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<title>KengoBlog 日々是思考</title>
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<description>主に日々の思考の記録。たまに言動の記録。嗜好の記録も。</description>
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<title>ひさしぶりにログインしてみた</title>
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<![CDATA[ <p>放置していたけど、忘れ去っていたわけではありませぬ。</p><p>それにしても、くだらねえことばかり書いてるなあ。</p><p>閉鎖しようかどうしようか。</p><p>とりあえず、残すならプロフ写真替えようかな。</p>
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<pubDate>Wed, 30 Jun 2021 22:19:34 +0900</pubDate>
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<title>大津の事件に怒りがおさまらん</title>
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<![CDATA[ 敢えてこういう表現で書く。<br><br>いじめが起きてしまうのは、特に中学生くらいだと、まだまだ未熟だから、“まだ”しょうがない。それを教育するのが本来周りの大人の役目。しかし、大人も人間なのだから未熟な部分がある。教育するべき側が、それだけの力量がないのも、““まだ””しょうがない。 <br><br>中学校という、人間教育をする場所で、指導する側(教師)の力量が足りないのも、人間だから、“““まだ”””しょうがないと言えるかもしれない。<br><br>もちろん、「しょうががなくねえよ」というツッコミがあちこちから入るだろう。しかし、他人事だからかもしれないが、ここまでは、“まだ“いい、と言いたい。 <br><br>千歩譲っても、百万歩譲っても許せないのが、この先の話だ。「彼を助けられなかった」「いじめを止められなかった」「自分たちも酷いことをした」・・・なぜこういう気持ちが持てないのだろう？　これが大きなポイントじゃないか？　日本じゅうから怒りを買っても、何とも思わない人たちが記者会見してる<br><br>「学校」と呼ばれる組織の人間や、その更に上に立つ立場の人たちが、こんな事態でも平然としている。これが一番恐ろしい。そして、社会がそれを許しているという事。「おれは絶対許さねーぞ！」っていう人は、きっと数多いけど、社会は許している。その証拠に奴らは刑務所に入れられないし、解雇されることもないだろう？　社会として、許してしまっているんだ。<br><br>今回の、この揉み消しは、奴らの思惑通りなら、一切発覚することがなかったわけだ。<br><br>中学生が、子どもたちが、加害者少年や学校からの復讐という恐怖より、良心が強いからこそ、無記名で良いアンケートに、記名して答えているのに、どういうことなんだ。<br><br>学校も、市教委も、市側の弁護士も、まだまだ遺族をいじめ続けている現状が恐ろしくて仕方ない。警察だけは、態度を改めた。遅すぎるけど。警察に加え、市長の対応が、まだ彼らの救い。<br><br>今、今度こそ世の中を変えていかないと、また繰り返される。今、いじめを止める・防ぐ仕組みを作らないと。ここで変えられないと、今日本でいじめられている子どもが行きつく先は・・・<br><br>「自分も死んだら、周りの人たちが振り向いてくれる。今の自分の気持ちを理解してくれる。自分を苦しめた人たちが非難される。だから、死のう」<br><br>それじゃあ、遅すぎるんだよ！　苦しんでいるその時に救える社会を作らないと、日本は変わらない。命が経たれてからでは遅い。 <br><br>救えるのは、いじめられている子だけじゃない。そういう野蛮な言動をしている加害者だって、むしろ加害者こそ、取り返しのつくうちに救ってやらないと。特に子どもなら、まだやり直しが効く。<br><br>今回の教師らは、救いようがあるのかどうか、わからないからな。きっと無いと思うけど。
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<pubDate>Wed, 11 Jul 2012 23:56:26 +0900</pubDate>
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<title>バスケットボール女子日本代表の歴史(まとめ)</title>
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<![CDATA[ <strong>1.国際大会黎明期に得点王が居た</strong><br><br>日本が初めて世界選手権に出場したのは、1964年リマ大会。1953年に第1回が開催されてから数えて4回目の大会だった。結果は0勝3敗。1試合平均35点差をつけられ、世界の圧倒的な力を見せつけられた。<br><br>1975年の世界選手権では、準優勝という快挙を成し遂げる。これは2012年6月現在、世界選手権＋オリンピックにおける日本の最高結果。また、162cmの生井けい子が得点王を獲得(当時は1試合平均ではなく総得点で換算)した。<br><br>1976年、モントリオール大会で、バスケットボールの女子種目が初めてオリンピックに採用され日本は出場。銀メダルになったアメリカを84-71で破るなど2勝を挙げたが、6チーム中5位。メダル獲得はならなかった。この時も生井が得点王を獲得。アメリカ戦でも35点を挙げている。<br><br><br><strong>2.