野口英世　→　北里柴三郎</p><p>3　『余は如何にして基督信徒となりし乎』は1895年に『How I Became a Christian』のタイトルでまず英語で出版された。全体の日本語訳は内村の没後（1930）に出ており、以後数種類の翻訳が刊行されているという。岩波文庫本がよく読まれているというが、河野純治訳『ぼくはいかにしてキリスト教徒になったか』もわかりやすい訳本として今回紹介された。<br>4　内村鑑三と言えば、不敬事件に代表される反戦論的な預言者という印象が強いが、「<strong>二つのJ</strong>」論、「<span style="text-decoration: underline;">無教会</span>」派論など神学的にも教会論的にも重要な論点を提起していたという。<br>5　M氏は若松栄輔氏に言及しておられた。<br>6　【カトリック教会で2000年2月15日まで使用していた主の祈り（文語体の主祷文）　現在は公式には使用されていない】</p><p>天にましますわれらの父よ、<br>願わくは御名の尊まれんことを、<br>御国の来たらんことを、<br>御旨の天に行わるる如く<br>地にも行われんことを。<br>われらの日用の糧を<br>今日われらに与え給え。<br>われらが人に赦す如く、<br>われらの罪を赦し給え。<br>われらを試みに引き給わざれ、<br>われらを悪より救い給え。<br>アーメン</p><p>【カトリック教会が現在使っている口語訳の主の祈り】</p><p>天におられるわたしたちの父よ、<br>み名が聖とされますように。<br>み国が来ますように。<br>みこころが天に行われるとおり<br>地にも行われますように。<br>わたしたちの日ごとの糧を<br>今日もお与えください。<br>わたしたちの罪をおゆるしください。<br>わたしたちも人をゆるします。<br>わたしたちを誘惑におちいらせず、<br>悪からお救いください。<br>国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。<br>アーメン</p><p>　「主の祈り」と「アヴェ・マリアの祈り」の訳文については現在でも議論が絶えないという。</p>
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<pubDate>Tue, 25 Feb 2025 11:15:23 +0900</pubDate>
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<title>「弱さ」の神学　ー　待降節黙想会の講話</title>
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<![CDATA[ <p><br>　当教会で待降節の黙想会があった。ごミサの前に教会で開かれるということで、<span style="text-decoration: underline;">保久要</span>師の講話が中心だった（1）。<br>　講話のタイトルは「<span style="text-decoration: underline;">クリスマス～弱さの中の希望</span>」というもので、その内容は興味深いものであった。「<strong>弱さ</strong>」に関する保久師のお考えを整理されたもののようだ。師は神学という言葉を使ってはおられないが、弱さをテーマにした議論は教会内では珍しいので、ここに印象を書き残しておきたい。</p><p>　黙想のテーマは「<strong>神様の救いの計画</strong>」というもので、師は5ページにわたる長文のレジュメを配られた。以下、骨子だけをまとめてみたい。</p><p>【レジュメ】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/a5/71/j/o0378064015584770711.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　師の主張は簡潔だった。「<strong>なぜ救い主は「弱い」存在としてこられたのか？</strong>」<br>この問いに答えるために師はつぎのように話を始められた。</p><p>①第一の創造では、神はアダムとイブを作られた　：　アダムとイブは　「<strong>大人</strong>の姿」として創造された。人間は「幼子」として創造されたのでは無い。</p><p>　神は恵みとしてアダムとイブを贈られた。「強い存在」としてではなく、「<strong>恵み</strong>」として贈られた。だが知恵の実を食べてしまい、自分が強い存在、神になろうとした。<br>　イスラエルは強さを求めて、強さがすべてという社会を作ってしまった。だが、圧政の中、「いつか、ダビデやソロモンのような偉大が王が現れると思い、救い主を待望」した。</p><p>＊　原罪（楽園からの追放）、イスラエルの度重なる罪、戦争と圧政、搾取　＝　<strong>強者が支配する社会</strong></p><p>②第二のアダムであるキリストは「<strong>幼子</strong>」として到来した。大人として突如現れたのでは無い</p><p>　ここには、強さを求めるのでは無く、弱さを大切にする社会をつくるというメッセージが込められている。これが、幼子イエスが送られた意味であり、<span style="text-decoration: underline;">クリスマスの意味</span>である。<br>　<br>＊　幼子は、無力・無防備・弱き者で、人の助けが必要である　＝　「<strong>弱さ」を中心とした社会に！</strong></p><p>　師は、紀元前11世紀のイスラエルから説きおこされ、イエスの到来まで詳しくお話しされた。