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<title>今日の１コマ感情トーク</title>
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<description>自由気ままなPC生活。「いつでもどこでも誰とでも」現在ディスクトップPC２台、ノートPC３台自宅のLAN上に接続中。気ままにPC生活について語っていました。</description>
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<title>気づきの瞑想</title>
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<![CDATA[ 今日はひとつできたことがある。<br><br>瞑想中に左目の上の部分がかゆくなったのだが<br><br>「かゆみ」<br><br>というサティを入れることができた。<br><br>前まではオートマチックに掻いてしまったんだけど。<br>ちょっと気づきの感度が高くなったのかもしれない。<br><br>雑念や妄想はある程度シャットアウトすることができた。<br>（決して雑念や妄想がなくなったわけではない。わんさかでる）<br><br>自転車を乗るように<br>一度覚えたら忘れることはないかな。
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10603888184.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Jul 2010 02:13:58 +0900</pubDate>
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<title>感覚に集中する</title>
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<![CDATA[ 歩く瞑想をやるとき、<br><br>きちんと行動を確認してからサティをいれると<br>自分の中で「ダブルクリック」確認ができる。<br><br>⇒「サティ」が強調される。<br><br><br>あと、前の行動との余韻を感じると今とちょっと過去との<br>違いを認識できる。<br>足を上げた時や足を着いた時。<br><br>「あっ、なくなった」<br>「あっ、現れた」<br><br>という感じを心の中で認識できる。<br><br>ほかのことは<br>よく考えるが、執着をなくし、手放すことををすると<br>心地よく（？）すっきり瞑想に戻れる。発見です！
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10602943274.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jul 2010 01:37:14 +0900</pubDate>
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<title>瞑想のコツ？</title>
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<![CDATA[ 瞑想のコツはなんだろうか。<br><br>とりあえず<br>「★感じてからサティをいれる」<br>ということ。<br><br>これは自分で足を動かしてるので<br>オートマチックに「離」「着」等を言ってしまう。<br><br>それをやめること。<br>きちんと確認してからサティを入れる。<br><br>★あとは感じることに敏感になること。<br>「受け身」っていうのかなんというのか<br>あらゆるところにアンテナを張るとでもいおうか。<br><br>自分の意識に上がったことにそのままサティをいれる。<br><br>通常自分の意識で認識すると「想」にオートマチックで<br>行ってしまうがそれをサティで遮るのだ。<br><br>★意識がどっかに行ったら<br>考えを手放し、足の感覚にもどること。<br>無理やり目線を変えるというイメージだろうか。<br><br>日々精進しないと
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10602040968.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 02:01:14 +0900</pubDate>
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<title>深夜の瞑想</title>
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<![CDATA[ やはり瞑想には体調がかなり関係する模様。<br><br>「戒」が一番初めに来るのも規則正しい生活をまもり、<br>体調を常に万全にしておく意味もあるのだろう。<br><br>夜食事を外でとるときはビールを飲むことが多い。<br>ビールを飲むと瞑想の体制はボロボロだ。<br><br>今日の瞑想はそういったわけで<br>そんなに集中したわけではなかった。<br><br>自分の感覚を客観的に感じようと思ったが、<br>「想」が起こってから主観的に感じてしまった。<br>いつもタイマーで時間を計って実施するのだが<br>アラームがなってもサティがはいらない。<br>音を聞いても、意識してから「音」とナンバリングしてしまう。<br><br>足の動きもどうしても意識しながら動かし、<br>「今着地するな」「今離れるな」と考えてから感じるので<br>どうしても客観的にならない。自分の一部だ。<br><br>うまくいっているな、と思った瞬間は<br>妄想を捨てられ足の感覚に戻るとき。<br>半ば強引に足に意識を持ってくる。口惜しさと同時に煩悩をすてた若干の爽快感を感じる。<br><br>これはこれで正しいんだよな～って感じ。<br><br>ボーっとして気づかないのもサティとは言わない。<br>難しいもんだ。