やっとの想いで掴んだ20年ぶりの切符</strong><br><br>それからしばらくオリンピック出場が叶わなかった日本は、96年アトランタオリンピック出場をかけ、95年7月アジア選手権に臨んだ。予選リーグは3強が4勝1敗で並び、1位中国、2位韓国、3位日本となった。宿敵韓国を倒した(ABCでの韓国戦勝利はなんと25年ぶり)が、中国に敗れ、得失点差で4点足りず決勝行きと、ここでの五輪行きの切符を逃した。アジア出場枠は3。3位決定戦で最後の切符を賭けることになった <br><br>3位決定戦の相手は、予選4位の中国台北(2勝3敗)。予選で98-75と快勝した相手だったが、そう簡単にいかないのが勝負というもの。そして、プレッシャーというものだろう。ハーフタイムで3点ビハインドになるなど、序盤から中国台北ペース。競りながらなんとか食らいつく展開。<br><br>残り35秒に66-65とついに逆転。しかし、勝利が見えたところ残り6.5秒、加藤貴子が5ファウルでファウルアウト。しかもフリースローを2本与えるという大ピンチ。静岡県草薙総合運動場体育館の観客5000人は風船を振って邪魔をしたり、大ブーイングを浴びせたりと、NBAのアリーナのような光景に。<br><br>その願いは通じ、中国台北はフリースローをなんと2本ともミス。その後、残り3.5秒にフリースローを得たポイントガードの村上睦子が2本とも沈め68-65。全観客を味方につけた日本が、大一番でのプレッシャーをはねのけ大舞台への切符を手にしたのだった。<br><br>これが今も語り継がれる“静岡の奇跡”。原田裕花は膝の靭帯断裂の治療が長引き入院していた。この試合の後半は電話で実況中継してもらっていたという。それも会場の声援がすごくて聞き取りずらかったとか。病室からの祈りもコートに届いた！　しかし、この時の日本は満身創痍。原田の他にも、5月のヨーロッパ遠征で萩原美樹子が全治1ヵ月の捻挫、加藤が太ももを痛めリタイア。不安は大きかったに違いない。それでも勝てた。逆境を跳ね返す力が日本にはあった。<br><br>余談であるが、アトランタ行きを決めた1ヶ月後の95年8月にはユニバーシアード福岡大会が開かれ、女子は3位、男子は決勝でUSAと対戦し銀メダルという快挙(大学時代のティムダンカン、アレンアイヴァソン、レイアレンらが主力)。NBAブーム、スラムダンクが大人気で、日本もプロへ！と希望に溢れていた時代だった・・・・な。<br><br><br><strong>3.アトランタの熱狂 -予選-</strong><br><br>「静岡の奇跡」から1年。期待以上のアトランタの興奮が待っていた。20年ぶりのオリンピック。おれはあの夏の興奮を忘れられない。日本女子バスケットファンとして夢中になる決定打となった2週間だった。<br><br>初戦のロシア戦を63-73で落とした日本は、2戦目で中国と対戦。中国は92年バルセロナと94年世界選手権で銀メダルを取っていた“世界の強豪”。その中国相手に75-72。大金星を取ってみせた！　アジア女王に、しかも、204cmのジュンハイシャ相手に、日本は勝ったのだ。ローテーションを機能させジュンを徹底ディフェンス。リバウンドも気迫で競った。大山妙子がエース封じのディフェンス。途中11点差を跳ね除けての大勝利だった。最大の勝因はミスの少なさ。チームターンオーバーがわずか5。日本の丁寧なバスケットの真骨頂だった。<br><br>3戦目のブラジル戦は身体能力に圧倒され80-100、続くイタリア戦は後半に足と共に得点が止まり52-66と連敗。1勝3敗とあとが無くなった日本は決勝トーナメントをかけ、予選最終戦のカナダ戦に挑むこととなった。<br><br>カナダ戦はまさに死闘。この苦戦にけりをつけたのは、日本の伝家の宝刀、スリーポイント。後半終了間際に3本続けて沈め76-76で延長へ。結局95-85で勝利。3FGを12/24と、50％決めたのだった！　<br><br><strong><br>4.アトランタの熱狂 -U.S.A.への挑戦-</strong><br><br>この勝利によりBグループ4位で決勝トーナメントに勝ち上がった日本は、Aグループ1位のアメリカドリームチームと準々決勝で戦うこととなった。この時の全米代表は、エドワーズやマックイーンといった日本リーグで活躍した選手もいた。この時の萩原のコメントが心強い。「たとえジョージアドーム3万5千人がアメリカの応援で日本の応援が50人だったとしても、思い切り適役を演じてきますよ」　サンノー相手にした湘北以上に堂々たるもの。<br><br>アメリカからすれば金は間違いなし、準々決勝で日本相手に負けるなどととは微塵も思っていない。確かに108-93でアメリカが勝った。しかしアメリカは今大会最多の93失点。日本は終始堂々と点の取り合いに立ち向かったのだった。少しも怯むことなく走り合いを挑み、早い展開でスリーを放った。この日本の堂々たる戦いぶりは、現地スポーツ誌「Sports Illustrated」に、日本の団体競技で唯一紹介された。5-8位決定戦で、ロシアに敗れたものの、イタリアに雪辱し7位。記憶に残る五輪となった。<br><br>この大会での3勝と、U.S.A.戦は、鮮烈な記憶を残した。目標の6位に一歩及ばず7位だったが、近年最も日本のバスケットボールが輝いた瞬間と言っても過言では無いだろう。当時は、シャンソン化粧品とジャパンエナジーの2強時代。中川監督はシャンソンの監督、選手は全員この2チーム所属だった。<br><br><strong><br>5.シドニーのリベンジ、アテネへ</strong><br><br>次のシドニーオリンピックでは更なる躍進が期待されたが、予選の99年アジア選手権決勝で韓国に敗れ、出場を逃した。この時のアジア出場枠は1。ライバル韓国相手に65-68のわずか3点差の惜敗。あと一歩・・・あまりに大きい3点の壁だった。わずかに、本当にわずかに大舞台に届かなかった日本・・・主力の一人、永田睦子は後に「あの時は消えてなくなりたいと思った」と悔しさを語った。その翌年(2000年)、シドニー五輪にアジアから唯一出場した韓国はメダルまであと1歩の4位と健闘した。<br><br>雪辱を誓った日本にとってアテネオリンピック出場は悲願だった。