このような前置きの後、師は、メインテーマである「弱さ」とは何かをつぎのように説明された。</p><p>【講話】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/5a/b3/j/o0320064015584770715.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br>　具体的には、<br>①村上春樹『壁と卵」（エルサレム賞受賞スピーチ　文藝春秋2009年4月号）<br>②教皇フランシスコ　「東京カテドラルでの若者との対話」（2019・11・25）<br>③高橋源一郎・辻信一『弱さの思想　たそがれを抱きしめる』（2014　大月書店）</p><p>　の3冊を取り上げ、おのおののなかで「弱さ」がどのように説明されているかを詳しく紹介された。</p><p>　①では、「<span style="text-decoration: underline;">政治的正しさ</span>」（Political Correctness）の<span style="text-decoration: underline;">欺瞞性</span>が指摘された。「わたしは弱い者の味方である。弱い者は正しいからだ」という言説も欺瞞的だ。「<strong>弱い者は正しい</strong>」という言説は広く受け入れられている。では村上春樹も左翼なのか。師は、ラベリングよりも、村上春樹が人間を蝕む「本質的な弱さ」を「物語」を通して描いていると述べられた。</p><p>　②では、教皇フランシスコが言いたかったのは、「人間はそもそも弱い存在で、それを思い起こさせるために神は人となった」ということではなかったか。</p><p>　③では、社会的弱者（精神障害者・身体障害者・介護を必要とする老人・難病にかかっている人などなど）の「弱さ」のなかに新しい社会の可能性がある。効率的な社会・均質的な社会・弱さを排除し、強さと競争を市場原理とする社会は、本質的に脆さを抱えている。</p><p>　最後に師は、ご自分の主張をつぎのように整理された。</p><p>①弱さは周りを変えていく。弱さにこそ力がある<br>②弱さを中心として共同体はみんなが幸せになれる<br>③弱さはいいもんだ！　弱さの中に希望＝救いがある！</p><p>　このように文字化してしまうとなにかきれい事を仰っていたようにしか聞こえないが、師のお人柄のせいか、違和感の無い流れのお話であった（2）。師は最後にフランシスコ教皇様のつぎのような言葉で締めくくられた。</p><p>　「よくいう、『生きている限り希望はある』は正しくありません。言うならばその逆で、いのちを生かし続け、守り、世話し、育むものが希望です」（『キリスト者の希望　教皇講話集』ペテロ文庫）</p><p>　ということで、クリスマス前の黙想会としてはかなり難解なテーマだったという印象がある。「<span style="text-decoration: underline;">正義は弱者にある</span>」は本当なのか（3）。</p><p>注　<br>1　黙想会にはいろいろな形があるようだが、今回は講話の後にごミサという流れだった。つまり、ミサ中のお説教も講話につながる話だった。福音朗読はルカ3・1～6で洗礼者ヨハネの悔い改めの洗礼の話だが、お説教はイザヤ書の「<strong>荒れ野</strong>」についてのお話だった。荒れ野とか荒野とか言われても多様な森林帯を持つ日本ではイメージしにくいが、砂漠とでも考えておけば良さそうだ。<br>2　師は教区では事務局での仕事をずっとしてこられ、司教様の信頼も厚いという話を知人から聞いた。小教区司祭になったのは今回が初めてだと自己紹介されていた。小説も書いておられるようで、文学に造詣が深い印象を持った。<br>3　競争社会に生きているサラリーマンや学生にはあまり説得力の無い主張ですね、と師自身も講話の中で認めておられた。では、キリストに倣って生きるとはどういうことなのか。わたしは今、ヨゼフ・ラッチンガー（教皇ベネディクト16世）の『ナザレのイエス』（2007）と、ハンス・キュンク『イエス』（2012）を比較しながら読んでいる。二人が描くイエスの姿の違いに驚くというより、「<span style="text-decoration: underline;">キリスト者である</span>」ということ、「<span style="text-decoration: underline;">キリストに倣って生きる</span>」ということについて、二人の理解の違いに驚いている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 09 Dec 2024 15:56:14 +0900</pubDate>
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<title>ヒップホップとキリスト教　ー　孫のダンス発表会</title>