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10598360687.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2010 02:34:05 +0900</pubDate>
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<title>朝の瞑想（簡易）</title>
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<![CDATA[ 朝の瞑想は時間がないから５分のみ。<br><br>いつも<br>ぷるぷる気功を５分やっているので<br>そのあとでヴィパ瞑想。<br><br>ぷるぷる気功は体調が良くなるので本当に定期的に続けている。<br><br>ヴィパ瞑想は今日はあまり深くなかった。<br>とちゅうで耳がかゆくなったとき、サティを入れずにそのままかいてしまった。。。<br>自動的に手が耳に行ってしまったのである。集中？が足りないね。<br><br>足を動かす時は、まさに動かすときの感覚を観るとよいらしい。<br>なので一回一回の作業は止めてから、次の動きだしをするのが正確な手順。<br><br>また夜やってみよう。
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10595629124.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Jul 2010 07:27:14 +0900</pubDate>
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<title>昼の瞑想</title>
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<![CDATA[ 【個人用日記】<br><br>この記事を書くのは<br>自分の瞑想を思い出しながら<br>自分の中で何が起こったかを確認するために書くものである。<br><br>今日は珍しく昼の瞑想。<br>昼に起きたからかな・・・<br><br>集中度は★★★☆☆くらい。<br><br>「サティ」新聞の文字が目に入り意味を探ってしまった。<br>起きたばかりで隣の布団のことが気になった。<br>相も変わらず扇風機の風。<br><br>足の裏の感触は足の指、足の腹、かかと、というように徐々に<br>感覚を確認していくと集中しやすい。<br><br>今度は手放すことを意識ながらやらないと。<br>体感覚を風景のように感じるのはまだできない。<br><br>そもそも体感喀を風景のように感じるとは？<br>自分で言っているのに何なんだがどういうような感じなんだろう。<br>客観的に感じるってどういうことだろ。<br><br>サティはまだ細かく入らない。<br>布団を想像した時、いろいろ考えてからサティが入った。<br>考える前にサティを入れるとは・・・・観た瞬間をとらえるということか。<br><br>ちなみに手放すこと＝逃避とはならないか。<br>地橋さんならどうこたえるんだろ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10594918848.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Jul 2010 13:55:50 +0900</pubDate>
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<title>瞑想時の感じ方</title>
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<![CDATA[ 【自分日記】<br><br>今日もヴィパ瞑想やりました。<br><br>歩く瞑想を10分＋α<br><br><br>足を上げ、下げるときどのように集中すればよいのか。<br>まっ暗闇を進んでいくとき、足の裏の感触を頼りに歩く、という感じでいいのかな。<br>そうすると足の圧を感じるときに集中できる。<br>何か危険なものを踏んでないか、変なものに触れてないか等。<br><br>あと、足の感じを「風景」のように感じる、ことを意識している。<br>つまり、触覚も意識も視覚等、６門から入ってくる感覚を同列として感じること。<br>電車の風景を見るときのように客観的に流れていくように意識する。<br>これはまだあまりできていない。<br>自分から足を動かしたのではなく、いきなり誰かから触れられたらどのように感じるか。<br>すごく集中すると思う。<br><br>自分で心で準備してから床に触れるのと、<br>第三者に触られるのと同じように感じるようにしたい。<br><br>集中するときの状況は<br>足の裏の細部の状態が認識できているとき。<br>足の親指から薬指までが床から離れた状態を認識した時。<br><br>どのような感じがするかというと<br>ほかのことが気にならない感じ。<br><br>妄想を手放すときの感覚は<br>引っぺがす感じ（苦痛？）が8割くらい、心地よさが2割くらい。<br>対感覚は手放すのが難しい。扇風機をつけているのだが常に風が当たってるから。<br>「風」とサティを入れ続けるのもなぁ・・
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10594603600.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Jul 2010 02:37:30 +0900</pubDate>