出場をかけたアジア選手権はSARSの影響で延期され2004年1月に仙台で開催された。アジア出場枠は3に復活。この時も中国、韓国、日本、チャイニーズタイペイの順位が予想された。日本が狙うのは3位。予選を3位の日本は準決勝で2位韓国と対戦することとなった。ただでさえここで無理するより、確実に3位決定戦を制す戦術が考えられたが、ポイントガードの川上香穂里が発熱で欠場。予選で67-99と大敗していたこともあり、ますます照準は3位決定戦に絞られた。・・・かに見えた。圧倒的不利と思われた状況で、日本は序盤から食らいつく。PG薮内夏美の活躍を見せ、また、矢野良子の大爆発し、延長の末81-72の勝利。アテネ行きを決めた。この時の勝利は「仙台の奇跡」と称され讃えられた。「静岡の奇跡」以来の大大大歓喜であった。しかし贅沢を言えば、中国に勝ってアジアを制して欲しかったな(決勝で80-92で中国に敗れ準優勝)。<br><br><br><strong>6.アテネでの苦戦</strong><br><br>2004年アテネオリンピック本戦。ブラジル、ナイジェリア、オーストラリア、ロシア、ギリシャと同組に。強豪が3チームも連なった(当時の世界ランキング2位3位4位)が、それ以外のナイジェリアとギリシャには勝って決勝トーナメントに進みたいところ。しかし、初戦のブラジルにいきなり62-128と歴史的大敗を喫してしまった。ナイジェリアには79-73と何とか勝利したが、オーストラリア、ロシアには順当に(？)黒星。4位勝ち抜けをかけたギリシャ戦では地元の大声援を浴びたギリシャに大苦戦。結局91-93で敗れ、決勝トーナメント進出は阻まれた。<br><br>その後9位決定戦で中国に敗れ10位という結果に。中国は韓国と日本に勝って9位、韓国は全敗で12位。アジアvsアジア以外の試合はアジアの1勝13敗と、日本がナイジェリアに勝っただけ。アジアの出場枠が増えれば本戦で苦戦、減れば好結果というちぐはぐな事態が続いた。<br><br><br><strong>7.アテネ後の低迷</strong><br><br>アトランタとアテネではアジアの出場枠が3だったから日本は出場できたとも言える。同時にシドニーでは1だったから出られなかったとも。これが出場の可否を決める大きな要因の一つであった。ゾーン(大陸)で出場枠がいくつ必要かは、長年論争になっていた。増減には世界各国敏感になる事象。そんな中、北京とロンドンでは「世界最終予選」というシステムを採用。その不満を和らげる良い仕組みだと私は思う。<br><br>北京とロンドンではアジアチャンピオンが出場権を得、2位と3位の2チームが世界最終予選へまわる制度。北京ではアジア2チーム(日本とチャイニーズタイペイ)とも出場権を得られなかった(中国は開催国として出場。アジア優勝は韓国)。<br><br>この間日本は、アテネオリンピック後に内海HCが辞任。その後の人事が迷走し、その影響で2006年の世界選手権の出場を逃すと屈辱を味わった。日本が世界選手権出場を逃すのは、1986年以来5大会ぶりという屈辱。この時期は男子のリーグ分裂騒動を始め、日本バスケットボール協会が迷走を極めていた。<br><br>今回と同じフォーマットで行われた2008年の北京オリンピック世界最終予選では、予選グループAでセネガルに71-69で辛勝、ラトビアに69-83で敗戦し、1勝1敗の2位で準々決勝に進出した。準々決勝ではB組1位のチェコと対戦。高さで圧倒されリズムをつかめないまま64-76で敗戦。残り1枠を4チームで争うことになった。が、準決勝でキューバに58-66で敗戦。北京への道は途絶えた。<br><br>その後2009年に、アトランタの時の監督で、シャンソン10連覇、リーグ戦100連勝という記録を残している中川文一が代表専任監督に就任。北京オリンピック出場への期待は大きく高まった。<br><br>2010年の世界選手権では、1次ラウンドで1勝2敗、2次ラウンド(1次と合算)で1勝5敗と、わずか1勝。その唯一の勝利(アルゼンチン戦)は、残り1秒から大神のブザービーターだった。<br><br><br><strong>8.いざ、ロンドンへ</strong><br><br>日本はここ4年、世界の舞台(世界選手権と北京五輪世界最終予選)で2勝8敗とほとんど勝てていない。16チームが出場する世界選手権で1勝3敗。12チームが出場する五輪には出場できず。つまり日本の力は15番目位か。出場枠12のオリンピックには、単純に考えて世界でトップ12に入らなければ出場できないことになる。つまり相対的にここ4年と同じ強さなら出場できない。進化したレディハヤブサを魅せて欲しい！ <br><br>ロンドンオリンピック予選を兼ねた2011年8月のFIBA ASIA大村大会で、日本は予選で韓国と中国に惜敗し、予選3位で決勝トーナメントへ進出した。準決勝で同2位の中国に敗戦。1つしかないアジア枠を制してのロンドンオリンピック行きを逃した。3位決定戦でチャイニーズタイペイに勝利し、なんとか世界最終予選行きの切符を手にした。日本は準決勝で優勝した中国には歯が立たず(62-76)、3位決定戦のチャイニーズタイペイ相手にはゾーンプレスが機能。チャイニーズタイペイは2強(中韓)相手に惜敗していた。その相手から快勝だった(83-56)。<br><br>日本の緻密なバスケットができれば、このような美しい試合ができる。チャイニーズタイペイのヘッドコーチに「選手たちは自信を失っている」とまで言わしめた。次は世界の強豪にこのセリフを言わせる番だ。<br><br>しかし、この大村大会から3カ月以上も経って、中川HCの解任が決定。内海HCの再任が決まった。チームが動き出せるのはWリーグ終了後になるので、実質3ヵ月弱でチームを作って世界選手権に挑むことになる。これは、チームバスケットを重視する日本には極めて難しい状況を意味する。さらにエース大神も故障明け。渡嘉敷は間に合わなかった。ベンチ入りメンバーの12人のうち、6人を入れ替え、ロンドン行きを目指す。<br><br><br><strong>9.未来へつながるニッポンのバスケット</strong><br><br>現在日本のバスケットボール界でトップリーグで現役のオリンピアンは3人しかいない。