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<![CDATA[ <p><br>　孫二人が通っているダンス教室の発表会があり、久しぶりに観てきた。<strong>ヒップホップ</strong>なのだが踊り手は幼稚園生から70歳代までいたようだ。<br>　オリンピック種目にもなった<span style="text-decoration: underline;">ブレイキン</span>（ブレイクダンス）とヒップホップがどう違うのか、見た目ではわからなかった。どうもダンスとしては<span style="text-decoration: underline;">モダンダンス</span>とは区別される<span style="text-decoration: underline;">コンテンポラリーダンス</span>の一つらしいが、スポーツでもないし舞踏でもなくて「<strong>文化</strong>」なのだという。よくわからない世界だが孫たちは力一杯踊って楽しそうだった。</p><p>　いつ頃生まれた踊りなのかわからないが（1）、我々が生まれ育った時代にはなかったものだ。大音響なので年寄りにはつらいが、お孫さん応援に来ている高齢者も結構おられた。2時間半の演技は長かったが、いろいろな世界大会もあるようで、ダンス教室はビジネスとしても拡大中らしい。</p><p>　ヒップホップは文化だというが、もともとは<span style="text-decoration: underline;">ストリートダンス</span>らしく、そういう意味では<span style="text-decoration: underline;">黒人文化</span>なのだろう。<span style="text-decoration: underline;">ゴスペル</span>と<span style="text-decoration: underline;">ブルース</span>の混合（<strong>聖と俗</strong>の混合）した文化だというが、日本のヒップホップに宗教性は一切ない（2）。ヒップホップがキリスト教を背景にしていることは日本では関係ないようだ。ただ、「<strong>型にとらわれず</strong>」に、踊りと音楽と映像を楽しむものらしい。特に<span style="text-decoration: underline;">バトン</span>を使ったダンスは興味深かった。バトンがヒップホップとどういう関係があるのかは知らないが、別のジャンルのダンスなのかもしれない。<br>　大音響に疲れたが、孫たちが、現代の子供たちが、住む世界の一部を垣間見れて楽しい時間だった。</p><p>【ヒップホップ】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/31/62/j/o0640062315584770706.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p><br>注<br>1　wikipedia の説明では1970年代とか1980年代とか書いてあるが、時代よりは生まれた場所がアメリカだという事に興味を引かれる。<br>2　小学生・中学生の孫娘はカトリックの洗礼を受けてはいるが、ヒップホップがキリスト教を背景にしているとは思ってもみたことがないだろう。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kempis4/entry-12899901203.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Nov 2024 13:16:41 +0900</pubDate>
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<title>「死者の日」のミサ　ー死去から帰天へ</title>
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<![CDATA[ <p><br>　11月2日（土曜日）の「<strong>死者の日</strong>」のミサにでた。主日のミサと変わらないくらいの人数の方がおられた。<br>　当教会では、昨年11月からこの10月までに帰天された方のお名前のリストが配布される。今回は23名の方の霊名があった。コロナ禍後とはいえ多くの方が帰天されたということだ（1）。</p><p>　死者の日は昨日の「<strong>諸聖人の日</strong>」の翌日と定められているので（2）、どこの国でもお墓参りの時期だ（3）。日本の仏教で言えばお盆の時期ということになる（4）。</p><p>　神父様もお説教で死者を追悼することの意味を丁寧の説明されていた。<br>葬儀や追悼というと「かみともにいまして」を思い出す。「また会う日まで」と覚えている人が多いという（5）。</p><p>【死者の日のミサ】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/71/eb/j/o0640048015584770699.jpg"></p><p><br>注<br>1　<strong>帰天</strong>とは死去のことを指すカトリックでの用語である。プロテスタントでは<span style="text-decoration: underline;">召天</span>（昇天ではない）と呼ぶことが多いという。ちなみに聖マリアのみは、帰天ではなく、<span style="text-decoration: underline;">被昇天</span>と呼ぶ。<br>　用語で言えば、カトリックでは納骨を<strong>埋葬</strong>と呼ぶことが多い。たとえば、納骨式というよりは<span style="text-decoration: underline;">埋葬式</span>と呼ぶことが多い。とはいえ、カトリックの共同墓地には墓地以外に納骨堂もあるが、これも昔からの言い回しがそのまま残っているのであろう。（現在の日本では当然だが土葬は許されない）。<br>2　<span style="text-decoration: underline;">諸聖人の日</span>（All Saints Day）はプロテスタントでは<span style="text-decoration: underline;">万聖節</span>（All &nbsp;Soul's Day）と呼ぶようだ。日本では<span style="text-decoration: underline;">ハロウィーン</span>の時期といった方がわかりやすいようだ。