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<title>集中すること、手放すこと</title>
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<![CDATA[ ヴィパッサナー瞑想は集中する訓練と手放す訓練でもある。<br><br>集中するとは<br>今現在の動きに集中すること<br><br>手放すとは<br>妄想が起こったときに<br>妄想を手放して現在の動きにもどること。<br><br><br>ヴィパッサナー瞑想をやっていると確かに<br>上の２つを体感する時がある。<br><br>集中するときは、本来は軸足に注意が行ってしまうところを<br>無理やり（？）動かしている足の動きに注意を向ける。<br>完全に集中はしてはいないが今のところできてそう。<br><br>ポイントは足のつま先まで感覚を感じること。<br>足の裏の弾力を感じること。<br>感じていることを感じること、かな。<br><br>手放すのは<br>思いついた妄想をすて、足の細部の感覚を感じること。<br>手放すときは苦痛と同時になにかすっきりとした感じを得ることができる。<br>「あっこれが手放しているということなんだ」ということがなんとなくわかる。<br><br>ヴィパッサナー瞑想をしていると「無常」がわかるといわれているが<br>これは妄想・意識や体感覚を視覚・聴覚と同じように生じては消えるという<br>プロセスをつぶさに観察するから得られる感じなのだろうか。<br><br>まだまだその域には達していない。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10594049781.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Jul 2010 15:39:01 +0900</pubDate>
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<title>瞑想をはじめる</title>
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<![CDATA[ 先週の日曜日から朝日カルチャースクールの瞑想講座に通うことになった。<br><br>「朝の瞑想」という講座名で地橋秀雄氏が講師である。<br><br>地橋氏はヴィパッサナー瞑想の第一人者で著書もいろいろ著している。<br><br><br>最初の講義は基本的な話と実際に歩く瞑想と座る瞑想の２つだ。<br><br>瞑想方法はＤＶＤ等で勉強していたので特に問題もなくスムーズに実施することができた。<br><br>ただ歩く瞑想ではどうしても軸足のほうに意識が行ってしまい集中ができなかった。<br><br>瞑想後のインタビューで<br><br>「軸足等に意識がいってしまいサティをうまくいれることができない」<br><br>と質問すると<br><br>「この歩く瞑想はサティを入れる練習と同時に集中力を養う瞑想なので動きに集中しなさい」<br><br>というようなメッセージをいただいた。<br><br>これはとても納得がいきその後の瞑想では集中することに集中するようになった。<br><br><br>地橋氏いわく、ヴィパッサナー瞑想で重要なことは<br><br>①いま起こっていること、事実と妄想を明確に区別すること<br><br>②優先順位の法則（50：50の法則）で集中すべきことに優先順位をつけること<br><br>とのこと。<br><br>これらの事項は確かに本に書いてあるのだが、<br><br>実際に聞いてみてはじめて重要度を実感した。<br><br>あと、体調が悪くても毎日10分はヴィパッサナー瞑想を続けることが重要とのこと。<br><br><br>この日記でヴィパッサナー瞑想の実践記を書こうと思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10593775129.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Jul 2010 08:47:42 +0900</pubDate>
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<title>書くということ</title>
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<![CDATA[ <p>樋口裕先生によると書くという行為は自分の能力を高める行為らしい。</p><br><p>よく書く人というのは頭がいいという。</p><br><p>しゃべるときは特に順番を気にせず思うがままにしゃべっても通じるが</p><p>書いて表現するときはきちんと順序や内容を表現しないと通じないからだ。</p><br><p>通じるように書かなければならないため、</p><p>自然と頭の働きがよくなるというカラクリ。</p><br><p>いわれてみると「ほう、なるほど」と思ってしまう。</p><br><br><p>ブログを書くことも頭を鍛えるいい訓練になるかもね♪</p>
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<link>https://ameblo.jp/ken39rai/entry-10147958458.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Oct 2008 09:36:40 +0900</pubDate>
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