矢野良子(トヨタ自動車)、立川真紗美(富士通)、大神雄子(JX)。いずれも女子でアテネ経験者。このうち、矢野と大神は現在代表。2度五輪を経験したのは、濱口典子(ジャパンエナジー)、大山妙子(ジャパンエナジー)、永田睦子(シャンソン化粧品)の3人。※所属チームは当時。いずれもアトランタとアテネ。 <br><br>ここ数年アンダーカテゴリーでは好成績をあげている。2011年U-19が7位(町田がベスト5)、同年3×3ユース世界選手権大会で銅メダル(長岡、宮澤ら)、2010年U-17世界選手権5位。<br><br>筆者は、アトランタでの熱狂が忘れられない。あの興奮をもう一度味わいたい。あの興奮をもっと日本人に、バスケットボールをしている人に味わってもらいたい。小さな日本人が、世界の大きな大きなバスケット選手を相手にきりきり舞いさせる場面は、日本人としてほんとにスカッとする。<br><br>ロンドンへ行くぞ！　隼ジャパン！！<br><br><strong>2012年隼ジャパンロンドンオリンピック世界最終予選応援PV </strong><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/o95Kr1F0Jhc" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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<pubDate>Fri, 29 Jun 2012 07:24:50 +0900</pubDate>
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<title>国同士で戦うスポーツ</title>
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<![CDATA[ 日本がある年サッカーワールドカップに熱狂していた時、おれは興味の無いので選手もちょっとしか知らず試合も見ていなかった。サッカーに限らず国対抗のスポーツというのは、各国の"色"が見られるおもしろさがある。少しの知識ではあるが、興味のない人間にとって、日本の色は魅力的に感じなかった。<br><br>「韓国の日本戦での気合いはすごいよね」とか「ナイジェリアだっけ？　アフリカのスピードは見ていて気持ちいいよね」って、何とかかんとか話を合わせようと、自分のわずかなサッカー観戦のおもしろさ(昔からサッカーのゲームは好きである)を話していた。しかし、日本戦を含め試合は見ていなかった。スポーツニュースで見かける程度である。そんな中での感想だった。<br><br>サッカーに興味もないのだから、日本チームがどういうチームかもわからない。特別応援もしていなかった。興味ないのだから「負けろ」とも思っていたわけでもない。しかし、熱狂的サッカーファンから「非国民」と非難された。サッカーの試合を見ていないこと、韓国やナイジェリアをスゴイと言ったことに対して、「お前は日本人じゃない」と言われた。<br><br>それからサッカーは「興味がない」から、「敢えて見ない」に変わった。それが一時期続いた。今は「興味がない」。サッカーがかつて戦争の代替となるものだったとはいえ、国対抗というものにたいして嫌気を感じるようにもなった。<br><br>バスケットボールが好きだったおれにとって、バスケットボールの国対抗と言えば当時アメリカドリームチームの独壇場だった。日本で普段見られるバスケットは、日本のものとアメリカの(と当時は言って良いだろう)NBA。それ以外の地域のバスケットを見る機会は基本的に無かった。それが見れたのがオリンピックと世界選手権。特にヨーロッパのスタイルのバスケットは新鮮だった。バスケットにしろ、野球にしろ、おれは日本のスタイルが好きだから応援している。今やNBAは外国人選手が増え、アメリカが中心ではあるが様々なスタイルが混在している。国対抗は各国の"色"がはっきり見える。<br><br>その色を楽しむのが国対抗の試合だと思っている。日本に勝って欲しいと強く思えるのは、日本のその色が好きだからだ。黒人や白人に身体能力で劣る分を、頭脳とテクニックでカバーするプレースタイル・・・・少なくとも野球とバスケットボールでは共通する部分。パワーや高さでゴリゴリやるのは好きになれない。自分もプレーしていたら、日本のすごさはわかりやすい。自分が歯が立たないチームメイトが、強い相手に歯が立たず、その強い相手もさらに強い相手に歯が立たず・・・・・その数段上に代表選手が居る。<br><br>オリンピックが近づいてくる。
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<link>https://ameblo.jp/kengojc/entry-11225260930.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Apr 2012 00:55:11 +0900</pubDate>
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<title>今日、ひとつの区切りが訪れる</title>