<br>3　日本のような非キリスト教国では教会の<span style="text-decoration: underline;">共同墓地</span>はどの教会での土地不足その他の理由で数が少ないようだ。つまりどの小教区（教会）も自分たちだけの共同墓地を持っているわけではないようだ。複数の小教区が一つの墓地を共有するという形が多いようだ。イグナチオ教会の<strong>クリプタ</strong>は例外的なケースだろう。したがって、一般の霊園（公営・民営）にお墓を持つ方も増えているという。ちなみに、教会の共同墓地の維持費は寺院墓地のそれと比べると破格に安く、一般の霊園のそれよりも安いと言われる。おそらく納骨堂なら年間数千円の範囲ではないか。<br>4　お盆が仏教固有のの儀式といえるかどうかわからないが、日本では祖先崇拝の儀式として定着しているとはいえるだろう。<br>5　この聖歌は必ずしも葬儀のためにつかられた歌ではないそうだが、教会では「お葬式の歌」として歌われる。納骨式ではかならず歌われるようだ。歌詞だけを見てみよう。</p><p><br>１、神ともにいまして ゆく道をまもり<br>あめのみ糧もて ちからを与えませ<br>また会う日まで また会う日まで<br>かみのまもり 汝が身を離れざれ<br>２、荒野をゆくときも あらし吹くときも<br>ゆくてをしめして たえずみちびきませ<br>また会う日まで また会う日まで<br>かみのまもり 汝が身を離れざれ<br>３、御門に入る日まで いつくしみひろき<br>みつばさのかげに たえずはぐくみませ<br>また会う日まで また会う日まで<br>かみのまもり 汝が身を離れざれ</p>
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<pubDate>Sun, 03 Nov 2024 16:07:04 +0900</pubDate>
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<title>「躓かせる」とはどういうことか</title>
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<![CDATA[ <p><br>　今日の御ミサは主任司祭が出張不在のため、前前任の主任司祭のH神父様が司式された。人柄の良さで人望があったH師の久しぶりのミサということで多くの方が集まった。お聖堂が信徒であふれたのはコロナ禍以来初めてだったと思う。</p><p>　今日は年間第26主日で「世界難民移住移動車の日」ということで、福音朗読はマルコ9：38～48だった。この章ではイエスが自分の受難を予告する場面が読まれるのだが、この箇所では「誘惑の警告」をしている。地獄の説明などおどろおどろしい表現があるのでのであまり読んでみたくなる箇所ではない。ここの42節はこのように始まる。</p><p>「わたしを信じるこれらの小さな者のひとりをつまづかせる者は大きな石臼を首にかけられて、海に投げ込まれてしまう方がはるかによい」</p><p>　ここで「<strong>つまづかせる</strong>」という言葉が出てくる。H師は今日のお説教でこの言葉の意味や用法、使い方について話された。興味深いお説教だったので少し考えてみた（1）。</p><p>　神父様が言われるように、「つまづく」ということばは我々は日常会話ではほとんど使うことがない。だが、「聖書と典礼」では「新共同訳聖書」からこの文言を引用してくる。ちなみに「協会共同訳聖書」でもおなじ訳語がつかわれている。では、つまづくとはどういう意味なのだろう。</p><p>　日常用語でいえば、「広辞苑」は二つの用法を挙げている。①けつまづくという意味で、なにか障害物に足先を蹴り当てる（段差でつまづく）　②中途で失敗する（経営につまづく）。つまり<span style="text-decoration: underline;">宗教的な意味や用法は指摘していない</span>。</p><p>　宗教的な意味では、例えばキリスト教では、「<strong>信仰上の理解を妨げるもの</strong>」と説明されている（2）。例として、救い主が人間のかたちをとって現れたこと（マタイ11：6）、神の子の十字架の死が躓きになる（Ⅰコリ1：23）。<br>　『岩波キリスト教辞典』（2008）では、躓きとは人を転倒させる障害物をさすが、転じて、失敗や過失の原因、神が民に敵対して与える苦難、イエスが期待されたメシア像を裏切ったため人々が信ずることができないこと、を指すと説明している。さらに、「倫理的には、隣人にとって傷害となる言葉や行為」のことと説明している。あまりはっきりしないが、教会内での用法はこちらの説明に近い印象がある。</p><p>　問題は訳語だ。「つまずかせる者」という訳語は聖書によって異なる。バルバロ訳では、「小さな人の一人にでも<span style="text-decoration: underline;">罪を犯させる者</span>」とある（3）フランシスコ会訳は「<span style="text-decoration: underline;">つまづかせる人</span>」である。新共同訳、協会共同訳でも「つまづかせる」だ。<br>　H師は英訳では「whoever causes one of these little ones who believe in me to sin」とあり（4）、要は罪を犯すよう誘惑する者・事を意味するようだと説明された。もっともな説明だった。<br>　でも、なぜ「つまづかせる」などという訳語があえて選ばれているのか。他の言語ではどのように訳されているのか知りたいところだ（5）。</p><p>【年間第26主日】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/e4/13/j/o0378064015584770695.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p>注<br>1　H師のお説教は以前と同じくわかりやすいものだった。わかりやすく解説するというのは難しいことだが、師は今日の朗読箇所を「我々の信仰生活が不完全なままでもよいのではないか」という趣旨で説明された。もちろんイエスは「完全を求めよ」と繰り返し説いており、完全を求めねばならないが、それでも自分の不完全さを認めてもよいのではないか、と言われた。聞き慣れた「<strong>H節</strong>」の連発で久しぶりに痛快なお話であった。<br>2　『聖書辞典』（新教出版社、2007，291頁）<br>3　バルバロ訳の注では、つまづきについて、「有力な古写本にはなく、書入れがどうか不明である」とある。<br>4　この訳文は、The Holy Bible English Standard Version, 2014　のもの。<br>5　『文語訳新約聖書』（岩波文庫）では「躓かする者」とある。聖書の翻訳には聖書学者だけではなく、文学者、言語学者、芸術家など多くの分野の人が関わっているという。「つまづく」という訳語は広く受け入れられているようだ。とはいえ、わたしにはその宗教的意味合いは現在は薄れてきているような印象がある。信仰の障害になるという意味でつまづくという言葉は使われる機会は減ってきているのではないだろうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kempis4/entry-12899901197.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Sep 2024 22:10:22 +0900</pubDate>
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<title>敬老の日のミサ　ー　終油かお彼岸か</title>
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<![CDATA[ <p><br>　年間第24主日（B年）の今日は「<span style="text-decoration: underline;">祖父母と高齢者のための世界祈願日</span>」だ。ごミサの中で「病者のための<strong>塗油の秘跡</strong>」（終油の秘跡）がなされた。日曜学校の子供たちから聖歌を歌うプレゼントが贈られ、ミサ後に記念撮影がなされた。茶話会も盛会だった。</p><p>　敬老の日のお祝いもあったのでミサの高齢者の出席者は多かったが、若い方も多かった。神父様のお説教も力が入っていた。今日の福音朗読はマルコ8：27－35で、長い。ペテロがイエスはメシアだと信仰告白し、イエスが死と復活を予告する場面だ。神父様はここをペテロはまだメシアという言葉の意味がわかっていないという視点から解説された。興味深い説明だった。</p><p>　敬老の集いには<span style="text-decoration: underline;">80歳以上</span>の方に招待状が神父様から送られた。そのためか、今日の出席者はあまりにも数が多く、祭壇の前に並んで一緒に写真を撮ることができなかった。2階席からの遠景写真が撮れただけだった。80歳以上の方の出席が多かったというのはこれはこれで教会としては喜ばしいことなのであろう。神父様からはサイン入りのカード（ご絵）がプレゼントされた。</p><p>【神父様からのカード】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/16/77/j/o0353064015584770687.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/bd/21/j/o0335064015584770690.jpg"></p><p><br>　現在は九月十五日は「老人の日」で、九月第3月曜日（今年は九月十六日）が国民の祝日としての「敬老の日」ということで、なにか紛らわしい。</p><p>　カトリックの教会暦では、「祖父母と高齢者のための世界祈願日」は<span style="text-decoration: underline;">七月第4日曜日</span>で、<span style="text-decoration: underline;">イエスの祖父母</span>（聖ヨアキムと聖アンナの日の7月26日）に近いのでこの日に祝う国も多いようだ（1）。ところが日本では七月の暑いさなかに敬老の気分にもなれないので九月が選ばれているのかもしれない。9月15日前後は、中秋だし、お彼岸だし、敬老の日に塗油の秘跡も違和感はない（2）。</p><p>　塗油の秘跡では司祭は額に聖油を塗るときにつぎのような祈願を唱えてくれているという。「この聖なる塗油により、慈しみ深い主キリストが、聖霊の恵みであなたを助け、罪から解放してあなたを救い、起き上がらせてくださいますように」。実際には塗油の希望者全員に一人一人この祈りを唱えるのは大変なことだろうからなにか別の祈りがあるのかもしれない。</p><p>　ミサ後の茶話会には神父様も参加され、各テーブルを順番に回って話に加わっておられた。信徒との交わりを大切にされる神父様のようだ。教区ではいろいろな役職を割り振られてお忙しいようだが、ミサを立てることを最も大切にされるという姿勢は好ましい。</p><p>注<br>1　世界祈願日には3つあるという。