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<![CDATA[ 日付変わって本日、鹿児島大学の小林教授の退官記念パーティーが催される。<br>多国籍合宿という、すばらしい人生勉強の機会を与えてくださった。<br><br>2004年からスタッフの一員として関わってきたが、特にここ3年ほど、ほとんど力になれずに申し訳ない気持ちでいっぱいである。とにかく感謝の想いをきちんと伝えなければと思う。<br><br>昨年は多国籍合宿が開催できなかった。2001年からスタートし、10年続けたが、11年目に途絶えてしまった。小林教授が居なくなる今年、恐らくこのままこの合宿の歴史は幕をおろすことになる。<br><br>長年課題として取り組んできたことのひとつである"地域化"を実現できぬまま、この時を迎えてしまったことを、スタッフの一員、特に年長スタッフの一人として、本当に申し訳なく思う。<br><br>2年前の合宿の様子がTV放送されたやつがYou Tubeにアップされていた。<br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/HfS-TeRzWyk" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/Z-qeUKY_oSQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br><br>放送された当時のブログ→<a href="http://ameblo.jp/kengojc/entry-10613598955.html" target="_self">ドキュメント九州「多国籍合宿」が放送された</a><br><br>多国籍合宿に関しては、幾度となくブログに綴ってきたが、改めて読んでみると、まったくその様子が伝わらない稚拙な文章力が目立つ。<br><br>その稚拙な表現力で改めて書いてみると、<br>われわれは素晴らしい理念のもとにやってきた。<br>それを具現化することは容易ではなかったが、それ以前に"伝えること"はもっと難しかった。<br>・・・と思う。<br><br>これを読んでいる方で、現在または過去、多国籍合宿に関わった方も多いと思うが、今後も、どんな形であれ、"多文化共生社会構築への挑戦"をそれぞれの場所で続けていってほしいと思う。もちろん自分も、微力ながら、取り組んでいきたいと思う。<br><br><br>10年という時が、何をもたらしただろうか。
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<link>https://ameblo.jp/kengojc/entry-11193985699.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 00:35:28 +0900</pubDate>
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<title>2012年の楽しみ</title>
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<![CDATA[ 今年の楽しみと言えば何といってもロンドンオリンピック！　<br><br>ちょっと前に、「あと40年生きるとして、(夏季)オリンピックがあと10回しか見られない！」という話をしたら「10回見られれば良いじゃん」とそっけない反応を周りにされた34歳です。92年のバルセロナでオリンピックの魅力にすっかりとりつかれてしまい、4年に1回の祭典を常に待ち遠しく感じている。<br><br>野球とソフトボールが除外されてしまったのは非常に残念だが、注目競技は女子バスケットボール。日本が出場するのが前提だけど、6月の世界最終予選から本戦まで突っ走って欲しい。他にも楽しみな競技は数多いが・・・・<br><br><br>さて、ここから先は4年前とほぼ同じことを書くが・・・。オリンピックと言えば、楽しみなのがNHKの放送テーマソング。バルセロナでは元SHOW-YAの寺田恵子の「PARADISE WIND」、アトランタでは大黒摩季の「熱くなれ」が“決戦”にふさわしい気分を盛り上げてくれた。バルセロナではドリームチームや柔道の古賀俊彦や吉田秀彦、水泳の岩崎恭子らが活躍。アトランタでは女子バスケットボールの日本チームの躍進に試合ごとにドキドキした。<br><br>ここ何回かは気分を盛り上げるというより、表彰式に似合う曲が多いが、おれはロック調の曲を期待している。<br><br><br>【歴代NHKのオリンピックテーマソング】<br><br>1988年 ソウル　　　浜田麻里　　　HEART &amp; SOUL<br>1992年 バルセロナ　寺田恵子　　　PARADISE WIND<br>1996年 アトランタ　大黒摩季　　　熱くなれ<br>2000年 シドニー　　ZARD　　　　　Get U're Dream<br>2004年 アテネ　　　ゆず　　　　　栄光の架橋<br>2008年 北京　　　　Mr.Children　 GIFT<br><br><br>ちなみに冬季大会では一味違う曲風のものが揃っている。温かみのあるボーカルで包むような歌なのが特徴的だ。<br><br><br>【歴代NHK冬季オリンピックテーマソング】<br><br>1992年 アルベールビル　　　松任谷由実　Happy Birthday to You～ヴィーナスの誕生<br>1994年 リレハンメル　　　　高橋真梨子　　　　遥かな人へ<br>1998年 長野　　　　　　　　F-BLOOD　　　　　 SHOOTING STAR<br>2002年 ソルトレークシティ　MISIA　　　　　　 果てなく続くストーリー<br>2006年 トリノ　　　　　　　平原綾香　　　　　誓い<br>2010年 バンクーバー　　　　L'Arc～en～Ciel　 BLESS　　<br><br><br>で、今回のロンドンで担当するアーティストを予想してみた。過去を振り返ってみると、国民的に人気があって、かつ、広い世代で人気のあるアーティストというのがNHKの特徴だ。というわけで・・・・<br><br>本命　　　　桑田圭祐<br>対抗　　　　絢香<br>　　　　　　<br>福山雅治やいきものがかりやSuperflyもあるかもしれないが、NHKの他の番組の印象が強いので、どうだろうか。B'zなんかもおもしろいが世界水泳の印象が強すぎて無いだろうか。アイドルはNHKはここでは起用しないだろう。ジャニーズとかAKB48とかは民放が起用するだろうけど。あと、さすがに国を代表して戦う大イベントでK-POPも無いだろう。<br><br>バラードよりも、盛り上がる曲調の音楽だったらいいな。<br><br>さて、NHKは今誰と交渉しているのだろうか？？