<br>①世界平和の日（1月1日）<br>②被造物を大切にする世界祈願日（9月1日）<br>③祖父母と高齢者のための世界祈願日（7月の第4日曜日）：教皇フランシスコが2021年に制定<br>2　日本では、「祖父母と高齢者のための世界祈願日」は「<span style="text-decoration: underline;">敬老の日の前日の日曜日</span>」と定められた。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの最中に制定されたものだ。カトリック中央協議会はつぎのような説明をしている。<br>「この祈願日の教皇メッセージは、とりわけ高齢者自身へと向けられます。教皇は、記憶を保ち信仰を伝えるという高齢者の使命を繰り返し説いています。高齢者には、社会において担うべき役割があるのです。ですから、高齢者にとってはその使命の自覚が、後の世代にとっては高齢者の果たす役割への理解が、それぞれ求められます。家庭にも教会にも、高齢者が活躍する場、あらゆる世代がつながって協働する場が必要なのです。」<br>　日本ではこの世界祈願日を敬老の日の近くに持ってきたということについてはいろいろ議論もあるようだ。日本のカトリック教会内の信徒の姿勢の違いは様々なところでみられるようだが、一番深い違いはいわゆる<span style="text-decoration: underline;">土着派と福音派</span>の対立だろう。信者の数をとにかく増やすのが大事でローマの言いなりにならずに日本文化に適応していくことを強調する人々と、カトリックの普遍性を強調する立場の違いとでもいえようか。日本の司教団はどちらかといえば土着派に近い印象がある（七五三や敬老の日のお祝いの導入など）。最近はこの対立軸に加えて、カトリック教会は「<span style="text-decoration: underline;">日本の教会</span>」なのか「<span style="text-decoration: underline;">日本人の教会</span>」なのかという対立軸も生まれてきているようだ（三好千春『時の階段を下りながら』2021）。日本の信者数は40数万人とよく言われるが、実は外国人信徒の数は日本人の信徒の数より多いと言われる。外国語のミサを挙げている教会は多い。外国人信徒は日本人信徒と「<span style="text-decoration: underline;">一緒に</span>」教会で活動するのか、それとも「<span style="text-decoration: underline;">別々に</span>」活動するのか。日本人のカトリック信徒数が増えないなか、外国人信徒数は着実に増加しつつある。現在のところ移民労働者のなかでカトリック信徒は多い。中央協議会はどこへ日本の教会を導いていこうとしているのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kempis4/entry-12899901194.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Sep 2024 20:37:35 +0900</pubDate>
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<title>喜びの日か鎮魂の日か　ー　被昇天の祝日に想う</title>
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<![CDATA[ <p><br>　今日八月十五日はカトリック信者にとっては複雑な日だ。聖母の被昇天の祝日であり、終戦記念日であり、お盆の日でもある。</p><p>　今日のごミサでは神父様は<strong>白の祭服</strong>を着る。聖櫃も祭壇も説教台も白色で覆われる。白は<span style="text-decoration: underline;">喜びの色</span>だ。<span style="text-decoration: underline;">お祝い</span>なのである。挨拶をするとするなら「おめでとうございます」なのだ。<br>　今日のごミサは多くの方が参列された。普段の日曜日のミサと変わりないくらいの出席者の数だった。この異常な酷暑の中、高齢者がこれだけ集まるのだから、被昇天の祝日の重要性がわかる。聖母の被昇天の祝日は、教会では<span style="text-decoration: underline;">イースター、クリスマスについて3番目に重要な日</span>なのである。</p><p>　今日の福音書朗読はルカ1：39～56だった。マリアがエリザベトを訪ねるシーンだ。マリア崇敬の中核部分で、よく知られている箇所だ。神父様はお説教でマリアとエリザベトを対比させながら、「なぜマリアが最初に挨拶したのか」と問われた。普通に考えれば、まずエリザベトが最初に挨拶しても良さそうなのに、ということだ。神父様はマリアの<span style="text-decoration: underline;">従順</span>ということをおっしゃりたかったのだろうが、話があちこちに飛んでしまったのは残念だった。神父様もマリア様についていろいろと話したいことがおありだったようだ。今日がお盆の日であり、同じ時間帯に戦没者追悼式が催されていることに触れられることはなかった。</p><p>　同じような感想を数年前のブログで投稿したことがある（1）。この時はコロナ禍の最中だったので、ブログのトーンに明るさはない。現在はコロナ禍をなんとか乗り切ったという安心感が勝っている。今日のミサは力強いものであり、神父様のお説教も励ましの言葉であった。鎮魂の日が同時に喜びの日でもあることの意味をかみしめたい。</p><p>【祭壇の白】</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/66/e5/j/o0320064015584770683.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p>注<br>1　「被昇天祭と終戦記念日　ー　「主よ、どうかお助けください」　（2020-08-16）</p>