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<link>https://ameblo.jp/kengojc/entry-11173719485.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Feb 2012 00:26:45 +0900</pubDate>
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<title>Wリーグ観戦記</title>
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<![CDATA[ 約9年ぶりのWリーグ観戦に行ってきた。長崎に。長崎はやはり遠かった。。10年くらい前は毎年鹿児島で試合開催があったのだが、最近は南九州での開催がずっとなく、テレビ観戦ばかり。去年も長崎に行こうか迷ったが行かず、しかし昨年8月のオリンピック予選を観に行って、そこで自分の中で灯がついた。<br><br>土曜日長崎市、日曜日大村市での開催。特に長崎市では運営のまずさが目立ったが、試合そのものは両方とも満足だった。4連覇を目指すJXサンフラワーズとW1リーグから昇格した三菱電機コアラーズの対戦を見て、初めは正直、JXファンとして、“勝って当たり前”の対戦だなと思い、試合は楽しめないかなと思っていたが、そこは思い違い。あまり良く知らなった三菱電機だが、正月の皇后杯をテレビで観て、良いチームじゃないかと思い、さらにJXは主力2人を欠くという・・・・。それでもJXの2連勝だったが、コアラーズの気合いと集中力はすごかった。<br><br>女子バスケットボールファン、JXファンになって20年目になる。一貫して応援しているし、楽しんでいる。よく「なぜ女子？」と周りから聞かれるが、男子もNBAもほぼ同時期からファンだが、日本の女子が最近は一番好きだ。その理由は一言で言うと、身体能力に頼らないから。チームプレー、スピード、テクニック(特にアウトサイドシュート)で勝負するのが日本女子のスタイルだと思う。国際試合だと、パワーと高さはすごいがそれだけというチームもある。そこには負けたくない！という想いが、小さな日本人として強くある。それを大きく世界にアピールできた1996年のアトランタオリンピックは鮮烈に記憶に残っている。このプレースタイルで世界を挑むのは、野球も同様だと思う。興味無いから分からないけど、サッカーも同じでは？？<br><br>SNSが発達した最近では、選手や関係者を見つけると、片っぱしからフレンド申請をしている。Wリーグのみならず、大学生や高校生にも。今、世にも珍しいと思われる“女子バスケットボールファン”が日本の片隅に居ることをアピールしている。将来、サッカーみたいに世界一になった時に、急に大人気になることがあるかもしれない。おれはどの世界でもぽっと出のファンというのが嫌いだ。少なくとも自分自身は、20年間愛着を持っている競技だし、今年は何としても、ロンドンオリンピックへ、そしてアトランタを超える6位以内へ！　という想いが強く、それを選手や関係者たちに伝えたかった。なので、手作り横断幕も作ったし、選手が近くを通ると声をかけたりした(結局ロンドンへ行こうという応援幕はほとんど見せられないままだったが)。<br><br>現状、決して人気があるとは言えない競技だと思うが、だからこそ、ファンとしてファンの存在を伝えたかった。サッカー、ソフトボール、フィギュアスケート、卓球、バトミントンのようにメディアに登場することも少ないが、そんなことはおれには関係ない。バスケットボールそのもののファンには関係ない。<br><br>今回、1日目に出待ちをして、2日目は空港まで行って人生初めて“追っかけ”をしてみた。周りはほとんど子どもとその親。おれと同年代の男は誰も居ないという中で、声をかけたいが、どうかけたら良いかわからず、他のファンが声をかける後からついていった。目当ての選手が少ないならその人に目がけて行けば良いが、全員と話したいので、かえって話しかけられなかったりして・・・。ま、今回初めて同行した妻の助けもあり、できるだけ選手に声をかけ写真を撮ってもらい、握手をしてもらい、応援していることを伝えられることができた。ネットで声をかけたことがある選手には、おれのネット上のプロフィールと同じ写真を載せた名刺を渡したが、見覚えがある！という反応を示す選手がほとんどで嬉しかった。是非来季こそ鹿児島で試合をして欲しい。<br><br><br>選手たちが続々空港に入ってくるのを間近に見て、初めは腰が抜けそうだった。この類の緊張は人生で初めてだった。<br><br><br>空港を去り、鹿児島に帰る道中、何度も妻に言われた事。<br>「Kengoがただの変態じゃないことが分かったと思うので良かったね。奥さんか彼女が居るんだ～って」<br><br>うーむ。
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<link>https://ameblo.jp/kengojc/entry-11145400907.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Jan 2012 07:01:49 +0900</pubDate>
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<title>2012年冒頭に思う</title>
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<![CDATA[ 年々、1年を区切りするという意識が薄れてきて、必要最低限しか「今年もよろしく」なんてことも言わなかったし、新年が来てめでたいという感覚もあまりない。年賀状は書くけどね。何年か前も書いたけど、欲しい人は遠慮なく。来年から書きます。根が手紙好きなので。<br><br><br>昨年末、どこかで見たか聞いたかだったのだが、昨今のK-POPが流行しているのは、販売戦略の勝利だと。まさしく同意するところ。日本で流行しているグループは、“韓国で成功したから次は日本”では決して無いのだそうだ。韓国の小さな市場で成功したところでたかがしれているので、初めから韓国やマーケットの大きな日本を含めたアジア全体・世界全体でマーケティング展開しているらしい。日本の多くの分野で、日本で成功してから世界進出という考え方とは大きな違いである。日本は、日本で成功すればそれなりの市場規模があるので、それで以前は“成功”と呼べたのであろうが、今後超高齢社会となっていく中では、先に挙げた韓国の考え方が必要となっていくであろう。<br><br>しかし、感じるところ、先行き見通しは決して明るくない。<br><br>国内で“成功”したが世界でまったく不振なものの代表格と言えば、なんといっても携帯電話。もう語り尽くされたが、これは単に企業の問題ではなく、行政が守っているという点で、なんとも根が深い。<br><br>今後、日本が世界展開をしようと思っても、肝心なものが足りない。若い人材だ。日本人の内向き志向は深刻だ。留学者数の減少に、“海外転勤が嫌だから”大企業就職を望まない人が増えているなど、ここ数年の傾向は甚だ脱力させられる。もちろん“外へ出る”ことがすべてではないが、いわゆる“ひきこもり”の問題と繋がっているのではないか？　国家規模のひきこもりという形容は言い過ぎか？<br><br>韓国も似たような問題を抱えている部分はあるだろうが、これに加え日本人の永年の“病”は、“英語病”だ。世界で通用するには、何を置いてもまず英語・・・この考え方を変えないと、我々日本人は変えられない。英語だけ出来て何になる？？　またこの話をし始めると長くなってしまうので、さらっと言いたいが、英語(言語)は目的でなく道具。・・・ということが、いつまで経っても浸透しない。TVCMで予備校講師が「英語ができれば世界中どこででも仕事ができる」なんて抜かしやがったもんだから、教育者(塾講師なんて教育者ではない？？)から変えていかないと、この国はきっと変わらない。<br><br>国際化だとか、国際社会だとか、言葉だけが浸透して、中身を考える機会すら感じられないこの社会で、本当に世界と向き合う気はあるのだろうか？　日本だけの殻の中に閉じこもって生きるやり方もひとつの方法だろう。しかし、言ってることとやってることが矛盾している現状は、“言ってること”(＝理想)に近づける努力や熟成が必要ではないか。そこに対する指摘も少ない。<br><br>アジアの中で、常に日本や中国の影に隠れ続けた韓国が、今やサムソンや現代、K-POPの躍進で、世界を相手に胸を張っているという。韓国だけでなく、台湾やインドやマレーシア、ベトナムなど新興各国が世界を相手に勝負をしかけている。<br><br>おれは去年は、世界情勢に対する勉強を怠った。去年、震災を契機に日本人である誇りを感じることができた。今後もその誇りを胸に、また、気合いを入れ直して、やっていきたい。
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<link>https://ameblo.jp/kengojc/entry-11131634358.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 00:39:35 +0900</pubDate>
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<title>日本バスケットボール協会に怒りがおさまらない</title>
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<![CDATA[ <em><strong>■女子バスケ代表監督に内海氏復帰(日刊スポーツ)</strong></em><br><br><em>　日本バスケットボール協会は７日、来年の世界最終予選でロンドン五輪の出場権獲得を目指す女子日本代表の監督に、ＪＸ監督で２００４年アテネ五輪などで代表を率いた内海知秀氏（５３）が復帰すると発表した。トヨタ自動車の丁海鎰監督（５３）とデンソーの小嶋裕二三監督（４４）がコーチに就任し、Ｗリーグの上位チームを率いる複数の監督で首脳陣を組む異例の形となった。中川文一監督（６４）は解任された。<br><br>　日本協会の高橋雅弘女子強化部長は「最強のスタッフで臨むということ。各チームとも日本が勝つために全面協力すると言ってくれた」と述べた。樋口隆之専務理事は中川監督の任期途中での解任理由を「（就任から）３年間で上積みがなかった。中川体制では一丸となって戦うことができないと判断した」と説明した。<br><br>　日本は８月のアジア選手権では３位に終わり、五輪切符を手にできなかった。</em><br><br><br><br>今度という今度は頭に来た！！　日本は勝つ気が無いの？？　協会の愚行はこれまで多々あったが、まだ続けるのか！？<br><br>記事にあるように、中川ジャパンは8月のFIBAアジア大会で3位でアジアを制することができず、つまりロンドンオリンピックへの出場切符を獲得できずに、世界最終予選にまわることとなった。アジアでは長らく1位中国、2位韓国、3位日本、4位チャイニーズタイペイが定位置であり、今回も4チームが定位置に収まった。この件に関しては<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/basket/text/201108310004-spnavi.html" target="_blank">スポーツナビ</a>で三上太氏が指摘しているが、まさしくその通りだと思う。<br><br><br>内容を考えると及第点である。ロンドンへの道中、間宮や渡嘉敷、長岡ら、若手もチーム戦力に徐々になっていき、チームは成長段階であった。この大村をステップに、来年6月の世界最終予選を挑むため、各選手はリーグ戦で各チームで鍛え上げている最中であった。<br><br>バスケットボールのチームと言うのは、一朝一夕にはできない。ましてや日本の代表チームと言うのは(バスケットボールに限らず)、時間をかけて作るものだと思う。日本人は身体能力で決して優れているとは言えない。チームワークを駆使して、アトランタオリンピックも勝ちぬいた。