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<link>https://ameblo.jp/kempis4/entry-12899901191.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Aug 2024 17:40:00 +0900</pubDate>
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<title>香部屋　ー　入ったことありますか</title>
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<![CDATA[ <p><br>　私どもの教会の月報(第４０２号）に典礼係から貴重な投稿があった。タイトルは「典礼奉仕について」となっており、主に香部屋と祭壇の準備についての説明であった。祭壇はいつも見慣れてはいても細部はよくわからないことが多い。また、香部屋は侍者をしたことがなければほとんどの方は入ったことがないのではないか。祭壇はどこの教会でも同じだが、香部屋の内装は教会の個性が出てくるところだ。少しこの投稿を紹介してみたい。</p><p>　まず香部屋だが、聖具室とか祭具室とか呼ぶこともあるそうだが、わたしは香部屋以外聞いたことがない。祭壇に接して設けられている教会が多いようだが、祭壇から離れたところにある場合もあるようだ。大きさも様々らしい（1）。</p><p>　香部屋はさまざまな収納や保存機能をもつが、基本は神父様の<span style="text-decoration: underline;">祭服</span>の用意をする場所だ。典礼係はその日の<strong>典礼色</strong>に合わせて、神父様が重ねて着用される祭服を、<span style="text-decoration: underline;">着る順番に準備台にたたんで置いておく</span>という。<br>　ここでは典礼色のチェックが大事だ。聖櫃のカバーの色、朗読台の十字架の布の色、祭服の色、はいつも同じものにする。典礼係が一番気を遣うところだろう。</p><p>　では、典礼色には何種類あるのだろうか。<span style="text-decoration: underline;">基本は5種類</span>だそうです（２）。</p><p>①<strong>白色</strong>　：神の栄光・勝利・復活・喜び・清らかさの象徴<br>&nbsp;待降節、復活節、主な祝祭日、洗礼・堅信・初聖体・結婚の儀式で用いられる<br>②<strong>赤色</strong>　：火と血の象徴　火は聖霊で、聖霊降臨の主日に用いられる　血は命まで捧げ尽くす愛の象徴、主の受難の主日・聖金曜日・殉教者の祝祭日に用いられる<br>③<strong>緑色</strong>　：成長する新芽の色で、天国への旅路を導く希望を意味する　&nbsp;通常の「年間」の主日に用いられる<br>④<strong>紫色</strong>　：回心・節制・悲しみを表す色で、待降節・四旬節・ゆるしの秘跡・葬儀・死者のためのミサで用いられる<br>⑤<strong>ばら色</strong>　：控えめな喜び・待つ喜びを表す　待降節第３主日・四旬節第四主日に用いることができる</p><p>　「年間」の緑色が一番なじみがある色だろう。司祭がほかの色の祭服を着てお聖堂に入ってくると、「そうか」ということで典礼暦年や祝祭日を思い起こすことになる。</p><p>　つぎは、祭服の話だ。司祭はミサの時、何枚の祭服を重ねて着ているのだろうか。</p><p>　普段はカラーもつけない司祭が増えているのでわかりずらいが、なんと<span style="text-decoration: underline;">４枚も重ね着</span>をしているという。</p><p>①<strong>アミクトス</strong>　まず首の周りに着ける　肩衣と訳すこともあるらしい<br>②<strong>アルバ</strong>　白い祭服を着る<br>③<strong>ストラ</strong>　当日の典礼色に合わせた色のストラを着る<br>④<strong>カズラ</strong>　幄衣（あくい）ともいうらしいが聞いたことはない　合羽みたいなもの　色はストラと同じ</p><p>　どれもラテン語そのままで覚えづらいが、教会内では日常的に使われる用語だ。祭服を４枚も着ると結構重いし、夏は暑いことだろう。仏教のお坊さんの衣（外側の袈裟　内側の法衣）の方が涼しそうだ。</p><p>　続いて、<span style="text-decoration: underline;">祭壇</span>の説明があった。大事なのは、聖櫃の鍵、チボリウム、ホスチア　だろうが、説明は、祭壇をカバーする布、ローソク、祭器具について詳しくなされた。一部を簡単に要約してみたい。