オールコートディフェンスで「選手たちは自信を失っている」とチャイニーズタイペイに言わせ、このスタイルは世界でも「アジアのチームとはやりたくない」と言われる。小さい日本のプレーは連携が命とも言え、そのためにはスタミナとスピードを要するため、体格で勝る欧米相手になると、一瞬のスキが命取りとなるのだ。<br><br>中川文一HCの功績は言わずもがな。シャンソン時代にリーグ10連覇。その間100連勝。そして、アトランタオリンピックで日本を7位に導いた。その実績を買われて、代表専任ヘッドコーチに2009年に就任した。2010年には世界選手権に導いた。<br><br>そして今年8月のFIBA ASIA大村大会の結果を理由に解任された。日本の国内リーグ、Wリーグは3月まで続く。新体制でわずか3ヵ月でチームが作れるの？？？　これが第一の大きな疑問だ。おれは中川HCを解任するべきでないと考えるが、ヘッドコーチを変えるとして、なぜ今のタイミングなのか？　あれから3ヵ月以上が経っている。結果がダメだというなら、なぜ9月じゅうの交代ができなかったのだろうか？　少なくとも解任の決断、発表はできたはずだ。<br><br>3番目の疑問が、なぜ内海知秀なのかということだ。内海氏は、名門JX(ジャパンエナジー)を何度も日本一に導いているが、代表監督としてはアテネで1勝しかできず、再任した北京オリンピック予選では勝ち抜けず辞任している。あの時の内海バスケットじゃダメだから中川氏へという流れは何だったのか？　<br><br>韓国をはじめ、ライバル各国の情報の情報は誰が収集しているのだろうか？　スカウトやスコアラーが居るのだろうか？　チーム作り、チーム分析、やることはいっぱいある。<br><br><br>怒りで今日は眠れない。日本代表を、6月の世界最終予選で応援する気になれるだろうか？　とても現状ではそういう気にはなれない。こんな状況では、勝ち抜かない方が日本のためかもしれないとも思う。<br><br><br>バスケットボールが好きで、日本のバスケットボールが好きで、日本のバスケットボール選手が好きだ。しかし・・・・・・・。<br><br><br><br>怒りの理由はもうひとつ。新リーグ設立問題でも、とても理解できない事態が報じられている。こちらは初めから期待していないので、これ以上触れないでおくが、ここまで酷いとは・・・！<br><br><br>競技人口がここまで多いのに、バスケットボールの人気が上がらないこと。日本が強くならないこと。今日の一連の愚行、否、今日までの長年にわたる愚行。すべてが繋がっていると思う。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kengojc/entry-11100807097.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Dec 2011 01:45:55 +0900</pubDate>
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<title>鹿児島福祉ふれあいフェスティバル</title>
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<![CDATA[ 先週日曜日、乙武洋匡氏の講演会に行ってきた。普段から彼の発言は、非常に好感が持て、共感できるものであったが、それを再認識する講演会だった。細かいエピソードは初めて聞く話もあったが、やはり想像していた人柄・人物であると感じた。<br><br>メディアへの露出が大きいため、改めておれが書くことも無いが、もし彼についてまだよく知らなくて、これから知りたいという方がいたら、まずはベストセラー「五体不満足」のまえがきを立ち読みで良いから読んで欲しいと思う。彼の母親について書かれてあるが、この母あってこの子ありと言える興味深いエピソードが書かれている。<br><br><br>さて、この講演会は、「鹿児島福祉ふれあいフェスティバル」の一環として開催された。福祉に関係する諸団体がブースを出したり、発表会のようなことをしたり、祭りのように賑わっていた。講演会が開かれた鹿児島アリーナのメインアリーナ他、いくつかの会場にまたがって開催されていた。が、このイベント自体は、「なんじゃあこりゃあ」と思わざるをえなかった。苦言を呈しておこう。<br><br>乙武さん講演会の前、この会場では表彰式が行われていた。市長が各団体へ感謝状を贈っていた。それがステージで行われていて、その目の前のアリーナ席前方には招待者と思われる座席の塊ができていた。講演会を聞こうと思ったおれや他の人たちは、その座席の後ろ、スタンド席に陣取ることになるのだが、これが遠すぎる！　人が多くて遠いならともかく、アリーナ席後方には、ブースがあり、マッサージを受けている人や、各種相談をしている人たちがいた。当然この人たちは、講演会を(聞こえてはいるかもしれないけど)聞いていないし、乙武さんの顔も見えない。・・・・この配置はどうにかならなかったものか！？<br><br><br>もうひとつ不思議でしょうがなかったのが、アリーナの出入り口が狭すぎたこと。講演会が始まる直前、トイレに行ったのだが、出入り口が狭すぎて、入ろうとする人と出ようとする人で、大きな人垣ができ、大きな混雑ができていた。入口と出口を分ければ良いのにとすぐに思ったが、よく見てみると混雑の原因は、単に人の多さだけではなく、車椅子によるものの要因が大きいと気づいた。なるほど、それは予見できなかった・・・とおれは思ったが、よく見るとこのイベント“第20回記念”と銘打たれていた。毎年こんな手際の悪いことやってるの？？？<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kengojc/entry-11083527590.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Nov 2011 23:38:29 +0900</pubDate>
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