</p><p>①祭壇布　祭壇をカバーする布　高価なものらしい<br>②ローソク　ローソクは現在は左右二本づつ計４本置かれている（司教ミサでは計７本）（３）<br>③祭壇　祭壇中央には<span style="text-decoration: underline;">十字架</span>が置かれ、書見台のうえに<span style="text-decoration: underline;">ミサ典礼書</span>が置かれる（４）<br>④祭壇右脇の祭器具　これらは侍者をやらないとミサに与っている信徒からはよく見えないので知っておく必要がある</p><p>&nbsp;<strong>カリス</strong>　ぶどう酒を入れる杯　カリス拭き（プリフィカトリウム）が上に載っている<br>&nbsp;<strong>パテナ</strong>　司祭が用いる大きめのホスチアを載せる受け皿　<strong>パラ</strong>　という四角い固めの板状のものが上に載っている異物が入らないようにするための蓋のようなもの<br><strong>&nbsp;コルポラーレ</strong>　白い大きな麻布　パテナからこぼれたパンやカリスからこぼれた御血（ぶどう酒）を保護する（５）　<span style="text-decoration: underline;">聖櫃の鍵</span>もここに置かれる</p><p>　つまり、上から順番でいえば、<span style="text-decoration: underline;">パラ・パテナ・プリフィカトリウム・カリス・コルポラーレ</span>　となる。</p><p>　手洗い容器の水と手拭き（手ぬぐいのようなもの）の用意も典礼係の仕事のようだ。侍者が一人の場合は同時に用意するので侍者は慎重になるようだ。侍者がいない場合は司祭はさらに慎重になるようだ。</p><p>　これらもラテン語で覚えづらいが、カリス・チボリウム・ホスチアは信者ならだれでも聞いたことがあるだろう。</p><p>　信徒にとって一番大事なのは、<strong>ホスチア</strong>（御聖体　パン）と<strong>チボリウム</strong>（信徒用の小さいホスチアを入れる蓋付きの器）だ。チボリウムは普段は聖櫃に安置されているが、ホスチアの準備や用意は大変なようだ（６）。</p><p>　<span style="text-decoration: underline;">ぶどう酒入れ</span>と<span style="text-decoration: underline;">水入れ</span>も典礼係の仕事のようだ。水は信徒であり、ぶどう酒はキリストなので、ミサではぶどう酒の中にごく少量の水を注ぐことになっている（７）。</p><p>　<strong>聖水盤</strong>の水の管理も典礼係の仕事のようだ。コロナが終わって聖水盤の使用が復活し始めているようだ（８）。</p><p><br>　このように、今回の典礼係の投稿はいろいろ学ぶことが多かった。典礼といっても、クリスマス、聖週間、洗礼式、葬儀などではまた別の準備が必要なようだ。ミサは、香部屋係だけではなく、聖歌隊、オルガニスト、朗読者、先唄（さきよみ）など多くの方の協力で挙げられていることがよくわかった。典礼係には心から感謝したい。</p><p><br>注<br>1　私は侍者の経験は多くはないが、上智大学のクルトゥルハイムの香部屋は大きくて立派だった記憶がある。</p><p>【香部屋の例】（クルトゥルハイムではない）</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/63/17/j/o0220029315584770675.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>２　祭服の種類や色は「ローマ・ミサ典礼書　総則」（３４６条）に規定されているという。正教会やプロテスタント教会では異なるようだ。また黒色のように時代とともに使われなくなる色もあるようだ。</p><p>【典礼色】（八木谷涼子『なんでもわかるキリスト教大事典』）</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250503/18/kempis4/68/c3/j/o0640045215584770677.jpg"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>３　ローソクに点灯するタイミングも難しいし、一週ごとに点灯するローソクを増やすこともあるようだ。気を遣うところだ。ローソクの購入や管理も大変複雑らしい　<span style="text-decoration: underline;">ローソク立て</span>や<span style="text-decoration: underline;">ローソク消し</span>など細かい祭具もあるようだ<br>４　以前は「ミサ典書」と呼ばれていたが、現在は典礼書と言うらしい。<strong>ミサーレ</strong>のこと。<br>５　口で聖体拝領をしていた時代には、侍者はひしゃくのようなものを信徒の顎の下に置いて御聖体がこぼれ落ちるのを防いでいた　<br>６　ホスチアは司祭用と信徒用ではサイズが違う。信徒用はミサごとに数が異なるので必要数を用意するのは大変だろう。典礼係は聖体拝領のあと、チボリウムの中のホスチアの残量をいつもチェックしているという。これはわたしは知らなかった。<br>７　ぶどう酒は赤・白どちらでもよいらしい。水は硬水・軟水を問わないようだ。水で薄めずにぶどう酒をそのままがぶりと飲む司祭はさすがにいないようだ（冗談）。<br>８　聖水盤の聖水は右手の指先につけて十字を切るという習慣を忘れてしまっている人もいるという。手を合わせて祈るとき、右手の親指を上に載せるという慣習も崩れてきていると聞く。コロナ禍の悪影響ははかりしれないようだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kempis4/entry-12899901187.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jul 2024 10:31:33 +0900</pubDate>
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